一人の青年が、座っていた。
整った顔に青髪。大柄とも言える高身長を持った青年――ランサーだ。
着ている服は普通のエプロンであり、家庭的からは離れた外見のランサーには、似合うとは言いがたい。
――否、ある意味非常に似合っているのだが……それで良いのか、英霊。
兎も角、彼は上機嫌だった。
理由は色々あるが、その中でも最新のモノがランサーの隣にあった。
色取り取りの花が咲き乱れる、花壇。
計算された種の蒔き方により、花は黄色い下地に、赤い一本線を描いていた。
彼の愛槍、ゲイボルクを模した模様であった。
予想よりも出来が良く咲いたので、彼は上機嫌だったというわけだ。
が、直後に少しだけ機嫌は損なわれることになる。
「ランサー! ランサーは居るか!
収獲の時ぞ!」
花壇の前で物騒な事をのたまいながら、ずんずんと進んでくる金髪が見えたからだ。
言うまでも無く、ギルガメッシュであった。
「……なんだよ、なんか用か?」
不機嫌を隠すこともせず、ランサーはギルガメッシュへとジト目を向ける。
ギルガメッシュで言う「不敬」であるが、ギルガメッシュの表情は尊大な笑顔のままだ。
嫌な予感がしなくも無いが――
「ふ、我は言ったぞ? 収獲の時、とな」
腕を組み、ギルガメッシュはその尊大な態度を更に強める。
一瞬なんの事か分からなかったランサーだが――
ふと、自分の隣を見て、ゲイボルクを構えた。
「……花壇に手ェ出すってんなら、容赦しねぇぞ」
意外と花壇にかける情熱は熱いものだったようで、ランサーが戦闘態勢に入る。
二人が本気で戦えば、花壇どころか教会も危ないということは、失念しているようだ。
「ふむ……まぁ、それも良いのだがな。
今日は別の用件だ」
聞き捨てならぬ言葉を聴きつつも、ギルガメッシュに花壇を荒らす意思が無いことを確認し、ランサーは槍をその手から消した。
戦闘態勢が解かれ、緊迫した空気が戻っていく。
何かに疲れたのか、ランサーが大きく溜息を吐く。
「……はぁ。
んじゃ、なんだってんだ。
コレでも趣味で忙しいんだぜ、俺は」
「趣味、趣味か。
ならば何の問題もあるまい。
我がお前を誘った理由は、まさにお前の趣味の事で用があったからだ」
「……? 言ってる意味が、わからねぇな」
疑問を浮かべるランサーとは対照的に、自信満々のギルガメッシュ。
花壇の前に居る美青年二人、と書くとあらぬ誤解が起こりそうだが――
この空気は、そんなモノとは無縁だった。
なにせ、自信満々のギルガメッシュの懐から取り出されたのは――
趣味の悪い、金色のPSPだったのだから。
「……PSP?」
思わず、ソレの固有名称を口に出すランサー。
無理もあるまい。
ある意味、ソレから一番遠いところに居ると思っていた男が、PSPを取り出したのだから。
「お前、それ如何したんだよ」
次いで、ランサーは疑問を口にする。
如何した、の中には入手経路・入手動機・ソレを持って何をするか、が含まれている。
ランサーの疑問に対し、ギルガメッシュは何かをかみ締めるように目を閉じた。
「ふ、如何もこうもあるまい。
先日、言峰を連れて買いに行ったまで」
「……そりゃあ、また急だな」
「思い立ったが吉日、とは良くぞ言ったものよな。
なに、少し興味を引かれたのだ。
英雄が夢中になる玩具が、どれほどの物か、な」
くつくつと喉を鳴らすギルガメッシュ。
サマにはなっているが、ソレがゲーム関連のことだと思うと少し情けなくなるランサーだった。
「んで、本題の方は何なんだ?
まさか俺でも持ってるようなモンを、ただ見せびらかしに来たワケでもねぇだろ?
