海鳴から帰ってきてからさらに数日。
あー今日も今日とて忙しいねー無意味に、とか思いながらいつも通りに任務終了の報告書持って部隊長室尋ねたらその流れで次の任務へ赴く運びとなった。なんでやねん。
ツヴァイに背中押されてヘリに向かいながらどうしてそーなるのねーねーねーとか文句言いたくなったけど、まあ仕方ないかと考え直して諦める。
最近忙しいんだよねーとは言うものの、それは六課の中でも一部の人間だけだ。
その一部の人間ってのは俺を筆頭にセイス隊長の所の任務をこなしてるやつらだけ。ぶっちゃけそれ以外の連中はそれなりの仕事量しかこなしてないんじゃなかろーか。知らんけど。
そんなわけで、六課にとっては追加分なお仕事処理を先陣切って率いる微妙な役職についているワタクシは自動的に馬車馬の如く働かにゃならんというわけだった。
要するにこんな風に連続で仕事してるのこの課じゃ俺だけです。残念! ……ああ、新人も同じようなスケジュールだったか。まあそれはいいとして。
あーあ、半年くらい前に職場の同僚と酒飲みながら「働きたくないでござる! 働きたくないでござる!」とか居酒屋で馬鹿騒ぎしてた頃が懐かしいね。
つーかこっち来てから酒飲む暇も無いんだが……。まともな休暇もこないだの二日以外は取れそうにないし、今度ゆっくりごろごろ出来るのはいつになるんでしょうねー。
バニングスさんから送られてくる地球の文化共が現在順調に自宅のリビングに段ボール箱に詰められたまま溜まっていってるんだがどうするんだこれは、一回整理しに戻って来いとか親父に散々文句言われてるんだけど無理ですね無理。
しかしこれが噂に聞く積みゲーと言うやつか。まあ積んでるのはゲームだけじゃないけど。
親父的には自分一人じゃ片付けきれないからいい加減どうにかしてほしいらしい。自分だってたまに暇な時には適当にラノベとかゲームとか借りて行くんだからたまにはああいうのの整理手伝ってくれてもいいじゃんかとも思う。
けど勝手に弄りまわされると後で面倒なことになる気もするので強くも言えないんだよね。仕方ないね。
全く、男の二人暮らしってのは面倒極まりないな。
だけどだからと言って家で顔合わすたびに早く孫の顔が見たいなあとか戯言言うのは勘弁してほしいよね。
しかしジジイてめーまだギリギリ四十代の癖にもうお爺ちゃんになるのがお望みですかそうですか。ちなみに俺はまだ人生の墓場には行きたかないがな。
つーかあのおっさん、恐れ多くも俺の相手は高町がお望みのようである。
しかしよく考えろ。俺に士郎さんを突破するだけの気概があるとお思いか。つーか運よく士郎さん説得できたとしてもその先には稀代のシスコンいるからどう考えても無理ですね理解して。
恭也さん年甲斐もなくはっちゃけてるから扱い間違うとマジで死に直結する。超怖い。
それに夫の暴走を止めるべき家内さんが積極的に焚きつけたりするからね。人の不幸は蜜の味?
てか、どうしてどいつもこいつもあいつと俺をひっつけたがるのか理解に苦しむ。そんなんじゃねーって言ってんのに……。
難なら今度あいつに直接聞いてみ、「せーくんとの関係? 大切なお友達だよ」ってすんげーいい笑顔で言うから絶対言うから間違いないから。
あいつはそう言うやつですよ。俺だって今まで何人かの女性と付き合ったり別れたりしてきたわけですが、あいつはいろんな意味で規格外。
あんだけなれなれしく接してくる上に俺がどこにいようと特に気にもせず連絡してくるくせに別に恋愛感情ありませんとか言う女性は生まれて初めてです。
だって着拒すると職場の受付に電話してきたりするからね。どんだけしつけーんだよ。
しかもあいつのその行動のせいで俺が所属する課には俺とあいつがただならぬ関係だとかいう噂が漏れることなく流れるもんだから最近じゃ女が寄りついてこない。
あいつ容姿も経歴もやべーくらい特上だから対抗しようとする人がどこにもいません。しかも苦難の末に高町に打ち勝っても手にするものは生きるの適当な男とほんの少しの達成感だけ。そりゃ誰も関わりたがりませんって。
そのくせあんだけ俺の周囲かき回しておきながらあいつ自身にはそんな気ないというんだからもうどうしろと言うの。あいつにこのテの話しても首傾げるだけだしよォ!
