幻想は―――――――――――――――冷たく暴かれる。
「つばさくん・・・・なの・・・・・?」
降り注ぐ雨で張り付いた前髪が、白い騎士服を纏った彼の表情を隠している。
背格好も声も違う。
幼い少年の声ではなく、声変わりした青年の声だった。
しかし、一瞬だけ除いた顔、目。
「うそ・・・・だよね・・・・・?」
その疑問は確認にも似たものだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
瑞樹は答えない。
ただ沈黙を保ち、悲壮に染まったなのはの顔を見据える。
「答えてっ・・・・!!」
雷音と重なった慟哭。
「・・・・・・・・・・そうだよ」
瑞樹は濡れた前髪をかき上げ、口を動かす。
いつものように、なのはの記憶の中で困ったように苦笑している少年の顔で。
「オレが―――――『つばさくん』さ」
「・・・・・・っ」
なのははショックを隠しきれず、トスン、と力が抜けたように座り込む。
心のどこかで否定されることを望んでいたのだろう。
それがありえないことだとは分かっていても、そうあって欲しくなかった。
なんで?
どうして?
なのはの頭がたくさんの疑問符で埋め尽くされる。
サッカーが得意で、よく店にも来てくれる常連さんで、両親にとても気に入られている少年。
困った時は助けてくれると言ってくれた。
どうして優しくしてくれるのか不思議だった。
だから、ちょっとだけ気になっていた少年。
「どうしてっ・・・・どうしてつばさくんがそこにいるの!?」
しかし、『つばさくん』は白い騎士だった。
金色の少女を護る、白い騎士。
なのはを守ってくれるはずの存在は、同時になのはに立ちはだかった存在でもあった。
「守るってっ・・・助けてくれるって言ったのにっ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「うそつきっ・・・・ひっく・・・うそっ・・・えぐ・・・つき・・・・」
なのはは泣いている。
肩を震わせて、子供のように。
誰が彼女を泣かせた。
問うまでもないことだ。
撃たれた頭以上に、軋んだ心が悲鳴を上げた。
「・・・・・・・守るよ。助ける」
「もう・・・・うそ・・・つかないで・・・・っ・・・・・」
座り込んで俯いた少女に、瑞樹はゆっくりと歩み寄る。
「嘘じゃない」
「うそだよっ!!だってつばさくんはフェイトちゃんの―――――――っ」
「なのはも守る。なのはも・・・・大切だ」
瑞樹は、そっと――――泣きじゃくるなのはを抱きしめた。
「あ・・・・・」
「だからさ・・・・・できれば、その・・・泣かないでくれ」
なのはは泣くのも忘れ、呆けたように瑞樹を上目で見る。
「つらいんだ・・・見てて、つらい。だから、頼むから・・・泣きやんでくれないか」
瑞樹はさらにぎゅっと、なのはの小さな身体を抱きしめる。
困っている全て、等と傲慢なことは言わない。
ただ、自分の周りの人たちは守りたかった。
その人たちがみんな笑ってくれれば、それでいいのに――――――。
「どうしてだろうな・・・・・どうして、上手く・・・いかないんだろうな・・・・・」
「つばさ、くん・・・・?泣いてるの・・・・・・?」
「雨だよ」
なのはは瑞樹の腕の中でもそもそと動くと、身を乗り出して瑞樹の頬をぺろっとなめる。
「うにゃ・・・・しょっぱいよ」
「そっか・・・・・きっとなのはが泣いてるからだな」
「わ、わたしは泣いてないよ」
「む・・・だったらオレも泣いてない」
「ないてたよ」
「泣いてない」
「「・・・・・・・」」
雨が降り続く中で、二人は顔を突き合わせ、苦笑する。
「つばさくんは意地っ張りだね」
「む・・・なのはだってそうだろ」
「そんなこと・・・くしゅんっ・・・・にゃぁぁ・・・・」
なのはが小さなくしゃみをして、情けない声を出す。
瑞樹の胸に顔を押しつけてぎゅっとしがみつくなのはに、しばらく何事
かと首をかしげていたが、ほどなくして寒いのだと気付く。
こうも雨を浴び続けていたら、身体も冷えるだろう。
「すまん・・・気が利かなかった。とりあえず雨をしのげるとこを探すか」
「うん・・・・・」
瑞樹はなのはが雨に濡れないように外套を被せる。
「洞窟かなんかあるといいんだがなー・・・・つーか今さらだけど、ここどこだよ・・・」
