2002年1月3日木曜日20:10 朝鮮半島 半島防衛線 左翼第三エリア
朝鮮半島を巡るBATAとの攻防戦は、一つの頂点を迎えようとしていた。
半島を横断する防衛線を構築しようとする8492戦闘団。
大陸方面から押し寄せた援軍で何とかそれを突破しようとするBETAたち。
人類側は未だに一個師団が上陸中のため、三個師団対一個軍団規模のBETAという絶望的な防衛戦闘は、互いの損害を続出させつつも継続中だった。
上陸中の一個師団をまるまる予備戦力として用いるため、8492戦闘団側は三個戦術機甲師団を使い潰す勢いで強引に戦線を構築し、一歩も引かない体制を作り上げている。
人的損害を気にせず、むしろ戦闘経験を積んだ個体が増えれば増えるほどネットワークを介した情報のフィードバックにより全体の戦闘能力が向上する8492戦闘団らしいやり方である。
『戦線右翼が押されています。増援を投入しますか?』
後部座席から尋ねられる。
指揮官である以上それに即答したいのだが、目の前の要塞級がそれを許してくれない。
「V.A.T.S起動、120mm、目標11975、頭部、胴体、胴体。次、目標11983、頭部、胴体、リロード」
会話をする余裕が無い。
V.A.T.Sで敵を射殺している限り俺は無敵に近い。
だが、その間にも周囲の戦況は変動し続けており、さらに弾薬や推進剤には限りがある。
一秒たりとも気が抜けない。
しかも、万全を期すために有人機はネクストも含めて全てハイヴ制圧に投入しているため、周囲に無人機しかいない。
『本機残弾わずか。武装LCAC戦隊に支援要請中』
視界に機体の残弾情報が表示される。
120mm砲弾全弾射耗、36mm砲弾残り24発、長刀および短刀全損、予備無し。
推進剤、残り5分の戦闘機動が可能。
やり過ぎてしまったようだ。
気がつけば直掩戦術機甲中隊も残すところ二機だけしか生存していない。
やはり、性能差で物量に対抗するのには限度があるな。
「補給のために後退する、武装LCACまだか?」
戦線中央から離れており、海岸線からも距離があるこの戦線左翼第三エリアは、有人機による支援を最も必要としていた。
割り当てられた戦力は最も少ないが日本海上の艦隊から支援を受けられる戦線右翼と異なり、黄海に艦隊を送り込めない戦線左翼は上陸させた砲兵師団が行動を開始するまで支援らしい支援が存在しない。
だからこそ中央集団に匹敵する戦力を割り当てているのだが、それだけでは無人機部隊には荷が重すぎた。
というわけで俺が出張ってきた上にビックトレー級三隻、ヘヴィフォーク級二隻を持ってきたのだが、それでもなお敵軍の圧力は強い。
「近接砲撃支援要請も頼む。エリア3-8-4の要塞級集団からだ」
接近してきた要撃級に最後の36mm砲弾を叩き込み、すぐ隣にいた戦車級の集団に空になった突撃砲を投げつける。
八つ当たりに等しい攻撃だが、今は一体でも多くのBETAを潰しておくことが必要だ。
それに、突撃砲の一ダースや二ダースなど、本稼働に程遠い青森工業地帯ですら一週間で用意できる。
『武装LCAC戦隊到着まであと二分。
最大30分の遅滞防御戦闘が可能です』
脳内に全体地図が表示される。
なるほど、既に補給を済ませ、こちらへ急行中だったらしい。
戦況を確認しつつ、後退して直掩戦術機の残骸から突撃砲を受け取る。
糞、俺の穴を埋めようとした奴がまた喰われた。
