平穏が戻ってきた。
なのはは復学し、八神家に居候していた私ははやてをルーデル屋敷に招待し――――それくらいしか変わったことがない。
だから平穏というのだ。今も世界のどこかで、どこかの世界で、私は一方的にもほどがある蹂躙を演じている。
「……それでだ。人類の反応速度であの超機動を捕捉することは私は不可能と判断した。よって、こちらもAIシステムを開発し、超機動を実現しようと考えたわけだ」
「結局敗北宣言よね、それって」
「機械に、頼って、生きていこう」
「あはは……」
「でも、どう頑張っても倒せないよ?」
「アセンはどうするの?」
「コジマかアサルトにツインとっつきで超接近戦即死アセンといったところか。月光も考えている。スナやレール以外は避けられるように、軽量超機動機だ。背中肩武器なしで追加ブースタつけるのもいいな」
「それってアタシを開幕瞬殺したトンデモアセンじゃない!」
「私も一瞬でやられちゃったアレ?」
「レールガンが当たらなかったの」
平穏で、そして欠けていたものが戻ってきたからこそ、いつもの面子でこんな平和な会話ができる。
それにしても、アセンは性格が出るな。
なのはは長距離砲撃系でスナイパーライフルやレールガン、コジマキャノンにアサルトキャノンを好む。社長砲も時々使う。滞空機としてはかなり重い機体構成で来る。普通にとっつける。
アルトはガチタンスナオンで、上半身は射撃安定や精度に特化したアセンだ。距離1000以上を常に保ち、距離900を切るととOBで逃げてしまうから時間がかかる。
すずかは、基本軽量機で、ブレオンやショットガン、マシンガンと接近格闘戦に特化している。すずかが一番戦いづらいな。
意外なのがアリサで、チューンド社長用雷電。いや、ある意味似合っているのだろうか? 時々GA腕に変えて有澤グレ2門を持ってきたりするが。――――あ、『アリサわ』か。なるほど。
「あれならいけるかもしれないね」
「あれでいけなかったからAIに手を出すんだ」
「ふぇ? あれで勝てないの?」
「アンタの反射速度で追いつかないって……コンピュータって凄いわね」
「なのはのコジマアセンなら一撃必殺だが……当たらないからな」
「撃ち負けはしないの。当たるのであれば」
「渡されたのは、変態ネクスト。受け取ったのは、緑の心。信じたのは、砲撃の威力。手にしたのはコジマの力。全てを緑に染めたくて、だけどそれは当たらなくて。だけどくじけずにコジマキャノン! 『コジ魔』砲少女アルギュロなのは、始まります」
「ふええええええ!?」
「まさになのはね。1.15の」
「あはは……否定できないよ、なのはちゃん」
「名言だもんね、おねえちゃんに『当たるまで撃つの!』は」
「発射の呪文は『アルギュロ! ソルディオ!』で決まりだな」
「アルセニコン? インソーレンス? レサルドース?」
「ソルディオスオービットは?」
「私そこまでコジマ汚染されてないの!」
「嘘ね」
「嘘だよ」
「嘘だねー」
「嘘だな。ところで、だ」
さすがに気になって、話題を元に戻す。
「進んでいるか、なのは」
びくり、となのはが固まる。
長く休んでいた分の学業の補填として、結構な量の課題を出されている。それを処理するためにアリサ、すずかは我がルーデル屋敷に集まり、計4人でなのはの苦手な文系科目を手伝っているのだ。理系科目はことごとくを早々に終わらせたが、文系は徹底して苦手ななのはは応援要請を発したのだ。
「あ、あははは……」
「悪かったとは思う。なのはをおいて雑談に興じた我々をなのはは断罪する権利があった。しかしだ、それに参戦するということは、なのはも同罪だということ」
「うっ……」
アリサがバツが悪そうに顔をしかめる。
「さあ、再開しよう。言語など、何が言いたいかを理解すればいい。なに、小学校の国語で言外に込められた意味、行間を読むことなどほとんどない」
「なんでアンタはそう難しいことができんのよ?」
「ラノベから学術書まで。難解な小説をいくつか読めば何となく理解できるものだ。漢字検定準2級くらいの知識があれば、たいていの漢字は意味を知らずとも理解できる」
「うう……難しいの」
「諦めるのか。そこで。手が届くというのに」
「え?」
私の声音が変わったのを感じ取ったのか。抱えていた頭を解放し、なのはは私の方を見る。
「理解することを放棄して、得られることは何もない。要は――――」
