2001年11月26日月曜日13:52 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 作戦司令室
「以上が佐渡島奪還作戦の概要です。
細かい部分はお送りした資料をご覧下さい。何かご質問は?」
自慢の巨大モニターに映し出された日本帝国本土防衛軍の一同を見つつ、俺は自信満々にそう尋ねた。
今回の作戦のために、俺は不眠不休の努力で部隊を生産し続けていた。
無数の師団、艦艇、巡航誘導弾、その他兵站物資。
新潟県内から数多くの民間人を避難誘導し、さらに彼らに大量の物資を分け与え、インフラを提供し、その上でこれだ。
全く、神様に感謝しないとな。
「質問ね、どこからすればいいのかな?」
第十四師団師団長閣下が表情を目だけを笑わせつつ重苦しい声で尋ねてくる。
初めて会うまでは老練な政治家をイメージしていたのだが、彼は俺のイメージを全力で肯定する外見をしている。
今までの行動から考えるに、帝国の利益になる事をしている範囲では彼はとても頼りになるだろう。
「ご質問の意味がわかりかねますが、お送りした資料に記載の戦力の内容についてお尋ねでしょうか?」
聞かれるであろう事は予め検討をつけてはいたが、一応確認を取る。
「わかっているのならば、もう少しばかり説明してくれんかね?
君たちの持つ戦力を本来であれば疑えるはずも無いのだが、それにしてもこれはね」
困ったお人だ。
本人は全く疑っていないにもかかわらず、疑いを捨てきれない周囲のためにあえて質問をしてくれるとはな。
「全ては資料に記載されているままです。
洋上艦隊は戦艦八隻、重巡洋艦十八隻、軽巡洋艦二十隻、および駆逐艦三十隻。
これに上陸支援のための対地攻撃艦五十隻と九十隻の強襲揚陸艦、および八十隻の戦術機母艦が加わります」
モニターの向こうからは溜息や苦笑が聞こえてくる。
俺は彼らよりも更に巨大な戦力を持っていると伝えているのだ。
信じられないのは無理も無いが、ここはなんとしても信じてもらわなければならない。
何しろ、俺は本当にその戦力を持っているのだから。
「我が国には論より証拠という言葉がありましたね。
証拠をお見せしましょう。というよりも、皆様のお手元に間もなく届くはずですよ」
本土防衛軍がよほど腑抜けていない限り、俺の言葉は直ぐに現実になるはずだ。
「失礼します!」
「なんだね?今は会議中だぞ?」
「実は」
モニターの向こうから突然入室してきたらしい伝令の言葉と、それを咎めようとして次第に小さくなっていく将軍たちの言葉が聞こえてくる。
なるほど、本土防衛軍はやはり腑抜けていなかったらしい。
実に喜ばしい事だ。
「今新潟へ攻め寄せている艦隊、あれは君の言っていたものだね?」
にこやかな笑みを浮かべた第十四師団長が質問というよりは確認をする意味で尋ねてくる。
そう、日本帝国本土防衛軍第8492戦闘団上陸支援船舶隊は、その総力を投入して着上陸演習を実施していたのだ。
「君があれだけの戦力をどこから持ってきたのか。それは残念な事に我々には知る権限が無い。
しかし、その戦力を我々に貸してくれるという事は手元の書類から知ることができた」
この作戦会議には彼よりも位の高い将官が参加しているのだが、どうやら話をまとめるのは彼の仕事のようだ。
なかなかどうして、素晴らしい政治力を持っているようだな。
「当方の戦力は全てすり潰すつもりで投入して頂いて構いません。
艦隊も、軍団も、もちろん保有する物資もです」
一番損害の出る第一陣をこちらが勤めれば、日本人の損害は最低限に抑えることができる。
これは彼らにとって百万の礼の言葉を並べ立てても感謝の意を伝えきれないほどの事だろう。
まあ、彼らのプライドに対してはとても申し訳ないが。
「この長距離巡航誘導弾というのは何かね?」
ようやく質問するつもりになったらしい。
別の将軍が書類片手に尋ねてくる。
「新潟防備要塞から発射される対地誘導弾です。
今回は必要ありませんが、目的地を設定すれば朝鮮ハイヴまで届く素敵な兵器ですよ」
モニターの向こうからは再び失笑が聞こえてくる。
そうだろうな。
ただの長距離ミサイルが通用する相手ならば、人類はここまで苦労していない。