……もういいよ。これただの愚痴だよそうですよ遠まわしに言ってるけど彼女いない歴もう数年なんだよおおおお!
……言っててむなしくなるだけだから話題を変えよう。
……そうだ、それはそれとして誰かと楽しい酒が飲みたいな。
今度ヴァイスさんとザッフィー誘ってゲンヤさんと一緒に居酒屋梯子して朝までコースとかやるのもいいかもしれない。たまには浴びるくらい飲んだってバチは当たらんはずだ。
酒は飲んでも呑まれるなとはよく言うが、たまには呑まれて楽しく生きたい社会人。
てか俺今までどんだけ飲んでも記憶がぶっ飛んだことが無いので、一回呑まれてみたい気もするね。
などなどぼーっと考えながらヘリに乗り込むとティア嬢に睨まれるデジャヴ発生。
昨日のあれが原因ですかそうですよね。
……失敗したなー、いいかげん面倒くさくなってきたからって、あいつのことも俺のことも余計なことを言い過ぎた。無駄な説教って怪我のもとだよね。
そんなこと思いながら運転席の方へとそそくさと逃げてティア嬢の視界から外れるように努力しつつ、今度マジで腰落ち着けて話し合おう、怖いからいろんな意味でとか考えてると、そのうち八神が任務の説明を始めた。
まずは前座にフェイトさんが調べを進めてるガジェットドローンの製作容疑者の話。
名をジェイル・スカリエッティと呼ばれるその男を重要参考人として今のところはしょっぴく心積もりなんだとさ。
しかしあんなわらわらとその辺からゴキブリのように湧きだす果てしなく面倒くさいもんを作ってるようなやつだからもっと陰険そうな爺さんタイプかと思ったけどそうでもなかった。まあ嫌みそうな顔はしてるけど。
それはともかく本題はこちら、本日二つ目(俺とエリ坊とキャロ嬢は)のお仕事は、アグスタってホテルの警護でした。
なんでもそのホテルで規模のでかい骨董美術品のオークションをやるそうで、そこに集まるロストロギアに引き寄せられてくる可能性のあるガジェットどもを迎撃し、その会場の警備と人員の警護をするのが今回の任務内容なんだとか。
で、高町たち隊長陣は建物の中の警備に回るもんだから前線は俺含め副隊長陣と新人組で支えることになるらしい。
まあ人員配置としては妥当なセンだろうか。こんな出てくる敵が軒並み微妙そうな任務に隊長陣に出張られたら新人の経験値稼ぎができなくなる。ただでさえ副隊長達と俺だけで終わらせられそうな任務なのに。
それにどういう風に前線を抜かれようと、中に高町たちがいるのなら全く問題ないだろう。むしろホテル内に侵入するようなガジェットには同情したくなるね。
そんな感じで任務の説明を終えたあたりでキャロ嬢が手をあげてシャミーに質問した。
どうやらキャロ嬢、シャミーの足元にある箱の中身が気になったらしい。
それの中身なら確かに俺もちょっと気になってはいたんだがどうせ碌なものじゃなさそうなので存在を無視していたのに好奇心とは本当に恐ろしいよね戦場ヶ原さん。
案の定質問されたシャマルさんは含み笑いを浮かべて気になる一言。ああ、これ隊長たちのお仕事着とか言い出したんだが訳が分からん。
それの中身はバリアジャケットかなんかですかそうですか。バリアジャケットの重ね着とかお前らは何がしたいの? 武装錬金? シルバースキン? ストレイト・ジャケット? あ、最後のやつ有用性高そう。
とか下らない話は置いといて、隊長のお仕事着と聞いてそんなもんしか思いつかない俺は発想力が貧困なんだろう、うんそれでいいよもうとか一人で完結して勝手に拗ね始めようとしたところで八神がこっちに近付いてきて小さな声で耳打ちしてきた。
「誠吾くん。この任務終わって六課帰ってからでええんやけど、話があるからちょっと時間貰えへんやろか?」
「……は? 話があるなら今ここでしたらいいじゃないですか」
「……それはやめといた方がええと思うんよ。お互いのためにな」
じゃ、そういうことで。と手をひらひら振って俺から離れる八神。
……いったいなんだ? 八神にしては珍しく俺の内面に踏み込んでこないような話し方して来たけど……。
……うーん、なんか嫌な予感するねー。
けどまあ、帰らなきゃ話さないってんだから今は気にしても仕方ないか。
精々さっさと話を聞けるよう、五体満足で帰れるように努力するといたしますかね。
とか殊勝なこと考えてた俺に充てられた担当区域でデバイス起動はせずに突っ立ってたら高町たちから連絡用の端末に通信入って呼びだされた。
