朝、何となく眼が醒める。なんて事はない、私は眠っていないのだから。センチュリアの誰かが一人でも起きていれば、私は覚醒しているのだ。昔、本当に昔、私がこの躯を得た頃、センチュリアは全員が同時に寝て、同時に起きていた。が、休眠が不要と判った頃から、ローテーションで、24時間必ず一人は起きているようになった。睡眠は不要だが、かといって生活からは排除したいものではない。ゆえに、一部を除き、夜は寝ることにしている。
「アルト、起きろ」
「あう~、あと86400秒……」
「人、それを一日という」
アルトは私より性能がいいはずなのに、こうもねぼすけだ。私がなるべく人間として育てたからなのか、それとも別の要因があるのか。
「妥協して~、21600秒……」
「晩飯を食わせんぞ」
「それはやだ」
結構現金な娘に育ってしまった。元気で明るいから問題は無いいのだが。
「なら、朝飯だ。行くぞ」
「お~」
おねえちゃんは朝と夜にシャワーを浴びる。私も一緒。
毎日、別で同じおねえちゃんが私のそばにいる。同じ顔のおねえちゃんがたくさんいて、みんな忙しいから。
おねえちゃんは99人で一人だから、今私の近くを行ったり来たりしているおねえちゃん達全員がおねえちゃんだ。私にはよく判らないけど、「そういうものだ」と教えられてきた。おねえちゃんが普通じゃないことも。普通、兄弟姉妹はまったく同じ人がたくさんいるってわけじゃない。なのはちゃんのおねえちゃんやおにいちゃんと会った日に、「あれが普通の人間の兄弟だ」と教えてくれた。
「カノーネンフォーゲルをセットアップして」
「わかった」
最近、おねえちゃんは魔法を教えてくれる。朝早く起きるのはこのため。でもおねえちゃんは砲撃を教えてくれない。今日もマルチタスクの練習。100マス計算しながらヘルゼリッシュを使ってカノーネンフォーゲルのデフォルト魔力弾で200m先の空き缶を狙い撃ち、雑談をする。
「アルトには、破壊神なんて物騒な名前はいらないからな」
「デバイスはカノーネンフォーゲルなのに?」
「いずれは教える。下手して友達を殺したくはないだろ」
おねえちゃんは、昔、助けるべき人を殺してしまったらしい。最近、その人を生き返らせたらしく、結構機嫌がいい。いつもの仏頂面だから、見る人にしか判らないけど。
「制御ミスで地球破壊したりしかねないんだ、我々は」
『主は未熟にも程がありますゆえ』
私のデバイス、カノーネンフォーゲル、通称カノンちゃんは、私を侮りすぎてると思う。こう見えて、躯の性能はおねえちゃんより上なんだから。
『否、精神面で100年以上の開きがあります。多少の身体性能の差など塵に等しい程に。例え主がエルテ殿と同じ魔法を使えたとしても、同数のセンチュリアを持っていたとしても、戦えば確実に負けるでしょう』
「んな!?」
カノンはよく私の心を読む。どうも慣れない。
「確かに、負けはしないだろうな。戦闘は魔法の威力や性能だけじゃない。戦術・戦略を考え、罠と策略を張り巡らし、戦う前に勝てる状況を構築する。それが不可能ならば、相手を撹乱したり、隙を見ておとりや罠を設置して、追い込む」
「人、それを卑怯と呼ぶ」
「生きてこそ、その称号を得られる。正々堂々と戦って、いつも勝てる訳じゃない。状況と相手の力量を測り、戦い方を変えるのも戦略だ」
『つまりは、主は卑怯な手を使うに値する相手だということです』
褒められてるのだろうか?
