2001年11月12日月曜日 15:00 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 第四会議室
「まず、国連軍を騙ったことを謝罪させて頂きます」
太平洋沿岸各地に設けられた国連軍基地がテレビ会議システムで結ばれた会議室の中心で、俺は謝罪から始めた。
色々と事情があるにせよ、俺は所属を偽った。
別に軍隊に限った話ではないが、所属や階級を偽る事は重罪である。
特に、それが公的機関や信用を第一にする職業の場合は尚更だ。
「そこは素直に認めるのだな?まあ、我々としてはそのような事はどうでも良い。
むしろ、結果として日本帝国の対国連感情を好転させてくれた事については感謝している」
それはそうだろう。
一個軍団規模のBETAが襲来するという国難において、国連軍の旗を掲げた一個軍団が支援をしてくれれば感謝をしない国家などありえない。
さらに、日本帝国は俺がどのような人物かという情報は一切持っていないはずなので、素直に国連軍に対して感謝している事だろう。
「その事についてはそれでいい。
我々が問題と考えているのは、君が持ち出した所属不明の部隊だ。
一個軍団規模、それも見た事の無い兵器ばかり、これをどこから持ち出した?」
当然の質問だ。
所属どころか型式も不明な大量の兵器。
おまけに、人間の兵士は数えるほどしかなく、その大半が無人機および自律行動型のロボット兵。
そして全てが高性能とくれば、気にならないはずが無い。
「その事をお話しするには、まず私が何者かについてからご説明する必要があります」
「見たところ、人種的には日本人のようだな」
仰る通りなんだが、話し初めから口を挟まないでもらいたいものだ。
そこで憮然とした表情を浮かべるほど若くは無いが、誰もが同じ事を思ったらしい。
今更ながら空気を読んだらしく、白人の将軍は咳払いをしつつ「続けたまえ」と呟く。
「ありがとうございます。
将軍閣下が仰るとおり、私は国籍的には日本国民になります。
ここで重要なのが、私は日本国国民であり、日本帝国臣民ではないという点にあります」
重要だが伝えづらいポイントに気がつくかどうか心配だったが、それは杞憂だったらしい。
そもそもが、複数の人種が入り乱れているこの査問会で、通訳抜きで日本語が通じている時点で気がつくべきだった。
「君が特殊な政治的思想を持っていないのであれば、そこを使い分ける事の意味はわかっているんだろうね?」
待ち望んでいた指摘が来る。
「言い間違いでも、特殊な思想をもっているわけでもありません。
私は西暦2010年の日本国、それも議会制民主主義国家のもの、から現状を打開するためにやってきました。
ちょっとここで確認いただきたい事があります!」
一斉に口を開こうとした将軍たちを、慌てて押しとどめる。
国連軍の高官が集まる査問会で異世界の未来人ですと言い出したのだから、彼らが口を荒げようとするのも当然だ。
だが、ここで申し開きの機会を与えられずに精神病院に放り込まれるのは困る。
「私は今までもこれからも、嘘偽りなくお話しするつもりです。
当然ながら皆さんには信じがたい事、あるいは受け入れられない事もあるかと思います。
ですが、とりあえず最後まで話させて下さい」
出だしからこれではちょっと難しいかもしれないなと内心では苦笑している。
まあ、未来、それも別の世界からやってきた一個軍団。
素直に信じてくれるわけが無いのだが、ここは信じてもらわなければならない。
「まあ、最後まで聞くのも良いだろう。
皆さんもそれでよろしいか?」
この中で最上位らしいアメリカ人の将軍が一同に確認する。
全員が渋々ながらも頷いていく。
どうでもいいが、将軍だから偉いのは当然として、同じ国連軍の高官に対しても随分と偉そうだな。
「ありがとうございます。
さて、私が異世界の未来人ではないという可能性を先に潰しておきたいと思います。
つまり、日本帝国軍の秘匿部隊や、酔狂な金持ち、あるいは流浪の超天才科学者といった可能性です。
他にも考えられますが、とにかくこの世界の人間で、そして何らかの組織から支援を受けているという場合ですね」
馬鹿馬鹿しい話だが、まあ想定される可能性は全て潰した上で話をする必要がある。
どう話したものかと彼らを見ると、モニター越しの彼らの手元に分厚い書類が置かれているのが見える。
なるほど、新潟の激戦で多少の情報は入手しているようだな。
「先の戦闘で、私は最終的に八個戦術機甲連隊および三個自走砲連隊を率いていました。
