なのはが軽くなった水筒を大量に抱え、我が家へと帰って来た時、家の前にはタクシーが一台停まっていた。
「あれ?」
なのはが呼んだ訳ではないのに、タクシーが停まっていた事に違和感を覚える。
特にここ最近はアースラに寝泊まりしていて、移動も転送ポートを使用していたので、タクシーは使っていないからだ。
「どうかしたのかな?」
なのはは不思議に思い、タクシーに近づく。
車内を覗き込んで見ると、運転手は居らず、代わりに後ろの席に、なのはの予想だにしなかった人物が居た。
「アルフさんっ!?」
タクシーに乗っていたのは、フェイトの使い魔であるアルフだった。
気を失っているのか、なのはが思わず上げた大声にも、何の反応も示さない。
「……ああ、おったおった」
そこに車内を覗き込んでいたなのはに、後ろから声が掛けられる。
なのはが振り向くと、そこにはなのはがよく見るいつも通りの格好で、運転手が立っていた。
「いやあ、呼び鈴鳴らしても誰も出ぇへんから、焦っとったんや」
「八神さん、この人……」
なのはが運転手に話しかける。
しかしその言葉は、運転手がなのはの目の前に出した手で遮られた。
「話は後や。この人怪我してるみたいなんよ。店長、手当てすんの、手伝ってくれへん?」
「うん、分かった。とりあえず、私の家に上げよう」
「そのつもりやで」
なのはと運転手は互いに頷き、タクシーのドアを開ける。
二人で車からアルフを引っ張り出し、必死で家の中まで運んだ。
非力な女性の力では、気を失った人間一人を運ぶ事は困難だった。
おまけにアルフは二人よりも身体が大きく、腕を肩に回しても、足を引きずる程だった。
しかしなんとか、人を寝かせられる広さのある居間まで運び、なのはが客人用の布団を奥から取り出して来た。
そこにアルフを寝かせる。
そして、日頃父の士郎や、姉の美由希が使っている救急箱を持って来た。
寝ているアルフの身体のあちらこちらに付いた傷を、一つ一つ丁寧に消毒し、包帯を巻いていく。
なのはは小さい頃から、何度も兄や姉が怪我をするのを見ていた。
少しでも力になりたいと願っていたなのはにとって、ただ包帯を巻くだけでも手伝う事が出来たのは嬉しかったのだ。
だから、何度も何度も手伝いをしてきたなのはは、その手際もまた見事だった。
一緒に居た運転手は、こういう事には慣れていないのか、最初は手間取っていた。
だが、しばらくしてコツを掴んだのか、元々器用なのか、直ぐになのはが認める程に上達した。
そして見えている場所の怪我を全て治療し終わった二人は、アルフをそのまま寝かせ、近くのテーブルへと移動する。
なのはがキッチンで普通のお茶を淹れ、運転手に差し出す。
運転手は礼を言って受け取り、お茶を啜る。
なのはも自分用に淹れた、普通のお茶を一口飲む。
そして二人とも同時に、安堵の溜め息を吐いた。
「ありがとうね、八神さん」
「なあに、気にせんでええよ。あんな怪我して歩いてるのを見過ごせるほど、わたしは非情やないしな」
「そう……酷い怪我だったね……」
「そやな……どうしたらあんな怪我するんかなぁ……」
二人は再びお茶を飲む。
なのはがそこで、運転手に気になった事を尋ねる。
「ねえ、八神さん」
「んあ? 何や?」
目を閉じてお茶を味わっていた運転手は、なのはの言葉に目を開ける。
「どうしてあの人をここに連れて来たの?」
運転手は、なのはの問いに目を見開く。
「は? あの人、店長の知り合いやろ?」
「うん。それはそうなんだけど……」
