2001年10月22日月曜日 AM10:24 国連軍横浜基地の隣 自軍基地
大量生産した残骸の前で、俺は途方に暮れていた。
記憶が確かならば、我々は救援部隊としてこの世界にやってきたはずだ。
それが、気が付けば横浜基地の機動戦力を殲滅している。
これは後々の展開に影響を与えるだろう。
せめて、最悪の中の最善に繋がるようにしなくてはならない。
「あーあー、テステス、本日は晴天なり。
香月夕呼副司令殿、聞こえておりますでしょうか?」
先ほど傍受していた周波数で呼びかけてみる。
まあ、恐らくはどのような周波数で呼びかけたとしてもモニターしているだろう。
<<聞こえているわ。お名前を教えてもらえるのかしら?>>
「自己紹介をしましょう」
俺は通信機に向かってそう語りかけた。
出来る限り丁寧かつ友好的に聞こえる声音でそれを行う。
<<どんなステキな組織名が飛び出してくるか、それを考えただけでもワクワクするわ>>
通信の相手は香月夕呼。
横浜基地副指令を勤め、オルタネイティブ4という人類の生存を賭けた計画の責任者を務めている。
見た目は理知的で巨乳で気が強そうな日本人女性だが、その頭の中には人類最高の頭脳が詰まっている。
専攻は忘れたが博士号を持っていたはずだ。
「端的に述べますと、我々は救援部隊です。
とある場所から、皆さんを救うためにやってきました」
俺の言葉に相手は沈黙する。
まあ、我ながら白々しい台詞だとは思っている。
現在俺たちの周囲には、戦闘不能な状態に破壊された国連軍機が散らばっている。
片腕を骨折した不運な衛士一名以外は重傷者すらいないが、22機もの戦術機を叩き壊しておいて救援部隊と言っても信じてもらえないだろう。
<<私の知らないうちに救援の定義が変わったようね。参考までに、どんな組織の人間か教えてもらえるかしら?>>
「ですから救援部隊です。指揮官は私、所属は足元の基地、組織名は、そうだな、8492戦闘団とでもとしておきましょうか」
自分の事ながらネーミングセンスの欠如に失望する。
とはいえ、α任務部隊だの快速反応部隊だのと格好を付けたところで名前自体には意味はない。
だとすれば、何か特別な意味があるようにも見え、実際には何も意味がないこの名前をつけておこう。
それにしても、自分で言っておいてなんだがふざけた物言いをしている。
自らの所属を、とでもしておきましょうか、ときたものだ。
<<それで?何をどう助けてくれるのかしら?
ああ、もしかしてこの地獄のような世界から永遠に開放してくれるとか?>>
ああ、怒っているんだろうな。
相手の回答を聞きつつ内心で困り果てる。
全てを話し合いで解決できればいいのだが、と考えていたのだが、異星人相手とはいえ戦時下の世界を甘く見ていた。
ドンパチするならするで技術情報を分かりやすく開示するために戦闘を行ったわけだが、それはそれでやりすぎたか。
「ある意味でその回答はイエスですね。
我々は、BETAを地球から駆逐するためにやってきたのですから」
余りにも傲慢な言い方をしたせいか、相手は沈黙する。
<<そういう事であれば全ては水に流して話をする必要がありますね。
こちらの基地に来て頂けるの?>>
一瞬の間の後に返ってきた回答は、想定されていた中でも随分と良い分類にはいるものだ。
何らかの策を考えている事は間違いないが、少なくとも理性的に接しようとはしてくれるらしい。
「そうですね、突然押しかけておいて、さらにこちらへお呼びしたのでは失礼です。
直接お伺いさせて頂きますよ」
<<後ろのステキな戦術機さんたちも一緒に?>>
きちんと興味は引けているようだ。
まあそうだろう、平行世界についてを研究している女性の前に、突然沸いて出た謎の基地と部隊。
そこの指揮官らしい人物が、お見せしたいものがあると言っている。
これで興味を引けなければお手上げだ。
「美しい女性へのご挨拶に、無骨な甲冑を纏っていったら失礼に当たります。
私のみ、生身でお伺いさせて頂きますよ」
「あら、そう。じゃあ待っているわ。できるだけ早くきてちょうだい」
会うための交渉は予想以上にスムーズに進み、俺は単身で横浜基地へと訪れた。
敵意むき出しの正門警備に笑顔で挨拶し、そのまま基地施設へと案内される。
そこから先の展開は、予想通りと言うべきか想定外と言うべきか悩む。
とにかく、横浜基地を訪れた俺は、建物の中に入るなり守備隊の手によって拘束されていた。
「私の荷物も運んでもらえたようですね?」
鞄に書類とノートパソコンを入れ、えっちらおっちら歩いて十五分。
腰に下げた拳銃を取り上げられ、当然ながら鞄も没収される。
挙句の果てには行儀良く両手を挙げていたにもかかわらず、手錠まではめられてしまった。
「ちょっと黙ってて」
俺の目の前で書類に見入っている香月副司令は、俺の持ち物であるはずの書類に見入っている。
その姿は控えめに言って美しい。
漫画のように椅子に縛り付けられていなければ飛び掛っているところなのだが。
まさか、そこまで考えて!?
