「あーいうぉーんごーぅふぉーだん」
闇の中で歌い続ける。ただ、あるはずのない孤独をごまかすために。
今もガイアにいて、隣にはアルトがいて、私は地球にいて、はやてと遊んでいて、ミッドチルダにいて、アースラにいて、クロノをからかっているというのに。
プレシアは腕の中で冷たくなって久しい。
アリシアは、緩衝材のたっぷり入った袋にカプセルごと入れている。
魔法の使えない今は、ただただ耐えるのみ。
「あーいきゃーんぶらっふぉーだん」
そして私は、ひたすら重力に身を任せる。
アースラにできることはほとんどない。
機関部がイカれ、修理もできない状況。近くには充分な設備のある管理世界は存在しない。
「幸いなことに、次元空間に対する次元震の影響が少ない。プレシアは、もしかしたらこうなることまで計算していたのかもしれない」
最後の、時の庭園消滅のとき、一緒に次元震も消えた。黒い光と共に。
しかし、巨大な魔力の光は、次元震よりマシとはいえ、次元空間をかき回すには充分だった。
「幸い、アースラが97管理外世界周辺から動けなかったから、君たちはもう帰れる」
「お世話になりました」
「そうか、世話になった」
エルテが、真っ先に転送ポートに向かう。
「君はだめだ!」
「全く。節操がないな。なのはがダメと判るや否や、私に乗り換えるか。英雄色を好むとはいえ、どうかと思うぞ」
これ見よがしにエルテが溜息を吐く。更に眼を閉じ、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「違う! 君は容疑者だ。ミッドで裁判を受けてもらう」
「一応、おとなしくしていてやろう」
無意味だろうがな、と、小さく続ける。クロノはその呟きに気付かなかった。
「ユーノくんはどうするの?」
「僕はミッドに行くよ。本局でジュエルシードに関しての手続きとかあるし、スクライアに報告にもいかなくちゃいけないし」
「いずれにせよ、まだ暫くは地球近辺にいることになろうがな」
クロノがはめたいくつもの封魔効果付手錠を一瞬であっさり引きちぎりながら、エルテが補足した。
「え? どうして?」
「クロノ、説明」
「本当に君は生物か? まったく……あの、時の庭園の消滅は見たかい?」
「あ……うん」
黒い光、そうとしか言えないものが、時の庭園もろとも次元震を飲み込み、消えた。次元断層を引き起こしかねない規模だった次元震を綺麗さっぱり飲み込み、そして消滅させたあの光は、一体どれほどの魔力と威力を持っていたのか。
「あれのおかげで、次元震ほどの被害は出なかった。だけど、次元震を丸ごと包んで消滅させる威力の魔法が使われて、次元空間に影響を与えないはずがない。空間が安定するまでいつまでかかるか……」
「次元空間が安定するまで通信はできないから救助は呼べない。そして、アースラの機関も損傷している。航行に支障が出ているだろう?」
「……その通りだ」
「じゃあ、まだしばらく会えるの?」
「余波が収まるまで、空間が安定するまでだが」
「は?」
アースラの機関は致命的でこそないが、無理に動かそうとしたために航行不能な程に悪化していた。エルテによる絶妙な工作であったが、それを知るものは本人以外に存在しない。
この場合、あの黒魔法の余波が収まるのを待ち、時空管理局本局に救援を出すのが最善であり、唯一できることだった。そしてその場合、次元空間が安定するまでの時間、救難通信を発信してから救助が来るまでの時間と、かなりのものになる。そう、このままなら。
「君は何を言っているんだ?」
「リンディ、説明」
説明を丸投げするエルテ。
「エルテさんが、ガイアでのアースラ修理を提案してくれたのよ。条件付きでね」
「ガイアの存在・ガイアに関係する全ての事象を報告あるいは他言しないこと。それだけだ」
そしてエルテはなのはに向き直り、