一呼吸おく。
「難しかろうがやる気がなかろうが、あと75時間以内にそれを完遂しないといけないということだ」
「わかってるの……」
へちゃ~っとうなだれるなのは。ううむ。これはまずい。
「しかたないか。全力を以って判り易く教えよう」
なのはの頭から煙が出ている。
しかしその前には、完遂された宿題が存在した。
時間にして、7時間。文字通り朝から晩まで。今日は全員ルーデル屋敷に泊まるつもりだから問題ない。
「よくやった」
「あうー」
過冷却気味に冷やした鬼のように甘いアイスティーと、額に張られた冷却シート。ストローで吸い込むなのはは、口の中でシャーベットになる感触に眼を白黒させる。
「これで存分に遊べるわけだ。準備はいいか?」
「負けないの」
「今度こそアンタに有澤グレの恐ろしさを教えてやるわ!」
「お手柔らかに、ね」
「今日はおねえちゃんにつくよ」
「え」
「げ」
「?」
かくて、破壊神姉妹(デストロイシスターズ)と白百合戦乙女(リリウムヴァルキリーズ)の戦いが幕を上げた。
ちなみに、破壊神姉妹はアルト命名、白百合戦乙女はアリサ命名である。
以下、ダイジェスト。
アリサ「くぅ! 避けた!」
エルテ「甘い」
月光をQBで避けたアリサに、QTで背後からもう一度斬りかかろうとするが、
すずか「チャンス!」
アルト「援護するよ!」
すずか「わ!?」
すずかに近寄られ、離脱せざるを得ない。何せ今回のすずかは背ロケを搭載しているのだ。
QBで回避、OBをしようかというところでアルトの長距離狙撃がすずかに当たる。
なのは「ロックできないの!」
アリサ「ロックなんていらないわ!」
なのははコジマキャノンをフルチャージできたらしいが、QBで動き回る私にロックが安定しないようだ。
しかし、アリサが社長砲と腕グレを放ち、私は爆風に巻き込まれ少しだけAPを削られた。
エルテ「爆風、厄介だな……捉えた」
なのは「すずかちゃん!」
すずか「やられちゃった……」
私をとっつこうと接近したすずかを、逆にツイン月光で斬り裂いた。
軽量機にAKとっつき背ロケというアセン。脅威ではあるが、一度当ててしまえば即死だ。
アリサ「すずかぁぁぁぁぁぁ!!」
エルテ「アルト、なのはを落とせ」
アルト「わかった!」
白いコジマの悪魔は、アルトの狙撃をどうにか避けている。しかし、アリサとなのはに分散していた攻撃がなのはに集中し、被弾率が高まっていく。
その隙に、アリサに接近し、
アリサ「なめんじゃ……ないわよ!」
エルテ「零距離老神だと? くそ、硬直が」
超至近距離で社長砲を食らった。幸運にも、直撃はしなかったようだが最悪なことにAPが残り3桁だ。
アリサ「アンタは近づかないと攻撃できないのは判ってるのよ! なのは!」
なのは「コジマの威力、思い知るといいの!」
発射タイミングを測っていたなのはが、被弾硬直の私にコジマキャノンをぶっ放す。ついでにAAまでしていった。普通にライフルで即死できたが、私の残りAPを見ていないか、日々のうっぷんを晴らすためのオーバーキルか、たぶん両方だ。
エルテ「素晴らしい連携だった。だが」
アルト「えい!」
なのは「ごめん、アリサちゃん……」
アリサ「グレネード!? そんな!」
アルト「アリサだって、格納グレ使うじゃない。おねえちゃんで油断したのが敗因よ!」
アリサ「ばかなああああああ!!」
意外に策士だったアルト。タンクの格納にSAKUNAMIと月光を搭載していた。
腕スナをパージして、接近戦もできるガチタンに変貌を遂げる。なのはを先に倒したのは、機動性の低いアリサを月光で叩き斬るためだった。
「うふふふふふふふ」
「ついに……」
「エルテちゃんを」
「倒したよ!」
「倒したの!」
「倒したわ!」
「アルトにやられたがな」
「そんな小さなことはどうでもいいわ。長年勝てなかったライバルを落とせたことに意味があるのよ!」
うんうんと頷くなのはとすずか。
「ならば、カーパルスをとっつきで落とした我の本気、見せてやる」
禁断のノーロック超機動射突ブレードオンリー機。ひたすら当てづらいが、当たればガチタンですら即死の究極の最先端鋭角兵器。
「い、いや……」
「なんでそうなるのよ!」
「遠距離からやればどうにか……」
「え? もしかして私もおねえちゃんと?」
平穏だった。
この世界だけは、私の周りだけは、今だけは平穏だった。
