医務室から寄り道せずに真っすぐにやって来たのは機動六課部隊長室。
色々ありましたが呼び出し受けてたのは忘れてないよ。だって八神のあの思わせぶりな態度めっちゃ気になってたし。
そんなわけでコンソールに話しかけてドア開けて貰って室内へと失礼する。
そこには八神一人だけ。……本当に誰かに聞かれるとまずいような内容なのな。
とか思ってると八神が挨拶もそこそこに今回のホテルアグスタの任務に対する労いの言葉をかけてきたのでいえいえどういたしましてと社交辞令をかえす。
そしたら今回の任務での俺があげたいろんな功績口にし始めたので、部隊長さんはいちいち形式に則った対応しなきゃならなくて大変だなーとか思いつつ適当に聞き流してると話がちょっと俺に興味のある方向へ、
「ところで、キミとツヴァイが見つけてくれた女の子とフードの男の件なんやけど……」
「……その顔からして芳しくないようですね、調査結果は」
「そうなんよ。シャーリー達もいろいろ頑張って調べてくれてたみたいなんやけど、いろいろとどうにもなぁ……」
しかしそうなると妙だ。あれだけの力を持った魔導師を管理局が把握していないなんてこと、普通に考えてありえるのだろうか。
けど以前聞いた話だと八神とか高町とかフェイトさんだって最初は管理局には気付かれずにいろいろとしていたらしいので無くは無いのか……? でもミッドで暴れてるわけだしなぁ……。
つーかフードの男はともかく、紫の少女の方は顔までわれてるわけだしもうちょっと何とかなりそうなもんだけど────とか考えてる途中に気付いた。
頑張って調べてくれてたみたい……?
なんだその言い回しは。その言い方じゃまるでもう調べていないみたいじゃないか────ってああ、そう言うことか。
調べる過程で何かしら面倒な壁に突き当たったっちゅーことですね理解した。うーわ、これは一気にきな臭い事件へと発展いたしたもので。
とか俺が理解したの悟って八神がさらに話を聞かせてくれる。
なんかこの二人の情報、さっぱりどこにも痕跡ないんだとか。
ファントムに記録されてた映像もあんまし役に立たなかったんだってさ。まあ外見しかヒントないしね。
しっかし管理局の情報網使って探し出せないとか、確実にどっかの誰かがなんかやらかしたよね多分。
これはもう俺のどうにかできる範囲を超越しましたね。仕方ないからこのことは完璧に八神にお任せか。時間出来たら俺も独自にやろうかと思ってたんだが。
あの二人────特にフードの男については俺もかなり気になってはいるけれど、こうなっては俺には手が出せない。危ない橋は渡りたくないしね。コトの成行きに身を委ねるしかないでしょう。
そんなわけでこの話はお終い。いつまでも生産性のない話をしてても仕方ないので本題を切り出す。
それで本日私をここに呼び出したるはいかなる御用事のためでございましょうとか文法合ってるんだかそうでないんだかよく分からん敬語使って聞いてみる。
すると八神はちょっと絡みづらそうに表情を変えた。
なんだか本当に今ここでそれを俺に聞いていいのかを迷っているような雰囲気。ここまできてその態度は無いだろーと思うのでさらに問い詰めると仕方ないといった風情に手元の端末を操作して何やら始めおった。
で、目的の何かの起動を完了したらしい八神に手招きされて端末の画面を覗き込む。
そこに表示されていたのはいつかのネット掲示板。
今さらこんな所で俺に何を見ろというのかとか思ったけど差し出された以上は読まなければ始まらないのでとりあえず黙読。そして────
そこに書かれている内容の意味を理解して、俺は全身から血の気が引くとともに絶句した。
────…まじで最悪なんだが。何で今さらこんな話がここで話題になってんだよ……。
いくらあらゆる情報が様々な人の手によって集まるからと言って、なんでこんな俺の個人的な怪我のことまで知れ渡ってんだ……。もう8年も前のことだぞ……?