「という訳だ。どんなに長くても、アースラの修理が終わるまでは会える」
「そ、そうなんだ……」
「艦長、何故……」
クロノがリンディに問う。エルテの苦渋の決断を、この場にいる誰も知る由もない。自分達が、約半年後に起きるはずの事件の保険とされているなど。
「ただでさえ数が少ない次元航行艦よ。管理局は年中人手不足だし、擱座艦曳航に駆り出される人員もできることなら削るべきなの。最も早く本局に戻れる方法があるなら、そうすべきなのよ」
「ですが!」
「大丈夫、エルテさんは信用できるわ」
「条件さえ守ってくれるのであれば。私の大切なものに害を与えん限りは、裏切りはせんよ」
引きちぎられた手錠の輪を、ただ魔力で飽和させて砕き、拘束から完璧に逃れた。
「やれやれ。クロノは随分と無粋なブレスレットがお好きらしい。あるいは……そういう性癖でもあるのか。むぅ。エイミィ、男というものは程度の差はあれことごとく変態なのだよ。例外は存在しない」
「せっ……誰が変態だ! というか、なぜそこでエイミィが出てくる!」
「男は、と言ったはずだ。だから、どんな性癖があったとしても生温い眼で見てやれ」
こっそりとエイミィに『この年頃の男をからかうにはこのネタが一番』と念話で伝えている。エイミィは親指を立てものすげえイイ笑顔で返す。そして握手、抱擁と続く。
話が進まないので、リンディとなのはは別に話を進めていた。
「ユーノ君はアースラの修理が終わるまで、なのはさんのところにいるのね?」
「はい、もう少しだけ、なのはのパートナーとして、魔法を教えてほしいと言われたので」
同居継続が決定していた。
「それで、フェイトちゃんは……」
「……大規模犯罪に加担していたから、本来なら数百年の幽閉……」
「ああ、問題ない。現時点で無罪がほぼ確定している」
クロノの言葉を遮って、エルテが説明した。クロノは表情で『は?』と言っていたりする。
「管理局のフェリス・C・シルヴェストリス上級元帥にメールを送ればそれでいい。どんな裁判だろうと、こういうケースなら無罪を勝ち取れる」
「シルヴィ元帥……その手があったわね」
トップ・オブ・ザ・管理局、母猫、女神などの名を持つシルヴェストリス元帥。温厚で馬鹿みたいな戦力を持ち、十年弱でヒラの嘱託から上りつめた、最高評議会を除けば文字通り管理局の頂点に存在する女。
彼女が一体何者なのか言うまでもない。
「ほぼ確実に無罪、最悪でも嘱託として数年働くだけで充分だ。被害も出ていないし……ああ、そうだ。ユーノ」
「なんだい?」
「返却」
「え? えええええええええええ!?」
「な!? なぜそれが!?」
「なんで!?」
「どうして!?」
「…………」
ぽい、とエルテが投げたのは、その胴ほどもありそうな大きさの円筒状のケース。中には、いくつかのジュエルシード。プレシアと共に、虚数空間へと消えたはずの。
アースラから一歩も出ることもなく、ずっと元独房で紅茶を飲んでるか歌っているかのどちらかだった。
「これが、本当の魔法。不可能を可能にする、不思議な力、それが『魔法』という言葉の本来の意味だ。ならば、その魔法が使えるのであれば、こんなこと不思議ですらない」
そもそも魔法が不思議なものなのだから、と、いつもの微笑みでおどけて言う。
「虚数空間で魔法? ありえない……」
「現実を見るべきだな、執務官。手品も魔法も変わらん。そういうことだ。まあ、これで被害は輸送船一隻とアースラの機関部、それに時間とちょっとした労力のみ。乗員の無事は確認していたろう? それに、フェイトが実際にできたことはちょっとした捜査妨害程度にすぎん」
何も知らされず、ただ母親に愛されたいがため、その命令に従っていた。全体的に見た被害は皆無に等しく、その少ない被害のほぼ全てはプレシアの仕業だ。
「そう心配するな。殺されるわけでも、永遠に会えないわけでもない」
「うん、そうだよね!」
