「おい、そっちはどうだ?」
教会に、青く澄んだ声が響き渡る。
昼の光が差し込む教会は――否、もはや皆まで言うまい。
もはやおなじみといえるが、言峰教会礼拝堂にはダメサーヴァント二人組みが屯っていた。
決まった時間に、決まったメンバーでモンハン。
学校などでよく見られる社会現象は、冬木在住の英霊達にまで流行していた。
手の汚れないお菓子などを持ち込み、その姿は学生となんら変わりない。
「……うむ。
我の方はギアノスシリーズが揃うだけは溜まったぞ。
そちらはどうだ? ランサー」
「……ちっ、ダメだ。
後一つ、ギアノスの皮が足りねぇ」
「む、相変わらず幸の薄い男よ……
良い。一つ恵んでやる故、集会所まで足を運べ」
「本当か? ……悪いな、序盤は割りと入用だってのに」
「構わん。お前に渡したところで、後三つは余るのでな」
「……この天然チートドロップ野郎め。
まぁ、恩には着とくぜ」
「ふははは、今の我には挑発にすら聞こえんな」
和気藹々と笑いあう二人のダメ英霊。
つい一週間までの険悪な空気は二人の間に無く、彼らはどこからどう見ても仲良しであった。
事実、モンハンを始めてからの三日で、互いの認識は友人一歩手前まで移行している。モンハン恐るべし、だ。
集会場に集った二人は、相手のキャラクターのローディングを完了させるまで走り回る。特に意味は無いのだろうが、やった事がある人も大勢居ると思う。
そしてローディングは完了し、Gillからアイテムが差し出される。
アイテムを受け取ったことを示す文字が現れ、Setantaが片腕を上げるモーションをとる。
「ん、悪いな」
「良い良い。
我は我が認めた者は、丁重に扱う事にしているのでな。
せいぜい失望させてくれるなよ、ランサー」
「おう。
ま、せいぜい期待に答える様にすらぁ」
尊大な態度のギルガメッシュと、それを受け流すランサー。
軽く笑いあい、二人は集会場を後にする。
――しばしの沈黙が流れる。
GillとSetantaが個々のポッケ村へと戻り、各々の作業をしているのだ。
やがて、再び集会所へと二人は集い、ランサーが言う。
「兎も角、コレでようやく揃ったな。
ギアノス装備」
「うむ。
ペアルックというのは少々気に入らんが……致し方有るまい」
PSPに目を移せば、おそろいの装備に身を包んだGillとSetantaが集会所の椅子に座っていた。
苦笑しつつ言うギルガメッシュだが、その言葉からは嫌気は感じない。
「序盤はどうしてもこうなりがちだから仕方ねぇな。
んだが、この辺からどんどん個性が出るようになって来るぜ」
「それは楽しみだな。
……で? 集ったからには、何かを狩りに行くのだろう?」
挑戦するような目つきで、ギルガメッシュが言う。
ランサーもその視線を受け、ニヒルに笑う。
「察しが良いな。
次に挑むのは初心者の壁――
先生こと……イャンクックだ!」
Setantaの名の横に、紙の様なマークが出ると同時に、ランサーは宣言する。
イャンクックといえば、モンハンを触ったものなら一度はお世話になる「壁」のような存在だ。
とはいえ、コレが初プレイのギルガメッシュは顔をしかめている。
「なんだ? イャンクックとは……」
ランサーは目を瞑り、昔を懐かしむようにして語る。
「あぁ、イャンクックは恐らく一番最初に戦うであろう大型モンスターだ。
人によっちゃ最初はババコンガとかダイミョウザザミかもしんねぇが、俺はコイツが最初だった。
何故先生と呼ばれ、最初の大型モンスターに選ばれるかは、その『先生』という異名が全てを語っている」
買っていた缶コーヒーを一口飲み、一拍を置くランサー。
「コイツの動きはな、後の飛竜種の動きの基本となっているんだ。
突進、ブレス、尻尾……上げるとなると、そのくらいか」
「ふむ……成る程。
つまり、練習台とも言うべき相手。
最初に選ぶに相応しい敵というわけか」
ギルガメッシュは不敵に笑う。
それもそのはず。
この三日で、彼はドスギアノスを一人で、簡単に討伐できるようになっていたからだ。
要するに、初心者にありがちな無駄な自信がついてしまったのだ。
それを見越したランサーは、ギルガメッシュに釘を刺す。
「あぁ……確かに練習台となる、基本のモンスターだ。
だがな、決して油断するんじゃねぇぞ。
ここから先の、大型に分類されるモンスターの強さは、ドスギアノスやドスランポスの比じゃあねぇ。
舐めてると、早々に一死を貰うぜ」
「ふん! 我を誰だと思っている!
