2001年11月11日日曜日 09:20 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 国連軍第8492戦闘団新潟基地 ブリーフィングルーム
「現状を説明する」
自走砲連隊の砲撃音が聞こえる室内で、俺は疲労困憊の極みにあるリンクスたちに向かって口を開いた。
「本日0714時、0700時に角田浜で殲滅した第一旅団に加え、浦浜に上陸したBETA第二旅団も殲滅された。
この時点での敵残存兵力は野積海水浴場跡地から上陸したBETA第三旅団のみとなっており、勝利は時間の問題と思われていた」
スライドを切り替える。
そこに映し出されているのは、余りにも絶望的な現実だった。
「本日0719時、三個師団規模のBETAの移動が確認された。
どうやら、奴らにとって最初の侵攻は威力偵察のようなものだったようだな。
日本海艦隊残存兵力の迎撃も空しく、現在浦浜海水浴場跡地に上陸中だ。
これに対処するため、敵第一と第二旅団を殲滅し、移動中だった部隊が呼び戻され、第三次防衛ラインの構築が決定された。
佐潟公園から国道46号から66号を経由して、中ノ口川に沿って南下し、289号線へと繋がる長大なものだ」
スクリーン上の新潟県内地図に、BETAの上陸地点を囲う長い曲線が引かれていく。
付近を移動中だった部隊や海岸防備に貼り付けられていた部隊を転用しているため、北部方面の防衛線構築は順調だ。
また、壊滅状態のBETA第三旅団を掃討中の南部の部隊も一部部隊から転用が進んでいるために、こちらもそう長くはかからない。
「奴らの狙いがどこなのかはわからないが、現在のところはこの基地の方向へ向かってきているようだ。
そのため、まずは我々が敵師団を正面から受け止めるというありがたい任務が下った。
断って横浜へ逃げ出したいところであるが、残念な事にそうもいかない。
この地域を抜けられると、あとに残るのは防衛が行いづらい山岳地帯だ。
帝国本土防衛軍は総動員を発令し、現在周辺の全ての部隊から増援が向かってきているが、まとまった戦力が集まるまでにはかなりの時間が必要だ。
つまり、誠に遺憾ながら我々は任された箇所を死守する」
先ほどからひっきりなしに行われている砲撃は、今も止むことなく続いている。
これだけの火力を投射し続けているのに、敵の進撃を若干鈍らせる事しか出来ないというのだから驚きだ。
「今までは無用な勘繰りをさけるため、露骨に巨大な戦力を生み出す事は控えていた。
しかし、今回は日本帝国の存亡がかかっている。
後の面倒はそのときに考えるとして、更なる戦力を生産する事にした」
スライドが再度切り替わる。
そこに表示されているのは、第8492戦闘団の編成表だ。
「現在、我々は二個戦術機甲連隊および一個自走砲連隊を保有し、それ以外にリンクス諸君とG.E.S.Uたちがある。
だが、これだけでは到底今回の戦闘を生き残れない。
そのため、追加で七個戦術機甲連隊と、二個自走砲連隊を生産する。
これでこちらも三個師団、帝国軍を加えれば五個師団だ。
おまけに三個連隊の自走砲もある。
状況に応じてさらなる増援も検討するが、ひとまず防衛戦闘という任務は全うできるだろう」
今回の作戦が終わった後には、国連軍上層部から査問会のお誘いが来る事は避けられないだろうな。
作戦の主役となり、おまけに三個師団などという戦力を動員すれば、いくら香月副司令であってもごまかす事はできない。
まあ、今まで監査が入らなかった事自体が奇跡なのだし、いつまでもごまかしきれる事でもないからな。
「とりあえず、リンクス諸君は高効率教育訓練センターで休息を取ってくれ。
あの部屋の仕組みはわかっているな?全員一週間の休暇を命じる。
中にはG.E.S.Uがいるから、ダンをあまり働かせないようにな」
