2002年2月14日木曜日14:58 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』
H26エヴェンスクハイヴをめぐる攻防戦は、8492戦闘団の優位に傾いていた。
充足率100%の二個軍集団という戦力を武器に突き進む彼らに対し、BETAはいつもの様に膨大な量の援軍をどこからとも無く呼び出し対抗している。
しかしながら飛び道具の有無は人類に対して大きく作用し、空前の規模の敵軍に対し、一歩も引かない防衛戦を実現できている。
二つのハイヴを同時に攻撃するための戦線は強固に連結されており、BETAの攻撃に適切な対処をしつつ、随所で逆襲に成功しつつあった。
BETAは確かに非常識な存在であったが、8492戦闘団は、それを上回る存在だったのだ。
戦車を主力とする機甲部隊は、機動歩兵と連携を維持しつつ、空を覆い尽くす誘導弾や砲弾の支援を受け、戦線の要としての責務を継続した。
陸上戦艦は同型艦と艦隊を組みつつ、あらゆる友軍の危機を守った。
戦術機甲部隊は、それら全ての友軍と連携しつつ、突撃に機動防御にと縦横無尽の大活躍である。
呆れたことに、海岸付近の一部地域では、低空飛行を行う戦闘ヘリコプター部隊の掃討戦すら開始されていた。
十分な物量と確かな補給、そして積み重ね続けられた経験に支えられた軍隊は、BETAを圧倒しつつあるのだ。
そして、この時、人類は戦術機と陸上戦艦に続く新たな『決戦兵器』を大規模投入する。
それは巨大ではなかった。
反重力エンジンや、対消滅爆弾といった未知の超兵器も採用されていない。
超音速で飛ぶこともできないし、装甲も戦車で破壊可能なレベルにすぎない。
だが、そこに搭載された複数のサーモバリック爆弾は、広範囲のBETAに対して壊滅的な打撃が期待されている。
誤解されがちであるが、サーモバリック爆弾は、別に周囲の酸素を燃やして窒息を狙うという兵器ではない。
この兵器は、瞬間的に発生する広範囲の高熱・高圧の爆風衝撃波によって、軽装甲車両や陣地、そして周囲の邪魔な人間を叩き潰すためのものだ。
ハイヴに叩きこむのならばまだしも、これは要塞級や突撃級といった大型で頑丈なBETAには驚くほど効果が少ない。
だが、要撃級以下の比較的露出面が柔らかいBETAに対しては、効果が期待できる。
唯一の問題といえば、それを最前線まで運搬するための航空機が存在しないという事だ。
8492戦闘団は、それに対して伝説のM-388『デイビー・クロケット』に学んだ近接攻撃用重迫撃砲を開発した。
威力を最大限に重視し、射程を無視して設計されているため、当然ながら発射機周辺も被害半径に含まれる。
それを兵士に運用させるのであればひどい話であるが、G.E.S.Uは撃破直前のデータが失われるだけであり、非常に人道的である。
「支援砲撃の効果に問題なし。目標地域敵軍の被害甚大。
敵の迎撃はほぼ無力化」
軌道降下第一波は再突入を既に開始している。
第二波は既に最終降下航程に入っており、全力出撃を行っているSEAD二個大隊は間もなく敵陣に突入する。
弾庫に砲弾はタップリと保管されており、陸上艦隊の戦闘能力は十分に維持できている。
後続もあり、予備戦力もあり、必要ならば周辺の部隊から増援すら受けられる。
念押しのための決戦兵器さえ投入されようとしている。
それも、今回が初のお目見えではなく、既に幾度と無く試験運用が行われ、実戦証明がなされているそれだ。
実に頼もしい限りである。
「P兵器の準備はどうか?」
秘匿名称P兵器は、別に秘匿する必要はないのだが、この期に及んでも諜報活動が大好きな方々への嫌がらせのために秘匿名称を付けた秘密兵器である。
これは強力な武装を持つ、野戦軍の守護神となるべく設計された兵器だ。
贅沢なことに、サーモバリック弾頭重迫撃砲や自衛火器に加えて、崇高な自己犠牲精神を発露する判断力まで搭載している。
「P兵器の準備は順調。
作戦開始に問題はありません」