「ああ。安心して帰れ」
そう言うや否や、一瞬で転移魔法を組み上げ転送してしまった。地球へ。
問答無用どころの話ではない。
「な、何を!」
「ガイアからの迎えが来た。なのはにはまだ、見せたくなくてな」
「不明艦艇接近! なんだこれ、こんなに接近されるまで探知できないなんて……」
オペレータが報告し、みながメインモニタに注目する。
塗装どころかまだ未完成であろう不格好な竜に似た艦が、そこにはあった。
ラグナロク。
FFⅧにおける飛空艇であり、宇宙船でもある。
ドラゴンを模しており、ムービーで見たその形は美しく、そのスペックも半端なものではない。
しかし、アースラを曳航していたそれは、美しいとはお世辞にも言いがたい。移民船建造ドックの中で、アースラの隣で静かに鎮座しているそれは、とりあえず動けるように無理矢理エンジンとコックピットをフレームにくっつけただけの艦。そんなものを、FFⅧ大好きななのはに見せたくはなかった。
「ストーップ! 固定にはいるよー!」
「りょーかい!」
「4番固定完了!」
「9と7固定できたよ!」
「8番固定完了!」
「10から14まで終わった!」
子供たちが頑張ってくれている。全て私がしてもいいのだが、それだと技術を習得できない。
「さて、修理といっても、ジェネレータだけだ。交換か修理か、いずれにせよ、ルーデル機関はその痕跡を一切残さない。諸君の仕事は増えない、という訳だ」
「修理はこちらで、というわけにはいかなそうね」
「丸々換装するならエルジア社製純正ジェネレータを用意してある。全ての刻印、制御コンピュータのデータ、全てアースラのものと同じにした。後はログを吸い出して書き換えるだけだ」
「なんでそんなことを知っているんだ!」
クロノが噛みついてくるが、
「管理局というのは存外腐敗が進んでいてな」
「っ!」
その一言で黙りこむ。本当は、私がアースラの建造に関わっている、それだけなのだが。
「理解してくれて嬉しいよ。さて……」
アースラが揺れる。
「ガイアへようこそ。諸君を歓迎するよ」
現在、ガイアの汚染は浄化されつつある。アルトが魔法の練習をする度に、ガイアは緑溢れる地になっていった。
「いいところね……」
「かつてNBCM汚染されていた地とは思えん」
「それは君のセリフじゃないと思うんだが……」
「世界中、ほぼ全てが汚染されていたのが、たった一ヶ月でこうなるんだ。正直、浄化しようと四苦八苦していたのが馬鹿馬鹿しくなる」
「一ヶ月?」
「ねえ、エルテさん。あれは何かしら?」
驚くクロノをスルーして、リンディが何かを見つけたらしい。
その指し示す先には、血のように鮮やかな紅。
一直線に空に放たれたり、薙ぎ払ったり。かなり離れたここからでも判る巨大な球体から、線香花火のように地上に降り注いだり。続いて、後光、張り手、葡萄、そして二葬式洗濯機。
「……一応、汚染浄化作業だ。本人は、遊んでいるだけなんだろうが」
「戦闘訓練のように見えるんだが」
天空から、黒い光の柱が大地に降り注ぐ。
「いや、軍事訓練に見えるんだが」
「……おしおき、だ。最近防御を組み上げて、あれぐらいの飽和攻撃をしないと抜けんのだ」
「いったい誰なんだ、そんなことのできる人間は」
私は溜息を一つ。
「我が愛しの可愛い可愛い妹だ。可愛くて明るくて可愛くていい子に育ってくれたのはいいが、いかんせん限度や常識を知らん」
「…………」
リンディの珍しい表情を見た。どうも筆舌に尽くしがたい微妙な感想を抱いたようだ。
「妹? 二人ともか?」
「何を言っている? 私には可愛くて愛らしい妹と娘達と息子達しかいないぞ」
「むす!? いや、この際それはどうでもいい。あの飽和攻撃は君の子供か?」
「私だ」
「遠隔発動魔法かしら?」
「何を言っている。私はあそこにいるだろう」
リンディが見当外れなことを言う。できないことはないが、あんな大規模な攻撃はできない。