疲れきったリンクスたちは、俺の冗談に愛想程度の笑みも浮かべずに敬礼して立ち上がった。
「諸君らが休んでいる現実時間での70秒間は任せてくれ。
一応その後の作戦案は室内に用意しておくから、暇になったら見てくれ。解散」
精神と時の部屋とは反則的な存在だ。
室外で70秒が経過する間に、そこにいる人間たちは一週間分の休養を取る事ができる。
一週間という時間は長い。
出てくるときには、彼らは十分回復しているだろう。
俺がそんな事を考えている間にも、リンクスたちは無言で退出していく。
戦闘開始から一時間以上、常に最前線でBETAを引きずり回していたのだ。
よほど疲れていたのだろう。
「わかっとる、わかっとるよ」
リンクスたちが退出していったドアから、何か言いたげなG.E.S.Uがこちらを見ている。
彼らに発音機能がない事は不便に見えるが、なんとなく何を伝えたいのかはこちらで察することが出来る。
せめてもの誠意としてつけられた護衛の中隊が、格納庫から無限に湧き出す我々の師団を見て物申したいのだろう。
ポイントを使ったときのように空き地に突然出現したほうがもっと彼らを驚かせられただろうな。
そんな下らない事を考えつつ、俺は作戦司令室へと足を進めた。
師団規模の戦力を率いる現状において、もはや指揮官先頭でBETAと戯れる事はできない。
せっかく上がったパイロットレベルだが、このままだと無駄になってしまうな。
2001年11月11日日曜日 09:24 日本帝国 新潟県新潟市秋葉区新郷屋 国連軍第8492戦闘団新潟基地 作戦司令室
<<どういうことですか、これは?>>
モニターに映る帝国軍中隊指揮官の表情は硬い。
膨大な援軍を前に、彼が何故そのような表情を浮かべているのか、その理由はよく理解できているつもりだ。
<<これだけの部隊がいるのであれば、何故最初から出さなかった!>>
クレートから無人機を作り出すことが出来ると説明しても理解はできないだろう。
佐渡島奪還作戦およびその後の横浜防衛戦や桜花作戦に備えてクレートを温存していたという理由も理解できないはずだ。
いや、仮に理解できたとしても、彼は俺を許す事はできないだろうな。
<<今まで助けてもらった事には感謝している。
この規模の増援があれば、今回の作戦もうまくいくだろう。
だがな、今に至るまでに、どれだけ我々の衛士たちが死んでいったか、アンタわかってるのかよ!>>
指摘されなくてもわかっている。
出し惜しみ無しで最初から大量の戦力を投入しておけば、今頃我々は海岸に留まったまま余裕の防衛戦闘を継続できていただろう。
三個師団規模の戦術機と一個師団規模の自走砲とはそれだけの戦力である。
それがこの期に及ぶまで出てこなかったのだから、帝国軍衛士としては納得がいくわけが無い。
「仰るとおりです。
全ての責は見極めを誤った私の失態です。
言い訳をするつもりはありません」
素直な気持ちである。
既に起きた事に対して「たられば」は禁物だが、損害を被った側から見ればそんな事は関係ない。
大局的見地から全ての物事を判断しなければならない政治家や将軍たちならば別の意見もあるだろうが、彼は戦術レベルでの指揮官だ。
戦時において自分の部下たちが不当に危険に晒されたとなれば、その上のレベルのことなど関係ない。
<<隊長、落ち着いてください。これ以上は問題になります>>
一方的に俺を責める会話に、部下らしい女性の声が割り込んでくる。
<<問題がなんだ!俺が不名誉除隊になったら死んだ連中が帰ってくるのかよ!>>
どうしてここまで感情的な人間が我々の護衛に回されてきたのかは不明だが、少なくとも彼の心情は理解できる。
この手の問題は、怒りや憎しみという強い感情に起因しているため理屈では解決できない。
別にそれだけで済ませようというつもりはないが、とにかく相手が落ち着くまで頭を下げて話を聞くしかないのだ。
<<聞いてください隊長!
