夢を――――――――――――――見ていたんだ。
「フェイト、起きろー」
ゆさゆさゆさ、誰かが身体を揺する。
「ふみゅぅ・・・・・・・・・」
フェイトはその手に抵抗するように、掛け布団の中に潜り込む。
「こらこら・・・・朝飯が冷める前に起きてくれよ」
「あさ・・・ごはん・・・・・・・・・」
もそもそ、と金糸の髪が温かい誘惑と外界の間を揺れ動く。
悩んでいるらしい。
「みずき・・・・おはよう・・・・・」
しばらくして、寝ぼけまなこのフェイトが顔を出した。
どうやら掛け布団の心地よさと朝ごはんの戦いは、朝ごはんの魅力が勝ったらしい。
瑞樹はまだ寝起きでふらふらしているフェイトの髪を優しく梳くと、フェイトに笑顔で言った。
「ああ、おはよ」
フェイトが着替えて食卓に着く頃には、アルフがすでに座って待っていた。
「・・・・・・・・・」
「アルフ・・・・?どうしたの?」
「え、あ、フェイト・・・・・・」
アルフはじぃぃぃぃっっとサラダを取り分けている瑞樹を凝視して首をかしげている。
「みずきがどうかしたの?」
「いや、んー・・・どうもしないんだけど・・・・」
アルフは自分でもなぜ瑞樹を見ているのかわからないようだ。
しきりに左右に首を振って考えている。
「アルフにはシーチキンを多めに盛っておいたぞ」
「本当かい!?」
アルフはテーブルに身を乗り出して、取り分けられるシーチキンを輝いた瞳で見つめる。
疑問は吹き飛んでしまったようだ。
「今日はパン?」
「ああ、フェイトはイチゴのジャムがお気に入りだったか」
「え・・・わたしはオレンジが一番すきだよ?」
「ぬ・・・すまん、少しぼうっとしてるかもしれないな。最近忙しかったから」
「ふぉう・・・ふぁんふぁふぃふふぃふぃふぁふぁ・・・・」
フェイトがパンをもふもふと齧りながら言う。
「あはは・・・・なんて言ってるか全然わからないぞ」
フェイトは慌ててパンを飲み込むと、頬を少し赤く染めた。
「あんまり無理しないでって言ったのっ・・・・もうっ、みずきはすぐ
に無理するんだから・・・・」
「いやいやいや、フェイトも大概に無茶だと思うんだが・・・・」
「くちごたえしないのっ」
「・・・・・・はい、すいません」
だいたいみずきは・・・となおも続けるフェイトに、瑞樹は苦笑すると、オレンジのジャムを塗ったパンを口に放り込んだ。
「・・・・・・・・?」
「みずき、今日は散歩にいかないの?」
昼下がり、フェイトはふと思いついたように聞く。
瑞樹は昼食を終えると、散歩に出かけることが多い(日曜日だけは何故か頑なに外出を拒むが)。
思いついたようにふらふらと出かけて、何故か疲れた顔でお菓子を持って帰ってくる。
瑞樹が散歩に行っている間、いつもはジュエルシードを探していた。
でももうその必要もない。よくわからないけど母さんがもういいと言っていた。
「ん・・・・・ああ、どうしようかな・・・・・」
「わたしもみずきとお散歩に行きたいな」
声が自然と弾んでしまっても仕方ないと思う。
本当はもっと前から瑞樹と散歩に行きたかった。
初めて誘われたときの、すごく嬉しかった気持ちは、胸の一番奥にしまってある。
その時はやることがあったから仕方ないけど、今なら瑞樹と一緒に散歩に行ける。
「んー・・・・そうだな。じゃあ今日の午後はフェイトとデートということで」
「で、デート・・・・!?」
「ああ、デートだろ?」
「・・・・・・・・・・」
恥ずかしさでまともに瑞樹の顔を見れなくなってしまった。
フェイトは顔を赤くして俯いてしまう。
「ひょっとして嫌なのか?」
残念そうにして、背を向ける瑞樹にフェイトは焦る。
怒らせておいていかれてしまったら、そう思うと胸のあたりがどうしようもなく痛くなった。
「ち、違うよっ・・・・わ、わたしだってみずきと・・・・でっ・・・で、でーと、したい・・・・」
必死になって言うフェイトに、瑞樹は振り返って笑いかけると、そっと髪を撫でる。
「すまん・・・少しからかってみた」
「ふぇ・・・・?」
「だから、からかっただけだ」
「・・・・・・・・・(むー)」
フェイトは言葉の意味を理解すると、ぷいっと顔を背け拗ねてしまった。