「グラーバク中隊は後退する!接地ブーストで下がるから、今直ぐこの座標に砲撃を叩き込んでくれ!」
友軍の戦線は1kmほど後ろであるから、誤射の危険性は少ない。
ブースターと足裏のローラーダッシュ機構で下がっていけば、推進剤を無駄遣いせずに後退できるだろう。
それにしても、最近の撃震は本当に便利になったな。
名前を変えると最適化が失われるから変えられないのだが、今のこの機体であればどこまででも行けそうだ。
『砲撃支援要請が通りました。初弾は既に発車済み。
三十秒後に初弾が到達予定。
直掩戦術機甲中隊も後退開始します』
中隊と言っても残り一機だがな。
脳内の戦術地図に砲撃危険範囲が表示される。
よしよし、今直ぐ俺の頭上に落とせ、を早急かつ素直に実行してくれる事はAIを使用している利点の一つだな。
「LCACはゴア少佐だな?聞いていたと思うが砲撃に注意するよう伝えてくれ」
極めて高度な情報通信網が構築されている我が軍では、本来であればそのような事は必要がない。
全てはHALと呼ばれる統合情報通報システムによって連結されている。
本土の補給部隊も、渡洋中の増援部隊も、上陸中の予備兵力も、戦闘中の部隊も、最前線で撤退中の我々も。
共通の価値観、共通の情報、共通の指揮官の下で動いている。
全体が平均化され、全ての情報が共有化された軍隊。
それは、古今東西の指導者の夢である。
『通報完了。武装LCAC戦隊は当方の後退を援護する形で展開中。
支援砲撃初弾弾着まであと十五秒』
弾着まで時間がないことから、戦術地図上の砲撃危険範囲がより狭まる。
こちらの後退速度に問題はないが、障害が消えたBETAたちの進撃速度には問題があるな。
このままでは、戦線左翼の再構築が終わる前に戦闘が再開してしまう。
俺も無人機たちも疲れとは無縁だが、推進剤や弾薬には限りがある。
無限の補給があったとしても、補給を受ける隙がない以上は有限なのだ。
これならBETAの増援を覚悟してでも『無敵陸戦艇ビッグトレー~鋼鉄の咆哮バージョン~』を用意するべきだったか。
本気で悔やんでいたところで、待ち望んだ援軍が到着した。
<<騎兵隊だぜ!>>
ゴア少佐率いる武装ホバークラフト戦隊が斬り込んでいく。
36mm単装機関砲二門、40mmグレネードランチャー二門、12.7mm近接防御火器四門、VLS二基の武装LCACを中心に、ファンファンたちが両翼を進んでいく。
あくまでも戦闘車両である彼らは、BETA集団の外側を削り、誘引されるBETAたちを戦車部隊の眼前へ誘い込むための陽動部隊である。
戦術機部隊と違い、平坦であれば陸海を問わずに機動力を発揮できる彼らは、BETA支配地域への強襲上陸に最適の装備を持っていた。
<<第二戦隊は左翼、第三戦隊は右翼から突入。
ファンファン大隊は俺についてこい。ランス、今度は気絶するんじゃないぞ!>>
さすがはユークトバニアの精鋭。
砂漠でLCACを乗り回していただけあり、丹力は十分すぎるほどにあるようだ。
文字通り滑るようにして挺を移動させ、後ろに続く地球連邦軍製ホバー戦闘挺たちの射線を開ける。
BETA集団と正対している場合、水平方向に放たれる誘導弾は問題なく使用できる。
光線級たちの習性を理解していれば当然なのだが、とにかくそのおかげで彼らは第一打をとても盛大に行うことができた。
ファンファンには五連装誘導弾発射機が二基装備されており、瞬間的にかなりの制圧力を発揮することが出来る。
