2002年2月28日木曜日07:30 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団B戦線 ソビエト地上軍極東連邦管区軍統合砲撃任務部隊 指揮所
ギジガは、エヴェンスクの東方に位置する小さな港街であった。
あったと過去形で表記される理由は、当然といえばそうであるが、既にこの地がBETAによって蹂躙されて久しいからである。
この場所は、街を作るには微妙な場所である。
最寄りの大都市は大自然を通り抜けた先、60km向こうにあるエヴェンスク。
北には何もなく、西も100km単位での移動が必要だ。
南には海が広がっているが、そこは一年の大半が氷で閉ざされている。
だがこの日、ここには多くの軍人たちがいた。
陸上艦隊で乗り付け、必要な装備を展開し、作戦開始に備えている。
この場所は人が住むには、あるいはそこへ行政サービスを提供するには難しい場所である。
しかし、膠着状態の最前線の後方として砲兵を配置するには程よい場所であったのだ。
特に、エヴェンスクにそびえ立つ忌々しいハイヴを破壊するための砲兵を配置する必要があり、それを可能とするあらゆる物資と装備が揃っている場合には。
「司令部より入電、作戦符丁アイリーンを確認。繰り返します、アイリーンを確認」
作戦は予定通りで開始されるようだ。
この地を任されているソビエト連邦地上軍を指揮するボルドゥイレフ上級大将は、正面に設けられたスクリーンを睨みつけつつ口を開いた。
「攻撃開始」
栄えあるソビエト軍人として、他国の人々に何から何まで任せっぱなしという現状に思うところはある。
だが、今の彼は戦後のパワーバランスを心配する政治家ではなく、敵と相対した軍人だ。
それ故に、やるべき事は非常にシンプルである。
「指揮所より全部隊、攻撃開始、攻撃開始」
オペレーターが命令を伝えるその先には、この地に展開した呆れるほど大量の砲兵部隊がいた。
その数、ソビエト管轄のロケット砲だけで8,000門である。
この数字は、史実におけるソビエト地上軍が1990年当時装備していた全て(つまり東独からオホーツク沿岸までの全て)と同数だ。
自前だけでは兵員が足りず、周辺に展開する護衛と砲兵の過半数、支援部隊の大半と物資の全てを8492戦闘団から提供されているが、それでも彼らの呼称はソビエト地上軍だ。
世界が認め、8492戦闘団が了承し、彼らがそう名乗っている。
異常な数を極めて狭い地域に押し込めて実施されたその攻撃の光景は、キリスト教徒であれば黙示録の世界だと称するであろう凄まじさを誇っていた。
一作戦の、それも一部の戦線で、たった一つの敵拠点を攻略するために、8492戦闘団はこれだけの戦力と、それを展開するための陣地構築を行っていた。
砲兵の内訳は、呆れたことに100%が9P140で構成されている。
つまり、ボルドゥイレフの簡潔な命令は、8,000門の16連装220mmロケット砲から、128,000発の対地ロケットを発射するためのものだった。
十分な車両間隔を開け、陣地間の配置を工夫し、バックブラストが後方の車列にかからないように整備し、それでも莫大な面積を必要とした陣地から、凄まじい土煙が舞い上がる。
土煙と発射煙、そして雪煙によって一瞬で周囲の視界は失われ、その中を噴射炎を輝かすロケット達が次々に飛び立っていった。
ソビエト地上軍の基本は砲兵により敵を叩くことにあるが、これはやり過ぎだと言えるであろう。
BETAが、それもよりにもよってГ標的二体が相手でなければだがの話だが。
「全弾の発射完了を確認」
「空母リガより入電、艦載機発艦作業は予定の90%の進捗」
「再装填作業開始、装填完了まで残り20分」
「敵照射来ます」
「全弾正常に飛行中、敵の迎撃が開始されました!」
「自走砲部隊、発射準備完了。いつでも撃てます」
8492戦闘団から現地指揮所簡易キットとして提供された施設の中で報告が乱れ飛ぶ。
壁面に掛けられた大型モニターに情報が表示され、ユニット化された個人用コンソールにはソビエト地上軍としての訓練しか受けていない人々がいる。
だが、提供された機材は高性能かつ便利であることを除けば、完全にソビエト軍のフォーマットに合致した仕様でデザインされていた。
「攻撃を続けろ、再装填急げ。
第二次攻撃は所定の方針通り2,000基ずつだ」
オペレーターの悲鳴のような報告に、彼は冷静に、だが力のある言葉で返答した。