ルーデル邸の近くにはバスは来ない。永劫迷走結界の影響で、永遠に同じ道を走る羽目になるからだ。その前に、認識障害結界を張ってあるが。
だから、普通は歩いて学校に向かう。
木々生い茂る民家なき山を、テクテクと下っていく。
「平和だな」
「そうなのかな?」
「『まだ』というのが頭につくが」
「あー、おねえちゃんが言ってたジュエルシード?」
「そうだ。街中に、いつ爆発するか判らない核弾頭を抱えているというのに」
知らぬが仏か。
「ねえ、おねえちゃん」
「なんだ」
「私、何があってもおねえちゃんを護るから」
「は?」
間抜けな声が出た。守護対象に護られる、なんて本末転倒だ。
「おねえちゃん、なんか、無茶してない?」
「エルテは無理はできない」
「そーじゃなくて」
言いたいことは何となく判る。だが、私は止まるわけにはいかない。
「アルトを幸せにするために、私はここに在る。まだ消えるには早すぎる」
センチュリアは、センチュリオンがいなければ成立しない。いずれ私はアルトの手足となり、アルトの願いを叶えるために働く。
だがまだアルトは私がそう在るには幼すぎる。誤った道を選び、ただ壊すだけの破壊神と成り果てるのを傍観するのは愚かしい。人として在るように、今はまだ、私は姉を、家族を演じ続け、人間であることを教える。正しい心と意思を、アルトが得んことを願いながら。それが、あの時私を孤独から救ってくれた少女、アルトへのせめてもの恩返しだ。
「私は幸せだよ? だからおねえちゃんも……」
「残念だな。アルトのために生きることが私の生き甲斐で幸せだというのに。アルトは私にそれすら禁じるというのね。さらば、アルト。私は存在する理由がなくなってしまった」
「え? え?」
嘘、ではない。私はアルトのためにここに在る。だが、それは私が数人いればいいこと。
第一目標は達成し続けることができる。だから、第二目標に力を入れる。
『主、からかわれていることに気づいて下さい。あのエルテが女言葉を使っているのです』
「フフ……」
「おねえちゃん、ひどいよ」
「アルトが変なことを言うからだ。私はアルトといられるだけでいいのに。そのための行為を制限するようならたとえアルトでも許さない」
「許さない? どうするの?」
「ヤンデレになってやる」
「ごめんなさいもういいません」
ネット環境を与えたのは失敗かもしれない。ヤンデレを理解できるということは、その……アレだ。
一丁前に専用機にはパスワードとUSBキーまでつける徹底ぶり。絶対にいかがわしいものが入っている。まあ、年齢としては問題は無いのだが、精神年齢的に相応しくない。一応、対外的には小学生なのだ。
「心配するな。私が一人でも死んだことはあるか?」
「死ぬほどの怪我はしたじゃない」
「でも生きている。我等はなんだ?」
「不死身のルーデル。だけど、心配はするよ」
「なら、いつか全て話す。だから勘弁してくれ」
「絶対だよ」
授業は退屈だ。道徳と簡単な計算しか教えていないアルトは真剣に聞いているが、私は知っていることばかりだ。抜き打ちテストがあったとしてもどうにでもなるし、いざとなればチートができる。したことはないが。
だから、ほとんど白紙のノートを前に、萌えっとした絵を描いたりしながら、エイダとイメトレをしていたりする。
「なんでそれで成績が私よりいいのよ! 塾にも行ってないのに!」
「昔、な」
「ハードボイルド装ってもごまかされないわよ」
「ふむ。私は神だから、とでも言おうか」
「おこがましいにも程があるわ。何の神よ?」
「決まってるだろ」
「破壊神」
「破壊神」
テストのたびに、アリサが突っかかってくる。いつものようにからかいながらあしらって、アルトと私の成績を足して2で割って更にからかう。いずれにせよ、数字は変わらない。
以前私のノートに秘訣があるのではないか、と鞄の中身をぶちまけられたが、アリサ・バニングスの肖像画が描かれていたりするノートを見られ、面白い反応で礼をしてくれた。暇な授業中は絵の練習。テストで暇になれば、裏に名画とかを描く。某プロセッサ会社のCMが如く。先生に咎められたが、次のテストで『シュタインベルガーを酔い潰れるまで飲みながら生徒相手に愚痴をこぼす教師(先生も人間だからしかたないさ)』というタイトルで絵を描いたら、何も言われなくなった。
「どういう手を使ったの? 怒らないから言ってみなさい」
「そう聞かれたら、ルーデルならこう答えるしかないのは知っているだろう? 『そんなに不思議なのか? これといった秘訣は無いのだが』と」
言うなれば、二週目だから。だが、それは誰にも言う気は無い。アルトにも、エイダにも。
「なんでだー!」
アリサが騒ぐが、私はそれ以外の答を持っていない。彼女の納得する答は存在しない。
「そう気にするな。いい女には、謎と秘密がつきものだ」
「どこまでも紳士なあんたに言われたくないわ」
失礼な。
体育。フラストレーションがガンガン上がる科目であり、すずかの独壇場である。
