昼飯がうまかった。
俺を呼び止めるスバ公を無視してオフィスへと戻り、昨日から引き続く用事についての進捗を確認しようと廊下を一人歩くまでの数時間の内にあった出来事を一言で表すとするなら、そうなる。
本当は、10秒飯とか2時間キープ(キリッとか言ってるけど俺の場合30分くらいしかもたねーのよねとか、やっぱ腹減ってると集中力が中途半端だなぁとかそんな感じの話など、挙げればキリがないくらいのエピソードは持ち出せるのだが、そのあたりのこととか本当にどうでもいいので無かったことにしようと思う。
ちなみに朝の分も補充するためにがっつりと飯を食ってたせいで残り30分もない貴重な昼休みを利用してどこへ向かおうかとしているかと言うと、単純にシャーリーの所へ。
ファントムの整備の進捗を探ろうと思ったからだ。
ファントムの代わりにストレージを2本ほど借りてきているとはいえ、正直心許ないものは心許ない。
整備が終わってればその場で引き取るし、終わって無くても訪ねたってだけで言外に急かすことが出来るし、どっちに転んでも俺には意味のあることだった。
そこまでソワソワすることなのかって思われるかもしれないが、杖だとなんだか落ち着かない。
腰に刀がないのも、左手に銃を構えられないのも調子が狂う。
大体、まず処理力からして段違いで負けてるからねストレージ。まあアッパー改造したインテリジェントと一般流通の既製品を比べてることの方がおかしいのかもしれないが。
中身の人格の方はともかく、あの銃と刀に関してはもうかなり付き合いが長い故に、無いと体がそわそわしてきて貧乏ゆすりでもしそうなくらいである。
こんなもの、ここ最近忘れていた感覚だった。
最近、ここまで大がかりな改造をする機会がなかったことと、簡単な整備ならば自分で出来ていたと言うあたりが理由で、ファントムを他人に預けてなかったのが原因か。
預けたとしても1、2時間くらいが精々で、丸一日手元に無かった記憶など、かなり古いものを引っ張り出してこなければ心当たりもない。
良くない兆候だなぁと思った。
だってこの落ち着かなさとか、俺が道具に頼り切っていると言う証明と変わらない。
今の状況のまま出動がかかったらと思うと、これはとてもよろしくない。
弘法筆を選ばずとまでは行かなくとも、一般のデバイスの性能がクソだったので負けましたなんて笑い話にもならない。言い訳にしては出来が悪すぎるくらいだ。
まあなんだかんだと言ってはみるものの、結局今の所その方面について何かを改善しようとは思っていないわけだが。
ただでさえ自己強化の課題が山積みと言うか、むしろあれだけやってまだまだ全然足りないんじゃねってくらいなのに、この上こんな案件にまで手ェ出してたらマジでパンクする。
それじゃあ本末転倒もいい所だ。
「けどまあ、なんもしないってのもあれだし、ストレージも使って適当に訓練しとくか……」
そんな感じでいろいろ考えてたら、いつの間にかシャーリーの部屋の前。
昨日と同じように呼び出すと、今度は一発で応答あり。
どうやらちょうど休憩をとっていたようで、「昨日のあれの件でもう一度まいりましたー」と要件を伝えてそのままドアを開けてもらい、中へと足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす。────って、あれ?」
「……え、セイゴさん?」
部屋に入るとおや偶然。スバ公がデバイス整備の作業台の近くでシャーリーと一緒に立ってた。
なんで居んのとか思ったけど、ここに来る用事なんて今の俺とか昨日のティアとかと同じように大体一つしか思いつかないので、デバイス整備ですね、分かります。とか勝手に自分で納得しながらそちらに近づくと、
「セイゴさんもデバイス整備?」
「も、ってことは、そっちもか」
「うん。今日はティアもエリオたちもいなくて、出来る訓練も限られちゃったから、ちょっと暇ができたんだ。だから、ちょうどいいからメンテナンスとグレードアップしてもらいに来たの」
最近の訓練と戦闘のデータも盛り込んでもらうんだとか言うスバ公のセリフに納得しながら、そう言えばエリ坊たち、フェイトさんと一緒にどっか出動してたなーとか思いつつ、ああ、だからさっき高町の奴ヴィヴィオの相手するような暇が出来てたのかと一人で納得してからシャーリーに声をかける。
「シャーリー、ファントムのことなんでござるが」
「あ、はい。お願いされたものは入れておきましたよ」
「おーそうですか。サンキュ」
「いえいえ。これが私の仕事ですから。あ、ですけど」
「ん? なんかまずい?」
「あ、はい。えっと、刀の方の刀身の剛性の強化なんですけど、流石に元の二倍にするにはいろいろと問題が多くて、もうしばらく時間がかかりそうなんです」
「あー……」
それは仕方ない。前回のゼストさんとの戦闘の時に無茶な使い方をしすぎた反動か刃毀れしていたあの刀を、直すついでに強化できないかと無茶なお願いをしたのはどう考えても俺なので、必要なこととはいえこちらとしても頭が下がる思いだ。
「それで、そうなるとファントムが帰ってくるのはもうしばらくかかるのかな?」
「あ、いえ。ガンナーだけならオーバーホールも終えてますから今すぐにでも返せますよ。刀は後日にお渡しするという形でよければ」
おお、マジでかラッキーとか思いながらじゃあその方向でと頼んだら了解ですとか言いながら、作業机の上の保管用の物らしいボックスに安置されていた翡翠色の宝石を周囲の端末をなにやらカチャカチャ操作してから取り出し、それを持って戻ってくる。
「はい、ではお返しします」
「サンキュ」
適度に礼を言いながら宝石を受け取り、それを胸の右ポケットに仕舞いつつ、ああそう言えばと質問する。
「あの、悪いんだけどさ」
「はい? どうかしましたか?」
はい、どうかしました。と言う感じで、昨日借りたストレージデバイスをもう少し借りられないかと伺いを立てる。
