2001年10月29日月曜日 15:40 日本帝国軍 新潟第十二監視基地
「こちらはグラーバク01、8492戦闘団各機は直ちに戦闘に加入しろ、友軍機の急な機動に注意」
加速を始めた自機の中で、俺は簡潔な命令を下していた。
リンクスは集団行動は取らない。
一応8492戦闘団という部隊になっているが、その枠の中で彼らは好きに行動をしている。
作戦目標は敵の殲滅。
追加目標として一人でも多くの友軍を生還させ、一体のBETAもエリア外に突破させない。
シンプルであり、普通の戦術機ならば困難な任務である。
上記に加え、俺はリンクスたちといくつかの約束をしている。
一つ、機体を捨ててでも必ず生還する事。
二つ、困っている人がいたら助ける事。
三つ、知らない人からの通信には答えないこと
四つ、許可なく戦域を離脱しない事。ただし、非常時には許可する。
五つ、コジマ粒子を必要以上に撒き散らさない事。
六つ、誤射に気をつける事。
以上が俺とリンクスたちとの約束事である。
<<貴様らは何者だ!?>>
突然帝国軍指揮官から通信が入る。
当然である。
彼らは崩壊寸前ではあるが、一応統制を保って戦闘を行っている。
そこへ圧倒的戦闘能力を持つとはいえ、別の指揮系統の友軍が合流すれば、彼らの今までの作戦行動が破綻してしまう。
「こちらは国連軍横浜基地所属8492戦闘団、指揮官のグラーバク01だ。帝国軍指揮官と話をしたい」
<<今忙しい、国連軍が何のようだ?>>
呼べば直ぐに答えが返ってくる。
指揮官先頭を実践しているのか、彼も交戦中のようだ。
「新兵器の試験中に戦闘に巻き込まれました。
邪魔はしませんので、共同戦線を張らせていただけないでしょうか?」
<<わかった、一番西のエリアを頼む、いきなりでは共闘が難しいからな>>
帝国軍と国連軍は不仲と聞いているが、最前線の指揮官たちは随分と現実的な思考をするようだ。
それで助かっているわけだから異論はもちろん無い。
一番西のエリアとは、あと一分以内に崩壊するであろう防衛戦力が壊滅状態の場所だ。
我々はBETAとの戦いも帝国軍との共同作戦も初めてなのだから、まずは余計な配慮抜きでBETAと戦いたい。
その贅沢な頼みを、彼は聞いてくれたわけだ。
「ご配慮に感謝します、全機聞いての通りだ。
総員移動開始、前方にBETA部隊。
8472戦闘団の諸君、速やかにエリアB12に集結し、敵を殲滅セシメヨ」
俺の指示を彼らはきちんと聞いてくれる。
あちこちの戦域で大暴れを始めていたリンクスたちは、通り道のBETAたちを速やかに射殺しながらB12へと移動してくる。
レーダーマップ上の敵軍を示す赤い面が食い荒らされつつ、青い光点がこちらへ向かってくる。
敵の数は膨大だ。
ざっと見ただけでも連隊規模はいるだろう。
BETA連隊が人類の歩兵連隊と同じ数で構成されていると仮定したならばの話だが。
「我々はここを任された。
で、あるからには責務を全うするぞ」
目の前に単騎で突破してきたらしい要塞級が現れる。
そのまま進めば正面衝突コースだったが、素早く機体を左へと滑らせ、スラスターを使って右を向く。
真横を通過した要塞級が繰り出した触角を回避しつつ、わき腹に一弾倉分の砲弾を叩き込んでリロードする。
従来型のOSを搭載した戦術機では不可能な動作だが、XM3を搭載しその操縦に最適化、つまり熟練した衛士にはたやすい事だ。
<<こちらは雷電、背中は任せろ>>
さすがは社長。
飛び込んできた通信に思わず表情が緩む。
「俺は撃ち漏らしを潰す、全機好きに戦ってくれ」
BETAはキモイね。
機関砲を放ちつつ冷静に思う。
現在のところ、リンクスたちの反則的な戦闘能力によって俺の仕事はない。
彼らにはこの世界の常識を超越した機体性能と、異常な火力を誇る装備がある。
そして、恐らく一番弱いであろうダン・モロでさえも、この世界から見れば伝説級のエースパイロット並みという戦闘能力を持っている。
これで阻止戦闘が出来なければどうしようもない。
「当エリア担当の帝国軍へ通達します。
我々が支えられるうちに後退し、補給を行ってください」
<<こちらドッグ11、アメリカの犬なんぞに助けられる必要はな>>
唐突に通信が途切れる。
レーダーマップを見ると、どうやら撃墜されたようだ。
<<こちらドッグ12、全機後退しろ、早くしないと全滅するぞ!>>
