バシッ!
「ああっ……!」
バシィッ!
「ううっ……!」
音が鳴り響く度に、フェイトは痛みに呻く。
紫色の鎖に吊るされたフェイトの目は、苦痛に閉じられている。
「はあっ……はあっ……!」
その前に立つプレシアは、鞭を片手にフェイトを睨みつけている。
「あれだけの好機を目の前にしていながら、ただボウッとしているなんて……!」
「ごめん……なさい……」
フェイトは掠れた声で謝る。
プレシアはフェイトを見つめ、低い声で問い質す。
「酷いわ、フェイト……。あなたはそんなにも、母さんを悲しませたいの?」
「ちがい……ます……」
フェイトのその言葉に、プレシアが目を見開く。
右手に持つ鞭を、大きく振り上げる。
「違うと……言うのなら!」
「ひっ……!」
フェイトの目に、怯えが走る。
バシィッ!
「あああっ!」
「どうしてあなたは!」
ビシィッ!
「うあああっ!」
「私の言う事を!」
バシィィッ!!
「ああああっ……!」
「聞けないの!?」
プレシアが鞭打つ度に、フェイトは悲鳴を上げる。
鎖に両手を縛られ、倒れることさえも出来ずに鞭を打たれ続ける。
「ああああああああああっっっ!!!!」
「畜生っ! 畜生ぉぉぉぉっ!!」
アルフは吠える。
アルフはフェイトと共に、ジュエルシードをプレシアに渡しに来ただけなのだ。
持っていても良い事など何一つ無く、厄介事を引き起こす物でしかないからだ。
21個あったジュエルシードも、これで全てが回収された。
フェイトが回収出来ていない、残りのジュエルシードは全て管理局が持っていった。
だから、これを渡したら、もうプレシアとは縁を切る。
そして、フェイトと一緒に何処かへ逃げようと、アルフはそう思っていた。
だがプレシアは、アルフが渡した三個のジュエルシードを見た瞬間、杖から放った魔法でアルフを弾き飛ばした。
そんなアルフを、バインドで縛った後には目もくれず、プレシアはフェイトを睨みつけた。
そしてフェイトを吊るし上げ、拷問が始まったのだ。
アルフはプレシアによってバインドで磔にされ、フェイトが鞭で叩かれ、悲鳴を上げる様をずっと見させられた。
その目は限界まで見開かれ、フェイトの顔を見続ける。
その耳は、聞きたくなかったフェイトの悲鳴を聞き続ける。
「なんでっ!? なんで外れないんだっ!?」
必死に抵抗するが、アルフがどんなに頑張っても、プレシアの強固な鎖は砕ける気配を見せない。
「フェイトが、フェイトがあんなにも苦しんでいるのに……」
足掻く。
だが、腕一本上がる事は無い。
「あんなにも泣いているのに……!」
足掻く。
だが、鎖は軋むばかりで千切れる事は無い。
「どうして外れないんだよ! 畜生おおおおおっっ!!」
アルフの咆哮が、時の庭園に響き渡る。
声も嗄れよと言わんばかりに、アルフは泣き叫ぶ。
アルフの目は、フェイトを見続ける。
フェイトの笑顔をこの目で見たいと思っていた。
だが、今ほどこの目を抉り出したいと思った事は無かった。
アルフの耳は、フェイトの悲鳴を聞き続ける。
フェイトが腹から笑う声を聞きたいと思っていた。
だが、今ほどこの耳を毟り取りたいと思った事は無かった。
精神リンクによって、恐怖が、悲しみが、苦痛がフェイトから伝わって来る。
それがアルフの心と混ざり合い、バラバラになりそうな痛みを与えるのだ。
「うあああああああっっっ!!!」
鎖はまだ、外れない。
プレシアがフェイトを鞭打つ事に飽き、回廊の奥に消える。
それと同時に、フェイトとアルフを縛る鎖は消え去った。
フェイトはその場に倒れて気を失った。
そしてアルフは、気絶したフェイトに走り寄った。
「フェイト! フェイトぉっ!!」
うつ伏せに倒れたフェイトを抱き抱える。
上を向かせ、身体を軽く揺するが、フェイトが目を開ける気配は無い。
「ああ……ああああ……」
全身余す所無く痣が刻まれ、フェイトは気絶していても、痛みで顔を顰めている。
声無き悲鳴を上げるフェイトを、アルフは精一杯優しく抱きしめる。
ゆっくりとその場にフェイトを横たえ、寒くないようにと、自らのマントを掛ける。
そしてアルフは立ち上がった。
低い声で唸り声を上げながら、喉の奥から搾り出すように声を出す。
「……あの……!」
アルフは回廊に続く扉を睨みつける。
その先には、主を傷つけ悲しませた、憎き相手がいるから。
「クソババアぁぁぁっっ!!」
アルフは駆け出した。
「たった、九つ……」
フェイトが集めて来たジュエルシードを浮かべ、プレシアは呟く。
「これでは次元震は起こせるけど……『アルハザード』には届かない……」
願いを叶えるには、これでは力不足なのだ。