「ストレージデバイスですか? 今のところは在庫に余裕がありますから別に構いませんけど、どうして?」
とか聞かれたのだが、弘法のようになりたいんですとか言ってもなんか微妙な感じだし、かといって丁寧に本音を暴露するのも何とも恥ずかしい感じだったので、まあ思うところがあってとか適当にお茶を濁したついでにちょっとしたお願い。
時間がかかりそうなのは承知で、ファントムガンナーに入れてもらった『アレ』をもうワンセット用意よろしくと言ってみたら、「もうワンセットって、あんなのもうワンセットつける気ですかっ!?」と驚かれた。
いや、すんません。俺の言い方が悪かったです。
確かに渡されたら使うわけだが、使うのは俺じゃないので大丈夫ですと説明すると、まあ用意は出来ますけど……使うって誰に……と歯切れは悪いものの言ってくれたのでじゃあよろしくとにこやかに予約。
傍でスバ公がなんのこと?とか首を傾げてたけど、そのうち分かるから気にすんなとだけ言っといた。
それにしてもシャーリー、すごい驚きようだったなさっき。まあ、昨日の時点であんなのつけながら訓練すること自体に否定的だったくらいだから無理もないかも知れんけど。
でも、まああれも今後生き残るためには必要なことだからね。大体今回が初めてってわけじゃないし。昔はよく同じようなことやってたからな。
最近はそこまでして自分を鍛え上げようってくらいの気概が無かったから以前使ってたのはセイス隊長のところのデバイスマイスターの所に置いてきちゃったけど。
つか、整備の件もあるからってガンナーも一緒に預けたついでに収納してもらったけど、以前はデバイスに入れてまで持ち歩いてたわけじゃなかったんだから別に入れなくてもよかったような気もするが今更だな。
とか思ってたらいきなりシャーリーが「そういえばっ!」とか今思いつきましたって感じを演出してる一言を良く通るいつものハキハキ声で口にしながら俺に詰め寄ってきた。
いきなりだったので驚いて目を白黒させる俺に気を遣うこともなくこっちを見る目がキラキラしすぎててヤバい。一体何の話をする気だよと思いながら戦々恐々としてると、
「昨日、ティアナのことティアって呼んでましたよねっ? どういう心境の変化ですかっ!」
とか言う質問をとても楽しそうな口調で口にされて、この子このテの話大好きですよねとか思いながら肩を落とした。
と言うかおいスバ公、あ、それは私も気になるとか何をシャーリーの野次馬根性に便乗してるのかなやめてね。
いや、別にいいんですけどね。これでも管理局に勤め続けて長いわけで。女性にとって異性間での恋愛話ってやつは会話の潤滑剤になり得るってのは身を持って知ってると言うか体に刻みこまれてると言うか……。
前の課では、数人の女性陣にパシリの如くこき使われ、恋のキューピッド(笑)みたいなことまでさせられたこともあったからね。
しかし、いくら意中の相手をゲットしたいからと言って、そいつの趣味を調べてくれとか料理の好みを調べてくれとか自分で聞いた方がアピール的な何かにもなって一石二鳥だと思うんだがどうだろう。
まあ、俺その男子の教育係みたいなことしてたから、その辺の事情でいろいろ探りやすかったのは確かだろうけど。
それに、さっきのようには思うものの、あの子の引っ込み思案な性格じゃあ、そんなことは出来ないんだろうなあとも思ってたし。
おとなしめではありながらも綺麗な顔立ちとボブカットの髪の毛、150ほどの身長、視力の関係で掛けた眼鏡も地味目であるという外見通り、あまり社交的な性格であるとは言い辛く、視線はいつも俯き加減でいかにも守ってやりたくなるようなその少女15歳。
普通こんな感じの印象でまとまったやつってのは、女性間のいじめの対象にでもなりそうだが(俺の勝手な偏見)、その子の場合そういう態度を見せるのは男が居る時だけで、女子だけの空間にいる時には儚げながらも楽しそうに笑うとてもかわいい小動物のような子なのだとか。
ちなみに言っておくとその子、猫かぶってるとかではない。と言うその子の友人の女子情報。単に男性にちょっとした苦手意識があるだけだそうだ。
要するに、俺が男である限り、あの子のそういう可愛らしいらしいところは見れないわけだが、別に性転換してまで見ようとは思ってないから別にいいや。
それでも恋したその少女。そんな守ってあげたくなる少女のために積極的活動を始めたのが、職場内での彼女の友達たちだった。
で、最初は自分たちだけで何とかしようと思ったらしいのだが、その少年16歳の趣味とか好きなものとか聞いて回ったら怪しまれると思ったらしく、そこで白羽の矢が立ったのがその少年を仕事で使える一端の男に育て上げるために毎日毎日奮闘していた俺だった。
いかにもな暴れ盛りが管理局の制服着て歩きまわってるようなワイルド系な外見ながらも、中身は若干気の利いて優しく、見た目の割には押しに弱いピュアな男の趣味とか別に全然知らなかったけど。
で、その少女と少女を応援する隊のメンバー数人に隊舎裏まで呼び出された俺は、シチュエーションから考えて若干の私刑を覚悟していたにもかかわらずそんな感じの事情を聞かされて、なんかこう……凄くめんどくさかったけど了承したのだった。
言っとくが、話を承ったのは別に応援隊の少女たちが怖かったわけじゃない。いや、怖かったけどさ。受けた理由にそこはあんまり関係なくて。
ただ単に、件の少女15歳に、お茶汲みなんかで世話になっているからであった。
彼女の淹れたお茶は、紅、緑、コーヒーとか関係なく美味いのである。
茶を持ってきてくれた時、いつも美味い茶サンキュと言うと、俯きながら照れたようにありがとうございますと言ってくれる彼女は、高町的な意味で女性関係がグッダグダな俺にとってはまさに一面の砂漠の隅にぽつんと存在するオアシスであった。
ああ、世の中にはこんなに慎み深くて心の綺麗な少女が居る。ただそれだけで、なんか胸が熱くなるな……!