この場所に人類が持ち込んでいるのは、ロケット砲だけではないのだ。
2002年2月28日木曜日07:32 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団B戦線 国連第11軍統合砲撃任務部隊 自走砲陣地
「指揮所より攻撃命令」
ロケット砲の陣地より15kmほどハイヴ手前に設けられた砲兵陣地には、3,700両の99式自走榴弾砲が展開している。
彼らの仕事は、20分かかる9P140の 再装填時間の間だけГ目標を忙しくさせることにある。
もちろん、迎撃をすり抜ける余裕が生まれれば、突撃破砕射撃や準備砲撃としての役割も期待されている。
「射撃命令、全部隊、効力射、座標は変更なし」
通信士が無線機に向かって効力射の命令を伝える。
この地域での戦闘は前線の維持を目的として停止しておらず、効力射を行うための観測は済んでいるのだ。
「照射を確認、前線観測班からの報告ではロケットは全弾迎撃された模様」
現在のГ標的は最前線の部隊が行う嫌がらせの砲撃を迎撃することに文字通り目を奪われているが、それでもこちらの砲撃に対する迎撃はしっかりとしている。
普通の軍隊相手であればこれでケリが付くような史上空前規模の砲撃戦でありながら、BETAたちは健在だった。
今のところは。
この自走砲部隊は、一国の全装甲車両を結集したよりも多い台数を持ちながら、この瞬間まで修正射を行うに留めていたのだ。
彼らの修正射とはそれだけでもBETAの圧力を一時的に減じさせるだけの破壊力だったが、それでも修正射とは試し撃ちに過ぎない。
つまり、彼らが砲撃を開始するという事は、先の9P140一斉砲撃と同じく、状況を変える力となる。
余談であるが、99式自走榴弾砲は毎分6発以上の砲撃能力を持っている。
「統制射撃開始まで五秒、四秒、三秒、発射、今」
カウントダウンの終わりと同時に、この陣地の指揮所は強い衝撃に襲われた。
キロメートル単位で離れた個所からでも聞こえる発射音が、目と鼻の先で一斉に鳴り響いたのだから当然である。
当然であるが、効力射であることから、その衝撃は断続的なものである。
「効力射初弾に対する照射を確認、全弾には行われていない模様」
その報告に指揮官は表情を綻ばせる。
Г標的の能力と、それに守られた光線級たちの迎撃は恐ろしいものであった。
だが、そんな彼らをしても、3,700発の砲弾全てを一度に迎撃することはできなくなりつつあるようだ。
当然だが次の照射で潰されてしまうだろうが、その分だけ第二射の一部が接近できる。
それも、その次の第三射も、第四射も、BETAに届くことなく迎撃されてしまうだろう。
だが、その間に何もしないで空を見上げているほどこの戦場は暢気なものではない。
「支援艦隊より入電、艦載機第一波による長距離攻撃が開始されます」
待ちに待った報告に、中央モニターに視線を戻す。
広域を表示する部分に、海上より接近しつつある航空機部隊の部隊表示が複数あった。
2002年2月28日木曜日08:10 ソビエト連邦領海 桜花作戦北方軍支援艦隊 旗艦『空母リガ』
「陸は苦労しているようですな」
発艦作業が続けられ騒がしい艦橋の中で、艦長は他人事のようにそう言った。
整理整頓されているにも関わらず五月雨式に入ってくる報告を聞くに、人類史上空前規模の砲撃戦は、今のところその大半を迎撃されているらしい。
「だからこそ、私達がここに来た意味があるというものです」
この艦隊を預かるウィラード合衆国海軍中将は静かに返した。
艦隊指揮を任された彼は、合衆国海軍の航空母艦も展開している海域であるにも関わらず、この艦に座乗させられていた。
理由は単純で、政治的配慮というやつだ。
この作戦は、中将の祖国とソビエト政府、そして8492戦闘団の余計な配慮のお陰で、あくまでもソビエト連邦の要請に基づく多国間協力という体裁を取っている。
主体はあくまでも、書類上だけでもソビエト連邦にあり、他国は要請に基づいて派遣されたという形を強制されているのだ。
既に戦後は始まっているな。
そんなことを一瞬思いつつ、中将は艦長との会話に意識を戻す。
「確かにそうですな、それにしても、やはり空母は航空機を発艦させないと!」
ウィラードに対して艦長は笑顔で答えると、艦橋から見える甲板を眺めた。
そこには、光線級出現以来途絶えて久しい光景が繰り広げられていた。
格納庫から運び出され、エレベーターで甲板上に現れる航空機。
