主に俺の荷物がシャレにならない量と化していたので、とりあえず転送ポートに立ち寄って荷物の転送を依頼した。
それからぞろぞろと五人で近くの駅へと向かい、公共交通機関での旅に出る。
ところでこういうリニアモーターカー的な乗り物のボックス席というやつは基本四人で座るものだ。
そして今ここにいるのは元から知り合いな四人と明らかに部外者な俺。
そんなわけで空気は読むためにあるはずなので、俺は誰に言われるでもなく一人寂しく奴らが四人掛けしてる席の、通路を挟んだ反対側の席へと着席。
平日の昼間だからか車内はそこまで混んではいなくて、それなりに快適な時間になりそうだった。
いや、まあ、隣でこれから同僚になる子たちが楽しそうにやってるのに自分だけ一人なのってかなりなんともいえない気持ちなんですけどね。
とか心の中で呟きつつ、ちょうど良いので昨日徹夜でネットサーフィンしていた分の睡眠時間でも取り戻してやろうとかちょっと前向きな感じを装いつつ船をこぎ始めた頃合いだった。
「あの、プレマシーさん……」
「……ん?」
呼びかけられて閉じていた瞼を開けてそちらを見ると、ボックス席の通路側に座っている赤毛の少年がこっちを見ていた。
「ん。なに、モンディアルくん」
「あの、えっと、よろしければなんですけど。いろいろとお話を聞かせてもらえれば、と。あなたの武勇伝を、よくフェイトさんから聞かせてもらっていたので」
ちょっと目が輝いているのは仕様だろうか。
さすが少年。純粋無垢という名のナイフが荒んだ俺の心を抉り込むように突き刺す。
最初に会った時にちょっとわくわくしてたっぽいのはこれが原因だったのだろうか。
というかあの執務官さんはいったい俺のどんな話をしたのかなぁ。
はっきり言って、あの人たちと会う前ならともかく、会って以降に武勇伝なんて呼ばれるようなことをした覚えがない。盛大に失敗したことなら何度もあるのだけれど。
彼女と遭遇して以降の俺のやる気の無さなんて、普通の知り合いだったら目を当てられたようなものじゃなかったはずだ。
入院前と退院後の俺のあまりの変わりように、あの時の俺の上司はなにがなんやらという感じだったくらいには。
んで、左遷に左遷を重ねてられて、結局たどり着いたのがさっきまで俺の上司だったあの隊長さんの所。
二つ名に鬼とつくあの人のもとで小間使いにされていなければ、今頃俺はフリーターでもしていたんじゃあないだろうか。
なのに、
「なんでも、任された仕事は何でもこなす凄い人で、任務成功率は9割を超えていて……なのに本人は昇格に興味が無くて、自分の手柄は他の隊員さんに譲って、一等空士として地道に働くことで頑張っているんだよ、ってフェイトさんが言っていました!」
エライ美化であり、酷い美化だった。
真実はもっとなんかこう、……ダメな感じのはずなのだが。
確かにあの隊長のもとに送られてから、俺は高町と会う前くらいのレベルにまで仕事の成功数というか受諾数というか、そういう感じのものを復元した。
だって失敗するとあのゴリラの地獄の特訓3時間コースですからね。真面目にもなります。
だけど正直一等空士以上の昇格には興味なんてなくなってたし、だから俺は手近な奴に適当に手柄をばらまくことにした。
そうすりゃ俺は魔の出世コースから逃げられるし、お仕事成功の手柄自体は隊の評価につながるので、誰の手柄であろうと隊長もご機嫌になる。
そうすりゃ特訓コースからも逃げられて、一石二鳥というわけなのだが。
けど、分かる人にはそういうの、分かっちゃうんだよね。
主に犯罪者の拘束方法とか、災害処理の手順とか、戦闘の痕跡とか。
どっかの誰かさんには俺がやったとバレバレだ。
だからあいつの親友のフェイトさんとかがそのこと知っててもおかしくはないのだけど、それを吹聴するのはやめてくださいお願いしますと言わざるを得ない。
しかも子供の夢を膨らませる感じなのは、ちょっとどころか最高にしんどい。
