戦闘。なのはにもフェイトにも協力している以上、私は手を出すことはできない。
今日の敵は樹のバケモノ。なかなか強力だが、そう苦戦することは無いだろう。二人は共闘しているのだから。
かく言う私は、少し離れた場所でテーブルと椅子を展開して紅茶を飲みながら傍観している。クロノが来たら、『うっかり』撃墜する気で、ちょっとした仕掛けを施したエクスキャリバーをロードしていたりする。ついでにいうと、二人にも『約束』をしてもらっている。
『何故茶をしばいているのですか?』
エイダは関西弁を覚えたようだ。
「ただ見ているのも暇だからな。隠れる必要もないし」
『もはや裏方ではないような気がします』
「表で堂々と作業する黒子もいるんだ。気にするな」
『それは黒子といえるのでしょうか』
「謀らずも裏方のルールを破ってしまったんだ、気にするな」
『釈然としません』
「気にするな」
『受け答えが面倒になりましたね』
「気にするな。ガッ!?」
『流れ弾です。大丈夫ですか?』
「……気にするな」
などといつも通りバカをやっているうちに、いつも通りジュエルシードは封印された。
『ナーヴアクセル』
世界が遅くなる。時が遅くなっているわけではない、私が速くなっているだけ。
《判っているじゃないか》
普通に話すと口がついてこないので、念話に切り替える。
相対的に時を遅くするのは、前回のような惨事を回避するため。可能な限り発動と同時に暴走を止めるため。時を止めたままだと干渉できないのだ。
[[ランナーの考えていることが、だいたい把握できるようになりました]]
《よし、結婚しよう》
[[え? そんな、まだ心の準備が……]]
《冗談だ、本気にするな》
エイダが不機嫌オーラを出している。からかったからって、そんなにすねるなと言いたい。
しばらく見ていたが、どうやら問題はなさそうだ。何事もなく、二人は決闘に移行した。
《解除》
『しました』
「いい嫁になれるな。まさに阿吽の呼吸だ」
『…………』
まだすねているのだろうか。
ともかく、一難は去ったのでまたじっくり紅茶をしばく。
「ふむ……そういえば、このスコーンのレシピはエイダの発案だったか」
『そうです。料理は化学反応ですから、量と反応に必要な熱量を……』
「頼む、料理をそんな風に解析しないでくれ。何となくまずくなる」
『どうですか?』
「流石だ。私も自信はあったのだが、完璧に負けたな」
『…………』
雰囲気からすると喜んでいるようなのだが……いかんせん、表情が欲しい。『闇の書修復計画』と同時に始まった『エイダユニゾンデバイス化プロジェクト』は、まだ多数の問題を抱えている。エイダの笑顔を見るのはまだまだ先になりそうだ。
『では次はクッキーでも焼――――転移反応を確認』
ひたすらからかったアースラの中に、これまた嘲笑うように潜んでいる私。省エネ隠匿モードで眠ってはいるが、エイダが転送ポートを常に監視している。
「アヴェンジャー」
『Ready』
美しく頼もしい私の死神の鎌。恐らく彼らはこれが『何』であるかを知らないだろう。オリジナルの威力も、デバイスであるこいつの威力も。死して聞こえる、現代のイェリコのラッパ。しかし、今こいつに込められているのは、その砲身を裏切るただ一発だけ。
「ソーツエーンドレシンフラーイト、デーィターンズトゥナーイト……」
『その歌、この状況に合いませんよ』
「皮肉だ」
『チョッパーを冒涜された気分です』
「ふむ。ならば……」
なのはとフェイトが加速する。二つの影が一つになろうとしたとき、現れる無粋な影。
「ストップだ!」
「!」
「!」
「ここでの戦闘は危け……」
《ブレイク》
「腐レタ生命二鉄槌ヲ」
魅惑の片霧ヴォイスと同時に、『約束』通りその場から、クロノから離れる二人。そして聖剣の名を持つ魔力砲が馬鹿みたいな威力を以てその黒い影を紅の闇色にかき消す。
「爛レタ運命二審判ヲ」
『流石によく似ていますね』
「声紋解析したら本人と同じだそうだ」
『Dream to new worldを歌ってください』
「どりぃむとぅにゅぅ……待て」
『まさか、ランナーがロリヴォイスで萌え萌えだとは……』
「ねぇエイダぁ、私、怒ってもいいかなぁ?」
『ぐはぁっ』
