2001年12月8日土曜日07:00 日本帝国 佐渡島真野湾沿岸部 富林山跡地
<<8492戦闘団『い号海岸集団』は、北上しつつ堂林山跡地周辺へ前進。敵の抵抗は軽微。上陸海岸へのプラント設置に成功>>
<<弾岬に上陸した『ろ号海岸集団』は、南下しつつ内陸部への戦果拡張を続行。立ガ平山までの進撃に成功>>
<<弁天岬に上陸した『は号海岸集団』は、西進しつつ前進を継続せり。敵軍脅威は僅か。現在長安寺跡地まで前進。プラント設置に成功>>
<<藻浦岬へ接近中の『に号海岸集団』は、進撃を継続しあり。強襲上陸にあたり、敵軍脅威は皆無>>
<<い号、ろ号およびは号海岸上陸支援船舶班は、大陸方面のBETA増援部隊阻止に投入。艦隊戦力の合流完了まであと一時間二十分>>
たった五行だが、我が軍の圧倒的優位を示す報告に思わず口元が緩む。
暴風雨のような砲爆撃に支援されつつ東西南北全ての海岸へ強襲上陸を決行する我が軍に対して、BETAたちはあまりにも兵力が少なすぎた。
定期的に師団から連隊規模が出現するという現状から、彼らは総兵力に不足しているのではなく、判断を誤ったのだという事が容易に理解される。
強大な戦力を誇る侵略軍に対して、兵力の逐次投入は余りにも無意味である。
「全プラントは直ちに戦術機の増産に入れ。
中隊規模が組みあがり次第、各地の戦線に投入、前線を押し上げろ」
勝った!佐渡島編、完!
内心で絶叫しつつ、俺は出来る限り冷静に命令した。
プラントの敵陣付近への設置完了は、事実上の勝利を意味している。
銃剣から宇宙戦艦まで、何でも製造できるこの装置は、簡単に言えば五大湖工業地帯を圧縮して持ち運び可能にしているようなものである。
全時空世界の兵站将校の夢の結晶を持ち、さらに製造に必要な原材料は敵が運んできてくれる。
これだけのお膳立てをしてもらって、負けるはずが無い。
<<進めぇ!合衆国軍の力を見せ付けてやれ!>>
国連軍塗装のF-15が突撃砲を放ちつつ前進する。
今回の作戦に投入された国連軍の総数は、五個中隊編成の増強一個大隊である。
砲兵は無し、随伴歩兵もなし、支援車両部隊も無し。
純粋な戦術機甲大隊である。
さすがに補給コンテナはある程度持ち込んでいるが、それ以外はこちらの全面的な支援を前提とした部隊編成だ。
伊隅中隊はまあわかるが、それ以外も全て戦術機という脆い部隊を派遣して、連中は何がしたいんだ?
ああ、一応怪しげな歩兵中隊が一つあるが、あれは情報収集のための諜報部隊のようだし、戦力としては一切カウントできない。
既に勝手に出撃しているようだしな。
<<プリック2-4と2-8!そっちへ行ったぞ!>>
先頭を進む小隊の左翼方向から四体の要撃級が接近する。
人間の指揮する部隊が前進中という事で、彼ら周辺への砲撃は細心の注意を払った上で距離を開けて行われている。
その代償がこれだ。
人類史上最大規模の砲爆撃の支援を受けつつ、軍規模の戦力が前線を押し上げ続ける最中であっても、BETAの脅威は存在する。
まあ、あくまでも存在であって健在ではないところがポイントではあるが。
<<了解!プリック2-4、FOX2!>><<プリック2-8もFOX2!!>>
十分な距離を開け、二機のF-15が発砲。
要撃級たちは方向転換の最中に直撃弾を喰らい、横転しつつ絶命する。
「うん、合衆国軍もなかなかやるではないか」
派遣にいたる経緯は呆れてしまう様なものだったが、あれでなかなか真面目に仕事をしてくれるようだ。
それはそうか、と思い直す。
後方の会議室で陰謀をめぐらす上級将校たちにとっては、政治こそが自らの生命と未来を左右する問題である。
しかし、その駒として前線で戦う下士官兵たちにとっては、目の前の敵を出来る限り効率的に殲滅することが最大の問題だ。
経緯はどうあれ、戦場にやってきた以上、彼らは戦力の一つとしてカウントできるだけの価値がある。
<<帝国軍の支援をうまく使え!前方に要塞級八体!孤立しているぞ!>>