私も可能な限り全力を以て応戦するが、人間の極み程度にセーブされた身体能力で、吸血鬼に勝てるはずは無い。アルトと一緒になって俺を攻めている。
「よくも最後まで残ったものだ。
(中略)
し ぬ が よ い!」
「アルト、大佐の真似はやめろと言っているだろう」
「えい!」
「チッ……」
ドッヂボールで、わざと外野に回ったアルトと内野のすずかによる挟撃。十字放火にさらされている気分だ。
「そぉい! あ」
「ぬるいぞ、アルト。私を侮ったな」
全力は出す気は無いが、一瞬だけフルパワーで動く。
「きゃー! おねえさまカッコいいー!」
「すげえ、さすがあのアルトのねえちゃんだ!」
「今まで本気を出してなかったというのか!?」
「そこにシビれる、憧れるぅ!」
外野がうるさい。殆どの生徒が送られたそこは、半ば観戦席と化していた。男より女の歓声が大きいのは何故だ。
「さあ、食らうがよい」
悪役のように笑い、ラインギリギリから加速する。加速しながら、自軍コートの中心で全力を以て投げるのだ。回転を効かせ、ジャイロ効果によるエネルギーの増大を図る。視線をずらし、すずかの回避方向を予測し、視線と全く違う方向へ投げた。
「あれ?」
フリをした。
間違いなく食らうと思っていたすずかは止まり、その迷っている間にポーンと、肩に弱い球が当たった。
「月村すずか、このエルテ・ルーデルが討ち取った!」
これがフェイントというものだ。全力で投げる必要は無い。美少女に対して全力の攻撃なんて、紳士のやることではない。微笑ましくだまし討ちをするのだ。
HRも終わり、テクテクと歩く帰り道。
「おねえちゃん、朝言ってたアレ?」
「その通り。アルトは死なない程度に手加減していたが、私は人間程度に抑えているからな。その状態ですずかに勝つには、な」
強い相手には策を以て当たる。私はそれを実行した。
着替え終わると、いつものメンバーが集まった。
「何か大技を出すのかと思ったら、拍子抜けねー」
「大技って……そんな、ゲームじゃないんだから」
「ああ、私はすずかと違って普通の破壊神だから、爆撃ぐらいしかできない」
「破壊神な時点で普通とは程遠いと思うの」
「でも爆撃は正しいと思うよ? 上から落ちてきたから」
喋りながら、塾までなのは達についていく。別に帰りのルートではないが、アルトの友達と一緒にいる時間を少しでも長くするために、寄り道をしているのだ。
別の場所では、また愚痴を聞いていたりする。
「もー、あなただけが心のオアシスよぉぉぉぉぉ……癒しだわぁ」
「私だけというのも危険な話だな。もし私がいなくなったらどうする?」
「考えるのも恐ろしいわ……」
「ふむ。卒業しても飲み友達ではいてやれるとは思うが、いつまでもかく在れる訳ではないからな。覚悟をしておいてくれ」
「エルテちゃん! お嫁に来て!」
「構わないぞ。教師と教え子、しかも百合、禁断の関係か」
「私の幻想まで壊さないでぇぇぇぇ……」
などと、最近では依存症を発しかけているようだ。何故こうなったのか、誰かに相談したい。
やれやれ。
おねえちゃんは時々翠屋に顔を出しては、甘いものを注文する。私は知らなかったけど、士郎さんと桃子さんと、おねえちゃんは昔からの知り合いみたいで、よくおまけをつけてくれる。今日のおまけはクッキーだった。
「ねえおねえちゃん、どうしてもうここじゃ働かないの?」
私とおねえちゃんが『生まれる』前、おねえちゃんは『ハンナ・ルーデル』としてここで働いていた。ある程度成長するまで、なのはちゃんと関わりたくなかったからやめた、と言ってたけど、なのはちゃんとはもう友達だし、士郎さんにも正体はバラしているみたい。だったら。
「……理由はどうあれ、私は逃げた。一度逃げたら戻らないのが、私のけじめというものだ」
相変わらず、そのけじめというものがよく判らないけど、おねえちゃんはそれを大事にする。それは、おねえちゃんが自分に課したルールなんじゃないかと、私は思っている。おねえちゃんはいつも『なのはは頑固だ。あんなほわほわトロトロしていながら、不屈の心というか、ダイアモンドは砕けないというか、鋼の意思というか、そういったものを持っている』なんて言ってるけど、おねえちゃんもいい加減頑固だ。そのルールをはっきり私に話したことはないけど、人前ではよほどの事がないと全力を出さないし、困っている人は無条件で助けるし、そのためには手段を選ばないし、絶対にお礼を言われる前に逃げるし。いつも一緒にいれば、そんなことぐらいは判る。
「どうだい、新作のケーキは?」
「うまい、としか言いようがない。語彙の少なさに我ながら呆れるほどに。さて、士郎、桃子を嫁にくれ」
「断じて断る!」
なんていつもの冗談に対し、半ば本気で反応する士郎さん。万年新婚夫婦の噂は本当らしい。
「フフ……うらやましいと言うべきか。ならばなのはを頂こう」
「な……なのはを、だと? エルテちゃんは確かに男前だし強いし頼れるが……」