瑞樹はなのはを抱き上げると、ふらつく足取りで歩きだした。
運よく洞窟を見つけることができた。
とりあえず火を起こす。
普通なら、こんな雨の中じゃいくら洞窟の中とはいえ火など起きない。
魔法の力は偉大だ。
「アイリス、転位はできないのか?」
『ジャミングされています。あの黒騎士の仕業ですね』
「・・・・・・あんのヤロウ、何を企んでやがる」
今までの行動を振り返っても、黒騎士の目的が見えてこない。
わざわざ飛ばして隔離する理由はなんだ。
戻ってきてほしくないのなら、殺してしまった方が楽なはずだ。
しかし瑞樹は生きている。
確かに凄まじい威力の攻撃だったが、殺すつもりはなかったのだろう。
殺さずに生かしたまま、わざわざジャミングまでかけて隔離する理由が、きっとどこかにあるのだろうが・・・・・・・わからない。
現時点では情報が少なすぎる。
「くしゅんっ」
その音で意識が現実に引き戻される。
『まったく・・・つくづく気が利かないマスターですね。こういうときは黙って外套を肩にかけてあげるものです』
「む・・・それもそうか」
外套を肩から外して、なのはの頭からかぶせてやる。
「い、今のは誰の声なの?」
「ん、ああ・・・・アイリスのことは知らなかったっけ。アイリス、自己紹介」
『一応、このボンクラのデバイスなんかやってたりします。アイリスフィールです。アイリスと呼んでください』
「た、高町なのはです」
いきなり己のマスターを罵ったアイリスに少し引きながらも、なのははレイジングハートの紹介も済ませた。
「一応って何だ、一応って。しかもボンクラかよ・・・・まぁ今更だし、いいけどよ・・・・」
あっさりと黒騎士に返り討ちにされた瑞樹では反論できないのかもしれないが、言い訳をさせてもらえるならあの黒騎士がオーバースペック過ぎるだけと思う。
技術など比べるまでもない。
剣で打ち合っても力負けする。
「・・・・って待てい。何でクロノには力負けしなかったのに、奴にはするんだよ」
『・・・・恐らくですが、黒騎士さんも剣に魔力を通していたのでしょうね』
「んなアホな。アレはエクスカリバーの特性だろ。簡単に真似できてたまるか」
『・・・・・、・・・・ですから、恐らくの話です。確証など何もありません』
「結局、わからないってことだな・・・・・・」
それっきり考え込むように黙り込んでしまったアイリスに、瑞樹も思考の海に沈み込む。
パチパチ、と火が燃料である枯れ木を燃やす音だけが、洞窟の中に響く。
雨はまだ止んでいない。
もうすでに夜かもしれない。
空が雨雲に覆われているおかげで、正確な時間もわからなかった。
「あの・・・・・」
ふいに、なのはが口を開いた。
「・・・・ん?」
「つばさくんは、どうしてフェイトちゃんのお手伝いをしてるの?」
「唐突だな・・・・・別に知らなくても困らないと思うぞ」
「困るよ・・・・理由もわからずにつばさくんと戦うなんて嫌だよ・・・・・」
泣きそうな顔をするなのはに、瑞樹はぐむむと唸る。
「そうか・・・・じゃあ、暇つぶしに聞いてくれ」
「うん・・・・」
なのはは聞き安いように、瑞樹の向かいから隣に移動する。
身体が密着して、なのはの温かさが肩越しから直接伝わってくる。
「オレは、巻き込まれ型の典型でな・・・・・」
「んでオレは・・・・・・・・・寝たのか」
いつの間にか瑞樹の肩を枕に寝ているなのはに苦笑する。
「ふぅ・・・・・・・・」
なのはを起こさないように壁に寄りかかると、瑞樹は深く息をついた。
まったく歯が立たなかった。
『黒騎士さんのことですか?』
「ん、ああ・・・・よくわかったな」
『一応あなたのデバイスですから』
「・・・・なぁ、アイリス」
『なんです?』
「オレはあいつに勝てそうか・・・・?」
黒騎士は瑞樹とは違う思惑で動いている。
ここでこうしてなのはと閉じ込められていることでそれは明白だ。
だとすれば、いずれまた近いうちにまた黒騎士とぶつかることになるだろう。
そうなったとき、今のままでは同じことを繰り返すだけだ。
「正直な話、あれはフェイトとなのはが組んでも勝てるかどうか怪しいと思う。そんな相手にオレは勝てるのか?」
あの二人は強い。それこそ瑞樹では遠く及ばない程に。