「炸薬量450kg、同時発射数100万発、そして高度100m以下をマッハ2.0で駆け抜ける。
衛星からの誘導と、搭載された慣性誘導装置から得られたデータをマップと重ね合わせて自動で目的地へ飛び込んでいく。そんな兵器です」
失笑が途絶える。
俺の言っている誘導弾とは、飛行速度を向上させ、同時発射数を増大させる事によって確実に着弾するように設計された兵器だ。
つまり、それは人類が再びBETAに対して空爆を行えるようになった事を意味する。
「そっそれはつまり!?」
一人の佐官が絶叫しつつ勝手に起立した。
視線を向けると彼の顔の下に所属と名前が現れる。
平賀透、帝国技術廠の少佐相当官らしい。
顔を突き合せない会議っていうのはどうにも好きになれないが、こういうところは便利でいいな。
「敵が百発百中の砲百門を持っているのならば、こちらは千百発を撃ち込んでやればいい。
簡単な引き算の問題ですよ」
複数のイージス艦を持つ合衆国を撃滅するためにソ連軍軍人たちが考え出した手段である。
それに見合うだけの軍事組織を維持することは、技術的な面もあるが主に金銭的な意味で大変に難しい。
結果として(決してそれだけが原因ではないが)ソ連は破産してしまった。
しかし、俺は金銭が必要ない異常な組織を率いている。
システムが必要とするだけの情報を与えられれば、そして必要な量のクレートが手に入れば、俺はなんだって手に入る。
「物量には物量を、できるかできないかはともかく、基本ではあるな」
別の将軍が口を開く。
物量に対抗できるものは、智謀でも友情でも勇気でも愛でも正義でもない。
敵軍より勝る物量だけである。
まあ、もちろん何事にも前提条件や例外は存在する。
しかし、二人に一人で勝ち、三人の歩兵に一台の戦車で勝利できたからといって、百万の軍勢を一万の兵力で撃破できると思ってはいけない。
「五分前の報告では、既にランチャーは九万八千基の設置が完了しています。
本日中には残る二千基の設置も終わりますので、明日にも作戦が開始できます」
新潟要塞群は、十万基の十連装巡航誘導弾発射機と弾薬庫を最大の防衛目標としている。
これは遠く中国沿岸部まで届く強力な矛であり、後に控える「ぼくのかんがえたおうかさくせん」をより成功しやすい状況へと導く武器の一つだ。
もちろん本土防衛も重要な任務であるし、日本帝国の現状は寸土たりとも失うわけにはいかないのだから真面目に建設している。
各要塞および火力陣地は相互に支援できる体制を整えているし、陸上戦艦から構成される陸上機動艦隊は、全ての要塞が陥落しても本土を守ることができる。
だが、鉄壁の防衛線を敷くとして、反撃を可能にしてはいけないというわけではなかろう?
「帝国軍も動員できる形で何時開始できるかは未定ですが、時間は我々の味方です。
時間が立てば経つほど、我々は有利な状況で作戦を開始できますよ」
俺はカメラに向かって微笑んだ。
控えめに言っても傲慢極まりない態度だったはずなのだが、何故かカメラの向こうの将軍たちは沈黙を続けていた。
2001年11月28日水曜日13:00 日本帝国 新潟県 新潟港
「ありのままに起こった事を言うぜ」
エンジン音も高らかに、一両の戦車が俺の横を通過する。
「俺は本土防衛軍の将軍たちの名誉を守れる形で共同作戦を提案した」
保有する部隊数の関係から恐ろしく長い名前となってしまった戦術機甲中隊が、必要な装備を手に駆け足で戦術機空母へと乗り込んでいく。
「と思ったら、独力での佐渡島奪還作戦をする事となった」
補給コンテナを満載したトラックの縦隊が渋滞を起こしている。
うん、面白くないね。
「保身とか捨て駒とか、そんなチャチなものじゃない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ」
新潟の防衛をおろそかにしない範囲であれば、何をやっても構わん。
座長である本土防衛軍大将閣下は、俺の説明会が終わるとおもむろにそう告げた。
日本帝国軍には、もはや佐渡島を攻める余力は残っていない。
「ということにしておくわけだな」
多数の、いや、無数のパンジャンドラムたちが、次から次へと絶える事無くクレーンで揚陸艦へと運び込まれている。