見事、綺麗に撃墜されたクロノが落下死するのを防いで、とりあえずベンチに寝かせて膝枕する。肩の刺がチクチクとイライラさせるので手刀で叩き折り、また紅茶を飲みながら再開したジュエルシード争奪戦を観戦する。
「あ゙ー、あ゙ー、あー、うむ、元の声だ。やはりみん様の声はこれくらい凜々しく低くあるべきだ。高音コーラスも美しいが、日常会話でアニメ声はな」
『萌え死ぬので、ランナーは在るがままでいてください』
「どんどんADAとかけはなれていくな。チャージが終わったら?」
『用意はよろしいですか?』
「普通にネタに走ってくれるから面白い、か」
『私をこんな風にした責任、とってもらうんだからね』
「扉を開いたのは私だが、そこから先は自己責任だ」
『ぐぅ』
ぼうっと拙い戦闘を見ていたが、なのはもだんだん自分の戦闘スタイルを見いだしたらしい。可能な限り距離をとって高威力砲撃をしようとしている。対するフェイトは牽制射を的確に避けながらどうにか接近しようと必死だ。魔力弾で足止めをしようとするが、これもヒラヒラとかわされる。
「どっちに賭ける?」
『確率の高いフェイトに賭けます』
「なら私はなのはだ。どうだ、まるでドッグファイトだ」
『アクィラとメビウスのようです。感動します』
確かに。あの作品も、その秀逸すぎるMADも号泣しかねん。
「む、終わったな」
フェイトが被弾した、ふりをして足を止めチャージを開始したなのはに斬撃でノックアウト。
《なのはは任せろ。ジュエルシードを回収したらすぐ逃げろ。デコイとジャミングはこちらでしておく》
《わかった……ありがとう》
バルディッシュにジュエルシードを収納すると、全速力で視界から消え去る。
さすがは雷。光を放つことができる。
なのはは改良したバンダースナッチで優しくベンチに寝かせた。
「さて。ユーノ、ちょっと来い」
『あ、うん……』
「転送」
『な、なにをするだー!』
転送魔法の効果範囲内に入ると同時に転送した。
目標、アースラブリッジ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そこで、声を発する存在はいなかった。タチの悪いジョーク。そうとしか思えないほどにスムーズなクロノの無力化。
そして当の本人は、時でも止めたかのように一瞬でクロノに膝枕をしながら紅茶を飲んでいる。椅子からベンチへ、一瞬の出来事。
まがまがしい異形の巨大なデバイスと、それから放たれた黒く紅い魔法は、非殺傷設定なのに明らかにオーバーキル。だが、モニターのバイタルを見る限りでは、リンカーコアや肉体にダメージは無く、ただの魔力的ショックで気絶しているだけ。その魔力量、制御技術、その全てが規格外だった。
やがて少女達の決闘も終わり、やっと緩慢に動き出したブリッジは、しかし謎の妨害にノイズしか映らない画面に辟易させられる。対処に追われているうちに、リンディ・ハラオウンはその空間に発生した魔力の感覚に気付いた。
静かで静かで、まるで風一つない月夜の湖面のようなその魔力に気付けたのは、偶然と言ってもよかった。
「――――をするだー!」
その魔力に対して、現れたものは騒がしかった。
白いテーブルと声の張本人たるフェレット、ベンチに座ったままの少女、その少女に膝枕されている少女と、最愛の息子・クロノ。
「ごきげんよう、無粋な監視者の諸君」
そう挨拶して、銀髪の黒い少女は、不機嫌そうに紅茶のカップに口をつけた。
「いやー、クロノ君、本当に無傷ですねー」
「大事なくてよかったわ。非殺傷設定でも、あの出力を受ければ消し飛んでもおかしくなかったもの」
クロノは医務室で検査を受けて未だ眠っている。魔力ダメージも殆ど存在しないのに、なかなか起きる気配がない。
「それがですね、あの砲撃に使われた魔力量のうち、350万がハッタリの無害な魔力流で、制御が50万、実際の砲撃部分が100万程度で、しかもその100万にも仕掛けがあったみたいなんですよ。ほら、魔力ダメージも皆無でしたし。どうやったらあんな魔力を制御できるのか……」
「コツさえつかめば」
『躯がハイスペックである前提を忘れています』
振り返ると、銀髪の少女。
「エルテさん、だったかしら」
「そう、エルテ・ルーデル。ルーデル機関所属の一般人だ」
