目の前の彼が告げた言葉の意味を、受け入れたくなかった。
だって彼は、こう言っている。
ジェッソさんが自分の命を投げ出す事になった原因の自分にこそ、復讐をするべきだって。
「あなたは、人が不遇の死を迎えてしまった時、直接殺したわけじゃなくても、その原因になった人間はどうするべきだと思う?」
「……え?」
「僕は、別に何をする必要もないと思う。だってそれは、周りの人が決めるから。決める方法は様々だよね。法律だったり、倫理観だったり、感情論だったり」
わたしは、甘く見てたのかもしれない。
きちんと向き合って、まっすぐな気持ちでお話さえすれば、いつかは分かりあう事が出来るって、そう信じていたから。
今の目の前の状況は、わたしと彼の記憶から作り出した誇張表現や拡大解釈だらけの世界だって、そう言い切ってしまえるんだったら、どれだけ楽だったか分からない。
だけど、彼のこんな様子を目の前にして、そんな楽観的な考えで同じように彼と向き合うことは出来なかった。
今目の前に居るのは、行き着くところまで行ってしまった、そんな"彼"そのものだ。
それを、ロストロギアが読み取って、予想して、再現した。
いつだって彼の中にあったはずの、消すことなんて出来るはずのない昏い気持ち。
自分は生きていていいのかって、幼い頃から抱え続けている自分への問いかけ。
それを、今わたしと一緒に居てくれている彼から感じる事が無いのは、ジェッソさんが生きているからだ。
だから、目の前で今起きているこの現象は、可能性の一つ。
先に入った人たちは、こんな風に一緒に入ったパートナーの人と向き合って、失敗したのかな……。
もしかしたら彼らの記憶喪失は、失敗することで課せられるペナルティなのかもしれない。
「でもそれは、そのまま何もしない人の話だ。その家族がその死に異論を唱えて、例えばその全部に復讐をしようとしたなら────話は別だ」
「全部に、復讐?」
「そう、全部に。意味は分かるかな?」
そう言って彼は、右手を銃の形に開いて自分のコメカミに当てた。
「何かをするなら、そこには責任が生じる。当然、被害者として受けた仕打ちや苦悩がそれを相殺してくれるなんて甘い話はない」
「でも、それは……!」
「そして、全てに復讐しようって言うのに原因の一人である僕だけ例外だなんて、そんな話はないでしょ」
「────ッ」
「当たり前の話を、してるだけなんだよ」
罪には罰を。
その一言の重さが、わたしの口をそれ以上開かせてくれなかった。
そんなわたしを見て何を思ったのか、彼は口元を小さく歪ませた。
「な、なに?」
「いや、こんな話を聞いて、今みたいな顔をしてくれるあなたが僕の傍に居続けてくれたなら、どうなったのかと思ってさ」
「セイゴくん……」
「でも、あなたは傍にはいなかったからね」
「────────……っ。ご、めん、ね」
「……どうして、謝るの?」
それは、わたしにとってはついさっきにした約束を思い出していたからだった。
"わたしが、キミを支えるよ。わたしの出来る限り、ずっとそばで"
嘘をついたつもりなんて、もちろんなかった。
だけどそんなわたしの"つもり"に、今更何の意味もないことなんて分かりきっていた。
例え目の前の彼が、ロストロギアが再現した幻想なんだとしても、彼は彼だ。
その彼に、5年って言う歳月を一人で過ごさせてしまった。
そんなわたしが、どんな顔をして、ずっと傍でキミを支えるよなんて言えるのか。
それとも、出来る限りって言ってたからなんて、子供みたいな言い訳でも言うつもりなのか。
「そこを、責めるつもりはないよ。あなたにだって都合がある、そんな事は当然の話だ。それに僕自身、あなたにあの時言われたことなんて本気にしていやしなかった」
していたら、あんな"釣り"もこんな復讐も、縁の無い生活を送っていただろうしねと、彼は肩を竦める。
「でも、本当にもう、来るところまで来た感じで────」
────と、そこで彼が、何かに気付いたように表情をきょとんとさせた。
「あれ」
「────? セイゴ、くん?」
「これはなかなかどうして。大したものだと賛辞でも送ったほうがいいのかな」
「……なんの、はなし?」
「ああ、こんな言い方をしても分からないよね。いやさ。僕の元となった、オリジナルの話だよ」
「……え?」
思わず首を傾げた次の瞬間。わたし達から少し離れた場所の空間がぐにゃりと歪んだ。
そして、爆発。
劈くような轟音と一緒に、なにもないはずの空間から凄まじい光があふれ出して────弾ける。
思わず瞼を閉じ、腕で目を覆って光から視界を守る。
光が収まった頃に恐る恐る目を開けると、そこにいたのは────
「せ、せーくんっ!」
「お、おう。あんまでかい声出すなよびっくりしたな……」
「え、あぅ。ご、ごめん……」
「いやいいけど。ずっと見てたら、お疲れさまって感じだったし」
「み、みてたのっ?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「見てたというか、見せられてたというか……。このロストロギアの製作者、多分すげー嫌な性格だな」
