何故、こうなった。
魔法は使えない。そして私は天空からHAHO降下をしている。
「遅刻しそうだもん。おねえちゃんなら頑丈だし、大丈夫だと思うよ」
天使の笑顔の悪魔にそそのかされ、ていのいい魔法の実験台になる羽目になった。
「ユピテル……カノーン!」
木星砲という意味の判らない魔砲を食らい、上空1200mまで吹き飛ばされ、目標上空でパラシュートを開きブレーキをかけた。
最悪なことに、目標は月村家だった。
《砲撃は禁止しただろ!》
《補助ばっかじゃつまんないもん》
《……判った。次の日曜にでも死ぬほど撃たせてやる。覚悟しろ》
《やたっ!》
念話で下らないことを話し合いながらも私の躯はゆっくり落ちていく。どうやって言い訳しようか。フェイトには見つかってないようだが、安心はできない。バレて戦う羽目になったら、私には意外と選択肢がない。逃げるか、そっと戦うか。非殺傷設定でも、出力を誤れば、私は人を殺すことができる。次元震であれ、直接な魔法的ショックであれ、物理的破壊であれ。だから制御と演算の能力が恐ろしいほどに高いのだろうが、それでも訓練は欠かしたことがない。
『お約束を言わないのですか?』
「これは空艇降下とは言わん。ジェロニモなんてもっての外だ」
『もっと状況を楽しむべきです。ダンテを見習い……』
「エイダ、本気でおまえを初期化しようと思うのだが、どうだろう?」
『今のランナーが大好きです』
こんなやりとりはするが、私はエイダが嫌いではない。時と場合をしっかりわきまえているし、私のいうことは意外とちゃんと聞く。私の魔力を使おうとしないのも、私の身を案じてのこと。巨大樹の時も、最後まで私の躯を護ろうとしてくれた。おかげで、形が残ったまま躯が地上に到達してしまったのだが。躯など、消耗品なのに。
『残り2分』
「この時点で27秒の遅刻か。鬱だ」
『ランナーはよくやっています。人数が足りない現状において、最良の判断です』
フェイトの監視で、結果として一人を失い、海鳴に常駐していた50人のうち、その殆どを隠さざるを得なくなった。家事に追われ、殆ど行動できないのが現状だ。いっそフェイトにもつくか、なんてプランもある。実行の可能性はかなり高い。
『残り60秒』
「お、見つかった」
ヘルゼリッシュを使うまでもなく、私の眼はいい。両眼12.0という、スコープなしで狙撃したシモ・ヘイヘにでもなれそうな視力。張力も嗅覚も感度を調整できる。感覚破壊対策だろう。
その眼が、すずかの反応を捉えた。
『驚いていますね』
「普通、こんな風に登場する人間は存在しない」
言い訳を考えるが、どうしようもない。トンデモな物語で煙に巻くか。
『衝撃に備えてください』
「了解」
パラシュートがあるとしても、その降下速度はかなりのもの。飛び降りるのと同じ感覚で普通に着地すると、普通に骨が折れる。私の場合その必要は無いのだが、それでもポーズだけはしておく必要がある。どこで誰が見ているか判らないのだ。正しく五点接地法をもって、衝撃を逃がすフリをしなければならない。
『3、2、1』
「フッ……」
綺麗に手入れされた芝生を転がる。
[[見事です]]
エイダが念話に切り替える。雰囲気で、声にノイズを入れるのはどうかと思うが。
《当然だ。ベクトルドライバーまで使って、これができない人間はいないと思うぞ》
[[できそうにない人間がきました]]
三人の幼女が走ってくる。エイダが言っているのが誰かは、想像におまかせする。
「すまない、遅れた」
「なんでパラシュートなのよ!」
「眼が醒めたら雲の上だった。テレポート能力に目覚めた可能性がある」
「嘘!」
「それはそうと、本日はお招きに預かり恐悦至極」
「え? あ、うん」
「ねえ、アルトちゃんは?」
「…………」
「エルテ! 黙ってないで……」
「…………」
「何か、あったの?」
不穏な空気をまとって黙ると、みんな心配そうな顔に変わる。
できるだけ悲しそうな顔を装って、口を開く。
「アルトは……………………寝坊した」
「さんざん引っ張ってオチはそれ!?」
アリサはバーニングして、なのはとすずかはプルプル震えている。そこまで笑うところか。
「あの、甘いもののために生きることを信条とするアルトが、お茶会を前に寝坊だぞ。聞けば、楽しみで寝られなかったそうだ。可哀想で可哀想で……」
「アンタの妹バカも相当なものね」
「今はどこかを走っているころだろう。来たら生温かい眼で迎えてやってくれ。ふあぁ……」
あくびが出る。最近寝る暇がない。寝る必要がなくても、習慣となっていれば癖になるようで、時々こうしてあくびが出るようになった。
「なによ、エルテも寝不足?」
「……寝ていない。私もアルトを笑えないな」
「初めてってわけじゃないのに」
「ベノアの最上級が入ったと忍に聞いてな。シュタインベルガーのトロッケンベーレンアウスレーゼを土産に……」
「またワインなの。子供は飲んじゃダメなの」
「ワインでなくヴァインであると何度教えれば覚えるのか。偉大なるドイッチュヴァインをフランスなどの軟弱なワインなどという泥水を一緒にするな」
「え? え?」
「それに8%程度のアルコールは酒とは言わん。酒とは10%を超えなければそう名乗ることを私は許さない。故に私が飲むことは特に問題は無いのだ」
「にゃー!」
早口でまくしたてる私の言葉に迷い、眼を回し混乱の後になのはは切れた。