無人兵器と銘打っていても、G.E.S.Uは乗っている。
これを”無人”兵器と表現していいのかについては8492戦闘団内部でも様々な意見があったが、当人たちが「我々は別に気にしない」と言ったため、話はそこで終わっていた。
「あと三斉射した後に突入させろ。
全般状況はどうか?」
念のための確認であったが、状況は安定している。
北方および東方軍集団は、それぞれ四個師団の損害を払いつつも、戦線の維持に成功している。
戦術機甲大隊の損害は時間を追うごとに拡大しているが、砲兵部隊までは危険が及んでいないため、防御射撃によって全ては許容範囲内に収められている。
砲兵による防御効果というものは、それほどの威力がある。
極端な話ではあるが、砲兵の戦闘能力を維持できていれば、戦線を支えることは不可能ではない。
当然ながら、戦果拡張のためにはそれ以外の全兵科が必要であることは言うまでもないが。
「手順を再確認する。
P兵器突入後、機甲部隊を前進、交戦開始と同時に戦術機甲部隊を突入させる。
砲兵の配置転換は突入後に開始。
ニュー・ジェネレーション部隊の投入も行う」
指揮官の言葉に、オペレーターたちは冷静に命令を実行することで答えた。
ニュー・ジェレネーション部隊という昭和を感じさせる響きの部隊は、遺伝子レベルで改造された超兵士によって構成された、士官以上が全て人間の部隊である。
彼らは恒星系間戦争レベルの技術を惜しみなく投入して”製造”された肉体に”通常の人間だった頃”の人格を転写されている。
構成している物質からして通常の人間とは異なるのだが、それに加え、従来の肉体には備わっていなかったいくつかの機械が追加されていた。
まず、大きく改造された肉体と、血液の代わりを務めるナノマシンの集合体であるスマートブラッドは、軍用規格で定義づけられた強固さと、軍医が失職するレベルでの生命維持機能を保証していた。
その肉体はまさしく超人と称されるだけの優れたスペックを誇り、戦術機の性能を最大限に復帰した戦闘を、無休で搭載燃料の限界まで続けること可能だ。
さらに、頭部を除く人体の大半を損壊するような致命傷を負っても、適切な設備まで回収できれば予備の部材を用いて短時間で復帰もできる。
そして、補助脳として搭載されているブレインパルは、一人の人間をG.E.S.Uと同じくネットワークに直接連結し、秘書官、参謀、相棒としてもう一つの人格で常に的確なサポートを提供する。
これらによって、この部隊の衛士たちは、電子機器からの情報をタイムラグ無しで受け取り、高速電算機並の速度で事象を処理し、今までの軍歴に基づいてファジーな判断が行える。
さらに、前線の衛士が最も恐れる情報の不足から開放され、速やかな命令伝達、判断の助けとなる情報の検索や分析を円滑に行えるようになる。
実務面でのメリットは上に挙げたものであるが、最も大きな点として、生身の人体を改造しているわけではないため、再転写で通常の人類として復帰可能だという点も忘れてはならない。
彼彼女らは戦場にいる以上は兵士であり駒であるが、戦後は、親や子に戻り、人類を復興させていかねばならないからだ。
「製造した人体に、転写した人格ねえ。
どうも私は、こういうやり方は好きになれんな」
指揮官級量産モデルA005976は、実に人間味あふれるコメントを残すと作戦へと向き直った。
彼女はこの作戦のために動員されたビックトレー018号艦の管制ユニットであり、同時に、人間が前線指揮を取らねばならないという面倒なルールの犠牲者であった。
花のゼロ歳児であるが、肉体は成人と同等のサイズに培養されたものであり、人格部分は高効率教育訓練センターで十分な経験を持たされている。
彼女は他の量産モデルたちと同じく、通常の人類がこれ以上犠牲を払うべきではないという考えの持ち主であった。
それは、自分たちは地球人類の代わりに血を流すために創りだされたという製造目的から、そして、そこから産まれた強い使命感から来るものだ。