気配を悟ることもできず背後に立たれたことに戦慄を覚えるリンディ。こんな化物が一般人であるはずがない。逸般人だ。
「ところで、ルーデル機関? それはどんな組織なのかしら」
「秘密だ」
刹那、その姿が消える。
「え?」
慌てて辺りを見回すと、トイレに入っていくエルテがいた。伸びきった足の、靴の爪先を引きずりながら。エイダ曰く『OFが地面を滑走する』ように。接地している爪先からは、紅く火花が出ている。
こころなしか焦っているように見えたのが愛敬か。
「魔力反応は?」
「あ……ありません」
一体なんなのか。魔法なのか、それとも別のレアスキルなのか。
「監視を怠らないように」
「そりゃあもちろん、完璧にやっていますよ!」
「無駄だとは思うが」
すぐ背後から、低い低い片霧ヴォイスが襲いかかる。振り向いても、そこには誰もいなかった。
エルテはカートリッジを積み上げて、タワーにしている。3本ずつ逆さまに立て、魔力でつくった板で支える。
「どんどん高くもっと高く」
その上に更にカートリッジを乗せて板を乗せてを繰り返し、6弾くらいになったところでちょろちょろと動いていたフェレットを鷲掴みにし、塔のてっぺんに乗せた。
「震えてるのはどちらさま」
「ちょ、ちょっ! おわわ!」
塔はユーノが動くたびに揺れる。いつ崩落してもおかしくは無いが、なぜかユーノの足元以外はどっしりとして動かない。
「フフフ……」
「だめだよエルテちゃん、ユーノ君をいじめちゃ」
「ふむ。では……」
板を一つ生成して、それをユーノの上に置く。宙にういたままのそれに更に塔を積み上げていく。
「ガンガン高く更に高く」
替え歌になる。エルテは既に普通に積み上げる気は無いようだ。
「あら、すごいわね」
リンディが現れた。ユーノをサンドイッチしていた魔力の板以外が消え、30mmカートリッジが雨となる。ユーノは魔力板で護られているが、それでも降りかかるその質量は恐ろしい。崩れ落ちた地につくことなく、どこかへ消えた。
クロノが起きるまで待機していろと命令されたので、ユーノとなのは、そしてエルテはおとなしく案内された部屋で待っていた。エルテは監視員をトイレに行くという理由で一瞬で振り切っていたが、それでもおとなしい方だといえるだろう。
「お褒めに預かり光栄、とでも言うべきか。やれやれ、クロノも大概ネボスケだな」
「君の不意討ちにやられたからだ!」
「フフフ……可愛いな、少年。だが、不意討ちごときでギャーギャー騒ぐようでは、死ぬよ」
「っ……」
「それに、私の予想ではもう少し早く起きるはずだったんだが。あれだけ正確精密に痛みも苦しみもなく優しく気絶させてやったのに、全く。もう少し精進するがよい」
「…………」
黙っるクロノ。怒りのあまりオーバーフローしたようだ。
「ときに少年、名前を教えてくれないか。私はエルテ・ルーデル。ただの善良な一般市民だ」
「嘘つけ! どこの世界にあんなバカ砲撃できる一般人がいる!」
「とりあえず、私と、私の隣に一人」
「ふぇ?」
「戦略機動航空砲台、高町なのは閣下。戦闘民族高町家の末娘にして、将来有望な戦略砲撃空戦魔導師」
「えええええ~~~~!?」
「本人はこう言っているが」
「知らぬは本人だけだ。で、少年。私は答えを聞いていない」
「……クロノ・ハラオウン執務官だ」
「ふむ。ソヴィエトロシアの政治将校のようなものか? ああ、でも実働部隊も兼ねているのか? よく判らん役職だな。まあいい、よろしく、クロノ」
「なんで君はそう偉そうなんだ」
「坊やだからさ」
クロノの頭を撫でるが、すぐに払われる。
「少なくとも、君よりは年上だとは思うんだが」
「女を見た目で判断すると痛い目に遭うぞ、少年」
その場にいるもの全てに、クロノがイライラしているのが手に取るように判る。
「さて、そこのお姉さんの名も聞きたいが」
エルテはリンディ・ハラオウンに向き直る。この時点でクロノは完全に意識の外だ。警戒はしているが。
「リンディ・ハラオウン提督です。このアースラの艦長も兼任しているわ」
「やはり姉弟か」
世辞を言う。正体は知っているが、印象はよくしておいて構わない。クロノは、騒がれても特に問題ないとエルテは考えている。
「ねえクロノ聞いた? 私もまだまだ捨てたものじゃないわね~」
「その反応を見るに、親子か。なあ、なのは」