甲板上で整備員による点検を受ける航空機。
カタパルト横で発艦準備中の航空機。
今まさに飛び立とうとする航空機。
そこかしこに航空機がいた。
「全く同意ですよ、同志艦長殿」
ウィラード中将は破顔すると、周囲に目をやった。
実際には視界に入るような至近距離にいるわけがないが、それでも発艦を続ける僚艦が見えた気がした。
現在のここには、世界の海軍力の大半が集結している。
合衆国海軍だけでもミニッツ、ドワイト・D・アイゼンハワー、カール・ヴィンソン、セオドア・ルーズベルト、ロナルド・レーガン、ジョン・C・ステニスが展開している。
言うまでもないがそれらの護衛を務める艦艇もだ。
もっとも、彼女たちの仕事はトマホークや嫌がらせ目的のハープーン対地モードの斉射であるが。
とにかく、それ以外の全ての航空母艦も欧州方面に動員されており、そちらも含めた全てが航空機による攻撃を行っていることを考えれば、彼が破顔する気持ちも理解できる。
別に、人類は光線級をどうにかする方法を見つけることが出来たというわけではない。
その迎撃を突破するための物量を手に入れることに成功しただけの話である。
「飽和攻撃による敵防空網突破。
そのようなやり方があるのですな」
艦長が改めて口に出したそれは、陸軍が総力を上げて実施している作戦の総評であるといえる。
なるほど、たしかにBETAは恐るべき迎撃力を持っている。
では、その限界を超えてやろう。もちろん、海空軍も参加して。
そういうことだった。
「それにしても、無人戦闘機とはいえ、これだけの物量を使い捨て前提でとは、資本主義に対する考え方を改める必要があるようですな」
あくまでも冗談の意味合いだけを持つ声音で艦長が続ける。
桜花作戦に参加する全ての航空母艦は、8492戦闘団が提供する無人攻撃機X-47Bを使用している。
試作機を示すXがついているのは、あくまでもこれは試験飛行という体裁を取っており、正式な合衆国海軍機としてはいないからだ。
とはいえ、空を埋め尽くすほどの数量から撃ち出される、水平線を埋め尽くすほどの空対地ミサイル一斉発射は見ものであった。
一機あたり二発の誘導弾、さらに発射完了と同時に散開する各機から射出される探査UAVたち。
もちろん母機も誘導弾とは別の軌道でハイヴへ向けて全速前進である。
史実で全盛期のソビエト空海軍総力と、合衆国空海軍総力が激突したとしても、ここまでの航空ショーは見られなかっただろう。
「8492の考えることは資本主義を信ずる我が国であっても理解できませんよ。
格納庫を埋め尽くす無人機を、その装備から燃料から全て、必要な資機材含めて乗せられるだけ、ですからね。
おまけに、彼らは空母を持っていないはずなのに、こちらのクルーに教育を施す余裕すらあった。
全く理解できないことです」
機密が漏れている。
そのような生易しい話ではない。
8492戦闘団から送られてきた支援要員や教官たちは、すべての船のすべての部署で、まるで生まれてから今までずっと空母勤務を続けていたかのように練達している。
何をどうやったのかはわからないが、自分は軍人なので戦後をどうするという難しい話はわからないが、それでもこのままではマズイ。
そう考えさせられる出来事が続いている。
「SLBM第一派の発射完了を確認しました」
オペレーターから報告が入る。
本来であればそれは世界の終焉を意味する人類最大の愚行となるが、この場においては単なる嫌がらせ攻撃の一つでしか無い。
「潜水艦発射型弾道弾にもこういう使い方があるんですな」
艦長が呟く。
それには彼も同意であった。
通常弾頭のSLBM一斉射撃。
一秒だけでも、あるいは一門だけでもГ標的や光線級の照射を逸したい。
その思いから、国連軍はこの作戦にありったけのオハイオ級とタイフーン級をかき集めていた。
その数、オハイオ級で19隻、タイフーン級6隻、つまり全てだ。
少しでも多くのミサイルを叩き込むため、そのような措置が取られている。
当たり前であるが核弾頭は外されており、通常弾頭に替えられているが、それでも命中した場合の破壊力は大したものである。
実際には命中することはBETAの防空能力から考えてありえないが、1秒だけでも光線級たちの視線を独占し、Г標的の体を僅かにも陸上部隊から逸らせる事ができれば儲けものという判断だ。
「これに加えてそちらの空軍の、ええと、空中発射巡航誘導弾、略してALCMでしたかな?
