「昼間からこうやってダラダラしていられるなんて最高だ。こんな日がずっと続いてくれればいいのに」
心地いい日差しに照らされ、気持ちのいい風に吹かれながら、瑞樹はダメ人間の世界チャンピオンになりつつあった。
『マスターの過去を見る限るそれは無理だと判断します』
「そう言うなよ。むしろこれまで激動の日々だったんだから、これからは老後の猫のように過ごしたい」
『バナナに滑って転んでそのまま死んでください』
「いや、さすがにそれは・・・・・」
己のマスターを罵倒しながらもアイリスは周囲への警戒を怠らない。
ここにはただゴロゴロしにきたわけはないのだ。
平和そうな顔でぐでーっとしているマスターの姿を見ているとすごく不安になってくるが、とにかく違うのだ。
『フェイトさんから連絡があるのかもしれないのですよ?』
フェイトは先ほどジュエルシードの反応を感知して、アルフを連れて行ってしまった。
戦闘の役には立たない―――むしろ足を引っ張りかねない―――瑞樹はお留守番・・・というわけでもなく、必要があった場合のみ出撃することになっている。
「ん~・・・・フェイトは優秀だからなぁ・・・・・・ない可能性に5円」
『安い自信ですね・・・・・・・・・』
「う~む・・・・じゃあ、こうしよう。出撃することを前提に、アルフとフェイトのどっちから要請があるか当ててみようじゃないか」
『まぁ・・・・このままマスターをゴロゴロさせておくよりは、少しでも何かさせた方がいいですね』
「心が広いオレは先行を譲ってやろう。おまえのターンッ」
『ドロー・・・とでも言えばいんですか?』
「わかってるじゃないか」
ニヤリとする瑞樹は放置してアイリスは考える。
と言っても、こんなものは最終的に運任せでしかないのだが。
『・・・普通に考えればフェイトさん、でしょうね』
「だったらオレはアルフで」
『この際だから何か賭けましょう。そうですね・・・・ありきたりですが、負けた方が勝った方の言うことを、何でも一つ聞くということで』
「いいぞ。後悔するなよ」
『後悔するのはマスターのほうです』
「フッ・・・・分の悪い賭けは嫌いじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
その場のノリで賭けに乗ってみたものの、いつまでたっても連絡が来ないと勝負はどうなるんだろうか。
「・・・・時間制限でも設けておけば良かったな」
『時間制限のある賭けなんかありませんよ』
やり始める前は、結果が出るまで寝てればいいなんて思っていたが、一つの可能性を考えてしまったのだ。
アイリスが不正をしないか、と。
瑞樹が寝ているのをいいことに、『結果ですか?私の勝ちでしたよ。今日からマスターは私の奴隷ですね』なんて言いかねない。
マスターなんだから自分のデバイスを信じろよ、と天使が囁くが疑心暗鬼の悪魔がそうはさせまいと邪魔をする。
疑心暗鬼というのは一度陥ってしまうとなかなか抜け出せない。
しかし何もせずにただ待つというのは、以外と辛いものだ。
ぶっちゃけ、飽きてきた。
「・・・・一つ提案がある」
『・・・なんですか?』
アイリスが瑞樹の様子を窺うように返す。
どうやらアイリスはアイリスで瑞樹を警戒していたようだ。
この二人は本当に主従なのだろうか。
信頼関係が紙ヒコーキよりも軽い気がする。
「(おのれ、アイリス・・・・・・・・)」
自分のことをエベレストよりも高い棚に上げて、瑞樹は心の中で毒づく。
『マスター?提案とは・・・・・・・まさか何か企んでいるのではないでしょうね?』
「このままだと時間を無為に過ごすだけだ。そこでこっちから連絡を取ってみようと思う。二人に同時に話しかけて、先に答えた方がアルフだったらオレの勝ち。フェイトだったらお前の勝ちだ」
『・・・・・・・・・・・』
しばしの沈黙。
『・・・・・いいでしょう。かならず同時に話しかけるという条件さえ守れば私に異論はありません』
長考した結果、アイリスは瑞樹の条件を呑む。
『少しの時間差も許しませんよ?』
「あいよ」
アイリスは念を押すが、こちらから声をかけるという条件をアイリスに呑ませた時点で、瑞樹の勝利は確定していた。
「(フッ・・・・・見るがいい、これがオレの全力だ!)」
瑞樹は一息つき、放つ。
勝利のワードを――――!!