だけどその二人が組んだとしても、黒騎士が負けるビジョンが浮かんでこない。
原作でヴィータがなのはに悪魔と呼んでいたが、黒騎士はそれ以上に悪魔じみた強さを誇っていると思う。
なのはには敵であるヴィータを思いやる心があった。
それはもしかしたら付け入る隙になるかもしれない。
だがそれが黒騎士に関しては見えてこない。
隙どころか黒騎士の目的すら明らかにできていないのだ。
『勝てるわけないじゃないですか』
一蹴された。
「・・・・・・おまえな。もう少し考えてくれよ」
『考えろと言われましてもマスター一人じゃどうにもなりませんよ。フェイトさんとなのはさんが味方にいれば、あるいはとは思いますが』
「・・・・・・・」
『あ、一つ訂正します』
「勝てるのか!?」
『マスターが一人、ではなく100人いてもどうにもなりませんでした』
「・・・・・・・・・・」
このデバイス・・・・本当は精神攻撃系のデバイスなんじゃないのか・・・・。
『マスターは弱いです』
グサッ――――――!!
『今はまだ・・・・・ですけどね』
「・・・・・?」
『何がそんなにショックをだったのかは知りませんけど、素人のあなたがアレに一人で勝てるわけないじゃないですか』
当たり前のように言うアイリスの言葉を、ただ瑞樹はぽかんと聞いていた。
『あれは生物として異常です。瞬間的な魔力の爆発力が常人を遥かに超えています。こればかりは才能でどうにかなるはずないのですが・・・・・・』
人が人であるために、生物としてのリミットがある。
いかに魔力に愛されていても、人である限り魔導師といえどもそれは変わらない。
アイリスは生物として異常と言った。
それは黒騎士が人の領域にはいないということだ。
人の領域を超えたモノに、人である限り勝利を掴むのは難しい。
「オレには才能がないのか・・・・?」
『ちゃんと話を聞きなさいこのぼんくらマスター。それにあなたは勘違いをしてますよ』
「かんちがい・・・?」
『マスターは別に才能がないわけじゃないですよ』
「え」
驚いた。
何にって、アイリスから罵倒もされずに誉められたことに。
才能あることには驚かないのかって言われそうだが、そう言われてもなー・・・・・。
いくらあるって言われても、フェイトとかなのはくらいしか知り合いの魔導師がいないこの状況じゃあってもなくても同じというかなんというか・・・・・。
『・・・・何か失礼なことを考えている気配がしますがいいでしょう。いいですか?世の中には空を飛べない魔導師もいるのです。それは適正の問題で本人の努力でどうにかなる問題ではありません』
「え、何それ。初耳なんだけど・・・・・」
『その「オレ普通に飛んでるだけど・・・・」と言いたそうな顔をやめなさい。基礎的な知識はまた別の機会に教えますが、とにかくそうなんです。その時点でマスターは空を飛べない魔導師より才能があると言えます』
「・・・・確かに飛べないより飛べたほうがいいな」
飛べる分だけ戦略の幅も広がる。
『飛ぶ練習と軽い模擬訓練しかしてないのに、未だにマスターが野垂れ死んでいないのは一重に魔力を扱う才能があるからと言えるでしょう』
そもそも才能があるから私と契約できたんですけど、と続ける。
「でもなのはに勝てる気がしないんだけど・・・・・」
フェイトとか黒騎士とかクロノにも・・・・あれ、誰か忘れてるような・・・・まぁいいや。
『だーかーらー、当たり前ですっ。誰がなのはさんに勝てる程の才能があるなんて言いましたか。マスターの才能なんてあると言っても、ヤム○ャ以上サイバ○マン以下くらいですよっ!』
ちょっと傷ついた・・・。
「・・・・・・ヤ○チャだって地球人にしては強いんだからな」
『でもその程度ってことですよ』
「じゃあどうしろと!?」
それじゃあ結局誰にも勝てないということじゃないか。
『だから――――――強くなりましょう』
「は・・・・?」
『今すぐじゃなくてもいいんです。訓練して、少しずつ強くなっていきましょう?クリ○ンを見てください。彼だって才能自体はきっとヤ○チャとどっこいどっこいですけど、最終的には地球人の中なら最強になったじゃないですか』
「た、確かにそうだけど・・・・」
そう考えるとコミックにして42巻分の時が経たないと強くなれないんじゃないか・・・・・?