「みずきはいぢわるだ・・・・・・・」
「くくっ・・・・悪かったって」
頬を膨らませながら言うフェイトの頭を撫でつつ、瑞樹は笑いを噛み殺しながら謝る。
「もうっ・・・ちっとも反省してない・・・・」
「悪かったよ。フェイトが可愛過ぎて少し意地悪してみたくなったんだ」
「か・・かわいい・・・・・」
何度も反芻するように呟き、フェイトはさらに赤くなる。
瑞樹は面白そうにコロコロと表情を変えるフェイトを眺めていたが、狼形態で寝ているアルフを目にとめると、脇腹に爪先をグリグリと押し込む。
「アルフ、寝てないで行くぞ」
「んむむ・・・?瑞樹じゃないか・・・まちなよ、今おおきな骨付き肉が・・・・」
「幻想だ」
グリッとさらに爪先を押し込むと、ようやくアルフは大きな欠伸を一つして頭を起こした。
「ふぁぁぁぁ・・・・・なんだい・・・どうでもいい用事だったら、食うよ?」
骨付き肉の夢を見て原初の本能が目覚めたのか、両眼をギラッと光らせてアルフは唸る。
「今から散歩に行くんだが、おまえもついてこないか?」
「散歩!?いくいく!!あたしをおいていったら噛みついてやるところだよ」
ものすごい食いつきっぷりだった。
瑞樹のそで口に齧りつき、そのまま外に引っ張り出そうとしている。
アルフもフェイトと同様に、瑞樹と散歩に行きたかったのだろう。
「引っ張るな・・・って聞いちゃいない。フェイト――――」
瑞樹はすっと、フェイトに手を差し出す。
「行こう」
「・・・・・・・・」
フェイトはしばらく差し出された手をじっと見つめていたが、
「うんっ」
やがて満面の笑みを浮かべ、そっと――――――自分の手を重ねた。
「みずきはいつもどこを散歩してるの?」
「ん・・・そこらへんをぶらぶらとテキトーに、だな」
「そこらへん?」
「テキトーだ」
住んでいるマンションを出て、さらに都心を抜けて郊外のほうにでる。
少しずつ多くなっていく緑を見るのが好きだと瑞樹は言っていた。
今度はフェイトも一緒にいこうな、と笑顔で言ってくれた。
走っている若者、散歩に来ている老人、手をつないで歩いている恋人。
瑞樹とフェイトはその中に混ざって、歩調も静かに歩いていく。
特に目的もなく、いつまでに帰らなくてはならないということもない。
「少し休むか」
瑞樹は近くにベンチを見つけると、フェイトの手を引き座らせ、隣に自分も腰掛ける。
「あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
子犬形態ではしゃぎまわるアルフは、フェイトに鳴いて返事をすると、転がったり跳ねたりと遊び始める。
「ふぅ・・・・このまま永遠にぼうっとしていたいな・・・・」
「えと・・・・うん、そうだね」
ぐでーとする瑞樹の横で、フェイトは投げ出された瑞樹の手をチラチラと覗き見ている。
差し出された手は暖かくて、そして優しかった。
恥ずかしくなってすぐに離してしまったけど、今となってはなんて惜しいことをしたのだろうと思う。
歩いている途中も、何度となく瑞樹の手を握るチャンスを窺っていたのだが、残念なことに瑞樹はポケットに手を入れて歩いていたのだ。
これは腕を組むしか・・・・と思い経ったあたりでフェイトは頬が熱を持つのを感じ、脳裏をかすめた考えをぶんぶんぶん!!と頭から追い出した。
ハードルが高すぎたらしい。
「疲れてないか?」
「だ、だいじょうぶだよ。次はどこにいくの?」
話しつつも、フェイトは瑞樹の様子を窺うことをやめない。
瑞樹は何もない空間を、ぽーっとみている。
要するに何も見ていない。
そんな瑞樹に、フェイトは何かを決意した顔つきになり、そーっと手を伸ばし―――――。
「そうだな・・・・フェイトはどこに行きた・・・って何をそんなに慌ててるんだ?」
「な、なんでもないっ、なんでもないからっ!」
――――くるっと突然こちらを向いた瑞樹に、慌てて手を引っ込める。
「いや・・・そんなエライ勢いで言われても・・・・・・」
「・・・・・なんでもないのっ」
「・・・・・さよか」
手をぱたぱたさせながら言われても説得力は皆無と言っていいが、顔を赤くし、ジト目でこれ以上踏み込むな触れるな離れろ、と警告じみた言われ方をされてしまったら何も言えなくなってしまう。
