フェイト達がマンションに戻ってきた。私は屋上の端に座って謳っている。傍らには段ボール箱。
「おかえり」
「キミは……」
「数日ぶりだな」
「アンタ、何しに来た?」
アルフがあからさまな敵意をこちらに向けてくる。杯を交わした仲だというのに。
「約束を果たしに来たのと、食生活の改善と、傷の修理」
「約束?」
「エイダ」
『Ja』
待機状態のエイダが、ジュエルシードを全て吐き出す。私が集めたうち、三個。
それをふわりとフェイトの元へ送る。
「あ……」
「これからは、自由に回収していい。あの白い魔導師から奪うのもいい。ただ……私は捜索に関与できなくなった」
「どうして?」
「見ての通りだ。リンカーコアの異常。出力が落ちて、まともなデバイスが使えない」
これは嘘だ。アースラがこの世界に来る時期を調整するために、別の世界で軽い次元震を起こしたり、何人かでアースラを引っ張るなどして遅延工作をしたが、それも限界になってきた。存在を特定されそうになり、おおっぴらに行動できなくなった。まさか一ヶ月も早く出航するなんて思わなかった。これもクライドを助けた時の、私の存在による歪みなのだろうか。
「だったら何でここにいるんだい」
「デバイスは無くても魔法は使える。デバイスも完全に使えない訳ではないし、協力できない訳でもない。その傷を放置してるのを見ても、回復系は得意ではないのだろう?」
「…………」
アルフが黙る。
「それに、嫁入り前の可愛い子が、傷だらけでジャンクフードやインスタントだけで生きているのは見過ごせない。こう見えても回復と料理は得意でな」
「なんで知ってるんだ!」
下手な答えを返すと、この小さな外見でも容赦なく殺されそうだ。
「そっちが監視していたのと同様に、私も監視していた。遥か天空から、ずっと」
「だから、いつもあんな高いところにいた?」
「一人で街を見渡すには、そうするのが最も効率がいい。精密狙撃も多弾頭精密誘導もできることだし」
要は衛星兵器の概念と同じだ。手の届かない高高度から、監視して攻撃する。おそらくミッドチルダにはこうした兵器運用のノウハウがないのだろう。質量兵器云々のせいで。禁止と言うのは思考停止と同じ気がしてたまらない。規制が正しいと思ったら大間違いなのだ。
「殆ど食っていないのも、あまり眠っていないのも知っている。だから無理矢理にでも食欲を増進させて、睡眠薬を飲ませてでも休ませてやろうと思い至ったのだ」
「ふん!」
殴られた。
「殴ったな。親父にも殴られたことないのに」
棒読み。
「フン、甘やかされて育った奴なんかの施しは要らないよ」
「ああ、そういうことか。存在しないものには殴られようがないじゃないか。それに、今のは日本の有名なお約束だ」
「ああ、アンタには母親しかいなかったね」
「母親? しっかり騙されているようで安心した」
こんなこともあろうかと、最初からバリアジャケットを装備していた。私の成長に合わせて、服も成長する。
「私には、初めから妹しか存在しない。親? あの変態技術屋どもをそう呼べと? ひたすら遺伝子をいじくり回されて失敗したら破棄されて溶かされて、別の私の材料にされる。ああ、確かにある意味では箱入り娘だった。一生外に出られないはずだった。あのクズどもが死んでコールドスリープが切れるまでは」
口が止まらなかった。平坦な言葉、しかし私は怒っている。この躯になってから、感情表現は苦手だ。
「……関係ない話だったな。すまない」
アルフの手が、胸ぐらから離れる。成長して両の足で立っていた私は、アルフより頭一つ分くらい背が高い。
もうアルフに用は無いと、フェイトに向かう。
「フェイトに、近寄るな」
当然無視して、フェイトを優しく抱きしめた。同時に、エイダにロードさせていた魔法を発動する。
「あ……」
[[バーストチャージ]]
私のものではない、青い魔力光が私とフェイトを包む。メタトロンやバーストチャージなど、破壊が本領の私が本来苦手とする魔法をエイダが代わりに処理する時の色。魔力を回復し、傷やダメージを修復し、失われた体力を与える。治せないのは病気と心の傷だけ。せいぜいがハードの最適化でしかない。