だが、爆弾が存在する。この海鳴という場所は人外魔境であり、危険域である。私が関与しているだけでもジュエルシード、夜天の書という事件がある。HGSという遺伝子疾患が存在するのだったか。妖狐や幽霊、魔法も存在する。最近は魔王候補と魔王が増えた。
戦闘民族高町家、夜の一族に関与する月村家、政治経済の裏表に莫大な影響をもたらすバニングス家、そして我がルーデル家。勢力としてはこれほど敵に回してはいけない存在があるだろうか。
「やはり、海鳴は……」
『何者かの意思、あるいはその土地柄という呪縛と考えられます』
そのことを教えると、何も知らない、何も教えていないエイダは、妥当な推測をする。私は、エイダをからかう。
世界があるから誰かは物語を書くのか。誰かが物語を書くから世界が存在するのか。結局は、この2つの答えのうちのどちらか、あるいは両方。
「もし『何者か』であれば、想像を絶する強大な力を持っているな。世界は変わる、くらいに」
『これほどオカルティックな存在が存在するならば、神が存在してもおかしくはないかと』
「神。その通りだな。面白そうな要素を無理矢理詰め込んでミキサーでかき回したらどうなるか、楽しんでいる?」
『飽きたら何かを追加して、刺激を楽しむか』
「思考を読むな。確かにそうかも知れん。エヴェレット解釈とかを考えても、存外その説は的外れでもなさそうだ。神はいるかもしれない、いないかもしれない。シュレディンガーは神様を否定できん。観測できないものは『ある』『ない』の両方が存在するか、その状態の世界に分岐するか」
『どのような存在を神とするかにもよりますが』
「そこらの宗教が望むようなものではないだろうな。勝手に祈ろうと数億の人類を救済する義務も義理もない。暇潰しに世界を創ることのできる存在かも知れん。あるいは、そうとは知らずペンを持っている上位世界の人間かも知れん」
正史を知っている身としては、この世界は二次創作に該当するだろうと判断できる。ペンを持っている誰かは、世界に操られているのか、世界を操っているのか。私は、前者であってほしいと願う。
『抗いますか?』
「どんな物語も往々にして、サブや敵キャラが創造主やそれに類するものに反抗を企てるとその時点で死亡フラグだ……この意思すらも、あるいは奴の制御下にある可能性がないとも言えん。流されるべきだ、今はまだ」
そう、今はまだ――――
世界はそれなりに平穏だった。かつてまでと似て非なる日常は、時折壊れながらも『日常』の名の通り元に戻っていく。少しだけ、壊れる前とは変わりながら。
「Goodluck、なのは」
「うん、また明日!」
「また後でね!」
今日はなのはとアルトが別行動だ。魔法の訓練もとい練習でガイアに向かうのだ。私もついて行ってもいいのだが、ガイアにはどうせ私が無数に存在する。教官役は充分なのだ。アリサとすずかと一緒にいることを選んでも、そう変わることはない。
「そういえば、なんでアンタは別れ際にGoodluckって言うのよ?」
「Goodbyeだと縁起が悪い。戻ってこれなくなる。See youは気に食わん。また逢えるように願うようなニュアンスを感じる。ならばまた会えることを前提に幸運を祈るのが最良ではないかとな。まあ、おまじないみたいなものだ」
「エルテちゃんもおまじないって信じるんだ」
「日本人はゲンをかつぐ生き物だ。所詮迷信と鼻で笑っても、ジンクスには従うような者はよくいるだろう」
「そういえば……ってアンタ日本人……だっけ?」
「ちゃんと日本国籍を持っているぞ」
「そういえば独系日本人だったわね」
「うむ。勤勉かつ変態国家を両親に持つニュータイプだ」
「へん……たい?」
「すずかは知らなかったのか? ヨーロッパ方面は存外変態的な趣味嗜好を持つ者が多い国家が多い。そのうちドイツはかなりエグい方に――――」
「ななななななに言ってんのよ!」
「フフフ……アリサにはまだ早かったか。まあ、思春期を超えるころにはそういう話にも慣れる。それに、興味がないわけでもなかろう」
「う……ないわけでも……」
「……で……それが……」
「え……うわぁ……そ、そうなんだ……」
「って、そこ! なにしてるかー!」
「お子様な不思議の国のアリサを放置してすずかとドイツの一般風俗についての詳細を」
「な、な、な、な、な……あ!」
頭に衝撃が走ったのと、アリサの驚きに満ちた声が聞こえたのは同時だった。