「(アルフ~)」
「(ん?瑞樹かい?)」
『んなっ!?』
「(あれ・・・瑞樹、念話の使い方間違えたの?)」
この時点で、勝者は確定した。
名前を呼ばれ、いち早く返事をしたアルフ。
単純すぎる故に予想外なチートに慄くアイリス。
瑞樹はまだうまく魔法が使えないんだ、と間違いを正そうとしてくれる純粋なフェイト。
『な・・・・ななな・・・・・・』
言葉にならない声を上げてフリーズしているアイリスに、瑞樹はフフンと勝利の嘲笑をくれてやってから、フェイトに話しかける。
「(何事もなく終わったのか?)」
「(うん。少し邪魔が入ったけど、大丈夫だった)」
「(邪魔・・・?)」
「(白い魔導師がジュエルシードを集めてるみたいなんだ)」
白い魔導師――――このタイミングで出てくる魔導師なんて白くなくても一人しかいない。
フェイトはなのはと遭遇したようだ。
だが今の時点では、まだなのははフェイトの足元にも及ばない。
瑞樹がいなくても大丈夫だろう・・・・・いてもいなくても同じかもしれないが。
「・・・・・・・・・・・・・・」
少し鬱になる。
暗い考えを振り払って、そういえば他に誰かいたような気がすると思い立つ。
えーと・・・確かもう一人・・・いやもう一匹なんかいたような・・・・ゆー・・・ユー・・・・。
「(・・・・っ)」
思考に耽っていた瑞樹は、フェイトの痛みを堪えるような声で現実に引き戻された。
「(どうした?怪我でもしたのか?)」
「(う、ううん。何でもない。だいじょうぶ)」
少し、様子がおかしい。
「(・・・・・・・・・・)」
直接見ていなくてもわかるくらい、アルフも何やら殺気立っている。
「(・・・・・ん、まぁいいや。終わったなら早く戻ってこいよ。飯作っとくから)」
二人からの返事を待って、瑞樹は念話を終える。
「ふぅ・・・・アイリス、少しやることが・・・・・はっ!?」
一息ついたところで、瑞樹は強烈な殺気を感じた。魔王ですらデコピンで殺せそうな殺気である。
『ふふふ・・・・マスター・・・・覚悟はよろしいですか?』
「え、ちょっと待ってくださいよアイリスさんあんなのただのジョークじゃないですかいえスミマセンちょっとしたでき心だったんですごめんなさいッッッ!!!」
『あなたは・・・・私を怒らせた』
瑞樹の断末魔が空に吸い込まれた。
夕食後、瑞樹はプレシアに会いに来ていた。
アルフがまたもや暴走して二次災害を受け、もういろいろと投げ出してベッドにダイブしたいところだったが、どうしても早くやらないといけないことがあった。
「・・・・・・・・・・・」
相も変わらず薄暗い。
陰鬱な気分になりながらも瑞樹はプレシアのいるであろう玉座へと歩みを進める。
暗い玉座、そこには孤独の女王が佇んでいた。
「あんたとの契約の詳細を詰めに来たぜ」
「いきなり話があるというから何かと思えば、契約も何もあなたは命と引き換えに私に協力しているのではなくて?」
「初めはそうだったよ。今はどうかな」
プレシアは瑞樹の言葉に訝しげな顔をする。
その仮面の下の表情は伺いしれない。
ただその声から妙な自信が見える。
「呼ばれたばかりのオレは無力。だが、今のオレには力がある」
それを聞いてプレシアは思わず噴き出しそうになった。
目の前の勘違い男は、たかだがデバイスと少しの魔法を使えるようになったくらいで、天下をとったつもりでいるのだ。
フェイトに密かに取らせた瑞樹のデータを見ただけでも、技術的にも経験でもプレシアの足元にも及ばない。
それは例えこの身が病に冒されていたとしても、だ。
「ふふふ・・・・馬鹿な子。その程度の力で私と対等になったつもり?」
「何を勘違いしている」
「聞こえなかったのかしら?その程度の力で・・・・」
同じことを繰り返すプレシアを、仮面の騎士はハッと笑い飛ばした。
「管理局に駆け込む」
「・・・・っ!?」
「さぞ面倒なことだろうな。管理局の介入は確実にあんたの目的を阻害する」
――――なぜ、ついこの間までただの一般人に過ぎなかったこの男が、時空管理局なんてモノの存在知っている。
如月瑞樹の世界は魔法文明が発達していた?