我は英雄王、ギルガメッシュなるぞ!」
ギルガメッシュが胸を張り、その自信を口にする。
そんな彼を見たランサーは、もはやオトモとなっている不安の溜息を、静かに押し出した。
なんやかんやで受注を終わらせ、クエストが開始される――
そして、ギルガメッシュはこう呟いた。
「む、我は砥石を忘れたぞ、ランサー。
よく見てみれば回復薬も少ししかない」
「――戻るぞ。
はぁ、本当に大丈夫なのかよ……」
二人は揃ってクエストリタイヤを選択し、まだ見ぬ強敵の前から逃げ去っていった――
クエストの準備中です。
怪鳥イャンクック襲来!
クエストを開始します。
「ふむ……先程は直ぐに帰還したゆえ、気にも留めなかったが……
この場所は初めて見るな。沼地、と言ったか?」
ギルガメッシュはPSPの十字を押し、視線を回転させる。
全体的にくすんだ灰色で構成された、雨の降る沼地――それが、彼らの現在地だった。
支給品を取り出し始めたランサーは、考える。
「……そういやお前、雪山以外のマップは初めてか」
「ああ、そうだ。
……む? ランサー。この地図の位置に映る印はなんだ?」
ランサーの問いかけに答えるギルガメッシュ。
そのギルガメッシュは、言葉の途中で新たな問題を提議する。
ギルガメッシュが指し示した印は、モンスターの位置を記す物だ。
ギアノスシリーズを装備することにより、探知スキルが発動した故の事だった。
ランサーはそれを簡潔に説明し、携帯食料を使用し始める。
「さっきはエリア8――一番上に居たが、多分俺達が着くまでには移動を開始するだろう。
俺達はその隣、6番を目指すぞ」
「分かった。
ふ……イャンクック。どれほどの物か、我が見定めてやろう」
数秒遅れで携帯食料を使用し終えたギルガメッシュが、言う。
「では行くぞ、ランサー!
イャンクックとやらを、我らが英雄叙事詩の1ページに加えてやろうぞ!」
「その意気込みはともかく……
空回りしなきゃいいんだがなぁ……」
コレだけ釘を刺しても油断をやめないギルガメッシュに、忠告しようとするが……
たとえ忠告しようと、「慢心せずして何が王か!」と返ってくる事を理解しているランサーは、何も言わず移動を開始した――
「……お、居たな……」
エリア6への移動を終えたランサーは、小さく呟いた。
こちらに気付いていないボスの前では、何故か現実世界ですら忍んでしまうのはきっと彼だけではないはず。
タッチの差で、ギルガメッシュもその巨体を視界に納める。
「アレが件の大怪鳥か……確かに、鳥というにはあまりにも大きいな」
赤い甲殻に覆われたその体を見て、呟く。
個々から先は、ドスギアノスに行うような、所謂「ごり押し」では通用し難い。
「さて、どう攻める? 英雄王さんよ」
挑発的な口ぶりで、ランサーは呟いた。
ランサーの言葉を受けたギルガメッシュは、不敵に笑う。
「どう攻める、だと?
愚問よ、ランサー。
我に有るのは、制圧討伐のみ!
征くぞイャンクック!」
ギルガメッシュがRボタンを押し、Gillはイャンクックへと駆ける。
振りかぶるは、青い刀身を持つ片手剣、「スネークバイト」。
黄金率があったからこそ短期間で作れた、序盤では強力な片手剣だ。
「その首、すり切ってくれようぞ!」
そして、Gillはダッシュからのジャンプ斬りを見舞う。
スネークバイトの刃が到達するか否かの所でイャンクックは二人の存在に気付く――
だが、時は既に遅く、スネークバイトの一撃は、イャンクックの頭部へと吸い込まれた。
それくらいで怯むイャンクックではないが、それでも良好なファーストアタックには違いない。
勢いに乗ったGillは、ジャンプ斬りからの連続攻撃を叩き込んでいく。
「ふ、見たかランサー!」
回避によってモーションの大きい攻撃の隙を消し、Gillは再び攻撃に移る。
振り向きなどで小さなダメージは食らっているが、まだ問題はないレベルだ。
だが、それを見たランサーは、苦々しい顔でその攻撃を評価する。
「頭を狙うのは中々だと褒めたいが……
気を抜くには早いぜ。大型モンスターは、ドスギアノスなんかとは比べ物にならないくらい怯みにくい。
あんまり、調子に乗ってっと――」
突如、イャンクックの体がねじられる。
その長い尻尾は、遠心力によりしなり、Gillに叩き込まれる――!