大体このこと知ってる奴なんてほとんどいないはずなのに……。
……つーかこれを八神が俺に見せたってことは、内容既に把握してるってことだよな。
だからあん時ヘリの中であんな思わせぶりな態度取ってたのか。流石は八神、今回ばかりは彼女が空気の読める人間で助かった。
しかしこれじゃあ、八神に無理にでもこのことあいつらに黙っていてもらうように頼まなきゃならんじゃないか……。
しかも結局、このこと知っちまった八神だけには嫌な気を遣わせることになる。……マジで最悪。
「誠吾くん、これって……」
おっかなびっくり聞いてくる八神に、俺は溜め息をついた。
……ったく、どうしてこう災難ってのは、忘れたころにやってくるんですかね。
いや、魔法使うたびに痛むのも後遺症の一つなわけだから、全く忘れてたわけでもないか。
こうなっては隠しても仕方ないので喋ることにする。
「……大まか正しいですよ、ここに書いてあることは。確かにワタクシは、8年前に重傷を負いました影響で……」
────お前の体は、これ以上魔力量の上昇を全く見込めないものになってしまったようだ。
それがあの時、退院後久しぶりに魔力使った訓練しようとして、コアに走るあまりの激痛にやむなく病院へ向かった俺に、親父が告げた事実である。
調べてみると、リンカーコアに異常があるかもしれないことが発覚。それまで順調にゆるゆると増加を続けていた俺の魔力が途端にその成長を止めていたらしい。そこからその通達に至った。
そもそも14の時点で魔力量があれだけあった人間が、そのまま8年も経って魔力量ほぼ全く変わってないんだからこれは酷い。どう考えても異常だ。周りのやつには適当に言い訳してたけど。
14という若さでそれだけの魔力量があるのなら、8年もあればどれだけ低く見積もってもAAAランクには届いていたっておかしくない。
なのに、俺は変わらない。
停滞している。
んで、そのついでに魔力の運用時にはいちいちリンカーコアがズッキンズッキンするようなことにも。まあこっちは親父のアドバイス受けながら我慢して使い続けてたら魔力使うとちょっと痛むかな程度にまでは改善されたんだけども。
どうしてこんなことになってしまったのかってのは、未だによくわかっていないのだけれど。
そもそもリンカーコアって、現在の医療技術をもってしてもブラックボックスであり、パンドラの箱であり、医療関係者にしてみれば魔導師の体の中で一番手の出せない心底恐れ多い部位なのだ。
それを損傷しておいて、魔法の使用に限っては全く問題が出なかったことに関しては、運が良かったと言って差し支えないのだろうが。
魔法使うたびいちいちピリピリと痛いけどな、リンカーコア。
「なら、なら誠吾くんは最初から────…っ」
ここまで説明すると、八神が熱のこもった声でそう言った。……なんという予想通り。俺は額に手を当てて目を閉じた。
「……いや、よしてください。あなたたちがそう言う態度をとるのが分かっていたからわざわざ隠してきたんでしょうが。てか予想通りの言動は観客の皆様にブーイング浴びせられますよさあセリフを捻るんだ部隊長頑張れ頑張れファイトー」
「茶化さんといて……っ」
嗚咽混じりの叱責受けて八神の方を見ると、彼女は静かに涙を流していた。
……泣くようなほどの事かよ。つーかなんで泣くんだよこの件についてはキミ完全にノータッチでしょ。
原因と言えば原因な高町が泣くならわかるけどなんでキミが泣く。
……あああああ、だから嫌だったんだ。こいつら無意味に他人のこういう事象に共感するからね。そう言う奴らだってなんとなく悟ってたしさ。
だからこれまで出来るだけこいつらに対して、物理的にも心理的にも距離とってバレないようにやり過ごしてきたってのに、俺の無思慮な行動一つで全部ぱー。
ホント、ままならない。
「誠吾くんは、なのはちゃんや私たちのためにこのことを隠してきたんやね? そして、だから六課に来るのも嫌がった」
なのに私は無理やりキミを────とか感極まってる八神。
確かに一緒になんかいたらバレる可能性高くなるから六課に来たくなかったってのもいくつかの理由の一つとしてなくは無いわけだが……なに? 私たちのため?
