2002年1月3日木曜日20:41 日本本土 神奈川県箱根市 城ヶ崎離宮 8492戦闘団軌道降下兵団現地指揮所
また一機、再突入を完了したドロップシップが着陸態勢に入っていく。
豊かな自然に囲まれた城ヶ崎離宮は、文字通り降って湧いた大量の軍人たちによって要塞へと姿を変えようとしていた。
「報告!第二小隊は陣地構築を完了しました!」
また一つ、歩兵小隊が陣地の構築を終えたらしい。
香月副司令の命令で出動していた白銀たちは、気がつけば唯一の警戒部隊から数ある戦力の一つへと立場を変えていた。
続々と降り立つ軌道降下艇、吐き出される重火器と兵士たち。
彼方からは明らかな戦場音楽も聞こえてくる。
この地に派遣された白銀以外の人々は、自分たちがどうしてここにいるのかを知ることは出来なかったが、何かが起きていることだけは理解できていた。
「戦闘ヘリは派手にやっているようだな」
遥か彼方から聞こえてくる爆発音の連鎖を気持よさそうな表情で受け止めつつ、この地を任されているダンブロジア大佐は呟いた。
指揮所の中で、彼は自信に充ち溢れた様子を維持し続けていた。
実際、その内心にも根拠のある自信が渦巻いている。
とある世界で2億のゾンビ相手に全面戦争を行わなければならなかった彼にとって、万にも満たない敵戦力との戦いなど書類仕事のようなものだ。
ゾンビと戦術機には随分と違いがあるが、面制圧が有効で、重火器による攻撃が極めて有効に作用する人間相手の任務はむしろ簡単である。
大将として召喚されたにもかかわらず、編成上の事情から大佐の配置に付けられたことに思うところがないわけではないが、召喚された軍人たちはそのような些細なことは気にしない。
「すまないが、洗脳させてもらっているよ」
申し訳なさそうにそう告げる司令官の表情を思い出し、彼は微かに笑みを浮かべた。
余りにもふざけた話であるが、あの絶望の世界大戦が物語として別の世界に存在しており、そして自分たちは決して虚構の存在ではないという現実はもっとふざけた話だった。
だが、それもどうでもいい。
大切なのは、今自分に与えられた部下たちに、どうやって完璧な仕事をさせるかだ。
「こちらに向かいつつあった敵戦術機甲中隊は全滅の模様。
当方の被害は皆無です」
部下たちから入る報告は彼の安心を強めるものばかりだ。
軌道上から大隊単位での再突入。
現地に展開していた戦術機部隊を指揮下に加えつつ、この国の首都から脱出してくる重要人物を保護する。
ありがたい事に敵は人類で、レーダーやその他探知機で簡単に居場所を掴むことが出来る。
重火器は使用自由、航空支援あり、必要ならばミサイルによる艦艇からの援護もある。
「簡単すぎる任務だな」
指揮所で再び満足そうに呟いた彼の脇で、ドロップシップが装甲車を切り離す。
空中集合した降下艇たちは、上空で適度な間隔を保ちつつ哨戒飛行を続けている。
間もなく敵を殲滅した戦闘ヘリコプターたちも合流するだろう。
「敵空軍は全滅、懸念されていた別働隊もほぼ全滅。
訓練としては十分なものになりそうだな」
大規模な内乱事件にも関わらず、彼と彼の所属する組織は状況を完全にコントロールし続けていた。
移動経路を気にする必要がない軌道からの一斉降下。
対軌道迎撃や航空機による妨害もなく、現地に降り立ってみれば敵兵は全く存在しない。
むしろ訓練としては落第点なのかもしれない。
「空中哨戒第二班より入電、11時方向より歩兵部隊接近中。
拡声器による呼びかけに応答なし、敵と思われます」
戦術機がいるかも知れない場所に歩兵部隊を単独で送り込むとは、随分と酷い上官を持っているらしい。
いや、やられるにしても武装解除される程度で済むだろうとこちらをナメているのかもしれないな。
「接触を続けさせろ。
攻撃を受けた場合には森ごと焼き払っても構わん。
敵襲に備えろ、怪しい者は撃ってよい」