なんと恐ろしい女性だ。
だがしかし、愛とは障害があればあるほど燃え上がるというものだ。
立場を超え、所属を超え、このロープという物理的な障害すらも乗り越えて、二人は結ばれる。
なんと美しい姿だろう。
「あんた、何か下らない事を考えていないかしら?
先に言っておくけど、あんたの考えるような事なんて全てお見通しだと言うことを忘れないでおいて」
なーんちゃって。
文字通りの意味で、俺の思考はリーディングされているんだから、もちろんお見通しのはずだ。
そうだろう?ソ連科学アカデミーで生み出された、オルタネイティブ第3計画の生き残り、杜霞、またの名を、トリースタ・シェスチナ君。
「アンタ!?」
そこまで脳内で言い放ったところで、取り乱した様子の香月が拳銃を向けてくる。
おっかないじゃないか。
銃を持つ手は小刻みに震え、目は殺意を込めてこちらを見ている。
「三時間以内に私が戻らないと、基地の連中が総攻撃を仕掛ける事になっています。
帝国軍の増援があろうとなかろうと、ここは消滅するでしょうね」
脅しをかけてみるが、俺を向いた銃口は震えつつも他を向いたりはしない。
「そうなれば第四計画は強制終了。
お空の上で逃げる算段をしている連中は大いに喜ぶ事でしょう」
縛られて拳銃を向けられるというのは正直勘弁してもらいたい。
おまけに、目の前の女性は俺がどういう情報を持っているのかを知らない。
拳銃を道具として交渉することにも慣れていないようだ。
「貴方が先ほどまで見ていた書類。
そこに書かれている内容の続きが気になりませんか?」
刺激を避け、出来るだけ友好的に語り掛けなくてはならない。
何が何でも、こちらの持つ情報をせめて伝えるだけでもしなくては。
「その銃口をどけてさえくれれば、無抵抗の男を撃ち殺すより愉快な話をしますよ」
私は第4計画を大いに進展させられる情報と、貴方のお役に立てる技術情報を持っています」
銃口はまだこちらを向いている。
「もっと具体的にですね?
つまり、第4計画を完了に導くための情報と、その完成度をより高める役に立つ技術に関しての情報を私は持っています」
銃口は動かない。
「00ユニット起動後に必ず発生する致命的な問題を解決する方法。
既存の戦術機を大幅にアップグレードする方法や、新世代の戦術機の基礎理論、BETAについての情報。
もちろんそれ以外にも多数の有益な情報があります。
必要ではありませんか?参考までに聞いてみるつもりはありませんか?
その上で私が必要ないのであれば、我々は独自の方法で人類の生存率向上のための行動を取ります。
決して貴方の計画の邪魔はしませんから、どうぞこの基地から叩き出して下さい」
俺を睨む銃口は、全く動こうとしない。
畜生、こっちは怖くてそろそろ失禁しそうなんだ。
表情も無残な事になりそうだし、手や足の震えを意志の力で押しとどめるのも限界だ。
勘弁してくれよ。
「わかったわ」
心の中で泣き言を叫んだところで、ようやく銃は下げられた。
「思考を読まれている状態で泣き言を叫ぶっていうのもなかなか度胸が必要だったんじゃないかしら?」
ニヤリとしつつこちらを見てくる。
あーそうだよ、怖かったよ。
文字通りの意味で死にそうだったんだから当然だろう。
「大変な恐怖を感じていた事は否定できませんよ。
貴方だって身動きが取れない状況で、何を考えているのかわからない相手に銃を向けられれば同じ感情を持つはずです」
出来る限り丁寧な口調で遺憾の意を伝える。
営業マンをやってかれこれ三年。
関係が浅い相手に対して自らの感情を素直に発露しても、それで好意を抱いてもらう事は難しい事は学んでいる。
「営業マン?確か貴方は例の武装組織の指揮官だったと思ったんだけど、何か勘違いでもあったのかしら?」
「お願いですから、口を開いて会話しませんか?
