闇の書は、どうやら主のキャパシティに比例して魔力を吸うらしい。
時を止め、はやての麻痺の進行を止めようと魔力パスを私に変更したが、それがうまくいった。時が止まってさえいれば、闇の書のプロテクトも少しの変更なら気付くことはない。流石に管理者権限を変更すれば、時が動き出したときに気付かれるだろうから、主ははやてのままだ。はやてからのドレインさえどうにかできればいいので、特に問題はないゆえ放置している。
ところで、キャパシティに比例して魔力を吸う闇の書。これはまるでグラビデのように私の魔力を削っていく。削られるのはMPで、しかもドレイン効果つき。はやてから何割奪っていたのかは今では判らないが、生かさず殺さず蒐集させるためなのだろう、少しずつ割合が上がっていく。そう、私の魔力出力から何『割』も奪っていこうというのだ。その奪った魔力がどこに行くのかはまだ判らないが、蒐集されない限り完成しないことから、特に問題はない。
はやても最近は調子がいいらしく、股間節が動くようになったと大喜びだった。闇の書とはやての魔力パスは切れている、このままなら普通に回復していくだろう。
問題は、私が歩けなくなったことか。はやての麻痺を肩代わりするように、足先から感覚がなくなっていく。リンカーコアへの異常負荷による障害というよりは、『馬鹿魔力かつタフガイな主が働かない時のための呪い』つまりニート対策と私は考えている。闇の書のキャパシティを超えたのか、今のところドレインは一定割合、すなわち66%で頭打ちになっている。残り34%でも、SSSランクの魔導師が全力全開で数カ月戦うには充分ではあるが。唯一マシと思えるのは、さすがに『エルテ・ルーデル』全体から魔力のドレインはできないことだ。これができていたら……闇の書のキャパシティが現在で限界であると仮定した場合、個々が奪われる魔力は――――カケラにも満たない。逆に、個々から66%ずつ奪われていたら……想像したくない。
「あー、またえるてが飛んどる」
そう、問題とは言ったが、何らの問題もなかったりする。
「何もそう不思議なことではないだろう。ちゃんと二足飛行している」
「あー、それなら……ってよくないわ! 飛行しとんやないか! 足が二本ある必要ないやんかそれ!」
「わざわざ躯を浮かせて足を動かして歩くフリをするより、これの方が効率がいい。歩くフリだとどうしても足を引きずるしな」
そう言いながら、爪先を引きずりながらふよふよとはやてのいるソファーに向かう。ティーセットを手に。
「ジェフティか!?」
「未確認浮遊快感」
「気持ちええんか!?」
「重力が不快に感じるくらいには」
「け、経験してみたいっ!」
「だが、急降下のあのマイナスGの方が好きだ」
「怖っ! あれか? 血なんか?」
などとボケとツッコミがエンドレスに続くくらいに平和だ。
はやては心底楽しそうに笑いながらツッコんでくる。
最近は屋敷から持ってくるゲームで対戦したり、借りてきたアニメを観たり、時々復学のための勉強を見てやったりしているが、見る限りなかなか充実した生活を満喫しているようだ。
猫姉妹もしっかりごまかせている。窓から覗く者には、一般人が普通にはやてと生活しているように見えるように魔法がかかっている。
「お、これは?」
「普通のダージリンだ。茶菓子は生姜煎餅」
「……緑茶の方がええんちゃうん?」
「……三色団子」
「マテ、今自分どこからそれ出した?」
「四次元ベクタートラップ」
「圧縮してんのか異次元なのか判らんな!?」
「ちなみに、四次元は異次元ではないらしい。時が存在しない三次元が異次元であって」
「ただのベクタートラップやん!」
「求めるべきは原因ではなく結果だ。さて、そろそろか」
「何がなん?」
はやてが訊き返すと同時に、インターフォンが鳴る。
「ん? だれやろ」
「私が出る。待っていろ」
玄関先には、私がいる。引越しにでも使うような大きな段ボール箱を持って。
「お、えるてや。なんや、その箱?」
「待っていろ、と言ったはずだが」
「えるて? ちょ、怖いんやけど……」
秘密にするはずだったのに。
「まあいい。プレゼントだ」
「プレゼント?」