って感じでいつも感動していたので、あの感動の分くらいなら仕事をすることにやぶさかではなかった。
マジな話、この子にはすごく幸せになって欲しい。
ちなみに、相手の男の方も、担当持って育ててる俺の目から見てもガサツではあるが優しい好青年である。
ただし、ガサツさがかなり先行しているせいで女性関係はあまり芳しくなかったらしく、彼女いない歴=年齢と言っていたのでむしろ好都合。
てか、あいつに目をつけるとはなにがあったか知らないがこの少女出来る……!と思った。
けど応援隊の方針的なものが、余計な茶々は入れないで二人の関係を出来る限り見守るって感じだったので、こういうことに関してはせっかちタイプな俺としては辛かったんだが応援隊の連中の意見にも一理あるってことで我慢はしてた。
けど結局、なにかある度パシらされる割には関係の進展しない2人に、その少女はともかく俺の方は辛抱が利かなくなって、少年に夕飯をおごるって名目で居酒屋に連れ出し、強引に「お前、あの子の事どう思ってんだよ」と聞いた結果、最初はぼそぼそと呟きながらぐずってたものだから「貴様なんだその即席もじもじくんな態度は! 好きなのか! 好きなんやな!」とか俺だけ煽ってた酒でテンション上がってるふりして押し切ったらめっちゃ顔が赤くなった後絶句してたのでこれは脈ありですね分かりますと思って「よし、明日告白しろっ!」って感じで話を進めたら「いや、俺みたいな単純馬鹿じゃあの子には釣り合わないだろうし……」とか言い出したけどそこはそんなことねーよと普段に無い勢いでその少年を褒めちぎってその気にさせてみた。
結果、次の日にその2人はくっつきはしたんだが、あまりの急展開を不思議に思った応援隊の連中に探りを入れられた俺は前日の一部始終を自白させられそのまま模擬戦室に連れていかれて1対5でリンチされた。
いや、彼女たちの言い分は理解できるから、やり返すようなことも逃げ出すようなこともしなかったんだけど。
あの子の知らないところで勝手に失恋してたらどうする気だったのよぉぉぉっ!とか、言い返せないくらいの正論であった。
けど、ああでもしなきゃいつまで経っても進展しそうになかったのは事実だろうって俺の主張も本当だったので、そこまで酷い私刑にはならなかったけど。
しかし、いまどき他人の恋愛にあそこまで本気になれるとは、あいつらもいい奴らだったなぁ……。
ちなみに付き合い始めたあの2人は、互いに足りない部分を補い合えるような素晴らしい関係になってました。
少年のガサツな部分を少女が控えめながらも優しく諭し、少女の怖がりな部分を少年がフォローし始めると、途端にあの2人めちゃくちゃ使える人財に成り上がったのよな。
恋をすると人は変わると言うが、あの二人はそれがいい方に働いたようでなによりだった。
だから、いや、恋って素晴らしいね。って感じでこの話をシャーリーたちに聞かせたんだが、
「うわぁ、素晴らしいお話ですっ! それはともかくさっきのティアナの呼び方の件ですが……」
「すげェよやべェよこの子。俺の話のすり替えが効かねえよ……。高町とかスバ公なら完全に前の話忘れるのに。注意力が残念だから」
「セイゴさんっ!?」
すんげェ心外って感じの表情でスバ公が声を上げた。でも残念ながら事実です。こいつとか高町とか、俺が今やったみたいに話を逸らすと、「あれ、さっきまで私何の話してたっけ?」ってなるし。
そこで俺が一言口を出して話題を戻し、「あっ、そうだった!」と思い出させた頃には最初に俺のところに突貫してきた時の情熱は既に失われているので、はぐらかすのがとても楽。ティアとかには効かないけど。
「わ、私となのはさんに、そんな弱点が……!」
「弱点っつーか、むしろアホの子要素じゃね?」
「酷いっ!?」
とか言いながら涙目になってたスバ公だった。
しかしスバ公をいじれたのは楽しくてよかったのだがさっきの話は結局お流れになることは無く、まあメンドくさかったのだが「なんか知らねーけど、嬢とか言われるとガキ扱いっぽくて気に食わなかったらしーよ」とか言ったらシャーリーが「ふむ」とか言いながら若干含みを持たせた表情を浮かべて何やら考え込み始めた。
なんなんだ。言っておくが今の流れに恋愛要素など一つもないぞ。
そりゃあ概要だけ聞いたらあいつが何かしらの物語におけるツンデレ的ななにかを発揮したように聞こえなくもないが、いくらなんでもそれはねーだろ。
だって、『あの』ティアだぞ?