また、分類上はホバークラフトになっているが、巨大なローターとジェットエンジンで低空を飛行するヘリコプターである本機は、射耗後に速やかな後退が可能だ。
そのため、戦闘車両としては考えられないほどに補給や再配置が行い易いというメリットを持っている。
装甲は紙もいいところだが、素早く位置を変えて誘導弾を叩き込むことが目的の機体である以上、それはどうでも良い。
<<第一分艦隊前へ!戦線再構築まで前線を支えるぞ!>>
本作戦のために準備させ、購入後ずっと高効率教育訓練センターに放りこんであった旅団長であるグエン・バン・ヒュー大佐の絶叫が無線に乗る。
分かりやすく言うなれば、彼は全スキルが99の状態にある。
一時的にあるにしろ、分艦隊司令官として戦線を支えるには十分すぎるほどの能力がある。
購入ポイントが無料というのは過小評価に過ぎるとは思うが、購入してから鍛えあげるのは無料というのを考えれば、こちらは得をさせてもらったわけだからむしろ有り難い。
経験を積むだけ積んだ彼は、適切な戦場を与えられている範囲では無敵だった。
<<戦術機甲大隊前へ!戦車大隊はこれを援護!砲兵は展開を完了次第報告しろ。
全艦左舷対地戦闘。BETAの地中侵攻に注意せよ>>
ビッグトレー級陸戦艇『マウリア』に座乗した彼は、戦線を1mmたりとも下げさせないために前進を命じていた。
作戦全体を見ている限りでは間違いが無いその判断は、全戦線が現在位置を維持できているという実績で彼の判断を肯定している。
彼女を先頭に、同型艦アイアース、エピメテウス、ヘヴィフォーク級ペルガモン、シャムシュが一斉回頭し、BETA集団に片舷を晒しつつ進行方向を変える。
刻々と現在位置を変えていく陸戦艇たちの後ろから、ギガベース級アームズフォートが横隊で迫る。
巨大な主砲を旋回させ、無数の副砲があちこちを向き、誘導弾発射機が準備を整える。
彼女たちの視界には、押し寄せるBETAの集団が広がっている。
「グエン大佐、済まないが後は任せる。
こちらの再出撃は二十分後の予定。以上」
しかし、分艦隊とはいえ陸上艦隊の司令官が大佐というのもおかしな話だ。
俺が准将である以上それ以上の階級は渡せないのだが、勝手に上級大佐でも作ってやるかな。
<<閣下、ご安心ください。
既に後方の戦車大隊も展開を完了し、砲兵も支援砲撃の準備を完了しつつあります。
一時間でも二時間でも、支えますよ。以上>>
有能なのはいい事なのだが、これはもうグエン・バン・ヒューじゃないだろう。
ただの優秀で経験豊富で将官としてふさわしいだけの能力を持った軍人である。
まあ、いい事なのだがな。
「後退するぞ、途中で武器を拾っておきたい。
コンテナの位置を出してくれ」
脳内の地図にコンテナの位置が表示される。
なるほど、よほど変なルートを通らない限りは全ての武装を補給できそうだな。
『友軍部隊の支援が機能しています。
直ちに後退するべきであると判断します』
オペ娘の判断結果が伝えられる。
本作戦における参謀長である彼女が言うからにはそうなのだろう。
持てるときに持てるだけ武器を拾っておきたいところだが、きちんとした補給を受けられる以上、素直に一直線で帰還したほうが早く戦闘力を回復できる。
「グラーバク1は直ちに後退する。
戦線左翼各部隊の奮闘に期待する」
短く伝え、機体を後退させる。
防衛線確立という作戦目標は達成されつつある。