私の思考を読み続けるのも結構ですが、会話がしづらくて仕方ないんですが」
俺の提案は幸運にも認められ、以後の会話については、思考は読み続けるが口に出した事についてのみ語り合う事になった。
相手の思考を読めるということは大変に便利なようだが、読まれる側からすれば面倒でしかない。
ああ、もちろん君個人に対して含むところがあるわけではないよ杜さん。
「それで、たくさん私に教えてくれることがあるようね」
「ええ、もちろん全てを無償で、とはいきませんが」
ようやくの事で交渉を再開できた俺は、笑みらしいものを何とか口の端に浮かべることが出来た。
「あら、貴方はそれらの技術や情報を知っているわけではないの?」
と香月博士。
不思議そうな表情を浮かべている。
「もちろん知っていますよ。今からここで読み上げる事も可能です」
可能なんですよ。
俺が知っている情報や技術は、書類に収めて金庫に保管されているのではなく、細部まで脳内に書き込まれているのだ。
「じゃあ、私が拷問や洗脳の専門家を集めれば、直ぐにわかるって事なんじゃないかしら?」
悪魔のような笑みを浮かべて恐ろしい事を言われてしまう。
人類の危機という国家的どころか世界的非常事態、必要ならば、なんでもできるだろう。
一人の国籍不明の人間をどうこうするぐらい、わけもないはずだ。
「それは限定的な効果しかありませんよ」
またもや不思議そうな表情を浮かべられる。
意味がない、ではなくて限定的な効果と俺は言った。
先ほど銃を向けていた相手に言う言葉としては不適切だ。
思考が読まれているとはいえ、ここは嘘でも意味がないと言わなければならない。
「限定的、と言うことは多少の効果はあるみたいね?」
「ええ、普通の人間ではなく貴方相手に言うわけですから、多少短くする事はできるでしょう。
それでも新技術についてを話すわけですから、一番短いものでも二十分はかかります。
さて、人材と拷問器具と薬物を揃えるのにどれくらいかかりますか?
貴方は拷問の専門家には見えない。
三時間、実際にはあと二時間三十分ほどの間に、どこまでできますかね?」
三時間以内に帰らなかった場合、この基地を破壊する。
それは嘘でも脅しでもない。
本当に命じてきたことだ。
絶対に罠だ。間違いなく酷い目に合う。
異議を唱えるリンクスたちを納得させるために、それだけは約束してきたのだ。
「せっかくの新技術も、敵についての情報も、灰になっては意味がない。
そして私は、貴方にとって価値のあるものを、人類にも貴方個人にとってもデメリットがない代償でご提供できます。
できれば薬物と拷問器具ではなく、会話でそれを入手して頂けませんか?」
何といわれてもいい。
俺は苦痛やそれを理解できなくなるような状況は求めていないのだ。
「それで、貴方にキスでもしてお土産を持たせて基地に帰したとして、素直に私に情報を渡してくれるという保障は?
まあ、本当に価値のある情報を持っているのかどうか、わからないけれども」
仰るとおりだ。
地球のBETAに対して効果的な打撃を与える方法。
オルタネイティブ第4計画を成功させ、恐らくは最終的にBETAを地球からたたき出せる方法。
それは、実績と経験、知識によって裏打ちされた形では提供できない。
「BETAについてはともかく、技術情報については今すぐ可能ですよ。
そして、私は初めから最低一つはそれを提供するつもりできました。
だからこその三時間なのですよ」
この提案が呑まれなければ、そこまでだ。
面倒だが、何らかの手段で日本帝国軍の然るべき部署に連絡を取らなければならない。
俺の言葉を聴いた香月副司令は、しばらく黙り込むと口を開いた。
「とりあえず、話してちょうだい」
それから一時間をかけて、俺は地中振動監視技術の改良についてを伝えた。
技術情報だけあってその伝達にはかなりの時間が必要であり、また検証にも時間が必要だった。
しかし、確認された瞬間はちょっとしたお祭りになった。
突然地中から現れるBETAたち。
それは前線で戦う人類にとって、大変恐るべき存在なのだ。
俺の伝えた技術は、その恐ろしさを今までの三分の二程度にするだけの破壊力を持っている。
これだけでもオルタネイティブ第4計画は価値があったと言われるだろう。
今後も情報を提供する事を条件に俺は解放され、基地へと五体満足で戻ることが出来た。
「やっぱり拘束されたよ」
俺の部屋、格好よく言うと司令官執務室に戻った俺は、リンクスたちに素直に報告した。
だから言ったじゃないかの大合唱に包まれたが、両手で押しとどめるジェスチャーも使ってそれを抑える。
「もう二度と、一人でどこかの基地に行ったりはしないよ」
心の底からの言葉でもあったし、彼らは俺の言葉を無条件で信用するように洗脳されている。
今回の一件は、それでおしまいとなった。
もちろんの事ながら、次の日からは多忙になる。
俺たちは日本帝国でも国連でもなくて、香月副司令に情報や戦力を含む様々なサービスを提供する。
その戦力は副司令が年間24ドルで基地ごと恒久的に借り受ける。
金を受け取る必要はないのだが、まあこれは洒落のようなものだ。
24ドルという価格に、アメリカ人たちはきっと苦笑してくれるだろう。
ちなみに、所有者を便宜上日本政府のままにしていた俺たちの基地の足元は、光の速さで行われた香月副司令の国有地購入によって私有地になっている。
帝国軍や国連、あるいは米国。
その全てから問い合わせが行われ、傍受はしているが対外的には周波数を知らないことになっている俺たちは全てを無視した。
香月副司令に俺が知っている情報を伝え、人類の生存率向上に繋がる形での協力を約束させられる。
こちらからすれば願ってもないことだ。
それから一週間後、俺たちは支援車両の一団を従えて新潟に向かっていた。