そりゃ、以前よりはだいぶ風当たりも弱まって随分と喋りやすくなったのは否定しないが、それでもいまだに時々俺に蔑むような視線をよこしたりするような奴が俺のことを好きなわけがない。
つーかそもそも、生真面目なあいつと不真面目な俺じゃあ、相性からして水と油である。
何を期待してるのかは大体予想がつくが、それは絶対にあり得んと確信出来る。ねーよ、絶対ない。どれくらいないかって言うとちっさい頃のがきんちょ女子の、将来の夢はお父さんのお嫁さんって夢が叶う確率くらいに無い。
と言うわけでその辺の事情でも細々と説明しようと思ったところで不意にスバ公が俺の制服の袖を引っ張ってきたのでなんぞとか思ってそっちを見たら何か言いたげにこっちを見ていた。
なんだよとか思いながらスバ公が喋るのを待ってると、私のニックネームも変えて欲しいとか言いだしてポカン。
いきなりお前はなんでやねんと質問すると、「べ、別にいきなりじゃなくて、前から結構不満だったんだよ」とカミングアウトを受けた。その後もなんだかんだと言い訳を聞いてると、ティアの呼び方が普通になったので、ついでに彼女もそろそろ普通の呼び方をされたいって感じのニュアンスを伝えられる。
そういえば、最初にニックネームをつけた時に随分と不満そうな態度をしていたようなそうでないような。
まあそれはともかく、そういうことならいい機会なので、
「仕方があるまい。ついにスバルバトスを採用する時が来たようだな」
「来てないよっ!?」
全力で拒否された。なぜだ……。
「なら、なら俺はどうすればいいんだっ……!?」
「普通にスバルって呼んでくれればいいよね!」
なん……だと……? とか深刻そうに言ったら、「何でそこまで拒絶反応が出るのさ……」とか言ってたけど、さあ、なんでだろうね。
「……あくまでセイゴさんには、普通に呼ぶっていう考えはないの?」
「あると思っちゃう君の瞳に乾杯」
「しないでよ……」
どうしてそこまで頑なに……とか聞かれて特に意味は無いと答えたらまたスバ公が落ち込んだので仕方ない。ただの思い付きではあるがポッと出てきたこの名を適当に進呈しよう。
「おめでとう。今日からきみはバルスだ」
「もう誰の事だか分からなくなってるよね!」
失礼な。ただのアナグラムだから頑張ればなんとか分かる。ほらバとルの順番は変わってないから残滓は見え隠れしてる感じだし。
とはいえスバ公はどうにも納得いかないようだ。仕方ないので譲歩することに。
「じゃあ、面倒だけどスバルって呼び方に変えるよ。ったく、スバ公は我がままだから……」
「セイゴさん。もうミスしてる。もうスバ公って言ってる」
ああ、しまった。つい今までの癖が暖簾をくぐってこちら側へとお出ましになってしまった感じだ。
まあ仕方がないと納得して欲しい。なんだかんだで出会ったその日から数ヶ月この呼び方で通してきたのだ。いきなり変えろと仰るなら、俺の方の順応性についても若干の考慮をお願いしたいところである。
「なんだかんだで、ティアの呼び方の方も未だに慣れないしねえ」
まあまだ数日しか経っていないので当然と言えば当然かもしれないのだが。
俺が人間の新しい環境への順応力について取るに足らない考察をしていると、自分の望みを叶えてご満悦かと思われていたスバ公が……また間違えた。スバルが「えと、もう一つ、聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな」とか言い出した。
ああ、なるほど。
多分本命の聞きたいことってのは、こっちのことですね分かります。名前のことはその質問をするタイミングを計ったせいで出てきたたまたまの話題だろう。
つーわけで、質問するのに気を遣うような内容ってのはなんだべさとか思いながら、聞きたいことって、何と聞くと、うん。ヴィヴィオのこととか言われる。
あん? と眉根を寄せる俺。今更こいつがヴィヴィオのことで俺に聞きたいこと────ってところまで考えて真実はいつも一つ。バーローが事件の真相を解き明かした時のあの閃き的な何かが俺の脳裏を貫いた。
と言うわけで反射的に言う。
「よし。やだ」
「────っ、ええっ!?」
あっさり言ったら普通に驚いたスバルを置いて、俺はシャーリーにじゃあまた来るわと手を振ってから部屋を飛び出した。
で、
「────なんで逃げるのセイゴさん!」
と俺の後を追いかけてきたスバルさんの魔の手から懸命に逃げる作業が始まるよー。
まったく、冗談ではないと言うのだ。なぜ俺がヴィヴィオへの接し方云々についてスバルにまでお説教を受けねばならんのか。そんなの、圧倒的にめんどいじゃないか。
こちらとしては、そういった類のあれは高町からのだけで間に合っておりまして候。他の連中からのは全力をかけてお断り申し上げます。
というわけで、
「ふははははっ、どうしても話を聞いて欲しければこの俺をつかまえてみろって速っ! 走るの速っ!」
筋肉痛他の事情で本気で無いとは言えスピードはそれなりに出してるのに、後ろを向いたら最初はかなり開いていた距離が一気に詰められていた。そのまま手を掴まれ、床に押し倒されそうになる俺。なにこいつの身体能力。末恐ろしい……。
とはいえ俺だってそれなりに戦闘経験のある人間。体を流して重心移動し、あとは足捌きでうしろから加えられる力を何とかいなしたまではよかったものの、流石に態勢を崩しておっとっととよろけてる所をそのまま壁際に追い詰められた。
で、
「はなしをきいてーっ!」
「なにこれ怖い……。高町の相手してるみたい……」
これが師弟補正と言うやつだろうか。ヴィヴィオといいこいつといい、俺にとって不都合のある影響を積極的に受け取りすぎてて泣きたい。
どうせこんな状況では逃げるに逃げられないので、どんな説教か知らないがさっさと受けてさっさとずらかろうと思考をシフトチェンジ。と言うわけで両手を万歳して降参の姿勢。
で、
「……どうして逃げたの」
とか、ちょっと不審そうな表情になってるスバルに言われて、空笑い気味に少々苦笑する俺。
別に特筆するような重大な理由があったわけじゃない。ただ単にされる話が面倒くさそうだなぁと思っただけで。
だって、ヴィヴィオについての話で今このタイミングで掘り返されるような話ってーと、高町と一緒にヴィヴィオのことでなんやかんやと騒ぎ立てたさっきの記憶しかない。
けど、それでこいつになんか聞かれなきゃならんような何かをしただろうか?
思い当たる節と言えば、最後の方にちょっとカッコつけて違いの分かる男(笑)風味な台詞を残してあそこを去ったことくらいだが、まさかあの時のセリフのことでなにか?
いや、アレは普通に俺の本音なんだが。子育てに憎まれ役が要るだろうってのは俺の勝手な持論ではあるけど、まさか俺の持論まで否定しようという魂胆ですか?