<<プリック2-5より帝国軍へ連絡!A16G27に孤立した要塞級八体、砲撃支援を要請する!座標データ送信中。迅速射撃で放り込んでくれ!>>
忙しなく発砲を繰り返す米軍機から砲撃支援要請が寄せられる。
もちろんの事ながら、友軍への支援を惜しむ理由は存在しない。
<<こちらは帝国軍8492戦闘団第七砲撃指揮所、コールサインはマイク・ワン・ファイヴ。砲撃支援を開始する。初弾は既に発射>>
バックアップのために即応体制にある砲兵からすぐさま回答が入る。
彼らは統合情報通報システムを通じてリアルタイムで状況を把握し続けており、座標が読み上げられた時点で初弾を発射したのだ。
<<本当かよ>>
プリック2-5、またの名を合衆国第一海兵師団第三海兵連隊第二戦術機甲大隊第一中隊第二小隊所属エミリア・ヘルナンデス少尉は呟いた。
砲撃支援要請をあげた途端に発射された初弾。
マイク・ワン・ファイヴはよほど練度の良い部隊に違いない。
<<こちらはプリック2-2!隊長機被弾!衛士生存も戦闘不能!後退する!>>
<<バチあたりのBETAどもめ!俺達の女神に何てことしやがる!>>
<<プリック2-1より2-6!通信前にコールサインを忘れるなと何度言ったらわかるんだ!>>
傍受している国連軍、いや合衆国軍は非常に賑やかだ。
大半が無人機である我が軍と比べると、その活気に溢れたやりとりが羨ましい。
まあ、その反面負けている時に気が滅入る悲鳴を聞かなくて良いという利点はあるのだけれども。
<<プリック2-5。弾着、今>>
苦笑しつつ機体を移動させている間にも、着弾箇所を確認するための白燐弾が大地へと、いや、要塞級の背中に命中する。
<<最高だ!マイク・ワン・ファイヴ、初弾命中!効力射をやってくれ!>>
通信機からは米軍衛士の歓声が聞こえてくる。
それはそうだろう、何しろ肉眼では観測できない相手に対して初弾命中だ。
<<了解プリック2-5、これより効力射を開始する。発射した。弾着まであと10カウント>>
それからの五分間、孤立した要塞級たちは正確無比な連隊規模の砲撃を浴び続けた。
まだまだ砲弾の備蓄はあるのだが、その五分で砲撃は終了した。
この世の全てを破壊するような砲撃を浴びて、全ての要塞級たちが内部の小型BETAごと殲滅されたからである。
2001年12月8日土曜日07:28 佐渡島ハイヴまで2km地点
<<誘導弾最終発射終了。全発射機は整備作業に入ります。
次回発射は二時間後を予定。以後は交互射撃>>
<<第一戦隊は主砲弾を射耗。第三戦隊と交代後、補給作業に入ります>>
圧倒的優位を作り出した誘導弾の発射が終了した。
無数のBETA師団や大隊を叩き潰し続けた頼もしい艦砲射撃も途絶えた。
後に残されたのは、揚陸を完了し前進を続ける陸上戦力のみである。
「敵残存兵力は総数でおよそ一個師団弱。実際には中隊規模が各地に点在するのみです。
閣下、可能な限りの兵力を前進させますか?」
後部座席から質問が投げかけられる。
戦術機に乗ってハイヴの最深部まで共に突撃できるようにしておいて正解だった。
やはり副官というものは必要だ。
まあ、今の場合の彼女の職務は、どちらかというと参謀長という表現が正しいが。
「いや、海岸堡と前線の連絡線維持に戦力を割り振っておけ。
それと、軍団規模のBETA増援に対しての逆襲部隊の組織も頼む」
明らかにオーバーキルな準備だが、どうせ起こるである今後の展開を考えれば十分ではないかもしれない。
何しろ、BETAという連中は、特に物量に関してはデタラメな勢力である。
「現在のところ増援は探知されておりませんが、よろしいのですね?」
申し訳程度に確認される。
これでいい。
この手間に見える再度の確認が、俺の頭に冷える時間を与えてくれる。
「読者の勘ってやつだよ。直ぐに取り掛かれ」
敵の増援がくれば良し。
こなければ朝鮮半島からの敵増援の防衛に回せばいい。
大切なのは、即座に前線へ投入可能な戦力の維持である。
「作戦全体に遅れはあるか?」