極東の国連軍が本腰を入れたという情報はありません。
それなのにこの基地からあれだけの戦力が出てくるという事は、別の理由があるからに違いないじゃないですか!>>
全くの誤解だ。
俺は義憤に駆られる勇敢な指揮官ではない。
BETAの行動原則が不明だとはいえ、増援の可能性を見落とし、そして大局的見地とやらで戦力の出し惜しみをした愚か者だ。
「ご配慮に感謝します。
本土防衛戦に引き続き二度の失態をしている以上、また信じてくださいとは言えませんね
我々が三度目の過ちを繰り返さないよう、後ろから睨みつけていて下さい」
<<ネクスト全機出撃可能、隊長、いや、司令官、任務をもらおう>>
帝国軍中隊指揮官との会話は思ったよりも長かったらしい、休息を終え、ネクストに乗り込んだ有澤社長から通信が入る。
既に作戦案は渡してあるこの状況で会話に割り込んでくるという事は、つまり助けてくれたのだろう。
「8492戦闘団指揮官より第一特殊戦術機甲大隊へ命令、敵集団へ突入し、遅滞防御戦闘を実施せよ。
なお、二十分以内に支援砲撃は三個連隊規模になる、砲撃範囲に入らないように注意せよ。以上、全機出撃」
<<了解、これより突撃に移る>>
基地の格納庫から飛び出したネクストたちが、次々とブースターに点火して飛び去っていく。
最前線とこの基地の間には山があるため、それを飛び越さない範囲ならば低空飛行が出来るのだが、肝が冷える瞬間だ。
いつまでもそれを見送っている暇はない。
「各戦術機甲連隊は所定の方針に基づき、防衛線の構築に移れ。
機械化戦闘工兵大隊は仮設陣地の建築急げ、爆破パイプラインの敷設が最優先だ」
俺の保有するAIは非常に高性能だ。
ファジーな命令を現実と照らし合わせた上で最善に近い形で実行してくれる。
今回の場合、ブリーフィングで使用したデータを渡すだけで、指示された地点へ急行、各々の任務を実施してくれる。
不意の奇襲から軍団規模の殴り合いに発展した今回の作戦は、沸点に向けて突き進み始めた。
2001年11月11日日曜日 09:40 日本帝国 新潟県新潟市美幸町 国道403号線交差点付近 本土防衛軍第12師団砲撃陣地
「撃てぇ!」
号令と共に155mm砲弾が発射され、それは遥か遠方のBETA集団に向かって飛び去っていく。
早朝から続く激戦の影響は大きく、砲身命数はまだなのにもかかわらず、それ以外の部分にガタが来て修理中の砲が増えてきている。
我が日本帝国の加工精度は、随分と落ちてしまったのだな。
悲しい現実を目前にした砲兵大隊長は、現実から目を逸らすために隣の陣地を見た。
そこには、一個連隊弱の戦力が集結した様を見て久々の大部隊だと形容する自分たちをあざ笑うかのような集団があった。
国連軍8492戦闘団所属第301、第302、そして第303自走砲連隊。
総数864門の完全自走化がされた部隊である。
贅沢な事に、砲撃を中止することなく補給作業が出来る弾薬運搬車まで付いている。
おまけに、絶えることの無い砲撃を実施し続けられる補給体制まで整っているようだ。
その攻撃は火山の噴火にしか思えない。
864門の155mm榴弾砲が統制された砲撃を繰り返している。
それだけでも脅威だというのに、その砲撃速度は非常に高い。
目視で適当に計算しているだけだが、およそ一分間に五発か六発は発射しているようだ。
「彼らは何者なんだ」
不審そうに呟く彼の前を、整備機材を担いだロボットが駆け足で通過していった。
眼前に展開する集団は、少なくとも数百名の人間が運営しなければならないはずだ。
だが、指揮官らしい青年と通信で話して以来、人間を一度も見た記憶が無い。
「報告します!新たに三門が故障しました。
復旧を急がせますが、当面我が中隊は戦闘不可能です!」
またもや聞きたくない報告が舞い込んできたな。
内心でぼやきつつ、大隊長は部下の伝えてきた現実に向き直った。
彼にとって、隣の友軍はあまりにも現実から乖離した存在でありすぎた。
「復旧急げ、彼らから機材その他を貰ってこい。
恥も外聞も関係無しだ、既におんぶにだっこなんだからな」
国土の防衛を他国軍に任せる。
近代国家としてこれほどまでに情けない事態は考えられない。
だが、目の前には任せることが出来るだけの軍隊があり、そして自分たちには独力で行うためのそれがない。
それに、日本帝国は既に過去の奪還作戦で他国軍の世話になっている。
もはや意地もなにもない。
「気持ちは分かる。だが、使えるものは親でも使えと習っただろう?
つべこべ言わずに目録を持って頭を下げに行ってこい」
反抗的な目つきでこちらを見る中隊長を軽く叱責し、大隊長は戦術マップを見直した。
絶望的に思われていた状況は、主に国連軍の支援によって覆ろうとしている。