いや、流石にそれは無いと思いたい。しかしそうなると一体何が原因だよとか思って何の話だよとか聞いたら、
「セイゴさん、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるって話をした時、凄く変な顔してたよね? ……あの時、何を考えてたの?」
とかまさかこいつに気付かれてるとは思ってなかった所を問い質されて息を呑む。
と、それを何かと勘違いしたのか、スバルは表情に警戒感を含ませ始めた。それが声にも影響を与えて、俺にかける言葉に若干棘のようなものが混じる。
「もしかして、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるの、反対なの?」
確信しているような雰囲気で問われて、下手な嘘は逆効果だと察した。
だから仕方ない、俺は目の前のスバルから若干視線を逸らして、小さくため息をついた。それから、諦め口調で言った。
「……ああ、そうだよ」
「────なんでっ」
スバルは、常にない意気込みで、息苦しそうに表情を歪めながら、俺へと辛そうに不平を漏らした。
けど、俺の方は何が原因でそんな風にさせてしまっているのか分からず、気の利いた言葉すら出てこない。
「何でもなにも、単に俺がそう思ったってだけだ」
「だから、それがなんでかって聞いてるんだよっ!」
スバルが俺を、ギンと睨みつける。こちらを掴む腕に力が込められ、少々痛む。右手首を掴まれてないのが救いだが、治りかけの筋肉痛に容赦なく加えられる力がどうにも辛い。まあ、我慢できないほどではないけれど。
そんな感じの彼女の目には、俺に対する明らかな敵意があった。今にもこちらに襲いかかってきそうなくらいの雰囲気を漂わせている。
なんなんだ、いきなり。と思う。俺が高町とヴィヴィオの関係についてちょっと思ったことがあったくらいで、なぜここまで過剰反応されなければならないのか、それが分からなかった。
だがスバルは、そんな俺の気も知らずに、意識してそうしているだろう低い声音で、小さくつぶやいた。
「それは、ヴィヴィオが人造魔導士だから?」
「────は?」
なんだ、何でそんな質問が出てくる?
しかもなんで、そんなに泣きそうな顔をするんだ。
スバルの切羽詰まった様子を見て、俺はどう答えればいいかさっぱり分からなくなってしまった。
……や、こういうときにする下手な脚色は、明らかに悪手だ。そんなこと、経験がどうのこうのなど関係なく分かる。
どちらにしろ、返答によっては今よりも状況が悪化するのかもしれないが、それなら下手な嘘なんかつくより、俺の本音を言うべきだろう。
だから、言った。
「ふざけろ、そんなちゃちい理由じゃねえよ」
「────!」
俺の即答に、スバルが驚きに目を見張った。
それから、泣きそうだった表情をさらに泣きそうに歪めて、俺の方にもっと詰め寄ってくる。
「ちゃ……ちゃちい? い、いくらセイゴさんでも、言っていいことと悪い事があるよっ!」
……これはマズイ。いくら本音とは言え、言葉の使い方が酷過ぎたか。
相変わらず、言葉を選ぶっていう工程を満足に出来ない自分に嫌気がさす。嫌気がさすが、だからと言って今の状況でそのことを悔やんでいるような暇があるわけでもなく、俺はバツが悪くて頭をかきながら、
「……あー、悪い。悪かった。確かにあいつらの気持ちを分かることも出来ないのに、さっきの言い方は無いな。……だけどな、あいつらの出生がどうとかそういうの、俺にとっては本当に関係ないことなんだよ」
エリ坊の時にも言ったろ? そういうの、関係ないって。と言い聞かせると、スバルは「え、あ……」と思い出したように目を少し見開いた。
そのせいか拘束が緩んだので、手早く俺を抑える手を外す。
それから無意味に近いスバルの体を押し返して、掴まれて乱れた制服を整えてるところで、スバルがまた口を開いた。
「じゃ、じゃあどうしてさっき、なのはさんとヴィヴィオのこと、反対だって……」
「お前が何を勘違いしたか知らんけど、もっと別の理由だよ。お前に言っても仕方ないから言わんけどな。つか、俺にだっていろいろと思う権利くらいあっていいと思うんだがそうでもないのか?」
「それは、そんなことないけど……」
「なんだよ、そのメンドくさい態度。まさかお前らにいちいち気を遣って、何でもかんでもうんうん頷くような適当な人間の方が、お前の好みなのか?」
「ち、違う……」
じゃあなんなんだ。と思う。
俺だって俺の考え方があって、それが毎回周りの全員の好みの答えに重なり続けるわけじゃない。
かといって、思ったことがなんであれ、そういう意見を抱いた以上は、他人の言い分に合わせて簡単に自分の意見を曲げるような奴にはなりたくないし、なれるとも思えない。
スバルにはスバルの思う所があるってのも分かってはいるが、それならそれでこんな遠回りな要領を得ない会話では気持ちを察することも出来ないし、態度を改善することだって出来ない。
そんなに器用なやつじゃねえのだ、俺は。そんなこと、いい加減少しは付き合いも長いし、もう分かってくれてると思ってたんだが、そうでもなかったらしい。
このままこうしていても時間がもったいない。悪いけど、もう行っていいか?と聞くと、スバルがぐずるように微妙にうろたえた。なんか俺の反応のどこかが予想外だったのか知らないが、随分と動揺しているようだ。
このまま続けて話を聞いてやった方が良いかとも思ったが、また余計なことを言って興奮させてもあれだし、さっさと離れた方が得策だろう。
と言うわけで俺は、じゃあまたあとでなとスバルの肩を叩いてその場を後にした。
しばらく歩いて角を曲がり、スバルの姿が見えなくなってから、無意識に緊張させていた肩をほっとおろす。
ああ、どんな状況であれ、他人にああいう気を遣うのは、疲れる。
つーか、ああいうことに反応するってことは、あいつもそういうことで何か思う所があるのだろうか。
もしかして、それがあいつやギンガさんを見て覚える違和感と関係あるのか。
と、そこまで考えて、あの時ギンガさんが俺にした例え話を思い出した。