有人指揮官機であるグエン大佐のマエリアが出張ってきた以上、最も苦戦していた戦線左翼もこれで安心だろう。
俺ほどではないが、有人機が指揮を取れば無人機たちはそれなりに能力が向上するらしい。
『緊急報告。戦線右翼に師団規模のBETA出現。
光線級多数を確認、艦隊の支援が無効化されつつあります』
全くBETAどもときたら、俺を一秒たりとも休ませるつもりはないらしい。
地図を見れば、戦線右翼の後方に中隊規模以上の光線級が出現しているらしい。
「上等だ、せっかく電脳化し、チートの限りを尽くした体を持っているんだ。
補給完了後ただちに戦線右翼の支援に向かう」
全身義体化手術を受ける事は怖いといえば怖かったが、終わってしまえば只の思い出に過ぎない。
おかげで電子情報でやり取りされる報告を瞬間的に理解できるし、機体制御も格段に楽になった。
事実上人間を辞めてしまったことに何も感じないわけではないが、俺なんてどうせ神様の暇つぶしの駒に過ぎない。
今後がどうなるかは知らないが、今できる最善を尽くすだけだ。
それに、B型デバイスではなく電脳化だけで済んだことを感謝するべきだしな。
2002年1月3日木曜日20:14 日本近海 合衆国海軍第101任務部隊
「全艦対空戦闘準備急げ!」
艦艇中から慌ただしく移動する水兵たちの足音が聞こえる中、任務部隊司令部は控えめに言って大混乱に陥っていた。
無理もない。
沿岸部のBETAに対する人類最強の剣である合衆国軍空母任務部隊に対して、その人類が攻撃を仕掛けてくるなど想定外にも程がある。
もちろん、トチ狂った反乱軍やテロリストが攻撃を仕掛けてくる可能性は考慮していたが、一国の空軍がその総力を上げて攻撃をしてくるなど考えてもいない。
だが、その想定外の現実が迫ってきていた。
「そうだ!早く戦術機を全部上げろ!
せめて陸地に送り届けるんだ!」
「繰り返す!整備班は直ちにバイタルパートへ退避せよ!時間がないぞ!」
「ダメコン準備急げ!絶対に被弾する!隔壁閉鎖が何故まだ終わらん!」
「本土からの返答はまだか!」
繰り返しになるが、任務部隊司令部は大混乱に陥っていた。
日本においてクーデターが発生する危険性は事前に伝えられていたが、その反乱軍がこちらに一斉攻撃をしてくる可能性は流石に見込まれていなかったのだ。
これは別に現地のCIA要員が無能だったからではなく、運悪く空軍対艦攻撃機部隊の離反を報告しようとしていた要員が、運悪く“交通事故”で死亡していた事が理由である。
そして、本土からの返答がすぐに来ない理由も、別に合衆国軍上層部が揃って「ありえない」を連呼していたからではない。
一般的な常識に従えば、空母機動部隊に対する大規模攻撃とは核兵器による反撃が適切だ。
だが、いくら反乱軍に攻撃されたとはいえ、核兵器による報復はやり過ぎだ。
常識的に考えればそうなるのだが、ではこの世界では同じ重量の金塊よりも貴重といえる空母機動部隊およびそれを操る将兵を殺されていて、同程度の反撃もできないというのはどうなのか?
それは合衆国というよりも、人類の一員として、看過するべきことなのか?
二度とこのような事が起こらないように、徹底的な反撃で教訓を残すべきではないのか?いや、そうするべきであり、そうしなければならない。
政治的な足の引っ張り合いも褒められたことではないが、直接的な攻撃に対しては、直接的な反撃のみが効果を発揮する。
それに、帝国軍が全滅したとしても、日本帝国には8492戦闘団がいるじゃないか。