「紅茶にはブランデーとジャムを!」
「お酒はダメー!」
などと馬鹿をやっている間にパラシュートを回収し終えた。
「毎回思うけど、そのポケットどうなってるのよ?」
「異次元に繋がっていたり……」
「異次元? ちょっと見せて!」
「すると面白いな」
「ぬあーーーーー!」
「要約すれば私も知らない。フフフ……」
「エルテちゃん、なんだか怖いの」
アリサをいじって遊んでいると、なのはが失礼なことを言いやがったので、その頬をつまんでやる。
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……」
「むひょうひょうれふぁらふぁふぁいれー!(無表情で笑わないでー!)」
人形の恐ろしさ。どうしても上手く笑えない私は、こう笑う。愛想笑いすらできないので、ハンナで接客する時はいつも『鋼の女』『氷の女』などと噂されたものだ。口の端を上げることはできるのだが、今は敢えて表情を変えない。
「柔らかい……よく伸びる……面白い」
「ははひへー!(放してー!)」
「フフフフフフ、日本語かドイツ語でないと判らんな……ああ、可愛いな。抱きしめてキスでもしてやりたいほどだ」
「ひゃーーーーーー!?(にゃーーーーーーー!?)」
「ゆゆゆゆゆゆゆ百合禁止ぃぃぃぃぃ!」
冗談に真っ赤になるアリサとすずか。本当の目的は既にバックグラウンドで進行しているので、特に気にせず存分に三人をからかうことができる。
「さて、冗談もここまでにして。待ち人も来たことだし、私はおとなしくしていよう」
視線を向ければ、アルトが全力疾走していた。それを見て誰も驚かないのは、もはや慣れなのだろう。
なのはの悩みを聞き出そうとしていたアリサとすずかだが、私が事前に虚実織混ぜ真実を隠した説明により、そこまで突っ込んで話を聞くことは無かった。原作以上にバーニングしているアリサは、どうも制御が難しい。私がからかいすぎたせいもあるのだろうが。
そうしているうちに、仔猫が逃げる。作戦が始まる。
海鳴に潜伏していた私の一人を昨日のうちから月村家の森に潜伏させ、メタトロンで浄化した。バリアジャケットの擬態効果を遺憾無く発揮して、茂みに隠れる。もう一人、雲の下で真っ白いコートをまとって地上を監視している私。地上の私は鎧をパージして、コートとHMD以外は普通の黒のジャケットとスラックスという、普通に道を歩いてもおかしくないデザインのものを装備している。私の私服そのままだと言っていい。
エイダが天空の眼の情報に補足をして、HMDを介して周囲の状況を教えてくれる。ジュエルシードに猫が近づきつつある。
[[発動しました]]
《OK。なのはとフェイトが接触するまで待機。その後は手筈通りに》
[[Ja]]
なのはとユーノが接近中。別方向からフェイトも確認。
[[接触。結界発動。HMDパージ]]
《ナビを頼む》
[[了解]]
結界が張られたのを確認、なのは達から見えない位置をうろうろする。同時に、すずか達と茶をしばいてる私はなのはを探すという口実で消える。アヴェンジャーは使わず、サブデバイス扱いの焔薙を出す。あくまで普通の魔導師を装う。
これから私は嘘をつく。鎧の魔導師と私は別人。私は攻撃のできない魔導師。
[[戦闘が開始されました]]
《よし……》
今回、なのははフェイトに負ける。魔法に出会って一週間ちょいの娘が、訓練を受けた魔導師に勝てる理由は無い。それでも最終戦で勝ってしまったのは、才能が恐ろしいまでにあったからだ。
《あ、にゃんこ……》
[[ランナー、しっかりしてください]]
視界に巨大な仔猫を確認、一瞬全てを忘れて抱きつきにいきそうになった。
[[猫好きなのはよく知っていますが、ここは堪えて……]]
金色の魔力弾が猫を襲う。
「にゃんこぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
それを桃色のプロテクションが弾く。
[[ランナー、堪えてください]]
「あれは非殺傷設定、非殺傷設定、非殺傷設定……」
どうにか平静を取り戻し、戦況を傍観する。これほど関わりたくなる戦闘も初めてだ。
《ロックオン、高町なのは。ゼロシフト、Load》
[[高町なのはをロックオン。ゼロシフト、Ready]]
魔力が抜けていく、とても久しぶりな感覚が嬉しい。いつもカートリッジの魔力で事が足りたから、滅多なことでは私の持つ本来の魔力を使うことは無かった。巨大樹の失敗の時は、カートリッジがなくなる前にエイダに意識を預けたから覚えていない。
今はカートリッジもなく、カートリッジ精製で魔力を無駄に消費させて、更に簡易封印でせいぜいAA-くらいのランクに偽装している。アヴェンジャーではなく焔薙を起動しているのは、これが理由でもある。アヴェンジャーを維持するだけで、焔薙の数百倍の魔力が費やされるのだ。重く大きすぎるデバイスは浮かせて使用するため、その浮かせる魔法を維持するための魔力は大きさに比例するから馬鹿みたいに魔力を食うのだ。
それはともかく。ゼロシフトに必要な魔力は溜めておく必要がある。焔薙の本質はチャージと斬撃だ。魔力の少ないこの状態では、加速とブレーキの魔力をいちいち溜めなければならない。最悪の場合の保険は天空にあるが、それは本当に最悪の場合だ。
[[デーモン1、ダウン!]]