「疲れてると、人間、効率が落ちる。寝不足だと集中できなくなる。体力が落ちるとまともな思考ができなくなる。早く目的を完遂させようとするのはいいが、今のまま行動を続ければ死んでしまうかも知れん。そうなれば元も子もない」
「…………」
フェイトは答えない。見てみると、眠っていた。
「……アルフ」
「わかってるよ」
あらかた回復したのを見計らって、アルフとフェイトの部屋に転移する。
「後は頼む」
フェイトをアルフに預ける。寝室に運ぶと、リビングに戻ってきた。
「アンタは……敵なのかい? 味方なのかい?」
アルフが変なことを訊く。
「私は誰の敵にもなり得ない。それより、何か食うか?」
「あたしにゃこれがある」
そういって掲げるのは、ドッグフード。
「……問答無用。嫌でも食わせてやる」
段ボールを手にキッチンを有無を言わさず制圧。予想通り、包丁すら存在しない。鍋はあるがフライパンは無い。レトルトしか食べていませんと宣言しているようなものだ。
「腕が鳴る。フフフフフフフフフ……」
段ボール箱から調理器具全般を取り出し、キッチンに収めていく。全てが終わり、食材を入れて準備完了。
「フフフフフフ……」
「な、何をするつもりだい?」
「料理に決まっているだろう。フフフ、エイダ。焔薙、ロード」
『調理モード、起動します』
真っ黒なエプロンと包丁くらいに短い焔薙。蒼い炎が刀身を踊っているが、これに温度は無い。
「魔法の無駄遣い?」
『下手な事を言うと、ランナーに三枚におろされますよ』
「誰だ?」
『独立型戦闘支援ユニット、エイダです。一般的にAIOSあるいはインテリジェントデバイスと呼ばれる存在です』
「へー、アンタ、あの子のデバイスなんだ」
『正確には違いますが、概ねそうです』
エイダがなにやらアルフと話しているが、特に興味は無い。今はシチューを作るという崇高な目的があるのだ。
「それにしても……あれは凄い」
『ランナーの料理の腕は神がかっています。とある武術の達人曰く、「腕の動きが見きれない」と』
「あー、確かに見えないね。あんなに早いのに殆ど音がしないのは?」
『焔薙の切れ味と、スタープラチナに比肩するくらいの超精密動作の恩恵です。今のランナーは、原子レベルでの食材の加工が可能です』
「原子レベル? それだと……」
『この前は冗談で純金のニンジンを作っていました』
ロボット三原則にないからといってとんでもない嘘をつかないでほしい。嘘をつけるのは優秀なAIの証左だとは言うが。
『神技その二が始まりました。片手で肉を切りながら逆の手で鍋を回す、ドラマーも裸足で逃げ出す必殺技』
「マルチタスクでも無理っぽいね」
『そして切り終わった肉を炒めている野菜の中に投下。同時にフランベ』
「おお~! 鍋から火が!」
『原理は不明ですが、ランナーの振るう鍋は熱効率が異常に高いです。そろそろ野菜に火が通ります』
「早くない?」
『ええ。今投入された水も、見ての通りすぐに沸騰しました。ランナー曰く、「波紋の力」だと』
嘘八百もいいところだ、と言いたいが、似たようなものなのでそうは言えない。スタンドは出ないが。
「はもんのちから?」
『生命エネルギーを自在に使う方法です。詳細はジョジョの奇妙な冒険を読むことをお勧めします』
「便利なもんがあるもんだねぇ」
『ちなみに今回は市販のルーを使うという暴挙に出ています。手間と味を犠牲にして速度を重視しています。可能な限り早くまともなものを食べさせてやりたいそうで……』
「エイダ」
『はい』
「黙れ」
『と、照れ隠しも……』
「フォーマット、Ready」
『了解、黙ります』
会心の出来とは言いがたい。
いくら時間を惜しんだと言っても、これはない。私の感想が「それなりにうまい」。それなり、それなりなのだ。それをアルフは究極至高の料理でも食っているように喜んでいるのだ。罪悪感で死にたくなる。