「そうは見えないよ……」
「高町家と同類だな。やれやれ」
「ええ!?」
と、顔合わせは特に問題なく、三人は例の部屋に案内される。自己紹介の際にユーノはフェレットから人の姿に戻るが、事前になのはに伝えているが故にあまり驚きは無い。
「話を聞かせてもらおう」
そして、日本人には許されざるリンディ茶。
リンディが角砂糖をつまむと
「デストロイ」
角砂糖が消滅した。
「あら?」
「提督はよほど日本人に喧嘩を売りたいと見える」
絶対零度の怒りを以て放たれた言葉が、
「え? エルテちゃんはドイツの人じゃないの?」
なのはのボケによって消滅する。
「ドイツ系日本人だ。何度言えば判る」
「そういえばそうなの」
「喧嘩? どう言う意味かしら」
エルテの言葉の意味を、本気で理解していないリンディ。
「緑茶はストレートで飲むものだ。砂糖を入れたいなら紅茶でやれ」
「そうなの。知らなかったわ」
そう言いながら、ミルクを垂らそうとする。
「デストロイ」
「あら?」
ミルクが、二酸化炭素と水素と酸素に分解される。中身が全て気体と化したピッチャーからは、何も出るはずがない。
「話を聞いていなかったか?」
「だって苦いのよ~!」
「貴様に飲ます緑茶は存在しない! あー、クロノ。紅茶を持ってきて貰えないか?」
「はあ。わかった」
と、一悶着あったが、気を取り直してもう一度。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
「……ユーノ」
「あ、うん」
エルテはユーノに概要を丸投げした。
「そう……立派だわ」
「だが、無謀でもある」
その言葉に、エルテが反応した。
「立派。無謀。どこがだ」
「なんだと」
「あなた達が来るという保証は無く。来るとしてもそれまでに確実に起爆する爆弾を、解体する技術を持つものが解体しないなど愚の骨頂だ。力、技術を持つ者の義務といってもいい。立派でもなければ無謀でもない。なのはに関しては、褒められるべきではあると思うがな」
「え? なんでエルテちゃんは褒められないの?」
「なのはの潜在能力を目覚めさせ、それを伸ばすためにこの事件を放置した、といったらどう思う」
「え!? そうだったの?」
「私が全力を以て介入すれば、ジュエルシードが海鳴にばらまかれた瞬間に全て回収できた」
「なんだって!?」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
驚く三人を、すぐに眼中から外してなのはに向き直る。
「すまない。だが、今は全てを話す訳にはいかない」
「ふざけるな!」
「クロノ」
激高するクロノをリンディが制す。
「ですが……」
「そういちいち激高するな。クロノ、あなたの立場は冷静でいることが必要ではないのか?」
「く……」
「私はあなた達に協力はできない。被害が発生した場合のバックアップのみだ」
「……理由を、訊いていいか」
「ジュエルシードより危険な存在を止めるため」
「それは、なんなのかしら?」
「管理局に関与してほしくない。これは機関の問題だ」
「機関……さっきも言ってた、ルーデル機関のことかしら」
「ああ。見つけることができれば全てを話してやろう。知るべきではなかったことまで、全て」
低い、低い声で、口の端をわずかに上げて微笑む。本来ならば、クロノの心拍数がドンドコ上がるほどの魅力的な微笑みだが、声と雰囲気も相まって、心臓を縮み上がらせていた。執務官としての経験で、そうそうのことでは萎縮すらしないクロノがこうなる。彼は知った、目前の存在の脅威を。
「では、な」
話は終わりとばかりに、エルテは立ち上がる。
「残念だけど、あなたを帰す訳にはいかないわ」
「あまりに予想通りでつまらないな」
「君の身柄を拘束する。管理外世界での無許可魔法使用、公務執行妨害、違法魔導師、叩けばいくらでも埃が出そうだな」
「その全てが私には適用できない訳だが。まあいい。おとなしくしていてやろうか」
管理外どころか番号すらついていない未発見、あるいは資料にも残らないほどの過去に捨てられたガイア。管理局どころか次元世界にすらその存在を知られてはいない。管理局が介在しない地で発生した『戦略兵器』が、過ごしやすい世界で普通に過ごしていただけ。その存在は『人』ではないし、そもそもこの世界から管理外世界に移動したものに管理局法など適用できない。ロストロギアとして回収または破壊されるかもしれないが、誰がどう考えても不可能。