・・・・・・・・いつだよ。
『とにかくです、現時点ではマスターは誰にも勝てません。足止めが精一杯です』
「あ、ああ・・・・」
「生き残りたければいつもように小賢しく頭を使ってください。今回みたいに正面対決なんてことは絶対にしないように!」
「・・・・へーい」
長々と説教されてしまったが、言われてみればもっともだ。
そんなに都合よく手に入る強さなんてない。
魔法なんてモノが使えるようになっただけでも十分ラッキーな部類だ。
それ以上に強くなりたければ、地道に努力を続けるしかないだろう。
じゃああれは・・・・?
黒騎士は一体なんだんだ・・・・・・?
「はっ・・・」
『どうしました?』
「・・・・・ピッコ○さんは地球人なんだろうか」
『あれはナメック星人でしょう』
「だけど地球生まれの地球育ちだぞ。本人も地球人を舐めるなとか言ってたし、国籍・・・いや星籍的には地球人なんじゃ・・・・・」
『例え話にそこまで細かい突っ込みを入れるマスター最低ですキモイです死ね』
「そこまで!?!?」
『マスター、少しやってもらいたいことがあるのですが』
「ん、何を?」
『マスターの視界からは2時の方向に、岩が転がっています』
肩によりかかり眠るなのはを落とさないように視界を回す。
割と大きな岩が目に入った。
「ん・・・ああ、あれか。それがどうかしたか?」
『アレを転位させてください。マスターの横に転位させれば、よりかかれます。その体勢でも眠りやすくなるのでは?』
「確かに・・・この体勢じゃ眠れはしても疲れはとれそうにないな・・・・・」
『私もアシストしますので、やってみてください』
そんなことができるのかどうかわからないが、アイリスがアシストしてくれるのならばできるだろう。
「・・・・・・・・・・」
瑞樹が意識すると、黄金の魔法陣が距離にして5メートルはある岩の周囲に展開する。
次の瞬間には岩が瑞樹の横に場所を移動させていた。
「意外にもあっさりできたな・・・・・というか失敗なしに、新技を成功させたのはこれが初めてじゃないか?」
『当然です。私が全力でコントロールしてできないことなどありません』
誇らしげにアイリスが言う。
口は少しアレだが、デバイスとしての能力は折り紙つきだ。
「まだオレだけの力でってわけにはいかないか・・・・・ううむ、精進する」
『マスターにしては上出来ですよ。さっきも言いましたが少しずつ進歩すればいいんです』
「む・・・・アイリスに褒められるとは、意外というか・・・・不気味だ」
『失礼なマスターですね。私だって褒めるときは褒めます。罵られているのは、普段のマスターがお馬鹿な行動しかとらないからです』
「・・・・・そうか。そういえばアイリスはいつ頃から生きてるんだ?」
『なんですかいきなり』
「いや、それだけひねくれ・・・・・・感情豊かなデバイスってインテリジェンスでもそうないだろ?何年くらい生きたらそうなるのかな、と思って」
『私自身、どのくらい長い間この生を生きているのか覚えていませんよ。マスターを探し、マスターが消えれば再び彷徨い、探し続ける。ずっとそれの繰り返しでしたからね』
「マジかよ・・・・おまえは何のためにマスターを探してるんだ?おまえを作ったやつががそう命令したのか?」
『・・・・・・何故でしょうね』
感情なく話していたアイリスの言の葉に、僅かに感情が乗った。
「いや、何故でしょうって・・・・・」
『創造主は――――私の最初のマスターは、私が何のために創りだされたのか・・・・・結局教えてくれませんでした』
物には生み出される理由がある。
サッカーボールであるなら、サッカーをするため。ゴールに向かうためだ。
自動車なら人を運ぶため。
役割のない物に価値はない。
理由なき物に存在は許されない。
理由も価値もなく、それでもなおかつ存在を認めらるのは――――――それこそヒトくらいだ。
『大切にされなかったわけではありません・・・・むしろ、創造主は私を必要以上に愛でてくれました。それこそご自分の娘のように』