だが、国際会議で正式に決まった以上、従わなければならないというのも彼女たちの意識の根底にしっかりと明記されている大原則である。
あとは、定められたルールの中で最善を尽くすことしかできない。
2002年2月14日木曜日15:00 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団 弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプ D805064号機
<<部隊指揮をD805064に委任。
各機の自律制御発生を確認せよ>>
地上艦艇級上位存在A005976より点呼の要請。
識別番号D805064は全てのシステムに異常なし。
部隊内各機にも異常なし。
<<全機外部チェック異常なし、出撃準備完了。
全パンジャンドラムは戦闘モードを起動、機関を始動せよ>>
地上艦艇級上位存在A005976より行動開始信号を確認。
IFF作動。
メインシステム、戦闘モードを起動。
部隊内データリンク作動、部隊内全機異常なし。
機関運転開始、バッテリーから主基への切り替え準備。
主基へ切り替え、出力正常に上昇中、アンカー解除。
< 切り離し成功、副兵装安全装置を解除し、初弾装填を確認せよ>>
副兵装安全装置を解除、初弾装填完了。
全機異常なし、行動開始可能。
<<第9971パンジャンドラム大隊、全機発進せよ>>
D805064より全機、発進する。
増速を開始、所定の方針に基づき、目標エリアC-8へ移動する。
全機、移動しつつ突撃体制へ移行せよ。
「9971大隊が出ます」
指揮所の中では、戦線突破のための切り札が進撃する姿がモニター上に映しだされている。
三機編成の小隊が三個で中隊に。
その中隊が進行方向に向けて三個編成で三角形を構成して大隊に。
周囲の部隊の支援を受けつつ、決して皆無ではない自衛火器で身を守りつつ、進んでいく。
その先に待つのは人類の勝利への第一歩。
そして、約束された死だ。
「戦隊長、バイタルに乱れがある」
傍らに立つG.E.S.U上位機体に声をかけられる。
その声音は無機質であるが、わざわざ音声で言ってくるところに人間味を感じてしまう。
「思うところがあってな。
ところで、9971のバックアップはしっかりとれているんだな?」
G.E.S.Uたちは機体が粉々に粉砕されたとしても、直前のバックアップデータを元に復元が行える。
物理的な破壊は、死を意味していないのだ。
だが、だからといって昨日まで同じ艦内でメンテナンスを受けていた“人々”の消滅を、何の衝撃もなく受け止めることはできない。
「通常の無線のほか、野戦用超短波通信データリンクシステムで繋がっている。
97%の確立で、自爆の2秒前までのデータをバックアップできるものと推測される」
ならいい、と言葉少なく答えつつ、指揮官級量産モデルA005976はG.E.S.Uたちが価値ある最後を迎えられるよう祈った。
仮想世界での数十年に及ぶ戦争の中で、例え指揮官であろうとも、その程度のことは許されることを学習していたのだ。
<<第9971パンジャンドラム大隊、所定の方針通りに進撃を継続中>>
速力035kmを突破、加速に問題なし。
突撃用隊形に移行中、進路上の地形は観測通り、進撃に支障は見られない。
増速用意、長距離地中聴音情報に異常なし、副兵装35mm単装機関砲試射、異常なし。
中隊各機、速度65kmへ加速開始せよ。
爆破予想範囲付近に友軍の戦車大隊三つを確認。
情報、ソビエト陸軍本土遠征軍臨時編成第一戦車連隊、2015年式貸与装備仕様。
随伴の戦術機甲大隊の後退開始を確認、司令部へ通報。
<<こちら戦域司令部、エリアC-8近郊のソビエト軍全部隊へ再度通達。
当該地域はまもなく広域破壊兵器による面制圧が実施される。
速やかに後退せよ、後退に必要な支援がある場合には要請せよ>>
戦域司令部からの後退命令を受信。
戦車部隊の後退開始を確認、進撃継続。
< 進路上に要撃級出現、大隊規模。