「きゃムグッ!?」
緊急事態に反応した私が、ヘルゼリッシュで私が倒れるところを、アリサとすずかの口が塞がれるのを、通りがかった車に私ごと放り込まれるのをしっかりと確認した。人数、服装、特徴、車種、ナンバープレートも確認。
鮫島の車は……成程、足止めされている。かなり計画的だな。問題は、私というイレギュラーが存在したことか。
完全に意識が途切れたのか、感覚が切れた。回復するまで動かさないのが得策だろう。下手に動かして死んだら、いたいけな少女のグラスハートに割れんばかりのトラウマを刻みつけかねない。
「さて」
初弾を装填する音が、一斉に、同時に響く。
「存分に後悔させてやろう」
ここは海鳴の隣の廃病院。何故わかるか。それは海鳴周辺の地理をほぼ完全に把握しているからだ。眠らされもせず、車の走った時間からだいたいの位置を把握できる。遠回りしたとしても、海鳴にこんな廃病院はなかったはずだ。
バニングス家は大きくなるにつれ、かなりの恨み妬みを向けられている。鮫島の送迎もそれを危惧してのことだった。鮫島が来ない、ということは偶然が重なって空白ができたとは考えがたい。そして、エルテを手加減なしで気絶させることから、かなり私の周囲を調べていると考えていいだろう。たぶん、エルテはここにいる三人の中で最も厄介な存在だから。
「大丈夫?」
「……頭蓋内に出血はない。脳振盪だけだ。意識はそれなりだ。SISにさえ気をつければ死にはしないだろう。まあ、何があろうと私は死ねないんだが」
「どうしてそんなに冷静なのよ……」
「取り乱したら、アリサとすずかを護れない。といっても、このザマだがな。多少頭が回れば、打開策ができるかも知れん。考えることをやめたら、先には崖しか残らないよ」
いつだってエルテは合理的だ。私と同い歳とは思えないくらいに。
そして、私たちを護ろうとしてくれる。
「何か言い案でもあるの?」
「結論。待つしかない。寝る。何かあったら起こしてくれ」
落ち着き……過ぎない?
「……寝ちゃったね」
「なんでこう平然とできるのよ」
「心配かけたくないからだと思うよ」
すずかはその手を握っている。一切の力がない、ふにゃふにゃとした手。文字通り躯に力が入ってない。
エルテは『脳振盪だから大丈夫』と言ったが、絶対違う。
「わかってるわよ、そんなこと……」
すずかが手を握っているのは、脈を常に測るため。気づいたら冷たくなっていた、なんて映画の悲劇みたいなのは冗談じゃない。
「絶対、3人無事で帰るわよ」
「……うん」
このまま待っていれば、助けが来る。エルテも助かる。そう、思っていたのに。
「こいつか。よし、連れてけ」
「エルテに何すんのよ!」
男たちが、死んだように眠り続けるエルテを部屋から連れ出そうとする。何かあったら起こせと言っておいて、これだけ騒いで起きない。不安だった。
エルテにしがみつき、必死で抗うが、
「ああくそ! うっとうしい!」
口元に布を当てられ、意識が――――
アリサちゃんが眠ってしまった。エルテちゃんはどこかへ連れていかれた。
本当は、助けられた。私が本気を出せば、大人だろうと簡単に倒せる。
だけど、アリサちゃんにもし……もし、嫌われたら。私の正体を知って、拒否されたら。そう思うと、躯が動いてくれなかった。
「アリサちゃん……」
「…………」
返事が返ってくるはずもない。息はしているし、脈もあるからただ眠っているだけ。
起きたら……暴れるかもしれない。怒りの発火点の低いアリサちゃんは、エルテちゃんが連れ去られたせいで一気に燃え上がってしまうはずだ。今までおとなしかったのは、エルテちゃんがいてくれたおかげ。エルテちゃんはいつも……冷静だ。燃え上がりやすいアリサちゃんと、いつもクールなエルテちゃん。案外、いいコンビなのかも。
でも、私がためらったせいで、それは見られなくなるかもしれない。もし、やつらがエルテちゃんに酷いことしたら……
どれほど時間が経ったのか、携帯を奪われ、時計もないこの部屋じゃわからない。
アリサちゃんは眠ったままで、扉の外には物音一つしない。だけど、少しだけ変化があった。
何故か、背筋が寒くなる。
怖い。
「アリサちゃん! 起きて!」
もし何か起こっているのなら、アリサちゃんが眠ったままというのは危ない。必死に揺すって起こそうとする。
「……う……あ……? すず……か?」
目が覚めた!