なのはは少し言い澱む。
「あまり、仲が良かった訳でもないから……」
正確なことを話せないなのはは、そう言う言い方しか出来ないのだ。
「店長とあの人の間で、いったい何があったんかは知らんけど、あの人は店長に助けを求めとったからな」
「私に……?」
首を傾げるなのはに、運転手は頷く。
「そや。必死に歩きながら、高町なのはの所へ行かなきゃいけないんだ、って言ってたんよ。何度もな」
「そう、なんだ……」
今は深い眠りの中に居るアルフの顔を、なのはは複雑な気持ちで見つめる。
頼ってくれた事に、なのはは素直に嬉しい気持ちを感じている。
だがしかし、それと同時に別の気持ちも感じている。
敵であった――少なくともアルフはなのはに敵意を持っていた――筈なのに、その敵に頼る程の事態だ。
いったい何が起きたのかと、気になるのは仕方がないだろう。
使い魔は主の傍にいることが多いと聞いたのに、フェイトが居らず、アルフだけがここに居る事も気掛かりだ。
その上、純粋にアルフの怪我を心配する気持ちもある。
そんな、幾つもの感情がなのはの目に浮かんでは消えていく。
その目を運転手はずっと見ていた。
なのはがその視線に気付き、運転手を見遣る。
「ん? どうかした?」
「いや、店長の目は分かりやすいなぁ、って思ってな」
運転手はなのはを微笑ましそうに見ながら言う。
「どうして?」
「どうしてって言われてもな……心配しています、って考えているのが丸分かりやで」
「そうかなぁ……」
なのはは自分の目の上に手を当て、瞼の上から眼を軽く揉む。
運転手はニヤッと笑いながら、なのはに尋ねる。
「店長、交渉事とか苦手やろ?」
「そうなんだよねぇ……。
最近さ、そういう事をやる機会がちょっと有ったんだけど、もういっぱいいっぱいで……」
なのはがリンディとの会話を、オブラートに包んで軽く説明する。
運転手はうんうんと聞いていたが、なのはの話が終わると、ポツリと呟いた。
「……そんな事があったんか。面白そうやな」
「面白そうって……」
なのははその様子に呆れる。
「こっちは面白くなんか無かったよ。
もうね、ポーカーフェイスとか無理だから。
むしろずっと愛想笑い浮かべてたから。
そういうのは私、苦手だよ。
……やっぱり、料理の研究の為に、一時期引き篭もってたのが悪かったのかなぁ……?」
「何や、店長。元ヒッキーか?」
「そこまで言われる程でも無いよ。
ただ、新しいケーキを作る為に、一週間程家から出なかっただけだから」
「……十分ヒッキーやん」
なのはの言葉に、運転手が呆れたような声を出す。
その後、二人で笑い合った後、はやてが真面目な顔をする。
「……で、本題に入ろうか」
「……そうだね」
なのはも顔を引き締める。
「あの人に付いてる耳と尻尾、本物やったな?
コスプレかとも思ったけど、実際に動いてるしな……」
運転手は寝ているアルフの耳を見る。
その耳は、運転手の言葉に反応するかのように、時折ピクピクと動いている。
「偽物やったとしても、あんなに精巧な偽物が作れる技術を、寡聞にしてわたしは知らん。
もしそんな技術が有ったとして、わざわざあんな無意味な程に自己主張している耳を付ける意味が分からん。
そういう趣味と性癖が有るんなら、まあ分からんでもないんやけどな。
でも、もしあれが大事な技術だったとして、それをあんなに無造作に扱っている事にも納得がいかん。
……そして、あれが本物やった場合、いったいあの人は何者や?