改めて説明する必要は無いかもしれないが、我々日本帝国本土防衛軍第8492戦闘団は、このたび独力での佐渡島奪還作戦を命じられた。
天狗の鼻っ柱を折るついでに過剰すぎるこちらの戦力を削ろうというのか、それとも最後の最後で現れて、漁夫の利を得ようというのか。
衛星からの監視情報を見たところではどうやら後者の様だが、後ろから撃つのだけは勘弁して欲しいな。
何はともあれ、我々は行動を行う許可を得た。
要塞地帯と四個師団、地上艦隊を新潟に残す事を条件としてだが。
おまけに、何故か一個師団を北海道と九州へ貼り付ける事も求められた。
今回の軍事行動で佐渡島のBETAたちが本土への移動を開始した場合の備えが欲しかったらしい。
「別に師団といわず一個軍単位でも構いませんよ」
そのように告げた時の彼らの目は見事なまでに丸かった事を覚えている。
「第八戦術機甲師団進発準備完了。予定より十五分早く終わりました。
第九および第十戦術機甲師団収容作業中ですが、予定スケジュールに遅れなし」
傍らを歩くオペ子が抑揚の無い声で報告する。
大抵の要員にはわざわざ名前をつけていないが、彼女は特別だ。
何しろ、俺の直属の副官として必要があれば最前線へも同行してもらわなければならない。
耐衝撃筐体の採用、多目的高速演算装置への換装、高出力アクチュエーターを搭載した上にFCSまで取り付けてある。
まさに俺専用機だ。
しかし、それで練りに練った名前がオペ子というのもどうかと思うがな。
やはりカフェインの錠剤だけで意識を保ちながら物事を考えてはいけないということだな。
「次は第十師団を見に行くぞ。
しかし、壮観だな」
現在も収容作業が続けられている新潟港を見つつ、俺は思わず呟いた。
今回の作戦に参加する十八個師団および艦艇296隻。
既に積載を終えて海上で停泊中の部隊も多くいるが、とにかくとんでもない数だ。
戦術機だけでも5832機。
これに支援車両や艦艇、それらを支える物資。
そんな非常識な大軍が、一部直接出現させたものもあるが積載作業を実施している。
「第十七師団生産完了。新潟港に向けて移動を開始」
順調に進んでいるようだな。
AIたちは基本的に有能で、物理的な問題以外は何とか自分たちで解決してくれる。
しかし、俺が半径500m圏内にいると、不可能を可能に変えるレベルまで行動が最適化されるのだ。
そういうわけで、俺は一番時間がかかる積載作業に立ち会っている。
それはともかく、このような状況だと、俺はその作戦が重要であればあるほど、最前線に行く必要があるな。
困った事だ。
2001年11月28日水曜日13:00 日本帝国 新潟県 某山中
「どうなってるんだ?」
強行偵察を命じられたこの歩兵部隊の小隊長は、双眼鏡から見える光景が信じられなかった。
細部までは見えないが、新潟港では明らかに巨大な戦力が出師準備を進めている。
最低でも1000機以上の戦術機たちが、見た事も無い形の揚陸艦へと乗り込んでいく。
沖合いには同じような揚陸艦が何隻も停泊しており、さらに艦型が不明の戦艦やその他艦艇が遊弋している。
それだけでも十分すぎるほどに異常なのだが、それよりもおかしいものがある。
「小隊長、ありゃあいったい」
歴戦の軍曹であるはずの部下が尋ねてくる。
彼の視界の先にあるものは、なるほど、理解不能な物体である。
一言で言うと、それは戦艦だった。
巨大な三連砲塔、分厚い装甲。
そこまではいい。
しかし、それらを兼ね備えた構造物が、陸上を突き進んでいることは感心できない。
おまけに一つではない。
同じものが四隻も居る。
それに、それらに囲まれているあれはなんだ?
巨大な、あまりにも巨大すぎる三連砲塔。
戦術機母艦のような甲板を複数持ち、下手な巡洋艦より巨大な足で大地を踏みしめている。
「小隊長、多分我々がここにいることはバレてますよ。
撤退しましょう」
不安そうな軍曹が進言する
言われるまでもなく、小隊長は撤退するつもりだった。
艦艇に積み込まれているあの戦力は、どう考えても揚陸作戦へと投入されるだろう。
彼らが今から下船して本土内部へ向かおうとするとは思えない。
あの理解不能な陸上艦隊たちも、まさか山地を抜けることができるとは思えない。
8492部隊の監視役としての任務はこれで十分なはずだ。