ジュエルシードは単体でもかなりの力を秘めている。
それでも叶えられない程の願いとは、いったい何なのだろうか。
その時、プレシアが目を見開く。
「うっ……ごほっ……ごふっ……」
ビシャッと赤い血がプレシアの口から吐き出される。
そのまま身体が傾き、倒れそうになるのを、杖をついて防ぐ。
口を押さえる手も、真っ赤に染まる。
プレシアはぼんやりとした目で、それを見つめていた。
「もう……あまり時間が無いわ。私にも……『アリシア』にも……」
誰かの名前をポツリと口にした時、後ろで轟音が響いた。
プレシアが後ろに目をやると、そこにあった扉は強引に破壊され、濛々と煙が立ち込める中にアルフが立っていた。
アルフはプレシアを見つけると、有無を言わさず飛びかかって来た。
「ふん……」
「ぐぅっ!」
しかし、プレシアが張ったバリアに、アルフは弾き飛ばされた。
だが上手く着地を取ったアルフは、再びプレシアのバリアに挑む。
「ぐぅ……うう……」
プレシアの張るバリアに負けないようにと踏ん張りながら、アルフは必死に手を伸ばす。
伸ばした腕のあちらこちらから、皮膚が裂け、血が噴き出す。
それでもアルフは拳を握り締め、突き進むのを止めない。
「ぁぁああっ!」
「ぐっ!?」
アルフの執念が勝ったか、アルフはプレシアのバリアを打ち砕く。
その勢いのまま、アルフは振り返ったプレシアの顔を殴り飛ばし、その胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「何で……何であんな事が出来るんだ!?」
アルフはプレシアに問い質す。
「アンタは母親で! あの子はアンタの娘だろう!?
あんなに頑張っている子に……あんなに一生懸命な子に……!
何であんな酷い事が出来るんだよ!?」
アルフのその言葉に、プレシアは何も応えない。
「何とか言ったらどうだい!?
アンタが……アンタみたいな下衆が、どうしてあの子の母親なんだ!?
アンタは知っているのか!?
アンタに鞭打たれた背中が痛んで、あの子はまともに仰向けで寝る事さえ出来ない事を!
アンタがその石コロが欲しいって言ったから、デバイスがボロボロになった時、素手で封印しようとした事を!
それを、アンタは知っているのかって、聞いてんだよ!! ええ!?」
尚もアルフは叫び続けるが、プレシアは何も応えない。
「このまま放っておいたんじゃ間に合わないんだ! このままじゃ、あの子が手遅れになる。だから……!」
アルフはプレシアを殴ろうと、再び拳を振り上げる。
しかし、プレシアは目を見開き、手をアルフの腹に添えた。
そして、その掌から迸った紫色の光が、アルフを吹き飛ばす。
アルフの拳は、誰を殴る事も出来ずに地に落ちた。
プレシアの低い声が、庭園に響く。
「……さっきから聞いていれば、ごちゃごちゃとうるさいわね……。
あの子は本当に使い魔の作り方が下手ね。余分な感情が多すぎるわ……。
それにあの子は、犬の躾もまともに出来ないのかしら?」
コツ、コツ、と音を立てながら、プレシアはゆっくりとアルフに近づいていく。
アルフはプレシアに打たれた腹を押さえ、血を吐きながら、近づいてくるプレシアを睨みつける。
「フェイトは……アンタの娘は、アンタに笑って欲しくて、優しいアンタに戻って欲しくて、あんなに……!」
最後まで言う事が出来ず、アルフは苦痛に呻く。
プレシアはアルフを見つめ、静かに言葉を口にする。
「人形をどうしようが、私の勝手でしょ……」
「にん、ぎょう……?」
アルフがその言葉の意味を理解出来ず、プレシアに問い返す。
しかし、その事にプレシアは何も答えず、杖をアルフに向ける。
「邪魔よ、駄犬が……消えなさい!」
「くっ……!」
その杖に魔力が灯るのを見たアルフは、咄嗟に地面に魔法陣を描き、爆発させる。
時の庭園に穴を開けて、アルフは高次空間内に落ちて行った。
下へ。
下へ。
アルフは落下しながら考える。
「どこでもいい、転移しなきゃ……。ごめんよ、フェイト……。少しだけ待ってて……」
アルフは無我夢中で転移魔法を使用する。
その時、フェイト以外の女性の姿が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
アルフが落ちて行くのを見届けたプレシアは、ジュエルシードを魔法で運びながら、フェイトの元へと向かった。
プレシアが玉座の間へ着いた時、フェイトは未だ気絶したままだった。
プレシアはフェイトに声を掛ける。
「フェイト……起きなさい、フェイト……」
「……はい、母さん……」
プレシアの言葉に応えるため、フェイトは目を開けた。