「? どういうことだ?」
「……そろそろ昼だな。戻ってくる」
地球とは一日の周期が違うが、それでも1200時は昼飯時。
リンディたちにとってはあんなに遠く、だが、私にとってはこんなに近く。
飛べないアルトをぶら下げて、最高にハイになったアルトをぶら下げて、ぼろぼろになったアルトをぶら下げて、私は音速を超えない程度で飛んでいく。
何が面白いのか、アルトはキャハハと笑っている。
「あはははは! おねえちゃん、コブラとかクルビットとかできないの――――!?」
「ん? それは飛行機でやると難しいから面白いのであって、私がやるとただの微妙な動きか宙返りくらいにしかならん」
「え――――」
「よし、バレルロールもやろう」
「やたっ! え? きゃ――――あははは!」
地面と水平な躯を垂直に起こし、アンチショックウェーヴシェル――高速で飛ぶときの防護結界――を緩め、風の壁とGを存分に感じる。
そして水平に戻し、充分な速度を得た後、宙返りを敢行する。
最後に進行方向へ螺旋を描きつつ、そして止まる。
「は――――っ、は――――……」
私より確実に勘定でタフなくせして、アルトはひょろい。まあ、バレルロールと言えど、私を中心軸に周期0.25秒でブン回せばこうもなるか。日本有数の絶叫マシーンに一日中乗り続けるという偉業を達した我が妹でも。
この事件の最終段階、管理局の監視下にあった海鳴からなるべく隔離するために、平日放課後はガイアへ、休日は旅行に出ていたのだ。その際に某テーマパークに行ったのだが……コースターにしか興味を示さなかった。
「これは……一体」
「どういうことかしら?」
さすがは母子、と感心すべきか。息がぴったりだ。
「アルト。自己紹介」
「う? あ……アルト・ルーデルです。ガイアの浄化と緑化を担当しています。おねえちゃんとは一応双子の妹という設定になってます」
「!!!!!!」
「う、嘘です! ちゃんとした妹です! 血も繋がっているどころか遺伝子までほとんど同じです! だからそんな泣きそうな顔しないでよぉ……」
「信じていた。そう、言ってくれると。冗句であると。信じていた……」
心臓が止まるかと思った。
「アルト、この将来有望そうな劣化恭也なトゲ付き少年がクロノ・ハラオウン。石頭で融通が効かずムッツリかつガッツリなスケベで優秀な管理局の犬だ」
「誰が!」
「この美人がリンディ・ハラオウン。外見年齢と年齢が比例関数にない実にリリカルな人だ。管理局の提督にまで昇りつめているが、管理局の犬ではないし、有能でいい人なんだが……」
「『管理局の犬』はどういう評価なのかしら?」
「あー、その、なんというか。緑茶に砂糖とミルクを投入する致命的かつ究極の欠点を持つ」
「カノンちゃん、ユピテルカノン」
『Sir jawohl sir』
問答無用の3.7cm砲×2。
「待っ……」
「Feuer!」
紅の光がリンディの影を消し飛ばし――――
「あら? 躯が軽いわ」
「緑茶に砂糖とミルクなんて、絶対躯のどこかがおかしくて味覚障害に違いないよ! 亜鉛も足りないかも!」
健康になった。
見た目は物騒だが直接的な殺傷能力は一切ない、極めて平和な力。
「そ、そんな……」
物騒なのはその口であり、行動力であり、腕力である。
打ちひしがれるリンディを、本気で心配する眼で見ているから余計ダメージが加算される。純粋なものほど毒性が強いというが……。
「昼の時間だ。話はそれからだ」
とりあえずは、国境なき世界ガイアを存分に知ってもらおうか。正史で言う『PT事件』は終わったが、私のシナリオはまだ、終わることを許されない。クライド、アリシア、プレシアといった『死者』の扱い、闇の書事件の解決、管理局の腐敗、そして飽和と限界。『死者』は増えるかもしれない。そもそも死なないかもしれない。闇の書は何事もなく解決できるかもしれない。管理局は、10年後には内部浄化が終わっているかもしれない。