戦闘機動を取りつつ尋ねる。
モニターに映し出された25体の突撃級は、俺の護衛部隊の砲火を浴びつつも前進を継続する。
一体が突撃砲の集中砲火を受け、別の三体が電磁投射砲の直撃を受けて蜂の巣にされる。
至近距離からの成型炸薬弾頭誘導弾を浴びせられた十体が頭部を消滅させられ、再度実施された一斉射撃で残る全てが撃破される。
我々はオリジナルハイブへ独力で突入する事を前提として作り上げられた軍隊だ。
大隊単位で固まっている今、ただのハイヴ攻略戦、それも野戦などでやられる事などありえない。
まあ、やりすぎはBETAたちの学習を促しかねないので自重しているが。
「ろ号海岸集団ハイヴ周辺へ到着、出現中のBETA一個大隊と戦闘開始」
おやおや、どうやら既にハイヴの目の前まで到達していたらしい。
付近を進撃中だった全部隊が報告を入れてくる。
内容は全て同じ。
敵軍ノ抵抗微弱、作戦遂行ニ支障無シ。
佐渡島奪還作戦は、最終段階へと移行した。
「敵軍の抵抗は軽微。ハイヴ周辺の安全確保。
現在強襲型ガンタンク大隊による周辺地域の掃討を実施中」
ガンタンクはこういった平地での戦闘では大変役に立つ。
平面ながらも機動戦闘が行える強襲型は特にである。
地球連邦軍とジオン公国軍が激突するオデッサで、ザクやグフ、それにドムやダブデ相手に奮闘できただけはある。
彼らは四本のキャタピラを用い、特殊機構を用いて姿勢を変えつつ駆け抜けた。
ある時は肩に担いだ220mm砲で要塞級を射殺した。
ある時は腕の連装機関砲で要撃級をなぎ払った。
群がる戦車級は、機関砲の脇に取り付けた巨大な火炎放射器で焼き尽くした。
離れた位置の敵集団へ、間接照準で腰のMLRSを叩き込み、またある時は直接照準にて多連装ロケットを用いて正面からなぎ払った。
「やるじゃないか、ガンターンク」
嬉しそうに俺が呟いてしまったとして、それを咎める者はいないだろう。
戦術機並みの多彩な装備、戦闘車両ならではの重装備。
この機体は、その二つを兼ね備えている。
恐らく帝国技術廠あたりは「中途半端な機体だ!」と顔を真っ赤にして貶してくるだろう。
あるいは「ハイヴでの戦闘において三次元機動が取れない機体に意味は無い」と正論を言ってくるかもしれない。
いいんだよ、趣味なんだから。
そして、この趣味は現実に役に立っているのだから問題はない。
見ていて下さい、アリーネ・ネイズン技術中尉殿。
人類は、ガンタンクがあったから大陸で勝てたんだと、全世界の教本に書かせてやりますよ。
「大陸方面の増援と思われる師団規模のBETA複数出現予定。
出現まで二分、全部隊警戒せよ。座標データ受信中」
思考が脱線していた俺を叱るように報告が入る。
戦術モニター上の複数個所に敵軍の出現予測地点が表示されるが、有人部隊および海岸堡付近はなし。
ならば捨て置いてよかろう。
「確認が出来ていない先発隊がいたのか。
プラントは更に増産を実施、備蓄は考えなくてよろしい。クレートがあるだけ増援を生産せよ」
BETAと我々、どちらが先に息切れするかのチキンレースだ。
長距離砲撃および艦砲射撃が途切れた今、人類が頼ることを許された手段は、8492戦闘団の無尽蔵に見える増援だけである。
俺はこの島に押し寄せた人間の生命を護るため、出来る限りの事をしなければならない。
「堂林山跡地に二個師団規模のBETA増援を確認!」
「立ガ平山周辺に三個師団規模のBETA増援出現!なおも増加中!」
「長安寺跡地に一個師団規模のBETA出現!」
「に号海岸周辺に一個師団規模のBETA出現!増援流入は止まらず現在も増加中!!」
やれやれ、人にどうこう言える立場ではないが、とにかくチートとしか言いようの無い増援部隊が現れ始めた。
だが、軍規模の増援程度で諦める俺達じゃない。
軍集団規模複数が現れない限りは無理を通す、俺達特攻野郎8492戦闘団である。
親愛なる空軍指揮官ルーデル様の近接航空支援だけは勘弁な。
ああ、そうか。
彼を戦術機にも最適化された状態で召喚してしまえばいいのか。