「おぶふ!?」
予期せぬダメージに、ギルガメッシュは奇声を上げた。
モンハンをやっていれば、良くあることである。
苦笑いで、ランサーは言葉を続ける。
「手痛いダメージを食らう。
大型モンスター戦の基本は、ヒット・アンド・アウェイだ。
敵の攻撃の隙を見つけ、叩くのを心がけな。
でねぇと、そんな感じに地面を転げまわることになるぜ」
イャンクックの尻尾を食らい、地面を転がるGill。
無様なその姿に、怒りを覚え顔を歪めるギルガメッシュだが――
直後、その顔は驚愕に歪む事になる。
「な……!? なんだ、このダメージは!?」
大型モンスターの洗礼、その1。
中型クラスのボスとは比べ物にならない火力を、ギルガメッシュはその身で体験する。
ドスギアノスの攻撃を食らっても、HPはそこまで大げさに減ることは無い。
しかし、この一撃でGillのHPは、MAXの三分の一近く減ってしまったのだ。
「く……なんて一撃だ――!
装備を整えていなければ、半分は持っていかれたやも知れぬ……!」
その威力に、ギルガメッシュは歯噛みする。
マフモフ装備のまま突っ込んでいたかもしれない、という自分を考え、若干の恐怖を覚える。
先日の出来事になるが、ドスギアノスを倒して調子に乗ったギルガメッシュは、初期装備のままイャンクックに挑もうとしていたのだ。
まぁ、ランサーに釘を刺され、そればかりは未然に防げたが――
イャンクックは、Gillを飛ばした後もなお尻尾を振っている。
攻め難い――ギルガメッシュは、ぎりと歯を噛み締める。
そんな彼の様子を見てか、ランサーは快活な声でアドバイスをする。
「頭を狙うのは確かにいい――アイツの、弱点だからな。
けど、最初のうちは無理をしないでアイツの左側をキープしろ。
クックの尻尾は必ず左回りに振られるんでな。
アイツの左をキープすりゃ、尻尾にぶっ叩かれる可能性も減る筈だぜ」
「成る程――! 良いぞ、ランサー!
では早速、奴の左を――おぼふ!?」
勢い良く飛び出したGillは、言われたとおり左を陣取り、攻撃を開始する。
ただし、それは――「向かって左」であった。
要するに、Gillはイャンクックの右を陣取ったのだ。
あまりの理不尽に、ギルガメッシュは叫ぶ。
「ランサー! 話が違うぞ!」
攻撃を再開し、早速元の位置に叩き戻されたGill。
物事を自分中心で見る、ギルガメッシュらしいミスであった。
「お前……そっちは向かって左、だろうが……
――っと、あと一発食らえば死ぬな……おい、一旦エリア移動して回復して来い」
ランサーが確認すれば、Gill残りHPはもはや風前の灯火となっている。
それこそ、雑魚の一撃で死にかねない。
ギルガメッシュは、ランサーの言葉をうけ、唸る。
「ぐぐ……ランサー! 我に引けというのか!?」
「一時撤退だよ。それくらい大国でもやるだろうが」
「く……言われればそうだが……」
ここ三日、ギルガメッシュの扱いが上手くなってきたランサーは、なんとか移動を促す。
ギルガメッシュはしぶしぶ、と言った形で移動を開始する。
「おのれイャンクック……! この屈辱、決して忘れぬぞ――!」
それは、かつて某オレンジ髪の投影魔術師に向けたほどの憤怒の視線であった。
ランサーはそんなギルガメッシュの様子に苦笑しつつ、イャンクックを付き続ける。
ガードの後は見られる物の、ランサーはほぼノーダメージだった。
ついばみを回避するため正面を外しつつ、突いては右ステップ――地味には見えるが、着実にダメージを与えていく。
ランサーは過去、イャンクックに負けたことを思い出す。
「(思えば、俺も強くなったな……装備はあの頃と変わらないはず。
それでも負ける気がしないのは、技術の向上か)」
昔を懐かしみつつ、ただ突く。
――そんな瞬間だった。
ランサーが、その文字を視認したのは。
Gillが力尽きました。
「……あ?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ギルガメッシュは確かに、エリア8へと移動した。
そこにイャンクックは居ない。なぜなら、ランサーが今まさに戦っているからだ。
それにも関わらず、Gillはキャンプへと送られていく。
ワケが、分からない。
「おィィ!? なんでそっちで死ねるんだよ!?」
「猪が……ファンゴが我を……!
