「Ja」
『私、メリー。今、駅にいるの』
懐かしい。それは都市伝説だった。画期的通信手段たる携帯電話、その利便性を効果的に利用した恐怖。
都市伝説とは、現実にあるかどうかわからない、もしかしたらあるのかも知れない話と、怪談のような物語じみた話に分けられる。しかし、所詮は伝説。架空の出来事に過ぎないが、しかしここは海鳴、あり得んとは言えない。
「そうか。どこから来た?」
切られてしまった。
03の履歴を見ると、そこには知った名前しか存在せず、非通知やナンバーのみの履歴は存在しなかった。
駅。翠屋付近だ。ハンナが働き、駅周辺には最近セーフハウスを作った。とりあえず広域探査を実行するが、該当する反応は存在せず。
『なにかありましたか?』
「都市伝説だ。歓迎してやらないとな」
『会話から察するに、いわゆるメリーさんという都市伝説が該当しました』
「そうだ。面白いことに、履歴に通話記録は存在しない」
『03のシステムを監視します』
「ああ、頼む」
私は広いダンスホールへ移動する。十何人か、私が集まる。
『何をするつもりですか?』
「ふと思いついた、アンチ・メリー・フォーメーション」
陣形を組む。
何があってもいいように、アヴェンジャーやヴュステファルケを装備する。
そして、待っていたコール音。
「Jmma」
『私、メリー。今、あなたの家の前にいるの』
「そうか。一応注意しておくが、庭の隅にある石碑は絶対調べるな。いいか、絶対調べるなよ」
返事はない。しかし、最後までちゃんと聞いてくれたようだった。
『相手の発信源を特定しました。普通の携帯電話です。ただ、履歴は特定不能な妙な力によって通話終了と同時に削除されています。数kBのパケット通信も確認しました。GPSによるこちらの位置特定の可能性あり』
「特定不能な力か。夢があるな。楽しみだ」
そしてコール。
「Ja」
『私、メリー。今、あなたの家の玄関にいるの』
「ルーデル機関、エルテだ。歓迎しよう。ルーデル屋敷にようこそ」
これは私が言うべきセリフではなく、どちらかといえば元が人形であるというメリーさんがいうべきセリフだろう。『メルツェルの将棋指し』的に考えて。
『…………』
今回は切るまで、多少の時間があった。
「フフフ……感想を聞いてみたいものだ」
『相手の電話番号及びGPS情報を取得。玄関、突破されました』
同じ顔、同じ姿、同じ服がずらりと並ぶ玄関ホール。一糸乱れぬ極めて機械的な『いらっしゃいませ』は、アリサは愚かすずかまでも泣かせた実績がある。
「ナイスワーク。素晴らしいタイミングだった」
『人形屋敷ですか』
「メリーさんは存分にもてなさないとな。都市伝説に失礼だ」
ダンスホールの人口密度が増えていく。それでも、それなりの規模のパーティー会場としても使えるようにやたらと広いそこは、まだまだキャパシティが残っている。
そして、予定の人数最後の一人がダンスホールに収まり、扉が閉められた。
しばらくして、コール音。
「Ja」
『……わ、私、メリー。今、あなたの部屋の前にいるの』
「私の部屋には誰もいない。ダンスホールに招待しよう」
今度はこっちから切ってやる。メイド姿の私が、私の部屋の前を通りダンスホールへ向かう。
通話を切ると同時に、ダンスホールの私は唄い始める。『暗い日曜日』を、アカペラで。
そして、コール音。
「…………」
『私、メリー。今、ダンスホールの前にいるの』
「…………」
今度は無言。いや、エイダに頼んで妙なノイズを流してもらっている。
しばらくすると切れた。
そして、しばらくもしないうちにコール音。
《エイダ。例の結界を》
[[Ja]]
通話ボタンを押す。一斉に、歌が止む。
『わ、わ、わた、私、め、メリー。いいい今、あなたの後ろにいるの』
「そう。どの私の後ろ?」
『ケータイ持っているあなた!』
「そう。私には」
『私の背後に誰も見えないのだけれども』
私を取り囲んでいる私が一斉に言い放つ。同時に、世界が変質を始める。