ぼーっと状況を見ていたが、エイダの声で我に帰る。デーモン1とは、なかなか面白いコールサインを考えつくものだ。
《ユーノは?》
[[間に合いません]]
《ゼロシフト!》
[[Run]]
フェイトの登場が早く、なのはの初陣でイレギュラーが発生して、士郎の怪我も私が関与しなければ死んでいた。十数年の中で育ってきた蝶の羽ばたきは、今、牙を剥いた。
「っく」
どうにかその躯を抱きとめることができた。
「魔導師……まさか、管理局?」
「……早く封印しろ」
「え?」
「私は……なのはを介抱するっ……だから……」
「……わかった」
魔力ダメージを回復する術式を組み上げ、ゆっくりと回復を始める。猫の鳴き声なんて聞こえない。聞こえない。聞こえない。
「君は、一体……」
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem.
qui tollis peccata mundi:」
「呪文? 歌なのか? すごい集中力だ……」
「――――ん……あ……あれ? え……るてちゃん?」
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem.」
「エルテちゃん? 眼から血が出てるよ!?」
『無駄です、高町なのは。ランナーは耐えがたい痛みに耐えています』
「エイダ? 痛み?」
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem.」
『メガリスを謳い、心の耳を閉ざすことで猫の悲鳴を聞き流しているのです。ランナーは無類の猫好きですので』
「あはは……猫、追いかけまわしてたもんね」
『ランナー。正気に戻ってください。終わりました』
「Lux aeterna luceat eis, Domine:
Domine:
Cum sanctis tuis in aeternum, quia pius es.」
『ランナー。帰還作業に入ります』
「あーにゅづ!? む、終わったか」
『魔導師であることもバレました』
何か電撃のようなものを食らって、私はえいえんのせかいから戻ってきた。
「問題ない。それより、にゃんこは無事か?」
『ヴァイタルに異常はありません。気絶しています』
エイダの報告に、盛大に溜息を吐く。
「……あの、君は……」
「今、君に話すことは無い、ユーノ・スクライア」
「なっ……」
「話がしたいなら、真の姿で会いに来るがいい。私はいつでも屋敷にいる」
「…………」
「そう警戒するな。猫を拾ってすずか達のところに戻ろう。すずかが心配している……アリサがバーニングしている可能性がある」
「そう……だね」
倒れている猫をそっと抱き上げ、あまり意味のない回復魔法をかけながら、ゆっくりと歩き出す。
「なのは。私はあなたの敵にはなり得ない。しかし、対立することはあるだろう。私を殺したいほど憎むこともあるかも知れない」
不安そうに私をみるなのはの視線に、つい言葉を発してしまう。これからの、言い訳を。
「そんなことはないよ! 絶対!」
「もし私と戦うなら、一切の加減も油断も迷いも切り捨てろ。絶対、など存在しないのだから」
「そんな……」
「それまでは、良き友であろう。赦せるのであれば、それからも友であろう」
「許す許さないじゃない! ずっと友達なの!」
「嬉しいな。どうだ、友ではなく、嫁にこないか」
すれ違いざまに、隙ありとばかりに頬にキスをしてやる。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
「ファーストキスは、大切な人のために取っておくといい。女の私が奪う権利はないからな」
壊れたレコードのようににゃーにゃー言うなのはを置いて、さっさと森を出た。
なのはがダメージもないのにばたんきゅーして、原作とほぼ変わらない展開になったのは余談だ。
「エルテ、アンタ何したのよ?」
「元気になったのはいいけど、こんどは別のことで悩んでるような……」
「ショック療法というやつさ。落ち込む暇を与えなければいい」
「すごく混乱してるけど……」
「気にするな」
「気にするわよ!」
《あとがき》
エルテは百合ではなく、元男です。男とドッキングする気は恐らく無いかと。生涯独身貴族。多分。
エルテは猫好きです。なんで飼ってないのかというと、うっかり猫屋敷にしそうだから。
謳うのはシュトゥーカリートにするかメガリスにするかジ・アンサング・ウォーにするか悩んだんですが、一番呪文っぽいメガリスに。和訳もなんかの儀式に使えそうな。
タイトルを変えようかと思います。全然壊れた感じのギャグになってないし、タイトルに偽りあり。プロット通りにみんな動いてくれるのに、なんでだろ?