「そ、そうなの? というか、どうやってここに?」
「その質問には、僕も興味があるなぁ」
会話の合間に滑り込まれて、思わず肩をビクリとさせてしまう。
突然のせーくんの登場に気を取られて抜けていたけど、この場にはもう一人────
「やあ、オリジナル。随分と元気そうだけど、一体どうやってあの空間を抜けてきたのかな?」
並の人間のスペックじゃ、抜け出せないはずの仕様だったんだけど。あなたの『現在の能力』も確認した上でね。と、"セイゴくん"は首を傾げた。
それを聞いて、せーくんは肩を竦めて首を振った。
「ああ、やっぱりそういう嫌な感じの難易度設定だったわけね。まあ、んなこたどうでもいいんだけど。お前、これ以上その顔で動き回られてると死ぬほど不快だから消えてくれたりしない?」
「すまないけれど、これは僕自身の意思ではどうにも出来ないんだ。所詮僕はただの傀儡。決められた設定を演じるキャラクターでしかないからね」
「……あんま期待はしてなかったけど」
「ただ、アドリブに絶対に対応が出来ないというわけでもない。今こうやって話が出来ているように」
まあ、傷自体は本物だから、動けないのも先が長くないのも変わらない。こういうところの再現度は、微妙に鬱陶しくはあるね。と、セイゴくんは苦しげに笑った。
「それで、僕の方はそんな感じの事情なわけなんだけど、あなたは一体どんなアドリブであの場を抜け出してきたのかな?」
「……俺にこの場を監視させてた割には、お前が俺のことを監視できるようにはなってなかったのか?」
「本来なら、そこまでする必要がないからね。基本的には、あなたが陥っていた状態のまま何も出来ずに終わる。……はずだったんだけど、一体何をしたのかな?」
「別に。ただ、死ぬ気でバインド砕いて、お前と高町の姿が映ってたウィンドウを全力で攻撃したら、そこに出来た空間の歪みがここにつながってたってだけ。人間死ぬ気になればそれなりには何とかなるってことだろ」
「……僕としては、ここに来た方法よりも、あんなバインドをどうやって抜けたのかの方が気になるんだけど。まあ、いいか」
方法が分かったところで、ここにたどり着かれてたら今更だしね。と、セイゴくんは息を吐いた。
「ところで、この状況は多分お前の……というか、このロストロギアのシナリオからは外れていると思うわけなんだが」
「当然、そうなるね。シナリオ的にも、仕様的にも、本来のこの魔道具の用途からは外れている」
「その場合、この下らない演劇は途中であっても終わるのか?」
「下らないとはご挨拶だ。……まあ、一つ言える事は、それも分からない。ということだね」
何せ前例が無いからと、小さく笑う。
「……ああ、そう。じゃあ、ちょっと聞いときたい事があんだけど」
「なにかな」
「俺たちの前に、この空間に引きずりこまれたやつらが居たでしょ。そいつらも、今の俺たちみたいになってたわけ?」
「ああ、彼らか。あなた達のようにはなっていないよ。入った直後に気絶した彼らは、気絶したまま外に放り出されたはずだ。あなた達よりも前に入ってきた4人は、資格がなかったからね」
「……資格?」
セイゴくんのセリフに、思わず呟いてしまう。
わたしの呟きに反応して、セイゴくんはさっきから浮かべていた笑みを深めた。
「この魔道具、"フラッシュシアター"は二人一組で挑まないとそもそも発動すらしない代物だけど、その本来の用途を発揮するには更に条件が必要になる」
「なんかめんどくさいことになりそうな前置きやめてくんない。ありがちな前置きをどうもありがとうって感じではあるけどさ」
「心外だな。そもそもこの喋り方は、あなたの記憶から最適化して再現した、あなた独特の喋り方のはずだけど?」
「いや、まあそうなんだろうけど……。それはいいからどういうことだよって話」
「あなたが遮ったんだけど……。それで、用途を発揮する条件だったね。それは────」
信頼だよ。って、セイゴくんはそう口にした。
「……信頼?」
「そう、信頼さ。入ってきた二人の人間が、互いにどれだけ心を許しあっているか、と言い換えてもいい」
「……え?」
「……は?」
わたしとせーくんの声が重なる。
それらは両方とも、セイゴくんの言葉に対する驚きの反応だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なにかな、高町おねーさん」
「な、なにかな、っていうか。えっと、その、だって、あれっ!?」
あまりに冷静なセイゴくんの反応に、慌ててしまっているこっちの方がおかしいんじゃないかって錯覚に襲われる。
で、でも、おかしいなんてことはきっとない、はず。
だって、ちゃんと思い返してみても、さっきセイゴくんが言ったことは────
「こ、心を許しあってるって、それって、どういう……!」
思い出しただけで顔どころか耳まで真っ赤になってしまいそうなくらいに衝撃的な言葉で────!