あれも分からん、これも分からん。わたしには分からん事ばっかりや」
「そ、そう……。何か凄い空想だね?」
「空想どころか妄想やな、これじゃあ……」
なのはが冷や汗をたらりと流す。
運転手も、自分の考えに疑問を持っているようだ。
「それで……な?」
「な、何かな?」
「店長は、あの人があんな耳してる事に対して、何の疑問も持っていない。わたしにはそう見えた」
運転手はなのはに鋭い視線を向ける。
「さあ、店長。キリキリ吐いてもらおうか。なに、隠すのが辛いなら、全部ゲロったら楽になるで?」
運転手のあまりの言いように、なのはが苦笑する。
だがその苦笑にごまかされる事無く、運転手はなのはを見つめる。
「……その……」
「その?」
「えっと……」
「何や?」
運転手が身を乗り出して、なのはの答えを待つ。
だがなのはは、運転手の思いも寄らない事を言った。
「……き、禁則事項です?」
なのはが頬に指を当てて、可愛らしく言った言葉に、運転手は思わずずっこける。
「何や、それは……。ここまで引っ張っておいて、オチがそれって……」
ずっこけた運転手が、転んだ時に打ったのか、肘をさすりながら立ち上がる。
「……だいたい、それはわたしが以前貸した本のセリフやないか。何だってこんな時に、ソレを持って来るんや?」
「え? だって八神さん以前『こんな可愛い事言われたら、何も知らなくても従ってしまうわ』って……」
「本に言った事を本気にせんといて……」
もう一度椅子に座った運転手は、汗を浮かべてなのはの言葉を否定する。
そして運転手は深い溜め息を吐く。
「分かった分かった。もう聞かんよ」
「え?」
なのはは先程の言葉が本当に効いたのかと疑った。
運転手はなのはのその視線の意味に気付き、違う違うと首を振る。
「元々、話してくれないのが分かっとっただけや。
そもそも、ただの興味本位やしな。
そこまでして隠す程重要な事なら、わたしは知らん方が良いんやろうし。
それに、話してくれへんのを、無理矢理聞き出した所で面白くも何ともないしな」
「そうなの?」
「そうなんよ。あくまで、相手から自発的に話して貰うのが一番」
なのはとしては、先程のは自発的とは言い難いと思ったのだが、運転手からしたらそうではないらしい。
運転手はニヤッと笑う。
「ま、タクシーの運転手として、客のプライバシーは詮索しないのがわたしのポリシーやからな」
「……え? じゃあさっきのは?」
それでは先程と矛盾する。
詮索しないのがポリシーと言っておいて、滅茶苦茶詮索していたようになのはには思えた。
運転手は笑いながら説明する。
「あれはただの暇つぶし。
さっきも言ったように、どうせ話してくれないと思っとったからな。
もし、本当に話そうとしてたら止めとったよ。
まあ、店長が他人の事情を勝手に話すとも思えんから、その辺の心配はしてなかったけどな」
「……」
「だいたい、無茶苦茶な考えばっかりやったやろ?
それに自分で妄想とも言ったし。
あれはな、真剣な顔してる店長を見る為の方便」
「なにそれ……」
なのはは絶句する。
その様子に、運転手は更にケラケラと笑う。
「いやあ、それにしても、面白いモンが見られたわ。
まさか店長があんな事言うとは、流石のわたしでも思ってもみなかったしな」
「あう……」
なのはは今更になって、先程の「禁則事項」発言が恥ずかしくなってしまった。
顔が赤みを帯びるのを、なのはは自覚した。
「にしても店長、これぐらい見抜けへんと、この先苦労するで?」
「そんな事が起こるのは避けたいなぁ……」
なのはが希望的観測を持って、そんな事を呟く。
運転手はチッチッチッと指を振り、そんな考えを切り捨てる。
「甘い甘い。そんな考えは砂糖なみに甘いで、店長。
人生なんてものは、自分の望み通りに行く事なんて、ほとんど無いんやからな。
備えはきっちりしといた方がええんやで?」
「それは分かってるんだけど、ねぇ……」
なのははまた溜め息を吐く。
「そんなに溜め息ばっかり吐いてると、幸せが逃げるで?」