そのように声高に主張する集団が、少なからぬ数で存在しており、統合参謀本部内をかき回していたのだ。
「日本反乱軍の航空機多数接近!あいつら、本当に戦争をする気だっ!」
レーダー担当士官が絶叫する。
日本帝国クーデター軍の放った空対艦誘導弾が探知される。
彼が絶叫するのも無理はない。
スクリーンを埋めるようにして大量の空中反応が現れているのだ。
おまけに攻撃部隊に同行しているAWACSの電波妨害、攻撃機が放つチャフの反応が入り乱れ、事実上長距離探知は無効化されている。
「全艦対空戦闘開始!全艦対空戦闘開始!本艦隊は強力な電波妨害を受けつつあり!攻撃自由!」
艦隊に対して大規模な航空攻撃をかけるというのは、要するに全面戦争の開始を宣言するに等しい。
日本帝国の反乱軍は、どうやら後先を考えずに派手に暴れたいらしい。
「戦術機発艦準備中止!全艦対空戦闘用意!」
対空戦闘の訓練も準備もない戦術機を出したところで役に立つとは思えないが、今は一発でも多くの砲弾を放ち、例え0.01%未満であっても迎撃率を上げるべき状況だ。
「護衛艦艇は直ちに前進!全艦対空戦闘始め!発砲自由!」
艦隊防空を担う巡洋艦たちが、駆逐艦を率いて空母から離れていく。
空母より前に出ることによって、彼女たちは誘導弾に捕捉される可能性が増えていく。
だが、空母の護衛艦艇とはそれこそがまさに任務である。
あらゆる技術、あらゆる装備、あらゆる犠牲を駆使し、空母を護る。
彼女たちの存在意義は、その一点に集約されている。
「艦隊到達まで後三分!」
既に艦隊司令部のやるべき仕事は無い。
放たれたミサイルは全てイージスシステムが捕捉しており、指揮下の艦艇は空母を守るべく行動を開始している。
問題は、どう考えても護衛艦艇たちの装備では攻撃を防ぎきれないという結果が出ていることだけだ。
「本土へ緊急連絡!核の使用許可を早くもらってくるんだ!艦隊が全滅してしまったら、合衆国はこの海域に対する発言力を失うぞ!」
反乱軍の誰もが失念している事がある。
いや、より正確には、この世界の軍人たち全てという表現でもいいだろう。
空母任務群とは、戦略単位の存在である。
それを殲滅しようとする行動には、当然ながら戦略的な意味での反撃が必要だ。
これがBETA相手では話が別だが、人間相手ならば、戦略的な反撃とは当然ながら核攻撃を意味する。
洋上艦隊が攻撃をうけているこの時、海中にいる原子力潜水艦たちは既に反撃の準備を進めつつあった。
「しかし艦長、どうして核攻撃を実施するのですか?」
SLBMの射出準備が進められる艦内で、副長は不思議そうに艦長に尋ねた。
彼は優秀な軍人だったが、政治家ではない。
クーデター軍に攻撃を受けているとはいえ、友好国に核弾頭を撃ちこむ意味が理解出来ないのだ。
「ナンバーワン。分かって聞いていないか?
テイトを蒸発させちまったら交渉のチャンネルがなくなってしまうじゃないか」
艦長は副長の質問を誤解していた。
彼は、何故数少ない人類領域に核弾頭を撃ちこむのかと尋ねたのだ。
だが、艦長は何故日本帝国の首都である帝都ではなく、厚木空軍基地に撃ちこむのかを尋ねているのかと勘違いをしたのだ。
当然のような表情で答える艦長に対し、副長は答えを聞いてなお理解できなかった。
そもそもが質問に答えていないし、第一どうして人類に対して核弾頭を撃ち込まないといけないのだろうか?