いや、それはない。
リンカーコアだってデバイス起動と同時に覚醒していた。
それは今まで魔法に触れたこがない証拠だ。
ではなぜ――――?
プレシアは思わぬ反撃に内心で動揺しつつも、表情には余裕のある笑みを張り付ける。
「―――それはわかりきっていたことよ。このままあなたが何もしなくても、管理局はいずれ介入してくるわ」
「違うな、間違っているぞプレシア・テスタロッサ」
しかし、瑞樹はそんなプレシアを鼻で笑う。
「考えろ。管理局がただ介入してくるケースと、オレというこちらの情報を持った裏切り者が管理局に接触するというケースの違いをな」
「・・・・・あなたがこちらの情報を売れば、管理局は直接ここに踏み込んでくるわね」
「そういうことだ。ここの座標はアイリスの中にすでに記録されている」
仮面の騎士は――――――。
―――さぁ、どうする―――?
そう言わんばかりに大仰に両手を手をかざしてみせる。
「関係ないわ。有象無象が寄り集まったところで、私を倒すことはできない。邪魔者を消してからアリシアを蘇らせるとするわ」
「それは無理だな」
「この私が負けるとでも?それは面白い冗談だわ」
「違うな。おまえには管理局の相手をしている時間はない、という意味だ」
「・・・・っ!?」
今度こそ、プレシアは余裕の表情を崩すことになる。
瑞樹の言葉の意味を正確に理解したからだ。
「・・・・・どこで私の情報を手に入れたのかしら?」
「その質問に意味はない。結果としてオレは知っている。それだけだ」
「私が今この場であなたを消してしまうとは思わなかったの?」
「このオレが、何の策もなくあんたとサシで交渉なんてするわけないだろう。オレが死んだら情報は自動的に管理局に発信されるようになっている」
「・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
プレシアは深いため息をつき、呆れたように正面を見る。
仮面の騎士が、憎らしい笑みを浮かべたような気がした。
バクンバクンバクン――――!!!
心臓がヤヴァイ音を立てて鳴っている。
原作の情報を使い、はったりと虚勢でなんとかここまできた。
これでようやく対等。これでやっと交渉に入れる。
因みに、瑞樹が死んだら情報が発信されるうんぬんは嘘っぱちである。
そんな能力も知識も瑞樹にはない。
本気でプレシアが瑞樹を殺しにかかってきたら、アヴァロンでもなんでも使ってなりふり構わず逃げるつもりだった。
格好の悪いことこの上ないが、結果的にプレシアに殺される心配はなさそうだから良しとする。
はったりだろうが虚勢だろうが、相手が信じればそれは立派な戦術だ。
「オレの要求は一つだけだ。なに―――――別に無茶なこと要求するつもりはない」
「・・・・・なにかしら?」
瑞樹はあくまで余裕そうに言う。
この精神的優位を逃すわけにはいかない。
全ての面においてプレシアは瑞樹を上回っている。
この瞬間を逃したら、もう瑞樹にチャンスはない。
「あんたの目的にオレ便乗させてくれ。オレにも生き返らせたい人間がいる」
「あなたも・・・・・・?」
プレシアは瑞樹を見やる。
もう瑞樹が何をどこまで知っているか、なんて聞くつもりはない。
「・・・・失ってしまったモノは戻らない――――だから仕方がない。生憎とそんなふうに考えられるほどオレは人間ができていない」
プレシアは黙って瑞樹をただ見つめている。
「オレにとってあんたとの出会いは運命にも似たものだった。オレが諦めかけていた望みを、諦めずに叶えようとしている人間がいる」
「・・・・・・・・」
「・・・・・悪いが便乗させてもらうぜ。オレは諦められない・・・・あんただってそうだろう?」
「・・・、・・・・・」
「その代り、オレにできることは何でもしよう。目的のためにジュエルシードが必要な幾つでも持ってくる。だから―――――――――」
沈黙。
プレシアは瑞樹の真意を測りかねているようだ。
あれだけ脅しておいて、ほいほい信じてくれというのが無理な話だ。
「・・・・いいでしょう。同じ目的を持つものを見捨てるなんてできないわ」
ややあって、プレシアは答えた。
「ああ・・・・感謝するぜ。オレは今まで通りジュエルシード集めに専念すればいいのか?」
「ええ、後は・・・・あなたのデータを取らせてもらえるかしら?」
「なんでだ?」