瑞樹は視線を、芝生の上で別の犬と戯れているアルフにやる。
「・・・・・・・」
再び投げされた瑞樹の手。
フェイトのすぐ真横にある、優しい手。
「・・・・・・こんどこそ」
フェイトは小さく呟くと、今一度、標的に手を伸ば――――――――――。
「ボールとってくださーーーーい!!!」
「あいよー」
「・・・・・っ!!!?」
――――そうとした瞬間に、瑞樹が立ち上がって転がってきたボールを、グローブをはめた子供に投げ返す。
「~~~~~~~っっ!!?!?」
何もないベンチの肌をバッチンと叩いた姿勢のまま、ぷるぷると小刻みに身体を震わせるフェイト。
「・・・・・・?どうし「なんでも、ないよ?」・・・・そ、そうか」
少し引き攣ったフェイトの笑顔から、何やら言いしれぬプレッシャーが迸り、瑞樹を襲った。
「・・・・あ、あー・・・いい天気だー」
何でもないと言いつつ、隣からゴゴゴゴゴゴゴ!!!と擬音が付きそうなプレッシャーをかけられ、瑞樹は完全に棒読み状態である。
フェイトは何度トライしても逃げられる、手強過ぎる標的をうー・・・と睨みつける。
折れそうになる心を奮い立たせて、自分に言い聞かせるように呟く。
「・・・・・・まけないもん」
少し涙目になっていた。
フェイトはいざ、と獲物に狙いを定め―――――。
「えいっ!」
―――ついにそれを手に取った。
「は・・・え・・・ってイダダダダダッ!?!?!」
そして思いっきり握りしめた。
フェイトとしては、絶対に逃がさない、という意思の表れだったのだろーが・・・いかんせん瑞樹の手はそんなに頑丈にできていなかった。
「ちょっ・・フェイト!指はそんな方向に曲がらなッ・・・!?!?関節がッ!!関節がッ!?!?」
瑞樹の手がバキッ!メキャッ!とレクイエムっぽい悲鳴を上げているが、幸せいっぱいのフェイトには当然のように聞こえていない。
「・・・・あったかいな」
それどころかとてもご満悦のようだった。
ほくほくした笑顔でぎゅっと、両手で包みこむ――――――――関節的には無理な方向で。
「んっ!?つぁっ・・・ちょぎっ!?」
満たされた笑顔のフェイト、顔色がおかしなことになっている瑞樹。
フェイトが瑞樹の様子に気づくのは、瑞樹の意識が成層圏を突破しかけたころだった。
結局、日が暮れるまでずっとそうしていた。
公園のベンチに座り、いなくなっていく人をただ見送り続ける。
アルフも遊ぶことに疲れたのか、ベンチの足元で身体を丸めている。
一緒に遊んでいた別の犬の飼い主が、未だにアルフにじゃれつくその子犬を連れ帰るのを最後に、公園には誰もいなくなった。
「あのとき・・・・みたいだね」
フェイトは誰もいなくなった公園で、そっと呟く。
なのはと瑞樹が楽しそうに話していたベンチ。
あのときはただ後姿を見ていることしかできなかった。
でも、今はこうして瑞樹の隣にいられる。
知らず知らずのうちに、フェイトは顔をほころばせる。
「あのとき・・・・ん、ああ・・・・そうだな」
微妙な表情で返す。
「みずき、きいてもいい?」
「ん・・・まぁ、物による・・・というかオレに答えられることなら」
「やっぱり、元の世界に帰りたい・・・・?」
前にも一度聞いた疑問。
あの時はタイミングが悪くて答えをもらえなかったが、あれからずっと気になっていた。
でも勇気がなくて聞けなかった。
帰る、というのが普通なのだ。
瑞樹は巻き込まれただけで、ここにいてほしいのと思っているのはフェイトの勝手な願いでしかない。
だから怖くてずっと聞き直せなかった。
もし帰るって言われてしまったら・・・・・・・フェイトには瑞樹を引き留める術などないのだから。
「・・・・いや、オレはここにいるよ」
その言葉にフェイトは目に見えて安堵したと思う。
「ほ、ほんとうに?本当に、本当にいてくれるの?」
「ん・・・帰りたいって気持ちがなければ、そりゃ嘘になるさ。でもフェイトやアルフとも一緒にいたい。どっちも取ろうだなんて無理な話だからさ」
「う、うん・・・・・」
違和感。
遠くを見つめて話す瑞樹の横顔に、ほんのわずかだが違和感が横切る。