大佐の命令はそれほど大きな声ではなかったが、周囲の参謀や部下たちは怒号を浴びせられたかのように素早く行動を開始した。
照明弾が打ち上げられ、物資をより分けていた兵士たちまでもが武器を抱えて塹壕へと飛び込んでいく。
駐機していた軌道降下艇が次々とエンジンを点火し、待機中だった自動砲台が待機状態から索敵モードへと切り替わる。
「殿下には離宮内部に退避して頂け。
護衛を忘れるなよ。戦闘ヘリの一部を敵部隊の攻撃に向かわせろ。
もう無いと思うが、敵戦術機の反応を見逃すな」
輸送機に乗せて退避させるという考えはなかった。
こちらに十分な戦力があり支援体制も整っている以上、全ての物事は日本国内で、書類上だけでも帝国軍になっている人々で終わらせなければならない。
2002年1月3日木曜日20:15 朝鮮半島 鉄源ハイヴ 主縦坑
「足を止めるな!」
降下を続ける彼の機体に接近した戦車級を長刀で切り飛ばしつつルーデルは叫ぶ。
ハイヴ撃破のために突入した彼の部隊は、既にその戦力の四分の一を喪失している。
とはいえ、無人機であることから士気に問題はなく、物資は使い切れないほどに持ち込んでいる。
武装輸送用多脚車両は非常に優れた発明品であった。
予備の武器弾薬や推進剤のドロップタンクを持たせることで、ハイヴ内部の戦闘としては従来よりも格段に贅沢な行動を取ることができる。
もちろん、多脚車両が撃墜されれば物資は失われるわけだが、BigDogの発展形を盛り込んだ六本の足と自衛用の火器を搭載しているこれは、簡単には落ちない。
<<こちら雷電、下層より大隊規模のBETA出現、これより制圧する>>
戦術機たちを追い越してネクストたちが飛び出していく。
彼らは全員がハイヴ攻略に投入されている。
ある程度自由な行動が取れる地上とは異なり、ハイヴ内部ではその行動が極めて制限される。
強力な火力を限定された空間で投射できるネクストは、このような環境でこそ真価を発揮させられるのだ。
「目標地点までどれくらいだ?」
ルーデルの網膜に反応炉があると思われる地点が映しだされる。
直線距離にして約2kmだが、曲がりくねった道と大量に押し寄せるBETAたちのおかげで、目標到達予想時刻は遥かな未来である。
戦域情報が更新される。
突撃したネクストたちの集中砲火を浴びて、前方の大隊規模のBETAが蒸発する。
戦術機のそれとは次元が違う索敵装置によって更に大量のBETAが探知され、マップに反映される。
「全機!ここが正念場だぞ!」
左から接近する要撃級を切り捨て、右上部から降下してきた戦車級を補助腕に持たせた突撃砲で消し飛ばしつつ彼は叫んだ。
戦力を消耗したとはいえ、未だに戦闘能力を有している彼の部隊は前進を続けている。
「地上艦隊との通信ラインは健在。大佐、中継にもう一個小隊を残してもよろしいですか?」
後部座席から落ち着いた様子でガーデルマンが声をかける。
激しい戦闘機動を繰り返す機体内部で、彼は終始落ち着いた様子で周辺警戒と率いる部隊の管理を行っていた。
「任せる。しかしなんだなガーデルマン。
東部戦線、オリジナルハイヴ、ここと地獄ばかり巡ってきた気がするが、今回の地獄は随分と温いじゃないか」
上半身を捻って接近しつつあった要塞級の片足をに120mm徹甲榴弾で撃ちぬきつつ、ルーデルは砕けた様子で答える。
声はリラックスしきっているが、その両眼は忙しなく敵を追い求めて動きつづけていた。
ガーデルマンが画面上に表示させた接近警報に基づき、足元に這い寄りつつあった戦車級に36mm砲弾を叩き込む。
機体を少しだけ後退させ、突出してきた要撃級を部下たちに葬らせる。
素早く照準を合わせ、仲間の死体を乗り越えようとしていた別の要撃級を射殺する。
「シュトゥーカもいい機体でしたが、この機体はそれ以上です。
これだけ便利な物を与えられて以前より苦戦したら、戦友たちに顔向けが出来ませんな」