『限定版だ、いいだろ』とかはナシな」
相変わらずジト目を向けるランサー。
何故だか勝ち誇るギルガメッシュ。
非常に可笑しな図であった。
「何、貴様の言っていたゲームとやらを買って、言峰に説明書を読ませていたら面白いことが分かってな。
このモンスターハンター? だったか。どうやら共闘が出来る様ではないか。
身近に居て、且つコレを所持する者と言ったらお前くらいしか思い浮かばなかったものでな。
お前を我を守る騎士に任命してやろうと思い立って、わざわざ足を運んでやったのだ。感謝しろ」
得意げに言い終わったギルガメッシュは、再び喉を鳴らす。
ランサーはというと、半ば呆れ顔だった。
とはいえど……。ランサーは、目を瞑って考える。
ランサーは、モンスターハンターをそこそこプレイしていた。
ゲーム内での階級を表す「ハンターランク」というモノで言えば、9のうち8に位置する。無論、高い方が高等なハンターだ。
8といえば、一日二日で到達できる等級ではなく、大体脱・初心者と言える頃合だろうか。
しかし、だ。
ランサーは、そこに至るまでモンスターハンター(以下、モンハン)の最大の楽しみとも言える「マルチプレイ」を経験したことが無かったのだ。
マルチプレイとは、先にギルガメッシュのあげた『共闘』のことである。
プレイヤー達で協力し、大きなモンスターを討伐する――ソレこそが、モンハンの醍醐味なのである。
言い方はギルガメッシュらしく、気持ちのいいものではなかったが、コレは紛れも無い「お誘い」であった。
マルチプレイもやってみてぇなぁ、なんて考えていたランサーにとっては、渡りに船である。
ほぼ一瞬で、異常の思考を完遂し、ランサーは目を開く。
「……まぁ、俺もマルチプレイしてみたかったしな。
いいぜ、せいぜい守ってやらぁ」
一応、ギルガメッシュに比べればランサーは上級者と言えるだろう。
初心者とのプレイだと思えば、守るというのはなんら可笑しくは無い。
ただ――
「無礼者! 我を守ってやるとは何事か!
お前風情の力、我は必要とはせん!」
ギルガメッシュ自体が、大分可笑しかった。
コレってアレか、ツンデレとか言う奴なのか……
ランサーは予想の出来ないギルガメッシュの思考に、初めて眼の前の青年に対し若干の恐怖を覚えた。
「OK、せいぜい頼りにさせてもらうわ」
眉間を押さえつつ、ランサーは声を絞り出す。
ギルガメッシュは「うむ!」と胸を張っている。
大丈夫なんだろうか、コレ。
しかし、ランサーの頭には、ある考えがあった。
ソレは――
強力な装備を持つ自分が、下位のクエストに行けば、「強敵と戦う」という楽しみが殺されてしまうということだ。
今、ランサーが下位のクエストを受注すれば、ギルガメッシュがよほど足を引っ張らない限りは圧勝してしまうだろう。
それでは、ダメなのだ。
強敵と戦い、時には完敗し、自らを練り上げてリベンジを挑む――
コレこそ、モンハンにおけるシングル・マルチ共通の楽しみ方なのだ。
故に、今自分がギルガメッシュについていったところで、自分もギルガメッシュもモンハンの楽しさを感じることは出来ないだろう。
ランサーは、ここに決意を固める――
ある意味廃人の証となる、セカンドキャラの作成を――!
「よし、ランサー。
そうと決まれば早速狩りに出かけようではないか!」
……などと、自分の考えに浸っていると、珍しくにこやかなギルガメッシュがPSPを掲げていた。
近所の子供達のほうが、まだ大人っぽい。
ランサーは、不安を覚えつつ、ギルガメッシュを諭す。
「その事なんだがよ、ちぃとばかし待ってくれねぇか?
お前に合わせて、新しくデータを作ろうと思ったんだが」
なるべく当たり障りの無いように、ランサーは提案した。
が、ギルガメッシュはソレさえも気に入らないようで、凄まじい勢いで青筋を量産していく。
コレは不味い、とランサーは判断。
ギルガメッシュが言葉を発する前に続きをつむぐ。
「あー……いや、ホラ。
このまま始めてもよ、装備の関係で俺のデータの方がずっと強いんだわ。
それってなんとなく嫌じゃねぇか?」
「……む」
敢えて、彼の自尊心に触れるように説得する。
プライドの高い彼への効果はてきめんのようで、釣り上がったギルガメッシュの眉が段々と下がっていく。
「お前、そういうの嫌だろ?