そんな事をしていられるほど、人類は暇ではなかったはずなのだが。
2002年1月3日木曜日20:15 日本近海 日本帝国軍8492戦闘団 新潟第二哨戒戦隊 旗艦イージスシステム搭載大型打撃護衛艦『やまと』CIC
「合衆国軍へ連絡、我、敵にあらず。敵対空脅威接近中、本艦隊は貴艦隊を援護する。
連続発信させろ、反乱軍の航空部隊は?」
薄暗い照明で照らし出されたCICの中で、戦隊司令官は尋ねた。
彼の周囲ではオペレーターたちが無言で任務に励んでいる。
「本土の防空システムが捕らえています。
千葉県上空にて空中集合を完了、長距離誘導弾を発射しつつこちらへ向けて進撃中。
敵現在位置をモニターに出します」
参謀として付けられたオペレーター上位機種が答え、巨大な主モニターに東京湾近辺の地図が映しだされる。
港湾局から受け取った民間船舶の現在位置、千葉県の主要な都市の位置、本土防衛軍の友軍基地も合わせて映しだされる。
「何が決起軍だ。民間船舶や住宅密集地を盾に、迷惑を無視して低空飛行か。
こんな事をする連中に大義とやらがあってたまるものか」
戦隊司令官は吐き捨てるように言い放ち、部下たちを見る。
事前にうけた説明によると、全員がロボットらしい。
確かに全員が無表情かつ同じ顔で、一言も発さずに任務に励んでいる。
彼女たちは基本的に無線で所属全艦艇、乗組員と情報連結されているらしい。
だが、長距離での撃墜を防ぐために住宅密集地や民間船舶上空を進む“決起軍”に比べれば、彼女たちのほうがよほど人間的だ。
「中距離対空警戒域に侵入次第迎撃を開始する。
全艦対空戦闘用意。警告は必要ない、出来る限り素早く済ませろ」
監視役としてこの艦隊に赴任するなり司令官に任命されたのは予想外だったが、帝国の不名誉を自らの手で潰せるのは良かったな。
そんな事を考えつつ、帝国海軍から監視役として8492戦闘団に配属されたこの大佐は、しっかり思想誘導されていることに気づかずにそう思った。
そんな彼が見守る中、モニター上の空中目標が著しく増加する。
つまり、反乱軍は空対艦誘導弾の一斉射撃を行ったわけだ。
「やってくれるじゃないか」
薄暗い照明で照らされたCIC内部では、反乱軍が遂に火蓋を切って落とした様が把握されている。
格納庫に死蔵されていた127機の攻撃機。
その全てにこれまた死蔵されていた4発の空対艦誘導弾を搭載して一斉にぶつけてくる。
こんな攻撃を受ければ、対人類の戦争など途絶えて久しい合衆国軍では対処できるはずもない。
巡洋艦も駆逐艦も、そして戦術機母艦もその搭載機も、いつかは訪れる将来はさておき、現時点では準備が出来ていない。
「だからこそ、今、我々の出番なわけだな」
艦隊司令官の率いる戦隊は、1隻の戦艦と4隻の巡洋艦、8隻の駆逐艦で構成されている。
このうちの戦艦と巡洋艦にはイージスシステムが搭載され、8隻の駆逐艦は弾庫どころか船体各所が誘導弾で埋め尽くされた自走ランチャーだ。
やまとに搭載された高速大型演算器を用いて戦隊全艦が情報連結され、迫る対空脅威を捕捉・殲滅する。
冷戦全盛期の合衆国海軍も満足の高性能ぶりだ。
この日この時この場所で活躍すべく用意された、まさに無駄の塊。
それが、唯一与えられた活躍の場で、行動を開始した。
「防空参謀、全艦対空戦闘用意。指揮を任せる」
薄暗い照明がともされたCICで、戦隊指令は防空参謀に指揮権を預けた。
全般の指揮ではなく、限られた局面を切り抜けるためには、専門の教育を受けた人間が最適である。
まともな艦隊司令部一式を“監視役”として依頼するとは気でも狂ったかと当時は思っていた。
だが、今考えるに、8492戦闘団の連中は、この事態を事前に想定していたのだろう。
だったら事前に防げと言いたいが、反乱を起こした組織の人間が、事実上外部の人間にそれを言ってはならない。
「防空参謀指揮を預かります。全艦対空戦闘用意、最大戦速即時待機」
指揮権を預かった彼は、素早く指揮を下し始めた。
亜音速で迫る航空機や誘導弾に対応するためには、1秒ですら長すぎる。
「全艦対空戦闘および最大戦速待機了解。