会話を続けつつも彼は状況把握を続け、目標情報を送信し続ける。
左の壁を突き破って要塞級が出現し、天井から戦車級が多数降下中であることが確認され、ネクストのセンサーが通路の奥から突撃級の集団が迫ってきていることを探知する。
「全くだ。あの時に私の指揮下にこの部隊がいれば、イワンどもなど容易く叩き潰すことができただろうな!」
天井から飛び掛ってきた戦車級は突撃砲で血煙になり、ようやく壁から抜け出れた要塞級は大佐が少し気合を入れた長刀の斬撃により触角とついでに二本足を切り飛ばされて無力化された。
<<こちら雷電、正面の敵集団を殲滅した。直ぐに道が埋まるぞ>>
先行していた社長から報告が入る。
戦術機でも相手ができるBETA相手にネクストの集中投入は明らかなオーバーキルだ。
しかし、物量の差が火力の差を埋めてしまう。
「道が開いたな。
ガーデルマン!全機突撃するぞ!」
前部座席から聞こえてくる突撃命令に思わず苦笑する。
まあ、想定よりもかなり損耗も少ないし、作戦は間違い無く成功するだろう。
無人機たちに指示を出しつつ、ガーデルマンは全く疑いを持たずにそう思った。
彼らの手持ちの戦力は残り二個師団。
2002年1月3日木曜日20:30 朝鮮半島 半島防衛線 第一陸上艦隊 第一分艦隊 旗艦『マウリア』
「第六十七次砲撃完了。各艦健在」
「本艦戦闘に問題なし」
「第615戦車大隊戦闘に加入。第614戦車大隊壊滅、残存2両」
「第508戦術機甲連隊全滅、残存無し。509戦術機甲連隊と交代」
「敵光線級は戦線左翼第八エリアに増加しつつあり、第六十八次砲撃より支援を開始」
朝鮮半島を巡る戦闘は、未だ双方いずれにも天秤を偏らせることなく継続されていた。
圧倒的な火力を発揮できる陸上艦隊を投入した8492戦闘団に対し、BETAたちは追加で軍団規模の集団を投入してきた。
今のところは上陸に成功した砲兵連隊の火力が押しとどめているが、これ以上の増援がなければ全滅してしまう。
日本本土からは数個師団の増援が渡洋中であるが、到着までには十二時間が必要だ。
おまけに、上陸したからといってすぐに戦力化出来るわけではない。
「第507戦術機甲連隊は最後の突撃に入りました。残存数5機。全機自爆装置作動開始」
「第610戦車大隊全滅。611戦車大隊も同様です」
「陽動中の第70海兵戦術機甲連隊全滅。71および72連隊も損耗率25%を突破」
分艦隊を率いるグエン大佐の元には耳を塞ぎたくなるような報告が立て続けに入ってくる。
その気になれば自軍はいくらでも増援を呼び出せることは知っているが、ルーデルがハイヴ反応炉を落としていない以上、使えない手だ。
「閣下は健在か?」
主モニターの片隅に、友軍の状況が映し出される。
最初にこの地域を支えていた部隊は、グエンたちの献身によって後退に成功し、海岸堡付近の陣地で補給を受けているらしい。
既に予備戦力から戦力を受け取って部隊の定数は満たされており、隊長機の整備が完了したら再出撃が可能らしい。
少なくとも、俺は閣下の役には立てているようだな。
グエンは嬉しくなった。
これだけの絶望的な状況下でも生き残れる部隊を任せられ、そして全体の役に立つことができている。
「敵地中侵攻を探知、本艦右舷1kmの地点に連隊規模のBETA出現の兆候あり。出現予測時間算出中」
「本分艦隊後方に師団規模のBETA地中侵攻を確認。出現予測時間算出中。グエン大佐殿、このままでは囲まれます」
彼が極めて小さな個人的満足感を感じた直後、それを叱るようにBETAたちの出現が探知された。
8492戦闘団では極めて高性能な地中侵攻探知システムが採用されている。
それだけに、残酷な現実は素早く、正確にわかってしまう。
「敵増援を叩きつつ戦線を後退させる。
右舷副砲攻撃準備、敵を叩きつつ時計回りに後方の陣地へ退避せよ!