善は急げと昔の偉い人も言っていたし、知る限りのエースを呼び出してしまおう。
今回は愚直なゴリ押しでなんとでもなるが、来週以降は機動戦闘を行わないとハイヴへ突入は出来なくなるだろうからな。
「8492戦闘団団長より作戦に参加する全部隊へ。
ここが正念場である。
人類は各員の奮闘に期待する。以上だ」
作戦参加部隊数から見れば異常なほど少ない人間達に対して呼びかけを行う。
我が軍からの情報提供を受けている以上、彼らもそれほど動揺はしていないだろう。
「第二師団は全部隊が戦闘状態に突入、現在ハイヴ周辺地域の制圧を実施中」
「に号海岸の確保終了。現在地上部隊の支援を受けつつ上陸部隊が接岸中」
「ハイヴに突入した第一師団は既に一個大隊を喪失。
師団独力による最深部突入には、あと四個連隊の増援が必要な模様」
増援を送る事は吝かではないが、一個師団に対して四個連隊の増援とは、つまり合計二個師団の投入を意味しているのではないか?
まあ、我が軍に関して言えば、損害はいくらでも出て良い。
今回持ち込んだ全部隊が一兵も残さず全滅したとしても、倍以上の戦力を作り出せるだけのクレートが手に入る目算となっている。
「第二師団先発隊第701戦術機甲大隊は佐渡島ハイヴへ突入を開始。
702から709大隊は順次後続」
「ハイヴ周辺にBETA一個師団規模の増援を確認。光線級五百体以上を確認」
「全プラント全力運転を開始、現在二個戦術機甲連隊を増産」
「強襲型ガンタンク大隊は師団規模へ増産。ハイヴ主縦口周辺の征圧戦闘へ投入」
「第十六戦術機甲師団は編成を完了。ハイヴ周辺の征圧を目的とした進撃中。
目標地点到達まであと五分」
「新潟沿岸より第六師団離岸。ビッグトレー級を基幹とする水陸両用ホバー艦隊と共に移動中。
到着予定時刻修正」
作戦は順調に推移している。
幸いな事に、BETAたちは一個軍団規模の増援しか現れていない。
日本帝国軍および国連軍、合衆国軍は、足を若干引っ張るものの作戦遂行の邪魔にはなっていない。
非常に好ましい状況であると言えよう。
そんな思いを抱いた瞬間、俺の油断を責めるように嫌な報告が入る。
「警報、佐渡島全域にBETA増援出現。軍団規模。なおも増加中」
手段は全く理解できないが、とにかくBETAたちは佐渡島全域に、呆れるような数の増援を出現させた。
作戦図上の佐渡島が、次々と赤く染まっていく。
推定二個軍団規模以上。
どこに隠していたかはさておき、無理ゲーの世界である。
こちらが常識の範囲内であったならば、であるが。
「まったく、このままじゃあ重みに耐えかねて佐渡島が沈んじまうぞ」
呆れを隠し切れない声音でコンソールを操作する。
まさか不足が生じるなどとは思ってもみなかったのだが、残念ながらこのままでは押し負けてしまう。
五個戦術機甲師団、二個独立砲兵師団、三個戦艦戦隊。
あとは海底を進む連中のためにもう少しばかり潜水艦隊を拡張しておこう。
各上陸海岸を基点に、赤く染まった地域が青に染め直され始める。
さあ、楽しい楽しい塗り絵ゲームのはじまりはじまり。
「押し負けるんじゃないぞ、既にハイヴに人間が突入しているんだからな」
前人未到の地獄へ突入した衛士たちに対して、チートの限りを尽くす我々の支援に不足があってはならない。
佐渡島ハイヴ入り口から突入部隊までの間は、更なる増援で満たされた。
2001年12月8日土曜日07:48 佐渡島ハイヴ西方15km地点
「見つけたぞ!あのでかい戦車だ!」
本来であれば広大な大陸で使用するような大規模戦力がぶつかり合っている中、それとは全く関係の無い行動を取っている集団があった。
国連軍として増援に訪れ、勝手気ままな戦術行動を取っていたとある歩兵中隊である。
二機の戦術機、三両の装甲車と十五台の輸送車両に分乗した合衆国特殊部隊の一同は、各坐した強襲型ガンタンクの一両に接近しつつあった。
彼らの任務は、謎の多い8492戦闘団の持つ兵器について、可能な限り実物のサンプルを収集する事である。