実際のところ、きっと今のわたしは、鏡で自分の顔を見ればきっとすごく赤い顔をしてるはずなのが分かるくらいに顔が熱い。
それなのにセイゴくんは、そんなわたしの反応なんてどこ吹く風で、
「二人とも既にお察しかもしれないけれど、この魔道具は発動直後に取り込んだ人間を対象に記憶にスキャニングを掛ける。そしてその上で、その記憶を元に仮想現実上で一種のドラマ状態を作り上げる」
「納得はいかんけど、それは今は置いとくとして……。何でそんなに面倒くさい仕様なんだよ」
「それは、この魔道具の本来の用途が、一種の嘘発見器のようなものだからだよ」
「……もしかしてとは思うんだが。これって浮気発見装置とか、そういう類のロストロギアなわけ?」
「微妙に違うけれど、察しがよくて助かるね。この魔道具を開発した人間は、とても疑り深い人だった。それは自分自身の伴侶に対してもだ。だから彼は、自分とその伴侶の絆を試す道具として、この魔道具を創り出した」
「きず、な……」
セイゴくんの告げた言葉を、思わず口にする。
絆────。
この場で言われているその言葉が一体どんな意味を含むものなのか、鈍いわたしにだって流石に察する事が出来た。
友情だけでは、きっと先に入った4人のように追い出される。
なのに、わたしと彼が追い出されなかったということは、わたし達の間にある絆はこのロストロギアの開発者の求めていたそれを満たしていたって事で……。
それって、つまり────!
「~~~~~っっ!」
そこまで考えて、わたしの顔が凄まじく熱くなっていくのを感じる。
それに気付いているのかいないのか、せーくんはセイゴくんに向かって話を続けていた。
「それで、そんな大層なもんを試そうってはずのロストロギアが、どうしてこんなわけの分からん状況を作り出すことになる?」
「絆を試すテストには、段階があるんだよ。その一番始めが、フラッシュシアターに取り込まれた二人が、互いにどれほどその相手を信頼しているのかの判断だ」
「適当なこと言ってんなバカ。それっぽい普段の記憶あさって仲良さそうなんて判断とか、今時魔法学校の卒業研究だってもう少し人の役に立ちそうなもん作んぞ」
「違うね。この第一段階の判断基準は、そういった表層的な記憶は関係ない。あなたと彼女の深層心理にある想い、その一点に尽きる。どれだけ否定していたとしても、あなたは少なくとも────」
「────やめろ」
「……質問しておいて、今度は黙れと。まあ、いいけどね」
ともかく、って、セイゴくんは仕切り直すように言ってから、
「何かの間違いだったとしても、あなた達はフラッシュシアターの第一段階をクリアして、テストの第二段階に進んだ。そうするとこの、あなたの言う下らない演劇が始まるって訳さ。こちらのクリア条件は────まあ、言うのはやめておこうか」
この後どうなるのかも分からないしね。と、セイゴくんはくつくつと笑った。
「テストの答えを先に教えるのは、よろしくない」
「答えを教えるも何も、俺も高町もそんな試験を受けたつもりは無いと言いたいんだが」
「そうか。そういえばフラッシュシアターは、表の世界で暴走状態なんだったね」
「……ああ、俺たちの記憶から引っ張ったのか」
「うん。だけど、表の暴走と、この場所でのクリア条件とはなんら関係が無い。あなた達にはもう少し付き合ってもらうことになるかな」
「────いや、そうでも無い気がするんだが」
「へぇ、その心は?」
「そうだな。例えば────、お前のしたその復讐に、意味も価値もこれっぽっちも無い。そんな言葉を高町に言われたら、お前はどうなる?」
「ああ、なるほど、流石にオリジナルだ」
確かにそれは、あなたが思いつきそうな選択肢の中で、ダントツにこの場で口にしそうな話だねと、セイゴくんはまた笑う。