フェイトが目を開けたのを確認すると、プレシアはジュエルシードを掲げ、話し出した。
「あなたが手に入れて来た、ジュエルシード九つ。
これじゃあ足りないのよ。
最低でもあと五つ、出来ればそれ以上。
急いで手に入れて来て、母さんの為に……」
「はい……」
フェイトは身を起こし、プレシアの期待に添おうとする。
そこで初めてフェイトは、自らの身体に掛かっているマントに気が付いた。
「アルフ……?」
フェイトはマントだけで、姿の見えないアルフを探す。
そこに、プレシアの声が耳に入る。
「ああ、あの子は逃げ出したわ。怖いからもう嫌だ、って言ってね」
プレシアはしゃがみ、フェイトの肩に手を置く。
「必要なら、もっと良い使い魔を用意するわ。
忘れないで。
あなたの本当の味方は、母さんだけなのよ……。
良い? フェイト……」
「……はい。母さん……」
フェイトはプレシアが掴む肩が痛む事も言い出せず、静かに目を逸らしながら言葉を紡いだ。
「はあっ……はあっ……」
アルフは歩いていた。
痛む身体を引きずりながら、獣になる事も忘れ、人型のままでずっと歩いていた。
「行かないと……アイツの所へ……」
必死に身体を支え、歩き続ける。
余分な事を考える暇など無く、ボロボロの身体はゆっくりと前に進む。
もうどれ程歩いただろうか。
一時間だろうか。
二時間だろうか。
あるいは、もう何日も歩いているような錯覚さえ覚える。
「ぐうっ! あ……ああ……」
普段ならどうってことない程に小さな段差に躓き、アルフは情けなく転んだ。
再び立ち上がろうとするが、力が入らない。
だが、それでもアルフは、這ってでも前に進もうとする。
そんな彼女の姿を、見過ごす事が出来なかったのだろう。
一人の小柄な女性が、倒れたアルフの元へと近づいて来た。
「お、お姉さん……だ、大丈夫ですか……?」
「うるさいっ! あたしに構うなっ!」
アルフは女性の気遣いを切って捨てる。
腕を振って、女性の差し伸べた手を振り払う。
女性はいきなり大声を上げたアルフに、ヒッと小さく声を出す。
だがそんな事など気にせず、アルフは身体に力を入れる。
実際、そんな事を気にしている余裕など、今のアルフには無いのだ。
「早く……行かないと……」
アルフは転移の時、一瞬だけ脳裏によぎったその人の姿を思い浮かべる。
「アイツの……高町なのはの所へ……」
アルフが頼れるのは、もう彼女しかいなかった。
藁にも縋る思いで、アルフは彼女に助けを求める。
ずっと時の庭園に居て、交友関係の狭かったアルフには、彼女しか思いつかなかったのだ。
敵なのにフェイトに情けを掛けるような、そんなお人好しにしか頼れないと思ったのだ。
彼女なら、フェイトを助けてくれると信じて……。
「……えさん。お姉さん!」
「……なんだいっ!?」
先程の女性が、再び声を掛けて来る。
もう消えたと思っていたのに、まだ懲りていなかったのか。
何度も呼びかけられ、アルフは遂に振り向いてしまう。
イライラとした声音で、今にも咬み付きそうな顔でアルフは振り向いた。
これでこのうるさい女も、どこかへ消えるだろう。
そう思って。
だがアルフの期待は、女性の言葉によって変に裏切られた。
そこには、先程アルフが視界の端に捉えた、小柄な女性が立っていた。
その小柄な女性は、帽子を片手に持っていた。
その帽子をクルクルと回し、スポンと頭に乗せる。
そしてアルフに向けて、その女性はにっこりと笑った。
「お姉さん、何や訳有りみたいやなぁ。どや? そんなに急いでるんなら、わたしのタクシー、乗って行かんか?」
「……は?」
その女性の言葉に、アルフはその時の状況も何もかもを一瞬忘れて、呆けた声を出したのだった。
あとがき
長かった。
二話に分けようかと思ったのですが、長さが中途半端になるのでこうなりました。
そして今回は、前回言った通り、なのはさんは出て来ませんでした。
代わりに、スーパーはやてタイムを用意しました。
おそらく、これが彼女の最大の見せ場となるのではないでしょうか?
気になったレス返しです。
ここで取り上げられなくても感想は全て読んでいますので、取り上げられなくてもあしからず。
>なのはさんが家に帰るのはケーキの材料が少なくなったからでも家族に会いたいからでもなく、酒のストックがなくなったからだとみた!
それは流石に……ありそうですね。
>なのは、リンディの一連のやり取りが面白かったです。
そう言って頂けると嬉しいです。
>それにしてもさすが「翠屋2号店店長」。
リンディの味覚を矯正できたなのはの腕は「お見事!」の一言でした。
上手く書けたか自信は無いのですが、伝えたい事が伝わったようで嬉しいです。