キッチンまで運ぶ。わずかに振動し、低い音を立てるその中身は、なまじ想像できないだけに不気味にも見えるだろう。
「1/2400、スピリット・オブ・マザーウィルとアンサラーのプラモデル」
「あかん、有澤グレで割れたりとっつき一発で沈んでまう姉歯建築や」
ならばなぜキッチンなのか。そういうツッコミが欲しかったが、最近急激にコジマに汚染されてしまったはやては、そっちの方へ行ってしまった。
「冗談だ。色気はないが味気だけはあるパーティーの材料だ」
「何や? 色気はないが味気はあるパーティーて。そもそも何のパーティーなんや?」
「本気で言っているのか?」
「へ? う~ん……なんかあったやろか」
「はやてが、まさかそんな。あり得ん。いやしかし……」
「う~あ~! 何があったんや? 今日この日、一体何を祝う祝事があったんやぁ~?」
写真か絵画にすれば『嘆く少女』とでも題されそうなオーバーリアクションで頭を抱えるはやてを、私は心中で愉快極まりないと思いながらもそれを表には出せない。
「フフフ……今日、と、誰が言った」
「へ? 今日やないん?」
「ハッピバースデーイディーアフーアーユー」
「ちょ、うちはシェリルやないで!」
「最も近いのはアレッサだな」
「で、誕生日か。そやったな、すっかり忘れとったわ」
「中途半端に区切るな……それはそうと、やっと思い出したか。祭と聞けばゼロシフトなタイプだと思っていたが、自分の誕生日を忘れるか」
「祭は神社とか階段あるけん行きにくいし、誕生日は特に何もあらへんからなぁ。最近になって石田先生が祝おてくれるようなったけど」
「……気が変わった。ささやかなパーティーは中止だ」
「ええ!? なんでや? うち、なんか変なこと言った?」
「そう、ルーデル屋敷において、形だけでも大規模なパーティーをするのだ。そう、あたかも貴族の令嬢の、いや、ジーザス・クライストの生誕祭がごとく。そう、祝うのだ、盛大に、末代まで」
「ええええええ!?」
「冗談だ。来年はもっと楽しくなるさ。その脚も治り、学校で友と戯れ、家では家族が迎てくれ。少なくとも、この前我が妹と友誼を結んだようで」
「末代までってそら呪いや!」
「驚くところが違うな。さすがはやてだ」
「ぐふぅっ。これがッ……ボケ殺し……ッ!?」
打ちひしがれているはやてを置いて、私はぞろぞろと私にあてがわれた部屋に向かう。蟻のごとく。
「って、なんでそんなにおるんやー! 引越しでもしとるんかい!」
「いずれ知る。それまでは、束の間の平穏を謳歌するがいい」
「束の間の平穏て、まだサプライズ諦めてへんな? よしゃ、かくなるうえは全力を以て驚いてやらん!」
「無駄だ」
「そこで緑川じゃなくて小杉なのがえるてやな。ってゆーか、どんだけ声真似巧いんや」
「まぁ、楽しみにしているがよい」
「あかん、うちの敗北が確定した気がする」
などと漫才モドキをやっているうちに日は暮れ。
「甲子園ほんまカオスになったなぁ……こいつらホントに人間か?」
「オーバースローが希少な投法になるとは誰も予想しなかっただろうな」
共に風呂に入った後、はやてのお気に入り、今や人気番組となった去年の甲子園地区予選全試合の再放送を観ることとなった。
「うわぁ……こいつらほんまに人間なんやろか」
「ハーケンクロイツ投法もかなりすごいと思うが」
「トランスフォーム投法や。人間の関節構造無視してるやん!」
「確かに……私でもこれはできん」
「ロボかサイボーグがおるとかいう噂をよぉ聞くんよ」
「…………」
サイボーグにはまだ会ったことはないが、私の新型案に機装化が提案されているからそう遠い未来ではない。ロボは……とある姉妹の家に行けば会えるな。機関でも、娘が趣味で手乗りロイドやメイドロイドを造っているし。
「あり得ん話ではないな」
「ホンマか? エルテが言ぅんならもしかするかもなー……お、新しい投法やて、ってあははははははははははは!! ちょ、その動きありえへんわ!!」
寝・戯・怠をまさに体現したその選手の投法は、確かに色々な意味でおかしかった。人間の関節構造を無視、腕の動きに対しあり得ない球速、ここまではいつも通りだが、こいつは重力を無視してないか? 世界最強の格闘技として認められたSUMOUと同じく、空中戦黎明期が始まったというのか?