「周辺状況は?」
この部隊を率いる少佐は、装甲車に偽装した通信指揮車の中で部下に尋ねた。
8492戦闘団の内部で使用されている通信は結局傍受しても解読が出来なかった。
だが、別に一般的な情報は問い合わせれば教えてもらえる。
BETAの状況、ハイヴ突入部隊の安否、現在位置で支援を受けられる友軍部隊。
入手可能な情報は異常だった。
一般の帝国軍はどうだかわからないが、8492戦闘団とは一つのネットワークとして確立している。
国連軍少佐というゲストIDを与えられたが、提供される情報は従来の軍隊では考えられない密度と使い勝手である。
「BETAの大規模な増援に対し、帝国軍はそれに匹敵する増援をどこかから出したようです。
日本本土からも例のホバークラフトの化け物が一個師団を載せてこちらへ移動中。
どうやら、あの陸の戦艦をこの島にも展開させるようです。
ハイヴ突入部隊は既に二個大隊が全滅の模様。なお、我が軍の部隊は損害無し。
この周辺は既に帝国軍の完全な支配下にあるようです」
彼らは特に通信量が多い、つまり激戦地の付近を捜索していた。
何かあればすぐさま増援が飛んでくるということは、つまり全域が監視されているという事である。
その程度のことは彼らも十分承知していたが、変更が無い以上、与えられた任務を実行しなければならないのが宮仕えの悲しさである。
特殊部隊としてそれなりの待遇を受けている以上、出来ないならば出来ないなりの状況下での最大限の戦果を求められてしまう。
良くて拘束の上機材を没収して国外追放、悪くすれば事故に見せかけて皆殺し。
もっと悪ければ、こんな中途半端な戦力でBETAと遭遇し、援護を受けられずに全滅だろう。
この島全土を管理下におき、異常な数の部隊を自在に動かし、見たことも無い強力な新兵器を運用する8492戦闘団が相手である。
彼らを出し抜き、損害を最低限に抑え、稼動状態の戦術機を確保、一週間後に来訪する友軍艦隊にそれを極秘裏に引渡し、本国へ帰還する。
そんな夢物語が実現できるはずが無い。
「まったく、ペンタゴンの将軍達はまともな命令の出し方すら忘れてしまったらしいな」
不可能な場合には機材を撤収し、撤退せよ。
たったそれだけの一文が、命令書には記載されていなかったのだ。
まあ、完璧な書式で書かれてはいるものの、一部手書きで修正が施された命令書が来た時点でこの作戦がいかに無茶苦茶であるかがわかる。
人員と機材の確保を最優先するあまり、どこかでその点についてが抜け落ちてしまっているのだろう。
少佐がボヤいている間にも、彼の率いる部隊は目標地点へと到達した。
戦術機と装甲車が周辺を警戒し、輸送車両から降りた隊員たちが巨大戦車に取り付いていく。
「ハリボテ急げ!」
光学的な手段での偵察を防ぐために、天幕や岩に似せた巨大なセットが組み立てられていく。
解体作業が終わるまでの間、彼らはこの巨大戦車を隠しておかなければならない。
既に監視されているのであれば無意味だが、その可能性をここで考えても他に取るべき道が無い。
「コクピットの装甲排除開始」
溶接機を持った工兵たちが取り付き、巨大戦車の心臓部分を暴こうと作業を開始する。
別の工兵たちはキャタピラ部分の記録と破壊を始める。
自走機能が残っていた場合、極めて厄介な事になるからである。
さらに別の工兵たちは、アンテナやそれらしき部分を破壊する。
通信機能が残っていれば、これもまた厄介な事になる。
『未許可の解体作業を感知。僚機および本部への問い合わせ中』
蹂躙が始まった瞬間から、巨大な戦車、つまり強襲型ガンタンク284号機のコクピットには警報が表示されていた。
無人機ではあるが、人間が乗る可能性も考慮されているこの機体は、一応搭乗者に情報を提供する機能を有している。
だが、乗員はおらず、搭載AIは拡声器で工作員相手に語りかける必要性など考えてもいなかった。
「えらく固いですな」
とりあえずで小銃を持っている大尉が少佐に話しかける。