それも全力投入させるとは、確かに軍大学では選択と集中という言葉を習いましたが、たしかにあの言葉は真理でしたな」
艦長の言葉を補強するように、レーダー探知の報告が入る。
艦隊の防空域に進入したALCMの集団を探知したのだ。
今のところは地球の形状の関係で迎撃されていないが、先程のSLBMも含めて、これらは間もなく全弾が迎撃されるだろう。
超音速を出そうとも、文字通りの光の速さで殺到する光線級の迎撃に耐えられるはずがない。
雲霞の如く殺到する無人攻撃機からの攻撃もそうだ。
Г標的二体に支えられたBETAの大集団とは、それだけの迎撃能力を持っている。
「おお、これが一個師団を吹き飛ばすとかいうあれですね」
水平線の彼方から上空の一部分を薙ぎ払う照射が目に入る。
連鎖的に爆発しているのはALCMの一部なのだろう。
撃て撃て、全部迎撃しろ。
ウィラードは口元を歪めた。
BETAどもから見ればいつもの人類の愚行に見えるだろう。
それがいつもとは違うと彼らが理解できた時、全ては終わる。
2002年2月28日木曜日09:50 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団A戦線 国連第11軍8492戦闘団前線指揮所
「SLBMおよびALCMの全弾発射完了を確認、敵の迎撃は続いていますが、予定の97%まで迎撃位置は後退しています」
作戦第二段階発動の条件が整ったことを示す報告が入る。
そもそもの話として、砲爆撃に対するBETAの迎撃能力は極めて高い。
航空機はもちろんのこと、長距離誘導弾、間接照準射撃、不用意に高度を上げた戦術機に至るまで、彼らはその全てを百発百中の精度で迎撃してしまう。
だが、従来であればそれはあくまでも百発百中なだけであり、無限の火力を持っているわけではなかった。
そのため、飽和攻撃を長時間継続することにより光線級の隙を作り、地上部隊が突撃をかけることで突破が出来ていた。
それは間違いのない事実なのだが、一騎当千の言葉が相応しいГ目標の出現で、そのやり方ができなくなってしまっている。
「ALCM第三派全滅、第四派も照射を受けています」
「対地ロケットによる砲撃は今回も全弾迎撃されました」
「自走砲群攻撃を継続中」
前線部隊のガンカメラからの映像だけでも、BETAたちの迎撃の凄まじさが容易に見て取れる。
文字通りの勢いで絶えず光線が放たれ、空中で爆発が発生する。
映像から見て地面と水平に放たれているものは、恐らく飛翔中ではなく地平線を超えた直後のものすら迎撃する余裕があるという事だろう。
「突撃開始」
報告を受け取ったゴップ准将は、揮下の全部隊に対して簡潔極まりない命令を下した。
別に彼が恐怖や絶望から発狂したわけではない。
作戦要項に従い、条件を満たしたために予め定められた命令を発したに過ぎない。
「前線指揮所より各隊へ、突撃、突撃、突撃」
同じく簡潔極まりない情報を各級指揮官に伝えるオペレーターから主モニターへ視線を移し、ゴップは思った。
敵の迎撃は明らかに弾道弾に対する高い優先度を感じさせるものだ。
Г標的の一体は明らかに弾道弾迎撃のために地上部隊から目を離している。
もう一体の方は地上部隊に張り付いているが、そのせいで通常の光線級は全てが砲撃の対応に没頭されていた。
そんな中で、切り札であるГ目標を二体使用しなければ止められない複数師団規模のバンザイアタック。
先鋒は全て戦術機のみの構成とし、中衛は陸戦強襲型ガンタンクのみ、後衛は61式5型のみ。
それらを補佐する目的で通常編成の師団も当然続く。
その全てが定数を満たした完全編成であり、つまり補佐目的に用意された師団は、師団砲兵や各級部隊が持っているべき砲兵戦力を持っている。