近隣の友軍部隊へ通報、戦線を崩すな!」
彼の決断は早かった。
一対一の決闘から軍団規模が殴り合う国家の命運を決める一大決戦まで、戦いというものは待つ時間はあっても悩む時間はない。
命令を受けた指揮下の陸上戦艦たちは、その主機を全力運転に切り替えて増速を開始する。
この場で呑気に反転迎撃を行うだけの余裕はない。
不利であろうとも、片舷だけでも迎撃を行いつつ戦線全体のバランスを保たなければならない。
「本艦隊後方に師団規模のBETA出現、我が方の増援部隊は間に合いません」
「艦隊進路左翼に連隊規模のBETA出現の兆候を確認。出現まで残り15分」
「戦線右翼に師団規模のBETA増援多数、重光線級を含む強力な対空脅威を確認。水上艦隊による面制圧が始まりました」
ハイヴ攻略もまだだというのに、BETA名物の増援祭りが大陸方面で始まってしまったようだ。
作戦図は押し寄せてきている敵集団と敵増援予測で埋め尽くされている。
おまけに、水上艦隊の火力に頼っていた戦線右翼に多数の光線級が出現したようだ。
これで砲兵の支援は大幅に減少することになる。
「こりゃあ、本土にさらなる増援要請が必要だな。
グラーバク1と通信できるか?」
尋ねると同時に通信が繋がれる。
電脳化をした上に全身義体化までしている司令官閣下は、鈍重な人間が言葉を発している間に質疑応答とその後の行動までを完了させることが出来る。
<<状況は把握した。本土から三個師団を追加で呼び寄せている。
後退しても構わないから、ハイヴ周辺と上陸海岸だけでも確保しろ。以上だ>>
グエンの判断は承認された。
現在の彼の仕事は、現状維持に固執することではなく、本作戦の目標を最低限の損害で達成することにある。
「予備戦力より一個戦術機甲連隊と二個戦車大隊が当戦域に投入されます。
砲兵も一個連隊が当戦域に貼付けになる模様」
予備戦力とは余程のことがない限り投入するべきではない後のない資産である。
だが、逆に言えば、必要があるのならば積極的に使用するべきとも言える。
現状は後者だった。
「もう5キロほど戦線を下げる。直ぐに始めろ!」
グエンの決断は早かった。
与えられた情報の中から敵味方の会敵予想時間を再計算し、もっとも戦線の再構築に有利で、そのなかでこちらの戦力が最大になる地点を導き出す。
前世で宇宙艦隊指揮官を務めていた経験は無駄にはならない。
「全艦全速を発揮しつつあり、可能なかぎり砲撃を継続しつつ移動します。
一個中隊を遅滞防御戦闘に投入、最大で一個大隊まで拡大します」
機関部から伝わる振動が拡大する。
陸上艦隊は、砲兵として、拠点として、生き残らなければならない。
戦術機一個大隊の使い捨ては、必要最小限の犠牲として許容されるべき範囲内だ。
「直ぐに中隊じゃあ足りなくなる、最初から大隊を投入しておけ」
戦力の損耗を気にしている段階ではない。
艦隊を生きたまま友軍戦線に合流させ、その火力で全体を支えなければいけない。
「艦隊進路左にBETA多数出現中!」
「右からも来ます!」」
状況は大変に絶望的なものとなりつつあった。
友軍と合流するべく移動する艦隊の進路を遮るように、続々とBETAの増援が出現していく。
しかし、そのような状況下であってもグエンの表情に焦りはなかった。
彼は愉快そうに表情を緩め、口を開いた。
「こいつはいいぞ!撃てば当たる!!どっちを向いても敵ばかりだ!!!」
CICの電子作戦盤には艦隊を囲むようにして次々と出現するBETAたちが表示されていく。
友軍戦線との間に立ちふさがるようにして出現した師団規模、艦隊進路左から迫る別の師団規模、右から接近中の連隊規模のBETAたち。
