さてあれな人たちと対面だー、とか思っていたのだけれど、出鼻を挫かれることになる。
なぜなら正面玄関から隊舎内に入ると、いきなり何か白い物体がキャロ嬢に向けて突貫したから。
「きゃっ────ってフリード! もう元気になったの?」
「キュクルー!」
キャロ嬢がその白い物体を胸元で受け止め、いきなり話しかけ始めた。
何ぞと思って横合いからひょいっと覗き込むと、そこには小さな飛竜のような生き物が。すげー、竜だ。しかもちっけーのは初めて見た。
それを見るティア嬢とかスバ公とかエリ坊とかは、もうよくなったの、よかったじゃない。とか、フリード元気になってよかったねキャロー。とか、おいてっちゃったから寂しかったのかな、いきなり飛び込んでくるなんて、とか言ってた。
俺一人だけハブられてると、キャロ嬢がこちらを向きながら胸元の飛竜を促した。
「ほら、フリード。セイゴさんに挨拶して」
「キュクルー!」
なんかよろしくと言ってそうな感じに鳴いたので、とりあえず頭を撫でてみる。あれだ、なんか顎の形かっけーなおい。
「フリードっての? こいつの名前」
「はい、フルネームはフリードリヒ。私にとって、とっても大事な子です」
「はぁ、フリードリヒ……」
なんか名前長いからフリードリヒ → フリード → リード → 犬とかの首につけるあれ。要するに、
「ひも! じゃあ渾名はひもで行こう!」
「キュク!?」
「せ、セイゴさんいきなり何を!?」
ふざけようとしてテンションがイカれてフリードを胴上げしてやったらティア嬢に殴って止められた。
一応さっきああなった経緯を説明したら、もう一度ティア嬢に殴られた。なぜだ。
「ティ、ティアー、いくらなんでもやりすぎだよー。セイゴさん一応上官さんだよー」
「分かってる! 分かってるんだけどこんぐらいやんなきゃこの人には分かんないでしょ!」
二人して酷い言いようだがふざけすぎたので仕方ないね。とりあえずかばってくれてありがとうスバ公。
とはいえ、
「殴られても結局聞かないんだけどね」
「それ威張ることじゃないよセイゴ」
「え、えっと……」
キャロ嬢が漫才してる俺達を見ながら戸惑っていたので、とりあえず事情を聞く。
何でもこの竜、訓練中にちょこっと怪我して、医務室で手当て受けてたんだとか。
ふむ、よく見るとちっこくてなかなかかわいらしい外見ではないか。しかし、
「怪我かぁ……。ふーん」
「セイゴさん?」
首を傾げるキャロを横目に、フリードを観察する。
包帯とかはないけど、この動きのぎこちなさからして、翼をちょっと傷めたらしい。
治療方針はいきなり全部魔法で治そうとするんじゃなくて、自然回復に任せられる方向まで持ってって後はほっといてるって感じだろうか。
ここのドクターは優秀なんだなーとか思いながら、この感じなら、傷める前より丈夫になるんじゃね? とか言ったら、全員できょとんと俺を見てるのはなんかの儀式の始まりかなんかですかそうですか。
やめろ、黒魔法はやめろ。
で、一体何なんですかその反応はとか思って疑問符を浮かべてると、
「セイゴさんって怪我のこととか分かるんだね、すごーい」
「そういう勉強してたの?」
スバ公とエリ坊に言われて気付く。ああ、そーゆーあれか。
「ああ、まあ、ちょっと血縁関係的にそういう方面に縁がね。親父的な意味で」
「セイゴさんのお父さんって、獣医さんなの?」
キャロ嬢の問いかけに、いんや、専ら人間相手と手をひらひら振る。
「え、それならどうして────?」
不思議そうな顔をするキャロ嬢。
別に答えてあげても良かったのだけど、他人の家庭のアレな事情とか知ったこっちゃ無いだろうなぁと思ったので細部ぼかして適当に説明した。
「年中忙しかったうちの親父が、終始暇だったガキの頃の俺に与えたのが、古今東西、人でも動物でも分け隔てのない種類の揃った医学書だったんだよね」
そして当時まだ純粋だった俺は馬鹿正直にそれを全部読了した。4歳から6歳の間の二年間に、確か延べ数百冊はやらかした。
で、ガキの頃に覚えたそういう知識を、未だになんとなく覚えている自分がいる。
まあ、あの時読んだ本の中の何冊か分の知識が、こうして雑学的に役に立っているわけだし、悪くはないことなんじゃないかなぁ。
で、なんで質問に答えたのにキミ達の表情はさっき以上に微妙な感じなのかなぁ。
「や、やっぱりセイゴって凄い人なんじゃ……」
「態度だけ見るとそうだとは思えないのにねー」