しかし、そんな創造主もアイリスに生まれた理由を与えてはくれなかった。
デバイスとして命をもらった、しかし――――デバイスとしての存在理由はもらえなかったアイリスフィール。
『私がマスターを探し続けるのは・・・・自分の価値を、存在理由を―――――誰かに求めているから・・・・・・・なのかもしれませんね』
心なき者として生み出されたのならば、そんな感情は持たなかっただろう。
しかしアイリスはインテリジェンス・デバイスだ。
生まれたときから感情は人間のように存在する。
そして存在意義が見つからぬまま、悠久の時を生きてきたのだろう。
「・・・・わるい、今は上手いこと・・・言えそうにない」
瑞樹は絞り出すように言った。
物として永遠の命を持ちながら、人間同様の感情も持つ。
それは想像を絶する孤独だろう。
せめてどちらか一方に存在が確定していたならば、まだ救いがあったものの――――――――。
『当たり前です。この私がずっと悩み続けている人生の命題とも言える事柄に、マスターのような若造が答えをだせるとは思っていません』
「まぁ・・・・そうなんだけど、オレにできることがあるなら何かしたいじゃないか」
『・・・・・・・・・』
「胡散臭そうにするな・・・・・普通はアイリスが困ってたら助けたいって思うぞ」
『何故ですか?』
純粋な疑問。
瑞樹がフェイトを助ける理由はわかる。
プレシアを助けたい理由も、わからないでもない。
しかし何故そこに自分が入ってくるのか、アイリスには理解できなかった。
「何故ですかって・・・・はぁ・・・・・・・・・アイリスだってオレの家族だろーが。助ける理由なんぞいらん」
『家族・・・・ですか・・・・・?』
呆けたように言葉を紡ぐ。
しかし、むっとした表情の己のマスターは、まるでアイリスのほうがおかしなことを言っているような口ぶりで続けた。
「そうだよ。フェイトと、アルフと、アイリスと、オレ。一緒に暮らして、一緒に飯食って、これだけ過ごせば十分だろ?つーか何を今更・・・・」
『わたし・・・・デバイスですよ?』
「だからなんだ。デバイスだろうがなんだろうが、ちゃんと感情持ってるし喋りもする。犬だって家族認定されるような時代だぞ?デバイスだって同じようなモンだろーが」
マイスター瑞樹にしてみれば、犬もデバイスも同じ『家族』らしい。
言いたいことはわからないでもないが、細かいことを気にしないというか、相変わらずよくわからないマスターだ。
しかしその言葉でアイリスは、抱えていた心の重りが少し軽くなったような気がした。
『道具を家族扱いして、何かしようだなんて・・・・・・・相変わらずとんでもないお人好しです。そんなことではいつ敵に不意を突かれるかわかったものじゃありませんね』
「あー・・・・そうだな」
ははは、と困ったように瑞樹は笑う。
『・・・・・・ほんとうに、ほんとうに仕方のないマスターです』
「自覚してるよ」
『はぁ・・・・・・私がマスターのデバイスであるうちは、マスターを守って差し上げます。マスターがボンクラでその上お人好しとあっては、私がしっかりするしかないですからね』
疲れたよう言うアイリスだが、その口調は本人も知らず知らずのうちに弾んでいた。
アイリスは一人、思考の海に身を落とす。
瑞樹が寄りかかって寝ている大岩。
どうしても確かめたいことがあった。
黒騎士の魔力の波動を直接受け続け、確信にも似たヴィジョンが浮かんでいたのだ。
―――――意外にもあっさりできたな―――――。
瑞樹の言葉が脳裏に蘇る。
大岩を転位させたとき、確かに瑞樹はそう言った。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
そんなはずはない。
あっさりできるはずないのだ。
だってアイリスは魔力の制御どころか、術式には一切触れていないのだから。
あれは間違いなく、瑞樹が一人でやってのけた。
『やはり彼は・・・・・・・・』
