2001年11月06日火曜日 09:03 日本帝国 新潟県第十五防衛ライン 海岸より24km地点
冷たい風が吹き荒れる中、巨大な車体を揺るがしてMCVが停車する。
周囲にはどことなく冷たい雰囲気を漂わせた戦術機たちが警戒態勢を取っており、その数は一個大隊はあるように見える。
MCVの各所からモーターの稼動音が鳴り響き、そして金属がこすれる音を撒き散らしつつ、それは建物へと姿を変えていく。
車体だった部分が地面に広がり、中央に牽引車だった部分が乗り込む。
何時の間に掘り進んでいたのか、牽引車はそのまま地下へと降りて行き、代わりに巨大なクレーンが上昇してくる。
明らかに異常な光景なのだが、周囲を固める戦術機たちは何事もなかったかのように警戒を続行している。
クレーンは特殊な機構によって敷地の端に移動し、一時的に空き地になった中央部分にカマボコ型の屋根を持つ倉庫が組み上げられる。
建設作業はこれで終わったらしく、建物の後ろに二基ある送風機が稼動を始める。
「施設完成を確認した。しかし、実際にこの目で見ると異常だな」
一糸乱れぬ動きで警戒活動を続行している撃震たちのなか、一機だけ勝手気ままに振舞う有人機の中で俺はそう呟いた。
自分で言っておいてなんだが、異常な風景はこれからだ。
「発電所二基建設!連装7砲身30mm機関砲三十基建設!!車両基地二棟建設!!!地面を舗装し、そして止めにコンクリートウォールで囲う!」
端末を操作しつつ叫び続ける。
俺が叫ぶたびに地面が舗装されていき、発電所が出来上がり、連装機関砲塔が地面からせり出し、車両基地が生まれ、周囲を取り囲むように強化ベトンの壁が立っていく。
ゲームの画面でならばもっと早く沸いてこいと思うところだが、モニター越しとはいえ現実に見ると悪寒を感じる。
反則的な事だが、しかしこれはありがたい。
新潟は近日中にもBETAの襲撃を受ける。
その時、プラントも装備したこの基地は前線補給所として大活躍できるだろう。
まあ、その前に有事の際だけでも我々を帝国軍の指揮系統に入れられるように調整が必要だが。
のんびりとシムシティを楽しめたのはそこまでだった。
視界を埋めるウィンドウの一つが赤く埋まり、警告メッセージが現れる。
それが何事かを確認する前に、帝国軍の周波数にあわせている無線からメッセージが流れ出した。
<<戦域司令部より全部隊、戦域司令部より全部隊。佐渡島より師団規模のBETAが接近中。警戒中の第二艦隊が現在交戦中。
当戦域の全部隊は直ちに出撃、海岸防衛ラインを死守せよ。周辺戦域へ増援申請中、到着予定時刻は未定>>
「8492戦闘団第二大隊は直ちに戦闘準備、基地を防衛せよ。
第一大隊聞こえていたな?」
間髪いれずに無人機たちに指示を下し、基地で待機しているリンクスたちに呼びかける。
現在の我が軍は組織図を作って配布できるほどに出来上がっているわけではないが、一応一個大隊強の機数がある。
そのため、俺やリンクスたちが乗り込む有人機を第一大隊、無人機を第二大隊としている。
大隊と名乗っても有人機は両手に収まるほどの数しかないが、これは今後の増加を想定しての編成だ。
<<落ち着け、全機出撃準備中だ。
到着まで五分、それまで任せるぞ>>
少佐の声が俺を安心させる。
敵は侵攻を始めたばかり、それも沖合いで艦隊と交戦中だ。
五分もあれば勢ぞろいしたリンクスたちが俺を助けてくれるだろう。
それまで、一個大隊の無人機たちとここで待っていればいい。
安堵した俺を叱り付けるように、甲高い警報音が鳴り響く。
警戒中の無人機たちが設置した地中聴音機が、余り嬉しくない音を探知したようだ。
慌てて海岸へと進んでいく帝国軍と我々の間、その空白地帯で振動を感知したらしい。
「8492戦闘団より警戒中の各隊へ。
BETAの地中侵攻を探知、出現まで二分、艦隊で全部止まっているわけじゃないみたいだ。座標を送る」
信じる信じないは帝国軍の連中の自由だが、知ったことではない。
伝えるだけ伝えて、あとはとにかく一人でも手伝ってくれる事を祈るだけだ。
BETAが優先的に狙うのは、より高性能なコンピュータである。
つまり、一個大隊の戦術機が固まっているこの基地の可能性が大きい。
「基地防御設備は発砲自由。無人機隊は至近距離のBETA排除を最優先せよ。
第一大隊は現在位置を報告してくれ」
速やかに防衛方針を伝える。
無人機隊たちはよほど間違った命令でない限りは素直に従う。
つまり、俺の命令は少なくとも現状において致命的には間違っていないという事だ。
<<こちら8492戦闘団第一大隊、現在現場へ急行中。
到着予定時刻0907時、防衛体制のまま待機してください>>
少佐から丁寧語で命令が伝えられる。
言われるまでもなく、勝手に突撃するつもりはない。
「こちらは8492戦闘団、コールサイングラーバク01、展開中の帝国軍へ通達。
当方で探知したBETA先鋒集団の出現まで一分、およそ大隊規模、出現予定位置はエリアW-4-01からW-4-02の間。