どれもが距離が空いていない限り危険な存在である。
唯一の救いは光線級が少ないことだ。
出現数量から考えれば対処可能な範囲に収まってくれているおかげで、艦隊は戦力を維持できている。
「主砲を除く全兵器使用自由。回避行動自由。司令部に戦線へ戻るための支援部隊を要請しろ」
数に勝る敵軍に包囲されつつあるグエンは取り乱さずに命じた。
諦めるのは死んでからでいい。
「敵を突破する。機動歩兵に近接防護を命令。
戦術機大隊は艦隊の殿を守らせろ」
艦内に警報が鳴らされ、待機していた機動歩兵達が装備に火を灯す。
彼らには身軽な近接防御火器としての任務が与えられていた。
重機関銃を持ち上げ、無反動砲をチェックし、大型自動ライフルの安全装置を確認する。
<<全機動歩兵は上甲板へ。繰り返す、全機動歩兵は上甲板>>
実際に聞こえるはずがないが、機動歩兵達が通路を踏みしめる足音が聞こえてくるようだ。
この艦隊に搭載されている機動歩兵は全部で一個大隊。
当然ながら無傷で、士気も装備も良好である。
「報告!本艦右舷に要塞級接近!CIWS再装填中!」
右舷カメラの映像が主モニターに映しだされる。
再装填を行っているG.E.S.Uたち、砲撃を繰り返している127mm砲、その直ぐ近くに要塞級の巨体がある。
その数四体。
すぐさま二体が127mm砲の攻撃により翻弄され、もう一体が別のCIWSの残弾全てを叩き込まれて胴体に大穴をあける。
だが、最後の一体を倒すべき火力が無い。
要塞級が触手を振り上げ、連続で着弾した誘導弾によってその触手を失う。
上甲板に展開している歩兵部隊の攻撃である。
彼らは一撃で大型種を破壊できる装備は持っていないが、携帯徹甲誘導弾や大型自動ライフルなど嫌がらせに使える重火器を持っている。
<<撃て撃て!狙えば当たるぞ!デカブツにたっぷりと喰わせてやれ!!>>
甲板の歩兵部隊の通信を傍受する。
備砲の砲撃に加えて彼らが撃ちまくっている重火器の騒音がCICに流れこむ。
<<左の奴はもういい!右の奴を仕留めろ!>>
命令の結果が映像に映し出される。
触手を吹き飛ばされた要塞級は溶解液を振りまきつつ姿勢を崩す。
今度はその右にいた別の要塞級に弾着が集中し、大量に命中した誘導弾によって遂に片足が吹き飛ぶ。
重火器を持った兵士たちを近接防御火器として乗せるというアイデアは、思っていたよりは悪いものではなかったらしい。
2002年1月3日木曜日20:45 朝鮮半島 半島防衛線左翼第七エリア
「いやあ、ごっつい眺めだな」
輸送車両の一団を従えた俺は、突出してくる突撃級に120mmを撃ちこみつつ口を開いた。
グエン大佐の陸上艦隊は、所属艦艇を無傷のまま友軍戦線へと逃げ帰らせることに成功できたのだが、迫るBETA集団はこの戦線左翼の一部だけでも師団規模となっている。
叩いても叩いても増援が湧き出してくるため、どうしても敵の総戦力は増えてしまうのだ。
もちろん、戦線の後ろには一匹たりとも突破を許してはいないが。
「繰り返しますが、生還確立が60%しかありません。
この行動は推奨できません」
オペ子が事務的な口調で翻意を促してくる。
言われるまでもなく俺だってこんな危険なことはしたくないのだが、状況がそれを許してくれないのだ。
陸上艦隊が補給を終え、戦線に戻ってくるまでの二時間。
その時間を、限りある資源を用いて稼がなければならない。
「これ以上戦線を下げたとして、増援が到着するまで戦線を維持できる可能性は50%を超えるか?」
準備運動のような散発的な攻撃を続けつつ尋ねる。