「ス、スバルさん、失礼ですよっ!」
素直な子達だなー。
いや、別にいいけどね、そんな評価でも。直接口にしてくれるなら。けどねー、
「……」
「ティア嬢さん、なんですかその胡散臭そうな表情」
「……なんでもない。ただ、人間だれしも一つくらい取り柄はあるものなのねと思っただけ」
言い方酷すぎて超笑える。
「いや、取り柄とか言われても俺医者になる気ないし、結局知識の持ち腐れだけどね」
大体ガキの頃の知識だから今の医術には追いつけやしないし、記憶違いもあるだろうし。
確かに体鍛える時に効率的な方法考えるのとか、戦闘の時に相手の急所を的確に狙って気絶させたりするのには役に立ったりしてたけど、それ以外で使い道ないし。
……でもそう考えると、俺は結局どこまでも親父のおかげで生きてこられたわけであって。本当、頭が上がらない。
そんなことを考えて小さく溜め息を吐いていると、いきなりロビーへと女性が駆け込んできた。
何事かと全員でそちらを見ると、そこにいたのは金髪の美人さん。見覚えのあるその顔は、
「……ああ。あなたでしたか」
納得しました、優秀な医者。我が家の変人医者と普通の付き合いが出来る人は流石に格が違った。
「あ、せ、セイゴくん!? こっちに白い竜が────って、フリード、ここにいたの!」
そう言って胸をなでおろしたシャマルさん。彼女はそのままこちらへと近づいてきた。
「全く、気付いたらいきなりいなくなっていたから心配したんですよ」
「キュクルー……」
そう言ってフリードを嗜めるシャマルさん。彼女はその竜の態度に反省の色が取れるのを見るとすぐさま笑顔を浮かべる。
「とにかく、何事もなくてよかった。それにみんな、セイゴくんのお迎えご苦労様です」
そう言ってエリ坊たちを労う。エリ坊たちは全員恐縮して礼をする。シャマルさんはそれから俺の方を見て、
「セイゴくん。お久しぶりです」
「ええ、そうですね。超久しぶりですね。具体的にいえば一月ぶりくらいですね」
間の抜けたような笑顔でそう言うと、シャマルさんは怯えた表情をした。
「え、なんですかその笑顔。……あ、あの、もしかして怒ってます?」
「そんなわけないじゃないですかー、やだなーあははははははははは」
「ひっ……」
めっちゃ笑顔で笑ってると、シャマルさんは怯えて一歩後ずさった。
「こ、怖いんですけどセイゴくん……?」
「そんな馬鹿な。今の俺めっちゃ笑顔じゃないですかぁ?」
「鏡見た方がいいわよ。笑顔が笑顔じゃないから」
なんかもう俺に遠慮が無くなりつつあるツッコミ専用ティア嬢をよそに、シャマルさんが自分に言い聞かせるようにつぶやいてた。
「わ、悪いのは、私たちの方ですものね。怖いのはがまんがまん……」
「あの、それどういうことですか?」
それに反応したエリ坊に、シャマルさんがはっとしたようにそちらを見た。
なんか知らんが、もしかしてさっきの呟きは口に出していないつもりだったのだろうか。めっちゃ口にしてたけど。
で、なんかその後もいろいろと余計なことを言って誤魔化しきれなくなったシャマルさんが今日俺がここにいる意味をエリ坊たちに話すことになるわけなのだが。
俺何も余計なこと言ってないのにこんなことがあっさりばれちゃうとか、あまりにも隠し事が下手すぎるでしょう?
────数分後
「つ、つまりセイゴは……」
「今日も変わらずいつものとおりに元気に任務終えて隊舎に戻ったら、知らぬ間に転属と三階級特進させられてました」
何を言っているのか分からねぇと思うが、俺もしばらく時間が経つまで良く分かってなかったから別に分からなくてもいいと思います。
ロビーのソファで自販機で買ったコーヒーすすりながらこれまでの経緯を話すと、全員驚愕したあと気の毒そうな瞳を俺に向けてくださいました。
何ですかその目は同情とかマジでやめてください泣きそうになるから。
「でもこれで納得がいった。どうりでおかしいと思ったのよね。さすがに自分の所属する課の名前知らないとかありえないわよ」
「だよね。さすがにあれは……」
「いやまあ、前々から決まってたとしても興味なかったけどね」
「…………」
「…………」
「さっきからキミたち表情の変化目まぐるしいね、さすが若いと感情表現豊かですな」
「いや、セイゴのせいだと思うけど」
「うん、セイゴさんのせいだね」
「ですよね」
にしてもエリ坊もキャロ嬢もいい感じに遠慮が無くなって来とる。さすが俺。他人にナメられる速さだけは天下一品だね!
