2001年11月09日金曜日 13:15 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点 国連軍新潟駐屯地
<<何の用件か、わかっているでしょうね?>>
受話器の向こうから聞こえてきたのは、まるで地獄の底から響いてきているかと錯覚するような恨みの篭った声だった。
「ええ、わかっております」
香月副司令が激怒しているのには理由がある。
国連軍の名簿に名前がない第8492戦闘団という部隊。
彼らは独断で大隊規模の戦力を帝国軍に提供し、豊富な物資を惜しげもなく配って回った。
それだけではなく、無許可で横浜基地の隣および新潟に基地を設け、誰もその詳細を知らない怪しげな活動に従事している。
何を誰が尋ねても、二言目には「詳細は横浜の香月副司令にどうぞ」と答えられるのだから、当然質問は上位者と思われる彼女に寄せられるわけだ。
彼女はどちらかと言えば、と無理に分類せずとも有能な人間である。
どうやったのかは知らないが、とにかく質問攻めを見事に裁ききり、時間制限付きながらフリーハンドを与えてくれた。
つまり、その時間制限が来たわけだ。
<<今日中に報告書を出さないといけないんだから、早いところお願いね>>
電話の向こうはあくまでもそっけない。
こちらは誰もが納得するスーパー文章を考えなければいけないのだから、もっと協力してほしい。
「これから申し上げる事は、真実です。
それを前提にしてひとまず最後まで聞いて頂きたいのですが、よろしいか?」
口調を変えて質問する。
<<いいわよ、早く話しなさい>>
こうも普通に返されてしまうと悲しいが、黙って先を続ける。
「この世界は滅ぼうとしている。
減り続ける人的資源、失われる兵器、日々目減りする人類の領域。
一見しただけではわからないが、日本帝国もその例外ではない」
<<耳が痛いけど、その通りよ。
それで、それがアンタの正体と何か関係があるのかしら?>>
「最初に言ったとおり、我々は救援部隊だ。
出来る限り好意的に構築されたルールに基づき、この世界の人類を救援するためのね。
私はその指揮官であり、この基地の周りにいる部隊は増援だ。
何しろBETAっていう連中は、いくら殺してもいなくならないからな。
それだけこちらにも戦力が必要になる」
嘘は余り言っていない。
まあ、ルールについては欠片も好意的であるとは思えないがな。
<<この世界の、とさっき言ったわね?
つまり、アンタは別の世界からやってきたっていうわけなのね?>>
「その通り。
別の世界の存在については因果律量子論あたりで適当に解釈して頂きたいのだが、とにかく別の世界は存在している。
私はこの世界ではない別の場所から、貴方の世界の管理者に依頼されて救援にやってきたというわけだ」
<<随分と壮大な話になってきたわね。
それで、その神様の兵隊さんは私に何をしてくれるのかしら?>>
「オルタネイティブ第4計画遂行にあたっての全般的な支援。
つまり、戦力の提供、情報の提供、物資の提供、技術的支援、その他要望への最大限の協力だ」
<<見返りは?>>
当然の質問が返ってくる。
はるばる異世界から、強力な兵器と優れた科学技術、この世界では大金を払っても物理的な要因から入手困難な兵站物資を提供しに来るのだ。
それ相応の報酬を求めていると解釈されるに決まっている。
マンハッタン島の購入金額と同じ24ドルの報酬などというものは、あくまでもアメリカ人に対するジョークでしかない。
「我々の目的は、地球上の全BETAの殲滅と、以後の大気圏突入の阻止だ。
それを達成するための支援をもらえれば、それ以上は何もいらない。
まあ、俸給を支給してくれるというのであれば、それをあえて断る理由もないがね」
どうも偉そうな物言いには慣れない。
今まで生きていた中でそのような立場になったことがないのだから当然だが。
<<なるほど、どうにも信じがたい言葉だけど、私の持つ常識以外で否定する根拠が見つからないわね。
貴方の持つ誠意を期待して、契約書を取り交わす事はできるのかしら?>>
「それはとてもありがたい申し出だな。
物資の融通に関する売買基本契約書と、雇用契約書の取り交わしがあるのであれば、私も部下たちに説明がしやすい」
資本主義体制下での契約内容の一方的な破棄は、社会から排除されることを意味する。
これは例外、それは特殊な事例、他の契約は絶対に遵守すると言ったところで例外はない。
喜ぶべき申し出であると言えるだろう。
<<契約書は速やかに内容証明郵便で送付するわ。
ああ、知っていると思うけど、そちらの住所は既に私の私有地という名目で登録されているわ>>
「それは良かった。非武装の行政代執行部隊と対峙したらどうしようかと内心気にしていた所だ。
契約書の到着を待つとして、今後は雇用者と被雇用者という立場で接しさせていただきます」
ああ落ち着く。
小市民の俺に、ようやく落ち着けるときがきたようだ。
<<口調と態度は一定にしてちょうだい。
アンタとどう接するべきかがわからなくなるから>>
ごもっともな意見だ。
今後はこれで統一していこう。
「雇用者に対する礼儀はわきまえていますよ。
それで、一つばかり承認して頂きたい事があるのですが?」
<<何かしら?私はそんなに暇じゃないんだけど?>>
「私たちの行動の自由を確保してください。
極めて残念な事に、アメリカ合衆国の私兵としての国連軍部隊ではオルタネイティブ4の遂行は困難です。
とはいえ、将来的な意味での恒久策源地を建設する事には賛成です。
そこいらを両立させるためのご支援をいただきたいのです」
PCのディスプレイ上に表示されている情報を見る。
超光速恒星系間移動技術、五万ポイント。
<<それはどういう意味なのかしら?