『だったら全力を持って料理に当たればよかったのでは』
「貴様に判るか。ジャンクフードで日々を食いつなぐ少女を監視していた私の気持ちが」
『ランナーの特殊性癖については理解する気もありません』
「ほう」
『撤回します。敢えて言おう、冗談であったと。ランナーがロリータコンプレックスのレズビアンであるなど、あり得ない話です』
「エイダ・ザビ閣下。近いうちにもう一度『だけ』、じっくり話し合う必要があるな。この百合AI」
「あははははは、アンタたち、面白いねぇ!」
さっきまで、涙を流さんばかりに一心不乱に食っていたアルフが初めて口を開く。妥協すれば、私のプライドを削ればすぐに大量に提供できるとはいえ、この使い魔はフェイトの分を考えてないようだ。
『面白い……』
「……言って欲しいのか?」
『からかわないでください』
「セリフぐらい最後まで言わせろ」
「やっぱ変わってるよ、アンタたち」
「自覚している」
『変わっているのですか?』
「……オタクでエイダでマスターをからかいたい放題からかうインテリジェントデバイスを、変わってないといえるか」
『遊んでいるのです』
「それで、変わっていないと言うか」
『これが私です』
「おまえらしいと言えばおまえらしいな。やれやれ……」
結局、鍋は空になった。アルフは苦しそうに唸りながら眠っている。その顔は何故か幸せそうだ。
鍋をしっかりと洗って、次の『本命』に移る。
「エイダ、気温、湿度、気圧、時間」
『26度、28%、1002hPa、2327時』
頭の中の、忘れえぬ方程式に値が代入される。
テイラーの式? 特殊相対性理論? そんなものより遥かに尊いのだ。
『下ごしらえプログラム起動』
野菜や小麦粉をスキャンし、状態が悪ければ組成を変える。水道水の毒素を抜き、硬度を調整する。
「ザ・ワールド。時は止まる」
『バックグラウンドローディング』
どこかでカートリッジがロードされている。らしい。初期型アヴェンジャーのことは己の躯と同じくらい知っているが、しかし最近はエイダがブラックボックスを量産しているせいで訳の判らないことになっている。見えないところで勝手にロードされるカートリッジなど、その最たる例だ。今のアヴェンジャーはGAU-8Gとでも呼ぶべきヴァージョンだ。
『ナーヴアクセル/ブレインアクセル、Run』
神経の伝達速度、そして思考が、時の止まった世界で加速する。単位時間あたりのカートリッジ消費が巨大な魔法は、時が止まった中でも急ぐことを義務付けられる。私とエイダとアヴェンジャーの時は止まらないのだから。そして、もしこの三つのうちどれかが止まってしまったら、戻れなくなる。
時を止めて加速して、包丁を振るう。宙に放った野菜や肉が、魔力の刃に正しく切り裂かれ、ボウルに落ちる。
『表面積、体積、全て完璧です』
「そして時は動き出す」
全てが動き出す。一秒もせずに全てが終わった。時を止めるのは、私のカートリッジによる魔力量をごまかすためでもあるが。
ルーをつくり、野菜を炒め、煮て、ルーを投下、更に煮て、牛乳を散布。
味を最適な状態へ保つために入れられた香辛料が、少しだけ躯を温める。冬仕様だが、まだ夜は冷える今の時期ならば問題はあるまい。
「後は煮込むだけだ。ひたすら、フェイトが起きるまで」
『焦げませんように』
「焦げんよ」
エイダに任せていない、知らせていない魔法とは全く別の力により、鍋は完璧に管理されている。
『以上があれば教えます。安らかにお休みください』
「私に死んで欲しいと」
『そんなまさか』
いつもの軽口を交わしながら、キッチンに置いたままの段ボール箱に入る。コートを躯に巻きつけ、ふたを閉じて眠りこける。
朝。ずっとコトコト煮込んだシチューは、いい感じになっていた。味見をすると、ほぼ完璧だった。
「エイダに味覚があればいいのにな」
『味という感覚に興味があります。嘘の味はどんなものなのでしょうか……』
『味も見ておこう』ではないのか。