だって、見てもらえれば分かると思うけれども。
ル・ルシエとかもモンディアルと同じような期待の表情してこっち見てるし、ナカジマもなんか今の話で目が輝いてる。
隊舎であのボケかましてからさっきに至るまでものすんごい剣呑な表情浮かべてたはずのランスターも感心した表情しとる。
おい馬鹿やめろ、これ以上俺の評価を上げるのはよくない。この話は早くも終了しなければ俺の今後の生活にかかわりますね。
てわけで、適当に話題を逸らす。
「モンディアルくん、その話は追々していくとして。今は別の話しない?」
「え、あ、はい!」
やる気十分な感じに元気な返事をするモンディアル。うん純粋でいいね。会話の誘導が楽だ。
「まず一つ目。……とりあえず敬語はいいや。もっとフランクにいってみよう。ついでだから他の三人もそれで」
「え、で、でも……」
躊躇いがちに目を伏せるモンディアル。他の三人も微妙に躊躇してる。
でもまあ、別に遠慮なんていらないのだ。なにせ敬語を使われないのなんて、今まで俺がいた部隊では当たり前に等しかったのだから。後輩口調はいたけど。
なぜならそう徹底されていたから、あの隊の構成員は、下から上まで老若男女関係なく俺にはタメ口で話す。
理由は簡単。俺が諸般の事情から部隊長に敬語を使わないから。
上司に対して敬語を使わん輩に、部下が敬語を使う必要などない。と、隊長のありがたーい御達しのおかげで、隊舎内でもの凄く敬語との縁が遠くなったこの数年。
だから今更、別に誰がどう俺にタメ口を利いたところで構いやしなかった。別の課の人間ならともかく、同じ課の人間に敬語使われると微妙に調子が狂うようになっちゃったんだよね。
とか何とか説明したらランスターが、
「あんた、それいろいろと悲しくないの?」
とかタメ口利いてきたが気にしない。というか順応性高すぎて感心するよね。
「そ、そこまで言うなら……」
ランスターのおかげか、モンディアル達も渋々と敬語無しの方向に。やー、本当素直だね。
では次の要件。
「じゃあもう一つ、これも今の話と地続きなんだけどさ、キミたちをあだ名で呼んでみようかなと」
またも微妙な反応をする彼らに、いつも親愛(笑)の印に初対面の同僚にはあだ名を送っているのだとか微妙にあっているようなそうでないような言い訳をする。
まあぶっちゃけた話、初対面の相手との会話の取っ掛かりを見つける常套手段なので、ちょっとだけ付き合ってもらおうかと思う。
「だからナカジマは、スバルバトスな」
ぶるあああああああああああああああああああああっ!
「え、ええっ!? 何その変な名前っ!」
「俺の知る限り青髪最強のゲームキャラから名前を拝借してアレンジしてみました。ただしロン毛で悪役、しかも超わがまま。けど若本だから許せるんだよなぁ……」
「最悪じゃないですかっ! しかも元の名前より長いっ! というかワカモトさんって誰!」
地球の声優です。
「嫌だというならスバ公(すばはむ)で行こう。異論は認めない。それと敬語混じってるから。慌てるなスバ公慎重に言葉を紡げ」
「え、あ……うぅ」
「まあ、どうしても嫌ならスバーニアとかスバルンルンとかスバルーズベルトとか。……地上の星(風)とかもあるけど」
「……す、スバ公でお願いします」
「ああ、そう? 地上の星(風)は割とお勧めだったんだけど」
風の中のすーばるー。
「次。モンディアルくんは、エリーで」
「いやだよっ!」
「え、なんで、エリー?」
「やめてってば! それ女の人の名前じゃないかっ! 僕は男!」
「いや、それは分かってるけどさ。ところでエリー、わがお母様の故郷の星であるところの第97管理外世界『地球』には、【エリーゼのために】という楽曲があるわけですよ、これはベートーヴェンという作曲家が作曲を手がけたピアノ曲なんだけども……」
「そっちもダメ! というかエリーから離れてよっ!」