なぜかサウンドオンリーなその通信に違和感を覚えながらも呼びだされた手前仕方なくヴァイスさんのヘリまで戻ってういーっすとかあいさつしながら乗り込んだんだが……。
なんということでしょう。殺風景なヘリの中には、およそその外観に似合わぬ服装をしたドレス姿の六課隊長陣三人娘がたたずんでいました。
ヴァイスさんの姿が運転席に見えないのでこいつらの着替えのせいで愛機の搭乗から辞さざるをえなかったようだと推測を立てる。
しかしそれで状況全てを掴めたわけでは当然無く、へへ、どう、せーくん? とか嬉しそうに聞いてくる高町見ながら、はぁ?とか思った。
うん。訳分からん。
見た目について聞かれたのでまー馬子にも衣装でございますねとか適当に答えたせいでぶーぶー言い始めた三人娘のブーイング聞き流しながら、なんでこいつら警備任務の真っ最中にこんな動き辛そうな格好してさらに化粧までして決めてんのだろうかとわりと本気で疑問に思ってた。
確かにデバイス起動すりゃ速攻そんな服関係なく戦闘起動に入れるだろうけど、だからってこれは無くね?
それともあれか、流石にこんな各界の著名人がいらっしゃるような大規模なオークション会場内ではたとえ管理局だろうと制服姿は御法度ですとかご注意受けたんだろうかね。なるほど、仕事着とはそういうことかシャミー。
それならまあ仕方ないね。いきなり襲われた時に咄嗟の動き邪魔されるような服装はどうかと思うけど、そこは俺達がガジェット通さなけりゃいい話でもあるからね。
そんな信頼なんだかなんなんだかよく分からんもの向けられても何にも嬉しくは無いが気合いは入った。よし戻って頑張るか。
とか現実から目を逸らしながら高町たちの顔見てて思ったんだがなんか全体的に化粧けばくね? でもドレス着る時とかこんなもんなのかねーとか悩んでたんだがいや多分そんなことは無い。
確かにそれなりに年齢イったおばさんとか結構濃い化粧したりしてるけど、十九でこれは無いだろー。
もっとナチュラルメイクを心がけてどうのこうのってあの人なら言うよね。
────ああ、このメイクが正しいのかどうかとか、あの人に見せれば速攻分かるじゃん。
俺はポケットから端末を取り出すと、ちょちょいとそれを操作して通信回線を開く。
スリーコールで応答あり。画面にいでしは懐かしの隊長、セイス・クーガー。
ちなみに夫の名前はカズマ、娘の名前はかなみ、息子の名前はリュウホウである。なんというスクライド一家(名前だけ)ちなみに彼らはスクライドを知らない。
そういやなぜストレイトがいないのとか隊長に聞いたことがあるんだが、なぜ知っているとか驚かれながらカズマさんの父さんがストレイトさんなんだとか教えてもらった。生まれるの早すぎだよさすが兄貴とか思った。度肝抜かれるよね、ホント。
『おや、久し振りだな青年。ところで私は今現在、以前までなら必ず君に押し付けていただろう多大なる事務処理の真っ最中な訳だがこんな時分にわざわざ連絡を取ってきたからにはそれ相応の理由が勿論あるのだろうな、なければ……分かっているな』
……一月近く会っていなくても相変わらずなのには安心しましたが、薄ら笑いを浮かべながら物騒なこと口にしてんじゃねーよこえーよこのドSめとか思ったけど言わない。自重は財産さ。
いちいち説明すんのもめんどいような用事なので、緊急事態です。助けてください。とか適当なこと言いながらまた端末操作して隊長側の端末に移る映像を俺から高町たちへと切り替える。
その瞬間、俺の端末の画面に映る隊長の顔色が一変した。
それから両手がものすんごいわなわなし始めたので面倒なことになる前に八神に近付いて端末を押し付けた。
高町たちの視点にしてみれば不可解だろうそんな俺の行動に三人して「え? ……え?」とか戸惑ってるの見ながら俺はさっさとそのヘリを退去。
ヘリから降りて、そのまま素早く扉を閉める。で、両手使って両耳ふさいでから数瞬して、扉の向こうからすんげー巨大な『こんの愚か者どもがああああああっ!』と言う怒鳴り声が響いてきた。扉越しでこれとかぞっとしないよね。
おーおー今日も盛大にやらかしましたねセイス隊長とか思いつつ俺はそそくさと自分の持ち場へと戻ることにした。
補足説明となるが、セイス隊長の数少ない趣味の欄の中には、化粧という項目がある。