「全部隊の移動開始を確認、地上艦隊による面制圧を開始します」
報告が入るなり、頑丈に作られた半地下陣地の指揮所にも衝撃が加わる。
すぐ近くに展開している陸上艦隊の艦砲射撃が開始されたのだ。
その衝撃は、陸軍が運用する重砲とは次元が異なる。
艦砲なのだ、当然である。
「さて、BETAさん達のお手並みを拝見といきましょう」
ゴップは指揮官席に座ると、その顔に柔和な笑みを浮かべた。
アーセナルシップを含む陸上艦隊の砲撃開始に伴い、砲撃の数量は飛躍的に増大する。
艦砲もそうであるし、艦載機部隊による長距離攻撃も始まったからだ。
砲爆撃の迎撃をこれ以上優先すれば地上部隊を止められない。
散開しつつ殺到する地上部隊を吹き飛ばしていれば、今度は砲爆撃を止めきれない。
そして、そのどちらもが、BETAたちを叩き潰すまで絶えず押し寄せる。
いずれを優先するのも彼らの自由であるが、この戦場での勝利はこちらで確定させてもらう。
2002年2月28日木曜日11:11 ソビエト連邦領 桜花作戦北方軍集団A戦線 H26エヴェンスクハイヴ付近 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 第一陸戦隊第198特殊戦車大隊
「全部隊突入を継続せよ!突撃!突撃!」
中隊単位で固まった戦術機やガンタンク、ヴァンツァー達が突撃を継続する。
大隊規模以上で固まればГ標的の攻撃を受けて全滅してしまうため、この地に投入された部隊は個々の兵器の機動力に頼った突撃を余儀なくされていた。
だが、ハイヴへの突入、それもГ目標二体が守るH26への突入路構築を想定して編成された彼らは、指揮系統やその他の戦力を全て別の師団に依存する師団単一機種編成をとっている。
通常であれば、師団というものは完結して行動することが出来る、諸兵科連合の完成形の一つでなければならない。
歩兵がいて、戦車がいて、砲兵はもちろんのこと、補給や整備、通信に警務とおよそ陸軍に必要とされるあらゆる兵科を加えて初めて師団と名乗れるはずなのだ。
全て単一の機種というこの構成は、普通であれば師団と呼ぶことはできない。
だが、現在のこの地では、軍団を大きな師団とみなし、連隊や大隊を小隊や分隊のように扱うことが求められていた。
「光学切れ!カメラが焼けるぞ!」
極大照射による強烈な閃光が進路右側を走る。
戦術ディスプレイが一瞬乱れるが、次の瞬間には正常に戻り、一個大隊が消滅したことがわかる。
部隊を分散させて突撃している効果は出ているらしい。
何しろ、Г標的の極大照射で、たったそれだけの損害しか出なかったのだから。
「進路そのまま!目についた敵を撃ち続けろ!」
砲爆撃は途絶えることなく続いている。
それらを一発残らず迎撃しつつ、BETAたちは地上部隊への迎撃を行ってくる。
大変ご苦労な事であるが、今回の地上部隊はそのような片手間で相手ができる存在ではない。
この部隊は陸戦隊という名前ではあるが、大隊全てが戦車で構成されている。
そしてここはBETAの影響で起伏に乏しい荒野。
戦車戦を展開するには、図上演習ですら想定されないほどにおあつらえ向きの最高の地形である。
<<198-280より198指揮へ、衛星からの誘導は正常に作動中、新たに687個の目標を設定しました>>
<<198指揮より各車、Г標的1号の攻撃により199大隊が消滅!作戦に変更なし!>>
<<臨編第一指揮所より198各車、Г標的2号は無人機空爆に誘引されつつあり>>
「241より242、243、244へ。飛来物に注意しつつ進路を維持、発砲は自由、送れ」
第198特殊戦車大隊241号車のパイロットは、ディスプレイから周囲の情報を確認しつつ僚車に命令する。
彼は陸戦強襲型ガンタンクのパイロットであり、四両で構成される戦車小隊の小隊長でもあった。