「よし、機関で開発しよう」
『機関での研究は、いつも唐突に始まりますね。嬉しいですが』
機関――――ルーデル機関での研究は、その殆どが順調だ。はやてに早めに会えてあまつさえ居候などという立場になれてしまったので、闇の書の解析も始まっている。密かに管理局上層部と繋がって、ロストロギアの封印や安定化なども請け負い、指名手配犯を捕獲して管理局に売り払ったりして維持費を確保している。エーリカ・ハルトマンの名で一部の研究の成果で特許をとり、コンスタントな収入もあるが、人数や規模が増えると同時に維持費も増える。管理局がらみの仕事や特許料ではいささか心もとないので、デバイスの製造業を営んでいたりするが、その話はまた別の機会に。かなり人気とだけ言っておこう。
「ああ、フェイトはまだ起きないのか……」
『現在0304時。夜中です』
「は?」
『0305時です』
「……体内時計が狂ったか?」
『そのようです』
「なら、エイダでもいじるか」
『……優しく、してください』
時々、エイダのシステムの最適化をする必要がある。
「ヘルゼリッシュとノスフェラトとゼロシフトはクイックのままだ。セガールはもういいから。いいかげんサーバに戻せ」
『えー』
魔法の使用頻度や傾向から、クイックキャスト設定から外したり追加したり、無駄な魔法はサーバに移動したりしてなるべく軽くする。エイダの記憶や情報を整理したり、断片化を修復したり。
アヴェンジャーというシステムは、物理的に分離し、情報的にリンクした『本体』と『AI』で構成される。レイジングハートやバルディッシュを見ても判る通り、普通は一体なのだ。これは私の馬鹿魔力からAIを保護するための設計なのだが、離れているので、術式の制御や発動にラグが出る。ほんのわずかなラグだが、ゼロシフトなどの亜光速移動やザ・ワールドなどの時間操作系の魔法には、そのラグが致命的な事故に繋がる。距離的なラグは予測修正ができるが、システム負荷などの時間関数的なラグは予測はできても即時反映・修正はできない。なるべく軽くして、そのラグを小さくしようとするのが目的なのだが――――
『ザ・ワールドはクイックキャストに残すべきです』
「だが容量がでかい。メモリに常駐のはどうかと思うぞ」
『他の全てを削れば無敵です』
「ディオになりたいのか、おまえは」
『私は承太郎になりたい』
などと、エイダが自分の趣味に走ろうとするのでなかなかはかどらない。それも冗談みたいなもので、最終的には私が望む形に収まるが。
「バンカーバスターはどうするか」
『B61モードをクイックキャストに設定します』
「よほどベルカの大地が好きなようだ」
『ドイツに七つのクレーターを穿ちましょう。ワタシガキレイニシテアゲル』
「B83とB61はクイックキャストから外せ。ディープスロートとノーマルだけでいい」
『クイックキャストに焔薙とThe busterを設定します』
「ノリノリだな」
『あと、ノスフェラトの術式効率化に成功しました。300発ほど同時誘導限界弾数が増えました』
「ADMM25発分か。それだけのリソースがあれば、おまえの負担も軽くなる」
『全弾発射してくれる方が嬉しいです』
「板野サーカスが好きか」
『イエス、ケストレル』
「私は怒首領蜂大往生が大好きだ」
結局、私はこれが楽しいのだ。エイダのわがままも含めて、こうして話すことが。
『現状における最適設定、と思われる設定に変更しました。これよりクリンナップ及び最適化を実行します』
「ああ、やってくれ」
『Ja』
しばらく、エイダは眠る。少しでもメンテナンスの時間を減らすため、AIに回しているリソースを全て作業につぎ込んでいる。
「……あなたのいあいのぼんぼりしゅくぜんとーひーともしてあんやにそぼつ、しとしとこうさくあまねにしんがんさんげとちりしくなみだもかれた、あれからいくとせあなたがのこしたちぃさぃしあわせかみしめながら、よなよなこのこのためにとこもりうたをくちずさむ、たもとぉるしし……」