だから、一つの可能性に、今更気付いた。
「……まさか。いや、まさかな……」
それは、あの時ギンガさんのあの話の裏について、もっと突き詰めるように考えていれば気付けた可能性の話で、けれど俺は今更気付いてしまったと言う話である。
「……もしこの予想が当たってるとしたら、いろいろと波乱万丈な人生送ってる新人の多い職場だなぁ、ココ」
そう呟きながら、俺はまた溜息をついた。
つーか、ここまで来ると多いと言うかそもそも新人全員じゃねとか思いながら、まあ、みんなそれぞれいろいろあるのだろうから、仕方ないのだろうと無理矢理納得する。
ただ、普段のああいう何げない会話でそれが発覚して、そいつと気まずくなるってのは、もういい加減うんざりではあった。
かといって、常にいろいろ気にしながら過ごすってのも、胃に厳しい生活になりそうだ……。
そんな、胃薬常備で出勤しなければならない状況は、いくらなんでも俺だって嫌だ。
しかし、ティアとのことが解決してほっとしてたのも束の間。今度はスバルか。
今後しばらくは気まずい関係が続きそうなのは今までの経験から言ってほぼ間違いなくて、そんな状況に暗澹とした気持ちになる。
若干胃が痛む気がしないでもないが、けれどそのあたりは無視してオフィスへと向かうのだった。
「────あー、メンドくせ」
いつも通りの口癖な、そんな悪態をつきながら。
介入結果その二十五 スバル・ナカジマの焦燥
最初から、ヴィヴィオのことを他人と思えなかった。
それはきっと、ヴィヴィオの生まれ方と、私の生まれ方が凄く似ているから。
────戦闘機人と呼ばれる存在がある。
詳しく説明すると長くなっちゃうから分かりやすく言うと、戦闘機人と言う言葉には、ロボットに近い人間。という表現が当てはまる。
鋼の骨格と人工筋肉を持った、人造の人間。
私は、その戦闘機人だ。
そして詳しい事情はまだ分からないけど、ヴィヴィオは人造魔導士。
だから、他人とは思えなかった。
境遇の違いはあっても、私とあの子は似ていると思ったから。
だから、今までどんな境遇で育ってきていたとしても、これからは幸せになって欲しいと思った。
誰かとお話しして、誰かに優しくしてもらって、誰かに叱られて。
友達を見つけて。一緒に遊んで。思い切り喧嘩して。それから、その相手と仲直りして。
無邪気な夢を見つけて、それを叶えるために頑張ったり。
大切な親友を見つけて、お互いに助け合っていったり。
そういう当たり前が、この子のこれから先にあって欲しいと思うから。
だって私達は、お母さんとお父さんに、そして、今まで出会った人たちに、そうやって幸せをもらったんだ。
私達がもらえたものを、他の子がもらえないなんて、悲しいと思うから。
だけど現実はそう簡単じゃなくて。
管理局に保護された以上、ヴィヴィオには処遇ってものがある。
なのはさんは、ヴィヴィオの新しい親が見つかるまでは、六課で預かることになるね、と言った。
それは期限付きではあるけど、ヴィヴィオの安全を保障してくれる言葉だった。
それが私を安心させようとかけてくれたものだってことは分かる。けど私は、その言葉だけじゃ納得できなくて。
引き取り手が見つからなかったら? とか。悪質な研究施設に目をつけられたら? とか。そんな事ばかり考えて。
不安で不安で仕方なくなって、言葉で言い表せない気持ちが顔に出てしまったみたいで。
なのはさんは優しいから、不安に満たされた私の心を見抜いたかのように優しく笑って、それまでは、私がヴィヴィオの面倒をみるから────と言った。
それだけで、私の心は驚くくらい晴れやかになった。
あんなにもカッコよく私を助けてくれた人が、はっきりとそう口にしてくれた。
嬉しかった。こんなに簡単に、私の、私たちの事情を受け入れてくれる人がいることが。
けれど────
けれど、なのはさんと同じようにそんな事情を気にしないで、「なんだ、そんなことか」と軽く笑い飛ばしてくれると思っていた彼は────
セイゴさんは、なのはさんのその気持ちを知ると、一瞬呆けてから苦々しげにその表情を歪めた。
まさか────って、驚いた。
なんで、そんな反応をするんだろうって思った。
でも、セイゴさんがなのはさんと話す時は、いつもこういう風に突き放すような態度をとっていたような────と、その場は特に気にしなかった。
違う。気にしないように無理やり気持ちを抑え込んだ。
どうしても、なぜなんだろうって、思ってしまったから。
その気持ちを追及していったら、セイゴさんのことが怖くなりそうだったから。
けど、それでもやっぱり気にはなって。
エリオの時は、何の躊躇いもなく、「クローンとか何とか、そんなこと一々気にしねーよ」と言った彼が、ヴィヴィオに対してはこんなにも違う反応を見せた。
それは、やっぱり他人と生まれ方が違うから?
それならエリオとヴィヴィオとの間にあるこの違いは何なんだろう────って、そういう風に考えるのを止められなくなる。
だから私は、自分の中にある気持ちから目を逸らした。
だからと言って、見ないようにしているだけで、やっぱりそこにそういう気持ちがあることは変わらなくて。
だから、次に会ったときに、少しだけ遠回りに、そういう質問をしようって、思って。
もしかしたら、もっと違う理由で顔を歪めたのかもしれないよねと思って、だからシャーリーさんの部屋で鉢合わせたセイゴさんに、探るみたいに話しかけた。
初めはタイミングを計るように別の話題を口にしてしまったけど、それがかえってよかった。
少し話をしたおかげで、セイゴさんはまるでいつもどおりだって分かったから。
いつも通りに冗談を言って、いつも通りに皮肉を言って、いつも通りに最後は妥協してくれる。
そんな、今まで見たままのセイゴさんがそこにいるって分かったから、私はドクドクと密かに高鳴る鼓動を抑え込んで本題を口に出来た。……けど、
セイゴさんは、ヴィヴィオの名前を口に出した途端、顔色を変えて私の前から逃げだした。
反射的にそれを追う私。
なんで────?