私に気づくと、突然起き上がり
「エルテ! エルテは!?」
私は首を振るしかなかった。
私が、壊れている。
意識が消え去るその瞬間まで四肢の感覚がなかったのが救いか。今ではその四肢もないが。
小脳に致命的ダメージを受けていたその躯は、放っておいても死ぬはずだった。脅迫の材料に使うには、私という存在がいたのは彼らにとって幸運だったのだろう。異常に頑丈な私の躯は、それでもなおしばらくは生命活動を続けることはできたが、流石に強姦され四肢を切り落とされ首を刈られればさすがに死ぬ。
廃病院を完全に包囲。デビッドと忍には連絡済み、そして、これから起こることも伝えてある。今回のイレギュラーは、私の怒りにニトログリセリンを大量に注いでくれた。もみ消しは充分にやってくれることだろう。
今回はいい転機だった。私の正体をばらすには、何かきっかけが欲しかった。
「レツパァリィィィィィィィ!」
歩哨の脳天に一発、炸裂弾を叩き込む。こいつは切り落とした左腕で存分に楽しんでいた変態だ。
一人が死ねば、騒ぎになる前に眼を全て潰す。歩哨の何人かはちゃんと死体が残ったが、ほとんどがミンチと化していた。30mmガトリングを念入りに四方八方から十字放火されれば当然の結果だ。死体が残ったのは比較的近くでヴュステファルケや刀剣類の射程内だった連中のみ。
「Clear」
たとえ伝える相手がいないとしても、声に出して確認することは重要だ。
『No tangos in sight』
エイダがクリアリングしてくれる。
『ノスフェラトの使用を提案』
「……奴らには存分に恐怖を味わってもらいたい。却下だ」
『拷問でも?』
「発売中止になった静岡を参考にしてみるか。あれはえぐかった」
軽口を叩きながら、ゆっくりと一部屋一部屋をクリアしていく。誰かいれば、そこでゲームオーバー。この世から、そして息をお引き取り願う。
「やあ諸君。お疲れさま」
どぅん。
「Guten tag」
ぱらららら。
あちこちから挨拶と銃声と悲鳴。生命反応が消えてゆく。
「貴様! 月む」
「ん?」
撃ち殺す寸前、男の一人が何やら言っていたが、時すでに遅し。
月む……月村だな。やはりこいつらはアリサではなくすずかを狙った誘拐犯だということか。脅迫材料にアリサが使われずによかった。
しかし、こうなったら本当に殲滅するしかない。こいつらは法で裁きにくい。夜の一族、これは一般に世界の表側に出てはならない存在。裏側で、人知れず処理するしかない。
「結界張って正解だったな」
『えげつないですね』
「大切なものを護るには、時に残酷にならざるを得ん」
「うおおおお!」
うまく私の隙を突いて、廊下まで逃げてきた男がホウコウしながら突進してくる。
「それに……」
「死nがはぁっ!?」
その左胸を、心臓を右腕で貫いた。
「結局殺すんだ。えげつないもクソもない」
「お……のれ……」
まだ動く。頭を踏み潰した。
「記録は?」
『抜かりありません』
「後で忍に顔写真でも提供しよう」
最後の生命反応が消えた。変に化けてでないように、魂を砕いた。素粒子情報体である魂は、意思が強ければ強いほど、器を失ってからも存在を許される。例外もあるが。
「…………」
『……助けられませんでした』
狭い部屋で、白濁した液体と紅い液体にまみれた幾つかの肉塊を見つけ、エイダが謝るようにつぶやく。
「いい。エイダが感覚を完全に遮断してくれたおかげで、ほとんど何も感じなかった」