「ん……?」
「ふしどのあかりにゆらゆらじゃくまくてんじょうおどってがんかにやぶれ、とびちルテアシガアタマニツイタリコウコウイヒヒトミミオクナメル、まいあさまいばんしたかきむしってそうじょぅ、そーりーかーえーる、モウイイカイモウイイカイトォエム、ちせつなといきであぶられても、このこのためにぃ」
「えーっと……」
「ウーシーローノーショーメン、ダァーァレェー?」
「!」
私の背中を眺めているアルフの背後に、銀髪が美しい少女が立っている。私だ。
振り返るが、そこには誰もいない。
「ひ……」
辺りを見回すが、キッチンに座り込んでいた私も消える。フフフ、フェイトの分も恐れるがいい。
「おねえちゃん……金色の子の、おねえちゃん?」
幽霊役のサヤが、その背後に立つ。
エイダがなくとも、一度使った魔法は使うことができる。ジャミングに少し不安はあるが、今のアルフはそんな者に気を回せるはずがない。ジャパニーズホラーが世界的に評価が高い理由を知るがよい。
「あ、あ、アンタ、誰だい?」
「うん……名前教えられなかったから。あの子はまだ寝てるから、ひみつ」
「何しに来た?」
「これ、見つけたよ」
紅いジュエルシード一つ、青いジュエルシード一つ。
「ジュエル……シード」
「お母さん、喜んでくれるといいね」
笑顔のまま、サヤは風景に溶けるように消える。ゆっくりと、ゆっくりと。
「いい子だな」
ただ天井に張り付いてデコイを操作していただけなのに。盛大に驚かれた。人は上に警戒を向けにくいという習性があるのだが、まさかアルフにも適応できるとは。
「音もなく現れるな!」
「叫ぶな、フェイトが起きる」
「!」
「何のためにこっそり動いていたと思うのか。それよりも、どうする」
「どうするって……」
手にしていたフライパンを突き付け、
「朝飯。料理を覚えてみる気は無いか」
朝と昼の間、フェイトはやっと眼を醒ました。
寝ぼけた頭が少しずつ感覚を取り戻す中、いつもと違うことに気付く。
痛くない。
躯が軽い。
何故、とは思うが、原因は思いつかない。そうしているうちに頭が完全にいつもの調子に戻り……
「?」
感覚の一部に異常。それは、どこからか漂ってくる。
つられるように、惹かれるように部屋を出て、その異常の原因を知る。
「おはよう、フェイト。顔を洗ってくるがよい」
テーブルの上に並べられた皿と、その上に存在する料理。
「……誰、ですか」
その、銀色の長い髪と、己のそれによく似た鮮紅の色をした片眼、そしてその鋼のように固まって動かない表情。見覚えはあるが、知らない人には変わらない。ずっとフェイトが監視していた存在。
「始めましてではないとは思うが、名前を教えてはいなかったな。私は、エルテ・ガーデル・ルーデル。ドクトルかガルディとでも呼んでくれ」
顔以外露出していない真っ黒な服装の、同じくらいの年頃の少女は、ほんの――――ほんの少しだけ、口の端を上げて笑む。
「フェイト! これ、アタシがつくったんだよ!」
何故かはしゃいでいるアルフは、見覚えのない皿の上に乗った、少し不格好な卵焼きをフェイトに見せている。調理器具は無かったはずなのだけど、と思って、銀の少女に眼を向ける。
「話は後だ。顔を……いや、シャワーでも浴びてくるといい。アルフも」
「……わかりました」
「ああ、いってくるよ」
浴室に向かう二人を見送って、ガルディは、これでもかと砂糖を入れられた紅茶に口をつける。
エルテ・ガーデル・ルーデル。機関に、エルテ・ルーデル自らによって創り出された『新型』。名前の通り回復系に特化し、支援を一通りこなせる、センチュリアのメディック。圧倒的攻撃力は不要な回復とちょっとした支援任務――フェイトの体調管理――に、その躯は選ばれた。
アルフで遊んでいる時に交代したが、恐らく今まで誰よりも接した時間の長いアルフでも、その差異は判らない。誰よりも長い、というだけで、接していた時間はごくわずかなのだが。
「…………」