なんだその重大な勘違いは。
「……もう本当にちょっと待ってくれ」
「え……」
「どうやら俺とお前の認識には誤解による決定的な差があるみたいだから予め言っとく。俺はお前たちのためにこんなメンドクサイことをした覚えはありません」
何かするのは自分のために、自分の利害のために。それが俺の信条である。
俺がこれだけの労力払ってリンカーコアのことを隠していたのは、俺の事情にこいつらに必要以上に踏み入って欲しくなかったからだ。
確かに、最初から俺が高町に真相を話してお前のせいだと言えば、あいつはその事実を受け止めただろうさ。俺が六課に来るようなこともなかったかもしれない。
だけどきっとそんなことをすれば、あいつは俺に対して負い目感じて、私のせいだからと余計な気を回しまくるに決まってる。
そんな、あいつの人生を拘束するような真似も、あいつが俺の面倒を見るような状況も、絶対にごめんだった。
そういう想いが重いのはやめて欲しい。俺はそんなもんいらんから。ほっといてくれ、お願いです。
大体これは俺が俺の意思でやらかしたことに対する失敗のツケなのであって、他人に分けるようなものじゃ断じてない。
俺と親父だけが知ってりゃ済む問題だ。
ちょっと予定外な人が知ってたりもするけど。
てか、こいつらがどうかはしらねーけど、俺は人間関係なんてもんは最低限なにかしらの距離感を持って付き合うものだと思ってる。
一緒にいて楽しくて、一緒にいて気を遣わなくて、一緒にいて有意義ならそれで十分だ。
人間生きてりゃいろいろある。
俺のこんな故障でいちいち気を遣わせちまうのってすげー気が滅入る。
端から聞くと偽善くさいことかもしれないけど、まあここは俺も譲れない。
「だから俺は怪我の後遺症のことを誰にも話さなかった。このこと知ってんのは、当時の病院のスタッフと親父、それに直属だった俺の上司と、それからセイス隊長だけになるかな」
セイス隊長以外は俺が自主的に話そうとしたわけでもなく話すことになっちまったわけだが、当時余計なことを言う気配なんてなかったから気にもしてなかった。
「そこまで徹底して……けど────」
八神はそこで俺に問うてきた。────けど、なぜリンカーコアの破損なんて重大な故障のこと、君個人の重要な書類にも書かれてなかったんや、と。
……失念してた。そういやこいつ俺の局員登録用の書類とか簡単に手に入れられる立場だったんじゃん。この様子はいろいろ取り寄せましたね。はぁ……。
……優秀な奴ってこれだからめんどい。でも、ここまで来たら仕方ない。下手に隠しても今更だ。
多分、全部知っておいて貰った方が今後に都合がいい。
うちの親父がなかなかのキレ者な上に結構な地位の医者ってのは八神も知るところだったので、説明は楽だ。
俺が親父にこのことについて高町たちには絶対に知られないように出来ないかと聞いたこと。
それを聞いた親父が、病院関係のあらゆる方面から記録に残らないよう根回ししてくれたことを順に話す。
あの人の尽力のおかげで、俺の負った故障についての記録は病院のカルテくらいにしか残っちゃいないはずだ。
「けどアレだな。人の口に戸は立てられんよな全く。情報の出自は病院のスタッフかな。余計なことをしてくれやがりましたよ」
「……誠吾くん。キミは────」
「ストップ」
「へ?」
なんか八神の感極まったお説教が始まりそうだったので機先を制して「てなわけでこのことは秘密で」と口にする。
「────……はい?」
俺の軽い一言に、八神はたっぷり数秒ほどはてな顔を浮かべてから首をかしげた。
俺は両手合わせて顔の前に持ってくると、苦笑がこみ上げて来るのを自覚しながらもう一度お願いしますと頭を下げた。
全てを話した上で、こいつにはその一切をあいつらに黙っていていただく。もちろん管理局の上層部にも。
情報操作したとか上に知れたら下手すると親父の立場もやばい。それはちょっとかなり避けたい。
幸いこのことを知っているのはまだ彼女一人。ヴォルケンの人達は、端末破壊の件の解決策として、新しいの渡した人に関してはこの掲示板見る時は俺が一緒にいて許可しないとダメなようにアクセスにプロテクト掛けてあるので大丈夫だから、今はこいつにだけ納得してもらえれば誰にも知られずに事は丸く収まる。
つーかこの話題、知れる相手によっちゃマジでやばい。光速で六課内に広まりかねん。高町は言わずもがなだし、フェイトさんは多分挙動不審になるし、ヴィータもシャマルさんもたぶんダメ。
これ以上広まらないようにするには、ここで歯止めをかけないとならない。
「……いややって、言うたら?」
俺の真意を伺うかのように、八神が聞いてきた。
この状況でそんな質問をしてくるあたりさすが八神。
まあそん時は仕方ない。
「お前を死ぬほど嫌いになって、今まで以上に高町たちから逃げる」
特に気負うこともなくそう言ったら、八神がまたポカンと間抜け面。なんなのそれ最近のお前のブームなの?
「……そ、それだけ?」
心底意外そうに聞いてくる八神に、俺は首をかしげた。これ以上俺が何を出来るというのだろうか?