休んでいる暇はない。だが、今ここにいる私の一人分くらいは、ゆっくりまったりしても30mmや37mmの天罰は落ちない。
「エルテ?」
「……物思いに耽っていた。気にするな、大したことではない。そろそろ迎えも来る」
遠くからの、ガスタービンの音。嫌がらせに、これでもかというほど武装を積んだクラカヂール。ガトリングガン以外は全部モックアップではあるが。
アースラクルーは存分にバカンスを楽しんでいた。
ただでさえ少ないクルーの殆どは戦闘要員、わずかな技術士官だけでは動力炉と次元航行機関を用意しただけでは換装作業はできない。一般クルーに手伝わせてもよかったが、それでも人手は足りず、結局、一般クルーは上陸して、知識は充分にある私の子供達が手伝うこととなったのだ。
「まるで自衛隊でも見ているようだ……艦の定員に足りんとは」
「まだマシな方よ。地上本部はBランク以下でしか部隊をつくれないところがほとんどだそうだから」
「存分に知っているよ。上層部はなんだってこう無謀にも手を広げたがるのか……」
バカンスとはいえ、海で泳いだりはできない。今は春、水温が低い上に、汚染は完全に浄化されたわけではない。
だが、娯楽施設がないわけでもない。
家族のみで構成されている小規模社会であるガイアだが、義務と権利は徹底してある。すなわち、働かざるもの食うべからず。
自分に適した仕事を探し、働くのだ。私の研究を手伝ったり、軍事訓練を行ったり、農業に従事したり、施設や艦内の清掃や保全、食堂の経営などなど。教育中の子供たちばかりの今はまだ、私が殆どの仕事をしているが、アルバイトという形で働き、教育が終わると同時に私と交代する形で就職する。無論、通貨も存在する。ただ、衣食住に全く金はかからない。
そう、子供たちは働くし、休みもとる。それだけだと潤いがないので、温泉や高級料理店などの娯楽施設が存在したりするのだ。それの利用には、それなりの額の金が必要になる。だから、子供たちはかなり真面目に働くのだ。
普通なら、かなりの額がかかるが、アースラ御一行は一応客なので金はとらない。子供たちに不平不満のないように、この期間分の娯楽施設無料チケットでも作って全員に配ることにしている。
「まったくだわ。だけど、管理局の目的は次元世界の平和。今よりも遠くに、より危険なロストロギアがあるかもしれない。だから手を伸ばさざるを得ないのよ」
「パンドラの箱を自ら開けに行くようなもの、とも言える」
「パンドラの箱?」
「地球の神話だ。パンドラという女が開けてはいけないと言いつけられていた箱を開けてしまった。箱の中には様々な災厄が封じられていて、パンドラは慌てて箱を閉じたが、最後に一つ、希望を残して災厄は全て世に放たれてしまった。結局、残された希望もその後すぐに解放されるのだが……そうだな、世界はシュレディンガーの猫・イン・パンドラボックス」
なかなか面白い例えが思いついた。
「そのシュレディンガーの猫、よくエルテさんは言ってるけれど、どういった意味があるのかしら?」
簡単に説明してやる。非常にわかりづらい概念をこれほど簡単に表した思考実験はない。
「さて、ヒント。私にとっては確定で、リンディにとって不確定なものはいくらでもある。たとえば、諸君は虚数空間の中は観測できん。そして、知らないという不確定要素。たとえ同一人物であっても、知らなければ他人かもしれない」
「え? ……まさか、プレシアが!?」
「流石だな。だが、彼女は死んだ。死者を罪に問える法律は、管理局法には無い」
「どういうことかしら?」
「容疑者の死亡が確認された、あるいは生存が絶望的な場合は、基本的に裁判すら発生せんだろう。自分のせいでフェイトにできてしまった罪を、全部自分のせいにして死ぬ。リンディも母親なら理解できるだろう、真相を知っているのならば、プレシアの行動全てが。その想いすら、理解できるだろう?」