指揮を引き継いだらしい機体から指示が行われ、定数36機から僅か9機に減少した戦術機大隊が後退を始める。
可哀想な事に、彼らはそうなるまで後退すら許されなかったのだ。
陸戦における全滅の定義は戦闘部隊の三割の喪失、壊滅の定義は五割の喪失と言われている。
つまり、五割以上の損害を受けている彼らは、既に全滅どころか壊滅を通り越している。
そのような敗残兵の集団が、逃げる事すら叶わず戦闘を続行していたのだ。
これだけでも日本帝国軍の戦意の高さと、対BETA戦における人類の劣勢がわかる。
「要請を聞いていただきありがとうございます。
各機一体も逃がすな、俺が苦労するからな」
指示を下しつつも後退し、地中振動監視用のソナーを設置する。
俺の周囲では、トレーラーに乗せてきた自律拠点防御装備の設置が進められている。
無人の車両から自動制御のクレーンで下ろされ、プログラムによって予め定められた動作で攻撃準備を整える。
並みの衛士が操る戦術機に対しては圧倒的に劣る戦闘能力しかないが、物量で突き進むだけのBETAに対してこれらの無人兵器たちは随分と役に立つ。
高速機動戦闘を行うネクストを部下にしている俺が言うのも変な話だが、柔軟な作戦によって構築された強固な陣地は強力なはずだ。
陣地の構築は無人兵器たちに任せ、戦闘に参加する。
俺たちは地中から多少の奇襲を受けても何とかなるが、一定以上の突破を許せば後方の友軍が危ない。
「異常振動はなしか。
まあ、歴史に名前が残らないような小競り合いで大規模浸透突破をされても困るがな」
自分が知る限りでは、本日の日付での有名な出来事は何もない。
であれば、神経質になる必要もない。
<<こちら雷電、担当エリアの敵勢力の殲滅を確認。
しかし奴らは隣から流れ込んできているぞ>>
報告に戦術モニターを見ると、帝国軍が担当しているエリアから多数のBETAが向かってきている。
戦術機に比べれば、ネクストは非常に複雑なコンピュータの塊である。
そして、BETAはより高性能なコンピュータを狙う習性がある。
こちらへやってくるのは当然である。
「頑張ってくれ、それだけ友軍が生き残りやすくなる。
すまないな」
戦術モニターは恐ろしい現実を伝えてくる。
先ほどまで友軍を突破しようとしていた赤い面が、全てこちらへと向かってくる。
並の戦術機に比べれば随分と強いが、あくまでも単機に過ぎない俺としてはリンクスたちに頼るほかない。
酷い話だよな。
<<わかって言っているのが酷いな>>
少佐に冷たくされるのがたまらない。
もっと痛みを!
<<何を言っている?>>
不思議そうに尋ねられる。
わかっている、こちとら正常な思考を保つことが困難な状況なんだ。
<<雷電より全機、隊長を援護しつつ全BETAを撃滅せよ。
支援車両群は前進開始、隊長機周辺に展開しつつこれを援護>>
指揮権を取り上げられてしまったようだ。
だがそれがいい。
冷静に会話する余裕すらない。
BETAが近い、BETAが多い、BETAが多すぎるんだよ!
「こっちみんなぁぁぁ!!!」
絶叫しつつ両手に持った機関砲を連射する。
あれだけ撃ってもどうしていなくならない!
なんでリンクスがこんなにいるのにいなくならない!
<<前!>>
少佐から鋭い声で注意が飛んでくる。
見れば、腕を振り上げた要撃級が迫る。
随分と早い最終回だったな。
人間の生存本能が生み出したスローでモノクロな世界の中で、俺は目を閉じた。
そして、衝撃がやってきた。
<<輸送車両防衛システム正常動作中。
接近中の敵性生命体に対して攻撃実行。排除完了>>
無機質な声が報告してくる。
目を開くと、35mm機関砲の集中砲火を受けたBETAたちが撃退されていくのが見える。
先ほどの衝撃は、撃ち抜かれたBETAの残骸が機体にぶつかったものだったようだ。
指揮権を剥奪されていて良かった。
そうでなければ、今頃は機体の上半身ごと殴り飛ばされているところだった。
「感謝する、これよりグラーバク01は戦列に復帰。
周辺戦区から流入しつつある敵勢力の殲滅を実施する。
各員の奮闘を期待する」
いかに熟練の衛士としての腕を持っていても、軍人としての心構えができていなければこんなものか。
自身を冷めた目で見るというのも面白い。
そんな事を思いつつ、俺はネクストたちと肩を並べて戦うべく前進を続けた。
設計思想が違うとはいえ、技術レベルが違いすぎる我々は、周辺戦区から流入を続けるBETAたちを殲滅した。