そもそも自分を転位するのならばともかく、他のモノを転位させることは難しい。
強制転送とでも呼ぶべきだろうか。
そもそも転移魔法には時間がかかる。
さらに言うなら転移させるモノの意思を無視した転送は難しいというのに、瑞樹はそれをあっさりやってのけた。
しかしアイリスは、それに驚いたわけではない。
瑞樹に元々そういうレアスキルの才能が眠っていたのならば、強制転送が容易くできたとしても、そう不思議ではない。
問題は――――――――その次だ。
どこかで似たような技を使っていた魔導師がいなかっただろうか。
瑞樹がやったように、容易く他者を別の空間に転送していた―――――――――――黒い魔導師が。
レアスキルとは通常、まったく関係のない別の人間同士が同じスキルを発現させることはない。
それ故に個人が持つ唯一無二の特殊能力は、レアスキル(稀な術)と呼称されるのだ。
つまり―――――白の騎士と黒の騎士は―――――――――――――。
『同一人物・・・・・・・黒の騎士は、マスターの・・・・クローン』
少ない会話から。
不可解な行動から。
知りえないことを知っている知識から。
黒騎士は瑞樹と何らかの関係がある、とアイリスは睨んでいた。
同じく飛ばされてきた瑞樹と同じ世界の出身者だろう、くらいに思っていた。
最悪でも瑞樹の近しい知人。
瑞樹のことをよく知っている人物――――――それでいて欲しかった。
しかし現実は最悪を軽く飛び越えていった。
瑞樹の敵は―――――――――――――――自分自身。
クローンであるとすれば、あの異常な魔力の爆発力にも納得がいく。
恐らくは創る段階で生物としてのリミッターをはずしてしまったのだろう。
だからきっと・・・・・・黒騎士はもう長くない。
リミッターを外して、それを常に容易く振り切っている人間が、いつまでもヒトの形を保ってなどいられない。
きっと真実を知れば・・・・・・・瑞樹の手は鈍る。
ただでさえお人よしなマスターだ。
敵であるはずなのに、なのはの遊びに付き合ってあげたり、フェイトはおろかプレシアまで救おうとしている。
黒騎士は瑞樹が手加減して相手にできるほど弱くない。
もし迷いがあるまま、また戦いになったら―――――――――――。
―――――――――――――――――――今度こそ瑞樹は死ぬ。
黒騎士はもう長くない。
それを彼は知っているだろう。
知っていて、それでもなお戦場に出てきている。
自分が朽ち果てても、成し遂げたい目的と覚悟あるのだ。
ただでさえ実力の差は明白。
そんな相手に心でも負けていたら、勝てる要素など微塵もなくなってしまう。
『・・・・・・・・・・・・・・』
伝えるべきではない。
知らなくても困らない。
何も知らないまま、黒騎士の正体は不明のまま自壊して死ぬ。
それでいい。
瑞樹を守るためにはそれしかない。
『・・・・・・・私も運命の女神とやらに核を撃ちこみたくなりましたね』
アイリスの呟きは、誰の耳に届くこともなく―――――――闇に消えた。
「ふぇ、フェイト・・・・無理なんだ・・・拗ねてもらってもこればっかりは・・・ハッ・・夢か」
「・・・・・どんな夢見てたの」
何故か逆さまのなのはが、冷たい目で瑞樹を見上げていた。
「いや・・・・ゼリーはすぐに食べれないんだ。原液を作った後に冷やすという工程が・・・・・・」
『寝ぼけたふりはやめなさい。なのはさん、もっと蔑むようにマスターを見てください。こう、ブタを見るような目で』
「いやいや、全力で遠慮したい・・・・っていうか足が痺れ・・・・?」
よく見ると、いつの間にかなのはの頭が滑り落ちて、瑞樹の膝の上に乗っていた。
「にゃはは・・・つい・・・・・」
気まずそうになのはが苦笑する。
確かに昨晩は寒かった。
温もり求めてすり寄っているうちに、ずり落ちて膝枕状態になったのだろう。
「別にいいさ。なのはがそれでよく眠れたならな」
「うん・・・・ありがとう」
『そうですよ。マスターはいつもフェイトさんに膝枕やら腕枕しているのですから、こんなの日常です』
