あの日から、俺の日常はいつにも増して重苦しい。
煙草の本数は日増しに増えるし、部屋でエリ坊に顔色を心配され、雑談中にキャロ嬢に不安そうな顔をさせ、夜練中にティアとスバルに気まで使わせ。
一体、俺は何をやっているんだろうと。
結局もう既に、何を焦った所でどうしようもない立ち位置になってしまったと言うのに、今更。
俺の決断は、他人から見れば間違いだったと言われてしまうような事なのかもしれない。
もともと、俺の中に後悔がなかったかと聞かれれば、無いと言うのは嘘でしかないのだし。
だけど、それでも俺はこうすべきだと、コレが正解だとそう信じた。
たとえ、その結果が俺の不本意な形でしかなかったのだとしても。
今更俺にはどうすることも出来ない。覆水が盆に返ることはないから。
この上なにかを画策するのなら、それはもう別のアプローチでなければならない。
なのに、これ以上なにかをするだけの気力がなかった。
手を打たなければいけないのに、なにかが出来ると思えなかった。
本当、俺はいつでも気付くのが遅すぎる。
遅くても早くても何も変わらないかもしれないと言われれば、それまでの話なのだけど。
そして、これだけでももう俺の手には負えなくなってきてるって言うのに。
あの日のバニングスの言葉が、余りにも痛くてきつすぎた。
逃げて逃げて。
逃げて逃げて逃げて。
もう、俺の中でだって殆ど果ての果ての果ての果てってくらいにまで追い詰められた末の結論。
極限まで逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げて。
諦めて、諦めて、妥協して妥協して妥協して、数え切れないくらいに自分の気持ちを握りつぶしてきた。
そうして逃げすぎて、逃げられなくなった。
だからこそ出したあの答えに。
そんな俺に、何のためらいも無く、バニングスは言った。
諦めすぎて逃げられなくなった俺なんかに。
"信じてる"なんて、そんな、まるで諦めるのは許さないとでも言わんばかりの言葉を。
今の俺にはこの世で一番残酷だろう言葉を、今まで見た中で一番もどかしそうな表情で言う彼女に。
俺はどうしていけばいいのか、やはり分からない。
逃げすぎて、逃げられなくなって、背けすぎた目と頭で何を考えればいいのか、やっぱりもう分からない。
俺はどうしてこうも馬鹿で愚図で、タイミングも空気も読めなくて、何かを手に入れたくて延ばした手の先にあったはずのものがなくなってしまうのだろうか。
本当はあったかもしれない"やりよう"ってやつに、もう俺の手は届かない。
……なんて、そんな結論に辿り着いて、無限ループする。
それがここ最近の俺の日課だった。
こんな風に何度も何度も悩み続けていたって仕方がないなんてことも分かっているのだけど、どうしてもただ目を逸らしているってことが出来なくなってしまった。
それは、もう、ただ問題を先送りにしておくことの出来る状況でないのもあるし。
そして、高町があれ以降もずっと俺の傍で笑い続けているから。
俺の中から、焦燥感が消えない。
焦ったって今更、やっぱり何も変わらないのだけど。
そして、そんな焦りを抱いて過ごしていくことが日常になり始めていた頃、彼女達は来た。
「本日付で時空管理局本局 古代遺物管理部 機動六課に配属となりました。ギンガ・ナカジマ陸曹です。よろしくお願いします、プレマシー准空尉!」
「お、同じく本日付で異動になりました、ミナト・パケット二等空士です! ま、また一緒にお仕事させていただけて、嬉しいです、セイゴさん!」
「あっはい。よろしくお願いします……」
なんだかよく分からないのだけど、エリ坊たちとの朝練を終えた後に八神に部隊長室まで呼び出されたと思ったら、部屋に入ってすぐにこの二人を紹介され、今日からこの二人キミの部下やからとよろしくされ、そして当の二人から挨拶されたのだった。
いろんな意味で訳が分からない。なんかギンガさんの方はゲンヤさんと八神との間で何かしらの密約とか取引とかあったんだろうとか予測できなくもないのだけど、チビポの方はホントによく分からない。
とか思ったので素直に八神に聞いてみたのだけど、
「んとやね。ちょっと前になんやけど、セイス隊長の方から一人うちへの転課を希望している子がいるってことで相談が来とってな。私としてはそろそろ誠吾くんにも分隊を担当してもらおうおもてたのもあってね。人員補充で来てもらったんよ」
八神の馬鹿野郎とか思いながら、チビポのやつは一体何を考えていらっしゃいやがるのだろうかと本気で首を捻っていた。
こんなどう考えても地雷しかないことが一目瞭然な地上の課に、よりにもよって空隊から転課願いを出すなんて、どのような魔が指したらそんな事になるというのだ。
というか八神の話もなんかおかしい。この課って確か、いろいろ過ぎた力が必要だって話だったんじゃなかっただろうか。
そんな所に普通の代名詞みたいな管理局員を呼びつけて、どうしようと言うのだろうか。
「と、いうわけで、今日から誠吾くんは、ファントム分隊の分隊長さんな」
「なんでやねん」
思わず突っ込んでしまった。
いや、だっておかしいし。