既に諜報活動等で情報は入手されていると思いますが、そのいずれもが日本帝国およびその他諸外国で使用されていない兵器です」
ただでさえ怪しげな出自なのだから、説得には現実に存在し、彼らもそれを確認している物を用いるのが一番である。
「まず、これだけの物資をどの組織にも察知されずに日本帝国へ持ち込む事は事実上不可能だという事は皆様もお分かりだと思います。
仮に日本帝国と何らかの密約を結び、彼らの全面協力を得ていたとしても難しいでしょう。
搬入だけならばあるいは出来るかもしれませんが、これだけの戦力を作るとなれば、相当な量の物資が必要です。
それだけの買い付けをすれば、世界経済への影響、あるいは国連軍を始め諸外国の軍備に影響が出ます。
確かに現状で人類は資源不足だとは思いますが、それは別に昨日今日に始まった事ではないですよね」
戦場に現実に存在し、盛大に弾薬を撃ちまくったという事実がそれを肯定してくれる。
そう思えば、一気に大量の戦力を投入した事もあながち間違いではなかったかもしれないな。
「君が言わんとしている事は分かるよ。
特別に日本を監視しているわけではないが、それでもアレだけの部隊を編成するのには多量の物資が必要だ。
そして、異常が報告されるほど物資の輸送は確認されていない」
アメリカ人は俺の発言を肯定しつつ先を促してくる。
非常にありがたい話だが、何が目的なのだろうか。
「ありがとうございます。
さて、そういった事情から私が日本国内外から資源を確保したという可能性が乏しい事はご理解いただけると思います。
日本帝国軍には自分たちの損耗を完全に回復するだけの余裕もありませんから、当然日本帝国軍の特殊部隊だという可能性も排除できると思います。
当然、アメリカ合衆国やその他大国から派遣された極秘派遣部隊という可能性も考えられません。
極秘で国連軍を騙って増援をする事に意味がありませんし、そもそもこれだけの戦力を他国の防衛に派遣可能な余裕がある国家はないでしょう」
ここで言葉を切り、モニター越しの一同を見る。
少なくとも、俺が話した内容については誰もが同意してくれているようだ。
「私企業でも公的機関でもない。
そして個人で用意することが出来る量でもない。
となれば、私が皆さんを油断させるためにBETAから派遣された人間型工作員でも無い限り、先ほど申し上げたとおりの存在だとご理解いただけましたでしょうか?」
室内は静まり返っている。
さて、彼らはどのように判断するのだろうか。
誰もがどうしたものかと考え込んでいるようだが、口を開こうとするものはいない。
と、ここでアメリカ人が口を開いた。
「いっその事、君がBETAの工作員で、あの戦術機たちはBETAで、何らかの謀略を考えている方がまだ納得できる。
別世界?そんなものの存在を信じることが出来るほど、我々は御伽噺を好んでいるわけではないからな。
だが、君は違うのだろう?香月副司令」
この部屋に入ってからおよそ二十分。
その間一言も言葉を発しなかった香月副司令に遂に発言の機会がやってきた。
「はい、実際にやってきた事は想定外でしたが、彼のような存在は、私の提唱した因果律量子論で説明が可能です。
そもそも、私の提唱していたこの理論は、並列的に存在している」
「ああ、ここは査問会なので、技術的な話は止めてもらおうか。
我々は実際に戦う軍人なのであって、理屈を捏ね回すのが仕事の科学者ではないのだからね」
ふむ、オルタネイティブ5を唱える米国の軍人だけあって、言葉に容赦が無いな。
しかしこの査問会は完全に合衆国派だけで固めているわけではないだろうに、随分な言い方だ。
「ええ、確かに私は科学者ですが、それを最前線に送り出すようでは末期ですからね。
もちろん、私は人類の生存確率向上に繋がるのであれば、最前線にも計器を抱えて飛び込むつもりですけど」
さすがにここで感情的に言い返すほど子供ではないよな。
この世界では元の世界とは比べ物にならないほど力を持つ国連の要職にいる人間だ。
そうでなくては困る。
「それはさておき、具体的な話は抜きで申し上げますと、彼の存在は私の提唱する理論で説明可能です。
つまり、私の理論は実際に証明されたわけです」
誇らしげに香月は宣言する。
既存の理屈を覆すような理論を提唱し、それが実証されたわけだから当然だ。
「なるほど!我が国連軍が博士に協力した事は無駄ではなかったようだな。
他の研究開発部門にも是非とも見習ってもらいたいものだ!