<<242了解>><243了解>><244了解>>
部下たちの復唱に満足し、注意を前方に集中させる。
この小隊は大隊の端を担当しており、Г標的が優れた速射能力を持っていたとしても、さすがに自分たちを破壊できる位置に撃ってくるとは考えにくい。
そのため、進路の維持を優先させていた。
<<こちらHQ、揮下全部隊へ通達、この機を逃すな、パンジャンドラムを全機を投入する>>
その通信内容に、第198特殊戦車大隊B中隊41号車パイロットは口元を愉快そうに歪める。
パンジャンドラムは、昔はさておき、現代においては陸戦の華の一つに数えられる兵器である。
自衛能力はそれほどでもないが、地上部隊の支援を受けて敵陣に突入できた場合の破壊力は、一発あたりで戦車中隊に匹敵する。
何発揃えようとも戦線を形成する能力はないが、何発も突入させることで、戦線の維持を極めて容易にすることができるのだ。
<<241、機嫌が良さそうだな>>
陸戦強襲型ガンタンクは、実は一人乗りである。
だが、高度な指揮統制システムにより、左右を進む僚機、周囲の友軍機、後方の指揮所、必要であれば全軍との情報連結が行える。
そのため、孤独感とは無縁の戦闘を楽しむことができるようになっている。
例えば、今のように車両間通信で私的な会話を行っているように。
「243、確かお前も墨田川の花火大会には毎年顔を出していたんじゃなかったか?」
この大隊に所属しているパイロットたちは、全員が日本帝国から派遣された元傷病兵だった。
さすがにトラウマで前線に立てないものは採用されていないが、戦傷で手足が奪われていようと、目や耳が失われていようと、問答無用で採用されている。
当然であるが、この世界に生きる人々をエンジェルパックやB型デバイスにするような非人道的行為は行われていない。
彼らは全員が成体クローン技術や義体化技術を用いて健康であった頃と同等の肉体を取り戻しているのだ。
<<244より241、今年の夏は、戦車級18、はぐれですね撃ちます>>
軽口の応酬のさなかで接近警報に気づいた44号車が発砲を宣言する。
<<244撃破は18体、残敵無し、今年の夏は小隊長殿の艶姿を見せていただけるわけですね>>
44号車パイロットは弾んだ声でそう言う。
ちなみに、彼女は女性であり、41号車パイロット、つまり小隊長も女性であるが、彼女たちはそういう関係だった。
「244、実は帰国したらすぐに新しい浴衣を頼む準備を整えてある。
242と243に見せつけてやろう」
今は2月であるが、彼女たちは最短でも6月までは帰国することはできないと伝えられていた。
それを逆に夏の花火大会までには帰国しようとモチベーションに繋げるあたり、彼女たちは戦時下の女性であった。
<<242より243、昨夜の戦果の報告はまだか?全世界は知らんと欲す>>
<<243より242へ、財布の中身が消滅、状況に進展なし>>
<<242より243、貴官には失望した。突撃級2、これもはぐれか、撃ちます>>
42号車と43号車のパイロットは士官学校の同期であり、同じ部隊に配属された同僚であり、死の8分を重傷で乗り切った傷病兵であり、ともに義体化手術を受けた患者であった。
どちらかといえば二人とも二枚目であったが、女性に対する縁が不思議なほど無いという共通項を持っている。
ちなみに、戦闘能力には全くの不足が無い。
「198-241、198指揮、パンジャンドラム投入路への支援攻撃の許可を求む」
小隊長は突撃を開始した弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプたちのために進撃路を拓く許可を申請した。
砲爆撃による面制圧が阻止されている今、戦線を突破してГ標的や光線級へ突入するためには彼らが必要であるからだ。