「ホンマに、甲子園は魔境やなぁ……」
「しかし、テレビで面白いと思えるのはこれとSUMOUとニュースくらいになったな……」
「ニコニコ動画にはまるとは思わんかったわ」
「PCすら使えなかったころとは大違いだな」
「今やマクミラン大尉にビューティホー言われるスナイパーやで」
「拝啓、はやてのご両親様。はやては順調にPC中毒になりつつあります」
「日常生活に支障はきたしとらんからモーマンタイや」
「最近は初音ミクに『おっぱい賛歌』なる讃美歌チックな名曲を歌わせ、週刊ぼからんで14位を射止めました」
「おっぱいは正義や。そしてロマンや。あん中にはえるての言う『社長砲がぶっぱなすもん』と同じのが入っとるんや」
「コメントが『おっぱい! おっぱい!』で埋め尽くされていました。『おっぱい教』なる怪しげな宗教組織の讃美歌一番になっていました」
「ちょ、それ初耳なんやけど……」
「さて、子供はもう寝る時間だ」
「詳しゅう、ってほんまに寝る気かいな!」
車いすから抱き上げると、はやてが文句を言う。
「甲子園の再放送は終わったぞ。日常生活に支障が出てないのは私が無理矢理0000時には寝かせているからだと認めるがよい」
「くぅぅ……えるてとおると規則正しい生活なだけのダメ人間になりそうや。あ、明日は大統領やるで」
最近はいつもこうだ。こうしないとはやてが寝ようとしない。はやてはまだ歩けはしないので、車椅子という足を取り上げると抵抗を諦める。
「How do you like me now?」
「いぇえええええ! れっつぱぁりぃぃぃぃぃぃぃ!」
「Okay。寝ろ」
「はい」
《あとがき》
はやてと二人きりだとあまり動きがないから会話文メインになってしまう己の力量の無さに嘆くことになる。
いずれにせよ、A'sは特に何事もなく終わるかも、なんてことはなく、予想外になるかもです。プロット絶賛書き直し中。
独自設定入りました。はやての脚は魔力負荷によるものではなく闇の書の呪いだった!
エルテにパスが通ったときに何もペナルティがないのも面白くないので。
ノーマルエルテの総魔力量と総魔力出力を明記していませんので66%とかいわれてもわからないと思います。私もわかりません。適当です。とりあえず数値化できないということにしてあるので、残り34%でもSSSランクが数ヶ月全力前回ということにしてあります。基準を魔改造済みなのはにしてあるので問題ない! ついでに言うと数ヶ月だから2ヶ月以上ということ! 100ヶ月でも一応数ヶ月の表記には当てはまる!(わけない)
ので突っ込まないでくださいね(はぁと)。
もう少し日常が続いてヴォルケンズ参上が終わって12月、何かが起こればPT事件と同じで楽できるんだけどな……一応原作レールがあるから。読んでからのお楽しみということで。
……ダチに「エルテの口調おまえのそのまんまやん」言われた。あり得ん、それはない。