「そうだね。あなた達をこの世界から追い出した後、僕はあなたの記憶ごとリセットされるんじゃないかな。でもいいのかい? その場合、フラッシュシアターの暴走は収まらないんじゃないのかな?」
「そんなもん、このロストロギアをクリアしたら収まる保証だってないだろうが」
「どちらかと言えば、収まる可能性が格段に高いのは後者だと思うんだけどね」
まあ、いいけどと、セイゴくんはひとりごちる。
「どちらを選ぶかは、最終的にあなた達の自由だ。僕はただ、それを見届けるだけのキャラクターなんだから」
「だ、そうだ。というわけで、高町」
「────っ!」
呼びかけられて、わたしは思わず声を詰まらせた。
今この場でわたしが話しかけられたって言うことは、"そういうこと"だ。
せーくんはわたしに、さっきの言葉をセイゴくんに向けて言わせて、この"セカイ"を終わらせようとしている。
だけど、それは────
「ご、ごめん」
「────は?」
それは────、そんな、言葉は。そんな、終わらせ方は……。
今のわたしには、到底うなずけるような事じゃなかった。
「わたし、言えない……」
せーくんの言うとおり、その言葉を口にする事が、この世界から外に出る一番いい方法なのだとしても。
「……あのな、今お前の目の前にいるのは、ロストロギアが暴走して作り出しただけのただの幻影だ」
「そうかもしれないけど、それは、分かってるけど……」
「分かってるなら、どうするべきかも分かるだろ?」
呆れたように言う彼。
そんな彼を見て、わたしだって彼に向けて言いたい。
あなたは本当に、分かっているのかって。
今この場でわたしがそれを口にするのは、どういうことなのかって。
それを本当に理解しているのかって。
「そうなんだとしても、それだけは、言えない」
「いや、だから……」
「わたしには、彼がただのキャラクターだとは思えないんだよっ」
だって、今目の前にいるセイゴくんは、可能性のせーくんだ。
それを否定するのは、彼の心のどこかを否定するのと何も変わらない。
そんな重要なことを、相手は幻影だからなんて簡単な気持ちですることなんて、絶対に出来ない。
「わたしには、セイゴくんの、……せーくんの心を簡単に否定なんて出来ない!」
「……お前」
「……くはっ」
いきなり笑い声を漏らしたセイゴくんを、せーくんが睨み付けた。
「何を笑ってる」
「ああ、いや、申し訳ない。……あまりにも素晴らしくて、つい笑ってしまったよ」
「なに?」
「おめでとう。合格だ」
セイゴくんが呟いた瞬間、周囲の景色がいきなり強い光を放ちだす。
ついさっきにも見た光景だった。それは、ステージのクリアが引き起こす現象。
「合格はいいけど、これ後何ステージあるんだよ」
「ああ、心配しなくてもいいよ。これで終わりだ」
「────俺的にはありがたいが、……なんか、いや、いいけど」
「言いたいことは分かるよ。絆を試すなんて大層なお題目を掲げている割には、ボリュームがいまいちだって話でしょう? ただまあ、そこに関しては勘弁してほしいところだね。いろいろとギミックが凝ってはいても、所詮この魔道具は、とある一つの目的を達成するためだけに作られた、自己満足専用のクソ仕様だ」
せーくんの言葉に対して独り言のように呟いて、セイゴくんはわたしの方を見る。
「じゃあ、さよならだね。高町おねーさん。あ、最後に一つだけ」
「え?」
「彼は彼、僕は僕だ。人生の岐路での選択が変われば、人はまるで別人みたいに立場が変わる。今みたいにね。……だから────」
「────え?」
彼の呟いた一言。
その言葉の意味を理解するよりも先に────
「────っ! 待っ────」
わたしの意識は、光に呑まれた。
2016年6月26日投稿