「何かを得ようとするなら、何かがかならず犠牲になる。世の中、そういうモンだろう?」
フッ、と自嘲気味の笑いを浮かべる瑞樹に、フェイトは困惑する。
確かにそうかもしれない。
瑞樹の言ってることは、どうしようもないくらい正論だ。
「みずき・・・・・・?」
だけど、らしくない。
そんな当たり前の正論を掲げるのは、ちっとも瑞樹らしくない。
「そ、そうかもしれないけど・・・・・・」
「理想をかかげるのはいい・・・・が、理想と現実は違う。できることと、できないことがある」
「うん・・・・・」
「だからオレは、絶対に迷わない」
瑞樹は迷いのない目で、フェイトの目を見る。
「・・・・・っ・・・・・、・・・・・・・」
その迷いのない眼差しで―――――――――――――気づいてしまったんだ。
朝から感じていた小さな違和感。
少しずつ大きくなっていく歪。
それが――――その正体が、わかってしまった。
残酷な真実。
できれば――――知りたくなかった事実。
「あなたは・・・・だれですか・・・・・・?」
瑞樹の笑顔が凍りつく。
夢(幻想)が―――――――――――――――音を立てて、崩れ去った。
「フェイト?オレはみず「違うよ・・・あなたは、みずきじゃない」・・・・・・」
フェイトは悲しげに顔を歪ませて、瑞樹から静かに離れる。
「瑞樹は・・・あなたみたいにどっちか、なんてことは言わないよ・・・・」
例えば、フェイトとプレシア――――その両方を救ってみせると言いきるように。
「たくさんたくさん、大変な思いをして・・・・捨てちゃったら楽なのに、でもどうしてもできなくて・・・・最後まで両方のために、瑞樹は頑張るんだ」
「それのどこがいい?無理をして、どっちも得られなかったら?」
「それでもっ・・・・わたしは、諦めない・・・がんばってるみずきが好きなんだっ・・・」
「・・・・・・・・そっか」
諦めたような、何かをふっきったような表情。
そして瑞樹は―――――――仮面を被ることを止めた。
「まいったな・・・・これでも上手く演ってたつもりだったんだが?」
ガラッと口調を変えた青年はため息をはき、指を鳴らして少年の瑞樹から青年のミズキの姿になる――――いや、戻る。
「あなたは・・・・たーみねーたーさん、ですか?」
「ああ、オマエらはそう呼んでたな。一応、名乗っておこうか。オレは如月瑞樹のクローン、プレシアがかけた保険ってところか」
「みずきの・・・・・クローン・・・・・」
呟くように反芻して、フェイトは目の前に立つ青年を見やる。
確かにその姿は瑞樹の成長した姿そのもの。
前に一度だけ見たことがある、仮面を外した瑞樹の素顔と恐ろしいほどよく似ていた。
ただ瞳はフェイトと同じ深い紅、そして黒いはずの彼の髪は、色が抜けてしまったかのように白だった。
「名前はないから好きに呼べばいい」
瑞樹と同じ顔で、瑞樹ではありえない冷笑を浮かべる青年に、フェイトは寒気を覚える。
「ミズキ、さん・・・・って呼んでもいいかな」
「好きにしろ」
「アレは・・・・どういう意味なんですか?」
彼があの黒騎士なら、フェイトには聞かなければならないことがあった。
海の上で、黒騎士はフェイトにそっと囁いた。
『オマエの母親のことを教えてやろう。オマエが知らない、オマエ自身のこともな。だから邪魔をするな』
「・・・・・・教えてください」
「ああ、教えてやるよ。・・・・・よくぞ見破った、という意味も込めてな」
ミズキは再びベンチに座り込むと、語り始める。
「プレシアの目的はアリシアの復活だ」
「アリシア・・・・・?」
「お前の姉・・・・というかオリジナルだな。プレシアはアリシアの代わりとしてお前を創った」
「代わり・・・・・」
「そう、オレと同じクローンだ。尤も、お前はオレとは違って大切に創られたみたいだけどな」
自嘲するように笑う。
「自分でも違和感はあったろう。知らない誰かの夢を見ていたりな。それはお前に残ったアリシアの残滓だ」
「・・・・・・・・」
無言は肯定の証だ。
「ジュエルシードは全て揃った。オレが揃えた。これから・・・というかすでにプレシアは始めてるだろうな」
――――誇大妄想に取りつかれた、愚かで無意味な真似を。