BETA主力集団は二個師団が構える戦線右翼に誘引されつつある。
本土から急行させた一個水上艦隊と砲兵、そして大量の戦車に支えられたあの地域を突破することは不可能だろう。
しかし、このエリアに殺到している師団規模のBETAに突破を許せば戦線左翼は崩壊し、ハイヴ包囲部隊が背後から攻撃を受けてしまう。
一度破れた戦線を再構築することは、戦力が限られる現状では不可能だ。
最悪の場合に備えてG弾をダース単位で持ち込んではいるが、切り札は最終決戦まで取っておきたいところだし、怒り狂う香月副司令と通信をしたくない。
「この戦線を突破され、ハイヴ包囲部隊に敵増援が接触した場合、当初の作戦目標を達成できる確立は高くても40%です」
当初の作戦目標。
つまり鉄源ハイヴを破壊し、大陸への橋頭堡をこの半島に構築するという目標は、今後のために至上命題として掲げられている。
もちろんG弾の集中砲火で地峡を作り上げ、そこに水上交通路を通す形でもいいのだが、何でもG弾で解決という悪しき前例を作るわけにもいかない。
「そういうわけだ。
単騎駆けは男のロマンとも言うし、せいぜい活躍してみせるしかあるまい」
機体の情報を呼び出す。
改造に改造を重ねた撃震1009型は、機動力を不知火レベルまで落とす代わりに重武装を実現した機体である。
今までは古風に漢数字を使っていたのだが、機体の改装が十の位になったため、見づらいのでアラビア数字に変更した。
数字だけ見ると凄まじい事になっているように見えるが、実際には機体改装十回、主基改装九回に過ぎない事を強調しておきたい。
さて、この機体の最大の特徴は、背中に生えた四本の補助腕である。
機体を直接操作できるという俺の最大のメリットを活かし、両腕、両脚、双肩の武装に加えて四本の腕がそれぞれ装備した武器で攻撃を行える。
今回は単騎駆けということもあり、両手に90mm狙撃砲を持ち、背中から生える四本の補助腕にはそれぞれ87式突撃砲を装備。
双肩と両足には連装ロケットランチャーユニットを装備しており、V.A.T.Sと組み合わせる事により瞬間的な火力は凄まじい。
「増援の上陸まで何とか戦線を支えるしかないとはいえ、嫌な仕事だな。
V.A.T.S作動、90mm単発、トラックナンバー6780から6810、前方突撃級前足、再装填」
一秒が無限に引き伸ばされる。
こちらに向けて迫る突撃級の足に次々と照準が合わせられ、単発での連続射撃が始まる。
強固な外皮を持っている突撃級だが、前足の関節部に徹甲弾を喰らえばただでは済まない。
90mm狙撃砲の装填数は15発、二門合わせて30発である。
当然ながら、無力化数も30体である。
名前のとおり突撃することによる体当たりが唯一の攻撃手段である突撃級は、これだけで脅威度が無力に近いほど下がる。
「次、補助腕87式、トラックナンバー6811から6898、120mmは突撃級の前足、36mmは要撃級」
続いて背中から伸びる補助腕が持つ突撃砲の発砲が始まった。
120mm滑腔砲がAPFSDS弾を放ち、続けて36mm砲弾がばらまかれる。
突撃級の外皮に比べれば脆弱と称しても問題ない要撃級にとって、この攻撃は大変な脅威である。
無力化数は両者を合わせて82体。
若干の撃ち漏らしはあるが、単騎で一度にこれだけの戦果を上げれば勲章ものだろう。
「ロケットランチャー、正面集団に扇状発射、射耗後切り離し。
次、36mm残弾を一斉射撃、左前方要撃級集団。射耗後再装填」
たった一人で師団規模を受け止めるという苦行を自ら選んだ俺であるが、実はそれほど苦行でもない。