まあそれはいいとして、君の8492戦闘団とやらは、あとどれくらいの戦力を持っているのだ?
あの高性能な戦術機や、優れた自走砲の設計図は当然持っているのだろうね?」
そらきた。
直接的過ぎる言い回しにも思えるが、それはこの査問会のメンバーが合衆国に逆らえない人間で構成されているということなのだろう。
「先ほど申し上げたとおり、八個戦術機甲大隊、三個自走砲大隊です。
自分は軍人であり、科学者ではないため、設計や製造プラントについての図面は持ち合わせてはおりません。
また、BETAによる逆侵攻を防ぐため、分かりやすく言えば本国にあたる世界との通信も不可能です」
先ほどからずっとそうだが、俺は一言も嘘は言っていない。
設計図は、持っていないのだ。
原材料であるBETAさえ入手できればいくらでも製造可能だが。
「そうなると、君の部隊を下げた後の防衛が問題だが、そこは誇り高い帝国軍に頑張ってもらうしかないな。
国連軍には防衛しなければならない地域が他にいくらでもある」
会議室内が静まり返る。
あまりにもあんまりな言葉だ。
目の前のアメリカ人将軍は、日本帝国のことなど知ったことではないと露骨に宣言したのだ。
それは、世界各地の安全を守るべき国連軍の上層部が発してよい言葉ではない。
「それについては自分は何かを言える立場にはありません。
太平洋方面軍の中で決定してください。
ただし、我々はあくまでも一番最寄だった横浜基地に保護を求めただけです。
その点を、よくお考えいただければと幸いですね」
さて、打ち合わせる時間がなかったが、香月博士はこちらの考えにどう乗ってきてくるかな。
「それについては色々と調整が必要ですね。
何しろ彼らは私の、ここで言う私とは香月夕呼個人を指していますが、に雇われた、いわゆる傭兵です。
任務の都合上で国連軍を名乗ってしまった事は問題ですが、彼らの働きからすればそんな事は些細な問題ですね」
その言葉に一同はざわめく。
まあそうだろうな、俺もざわめいている一人だ。
「いやいやいや、面白ね香月君」
アメリカ人はオーバーリアクションで苦笑する。
「最近の科学者は美人なだけではなくてジョークのセンスも持っているようだ」
「いやですわ大将。確かに私は才色兼備を絵にかいたような人物ですけど、そんなに褒めて頂かなくても」
嫌な笑みを浮かべた夕呼が答える。
全くもって嫌な展開だ。
「しかし、一個軍団の傭兵か。
是非とも我が国にも来てほしいところだな。
どこに依頼すると来てくれるのか教えてほしいな」
アメリカ人大将閣下の仰る内容は当然だ。
これが優れた戦術機一機であればそのような言い訳にも話の持って行き方がある。
だが、一個軍団では無理だ。
つい先ほど、それを頑張って証明したばかりである。
「異世界からですよ閣下。
つい先ほど、彼が教えてくれたではありませんか」
そういう事か。
物事を難しく考えすぎたんだな。
普通には用意できるはずが無い戦力を持っているからには、普通ではありえない事情があるはずだ。
例えば、異世界から救援部隊がやってくるとか。
「異世界か。それは遠すぎるな。
君の世界にも合衆国はあるんだろうね?」
個人が一個軍団を作ってやってこれるはずが無いのだから、合衆国の増援も来るかもしれないという想像は当然だな。
その前に、彼の祖国がどうなっているかを知らせる必要があるな。
「もちろんありましたよ。