そして、適切であるとしか称しようがないその申請は承認された。
ここに至るまでの損害は三個師団と一個大隊。
ハイヴに突入するための費用としては、十分に許容範囲と呼べるものだった。
2002年2月28日木曜日13:50 ソビエト連邦 極東連邦管区ギジガ近郊 桜花作戦北方軍集団A戦線 国連第11軍8492戦闘団前線指揮所
「爆破実行を確認、観測機器調整中」
大量に投入されたパンジャンドラムたちの一斉爆破により、一時的に前線観測が途絶える。
機器が破壊されたわけではないが、投入された物量の関係で、破壊力で言えば原子爆弾以上の爆発が発生したためだ。
一発の威力は大きな爆弾程度であるが、数が桁違いである。
少しばかりの時間をかけて確認された成果は、大変なものであった。
生意気にも迂回しつつあった突撃級、消滅。
人類史上初めての数量をカウントしていた要撃級、全滅。
文句の言いようがない大勝であった。
「敵残存戦力に対する掃討戦へ移行」
「地上部隊の損害が有意に低下、現在100mあたり戦術機30機まで減少しています」
「BETAの行動に混乱を確認、迎撃効率が異常に低下している模様」
「航空爆撃第21派に対する敵の迎撃を確認できず、全弾が飛行中」
「砲撃は全弾が目標付近に命中、次回砲撃以降より弾着位置を500m前進させます」
「ALCM順調に飛行中、敵の迎撃を確認できず」
8492戦闘団がこの戦場に持ち込んだ戦力は、その他の全世界の戦線にも注力しているとは到底思えない規模であった。
とはいえ、北方軍集団以外の全ての担当地域では勝利を重ねているため、決してここが手抜きをされているとは言えないが。
「ここで立て直されては困ります、特務の準備はどうか?」
前半は穏やかに、後半は表情だけは穏やかにゴップが訪ねる。
その部隊は、名前の通り特殊な任務のために用意されていた。
「特務第一陸上艦隊、主砲砲撃を継続中ですがいつでも突入できます。
搭載部隊も砲撃を中止次第発艦準備に移れます」
それは敵の攻撃を一身に受けるために用意された特別部隊である。
主力は地球連邦地上軍で採用されていたヘヴィ・フォーク級陸上戦艦へ127mm速射砲とCIWSを複数搭載した四隻。
彼女たちの内部にはそれぞれ大隊規模の戦術機が搭載され、これに武装ホバークラフト連隊が追従し、そこに搭載されたヴァンツァー連隊が近接防御兵器としての役割を担う。
その目的は単純だ。
Г標的の破壊、もしくは攻撃を一身に引き受けて他の地上部隊か対地誘導弾がГ標的を破壊することを支援する。
つまり、実に高価で、破壊的な移動目標。
たったそれだけを、目的としている。
「突撃を開始させてください」
報告の内容に満足したゴップは、姿勢を少しだけ楽にした。
やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、無事に終わりそうだな。
人類の総力戦を軍高官として乗り切り、この世界では歴戦の前線指揮官をうんざりするほど経験から出てきた彼の個人的感想は、それから19時間後に現実になった。
2002年3月1日金曜日0850時、H26ハイヴは莫大な犠牲の果てに陥落した。
Г標的2体は撃破され、反応炉も機能を停止したのだ。
もちろん、計測不可能なレベルで蠢いていた各級BETAたちは攻撃圏外に撤退できたものを除いて全て撃破されている。
アフリカの安全は確実なものとなった。
欧州では西岸部の復興事業すら開始された。
南北米大陸はいうまでもなく人類の領域である。
オーストラリアにはそもそもBETAは存在していない。
日本は、中国東部は、ソビエト極東は、人類にとって安全な領域となった。
つまり、人類は遂にカシュガルを、H01ハイヴを射程に捕らえた。