何たる屈辱――! 砥石の最中を襲うとは、恥を知らぬか!」
ああ、要するにこういうことだろう。ランサーは察する。
イャンクックを斬ってて、切れ味が落ちていた片手剣を研いでいたら、ファンゴに襲われたと。
先述のとおり、GillのHPは尽きかけていた……ゆえに、一発で昇天してしまった?
「だからって、死ぬか? 普通……」
隣で大口を開けて震えているギルガメッシュを見て、ランサーは今日一番の溜息を吐いた――
「なんであの体力で先に砥石を使ったのかは不問にしといてやるが……
今度は、大丈夫なんだろうな?」
視線は向けず、イャンクックと戦っているままに、ランサーは言った。
そんな彼の言葉を受け、ギルガメッシュは怒るでもなく腕を組んだ。
「ふ……フン! 我こそは王の中の王、ギルガメッシュなるぞ!
あのような怪鳥ごときに、遅れをとる筈がなかろう!」
冷や汗を垂らしながら紡がれる彼の言葉に、強がりを感じない者は居ないだろう。
それくらい、ギルガメッシュの言葉には自信が無かった。
対照的に、ランサーは快活な声で言う。
「まぁ、俺一人でも何とかなるから後ろに下がっててもいいぜ」
と。
ギルガメッシュは、その言葉に目を丸くする。
「嘘をつくな、ランサー!
あのような化け物、貴様一人で何とかなるものか!」
焦りを感じる声で、ギルガメッシュは叫ぶ。
先程から騒がしい奴だな、とランサーは思う。
それを裏付けるかのように、礼拝堂から言峰教会に続くドアの前には、なんとも形容しがたい表情の言峰が佇んでいた。
言峰は、ギルガメッシュを睨んでいる。その表情からは「少し静かにしろ」という負のオーラをありありと感じた。
が、ランサーは見てみぬフリをして、ギルガメッシュに言葉を返す。
「いいや、嘘じゃあねえさ。
時間はかかるが、イャンクック程度なら一人でも倒せるぜ?
まぁ、人が多いに越したことはないがな」
飄々と言うランサーに、歯を食いしばるギルガメッシュ。
そして目を見開き、凄まじい表情でランサー達を見る言峰。
凄まじい光景である。
ぐぬぬ、と唸った後、ギルガメッシュは叫んだ。
「……よかろう。
我も後少しでそちらに到着するゆえ、前線で見てやろう。
お前の戦いをな……!
我を失望させるなよ、ランサー!」
威勢良く、それでいて楽しそうな声であった。
英雄王の声が響き渡り、教会の礼拝堂は昼間の広場を思わせる活気に包まれる。
コレも、英雄王のカリスマがなせる技なのか――
そして、凄まじい表情でランサー達を見る言峰。もはや哀れになってくる。
一方Gillが不在の中、Setantaは英雄の名に恥じない活躍を見せていた。
尻尾をかわし、只管に左足を突き続ける。
やがて、ソレはやってきた。
重なるダメージに耐え切れず、イャンクックは派手に転倒する。
その好機を見逃さず、Setantaは槍の切っ先を、頭へと向ける!
隙の少ない槍に依る、連続攻撃。
見た目は地味でも、重ねればソレは、飛竜にすら死をもたらす鉄となる――!
「……よし! 耳壊したぜ!」
死への手始めと言ったところか、襟巻きを思わせるイャンクックの耳が崩壊する。
あちこちが破れ、裂け、立派にも見えたソレの面影はもはや無い。
「耳を壊した? ランサー、お前は一体何を言っ――
うお、何ぞコレは」
遅れてエリアに入ってきて、イャンクックの耳を確認するギルガメッシュ。
一瞬の驚きを見せた後、高らかに笑う。
「ふ……ランサーの言葉に驚いてみれば、なんだその有様は!