兵士級や闘士級以外では強引な自決にしか使えないそれは、重火器を気軽に担げない装備の兵士達にとって気休め程度の意味しかない。
「そうだな。我が軍の主力戦車でも、もう少し簡単に切り裂けるはずだ」
異常に時間がかかっている溶断作業を眺めていた少佐は、ここが戦場であるとは思えないほどに弛緩した声で答えた。
帝国軍からの情報では、この近辺にBETAの存在は確認されていないらしい。
おまけに、異常に精度の高い彼らの出現予測情報でもこのあたりは安全らしい。
そうとなれば、この時間がかかりそうな作業の間ずっと気を張り詰めるわけにはいかない。
目の前に突然BETAが出現しても対応できるだけの警戒心を維持したまま、彼は作業を眺め続けていた。
『重要:外部アンテナ物理破損。内部アンテナは通信妨害により使用不可。
緊急:非友好的勢力による機体情報の奪取の可能性 大
緊急:ESDS動作チェックの必要性 大
緊急:情報保全処置の実行の必要性 大
緊急:全周波数によるESDS作動直前情報の送信の必要性 大』
少佐が部下と言葉を交わしている間にも、強襲型ガンタンクのコクピットに表示される情報は更新され続けている。
そのどれもが見た者に不吉な予感を覚えさせる内容だ。
「戦車内部より未知の暗号形式による通信を感知。凄い出力です!」
状況を監視させていた技師が叫ぶ。
恐らく、機体に搭載されたコンピュータが現状を認識し、通報しようとしているのだろう。
その程度の機密保持手段は、どこでもつけているはずだ。
慌て始める技師たちを見つつ、少佐は内心で勝手に納得していた。
「危ない危ない。こんな事もあろうかと、電波遮断材を多重構造にしておいてよかったな」
少佐と同じく落ち着いた様子だった工兵大尉が呟く。
万が一パイロットが搭乗しており、救援を求めようとしてもそれを阻止するための手段を彼らは考えていた。
このハリボテの中にいる限り、電波暗室の中にいるのと同じ状況になるのだ。
その事をよく理解しており、有線で繋がれた外部からのモニター機器の計測情報を見た彼らは直ぐに統制を取り戻した。
しかし、彼らは安堵などしてはいけなかったのだ。
『応答信号無し。敵性勢力による妨害工作の可能性大。情報保全措置開始』
モニターにESDSという表示が灯る。
Emergency Self-Destruction System、緊急自爆装置が作動したのである。
『警報:緊急自爆装置作動。本機は30秒後に機密保持処置を実行しました
重要:エンジン出力最大 自動運転
重要:全弾頭安全装置解除 再設定不可能
重要:全記憶領域削除開始 停止不可能』
「おい!エンジンが動き出したぞ!残りの間接も全部潰せ!」
無人機と聞いていたが、誰か乗っていたのだろうか?
今更悪あがきを始めたところで手遅れなのだが、どうにも嫌な予感がする。
少佐は部下達に作業を急ぐよう口を開こうとした。
しかしながら、そこから先の展開は早すぎた。
「固定具が切れました!コクピット開きます!」
「構え!」
『削除完了。ESDS作動』
その瞬間、全員の視界が白く染まり、続いて押し寄せた炎と爆風が全てを焼き尽くしつつ周囲へと広がっていく。
遮蔽物に過ぎないハリボテは、まるで膨らましすぎた風船のように内部から破裂した。
内部からは機材、人体、機体の残骸が超高温の炎と共に周囲へと広がる。
周辺警戒に当たっていた歩兵達は一瞬で絶命し、次いで近くにいた輸送車両たちが誘爆しつつ吹き飛ばされる。
やや距離を置いて周辺警戒に当たっていた装甲車たちは、後ろからの不意打ちに襲われた。
ハッチを空けていた二両はそのまま車内を焼き尽くされ、搭載弾薬が誘爆したために砲塔が吹き飛んだ。
残る一両は指揮車のためにハッチを開けておらず、無防備に焼かれることだけは無かった。
だが、爆発と共に周囲に撒き散らされた火炎放射器の燃料が車体全面に付着してはどうしようもない。
強襲型ガンタンクの持つ火炎放射器は、人間が一人で持つものとは違う。