旗艦より全艦、対空戦闘用意、最大戦速即時待機となせ」
オペレーターたちが命令を復唱しつつ艦隊全体へ指示を行う。
艦隊を構成する全艦が無線封鎖を解除し、レーダーを発信し始める。
各艦の機関室では、最大戦速に備えて準備が進められていく。
「本艦対空戦闘準備、最大戦速即時待機。
ダメージコントロール班即応待機」
旗艦であっても例外ではない。
艦長が命じ、副長以下が復唱しつつこの巨大な戦艦の全ての乗員に防空戦闘準備を伝えていく。
「合衆国軍の盾になる、全艦横腹を見せろ。
全艦、進路090へ」
レーダー誘導弾は、基本的に最も電波反射の大きい標的を狙う。
それに対して最も反射が大きくなる横腹を晒すということは、合衆国海軍艦艇に変わってクーデター軍の攻撃を受け取ると宣言しているに等しい。
<<機関室、CIC、本艦最大戦速即時待機よろし>>
機関室より最大戦速の準備が整ったことを知らせる報告が入る。
ガスタービン機関を採用しているこの艦は、非常に優れた加速力を有している。
「防空参謀、よろしいか?」
艦長が確認を行う。
「問題ありません。旗艦より全艦、最大戦速となせ」
未だ合衆国軍艦艇の本土側に回りこめていない現在、この艦隊は全速を出す必要がある。
防空参謀からすれば当然の行動だ。
「了解、本艦最大戦速となせ!」
旗艦の防空システムが正常に動作していることをモニターで確認しつつ、艦長は危険極まりない命令を当然のように下した。
一秒でも早く合衆国軍艦艇の前に回りこもうとするという事は、一発でも多くの誘導弾を時間に引き受けようとするということだ。
だが、本作戦は全艦艇が撃沈されたとしても、合衆国軍艦艇の損害を最低限に抑えることが目的だ。
「最大せんそーく!」
独特の抑揚をつけた復唱があり、艦の奥底に備え付けられたガスタービンエンジンが全力運転を始めたことを知らせる振動が伝わってくる。
おそらく、上甲板に出れば耳を切り裂くような独特の金属音も聞こえているのだろう。
「敵軍は誘導弾を発射。敵誘導弾艦隊到達まであと二分」
既にレーダーマップ上の敵誘導弾の現在位置は、中距離防空域を突破しようとしていた。
民間人に対する被害を考えると中距離の迎撃も難しい以上、一撃全弾発射による近距離での迎撃でどこまで出来るかが試される。
「左舷副砲群射撃準備完了」
「左舷防空機関砲射撃準備完了」
「対空迎撃戦準備完了、全誘導弾発射準備完了」
五月雨式に報告が入り、艦配置図上の備砲やランチャーが発射準備体制を整えたことが表示される。
自慢の主砲は両角砲や誘導弾の発射を邪魔しないために使用できない。
だが、イージスシステムを搭載し、一個護衛艦隊並の速射砲と誘導弾を単艦で同時発射できるこの戦艦は、防空力には些かの不安も感じさせない。
彼女の指揮下にあるイージス艦やその他護衛艦艇が指示を受けて攻撃できる事を考えれば、不安を感じること自体が間違っているとも言える。
「手動では間に合わん、オートスペシャルでやらせろ」
防空参謀の判断は早かった。
呆れるほどに全ての情報を開示された彼は、自らが所属している艦隊の能力を全く疑っていなかった。
「全艦対空戦闘オートスペシャル」
防空参謀が全てをイージスシステムに任せるオートスペシャルを宣言し、終わりが始まった。
電波封鎖が解かれた現在、イージスシステムを搭載した各艦は戦隊全周へ向けてレーダー波を絶え間なく放射している。
やまとに搭載された高速演算器は、得られた全ての情報を受け取り、自分が何をすべきかを確認し続けていた。
そこに人間などという鈍足な生命体の手は介在されていない。
各艦のレーダーから入る情報がダイレクトに流れこみ、予め入力されているデータに基づいて判断されていく。
全てはゼロコンマの世界で高速に処理されている。
真方位270、レーダー反応あり。
数635、IFF反応は反乱軍、うち127は速度M1.1、航空機の可能性大。残る508は速力M2.1、空対艦誘導弾の可能性大。
対空迎撃戦許可済み、モードはオートスペシャル、全艦オートスペシャル移行済み。
同時発射弾数500発、次弾装填準備完了、各発射機へ目標分配完了、発射。