エルテの何人かは、ミッドチルダを始めとする管理世界に足を運んでいるが、新型のこの躯は一度も管理世界に存在したことは無い。知らぬ存ぜぬを貫けば、『エルテ』という存在に法の束縛は無意味なのだ。
それに、エルテ本人には、何も話す気は無い。
「来い」
「ああ、なのは。帰ったら一度ルーデル屋敷に来てくれ」
魔力を封じる手錠がかけられ、クロノに連れられ、エルテが部屋を出る。
話についていけないなのはとユーノは、突然の展開に動けずにいた。
なのはとユーノ、この二人は問題ない。二人とも素直で、なのははもともとこの世界の人間の人間で魔法に関しては不可抗力、ユーノは事故だ。管理局がこの件を統括すると言ったら、協力させてほしいと願い出た。とりあえず、一日考えるように言って帰したが。
問題は今から会う人物。エルテ・ルーデルという、僕を一瞬かつ無傷で撃墜した少女。
管理局のデータベースに、一切の情報がない、全てが謎の少女。
今は独房に拘束して監禁しているが、何故か非常にいやな予感がする。
何か耳に覚えのない音が聞こえる気がする。いや、独房は確か防音だったはず。いや、それよりも、そうだった場合どうやって。両手両足を拘束したはずだ。
「…………」
独房の前に立つ。
この中だ。音の発信源は。
開けたくない。この中で起きていることを認識したくない。
なぜか貼ってある、『ルーデル機関・アースラ支部』の文字。なんだこれは。
「エイミィ、監視カメラは?」
『んー? おとなしくしてるよ?』
なら、この音はなんなんだ。
意を決して、カードキーをスロットに滑らせる。
『そぉ~ふぁ~らぁ~うぇ~~~~いうぃ~うぇ~いふぉ~ざでぇ~いえ~~~~~』
爆音。
そうとしか表現できない。
反射的に耳をふさぐことができたのは僥倖だった。これは鼓膜がやられる。
独房はライヴハウスと化していた。機材で狭くなった中で、ギターヴォーカルとベースとドラムとキーボード。そう、4人に増えていた。
『するーざふぁぁいぁあんざっふれいっうぃ~っきゃ~っりぃ~っお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん』
これだけ叫んでいるのに、まったく下品な感じがしない。いや、それよりあの手の動きは人間にできるものなのだろうか。
長い演奏がやっと終わりを迎えた。と思ったら。
『デストロ~~~~~~~~~~~~~~~~~~イ!!』
その絶叫にうっかり手を放してしまった耳に波動が容赦なく叩き込まれる。
『くぁwせd! rftgyふ! うじいこl! zsxdcfv! gbhんjmk!』
もはや聞き取ることすら不可能な妙な言語。
耐え切れず、ギタリストを蹴る。
途端、無音になる空間。同時に3人と機材も消えた。残ったのは、ギターを抱えた一人だけ。
「……無粋だ。実に無粋だ。全く、メロスピとハードロックを聴いて出直してくるがよい」
「君は! 容疑者で! 拘束されてここにいるんだ!」
「いわれのない罪だがな。そうだ、クラシックをしたいからもっと広い場所を用意しろ。ゲルギエフ並みのハチャトゥリャンを聴かせてやろう」
「…………」
こいつには何をいっても聞きそうにない。僕が黙った瞬間にギターを鳴らし始める。
騒がしかった先ほどとはうってかわって、優しくもどこか悲しいゆっくりとした曲。
「……歌詞を忘れた。いい曲なんだが」
「どういう曲だ?」
「ヘヴン、天国という意味だ。大切な人が死んで、昔を思い返す、って内容だっか。レクイエム、とも言えるか」
なぜかその曲に惹かれた。鼻歌だが、何となく歌に込められたその意味が判った。
こんなことをしている場合ではない、そうは思うのだが、聴いていたい欲求に逆らえない。
そう思っているうちに、ギターの音は消えてしまった。エルテを見ると、その手にはもう、ギターは無い。
「……何から訊こうか」
「話す気は無い。時が来れば、勝手に理解するさ。それより、これ、もう少し頑丈なのを持って来い。脆すぎる」
差し出されたのは、左手……に乗った……残骸?