壁、床、天井、全てが赤く錆びた金網になり、壁の向こうには得体の知れない肉塊や怪物、そして深い不快闇。
『え? な、なにこれ!?』
「ようこそ、悪夢の世界へ」
メリーさんへ、視線が集まる。エイダが存在を解析して、その姿を露わにする。そして、彼女のターゲットであった私が振り向き、その肩を掴む。
『ようこそ、メリーさん』
超ホラー結界『サイレン・ヒル』はサイレンとサイレントヒルのどちらかをエミュレートできる結界だ。霧に闇に視界が少ない中で、精神を罪悪感や恐怖のヤスリでがりごり削るような悪夢のような結界だ。ただ、罪を犯していないものに対しサイレントヒルをエミュレートしてもただの結界にしかならない。いわゆる『表世界』だ。
『ふええええええん』
泣かせてしまったメリーさんを、表世界の食堂であやす。厄介なことに、電話を介さないとその言葉を聞けない。
どうにか聞き出せたことから推測したのは、このメリーさんは都市伝説により生み出された存在らしいということだ。魂に似た素粒子情報体、普通ならば幽霊と判断すべきなのだろうが、どう観測しても似て非なる存在だ。都市伝説を信じる人の集合意思から生まれた、と私は推測し、エイダも同じ推論に至った。
そして今、メリーさんのこれからをどうするか、それで悩んでいる。どうも、私に姿を見られたことで存在が確定し、なおかつ、私から一定距離以上離れることができなくなっていた。今は200m程度、結界の中で全力逃走していたメリーさんが、見えざる壁に阻まれ逃走を断念した距離である。
「さて、あなたはどうしたい」
『ぐすっ。この世界から出たいよぉ……』
「その後は」
『うう……なんか凄く躯が安定したから、どこかでなにかする』
「ここに住むという選択肢を与えよう」
『い、い、いやああああああ! あんな怖い世界に住むくらいなら舌噛んで死ぬ! 死ぬ!』
「いや、普通の世界でだ。この世界は結界だからな、解除すれば」
薄暗く、不気味な雰囲気が消える。窓からは太陽の光が差し込み、急降下爆撃をするシュトゥーカをあしらったステンドグラスが鮮やかな模様を床に照らし出す。
『だったら……でも、なんで?』
「あなたに興味がある。メリーさんという都市伝説、それが宿なしでかくもかわいい娘であると知れば、手元に置いていたくなるのは当然ではないか」
『も、もしかして、あなた、レ……』
「冗談だ。最初に聞いた声が寂しそうだったからな。それに、多少の罪悪感もある。詫びのつもりだよ」
居候が一人、アルトにとっては友達が一人増えた。
メリーさんは認識される人が増えるたび、だんだんと存在確率が上昇し、少しずつ人間に近づきつつあった。日々私から離れられる距離が伸び、電話越しにしか声を伝えられない『都市伝説』という呪縛からも解放されつつあった。
「都市伝説、か……」
『話を聞く限りでは、存在するのは『メリーさん』だけではないように思われます』
「人の集合意思が作り出す魔物、その一種だろうな。探せば他にもあるだろう」
『首を突っ込む気ですね』
「目には目を、歯には歯を、ファンタジーにはファンタジーを。多少は最近はセンチュリアを増産しすぎて若干余りが出ているんだ、多少は有効活用しないとな」
『…………』
エイダが黙りこくる。
ああ、わかっている。怪しまれない程度にセンチュリアを増やし各世界に浸透させ、今、それは飽和しつつあった。それでも生産し続けるのは、未だ増え続ける子供たちの為にガイアを再興させるためであり、ヴァージョンアップによる更新や、ガルディやアークなどの特化エルテに交代したりするためでもある。かつてカツカツだったセンチュリアは、余裕のあるシステムとして最高の状態を保ちつつある。
「さてさて、店の名前はどうするかな。Devil May Cryなんてありきたりにも程があるしな」
『WüsteFalkeなどはどうでしょう。最近はアヴェンジャーより使用頻度が高いようですので、もはやランナーのトレードマークとしてもよろしいのでは』