近隣の戦車隊に排除を指示した、そのまま進撃を継続せよ>>
艦隊より通報、進路上に要撃級の集団、大隊規模。
支援攻撃警報、付近の部隊より当部隊の進路上に支援攻撃開始。
125mm砲弾92発が飛来、進路上のBETA殲滅を確認。
速力050kmへ上昇、敵残骸および弾着による地形への影響は少ない。
< 大隊規模の突撃級がルート上に入りつつある。
会敵まであと5分、阻止攻撃を開始する。
進路そのまま、増速せよ>>
進路上に入りつつある大隊規模の突撃級を光学系で確認、艦隊より支援砲撃警報。
砲兵より標定済みのため効力射開始の通達、弾着まであと10秒、艦隊も砲撃を開始。
突撃級の集団を視認。
効力射弾着、視認不可能、UAVからの映像へ切り替え。
映像途絶、光線級の迎撃再開を確認、SEAD部隊突入中。
衛星からの画像に切り替え。
艦隊からの砲撃も弾着開始、突撃級の集団に十分な効果を確認。
戦果判定は甚大、地形にも影響あり。
編隊の進路を修正する必要あり、再計算。
再計算終了、進路変更を開始、完了した。
< 進路上の脅威は全て排除された。
引き続き支援を継続する。
最終突撃を開始せよ、人類に栄光あれ>>
速力075kmへ上昇、進路上に目標以外の敵は存在しない。
突入用ロケットブースター、点火前最終確認、確認を完了した、点火。
速力117kmへ上昇、増速中、サーモバリック弾頭重迫撃砲スタンバイ。
「戦術機甲中隊各機はパンジャンドラムの進路確保に注力せよ。
ソビエト陸軍臨編第一戦車連隊は直ちに退避せよ、貴部隊への支援が行える部隊はまもなく転用される」
モニター上では刻一刻と迫る破壊に向けて全軍が行動する姿が余すこと無く映しだされている。
第9971自律突撃大隊は、一機の脱落もなく進撃を継続していた。
彼らを1mでも敵陣の奥深くへ入れるために動員された支援部隊は健在。
ソビエト陸軍の戦車は全力で退避を開始しており、時間制限付きで付けられた撤退支援の戦術機部隊はそれに追随している。
進路上の障害が排除されたパンジャンドラムたちは全速力で突撃を続ける。
割り込もうとする突撃級たちは砲撃支援により足を止められ、近場にいた要撃級たちは後退を続ける戦車大隊による弾幕射撃を受ける。
軌道爆撃、砲撃、艦砲射撃。
人類はありとあらゆる能力を最大限に投入し、この戦場に挑んでいる。
地方軍の一部隊にすぎないこの地のBETAにとって、これは止められるものではない。
支援を妨害しようとした光線級たちは、陸上艦隊による猛烈な制圧射撃によってその能力を発揮できなかった。
遙か衛星軌道上から延々と降り注ぐAL弾、宙対地誘導弾、投棄された再突入艇、囮目的の探査プロープ、そして完全編成の軌道降下兵団。
その全てが最大限の脅威度を持って自己の存在を声高に叫んでいる。
お前らの相手はここだ、陸軍相手に遊んでいる暇はないぞと。
こうして、パンジャンドラムたちは予め定められた地点へと到達した。
周囲の状況は控えめに言って地獄であるが、自分たちの任務を遂行するには十分なだけの安全が確保されている。
D805064は神という人間が信じる存在を認識することはできなかったが、創造主に対しての感謝の言葉は忘れなかった。
< 支援に感謝する、当部隊は損害なし。
これより全弾を起爆する。
支援に尽力した各隊に感謝する、人類に栄光あれ>>
砲撃によって切り開かれた道を突き進み、兵士級を踏み潰し、戦車級に37mm砲弾を叩き込み、要撃級の腕を掻い潜り、突撃級の進路を避け、遂に彼らは到達した。
陣形は若干崩れているものの、全機が健在。
システムチェックに異常のあるものもいない。
完璧な勝利である。
自分たちのバックアップがしっかりと行われていることを確認しつつ、D805064は部下たちに三秒後の発射を命じた。
同時に、自身の機体内部の全ての安全装置を解除する。
重迫撃砲に込められた燃料気化弾頭が使用可能となり、全身に取り付けられた重地雷の起動準備が整えられる。
