――夜半の教会。
12時を回ったばかりの礼拝堂には、人が殆どいなかった。
シンと静まり返った神秘的な空間は、針を思わせる程に研ぎ澄まされている。
ある種の、魔界。本来、神の住まう場所である筈の教会は、そう形容できた。
それは、今時分の成せる業か、それとも――
「……ち、やりやがる」
そんな教会の礼拝堂に、一人の男が座っていた。
ウェイターが着用するような衣服を身に纏い、青い髪を逆立て、銀のピアスを片耳にだけ着けた、美丈夫。
先に述べた教会の雰囲気の中にいるそれは、またある種の神秘さを纏っていた。
それは絵画のような、もしくは良く出来た銅像のような、人ならざる神秘。
それもその筈、彼はかの有名な英雄、光の皇子クー・フーリンその人だからだ。
神の血を継いだ彼は、人間の姿をとりながらも、人間には出せない美しさを保持している。
そんな彼がこの美しい魔界に存在しているのだ。絵にならぬ筈が無い。
――その手に持っているモノを、視界に納めなければ。
クー・フーリンの手にはあるモノが握られていた。
青く輝く、独特の材質で出来た、手の平サイズの物体。
楕円に近い平面をとり、中央部には絵を写す液晶がはめ込まれている――
……所謂、PSPというモノであった。
「……そらぁ!」
クー・フーリン――今は、ランサーと呼ばれている――が声をあげ、○の描かれたボタンと△の描かれたボタンを押す。
画面に映った小さき人は、槍を構えて龍へと突進していく。
愚直なまでに真っ直ぐと向かった槍兵は、あらかじめ定まっていたかのように、赤い龍を突き刺した。
刹那、龍が断末魔の叫びを上げ、画面に文字が現れる。
――目標を達成しました、と。
そう、クー・フーリンことランサーは――
モンスターハンターポータブル2ndGと呼ばれるゲームをプレイしていたのだ。
ぶっちゃけ、こうなると神秘さもクソも無かったりした。
「どうだ、見たかぁ!」
ランサーは大きく声をあげ、PSPと己が視線を上げる。
その声は、誰が聞いても喜びを感じ取るに十分なものだった。
アイルランドの光の皇子が、楽しそうにゲームをプレイする。
なんだか、幻想をぶっ殺されそうな、みもふたも無い光景であった。
「~♪」
だが、ランサーはそんな事はお構いなしに、再びPSPと視線を下げた。
討伐後にする事といったら、コレしかないだろう?
彼の背中がそう語っていた。
ランサーは、作業に没頭している。
故に、後から近づく影に気付かなかったのは、仕方が無いだろう。
「……おい、ランサー。
何をしているのだ?」
一人の青年が、ランサーに呼びかける。
美しい金髪に、黒のライダースーツを着込んだ、美しい青年。
その美しさはランサーに勝るとも劣らない。
ランサーがクー・フーリンであるように。この青年の名は、かの有名な英雄王ギルガメッシュといった。
耐性の無い者が聞けば、卒倒しかねないカリスマに満ちた声。
1000人がいれば、1000人が振り返るほどの圧倒的な威厳――
それでもランサーは彼の声に気がつかない。
英雄なのに、と言うべきか。英雄だからこそ、というべきか。
ランサーは龍の亡骸の上にキャラクターを移動させ、ひたすらに○ボタンを押していた。
ギルガメッシュの額に、青筋が浮き上がる。
「――無礼者! 我が呼びかけているのに、無視をするとは何事か!」
激昂しているのだろう、射殺さんばかりの視線をランサーへと投げかける。
プライドの高い――いや、プライドの塊であるような彼にとって、無視されると言うのはあってはならないことなのだろう。
しかし、ランサーも叫ばれた事によってギルガメッシュに気付いたようだ。
視線をギルガメッシュへと向ける。
「お、いたのか。
悪い悪い。ちょいとこっちに夢中になっちまってな」
悪びれる様子も無く笑うランサーに呆れつつ、一応は謝られた事によって機嫌を少し戻したギルガメッシュが、PSPを覗き込む。
そこには突撃槍を携えた戦士が映っている。
不機嫌を興味が上回ったのだろう。
元の不遜な態度を取り戻したギルガメッシュが、ランサーへと言葉を投げる。
「……ふん、わかればいいのだ。
ところで、ソレは何だ? 見たことも無い機械だが」
腕を組み、視線でPSPを指す。
ランサーは一瞬だけ何かを考え、あぁコレか、と呟いた。
「ガキ共と遊んでるワリには、結構疎いのな。
PSP……あー、ソフトの方が有名か?