あの人普段は何事にも淡白なんだが、化粧のこととなると超うるさい。
特に他人の間違った化粧知識と言うやつがたまらなく許せないらしく、あの人の前で酷い化粧をしていると例外なく説教受けた後講習を受けることになる。無論化粧のいろはをだ。
そんなわけで高町たちが彼女の説教と講義から解放されたのは半時間弱経ってからだったとか。
うちわけは、説教十分、講習十分、実践十分だってさ。
可哀想かもとは思ったけど、あの人の化粧講義はかなりタメになるとあの課の女子には専ら評判だったので無駄にはなるまい。
ついでに高町とかいい加減隊長と話だけでもしとけと思う。結局あいつ休みとりゃしないし。
まあ仕事内容見てるとこれだけやってるなら仕方ないとか俺でも思うレベルの密度だから今回はこんな感じで謝っとくといいと思う。
なんだかんだであの人なら、ああ、構わんよとか言って許してあげると思うので。
で、高町に後で聞いた話だと、互いの頭が冷えたあたりでちゃんと頭を下げて謝ったら、息子用と娘用に高町がサインくれたら許してあげようとか言われたそうな。
そう言えばあの二人、高町の大ファンだったっけ。さすが管理局のエースは知名度から違うよね。以前知り合いだとか言ったら「あわせろあわせろ」うるさかった記憶あるよ。
もちろん会わせなかったけど。というか会わせられなかった、仕事忙しくて。
というわけで、高町たちとセイス隊長の仲直りが、ここに終了したというわけであった。
まあこれ単なる応急処置で、そのうち絶対休み取らせて菓子の折詰持って謝り行かせるから絶対行かせるから!
サインはその時渡させよう。
介入結果その十四 ティアナランスターの着火
海鳴での任務から帰ってきてから数日。今日この日も私は、もう慣れすら入り混じり始めたセイゴ・プレマシーとの合同任務に赴いていた。
ただし今日はいつもと少し勝手が違う。
通常ならスターズの新人、またはライトニングの新人の交代制でこいつについて行くということにいつのまにか決まっていたのだけど、今日はたまたまスバルのデバイスが調整のオーバーホール中だったから私だけが単独でついてくることになってしまった。
「今回は特に人手はいらない任務だから大丈夫だべ」、とはこいつの弁。
その言葉は確かに本当で、てきぱきと任務を終え、ヘリを使うような距離を出かけたわけでもなかったので徒歩で帰路についていた時のことになる。
「なーティア嬢。もうメンドクセーから文句言うのは控え目にするけど本日は貴様と二人きりというちょうどいい機会なので一つだけ聞いておきたいことがございます」
「な、なによ?」
それまで無言で私の隣を歩いていたこいつが唐突に口を開いたので、少し戸惑いながら聞き返すと、こいつはいつもの軽い口調で答え辛いことを口にした。
「俺の戦闘ってさー、お前らのなんかの足しになるわけ?」
「……それは」
そう聞かれて私が返すべき答えがあるとすれば────なる。
こいつの戦闘には、今まで私が……私たちが知らなかった戦いの生々しさがあった。
教科書の中にあるおとぎ話のような戦いだけが戦闘の全てではないんだって、改めてそう思い知らされた。
驚異的な魔力で押しつぶすのではなく。
圧倒的な物量で押し流すのでもなく。
真っ向から相手と切り結ぶのでもない。
自分に出来ることだけを駆使して道を切り開いていく。
足りなければ自分の出来ることすべてをかき集めて、実力の拮抗している、あるいは実力を凌駕されている敵を臥せて行く。
それは私には無い物で、だから自分のものにしたいと思った。
私がこの先目指しているものに、執務官という目標に、それは必要なものだと思ったから。
もちろんそれだけじゃない。
大体こいつは、自分が大したことをしていないような素振りで戦闘をしているけど、そんなわけがない。
相手の攻撃の全てを、刀一本とシールドだけで悉く柳のように受け流して平然としているようなやつが。
「なんでお前ら収束砲撃正面から受け止めるの馬鹿なの死にたいの? 体位調整してシールド斜めに張って受けねーと楽に威力受け流せないだろ。正面から受けるとかねーよ」とか言うやつが。
誘導弾数十発を一点集中して、ラウンドシールドごと敵の魔導師を吹き飛ばすようなやつが。
普通であるはずが、絶対にない。
あれだけの体捌きをして。