「・・・・・・・・」
フェイトは無言で丸くなって寝ているアルフを抱きかかえると、すれ違う際にミズキの方をチラッと見上げる。
「プレシアのところに行くのか?」
「うん・・・・あなたが嘘を言っているとは思えないけど、母さんの口から直接聞きたいんだ」
「行ってもオマエにいいことなんかない。最悪の場合は・・・・・」
――――母親の口から直接拒絶される。
「それでも、わたしは行きたいの」
「・・・・そうか」
強くなったものだ、とミズキは複雑な心境になる。
ミズキの記憶の中にあるフェイトは、こんなにはっきりと自己を表現できるような娘じゃなかった。
オリジナルから別れて、時間が人を変えるほど日が経ったわけじゃない。
変えたのは、間違いなく瑞樹だ。
「・・・・っと、最後に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「いつからオレが瑞樹じゃないって気づいてた?」
「初めから、なんとなく変だなって思ってたんだ」
「変?」
「アイリスが一言も喋らなかったし・・・・・」
「あー・・・・そうだな」
ミズキは首から下げていたアイリスに似た鍵を弄る。
「いくら似せても所詮はコピーか・・・・」
「あとね・・・」
「あん?」
「イチゴのジャムが好きなのは、わたしじゃなくてみずきだよ。みずきはいつもジャムはイチゴしか使わないから・・・」
今朝、ミズキがパンに塗ったのはオレンジのジャム。
オリジナルとクローンが全く同じということはありえない。
性格が違うように、好みもまた違う。
「・・・・・・・・・・」
ミズキはイチゴよりオレンジが好きだった。
甘ったるい味より、少し酸味がきいていた方が味がしまっていい。
先にフェイトに会っていたのが、瑞樹ではなくミズキだったらどうなっただろう。
同じ好みのジャムの話で盛り上がりでもできただろうか。
「・・・・・そんな仮定に意味はないか」
まいったな・・・とミズキは苦笑し、小さく呟く。
「・・・・・?」
「気にするな・・・・んで、行ってこいよ。自分の目で、自分の耳で確認してこい」
「うんっ・・・・・・・ありがとう」
最後に微笑んで―――――――フェイトは去っていった。
「あーあ・・・・ダメだな。どうにも感傷的になってやがる・・・・」
残されたミズキは、座り込んだまま一人ごちる。
元々一日だけと決めていた。
だったらそれでいいじゃないか。
論理的思考がそう言うが、感情がうるさく悲鳴を上げるのだ。
ミズキは叫ぶ感情を黙らせて、代わりにわざと大きく声に出して言う。
「やることはやった。細工は完璧だ。文句のつけどころもない」
ミズキの予想通り、フェイトはプレシアの元に向かった。
これが最後のチャンスになる。
フェイトにとっても―――――――――プレシアにとっても。
『ジャミングは消してしまってもよいのでは?』
耳にぶら下げている黒い翼の形をしたデバイスが言った。
オリジナルが帰ってこれないように、ジャミングをかけていたことをすっかり忘れていた。
忘れてしまうほどに、楽しかったのだ。
たとえそれが偽りのシアワセだったとしても、ミズキは満たされていた。
「ああ・・・・今からアイツが何をしても間に合わないからな。別にいいだろうよ」
『ジャミングアウト』
あとは、成り行きを見守りつつ若干の修正を加えていけばいい。
完璧だ。
あんな理想論者なんかよりよっぽど現実的な策を、ミズキは練り上げた。
誰がどう考えても、瑞樹よりもミズキの方が実現性のあるいい行動をとったというだろう。
それでも―――――――――フェイトは瑞樹を選んだ。
ミズキはフェイトさえ幸せなら、例え世界の全てだとしても笑って切り捨てられるのに。
「ままならねーなぁ・・・・・・・・ままならねーよ・・・・・・・・・・・」
いつの間にか、空には月が顔を出していた。
零れた心の叫びを、黒い翼だけが無言で聞いていた。
こんばんわ、クロロです。
最近深夜から明け方にかけて更新する私ですが、健康に悪いことこの上ないですね。
かつてない更新スピードに自分がびっくり。
さていつまで維持できるのやら・・・・・。
でわでわ。