事前に探知できても仕方が無いほど広範囲に大軍が湧いて出ればお終いだが、逆に言えばそうでもない限りは十分戦うことが出来るだけの能力を持っている。
ハイヴ部隊を借りることが出来れば戦力にもう少し余裕が出るのだが、そもそも包囲部隊を援護するための半島横断防衛線なのだからそれはできない。
ちなみに、最初の一発からここまでで4秒。
通常の戦術機であれば、今頃は砲身の異常加熱か機体制御部分の発熱で戦闘停止を余儀なくされていただことだろう。
以前の強行偵察の際の教訓を生かし、戦術機に改装を施したかいがあったというものだ。
「第一陣に同行していたA-01がこちらに向けて移動中です」
第二撃を始めようとしたところで後部座席から報告が入る。
やれやれ、単騎特攻に見える俺の援護に来てくれたのだろう。
練度が高い中隊を投入するのならばもう少し不利な戦域に送り込んで欲しかったのだが、まあいい。
「到来を歓迎するとでも言っておけ。
第二撃始めるぞ」
戦力がないよりはあったほうがいい。
ある程度の戦闘能力を見込めるA-01であれば尚更のことだ。
「了解しました。
狙撃砲、87式、脚部ランチャー、いずれも装填完了。
いつでも始められます」
機体周囲に展開する輸送車両達が、クレーンやアームを使って次々と使用した弾薬や使い捨て発射機を補給してくれる。
最寄りから叩いていったとして、あと十分はこの体制で戦えるな。
そんな事を思いつつ、俺は次の目標への攻撃を再開した。
観測用のUAVの情報を再確認し、この近辺に光線級がいない事を確認する。
「グラーバク01より接近中のA-01に告げる、当機はこれより敵部隊へ突入する。
支援車両の護衛を頼む」
応答を確認せずに機体を接地ブーストで加速させる。
平地であればどのような地形でも加速できるヴァンツァーの不思議なローラーダッシュとブースターの力を借りて、待機から時速100kmまで一気に加速する。
敵との距離が急速に詰まっていく。
「まずは一体目!」
こちらに向けて腕を振り上げた要撃級に狙撃砲を向け、体の中心を狙って発砲。
ブースターのノズルを偏向させ、さらにスラスターを噴射して機体を右に滑らせる。
上半身を右に傾斜させてさらに機体を滑らせつつ、前方の視界一杯に広がる要撃級の群れに片端から36mmを叩き込んでいく。
距離を詰めてきた突撃級が眼前に迫る。
推力を上げ、大地を蹴って機体を上昇させ、飛び込んできた突撃級を踏み台にする。
「V.A.T.S起動、距離14000の要塞級二十体、全弾発射」
離れたところにいる要塞級の集団に残る全ての90mm砲弾を叩き込む。
よし、全部仕留められた。
警告灯が灯る。
無茶苦茶な連続射撃のおかげで狙撃砲の砲身命数が尽きたらしい。
まあ、極めて短い時間であれだけ撃てばそうもなるだろう。
「狙撃砲にはな、こういう使い方もあるんだ!」
前方に向けて跳躍した際の慣性を消さず、むしろ最後の瞬間にブースターを全力で噴射させて不運な要撃級に狙撃砲を突き刺す。
パイルバンカーというには余りにも頼りないが、加速する数十トンの機体が頑丈な重火器を突き刺したのだからただで済むわけがない。
「足場になってくれてありがとよ」
へし折れた狙撃砲を要撃級だった残骸にプレゼントし、脚部ランチャーの邪魔にならない様に平行に取り付けてある二本の長刀を装備する。
ついでに補助椀の突撃砲で先ほど踏み台にした突撃級の背後に36mmを叩き込む。
「接近警報、要撃級42体、戦車級420体、残る要塞級もこちらに向けて進路を変更しつつあります。
UAV健在、光線級はいないものと思われます」
いい話を聞いた。