「手錠だ。そこに転がっているのが足錠。何もせずとも砕け散るなんて思いもせんよ」
「はあああああ!?」
「うーん、どうしてもオーバーフローしますね」
「やっぱり人造魔導師かしら……」
モニターの前で、リンディとエイミィがなにやらやっている。おおかた、私のことをこそこそ調べまわっているのだろう。
かく、言う私はその後方1m地点でその様子をじっくり観察している。ステルスで身を隠しながら。
「前例がありませんよ、こんなバカ魔力の人造魔導師なんて。どんなに多くてもカンストなんてしませんでしたもん。高出力魔力炉用どころか次元震観測用の魔力計が、ですよ?」
機関では、私が動力炉だ。炉という部屋に引きこもって、エイダとくだらない話をしながら、必要なだけのエネルギーを供給する。ある意味究極の動力機関かもしれない。研究所に一基ずつエルテ式動力炉は設置されているし、現在建造中の時空航行戦艦『ラグナロク』も、既に搭載が確定している。
「アースラの動力炉は?」
「測れますよ、もちろん」
「恐ろしいわね……」
それが千人以上いると知ったら……面白そうだ。氷山の一角でも、タイタニックどころか大和を一瞬で轟沈させるぐらいあるのに、その全容はま――――比類するものがない。
「それを個人で完璧に制御しているわけですから。保有魔力も制御も、軽くSSS+オーバーですね、確実に。新しくランクを作った方がいいくらいですよ」
「でも、さっき見た限りではそんな魔力は感じられなかったわ。消滅か転移かは判らないけれど」
「偽装、かもしれませんね。触れるくらい近づけば、あるいは」
「厄介ね……」
そんな私を監禁しようとするあなた達が心配だ。気まぐれな核爆弾を自ら腹に抱えるという行為に他ならないというのに。私の良心という安全装置が外れれば、その瞬間にドカン。アースラではなく、本局が吹き飛ぶだろう。アースラの連中が憎めるとは思えないし。
ああ、私に関わる全ての人を幸せにするのは、やはり難しい。こんな発想、最初からハネるべきだ。
被害を最小限に、可能な限り、血と涙を流さない、そんなシナリオを書き上げるために。
原作ルートを守るのも、私という存在が管理局に露見した時点で終わるのは眼に見えていた。
なぜ知らない未来を恐るべきか。未来が判らないのはアタリマエ、何を必要以上に恐れる必要がある。もはや最初のシナリオは崩壊してしまったのだ、あの光と一緒に。
ならば、動かざる理由はもはや無い。暗躍したい放題してやろう。
ただ今を以て、オペレーション:ジ・オリジナル・ブレイキング(原作破壊作戦)を発動する。
なのはは、言った通りに屋敷に来た。ユーノも連れて。この結界の中は、監視は不可能だ。エイミィも四苦八苦しているが、無駄。ダミーコードの山で、本物は様々な場所に分散、破壊されたところから別の正規コードが修復を開始する、センチュリアを表現してみたプログラムだ。
「エルテちゃん……捕まったんじゃなかったの?」
「それは特に問題ない。逃げ出したわけでもないからな。ガイアに行くぞ」
「え?」
問答無用で転送魔法、ついた先は除染されたガイアの都市だった。アルトのユピテルカノンの応用で、異様な速度での植物の成長は無かった。せいぜい雑草が生えるくらいだ。
「なのは、負け続けは悔しいだろう?」
「え? う、うん」
「ユーノも、無力なままは嫌だろう?」
「……うん」
「訓練するか? 今より遥かに強くなれる保証はある」
「強く……?」
「時間は一瞬だ。止まった時の中で、疑似的に精神と時の部屋を再現した。時が動き出したら、二人は次元世界でも最高クラスの力を得られる」
「やる!」
「僕も、やりたい!」
即答だった。力への渇望というのだろうか、自らが非力であるとでも思っているようだ。ユーノは、戦力という計算ではその通りなのだが。
「注射?」
「うう……怖いの」
「ナノマシン入り生理食塩水。回復速度を異常に早めるものだ。針は無いし痛みもない。あと、これも」
「おもり?」