「え・・・そんなアダルティな日々を送った覚えは・・・ってアダダダダダダ!?!!?」
「・・・・・・えっちなのはダメなの」
笑っているようで笑っていないなのはが、容赦なく痺れている瑞樹の足に肘をグリグリとねじ込んでいた。
「ぐはっ・・・それは反則だろ・・・ッイダダダダダダダ!?」
拗ねた目で瑞樹を見上げるなのはに、至近距離で心を爆撃された瑞樹は悶える。
ついでになのはの肘アタックで。
『朝から元気ですねー』
全てに見ないふりを決め込んだアイリスが爽やかに言った。
『マスター、ジャミングが解かれています。座標軸固定、転位可能です』
「おぉ、やったな。しかもばっちり朝じゃないか。オレの体内時計も馬鹿にできないな」
『毎日同じ生活を繰り返していたら、ダチョウだって立派な体内時計を持てますよ』
「ダチョウ・・・オレは馬鹿にされたのか?」
『褒めています』
「ハッハッハ、よせやい」
「ち、違うと思うよつばさくん・・・・・」
何はともあれ、ジャミングは消えた。
用が済んだのか、それとも魔力が切れたのか。
いずれにせよ転位できるらしい。
「問題はフェイトがちゃんと夕食をとったかだな・・・・・冷蔵庫を漁ってくれればいいが」
ラップした料理が入っているはずだ。
『またドッグフードを食べようとしていたらどうしましょうか』
「ど、ドッグフード!?フェイトちゃんそんなもの食べてるの!?!?」
ドッグフードを言えば犬のエサである。
言うまでもなくヒト科が食べるものではない。
「いや、食べてない。ギリギリセーフだった」
『タイムリーでしたね。まさに齧る寸前でした』
思い出して冷や汗をぬぐう瑞樹と、あの夏のメモリアルを振り返るような遠い声で言うアイリス。
「か、齧る寸前までいったんだ・・・・・・」
どれだけ追い詰められたら、ドッグフードを食べたくなる心境になるのだろうか。
なのははフェイトのことが少しわからなくなった。
「じゃあ、オレは行くよ」
なのはが振り返ると、瑞樹は白騎士としての姿で立っていた。
すでに『つばさくん』の姿はない。
「うん・・・・次あったら、また戦うのかな」
沈んだ顔で、なのはが呟く。
『そうとは限りませんよ』
「え・・・・・」
「そうだな。なのはがフェイトと友達になってくれれば、オレはなのはと戦う必要はなくなる。オレはフェイトの味方だからな」
そうなったらなのはも友達だ、と仮面の下で笑った。
「だから頑張れ。もし泣きたくなったら―――――――」
瑞樹の周囲を黄金の魔法陣が紋様を描く。
「―――――オレがなのはを助ける騎士になるよ」
「約束・・・だよ?」
光が収束する。
眩い光がなのはの目を塞ぐ。
「ああ、約束だ」
力強い言葉。
信じさせてくれる響き。
それを最後に、白騎士の姿は見えなくなった。
「・・・・・・・・・」
なのははしばらく誰もいなくなった空間を、ただ眺めていた。
「うん・・・約束。今度破ったら、ディバインバスターふるぱわーっ!だからね」
もう一度呟き、少しおかしそうに、なのはは笑った。
クロロです、こんにちわ。
せんせー、気が付いたら1万字越えてましたー。
今回はけっこう長めです。
どのくらい長いかと言うと、短いときの倍近くあります。
タートルさん>>>
まったくもってその通りでした。
後先考えないで書くからこういうことになるんですねー・・・・修正可能かはわかりませんが今後は意識して執筆していこうと思います。
ご指摘ありがとうございました。
マコトさん>>>
ありがとうございます!
読者さんの感想が一番の励みになります。
本城さん>>>
正体がばれた主人公は同時攻略に走りました(笑)
銃を・・・・の下りですけど、とる足らないような伏線だったりそうじゃなかったりするので気にしないでくもらえば幸いです。
誤字脱字の報告ありがとうございます~。
今回は芝居で得たストレスをぶつける形で、割とはやく更新できました。
このままだと終わるまでにもう一回くらいできるかな・・・?
でわでわ。