「そうね……覚悟はしているけど、クロノが死んで、それをどうにかする方法があるのなら、プレシアと同じことをしたかもしれないわね」
「だが、それではあんまりだ。フェイトもまだ、抜け殻のままだ。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。着いたぞ」
15mはあろうかという大砲が目印のそれは、老神温泉だった。なんというか、初めて見た時は『ああ、なるほど。ナイスジョーク』なんてつぶやいてしまった。
「あの大砲は?」
「知らん。少なくとも、私がここに来たときにはあった」
本物かどうかはわからない。もし本物だったら、NBCM汚染にKの文字が追加されていただろう。幻想的な、緑色の死の雪。
「珍しいオブジェと考えればいい。いくら有澤重工でも、数千年も放置では二度と撃てまい。それより温泉だ」
「そうね、楽しみだわ」
しかし、数少ない娯楽施設で温泉を選んだのがリンディしかいないのは何故だろう……
時は過ぎて28日後。
アースラは機関換装を完了し、地球の面々との別れの時が来た。場所は正史通り、海岸公園。
「さて。短い時間だが、別れを告げるには充分だろう」
「何で君が仕切っているんだ!?」
「私達は向こうにいる。では、また後で」
離れた場所で私達は二人を見ていた。私は、ベンチで紅茶を飲みながらぼぇ~っと空を見ていた。他の私はどこか別の場所、別の世界できびきび動いているが、日頃より気が抜けている。
とりあえず、一区切り。まだ夜天の書や、管理局などの問題はあるが、少しは心休まるときがあるだろう。
どこまでも青い空、私はその先すら見通せるが、それでも純粋にその色を美しいと思った。
クロノが時間を告げる。少し遠く、リボンを交換した二人は笑顔で。私にはその傍にいる資格が無いように思えて。
転移陣が発動した時に、手を振るだけだった。
向こうに行ったって、どこの世界にも私はいて、ミッドチルダに彼らが着けば、いや、アースラにすら私はいるというのに。
「どうしたの? エルテちゃん」
「何でもないさ」
「嘘。そんな悲しそうな顔して、そんなこと言ったってわかるの」
「悲しい顔は間違いだ。寂しいが正しい。さて、帰るぞ」
日常へ。
《あとがき》
無印、無理矢理終わらせました。
難しいですね、物語の終わりって。
まあ、まだ無印は微妙に続きますけど。ガイアでのクロノ達へのネタばらしとか、テスタロッサ家涙の邂逅とか。
最後の方、DVDがまるごと行方不明になって、どうだったか必死で思い出しながら書いてたので、おかしなところがあるかもしれません。指摘があれば修正します。
この後は、クロノの過去話(捏造+エルテ介入)とか、へいわなにちじょう話とかがしばらく続いてA'sとなります。とはいえ、A'sはエルテの介入のせいでかなり小さく終わりそうな気が。
詳細なプロットはまだ書いてないのですよ。この前見てみたら『次、A'sで破壊少女』なんて書いてあるんです。
あと、結構矛盾とかおかしいところとかあったので全体的に修正をかける予定です。
STGとADVのシナリオを書くなんて無茶をしつつ、研究室にこもり、趣味のも書いている究極のデスマなので、また遅くなるかも知れませんが、見捨てないでー。
御感想や御指摘は私の活力です。ブースターのかかり具合が違います。
変なところの指摘や、設定がおかしいとか、辛口な批評とかはばっちこいです。私、マゾなので。
では、ここまで私の拙作にお付き合いいただき、ありがとうございました。
これからも『破壊少女デストロえるて』をお楽しみください。
Jun.9.2010
エルテの説明を、28話と矛盾しないようにしました。
地下でリンディにする説明がおかしいことにいまさら気づくとは……