「そこ、本気で悩まない。冗談に決まってるだろう」
「あはははは、おねえちゃん、男前だって!」
「ふむ、まさに恐悦至極。まさか士郎にそこまで褒められるとは」
おねえちゃんは確かにカッコいい。アリサちゃんいわく、『漢気がある』らしいけど、それがなんなのか判らない。だけど、おねえちゃんが喜んでいたところを見ると、悪い意味じゃなさそうだ。
「ああ、士郎。コーヒー豆が耐用限界を超えている気がする。いつもより香りが微妙に違う」
「なんだって? って、いつも思うが、よくそれで判るな」
おねえちゃんのコーヒーは、コーヒーじゃない。ミルクと砂糖の入れすぎで、元の味なんて判らないくらいに埋め尽くされている。なのに、時々こんなことを言う。
『牛乳を飲まずして、何がルーデルか』なんて戯けた事をいつも言っているけど、一日牛乳かそれに類するもの(豆乳でも可)を抜くと、なんか力が出ない。本気で閣下の末裔だと信じてしまいそうなエピソード。
「多分、JunとJulを見間違えてるぞ。前もこれと同じことがあった」
「見てこよう」
味に関しては、おねえちゃんは神がかっている。士郎さんも、悲惨なコーヒーを見て半信半疑だけど、いつも正解なので、今では無条件に信じられている。あ、いつだったか、士郎さんに試されて激怒した日があった。コーヒーに酢だったか塩だったか、いくつかの調味料をほんの少しだけ混ぜられて、静かにインフェルノしながら笑っていた。あの時は、よく晴れていたのに寒かった。
「期限が切れてたよ。助かった」
「貸し一つ、といきたいが、私以外に気付いた人間はいないみたいだな。やれやれ」
「そうはいかない。お礼くらいはさせてくれよ」
「ふむ。じゃあ、アルトに何か一品やってくれ」
「おねえちゃん、これ以上食べたら晩ご飯が食べられないよ」
「明日でいいか?」
「もちろん」
「ん、じゃあ、勘定頼む」
破壊神の器を平和利用している例なんだろうか。能力を本来の使い方で使っているところは見た事が無い。おねえちゃんは変わり者だ。こんなに素晴らしい力を、正しいことにしか使わないんだから。私だったら絶対にこんな穏やかで楽しい日々は過ごせなかったと思う。おねえちゃんが殺すことと壊すことの意味、そして手加減を根気よく教えてくれなかったら、友達もできなかっただろう。もしくは簡単に殺してしまったのだろう。ばらばらになったおねえちゃんを、おねえちゃんが悲しそうな顔でつなげたりしているのを思い出すと……
「アルト、アルト」
「なに、おねえちゃん」
「ほうけるな。何のためのマルチタスクの訓練だ」
「あはは、おねえちゃんみたいにはまだなれないよ」
なんだろう、このもやもやした気持ちは?
《エイダ》
《念話で話すとは、珍しいですね》
晩飯も終わり、アルトを風呂に入れ、今は私に抱きついて眠っている。
《どう思う》
主語は無いが、エイダには伝わる。私達の、最大の懸案事項。
《不安定ですが、衝動の制御はできているようです。元々が兵器ですから感情の制御は考えられている可能性が高いです》
《だが、不安定だ。私よりヴァージョンが上というだけで、完全体ではない可能性もある》
《研究施設のセキュリティの解放を待つしかありません。それまでは、様子を見るしかないでしょう》
《くそ……》
《焦るべきではありません。いざという時のためのセンチュリアでしょう》
《ああ、そうだな》
《あとがき》
アルトに不穏な空気が。
平和な一日をお送りしました。
カノーネンフォーゲルの形としては、アルトの左右に37mm Flak18カノンポッドが二門浮いている状態です。『フォーゲル』はどこにいったか? Flak18のオリジナルが88mmだから、小型化された37mmは鳥のための機関砲であると思われ、そして破壊神の器は空戦魔導師であるので、間違いではあっても、名前としてはそう遠くはないかと。Flak18なんて名前よりはデバイスっぽいし。
ちなみに、カートリッジロードは二発同時。37mmなのでアヴェンジャーより単発の威力は高いが、弾数は少ないのでアヴェンジャーより弱いと思われますが、アルトの魔力が桁違いなので、カートリッジシステムなんざむしろ要らないなんて。馬鹿魔力の圧力に耐えられるよう、異常なほどに強化されています。あー、すげえネタバレしてる。
ルーデルに牛乳は欠かせません。乳を抜くと少し気が抜けます。
豆乳でもいけるのは、牛乳がない時の緊急策として開発者が云々。
エルテは卑怯になるといいますが、アルトとでも戦わない限りそんなことはさせません。手に負えない存在にのみうろたんだーと化します。
冥王閣下と戦う時は策と呼べるもので戦うはずです。私が暴走しなければ。
なんか今回アホみたいに長くだらだらとしていますが、次は多分反動で短いと思いますのでご容赦を。へたくそな私を笑ってください。
Nov.8.2009
話数を正しく変更。
Nov.17.2009
間違いを修正しました。
ご指摘ありがとうございます。