10年来の強敵かと思えば、所詮は鳥の類――かはっ!?」
彼の笑いは、すなわち油断。
言葉の最中で、Gillは突進によってそのHPを減らしていく。
本日、三度目となる転倒だ。――否。ファンゴを含めれば四回目か。
ランサーは、なんともいえない表情でコメントする。
「敵が自分だけを狙う分、一人のがマシかもな……
おい、ギルガメッシュ! しゃあねぇ、シビレ罠を使うぞ!」
「し……シビレ罠? なんだ、ソレは」
「簡単に言えば、大型モンスターの動きを止めるアイテムだ。
なるべく当てたい、一旦攻撃は中止だ! こっちに来い!」
「……本来ならば、我に命令するなと言ったところだが……
お前の事だ。なにか考えあっての事であろう。
――良い、此度は従ってやろうぞ、ランサー!」
言葉を交わし、微笑みあう二人の英霊。
戦いの中に、遂に友情は芽生えていた。
たとえソレがゲームによって育まれたモノであろうと、その友情は美しい。さりげなく近づいてきた、凄まじい表情の言峰が居なければ。
「よし、セット完了――! 来やがれ、イャンクック!」
相も変わらず言峰をスルーし、ランサーが叫んだ。
ソレと同時に、地面に稲妻の様なエフェクトを纏った装置が展開される。
シビレ罠。素材を合わせれば三つまで持ち込める、強力なアイテム。
序盤で考えると、少し値が張り、数も持ち込めないと言う手が出しにくいアイテム――
しかし。その効果は非常に強力だ。何せ――
「く……ランサー! ヤツが此方に向かってくるぞ!
本当に、大丈夫なのだろうな!?」
イャンクックが、同じ場所に固まる二人のハンターを見て、突進を開始する。
自らでも止まりきれない勢いのソレは、弱っているGillくらいなら確実に葬る。
だが、それは起こらない。
シビレ罠の上にイャンクックが乗った瞬間、イャンクックの動きが止まる。
その仕草は余裕があるようには見えず、苦しそうだ。
そう、シビレ罠の効果とは――大型モンスターの動きを、止めること。
「よっし、今だギルガメッシュ! 斬りまくれ!」
「成る程――! 良かろう。
引導を渡してやるぞ、イャンクック!」
二人の掛け合いで、一斉攻撃が開始される。
それは、二人しか居ない筈の小さな戦争。
しかしイャンクックの体から噴出す血液の量は、大戦争を想像させるに易い。
「よし、耳が閉じた! 後一歩だ!」
やがて、凄まじい攻撃の中、遂にイャンクックは「弱る」。
破れていて少しだけ分かりにくくはあるが、その立派な耳を畳んだ時こそ、イャンクックが弱ったと言う合図なのだ。
だが、イャンクックもただで殺されるつもりは毛頭無い。
怪鳥を拘束していたシビレ罠は遂に崩壊し、怪鳥が自由を取り戻す。
しかし、イャンクックはGill達を攻撃する意思は見せず、脚を引き摺り歩き出す。
「不味いな、逃げるつもりか……!」
ランサーが歯噛みする。
別段、逃げてもたいした差は無いのだが――
ハンターたるもの、やっぱりなんか逃がしたくない。
「おのれ――散々我をコケにして――」
ギルガメッシュが、苦々しげにつぶやく。
想うは、尻尾のこと。尻尾のこと。時々ファンゴのこと。
頭が、怒りの赤い色に包まれる。
そして――
「逃がすと、思うかぁ!」
ランサーとギルガメッシュの声が、重なった。
Setantaは槍を構え、Gillは逆に剣を仕舞う。
正反対の動作をしながらも、二人はイャンクックに近づいていき――
Setantaの突進が、イャンクックを突き刺す。
そして、Gillの飛び掛り斬りが、イャンクックを転倒させる。
「今だ!」
そう叫んだのはどちらか――白熱してるこの空気で、声の主は分からない。
唯一つ分かるのは、言峰ではない事だけだった。
二人の斬撃・刺突がもがくイャンクックを蹂躙していく。
やがて、ソレは――
『目標を達成しました』
イャンクックに、死を手向けた。
「や……やったのか?」
恐慌状態が解けた兵士のように、ギルガメッシュはつぶやいた。
隣に目を移せば、ランサーが笑っている。
――ギルガメッシュは、実感する。
勝てるかどうか分からない敵を、あらゆる要素を持って打倒する。
ソレが、モンスターハンターの醍醐味だと。
人知れずギルガメッシュは微笑し、今はただランサーと喜びを分かち合った――
結局、言峰は無視されたままであった。
根が尽きたかの様に去っていく背中は、何よりも悲しいモノだった――
おまけ:踏み入れしモノたち