敵の放った砲撃に合わせて一々受け方を調節するような芸当を見せて。
針の糸を通すようなコントロールで誘導弾全ての着弾点をほぼ同位置に集中させるような奴が、普通であるはずが無いのに。
なのにこいつは、「俺なんかよりお前たちの方がよっぽどすげーだろ」なんて、平然と言い放つのだ。「俺はただ単に戦闘慣れしてるだけだって」と。
確かに、こいつの周りにいる人たちがこいつ以上に普通じゃないのは私にだってわかる。
なのはさんや他の隊長の人達はもちろん。エリオも、キャロも、スバルだって規格外だ。
だけど、これだけの人財の中にいて自分を見失わないだけ強いくせに、それをどうとも思っていないなんて……。
これじゃあ、私は……。凡人の私は、必死に学ぶしかないじゃないか……。
だから学ぶ。私の知らない何かを。
そのために私は、こいつを見ている。
自分は凡人だと言い張るこいつを。
セイゴ・プレマシーを。
「おーい、聞こえてるか?」
「……え」
目の前で手をちらちらされながら声をかけられて耽っていた思案から意識を引き戻されると、私の前で胡散臭そうな表情を浮かべたそいつが立っていた。
質問に対する答えを探そうとして立ち止まってしまったようだった。
「聞こえてるわよ。なに?」
「……いや、なに?も何も、お前が道の真ん中でボケッと立ち止まり始めたから俺も立ち止まらざるをえなかったわけですが」
「う……」
痛い所を突かれて私がひるむと、こいつはさらに続けて言った。
「で。さっきの質問の答えは?」
再び聞かれて、逡巡しながら答える。観察しているのを悟られている以上、下手に隠しても仕方がない。
「……なるわよ」
「なるのか?」
「……そうよ」
「本当になるの?」
「……なるって言ってるでしょ」
「……いや、前からずっと思ってたんだけどお前さ」
「……何よ」
「なにが原因か知らんけど焦り過ぎじゃね?」
「────っ」
心臓が、跳ねた。
目を見開いているのが自分でもわかる。
誰でも言えるような簡単な一言なのに、心臓を鷲掴みにされたかのように体が硬直する。
焦ってる? 私が────?
「そうまでして力が欲しい理由が……まああったとして、と言うかあるんだろうけども。力なんて使い方が身に染みついてなけりゃ振り回されるだけだぞ」
「……だから、なに? だったら使い方が身につくまで反復すればいい。ただそれだけよ」
「……あのなー、こんな説教くさいことわざわざ言いたかねーけど、お前達が今やるべきことってのは高町の言うこと聞いてだな────」
「────っ! あんたに何がわかるのよ!」
「────!」
口にした直後、目を丸くしたこいつの顔を見て、それからはっとした。
何を言っているんだ、私は。
会ってまだ一月ほどしか経っていない、ただの職場の上司なんかに、私の気持ちを理解してもらえるはずなんてない。そんなのどう考えたって無茶な望みだ。
無茶な望みだって、分かってるはずなのに……。
なんでこんなにイラついてんのよ、私……。こいつが私に何を言おうと関係なんて────
……無いはず、よね……?
なによ、この嫌な感じ……。気分悪い。
「確かにわっかんねーな。自分のことだって訳わかんなくて一度大失敗やらかしたのに他人のことなんぞ……」
「……っ、なによそれ……」
咄嗟にこぼした一言に反応して聞くと、あいつははっとしてからバツが悪そうに視線を伏せた。
「……いや、なんでもねー。忘れろ」
「……あっそ。だったら、こっちの話もお終いね」
「そうかい。分かったよ、もう聞かねえ」
無理やり話を切り上げると、こいつももう会話を続ける気を無くしたようだった。
私への追及を半端に諦めてまで、聞かれたくない話だったのだろうか?
こいつの過去にも、そういうものが?
……だけどそんなの関係ない。
こいつの文句も、いい加減聞き飽きた。
だから、私のやっていることを認める気が無いのなら、実力で認めさせればいい。
今までずっとそうやって生きてきた。だから、今回も────
次の任務で見せつけてやろう。
私の、ランスターの存在意義を────
六課がホテルアグスタのオークション警護任務につくのは、この次の日のことになる。
2009年7月19日 投稿
2010年8月23日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2015年7月26日 再々改稿