だからスタート時点なら共に最低水準だし、丁度いいんじゃねぇか、と思ったんだよ」
ポーカーフェイスを保つランサーの説得に、ギルガメッシュの眉が標準に戻る。
なにやら色々考えているようで、ギルガメッシュの顔は七変化を行っていた。
やがて、彼なりの答えを出したのか、釣り下がった眉でギルガメッシュは答えた。
「……よい。
我を待たせることを許す、ランサー」
なんとか英雄王の機嫌をとる事に成功し、胸をなでおろすランサー。
別に、ランサーは戦闘になってもそれはそれで良かったのだが――
折角出来るマルチプレイの相手が居なくなる。それだけは、避けねばならなかった。
――ここに、とても英雄とは思えない二人による、最強のタッグが結成された。
所変わり、ここは教会内の礼拝堂。
昼間だというのに人は一人もおらず、夜半と同じ静寂に包まれている。
それでも、何故だか明るい印象を受けるのは、わずかに差し込む太陽の光の所為なのか――
と、状況の説明は以上。
例によってダメサーヴァント二人組みが屯しているので、神秘的な雰囲気等はとっくに崩壊していた。
ランサーは既に定位置となったコンセントの前を陣取り、PSPの電源を入れる。
白い画面に映る、PSPの三文字が美しい。人の娯楽にかける情熱は凄まじいモノだと言うことを思い知らされる。
ランサーは、やがて映るPSPのホーム画面、XMB(クロスメディアバー)を操作し、モンスターハンターを起動する。
読み込みは少し長いが、この後を考えれば苦は感じない。
……まぁ、感じる人もいるのだが。
「……ただ待っているのは暇だ。
故に、我も新しくキャラクターを作ることにした」
こういうダメ英雄王とか、うっかり英雄王とか、金ぴかがその良い例だ。
ランサーは苦笑しつつ、キャラクターの外見を決めていく。
外見に拘らない性質なのか、ランサーは手際よくキャラクターの外見を決定した。
次いで、カーソルを上へと戻し、名前を入力する。
「……ほう、Setanta、か。
成る程、な」
いつの間にか画面を覗き込んでいたギルガメッシュが、愉快そうに声を漏らした。
「まぁ、いつまでもHunterじゃ味気ねぇからな」
屈託の無い笑顔を作る。
なんだかんだで、彼はキャラメイクを楽しんでいた。
「真名を明かすのは愚行と言えるかもしれんが……
この冬木の空気では、ソレぐらいが丁度よいのかも知れぬな。
……よし」
ギルガメッシュも、何かを思い立ったのか名前の入力を始める。
英字を入れる作業に没頭していたのだろう、ほくそえむ様なランサーの笑みに、彼は気付かない。
「G……i……くっ、相も変わらず分かりづらいな」
なれないうちは、PSPの文字入力というのは意外に分かりづらい。
ギルガメッシュも例外ではないらしく、文字を入力するのに手間取っている。
しかし愚痴るものの手は止めず、英字を入力していく――が。
最後の九文字目で、ソレは起きてしまった。
「……? ぬっ……くっ……
おのれ! 一体如何したというのだ!」
突如、ギルガメッシュが叫ぶ。
ランサーは相変わらず、ニヤニヤと微笑んでいる。
「くそ……! ランサー!
お前、何か知っているな!?」
そんなランサーの表情に気がつき、ギルガメッシュはランサーへと向き直る。
ギルガメッシュの様子が可笑しいランサーは、口元を隠して笑う。
「ぷっ……くっくっく……!
いやな、ギルガメッシュ。
このゲーム、名前8文字までしか入んないんだわ」
「は……謀ったな! ランサー!」
「いやいや、俺は何も自分の名前を入れろとは言ってねぇぜ?
いいじゃねぇか、ギルガメス。なんか可愛いじゃねぇか?」
「おのれ……! この屈辱、忘れぬぞ……!」
ランサーは、必死にPSPを操作するギルガメッシュを尻目に、笑い続けている。
本来の彼ならランサーに死刑を課しているかもしれないが……
生活が長い分、冬木の空気に一番馴染んだのは彼なのかもしれない。
「くそ……カプ○ンめ……我に恥をかかせおって」
結局、ギルガメッシュは名前を「Gill」に決定し、キャラクターを設定した。
余談だが、二人とも訓練所・ムービーは飛ばした。
さて、コレより始まるは珍妙な二人組みの狩猟生活。
憤怒と歓喜、絶叫に満ち溢れたハンターライフを、彼らはまだ知るよしも無い。