自動装填装置が厳重に梱包された砲弾を取り出し、砲弾に装薬を接続する。
計画通り、信管の調定を行い、発射体制を整える。
命令から三秒経過、砲弾を筒内に放つ。
放たれた砲弾たちは重力によって筒内を滑り落ち、底部に設けられた撃鉄に接触。
装薬に設けられた信管が作動し、一斉に空中へ放たれた。
同時に囮の垂直発射式UAVを一斉に放ち、弐式パンジャンドラムスーパー改後期型Bタイプたちは、自分たちが製造された意義を全うした。
サーモバリック弾が発射され、そこに収められた信管によって一次爆薬が作動する。
それは一瞬の間を待たずに液体燃料を加熱沸騰させる。
規定の圧力に達して開かれた放出弁によって、危険なそれらの物質は雲のように撒き散らされて着火する。
そして、火炎地獄が発生。
12気圧、3,000度の超高温の火球が最前線を覆うようにして連続発生し、被害半径内の全てのBETAに対して等しく致命的なダメージを叩きつけた。
発射された燃料気化弾頭重迫撃砲弾は27機かける4発で108発。
被害半径が重なりあうようにして幅広く発射されたそれらは、BETAに対して甚大な損害を与えた。
2002年2月14日木曜日15:20 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』
「特別攻撃成功、敵戦線に大きな損害が見られます。
後続の三個ガンタンク大隊が戦果拡張に努めますが、国連の戦術機甲大隊が合わせて急行中。
ソ連戦車大隊も補給完了後には同地域まで前進します」
パンジャンドラム大隊は極めて大きな戦果を挙げている。
使いどころが難しい上、多用すればBETAの反応が怖いが、それでも多用したくなるだけの魅力がある兵器であった。
「緊急、光線級多数が出現、合計三箇所、総数は推定4000体と推測、照射来ます」
作戦地図上に光線級の予想分布図が表示される。
現在も照射が続けられていることから、予想の文字が外され、正確な現在位置へと変わる。
「位置の特定完了、対光線級砲撃開始」
対砲迫射撃という言葉がある。
読んで字の通り、敵の野砲や迫撃砲による攻撃を受けた際、発射位置を特定して砲兵による反撃を行うことだ。
BETAにはいわゆる砲兵に相当する種類は存在しないが、光線級の迎撃行動は敵後方からの砲撃と同義といえる効力を持っている。
で、あるならば、前進射撃や突撃破砕射撃を行なってもなお砲兵戦力に余裕が有るのであれば、対砲迫射撃を行わない理由はない。
そういった次第で、この戦場に新たに接近しつつある八隻の陸上戦艦たちは、全てが対光線級射撃へと投入された。
巨大な主砲が、近代化改装で設置されたVLSが、一斉に火を噴く。
いかに光線級の迎撃能力が優れていようとも、投射量を増大させることにより対処は容易に行える。
敵に一撃必殺の対空砲が百門あったとしても、こちらが一万発撃てばいくらかは命中するという8492理論だ。
「BETAという奴らは大したものだな。
実にやりがいのある連中だ」
ダンブロジア大佐はCICの作戦図を眺めながら満足そうに感想を漏らした。
彼の指揮下にある三個師団、予備戦力のニ個旅団は全力投入されている。
総予備まで投入した結果として辛うじて戦線を支えられているという現状は、彼の予想の範囲からすると最良に近い。
何しろ、全員が死ぬ気で頑張ればなんとかなるという”程度”なのだ。
「前衛の損耗が大きく後退が必要です。
既に四つの連隊が戦闘部隊の三割を喪失、半包囲のための後退は、これ以上はできなくなります」
周辺部隊と連携を取り、一部の部隊を下げることで敵軍に意図的な突出部を作らせ、それを包囲する形になる周囲の全部隊で叩く。
砲兵を保たないBETA相手に非常に有効なこの戦法は、確かな戦力を保っている友軍の存在が前程となっている。
敵軍の衝力を打ち砕く砲兵、一時的に増した圧力を受け止める機甲部隊。
機甲部隊の隙間を塞ぐ機械化歩兵。
それらを統制する指揮所。
何ひとつが欠けても、敵軍の戦線突破と無様な敗走戦に繋がってしまう。