世界の警察官として、世界中の紛争地域に海兵隊や空母機動部隊を派遣してます。
私の世界にBETAはいませんでしたから、もちろん人間相手にですけどね」
その言葉に室内は静まり返る。
おっと、言い過ぎてしまったかな。
「ああ、別に貴国が世界を征服しようとしていたわけではありませんよ。
自由と民主主義を世界に広めるべく、話しても通じないならず者国家相手に軍事力を行使しているだけですよ」
おかしいな、どうしてこうなるんだ。
俺はアメリカ合衆国の正義の行いを伝えているだけなのに。
「あーその、もしかして君も何かあったのかね?」
気まずそうに質問される。
なるほど、俺が正義の行いで何か損害を受けたと思われているのか。
「いえいえ、私は貴国の同盟国である日本国民として、それなりに安全な生活を甘受してましたよ」
おかしいな、さらに室内が静かになったぞ。
もはや空調機の音しかしないではないか。
「皆さん勘違いなさっているかもしれませんが、アメリカは同盟国を大事にしてくれていたんですよ。
最新に近い兵器も売ってくれましたし、それなりに周辺諸国から守ってくれましたし」
「まあ、君の世界の話はそこまでにしておこうじゃないか。
大切なのは今だ。是非国連軍に力を貸してもらいたいのだがね」
不自然な笑みを浮かべたまま、彼は素早く言葉を重ねようとする。
だが、重要なはずのこの会議に慌てた様子で闖入者が現れ、彼の努力を妨害した。
「し、失礼します!」
それは随分と恐縮した様子の国連軍士官だった。
大将を頂点に無数の将官が集まるこの会議を中断させるとは、随分と嫌な役回りだな。
他人事のように大将のマイクへ報告する姿を眺めていると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを向いた。
なんだろうか、痺れを切らしたリンクスたちが攻め込んできたのかな。
「帝国軍の将官が五人、君のところに今すぐ会いたいと来ているそうだが、何か知っているかね?」
そういう手を打つわけか。
これで俺の身柄は国連軍から帝国軍に移るのかな。
「そうか、そうなるのか。
まあ、それならば報告してやりたまえ」
無言になっている俺を放置し、大将は傍らで直立不動の士官に命じる。
恐縮しきった彼は、困惑しつつも室内の一同に報告した。
「報告します!
日本帝国本土防衛軍第十二師団、第十四師団、帝都防衛師団の各師団長。
および富士教導団団長、日本海艦隊参謀長がお越しです。
新潟戦区防衛のお礼を、8492戦闘団指揮官に直接申し上げたいとの事であります」
これだけの人間が一同に会する事は滅多にありえない。
つまり、この査問会はなんとしても中断されなければならない。
さすがは香月副司令。
あの短時間でよくもこれだけの高官をかき集めてきたものだ。
これはあくまでも時間稼ぎだろうな。
俺を日本帝国へ縛り付けるために、必ず次の手を打っているはずだ。
「えーそれでは私は次にどこへ行けばいいのでしょうか?」
とりあえずここは困惑したように質問しておくか。
まあ、この次にどうなるか分からないから、実際に困惑しているわけなのだが。
「隣の会議室に集まっているそうだ。
まあ、そういう次第なので、この査問会は一時中断としよう。
再開の予定は調整のうえで追って連絡する。以上だ」
大将の言葉で一同は並べられたモニターが次々と消灯していく。
やれやれ、第一ラウンドは終了したようだな。