分隊の名前にあのクソデバイスの名前付いてるとかそういう話以前におかしいし。
「何で私よりも階級が上の人が何人もいるのに、私が分隊で分隊長を務めることになるんですか……」
「そんなん、誠吾くんが近々昇進することになるからに決まっとるやん」
「……はぁっ!?」
思わず目を剥いてしまった。冷静さを欠いているにもほどがある。少なくとも後ろで、おめでとうございます。とか、やりましたねセイゴさんっ! とか言ってる二人に心の中で突っ込みを入れられないくらいには。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ八神さん。何で私がまた昇進ですか。ついこないだに死を持って支払わなきゃならないような馬鹿みたいな昇進をしたばかりだってのに今度は何で支払えと……」
「支払わなくてええし、キミの最近の功績を考えれば当然やと思うんやけど……」
そう言う八神の表情は苦笑交じりだった。ホントはもうちょいゆっくりやってもらう予定だったんやけどねとか付け加えられて、最近素直に働きすぎていた自分のことを思い返して、虚無感に襲われた。
「今期だけで、違法魔導師逮捕21件、魔法災害救助9件、通常災害救助4件、軽犯罪の処理14件。……うちの隊ではなのはちゃんよりもお仕事しとる計算やね」
「す、すごいですね……」
「ど、どうしちゃったんですかセイゴさん。そんなに真面目にお仕事するなんて、らしくないですよっ!」
「その通りだけど失礼だなおい」
失礼なことを言ったチビポのポニーテールをぐいっと引っ張って鞭打ちにしてやろうとしながら、この隊にいてこんなに仕事してるのは基本的にはセイス隊長のせいだからねと補足して、お前らがもっとちゃんとしてればとぶちぶちと文句を言ってみたけど特に何も変わらない。
「あ、あうっ、セイゴさんやめて下さいーぃ」
「せ、セイゴさん。パケットさんが可愛そうですよ!」
「気にするなギンガさん。俺は気にしない」
「してくださいっ!」
「あ、あはは、もう既に仲良しやねー」
とかグダグダやってるうちにそろそろ私もお仕事あるから退室してねーと促され、うやむやのうちに俺は二人の部下を得た。
数日のうちには昇進するだろうなんて言葉を聴かされて、その事前の慣らしだなんて理由で、准空尉の立場で分隊長になる。
俺にそんな資格があるのだろうか。
悩んでばっかりで、だらだらだらだら悩み続けて、そんなになってまでようやく出した答えですら、その場で即決で間違いだったと分かりきってしまう。
そんな俺に、誰かの行く末を左右していくような資格があるのだろうかと、思わずにはいられない。
「と、とにかく、今日からまた一緒ですね、セイゴさん!」
部隊長室から追い出された開口一番に、チビポが能天気な声を上げた。
前に会ったときからはそれなりの時間が経っているのだけど、特に何かが変わったようには見えないいつものその笑顔は、相も変わらず無邪気なものだった。
こんな時でなければ再会を喜びたいところなのだけれど、今の俺にはそんな事は出来そうにもない。
「というか、結局私のことはギンガさんって呼ぶんですよね……」
あれだけ話したのに……と肩を落とすギンガさんだった。
「まあ、なんかこう響きがさ。"ギンガさん"の方が好きなんだよね」
確かにあれだけ話しといて結局って言うギンガさんの訴えは至極御尤もなので、内心ちょっとだけ申し訳ない気持ちが無いわけではなかったりするのだけど、別に変な呼び方ってわけじゃないからお許しいただきたいところである。
「んー。とりあえず今日から俺が二人の上官みたいだから、よろしく。……とはいえ、しばらくは俺みたいな事件対応してもらうようなつもりはないから、その辺はそのつもりで」
特にチビポなんかはそういうの苦手を通り越して絶望なので。
ギンガさんの方はバリバリ現場で働いてる系の話をスバルとかから聞いてるし、きっと不本意になるのだろうけどそこは我慢してもらいたい。
どうせ六課もあと半年の期間で解散の予定なのだからたいした期間を一緒に過ごすわけではないし、運が悪いとこういうこともある。みたいな人生の教訓にしてくれるといいと思う。
だって、今の俺が他人の責任を取れる範囲で任せられる仕事なんて、デスクワークくらいしか思いつかないのだから。
他人に任せて、何かあるのが怖いなんて、八神も全く上司には向いていない人間を召し上げてくれたものだと溜め息が出る。
決断力も、何かの責任を取るだけの気概も今の俺には無くて、ティアたちを連れまわして違法魔導士を取り締まってたついこの間が懐かしいくらいだった。
考えすぎて、ドツボに嵌まった典型といえるだろう今の俺の醜態は、まだ誰からも指摘されてはいない。
それも時間の問題なんじゃないかとは思うから、何とかそのあたりも手を打たないといけないのだろう。
「……っ」
最近割りと日常になりつつある胃の痛みに多少顔を顰めながら、俺はまたため息を吐いた。
しかし、本当、俺は一体どうしたいのだろう。
誰に聞いても返答のなさそうな疑問を抱きながら、俺は二人を連れてとりあえず、施設の案内を始めるのだった。
2014年10月29日投稿