モンスターハンターってんだよ、新作な。まぁ、玩具みたいなモンだ」
青く輝くPSPをひらひらとさせながら、ランサーは答える。
興味ありげにソレを覗き込むギルガメッシュだが――
やがて興味をなくしたのか、礼も言わずに振り返る。
「ふん、くだらん。
英雄がおもちゃ遊びか」
若干の嘲笑が含められた言葉。
英雄が放つとはいえ、英雄に向ける言葉ではないが――
ランサーは気にした様子も無く笑っている。よほど機嫌が良いのだろう。
「まぁ、お前ならそう言うと思ったけどな。
ほれ、もう用は済んだろ? 行くならとっとと行きな」
しっし、と腕をふるうランサー。
ギルガメッシュの機嫌を損ねるには十分すぎる仕草だが――
今まさに激昂せんとするギルガメッシュにすら、ランサーが溢れんばかりの機嫌のよさを振りまいていることは理解できる。
牙を抜かれたような気分になったギルガメッシュは、何も言わずに礼拝堂を後にし、自室へと向かう。
わずかな明かりが照らす通路を歩きつつ、ギルガメッシュは呟いた。
「……PSP。
モンスターハンター、か。
おい、言峰! いるのだろう!」
英雄が、夢中になる玩具。
久々に宝物庫に加わるかも知れぬナニカに期待を抱きつつ、ギルガメッシュは通路を歩いていった……
「全く、何を言い出すかと思えば……
かの英雄王が、ゲームとはな」
黒衣に身を包んだ大柄な男性が、若干の呆れ顔で呟いた。
その言葉は隣にいる金髪の青年、ギルガメッシュへと向けられている。
――ここは、言峰教会の中に位置する、言峰綺礼の自室。
狭いとも広いとも言えぬそんな部屋に、二人は集まっていた。
豪華絢爛な金髪と、ある意味枯れているとも言える黒髪の二人組み。
見るものが見れば、まず違和感は感じるであろう組み合わせだ。
「何、ただの暇潰しよ。
ランサーの奴が熱を上げている玩具が、どれほどのモノか気になっただけだ」
長方形の箱の梱包を解きつつ、ギルガメッシュが言う。
視線は、長方形の箱に描かれた黒い獣へと注がれている。
呆れを隠すことなく、言峰はギルガメッシュを見ていた。ギルガメッシュの金髪の様な金色のPSPを、趣味が悪いと思いつつ。
「良し、開いたぞ。
……ふむ。コレをこの中に入れるのだな……おぉ!」
なんだかんだで子供のようにはしゃぐ英雄王を見て、呆れの色を強めつつ言峰は溜息を吐いた。
――快・不快のチャンネルがズレた彼にとって、ギルガメッシュの仕草は、見ていて気持ちの良いものではない。
やれやれ――と、言峰は部屋を後にしようとする。
そんな時だった。
「おい、言峰。どこへ行く。
疾く我をサポートせぬか。なにせ、右も左も分からぬでな」
ギルガメッシュが、視線を動かすことなく言峰を呼びつけた。
言峰は視線を動かし、モンスターハンターの箱へと移す。
「説明書が入っていただろう。
新品が良いと言ったのは誰だ」
もはや呆れを隠すこともせず、言峰は嫌そうに呟いた。
ギルガメッシュは「何を言っているのだ」と言わんばかりの表情で、言峰を睨み付ける。
「ふん、愚問だな。
我にそんな物が必要あると思うのか?
貴様はそれほど愚かでもないと思っていたのだがな」
暴君、健在。
言峰は「必要あるから私を呼び止めたのだろう……」と呟きつつ、結局は部屋の中へと踵を返していった。
その背中は、酷く哀愁に溢れたものであったことを記しておこう。
「我は適当に進めて行く。
言峰、お前は我が進むにつれて生まれた疑問に答えれば良い」
「……私もお前と同じ程度には分からんぞ。
それこそ右も左も分からん」
やや不機嫌そうに、言峰は後手に腕を組む。
言峰の言葉を受け、ギルガメッシュは表情を変える。
――それこそ、「きょとん」と言った具合だ。
「貴様は先程から何なのだ。
あまり我を失望させるな。
なんの為の説明書だというのだ!」
理不尽に怒るギルガメッシュ。
もはや、不条理を感じざるを得ない。
確かにサーヴァントは人間から見て不条理の塊の様なモノだが……
「了解した。
地獄へ落ちろ、英雄王」
結局、これ以上何を言っても無駄だと判断した言峰は、しぶしぶながらギルガメッシュの戯れに付き合うのであった。