せっかく味方のために単騎特攻を仕掛けているのだからこうでなければ意味が無い。
「全力で行かせてもらうぞ」
再びブースターを全力で噴射させ、押し寄せるBETA集団の上空に躍り出る。
スラスターを用いて機体正面を地面と平行に持っていく。
「させねぇよ!」
要塞級の触角が素早くこちらを向くが、補助椀の突撃砲で迎撃する。
「V.A.T.S!ランチャー全弾発射後切り離し!」
再び一秒が引き伸ばされ、ゆっくりと動く要撃級たちにロケット弾が次々と撃ち込まれていく。
爆砕ボルトにより発射機が切り離される。
機体のバランスをスラスターが素早く調整し、続いて補助腕の突撃砲が火を噴く。
4、7、11、18体。
うむ、満足とまではいかないが、不満にならない程度の敵を倒せたようだ。
「飛び込むぞ!」
大量の推進剤を積込み、そして重量のある機体を蹴飛ばしたように動かすことの出来る推進機構が向きを変えながら突撃するという荒業を実現する。
要塞級に飛び蹴りのような着地を行い、至近距離で突撃砲を叩き込みながら再度の跳躍を実施、別の要塞級に着地する。
こちらを向いた触角に36mmを叩き込みつつ再び跳躍。
BETA集団の直上に躍り出ると、V.A.T.Sで複数の目標に次々と照準を合わせ、実行を選択する。
真下の突撃級の背中に数発を叩き込み、スラスターで向きを変えると次の突撃級の脇腹にも36mmを叩き込む。
別の補助腕で三体の要撃級を葬りつつ、目の前にあった要塞級の足を長刀で斬りつけて切断する。
支えを失って倒れつつある胴体を足場にしつつ地面に叩きつけ、運動エネルギーで機体を空中に持ち上げつつ背部のBETAたちに36mmをあるだけ撃ちこんでいく。
戦果は11体。
その数に不満を覚えつつもスラスターで180度旋回を行い、着地する時間を惜しんでブースターを最大出力で噴射させる。
「こちらグラーバク01だ。A-01聞こえるか?」
レーダーの反応を見ると、こちらの最初の通信を律儀に守っているらしく補給車両の周辺に陣取っているようだ。
幸いなことに全てのBETAが俺を狙っているおかげで彼女たちに被害はないようだが、どういうわけだか応答がない。
「こちらグラーバク01だ。全員で昼寝でもしているのか?」
不思議に思いつつも移動と攻撃を続ける。
直線で飛行しつつもバレルロールを行い、背中が地面に向いている間に再装填を終えた36mmを全弾撃ちこむ。
もちろん120mmを要塞級に撃ちこんでいくことを忘れない。
突撃砲ごと装備を交換する以上、壊れるまで使っておいたほうが効率が良いからだ。
<<凄い、あの撃震、飛びながら戦っている>>
そんな返答が返ってくる。
頭部パーツの外見だけ変えずにいたおかげで、何とか撃震と認識してもらえたらしい。
それはさておき、こんな最前線で呆けていてもらっては困る。
「繰り返す、こちらはグラーバク01だ。伊隅大尉、前線で居眠りとはいいご身分だな」
嫌味を満載した通信を送る。
状況はこちらが不利になる形で刻々と進行しているのだ。
いつまでも呆けていてもらっては困る。
<<失礼しました閣下。
我々は最初の指示通り輸送部隊を護衛しております。
あ、ああっ!しっ失礼しました!こ、こちらはヴァルキリー1でありますぅ!>>
この大尉は俺を萌えさせてどうしたいのだ?
冗談はさておき、俺の突撃でBETAたちは随分と混乱しているらしい。
「護衛ご苦労。
推進剤その他もろもろ補給するのでその間の護衛を頼む」
機体を友軍の間の飛び込ませつつ、自動操縦に全てを任せる。
彼女たちのおかげで健在の輸送車両たちに全てを任せて、数分だが休息を取ることにしよう。