飲み終えた紅茶のカップを握り潰し、その手を開く。破片が刺さりズタズタだが、ガルディは表情を歪めすらしない。無傷な手で、ゆっくりと術式を編み上げ、その手にかけた。破片がその手から全て抜き取られ、傷口が眼に見えて修復されていく。破片は宙に浮き、在るべき形に戻りつつある。そして、様々なのモノに付着した血液は、いつの間にか消え去っていた。
「エイダ、何点だ」
『外見は100点です。ランクはFです』
「皮下組織か」
『表皮、血管、神経、筋肉繊維までは問題ありません。骨、リンパ管には損傷はありませんでした。皮下組織から組織液が漏れています』
「あれを繋ぐ感覚がどうも掴めん」
ガルディは宙に浮いたままのカップを握り、中身をすする。鉄の香りとわずかな塩味。紅茶というには少し紅すぎる液体。
『地道にやっていくしかありません。これも『いずれ必ず』必要になるのでしょう?』
淡々と、しかし皮肉を込めてエイダは言う。その意味が判るガルディは、口の端をわずかに歪めて笑う。
「その通りだ」
回復や支援は、ノスフェラトの制御以上の繊細さを要する。ガルディは気まぐれで天井に星空を浮かべた。朝っぱらから。
『お見事です』
「エイダに頼らないとこの程度。やれやれ」
何が不満なのか、首を振って、星空をかき消す。
と、ちょうど浴室の扉が開いた。
「ふー」
「……約束通り、話を聞かせてもらいます」
「ああ。食いながらでもよかろう」
嬉々として席につくアルフと、警戒しながら座るフェイトは、面白いように対照的だった。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「?」
「この世界での作法なんだってさ。食材に関わった全てに感謝する、って意味らしいよ」
「……いただきます」
一時たりとも、自分から眼を離さないフェイトに苦笑――しかし、笑っているようには見えない――しながら、ガルディはコーンスープに口をつける。だいぶ冷えてぬるくなっていたが、彼女の合格ラインはクリアしていた。フェイトもそれに倣ってスープを口に含む。
「おいしい……」
「そうか。嬉しいな」
緩みかけた緊張が、その声で再び引き締まった。こうしている場合じゃない、そうフェイトは思い、改めてそれを問う。
「……話を」
「やけにせっかちだな。フフフ、何が聞きたい?」
対して、ガルディは緩みきっている。フェイトがデバイスを起動して斬りかかれば、ひとたまりもないくらいに。
「あなたは、何者ですか」
昨日、屋上であったことは思い出したが、それでも信用にすら足りない。場合によっては拘束……あるいは最悪の手段を取らざるを得ないだろう。それを知っているアルフは、そのやりとりを神妙な顔で見ていた。
「私が『何者』、か。その問いは正しくない。『何者』というのは、相手が人間であると認めた時に使うべき単語だ。敢えて、ヒトとして答えると……エルテ・ルーデルの一人かな」
「人じゃ、ない?」
「あなたは何か。そう問うべきだった。覚えておくといい。例え相手がヒトの形をしていたとしても、時にそれは正しくなかったりする。先入観は捨てろ」
ガルディはしゃくしゃくとレタスを食んでいる。何も付けてはいないが、特に気にならないらしい。
「あなたは、なに?」
「ロストロギア」
ルーデル屋敷直送のマフィンをかじりながら、何でもないように言い放った。
《あとがき》
中途半端な終わり方だなー、などと自分でも思いますが。
アルフに料理スキルがあるとは思えないし、フェイトはインスタント漬けかと思われます。原作でもトレーに乗ってたのは簡単な洋食だったはず。
エルテは全国の喫茶店で修業(アルバイト)をしていた経験があるので。料理が上手いのは当然です。
会話がカッコいいと評価されたのが嬉しくて狂気乱舞(誤字に非ず)
コメントを魔力に変換して必死に書いています。
コメ返しはあまりできませんが、しっかり反映していくのでどうかよろしくお願いします。
習作をはずしました。移転するかも。
二重コピペを修正しました。
確認せず、すみません。