まさか、常識を超えた加速が出来る宇宙船まで持っているとか?>>
「まだ、ですけどね。
ああ、行動の自由というのはあくまでも平時であって、戦時には出来る限りの戦力をご提供しますよ」
<<物資も?>>
「もちろん物資もです。
要請があれば国連軍でも帝国軍でも、その他の人類勢力でも構いませんよ。
まぁ、輸送手段についてはお任せしますけどね」
アップグレードされたプラントの能力は凄まじい。
生産に必要とされるクレート量が10%減るという効果は、作れば作るほどにその価値を増す。
1kgの製造では100gしか浮かないが、1,000トンの物資を製造すれば、100トンのクレートが浮く。
今のところ造船は出来ないが、10万トン分の船舶を作れば、10,000トンが浮くわけだ。
お得っていうレベルじゃねーぞ。
今ならアメリカ級強襲揚陸艦にたっぷりの弾薬燃料をつけて、さらにもう一つ同じものを。
さらに必要なクレートはサービスで、艦上および格納庫一杯に戦術機をお付けする事ができますときたもんだ。
まあ、これだけチートな生産能力をもってしても、BETAと戦うに当たっては十分な安心材料にはならない。
もっと戦力が必要だ。
地球上全てのハイブとそこに住むBETAを抹殺し、月を奪還し、地球人類の安全を確保できるだけの戦力が必要だ。
<<どうやってそれだけの物資を溜め込めたのかが気になるけど、それは近いうちに聞かせてもらうからまあいいわ。
それじゃあ悪いけど、忙しくなるから切るわよ>>
「ご助力に感謝いたします。それでは」
受話器を戻し、ディスプレイを見る。
超光速恒星系間移動技術は購入決定だな。
猿の惑星ならぬG.E.S.Uの惑星を後方支援基地とする準備が必要だ。
まずは宇宙船を建造するための資材の打ち上げ、それが完了した後には現地に必要最低限の生産設備を建設するための物資。
それらが整った後に、現地を警護するための防衛部隊の建造。
全てが全自動で行われるとしても、そこに至るまでの準備を俺はしなければならない。
「だが、その前にだ」
残る一万ポイントの使い道を考えなければならない。
これの使い道は決まっている。
体験型教育プログラムと呼ばれる特殊なアプリケーションたちだ。
これは、俺の右耳の下に隠されているUSB端子と携行できるサイズの妙な装置を接続して実行される。
小さな村の村長から国家運営までを経験できる「シミュレートシティ」
戦略から戦術レベルまでの軍事行動を経験できる「Grand strategy」
個人タクシーから大陸間の兵站維持までが経験できる「α Train GO!」
ナイフ一本の格闘からネクストでの高速機動戦闘までなんでも経験できる「武装戦闘核~解~」
どこかで聞いたような名前だが、とにかくこれらのアプリケーションを使用することにより、俺は完璧超人になることが出来る。
これらの欠点は、アプリケーションはリアルタイムで実行され、つまり一年間の作戦行動を取れば、現実の世界でも一年が経過してしまうという点にある。
「それでも購入」
ボタンを押し、全てのアプリケーションを入手する。
俺の机の上に、いつのまにか黒い箱が置かれている。
躊躇なく購入したのには当然理由がある。
便利な事に違いはなく、さらに上記の問題は容易に解決可能だからだ。
それが、アップグレードされたプラントが建設できる新たな施設である。
歪んだ空間を設置し、時間の流れがその内部と表では違うという反則的研修設備「高効率教育訓練センター」の建設だ。
まあ、要するにこれは精神と時の部屋なわけだ。
表の世界で10秒が経過している間、この内部では一日が経過している。
表の世界で24時間が経過したとき、この内部では8,640日(約23年)という時が流れている。
その間、俺はみっちりと訓練が詰めるわけだ。
おまけに、部屋の内部での時間の経過は、俺の肉体に何の影響も及ぼさない。
このチートとしか言いようがないアプリケーションと部屋の用意が、たった一万ポイントで出来てしまうわけだ。
俺が一日ばかり引きこもったとしても、誰にも文句は言わせない。
「一日研修に出てきます。探さないで下さい。と」
事情を知らないものが見たらあきれ返るような書き置きをして、俺は設置したばかりの部屋の中へと消えていった。