「ヴュステファルケ・ヴァルキュリウル。ん? なかなかかっこいいじゃないか」
『ハンドキャノンの戦女神達、ですか。なかなか厨二センスがビンビンな店名ですね。直訳すると更に意味不明になるところがなんとも』
「ああ。都市伝説対策の店なんだ、これくらい胡散臭い名前でないとな」
そもそも私にまともなネーミングセンスはない。子供達の名付け親は、最近はエイダに任せっぱなしだ。昔は並列に人名辞典と睨み合いをしながら一人当たり数時間、あるいは数カ月をかけて名前を考えていた。それが今では、成長した子供達が名付け親になり、エイダがその名前がマトモであるか判断するというシステムになっている。
『……同じ顔、トレンチコートのドッペルゲンガー、違う場所で同じ人が何人もいる、秘密機関の同じ顔の諜報員・黒コート女……』
「なんだそれは」
突然のエイダの呟きに、嫌な予感と共にその意味を問う。
『既にランナーも都市伝説と化しているようです』
思い当たる節が幾つも幾つもある。
『その他、巨大なガトリング砲を振り回す少女、空跳ぶ装甲服男、廃病院の装甲部隊、ミッドチルダをはじめとする次元世界ネットワークにも、ランナーの行動や特徴と合致するものも少なからず確認できます』
「……私と戦う、かも知れない?」
『遺憾ながら、可能性はあると思われます。ですが、ランナーは責められません。こんなことが起きるとは、よもや都市伝説が実在するとは予想するなど不可能でした』
「何のためのセンチュリアだ……ある程度の未来まで予想できるようになったというのに……クソ」
センチュリアが数百万の『エルテ・ルーデル』が同一存在であることを、その個々に余剰処理能力が存在することを利用して、巨大な並列コンピュータとして利用することもできる。それによる副産物が、ある程度の、おおよその未来を予測できる未来視だった。
『楽しくなってきましたね。集合思念が生み出したランナーがどれほどのものなのか、実に興味深い』
エイダは大はしゃぎだ。いつもの平坦な声で、わかる者にしかわからないだろうが。文面だけ見ていると、非常に人間臭くなっているのが如実にわかる。
「……まあ、いい。何が来ようと、本物の『破壊神の百人隊』に勝てるはずもないさ」
神速の機動、無限の兵力、破滅の威力、究極の統率。『私をオリジナルとしない都市伝説』ならばともかく、私の模倣品がオリジナルに適うことはない。最悪、『私をオリジナルとしない都市伝説』にエルテの因子が存在した場合、その都市伝説すら『エルテ・ルーデル』としてセンチュリアに取り込んでしまう可能性もゼロではない。
『その意気です。既にヴュステファルケ・ヴァルキュリウルはネット上に噂としてばらまいてあります』
この駄AIは……
《あとがき》
外伝の悪ふざけです。とあるラノベにあやかり『とある魔王の都市伝説(アーバンレジェンズ)』編とでも名付けましょうか。
GSと思った人は間違いです。正解は、『都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……』という2chの小説スレです。まとめwikiもあるので暇な人は行ってみるといいかも。ちなみに、当然ながら『都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……』のシェアワールドとは関係ありません。
気分と感想の如何により、この外伝シリーズを続けていこうかと思います。
あと、『エルテさんが別の世界で盛大に原作破壊するようです』というシリーズも考えていたり。
もしやるとすれば、チラ裏に新しいスレでやることになると思います。
最近地の文がめっさ少ないことに自分の少ない力量がさらに少なくなった気がするどころではない今日このごろ。
感想はこの作品をまともなものにするために必要なものだ! ということで弟妹に読ませて見せようにもリリなのを知らないていたらく。
もう皆さんが頼りです。
P.S.
やっぱなのはには社長砲かアサルトキャノンだよNE!