「逆だよ。幸せが逃げるから溜め息を吐くんだ」
「それもあるなぁ」
運転手はうんうんと頷く。
そして立ち上がると、なのはに向けて言った。
「それじゃ、わたしはもう帰るわ。あんまり長居するのもどうかと思うしな」
「そう? そんなの気にしないのに……」
「いやいや、わたしが気にするんよ」
運転手はそういって傍らに置いていた帽子を手に取った。
「それじゃ、玄関まで見送るよ」
「ああ、ええよ、それは」
立ち上がろうとしたなのはを、運転手が手で制止する。
どうやら、なのはの見送りを遠慮したいらしい。
「わたしなんかより、その人に付いとってあげた方がええわ。
だから、見送りとかいらんよ。わたしは勝手に帰るから」
「でも……」
「でもやなくて、店長にはその人が逃げないように、見張っといてもらわんといかんのよ。
お代はその人が起きた時に、その人から貰うからな」
「お代なら私が払うよ?」
運転手はなのはの言葉に首を横に振る。
「そうやないんよ。わたしは客を運び、客はそれに代金を支払う。
その綺麗なサイクルの中に、別の人を割り込ませたくない。
例え別の人が払ってくれても、それじゃしっくり来ないんや
だからわたしは、出来る限り本人から代金をもらうことにしてるんよ」
「そう……。分かった」
立ち上がりかけたなのはが、再び椅子に座る。
「それじゃあ、またね。八神さん」
「またな、店長。お茶御馳走様。美味しかったで」
そういって、運転手は高町家から出て行った。
見送りは出来なかったが、なのは運転手がタクシーで走り去るの音を聞いた。
そして、ポツリと呟いた。
「敵わないなぁ……」
あとがき
はやて無双の回。
色々言ってたけど、結局何も知らずに帰って行っただけ。
結構盛り上がった。書くの楽しかったし。
もうずっと運転手でしたけど、構いませんよね?
気になったレス返しです。
ここで取り上げられなくても感想は全て読んでいますので、取り上げられなくてもあしからず。
と言っても、今回ははやてさんの事しか皆さん言ってくれなかったんですけどね。
>はやてさんwwwwまた良いとこ取りwwwww
>このタイミングで登場とははやてタクシー!さすが美味しいところは外さない関西気質!!
もうレアスキルが「客蒐集」じゃなくて「神出鬼没」とか「物語介入」とかそんな感じに思えてきた
>はやてさんマジぱねぇっす!
>はやてさんあんた神だw
>待て、何ぞはやてが最高過ぎるwwwww
微妙に堕ちた感があるのにこの格好良さは何?wwww
>はやてえええええええええええええ
いいとこ取りしすぎやぁぁ
>はやてタクシー恐るべしwww
>はやて「通りすがりのタクシードライバーや!」
>流石なのは御用達の八神タクシーw
「何処へでも参ります。お代はなのはさん持ちで」
と言う感じでしょうか。
やっぱりはやてさんの人気は高いですね。
登場時の感想がはやて一色になりますから。
特に、前回あれだけ色々と起きていたのに、そこ以外には誰も突っ込んでくれないんですから。
>もうレアスキルが「客蒐集」じゃなくて「神出鬼没」とか「物語介入」とかそんな感じに思えてきた
夜天の魔導書には、蒐集行使というものがあるらしい。
後は……分かるな?
>はやてタクシーを最終決戦に連れてく方法
これってリンディさんのケーキと、アルフがタクシーに乗る事の関連性が全然無いと思うんですけどww
>はやて「海鳴に!移動を望む!人あらば!いいとこどりや!はやて推参!」
てな感じの矜持がありそうですね
ちなみに和歌です
プライドを持って仕事してますからね。
そんな物を持っていると思います。
>何か「たいせつなもの」を全て持って行く……いや運んでいくのですな。
笑いと幸せを運ぶはやてタクシーを、どうかよろしくお願いします。
>幾ら個人経営のタクシーだからって、そんなにタダ乗りさせてると
三人娘とペット一匹養えなくなるぞ
まだ一人暮らしですから大丈夫です。
>今回、原作ではアリサが拾ってきた部分ですが、この流れだと
アリすずは絡んでくる部分があるんでしょうか?
まずありませんね。