その破壊力は、ジオン公国軍の主力戦車マゼラアタックを、一秒程度の照射で破壊するほどの破壊力を持っている。
この当時車内にいた六名の兵士達は、空気に触れただけで皮膚が火傷を起こすほど加熱された車内で、全員が酸欠を起こして死亡した。
「被弾しt!?」
更に外側で警戒に当たっていた二機の戦術機は悲惨であった。
突然の背後からの爆発。
それは構造的に前後からの衝撃に弱い二足歩行型兵器の弱点を突いた。
一機は、驚きの言葉を言い終えることすらできなかった。
赤熱するほどに過熱され、さらに爆発の衝撃で音速近くまでに達していた重量500kgあまりの残骸は、徹甲弾と大差ない存在である。
爆風に吹き飛ばされて飛来したそれは、哀れなF-15のコクピットブロックを背中から打ち抜き、そして機体は爆風で押されるがままに転倒した。
「クソ!緊急回避!誰か聞こえるか!?」
もう一機は同僚に比べ、運と技量に恵まれていた。
彼は爆発が発生した事を知覚し、回避行動を取る事ができたのだ。
しかし、彼に何かが出来たのはそこまでだった。
全身を揺さぶる衝撃、金属がこすれる音、衝撃、何かが砕ける音、衝撃。
まるで彼を殺すとするかのように衝撃と不吉な音が連鎖する。
「何だ!?」
驚愕しつつも彼は周辺の状況を確認しようとした。
しかし、それは叶わない。
緊急回避行動を取った彼の愛機は、機体側面に無数の金属片が命中し、今まさに全機能を停止したからである。
「畜生、なんだって言うんだよ」
緊急脱出装置すら作動しない機体の中で、彼は悔しげに呟いた。
そんな彼に対する答えは当然無く、だが、不気味に振動する地面が彼に人生最後のときが迫っている事を知らせようとしていた。
2001年12月8日土曜日08:02 佐渡島ハイヴ主縦口前 突入部隊指揮所
「全滅したか」
突入前最後のメンテナンスを受けつつ、俺は先ほど全滅した合衆国部隊の最後を聞いていた。
各坐した機体を鹵獲しようとし、自爆に巻き込まれたらしい。
直後に周辺にBETAの小集団が出現し、無線に応答が無いことから全滅と判断され、二個大隊規模の砲撃に巻き込まれる。
相手が人間である事から救援部隊は派遣されたが、生存者は一人も発見されなかったらしい。
もっとも、事前に申告されていた人数が正確であるかが分からない事、救援部隊到着を素直に待っているはずが無い事から、本当に全滅したかは不明だが。
「まあそれはいいか。さすがに文句をつけてくるはずも無いだろうからな」
ちょっとちょっと日本帝国軍さん。
そっちが国土奪還のために激戦をしている戦場に勝手に送り込んで勝手に行動させてもらっていた合衆国諜報部隊が全滅したんだが、これは君達の謀略か何かじゃないのかね?
断固抗議させてもらうし、謝罪と賠償か、それが無理なら埋め合わせに見合う極秘技術情報や戦略物資を要求する!
こんな文句を付けてくる相手がいたとしたら、俺はそいつを高効率教育訓練センターに外の時間で言うところの一年間放り込んでみっちりと教育してやる。
「突入部隊、準備できました。先発の第一師団は残存兵力一個大隊。後続の第二師団も残り一個連隊を残すばかりです。
現在当方の残存部隊および帝国軍一個大隊、国連軍一個小隊を護衛しつつ地下254mの広間にて交戦中。
経路確保の第三および第十七師団はいずれも一個連隊を失うも、戦闘能力は維持しています」
師団総員戦術機という狂った編成がこのときだけは役に立つ。
戦車も自走砲も、ハイヴの中では活躍のさせようが無い。
増援として三個戦術機甲師団、つまり十二個戦術機甲連隊(1,296機)の増援だ。
それに加え、途中の広間に二個機械化戦闘工兵連隊と一個戦車大隊に二個自走高射機関砲大隊で防衛されたプラントを設置する。
途中経路には合計で二個師団弱の戦術機が展開しており、地上にはそれ以上の部隊が連絡線確保のために蠢いている。
いくらBETAが今回非常識な増援部隊を出してきているとはいえ、これだけあればさすがに落ちるだろう。
しかし、必要とはいえ非効率的極まりない戦争だな。