む……ちょっとトリビアを披露しようとしたのに邪魔された。
「案外とわがままだなぁ。じゃああれだ、エリ坊で行こう。これならキミの注文は満たしてるよね」
「え……う、うーん……」
「ちなみに異論は認める。けどその場合、俺的あだ名ランキング暫定二位の『エリー』が繰り上げ一位となり――」
「エリ坊でいいです!」
「ちなみに次点にモンディという選択肢も」
「もうやめてえぇぇぇ!」
耳を塞いで自らの膝に突っ伏すエリ坊。いじめ過ぎましたごめんなさい。
「次、ル・ルシエ」
「は、はい……」
前例二つにビビっているのか、ルシエは恐縮しきっていた。うーん……。
「よし、キャロ嬢でいこう」
「え……」
「ふ、普通だ」
「でもこれ、あだ名じゃないような……」
「スバ公、なに、気にすることはない。というかこれ以外思いつかない。それにキャロ嬢くらいの歳の子をいじめるのは俺の趣味じゃない」
「じゃあなんで僕いじめられたのさ!?」
「甘ったれるな少年! 事あるごとに理不尽という名のハンマーに存在意義を叩き潰されながら成長していく、それが男の伝統だ!」
「確実にダメな類の伝統ね」
「悪しき伝統は廃れないものだよランスター。かくいう俺もいろいろと苦難を乗り越えて今まで生きてきたので、あの苦しみを後輩少年男子にもぜひ味わっていただきたい」
「うぅ、セイゴが鬼畜だよぅ……」
エリ坊がまた膝に突っ伏した。やばい、なんかちょっと楽しい。
「じゃあ、最後は……」
「私はいらないわ。ランスターのままでいいわよ」
「そう言われると余計つけたくなるんだよなぁ。ちなみに名付けを拒否した場合外堀から埋めようかなって。隊長陣には俺からその独自の呼称で呼ぶようお願いしておこう」
「つ、つけてもいいからそれはやめて……」
ランスターが心底戦慄した表情で頬を引きつらせていた。
「うむ、了解した。では……えー……アナ?」
「……アンカーガンは確かここに」
「おーけいストップだ非礼を詫びよう。だから殺さないでくださいお願いします」
即謝罪の体勢であった。プライドなにそれ食べれんの?
「しかしいい案を思いつかないので普通にティア嬢でいいですか」
「……それ、あだ名の意味あるわけ?」
「こういうのは気分が重要だと思うからさ、細かいことはスルーするといいと思うよ」
「……もう好きにして」
「おぅ」
疲れたように溜め息を吐いていたので、これ以上は弄らない。引き際は重要です。
そんな感じに彼らと会話してみた。
それから俺の武勇伝(笑)の類は何とか回避して会話を続け、それなりに情報交換しているうちに乗り換えしたり歩いたりして目的地についた。
うわー新築の隊舎だようらやましーなおい。て俺今日からここで働くんだったな、はっはっはっ。
さて、じゃあ久しぶりの対面ですね。
介入結果その二 エリオ・モンディアルの戸惑
終始不機嫌そうな顔をしていたプレマシーさんに思い切って話しかけてみると、驚くようなことを言われた。
自分より10以上年下な僕に対して、敬語はいらない。
そしてさらに、愛称。
そこから後の会話の時も、終始戸惑っていた僕だけど、なんだか今日会ったばかりの人とは思えないほど簡単に打ち解けることができてしまった。
会いに行く前は、フェイトさんに聞かされていたこともあってすごく緊張していたのに、自分でも驚きだ。
僕はもっとこの人のことを知りたい。
これから一緒に働くんだから、その機会はいっぱいある。
明日からも、積極的に話しかけてみようと心に誓いながら、
僕に兄さんがいたら、こんな感じなのかな。
と、不意にそんなことを思っていた。
2009年6月15日 投稿
2010年8月23日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2013年5月28日 再々改稿
2015年3月15日 再々々改稿
2018年7月8日 再々々々改稿