「もう一削りが必要だな。艦隊を前進させろ。
火力の不足は副砲で補う」
ダンブロジアの決断は早い。
彼が育ってきた環境は、今も昔もそうでなければ生き残れないからだ。
ビックトレーは陸戦艇という控えめな名前を付けられているが、その実は陸上戦艦である。
巨大な主砲だけではなく、十分な破壊力と連射速度を持った副砲、更には陸戦兵器としては十分な火力の機関砲も多数搭載している。
彼の命令に従い、ビックトレー018号艦に付き従う同型艦たちが単従陣を維持しつつ進路を変えていく。
「左舷統制射撃、目標はビックトレー018のCICより各艦へ配分。
全砲兵部隊は砲戦統制システムの指示に従え」
戦闘配置を伝えるブザーが鳴り響き、待機中であった副砲群が安全装置を解除されていく。
指揮下の艦艇及び、この地域に割当てられた全砲兵部隊から応答信号が入る。
「搭載機は全機発艦、艦隊防衛任務に入れ。
全機離艦後の甲板は封鎖。整備員は待機せよ」
格納庫内の全弾薬が遠慮なく搭載機たちに搭載される。
規定を超えても持つことのできない分については補給コンテナに詰め込まれ、爆雷投射機に似た発射装置へと送り込まれた。
これらについては、戦闘の展開にあわせて必要な場所へと物理的に送り込まれる。
「発艦クルーより報告、搭載機離艦開始」
ある機体はカタパルトで、別の機体は自力の跳躍で、他の機体は甲板横から飛び降りて。
次々と戦術機が艦を離れていく。
彼らはこの先、全滅するか、作戦が完了するまで艦隊防衛の任に当たることとなる。
「搭載機全機発艦完了。甲板昇降機閉鎖。
全艦砲打撃戦準備。全艦砲打撃戦準備。左砲戦。
副砲群、CIWS全基展開、機動歩兵は上甲板、繰り返す、機動歩兵は上甲板」
舷側に設けられた装甲ハッチが次々と開かれ、そこに収められていた155mm速射砲や30mm近距離防衛用機関砲たちが姿を現す。
さすがに18隻も作れば、戦訓も活かされ改良型が作られる。
そして、ある意味で本当の近距離防衛用火器である機動歩兵たちが、重火器を手に甲板上に湧き出て行く。
銃撃用台座、短距離跳躍機構、それでも届かなければせり出してぶら下がるためのクレーン。
それらを駆使して、至近距離の敵に攻撃を行うための配置だ。
単なる歩兵であれば気休めにもならないが、彼らは倍力装備を身につけ、それがなければ持ち上げることもできない重火器と、艦の指揮統制システムに結合されたFCSを持っている。
すべての準備は整えられた。
鋼鉄の陸上戦艦たちは戦闘準備を完成させ、機関出力を上昇させつつ突撃の時を今か今かと待ちわびている。
前衛部隊は後退を開始し、それを支援すべく砲兵が猛烈な防御射撃を開始。
そしてダンブロジアは笑い、全兵器使用自由を下命した。
「さて諸君、遠慮はいらん。
盛大にやってやれ」
戦域地図がアップデートされ、艦隊が向かうべき針路が表示される。
轟音と振動、表示の変化から回頭が適切に行われていることがはっきりとわかる。
「針路固定、別命あるまで維持します。戦隊統制射撃、主砲一斉撃ち方、撃て」
唐突にブザーが鳴り、報告の直後に主砲が発砲した。
「主砲、あと三斉射で終了。
副砲以下、装填準備」
暴発を防ぐため、副砲以下への装填は直前まで控えられている。
だが、今回の状況は殴りこみだ。
主砲による面制圧よりも、副砲以下の兵装による乱打戦が望まれる。
そういうわけで、彼女たちは全艦喪失の危険性をあえて受け入れて、戦車や戦術機と同じ場所へと足を運んでいく。
歩兵や戦車と同じ場所に陸上戦艦を持ち込むという8492戦闘団の作戦は、被害を無視して言えば十分な効果を発揮した。
なんだかんだ言っても陸上”戦艦”なだけあり、彼女たちは陸戦兵器としてはありえないほどのタフさを持って戦線維持に貢献した。
壊されたら再生産して終わりの戦車や戦術機と違うところはあるが、現地で修理すれば再度戦闘能力を発揮できる陸戦兵器というものはそれほどまでに恐ろしいのだ。