薄暗い部屋に、その二人は居た。
外はもう薄暗くなっていて、部屋の中を照らすのは、わずかな日の光とテレビの明かりだけとなっている。
「ねぇ、ライダー」
「何ですか、サクラ」
二人とも、紫色の髪が特徴的な美女だった。
それでも、外見に似通ったところは少ない。
かたや、おっとりとしていそうな少女。かたや、美女と形容するしかない、目つきの鋭い女性。
二人の手には、PS2のコントローラーが握られている。
状況から察するに、二人でゲームをしているのだろう。
そんな二人は、互いに目を合わせることも無くコントローラーを操作している。
仲が悪いようには見えないが、二人とも目つきは鋭い。
「うん、エディは卑怯だと思うの」
サクラと呼ばれた少女――間桐桜が、ポツリとつぶやく。
テレビの画面には、目隠しをした黒尽くめの男性と、青髪の露出度が高い女性が映っている。
――所謂、格闘ゲームと言うヤツだ。
桜が操作しているのは女性のほうで、ライダーが操作しているのは男性のほうだった。
「確かにエディは強キャラですが、ペットに比べればマシだと思いますよ」
ライダーは、桜の言葉を気にする様子も無く、淡々と攻撃を繋げていく。
途中で抜け出せない連続攻撃――コンボというヤツだ。
左側の、青髪の女性の体力を現すゲージが、あっという間に半分ほど赤くなる。
そして――
「あ」
起き攻め。
ダウンから復帰する際に訪れる、短い行動不能を突いた攻めが、青髪の女性を襲う。
ほぼ同時に重ねられた中段と下段は、成すすべなく青髪の女性に突き刺さる。
――格闘ゲームには大きく分けて、しゃがんでいないとガードできない攻撃と、立っていないとガードできない攻撃がある。
前者が下段、後者が中段と呼ばれるモノだ。
ライダーの操る男性、エディはソレをほぼ同時に行うことが出来る。
そこから導き出されるのは、擬似的な「ガード不能」と呼ばれる現象。
読んで字の如く、ガードが出来ない事を指す状態もしくは技である。
結局、何も出来ないまま青髪の女性は負けてしまった。
対戦画面は、キャラクターセレクトへと戻る。
「ねえ、ライダー。ゲーム変えない?」
うつむいたまま、桜はプレイするゲームの変更を促す。
ライダーはそれに応じると、PS2からソフトを取り出し、箱へと仕舞う。
テレビの下の台から、違うゲームを取り出し、PS2へとセットする。
画面には、一世を風靡した漫画が原作のゲーム画面が映される。
「シングルバトルでいいよね?」
桜は視線をライダーへと向けたまま、コントローラーを操作し、ゲームモードを選択する。
ライダーは頷くことでソレに答えると、再びPS2のコントローラーを握った。
そんな時だった。
間桐家の長男、間桐慎二が現れたのは。
「さ……桜。そろそろテレビ変わってくれないかな?」
ほんの一ヶ月前とは打って変わった弱気な態度で、慎二はつぶやく。
桜もライダーも、その声を聞いてはいるが、無視をしていた。
ちくしょおぉぉ、と叫びながら居間を後にする慎二を視界の端に収め、桜はほくそえむ。
やがて、慎二が消えたのを確認すると、二人はキャラクターを選択し始めた。
「……サクラ。超4ゴジータは反則だと思いますが」
ライダーが進言する。
桜は、それを黒い笑顔で受け流し、言った。
「何? ライダーだって少年期超2悟飯使ってるじゃない。
それに、ペットショップに比べればマシでしょう?」
「……いいでしょう、その勝負お受けします」
ゲームをしながら、微笑む二人。
だが、その間の空気はどこまでも黒く、暗いモノだった。
試合は開始し、画面の中のキャラクターは忙しなく移動を開始する。
――試合展開は、一方的だった。
先程とは打って変わって、ライダーは成す術が無い。
お互い無言のまま勝負は続けられ、三戦ほどが終わった後に、桜はつぶやいた。
「対戦ゲームは、ダメだね」
勿論、飛び切りの黒い笑顔である。怖い。
だがライダーもなれたもので、冷静に返事を返す。
「ええ。私達はサーヴァントとマスターと言う関係ですから、争うのは好ましくありません。
どうせなら、協力プレイが出来るゲームを探しませんか?」
協力プレイかぁ……と桜はつぶやき、何かを考える仕草を行う。
やがて、短い沈黙の後桜は言う。
「だったら、先輩が言ってたゲームはどうかな? 確か――」
モンスターハンター。
暗い部屋に、澄んだ声のみが響き渡った。
狩りの輪は、広がっていく――