「あなたのそれはどうも特殊なデバイスのようだから、あなたの健康上何かあるかもしれないでしょう?初めは何かあっても使い捨てにすればいいかと思ったけど、そうもいかなくなったから詳しいデータが必要なのよ」
「使い捨てってオイオイ・・・・・・あ、そうだ。ジュエルシード集めを円滑にするために一つ提案」
「・・・まだ何かあるの?」
「あんた、フェイトに八つ当たりして虐待してるだろ」
「あの人形が何か言ったのかしら?」
「そういうわけじゃないけどな、戦ってる様子とか見てるとなんとなくわかるんだよ。今日だって何の傷も負ってないはずなのに動きがちょっとな・・・・・」
もちろんこれも嘘だ。
戦っている様子を見るどころか、瑞樹は戦場に出てすらいない。
ただ念話のときのフェイトとアルフの様子を見て、たまたま原作でそういえば、と思いあたっただけだ。
「オレは戦闘能力的に当てになるとは言えない。だからフェイトに八つ当たりすることで、ジュエルシード集めがかなり遅れる。・・・・今まではあんたとあの娘の問題だと思ってたんだがな、それによってジュエルシード集めが遅れるなら黙ってみているわけにはいかない」
「・・・・・・・・・・・・」
「少し優しくしてやったらどうだ?」
「あれは人形よ。アリシアの、出来そこないでしかない」
「わかってるよ、だから少しでいい。せめて虐待はやめろ。それでフェイトのやる気がなくなって、投げ出されたらどうする?」
フェイトの母親を慕う気持ちを考えば、そんなことはまずありえないが、それをプレシアは知らない。
否、知ろうともしない。
「目的のために手段を選ぶなよ。フェイトのやる気は高ければ高いほどいいだろう」
「・・・・・・、・・・・わかったわ。あくまで表面上だけよ」
――――そこまでフェイトが嫌いか、自分で造ったのに勝手な話だな。
「それでいいさ。契約成立、だな」
「ええ、そうね」
お互いに信頼が伴わない関係だからこそ、利害の一致は唯一信用できる契約。
瑞樹は契約通り、プレシアにデータを取らせてから玉座を出た。
『マスター・・・・・お疲れ様です』
毒舌スキルEXを持つアイリスが思わず労ってしまうほど、今の瑞樹は疲弊していた。
「痩せた・・・・絶対に物理的に痩せたぞこれは・・・・・・」
『ダイエット成功ですね』
「こんな身体に悪いダイエットは断じてダイエットとは呼ばない・・・・・・」
『今にも死にそうなマスターに追い打ちをかけるようですが、マスターとプレシアさんの望みがかなう可能性はほとんどありません』
ジュエルシードの力で虚数空間を作り出す。
しかしその先にかならずアルハザードあると誰が言ったのか。
物的証拠は何もない。
所詮は伝説でしかないのだ。
「ん・・・ああ、別にいいけど。つーかそんなところに行くつもりは毛頭ない」
『はぁ!?だったら今までのやり取りは何だったのです!?久しぶりに更新した内容は無意味ということですか!??!』
「いやいや、落ち着け。あのやり取りの意味はだな、フェイトへの虐待を止めさせることにある」
『え・・・・・・・・?』
アイリスは耳を疑った。
今聞いたことが幻聴でないのならば、瑞樹の目的は話の内容と全く違ったものになる。
終盤に提案としてチラッとでた補足的なものが、実は本当に目的であったなんて誰が予想できるか。
瑞樹は気づいてかどうか知らないが、フェイトに戦闘の傷とは明らかに違った傷があったことをアイリスは知っていた。
しかし、言い方は悪いかもしれないが、そんな些細なことのために瑞樹が何かをするとは思わなかった。
瑞樹は巻き込まれただけ。
「普通に言ってもやめてくれそうにないからなー・・・・面倒なことをする羽目になった」
『それだけのために・・・・?あんなに危険なことを・・・・・・?』
「それだけのためって言うな。一度気になったらどうにかしないと気が済まないんだよ」
むすっとする瑞樹に、アイリスは深い深いため息を吐いた。
『マスターの巻き込まれ型体質の原因は・・・・・・その大半がマスターにあるような気がしてきました』
「ん、今なんていった?」
『いえ―――他にも方法はあるかもしれないのに、こんなわざわざ自分が警戒されるような手段を取るマスターはお馬鹿だなぁ、と』
「これしか思いつかなったんだよ・・・・・・」
『・・・・・・マスターは馬鹿ですよ。私の想像の斜め上をバレルロールして飛び回るくらいの』
「・・・・オレもそう思うよ。あー・・・・・つかれた」