「それはともかく、この怒りを糧に隊長陣の方々にぜひ嫌がらせをしたいんだけどう思う?」
全員一斉に眉間に皺を寄せた。超嫌そう。特にスバ公とティア嬢とか半端ない。
「そんな嫌そうな顔するなって、別に何かしろってわけでもないからさ。あ、ただ、まあ、一つだけ聞かせてくれると助かる」
というわけで、ティア嬢さんたちの今現在の高町一等空尉への評価的なものを聞かせて貰えました。
そんなこんなで評価内容。
かっこいい、冷静、すごく強い、優しい、お淑やか、綺麗、物憂げなどなど。
なん……だと……?
おかしい。おっちょこちょいと頑固一徹、それに悪魔と、弄ると楽しいがない。
これが伝説のフィルター効果というやつですかそうですか。つーか本性がバレないように頑張っとるんだろうかあいつが。
藍染さんの言ってたことが正論なんだと改めて思う瞬間である。よし、
「これから数日をかけて貴様らに、憧れは理解から最も遠い感情なのだということを教えてやろう」
髪かきあげたりしてマンガの真似してかっこつけてみたらティア嬢に白い目で見られた。
おのれ高町、調教は既に完了済みですかそうですか。
しかしその化けの皮、サクっと剥がしてやるから覚悟するがいいはっはっはっ。
そんなわけで今度こそ四人連れて隊長室行こうとしたら、途中から会話の蚊帳の外だったシャマルさんに呼び止められた。
「あの、私は何もしなくていいんですか……?」
「うん、だってテンパって俺の計画邪魔されそうだし」
崩れ落ちるように倒れた。
orzった! シャミーがorzった! 久しぶりに見た。確か前に見たのは8年前の俺の病室で、リンゴの皮剥こうとして失敗して他の四人に怒られた時だった気がする。つまり超レア。
いや、幸先いいわ。うん。
介入結果その三 キャロ・ル・ルシエの驚き
私の中でのその人の第一印象は、怖そうな人だな……だった。
だって、隊舎を出て電車に乗るまでのセイゴさんは、すごく不機嫌そうな表情を浮かべていたから。
けど、お話ししてみるとすごく気さくで、でも、それならなんであんなに怖い顔をしていたのかわからなくて……。
それから六課へ戻ってすぐ、怪我の手当てを受けていたはずのフリードが私に会いにロビーまで来てくれた。
丁度いいと思ったからセイゴさんに紹介すると、彼は少し悩むような素振りを見せてからいきなりフリードを胴上げし始めた。
私があわあわしているとティアナさんがそれを止めてくれる。事情を聞くと、楽しい愛称が浮かんでテンション上がっちまったぜい、と教えてくれた。
……けど、『ひも』って……。
しかも連想の仕方が突飛過ぎて驚きを隠せなかった。
そのあと、フリードを追いかけてきてくれたらしいシャマルさんとセイゴさん本人に、彼がここに来るまでずっと不機嫌だった理由を教えてもらった。
セイゴさんは前の職場が気に入っていたこと、六課に来る気はなかったこと、六課始動の三ヶ月ほど前からなのはさんたちに勧誘を受け続けていたこと。
そしてそれを全部断って、音沙汰が無くなったかと思ったら、いきなり今日異動を言い渡されたこと。
聖王教会使いっ走るとか、八神の奴いくらなんでも無茶苦茶だべさー。と言って、はぁぁと溜め息を吐いていたセイゴさん。
私も、エリオ君たちも、さすがに驚きを隠せなかった。
『あの』なのはさんたちが、そこまで固執して呼び寄せたかったほどの人。
そんな人、他に誰も知らない。
その彼は、私たちにちょっとしたお願いをしてきた。スバルさんたちは少し躊躇していたけど、彼に説得されて渋々とうなずいていた。
それから隊長室に向かう途中、
「なにはともあれよろしく竜くん。誠吾・プレマシーだ。仲良くしてくれるなら返事は『わん』と発音してくれたまえ」
「キュク!? きゅ、きゅく、キュル……」
「おー、頑張ろうとするとは素直ないい子だな。よし、あとで餌をくれてやろう。なにがいいかな、はっはっはっ」
「キュクルー♪」
そうしてフリードと遊んでいたセイゴさんの楽しそうな笑顔が、すごく印象的で────
────私はもっとこの人のことを知りたいって、自然とそう思っていた。
2009年6月17日 投稿
2010年8月23日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2013年5月29日 再々改稿
2015年3月15日 再々々改稿
2018年7月8日 再々々々改稿