そもそも俺の嫌がることをするのが目の前のこいつだけである以上、それ以外にどうしろと。
それとも誰かに言われる前に口封じしろってか? やだよそんな物騒な真似。
そうしなければ誰かが死ぬような状況ならばともかく、それ以外で知り合い手にかけるとか考えることすらありえん。だってすんげー気分悪いじゃんあれ。しかもこんなことでそんなこと誰がするか。だったら自分の身に降りかかる理不尽我慢した方が万倍マシだ。
今まで以上に俺に構ってきそうな高町から逃げる日々を送るってのもまた一興……いや、やっぱり無理ですごめんなさい。出来れば平穏に生きたい。
つーか高町とか逃げる背中を追うのを生きがいにしてる節ないか? 随分前に本人から、フェイトさんとの馴れ初めみたいなの聞いてそう思ったよ。
なんか、最初は敵として出会ったんだけど、
お話しよう→…無理。
…お話しよう→……っ。
……お友達になりたい!→……とくん。
とか言うやり取りしたりしつつ、最終的に夕陽の浜辺で殴り合いの喧嘩した後和解したようなシチュエーション張りに、海の上で超絶スケールの大魔法合戦を経てからお友達化したらしいので間違いない。
けどよく考えろ高町。今までの行動からしてお前が俺に対してフェイトさん並のお友達関係を築きたいのはいい加減理解しているが、お前と本気で魔法合戦やりあったら間違いなく取り返しのつかないことになるからね。
主に俺が。
なにせSバーサスAAだからね魔力ランク。SLB超怖いですとかまた思考脱線させてると八神が「誠吾くんはあいかわらず予想外やなぁ。絶対辞表置いて逃げるとか言うとおもたんやけど……」とか口開いた。
そういやその手もあった。けどまあ、今さら逃げないね。半端に新人と仲良くなっちゃったから。このあとどうなるのかちょっと見届けたいなあと思う。
「……そか、なら仕方ないね。私、これ以上誠吾くんに嫌われとうないから、このことは二人だけの秘密や」
そう言って、いたずらの成功を喜ぶ子供のように、無邪気に笑う八神。
おお、こいつのこういう表情とか、久し振りに見た気がするね。前は……前過ぎて思い出せん、驚き。とか思いながらほっと一息。
これで何とか水際防止が完了ですなとか思いつつ、てかこれはもしかして俺と八神の二人きりで秘密の共有ってやつか?とか考え至った。
……うわ、なんか取り返しのつかない何かが始まってしまったような気がしてならない。
とにかく俺の面倒事についてはどうにかなったわけだしそこに関しては文句などありようもないけども……。
それにしてもあれだ。こいつって予想に反して結構空気読んでくれるんだね。これはいい好感度上昇イベント。こんなに簡単に了承してくれるとは思いもよらなかった。
具体的にどれくらい好感度が上昇したかと言うと、底辺であるミジンコからゾウリムシくらいの所までいった感じだったので、その旨を八神に伝えてみると、
「ゾ……!?」
そしたら浮かべてた笑顔が一瞬で消し飛んで険しい表情になってそのまま固まる八神。……あるェー? なんか失敗した? 本気で思ったことを口にしただけなんだが……。
しばらく険悪な表情浮かべてた八神を観察してると、彼女の顔が薬缶を熱したかのように徐々に赤くなっていく。
おお吃驚人間すげーとか思ってるとなんかぽつりぽつりとぶつぶつ言葉を口にし始めたのでなんぞやとか思う。
「せ────っ」
「せ?」
「誠吾くんの────」
八神が真っ赤にした顔俺に向けて握りこぶしを振りかぶった。
で、
「────馬鹿あああっっ!」
「どふっ!?」
目の前に星が飛び散る。なかなかの威力の握りこぶしが額を直撃。普通に早くて驚いた。
「い、いたいけな女の子に、そ、そんな無茶苦茶な評価を平気でつけるなんてええっ!」
「いたいけ……だと……!? それは聞き捨てならんぞ八神! お前にそんな言葉は清廉潔白に並んで似合わん!」
「う、うわあああんっ!」
「や、ちょ、待てっ! 花瓶は投げるなぎゃああああっ!?」
……その後。八神が疲れて攻撃をやめるまで、俺が部隊長室内を逃げ回るなんて喜劇が繰り広げられたりなんかしたんだが語らない。絶対語らない。
つーか落ち着いた後で、不当な評価つけられて我慢できませんでしたごめんなさいとか謝られたんだが、評価が不当だとかどうこうではなく、俺の中での八神の印象って本当にさっき言った感じなのだ。
この八年に繰り返した俺への仕打ちを、是非とも一から思い出して頂きたい。
とか言ったらうーうー唸りだしたうえにごめんなさいごめんなさいとか魘され始めたのでさっさと部屋を辞することにした俺。
なんか八神のやつ、あの話題が軽くトラウマになっているような……?
あの掲示板のその後の推移とか最近気にもしていなかったけど、あいつにそこまで心の傷を植え付ける何かがあったのだろうか。
……うーん。世間の風は八神さんにはいろいろときつかったかー。
それでも芯は折れてないんだからすごい。俺の目から見たら前となんも変わりないし普段のあいつ。
グリフィス君の様子からみても仕事の方も順調なようですしね。意地になってやってるだけかも知れんけど。
ま、そんなノリで俺の一つの懸案事項が解決した夜だった。
2009年8月1日 投稿
2010年8月29日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2015年7月26日 再々改稿