なんでこんなことになってしまったのか────と、心の中はもうぐちゃぐちゃだった。
ヴィヴィオの名前に、ここまで過剰な反応を示したセイゴさん。
こんな反応をされたら、心の中で押し殺していた疑問と、向き合わなきゃいけない。
セイゴさんは、人造魔導士を毛嫌いしているんじゃないかって。そんな、絶対にあって欲しくないことに、目を向けなくちゃいけない。
だけど、ホントは分かっているんだ。これ以上、この事を先延ばしにするのは、いけないことだって。
本当は、この間エリオが自分の生まれ方について教えてくれた時に、私も自分のことを言うべきだったんだ。
だからもう、ここで向き合うべきなんだって、分かってるんだ。
今まで散々、この話題から目を逸らしておいて、今更と言えるかもしれないけど、けど、今だからこそ聞けることも、今だからこそ言えることもあると思う。
だから、話を聞いてもらうために、前を走るセイゴさんを力任せに床に押し倒そうとした。けど、抵抗されて、だけど壁に押し付けることには成功した。
目の前にはバツが悪そうに私から目を逸らすセイゴさんがいる。
彼の真意を問い詰めるなら、きっと今しかない。
そう思ったから、私は口を開いた。
────どうして逃げたの?
────なのはさんがヴィヴィオのママ役になるって話をした時、凄く変な顔してたよね?
────もしかして、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるの、反対なの?
────それは、ヴィヴィオが人造魔導士だから?
そうして私は、胸の内にため込んでた気持ちの全てを、吐き出すようにセイゴさんにぶつけた。
その結果返ってきたのは、
────ふざけろ、そんなちゃちい理由じゃねえよ
真っ直ぐに私を見て口にした、セイゴさんのそんな罵倒。
私はさらにわけが分からなくなった。説明不足過ぎて、セイゴさんの考えてることがさっぱりで。
訳が分からなくなって、だけど私の悩みをちゃちぃと断言したさっきのセイゴさんの一言は許せないと思って、だからそこに噛み付いて。
そしたら素直に謝ってくれたセイゴさんに毒気を抜かれて、だけどセイゴさんの気持ちが分からないことに変わりは無くて。
いろんな気持ちがグルグル渦巻いて、気がついたら、セイゴさんが私の肩を叩いてどこかへ行ってしまうところだった。
その背を見て、ここで何も言えなかったら今までの全てが台無しになるような気がして、だけどどう言葉をかけるべきか思いつかなくて。
セイゴさんの姿が見えなくなった頃に、私はその場にうずくまった。
もう、傷ついたのが私なのか、それともセイゴさんなのか、それすら分からなくて、しばらくこの場から動けそうにない。
そうしてしばらく時間が経った頃、マッハキャリバーにメッセージの着信が届いた。
のろのろとした動作でそれを確認しようと手順を処理すると、メッセージの送り主は────
「────…!」
私は小さく息を呑み、そして立ち上がった。
今度こそ、聞くべきことを聞くために。
ここ最近、六課に来てから得た教訓がある。
まあ教訓っつっても、管理局伝統の戦闘におけるセオリーとか、元帥クラスの方々のあり難い訓辞とかそういう類の仰々しいあれではもちろんない。
むしろ、『人付き合い。絶対失敗しないための50ヶ条』とかそういう感じのタイトルの、書店で日本円にして800円くらいの値段で売ってそうな、社会に出た人間なら誰でも知ってそうな感じの内容を延々と記した書物的な何かと言った方がニュアンスは近いと言える程度のもんなんだが。
まあ長々説明しといて一体何が言いたいかと言えば、要するに誰かと付かず離れずで深過ぎず浅過ぎずななんとも表現に困る感じの心の溝を作ってしまった場合、さっさと話でもして仲直りした方が心の負担的にも現実的な関係修復的にもお得だよと言う話である。
ティアと高町の時のような話じゃないが、あの時のことだってあと少し高町があの話をするのが遅かったらなにか言い知れぬような面倒な事件を引き起こしていた可能性も捨て切れるようなものではなく、つまりどういうことかってーとコミュニケーションは大事だよと言うアレ。
と言う感じでコミュニケーションは大事だと思ったので、
「率直に聞こう。お前は人造魔導士か?」
と言う感じで、隊舎裏に呼び出したスバ公……でなくて、スバルに聞いてみた。
ちなみに俺は休憩中。スバルは知らんけど。
思い立ったら吉日なので、書類仕事終えるまでにいろいろ考えて、さっさと話してさっさと解決しようと思った時点で、今暇なら来てくれとスバルをここに呼び出した。流石に人がどこにいるか分からんような場所でする話じゃないだろう。
幸いと言うかなんというか、ちょうど暇だったらしいスバルは、俺の連絡に若干の戸惑いを浮かべながらも、律儀にここまで出向いてくれた。
で、ここに来たその流れでさっきの質問レッツゴーだった。
聞いた瞬間、目ェ見開いてから体全体がビシッと固まったけどあれだ。こういう反応されると自然と不安になるよね。状況がなんとも言えない悪い方向に転がりそうで。
いくらさっさと話した方が被害が少ないかもしれないとはいえ、話す内容が内容なら被害がどうこう言う前に人間関係が修復不能なほどに崩壊する可能性だって無きにしも非ず。
俺だって、こんな質問してそれがスバルの逆鱗に触れれば、こいつがこちらにどういう感情を抱くかくらいは想像がつく。
想像がついていながら、でもこうするのが最善だと、いろんな嫌になる想像が現実になるのも仕方ない事だと覚悟を固めてきたのだ。
どれだけ時間が経とうが、俺が『しよう』と心に決めた質問は変わらない。
だったら、さっきのような両方が不完全燃焼のような状態のままで、あいつも俺も何日も何日ももやもや悩み続けるのは、どちらにとっても利が無いと思えた。
時間が解決してくれるって言う状況だって、ある時にはある。だけど、今回はそうじゃないと思ったから。
我ながらせっかちで堪え性が無いとは思う。けど、どっちにしろあいつが俺を嫌悪するようなことになるなら、それは早い方がいい。
もともと俺は、積極的に他人に好かれるような人間じゃない。なら、結果だって早い方がいいだろう。
少なくとも俺は、そういう風に気持ちを整理した。
しかし、スバルの方の気持ちが微塵も反映されてないじゃんと突っ込まれたら、抗弁できるだけの言い訳もない話ではあるのだが。
結局、自分が悩みたくないから、スバルの気持ちも無視してさっさと結論を欲っしているだけなのかもしれない。
そんな感じの思考の中、さっきの質問してから今まで必死に思考の整理でもしてたのか、固まったままだったスバルがゆっくりと顔を動かして俺の顔を見て、それから口を小さく動かして掠れた声を出した。
「い、いつ気付いたの?」
そんな質問をされて、考え込む俺。
いつって────…いつだろう?