2002年2月14日木曜日15:30 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』左舷上甲板
<<主砲発射完了!主砲発射完了!>>
通信と同時にハッチ横のランプが緑に変わり、機動歩兵たちは対物ライフルや無反動砲、弾薬箱などを持ち上げる。
上甲板に出るためのこの格納庫には、完全武装の機械化歩兵大隊が待機していた。
「ハッチを開放する、訓練通りにやれ!」
軍曹が声を張り上げ、直後に頑丈な装甲ハッチが重量を感じさせない軽快な動きで開いていく。
しばらくぶりに見る地上の様子は、戦術情報モニタ越しには理解できない圧力を感じさせる。
どこまでも続く荒野。
そこに、しっかりとした陣形を保って前進を続ける僚艦たちの姿が見える。
あちこちで土煙を上げるのは戦車か戦術機か。
副砲群が挙げる咆吼が、遮蔽物の影であるこの場所からでもしっかりと聞こえてくる。
「スゲェな」
先頭にいた兵士から、思わず漏れた感想の言葉が全てを表している。
彼らに見えるのは、この地域で前進を続ける第一臨時編成陸上艦隊、その左半分だ。
だが、それだけでも、この世の終わりを告げる軍勢に見える。
「展開しろ!総員、駆けあーし!」
号令と同時に、機動歩兵たちは上甲板の定位置へと駆け出していく。
この艦の個艦防御火器として戦術に組み込まれている彼らには、海軍士官並みの機敏さが求められる。
「直ぐに押し寄せてくるぞ!射程に入ったものから各個射撃!」
舷側に設けられた手すりに飛びつき、あらゆる武装を地面に向ける。
既に要撃級や突撃級が押し寄せてきているが、俯角をかけられるように設置された速射砲が今のところは何とか出来ていた。
クレーンが稼働し、アームを伸ばしつつ舷側を越えていく。
「死ぬ時はスタンディングモードで、ってか。
どうせなら伝説の天然ものウイスキーも飲ませてほしかったな」
多数の同僚たちと同じく艦外へと飛び出しつつある彼は、笑みを浮かべながら船舷から空中へとせり出していく。
自動制御のマニュピレーターが給弾機構や動力伝達装置と機関砲を接続していく。
視界の中の表示に動作OKの表示が灯り、両手で保持している機関砲から振動が伝わってくる。
多銃身がモーターによって回転を始めたのだろう。
<<なんだ、キミもあの映画を見たのか>>
不意に寄せられた通信に、自身の分隊内通信が動作中だった事を思い出す。
相手は、顔面と下半身に強酸を浴び、そして8492戦闘団の再生医療によって全てが跡形なく完治した元衛士だったと気づく。
何をどうやっても絶世の美女にしか見えないが、戦地の情報が入らないと三日で発狂するのに、コクピットに入るとこれまた発狂するという面倒な病気の持ち主らしい。
「あれは名作だったな。
しっかり砲弾を補給してくれよ?」
異世界から持ってきたらしい8492戦闘団の戦闘団内レクリエーションVODには、呆れるほど多数の映像作品が保存されていた。
物によって程度の差はあるが、初めから『こういう世界です』と構築されたSF系作品は、そこまで異質ではないため下士官兵の間で人気だった。
たいていの場合、人類が必ず勝利するというそのシナリオも人気の一つであろうが。
<<任せてくれよキミ。
いざって時は命綱で引っ張りあげてやるから、私の分も頼むぞ>>
頼もしい言葉と共にケーブルの取り出しが終わり、上甲板からやや降りたところで停止する。
そういえば、訓練空間では飽きるほどやったが、俺にとって実戦は初めてだったな。
いざその場に立ってみると、驚きが少ない。
おお、いきなり土煙が上がったかと思えば、地中侵攻してきたBETAのおでましか。
距離は、ぎりぎり射程範囲内といったところだな。
「ラフネックス031、目標捕捉、発砲を開始する」
さあ、どこまでできるかやってみよう。
FCSが正常に作動していることを確認しつつ、至近距離に迫りつつあるBETAたちに狙いをつける。
確認できたのは闘士級、戦車級の混成で300体ほど。
艦隊や同僚たちの戦力を考えれば、数十秒で始末できるはずだ。