麻痺していたとはいえ、わずかに感覚は残っていた。躯が蹂躙されても、それほど辛くはなかった。不快ではあったが。
「死体を処理して、帰ろう。後はバニングス家と月村家に任せよう」
『ランナーはどうしますか?』
「そうだな。手当されていたことにしよう」
奴らはそんな優しい存在ではない、むしろ正反対だった。しかし、カバーストーリーとしては妥当だろう。どうせ、それを証言できるのは誰一人いないのだから。
肉塊を分解する蒼の炎に照らされながら、私はレクイエムを唄っていた。
それから、デビッドに連絡してアリサとすずかを迎えに行かせて、忍に敵を殲滅したことを伝え、全員の顔写真と記録したフラッシュメモリを渡した。
ここで予想外だったのが、デビッドと忍が私の正体を二人にばらしたことだ。センチュリア、説明が難しいこの『エルテ・ルーデル』という存在を正しく伝えられたかは微妙だったが。そしてすずかも、アリサと私に『自分は夜の一族だ』と宣言してしまった。
こうして、図らずも3人だけの秘密とやらができてしまった。私もすずかも、いずれなのはに教えるつもりだが。
あの誘拐事件はなかったことにされた。警察にも届け出ていないし、被害も皆無。犯人はこの世から消滅している。また、私と忍の努力の結果、同じ勢力がすずかを誘拐しに来ることはない。永遠に。
『いらっしゃいませお嬢さま』
「――――! ――――!」
「アリサちゃん……そんなにっ……笑わなくてもっ! あはははは!」
メイド服姿の私が、メイド喫茶っぽくルーデル屋敷で振る舞ったり。
「急降下爆撃」
「きゃああああああああああああああ」
「アリサちゃん、楽しそうだね」
ガイアで空の散歩を堪能してもらったり。
平穏な日常は、少しづつ形を変えながらも、続いていく。
《あとがき》
何故か最終回っぽくなった。
なのはが最後の方ハブられていますが、アリサとすずかとエルテの絡んでいるところをピックアップしているだけで普通に遊んでいます。
今回、多少わかりづらいネタがありましたかと存じます。
南陽 CM
で検索するとナイスな動画を観ることができるでしょう。
あれはすばらしいセンスだ。
というかACfAネタ、しかもオンライン対戦のネタを出してすみません。
ラインの乙女はACfAでパケット解析してAI機をつくろうという試みで、機体が恐ろしく速いです。ロックできません。
ニコ動などで動画が上がっているのでその凄まじさを知りたい人は見てみるといいです。
エルテは己の手を汚すことをためらいません。初めて殺人描写が出たかとは思いますが、エルテの殺人はこれが初めてというわけではありません。
それはおいおい、外伝か何かで語ろうと思います。クロノが関係していたりー。
エルテの意外な弱点。とまあ、脳に振動食らえばどれだけタフだろうと普通に前後不覚になるらしいです。脳だけは鍛えられませんから。不意討ちで後頭部殴ったり顎を斜め下から殴ると大抵しばらく動けなくなります。実際に経験したので確かです。
SISとはセカンドインパクトシンドロームの略で、脳振盪を起こした後、数週間以内に再び脳に衝撃を受けると死亡しやすい現象のことで、ラグビーの試合で頭にダメージ食らったら数週間出場停止とか、ボクシングで試合の間が数週間とか取られているのはこれが理由です。
少しだけ、新しいことに挑戦。エルテがちょっとひどい目に遭っていますが、躯なんて消耗品、エルテが生きてりゃ儲けモンな思考ですから。
さて、次回はVS都市伝説な短編です。
短編ですので近いうちに上げられると思います。
ではでは。