なんか、気がついたらこいつの体の挙動になんかよく分からん違和感を覚えていたわけだし、その辺含めると会って初日には気付いていたことになるが。────ああ、けど本格的にそう言うことだって分かったのはさっきだったからアレか。
「今日」
「きょ、今日って……もしかしてさっきの」
「うーん。いや、前からお前の挙動に何となくそう言う雰囲気を感じ取ってはいたんだけど」
「ふ、雰囲気……?」
「そう、雰囲気。……で、それに加えて、さっきなんかヴィヴィオが人造魔導士だってことにかなりこだわっていたようだったってのが決め手かも?」
と、補足説明してみたんだが、雰囲気って、私やっぱり何か変だったの?とか聞かれて、いや、別に変じゃないけど、俺昔から人の体の動かし方とか観察してたせいかそういうの見抜くのが得意でな。お前だけなんだか体の使い方が独特だったから。とか説明すると、セイゴさんって……とか呆れられた。
なんで呆れられる場面なのだろうとか思うが、まあそれはいい。いま重要で聞くべきなことは、別にある。
「で、さっきの質問否定しねーってことは、そう言うことだって思っていいのか?」
「……うん。正確には、戦闘機人って言うんだけど、……それで、セイゴさんはそれでもなんとも思わないの……?」
「思うって、なにが」
「私、他の人といろいろ違うんだよ? 生まれ方も、体の中身も、力の質だって。……なのに、セイゴさんは本当にそれをなんとも思わないの?」
「うん」
しれっと言うと、スバルは今度こそ驚きに目を見開いてから、泣き笑いのようななんとも言えない表情を浮かべてからへたり込んだ。
こんな話題で討論したせいで気分でも悪くなったのかと思い、ちょっと焦って、「おい、大丈夫かっ」と声をかけると、スバルがゆっくりと俺を見上げた。
で、「大丈夫……」と、疲労の混じった苦笑を浮かべながら言った。
「なんか、セイゴさんと話してたら、悩んでたのが馬鹿らしくなってきちゃった……」
力抜けちゃったよ。立てないや。と、から笑いしているスバル。どうやら俺は、ちゃんとスバルと和解出来たらしい。
「そうか。そりゃ、期待に添えたようでよかった」
苦笑してから、そこで漸く、俺は詰めていた息を吐きだした。
そしてそのせいで、今更自覚する。あれだけ大見栄切っていながら、俺も人並みに緊張していたらしい。どうやら俺は、しょうがないとしても、彼女に嫌われたくは無かったようだ。
スバルって、素直で楽しい奴だから、そういうやつに嫌われるのは、やっぱり俺も嫌だったのかも分からん。
自分の軟弱な一面をまた垣間見て、本当、どうしようもねえなあと自嘲する。
そんな俺に、スバルがまた少し気まずそうに声をかけてきた。
「ところで、セイゴさん」
「ん、うん? どうした」
「結局のところ、どうして、なのはさんがヴィヴィオのママになるの、反対なの?」
「……あー」
そういえば、その辺りのことは全然触れずに話を進めてしまったから、結局言及してないなあと思いだす。
別に隠すようなことでもないので、手っ取り早く教えてやろうと思って────しかし、もともと曖昧で弱い嫌悪感に従って顔を歪めただけの俺がその気持ちを理由にして言葉にするのは、酷く難しい事だと言うことに気付く。
けど目の前には、答えを求める少女が一人。
もう返答を先送りできるような状況じゃない。
そもそもさっきの仲違いのような何かだって、そうやって答えをぼかしたせいで巻き起こってしまったのだから。
だから俺は、頭をフル回転させて自分の気持ちを言葉にするのに全力を傾けた。
そしてその内、するっと一つ、これがぴったりなのではないかと言う理由を見つける。
それを口にするかは一瞬悩んだが、きっとこれは飾り気のない俺の本心だと思うので、簡潔にそれを伝えることにした。
「別にはっきり反対だって思ってるわけでもないんだが────そうだなぁ。簡単に言うと……」
「……?」
「親になるのって、そんな二つ返事みたいに簡単に決めていい事なのかなぁ────…と、ちょっと思ったってだけ」
そう、いろいろ裏に含む思いは多いものの、それらの根本にある気持ちは、それだけだった。
2010年 6月22日 投稿
なんかもう、すごい忙しいデスw
でも時間見つけて頑張って執筆しますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。
後日、介入結果の方で、スバルについて補足説明を入れるつもりですので、少々お待ちください。
2010年 7月22日 大幅加筆 「スバル・ナカジマの焦燥」他 追加
もっと、執筆時間が欲しいデスw
2016年 8月6日 改稿
次回予告
なんとかスバルと和解することに成功した誠吾。
それから数日経ったある日、いつものように仕事をしていた彼に、とある人からちょっとしたお誘いがかかる。
セイゴはあっさりとその誘いに乗るのだが……。
※予告内容は変更になる可能性があります。
あ、それとお知らせなのですが。
プロローグから少しずつ文章を手直ししていくことにしました。
おかしな表現や無理矢理な展開などを修正していくつもりです。
大筋は変わりませんのでそのあたりは心配はないと思われますが、一応連絡させていただきます。
ただいまプロローグのみ手直し終了しております。
キャラが一人二人増えていますが、大筋は変わりません。
ディレクターズカット版とでも思っていただければと思います。