「アンクルウェイトとリストウェイト、そして首輪とネコミミ。基礎体力も上げてくれるううえに、魔力負荷もかけてくれる優れもの。リンカーコアに負荷をかけて、魔力の最大値を上昇させる。容量も最大出力の向上も望めるな」
「そうなんだ」
「ね、ネコミミ……」
注射を受け、ウェイトと簡易コスプレグッズを見につけていくなのは。ユーノはためらいが見えるが、結局全てを身につけた。ウェイトは違うにしても、ネコミミの類は私の趣味だ。躯の全てに計算し尽くされた最適な負荷をかけ、戦闘能力の向上を図る。首輪はリンカーコアへの負荷、ネコミミは脳の演算系統への負荷。
「さあ、始めよう」
世界が色を亡くす。動力炉用に出力調整された私が全力を以て、かつ交代しながらザ・ワールドを発動するのだ。計算では、体感時間で9年ほどはもつようになっている。そう、一瞬で9年分の修業を積ませてやるのだ。調整で、外見は変わらないというサービス付きだ。
なのはには基礎身体能力、一般教養、苦手な文系科目、魔法理論、魔力制御、戦闘の基礎、市街地戦、山岳戦、空戦、etc.etc……
教えて遊ばせて戦う。StSまでどっぷりと魔法に漬かったなのはなら、たかが9年、苦にもならないだろう。あ、もう9年てくらいに。
ユーノは基礎はできているから、出力と容量の向上、基本戦闘、戦闘における勘などを身につけさせることになる。サポートに特化しつつも、戦闘はできる支援タイプの魔導師プラン。
素質のあった私の子供達も訓練に参加している。これは、機関の軍事訓練とも言えるだろう。
「え? もう?」
「実習では、しばらくバリアジャケット禁止だ。その代わり、経験値がチートなゲームのように強くなれる」
「え!?」
「ほんと!? わかった」
強くなる、その単語に嬉々として反応するのは、血なのだろうな。ユーノは青くなっているが。
ともかく、戦力としての高町なのはは素晴らしいものになるだろう。オールレンジマルチロールファイター、戦略・戦術攻撃も可能、ミッド・ベルカ・ガイアの三種の魔法を扱う究極に育つ。運動音痴なのは正しく鍛えてないからで、うまく鍛えれば恭也とタイマンを張れる程度には強くなれるはずだ。前回のガイア来訪の際の検査結果だから間違いない。StSでも、運動音痴なんて描写は無かったし。
ユーノには原作よりも遥かに強くなって、想いを成就してもらおう。そして、無限書庫で『あるもの』を探してもらわなくては。
さて、彼女『達』はどこまでいけるのだろう。楽しみだ。
《あとがき》
なのはさんネクスト化計画発動。いや、アヌビス化計画? ファルケン? ヴァンドレッド?
超高機動・高威力・大火力の代名詞といえばこれくらいしか思いつかないのです。ロボットアニメってほとんど見たことなくて。
それに当てはまるエルテですが、確かに社長よりヴァオーですな。でも単発威力だとグレオンになるから悩みどころ。
ちなみに関係ない話ですが私のアセンはAP以外何も考えず、格納に至るまでガトオンです。ラヴィもヴァオーも蜂の巣。
ユーノを強化するのは、検索魔法の高出力化と高効率化が目的だったり。
エルテは運命に対しプッチンいきました。原作が完璧に崩壊するか、それとも修正力が働くかはまだまだ。
プロットを初めてしゅうせいする羽目になりました。
クロノ撃墜はエルテの管理局に対するデモンストレーションです。
管理局には、名前と顔を幻影で、ランクをジャミングで偽装したエルテが潜伏しています。
デバイスも売っていたりします。
伏線はりまくり。
エルテもアルトもみんさまヴォイスです。プロットの設定段階で決まっていたのに反映を忘れていました。この子の七つのお祝いには、キネマとか幻想廃人とかを歌っている感じで。エルテは地声がアルト、アルトはメゾソプラノの声だったりします。アルトなのに。
実はこのリリカル世界、都築世界とは別の作品の世界ともドッキングしていたり。初期構想からカオスなギャグにするつもりが、何故。
いつか番外編で全国に散ったエルテの話をするつもりです。
Dec.12.2009
誤字修正。追記。