余力があれば支援してください。我々は大半が無人機です。余裕がなければ見捨ててください」
先ほどと同じく応答はない。
先日共闘した部隊の隣ならばこんな苦労はなかったんだが。
まぁなんでもいいさ、勝手にしてくれ。
<>
システムがご丁寧に音声でカウントをしてくれる。
基地の各砲台は既に出現予定エリアを向いて発砲準備に入っている。
無人機隊も、中隊単位に分かれて基地の全周へ銃口を向けた。
「グラーバク01より第一大隊各機へ、敵の方が先に来てしまったようだ。
これより交戦を開始する」
急行中のリンクスたちへ伝えるのと同時にカウントがゼロになり、そして基地正面の地面が吹き上がった。
<<し、至急至急!戦域司令部より各隊!エリアW-4-1付近にBETA出現!数はおよそ大隊規模!>>
慌てふためいた声で戦域司令部から通信が入る。
確かにこちらの聴音機は既存のものとは比較にならない探知能力を持つ新型であり、そして帝国軍はその事を良く知らない。
おまけに、米軍主体の国連軍と、日米安保条約の強制破棄によって一番苦しい時期に見捨てられた日本帝国軍の仲は良好ではない。
全くもって納得のいく話だが、命を懸けた戦争の最中に好き嫌いで無視をされてはたまらないな。
などと内心で呟いている間にも、BETAたちは地上へと続々と沸いて出る。
光線級はいないようだ。
「撃ち方始め!」
気合を入れて号令を下す。
基地の防衛設備や無人機隊、G.E.S.Uたちはコンソールでも音声でも命令を受けてくれる。
俺の号令に従い、BETAが出現したエリアを射界に収める十基合計二十門が口火を切った。
その瞬間、こちらを認めて走り出したBETA集団が煙に包まれる。
この基地の砲台に二つずつ設置されている機関砲は、元の世界のアメリカ軍でGAU-8という型番を与えられたガトリング砲だ。
毎分3,900発という高い発射速度で30mm弾を敵に叩きつけることが出来る。
元々は欧州になだれ込んでくる旧ソ連機甲部隊を叩く地上攻撃機に搭載されていたものだが、どういうわけか砲台の装備として搭載されている
連続射撃を可能とする冷却システム、台座を保護するためのリコイルシステム、そして、G.E.S.Uたちによって支えられる給弾活動。
たかが砲台につけるにしては必要以上にも見える装備だが、予算で動いていない特殊な軍隊である我々にとって強力なのはいいことだ。
とにかく、その強力な機関砲の群れがBETAに対して防御射撃を開始したのである。
発射速度が速すぎるため、バンバンバンでもなく、ドドドでもない、あえて言えばヴォォォという音になっている。
そんな奇妙な発砲音の二十奏が奏でられ、その結果として土煙と血煙が上がったのだ。
「我が軍は圧倒的ではないか」
満足げな呟きがもれる。
いくら敵が大隊規模とはいえ、ここまで圧倒的に殲滅できるとは。
こちらの戦術機部隊はいまだ一発も発砲せず、展開に使った分を除けば一グラムも推進剤を使用していない。
うん、どう見てもチートです。本当に有り難うございました。
<<せ、戦域司令部より8492戦闘団、BETAの反応が消えたがこれは?>>
満足げに唸る俺に、震える声で戦域司令部より通信が入る。
現れたばかりのBETAが一瞬にして消えたのだから当然だろう。
「こちらは8492戦闘団、コールサインはグラーバク01。
出現した大隊規模のBETAは当方の攻撃で壊滅、少しばかり撃ち漏らしがいるが、あとはこちらで処理します。
急行中の部隊がいたら、他の戦線に回してください」
俺は何もしていないが、戦果を誇らしげに伝える。
そうしている間にも輸送車両やG.E.S.Uたちが砲台に取り付き、メンテナンスや弾倉の交換を開始する。
基地の外れには到着した第一大隊の各機が戦闘態勢で周囲を警戒しており、そして第二大隊の無人機たちは生き残りのBETAへ砲弾を叩き込んでいる。
気の早い事に、既にBETA回収車たちはエンジンをかけて出動準備を整えていた。
<<戦域司令部了解、グラーバク01以下8492戦闘団は周辺エリアの警戒を続行されたし。
何かあればいつでも呼びかけてください。戦域司令部以じょ、警報!>>
こちらの余裕の態度に感心した様子で会話を終了しようとしたオペレーターが悲鳴を上げる。
何が起きたのかを尋ねる必要はなかった。
帝国軍の回線からも、こちらのセンサー群からも詳細が伝えられてきたからである。
外部から入ってくる全ての情報を受け取った後で、最後に恐慌状態の第12師団戦域司令部がまとめた情報を伝えてくる。
<<戦域司令部より全部隊、大隊規模のBETAが後方地帯に多数出現!
周辺に展開中の支援部隊は直ちに退避してください、戦域司令部はこれより後方へ退避します!海岸の部隊も直ちに退避!
以後の指揮は第14師団に委任します。以上!>>
どうやら最初に防衛を担当していた第12師団は限界を感じたようである。
指揮系統を急速展開中の第14師団に任せ、建て直しを図るつもりだ。
だが、そんな損害が続出しそうな事になっては困る。
元々の歴史では、確かBETAの本格的な新潟侵攻は本年11月11日だった。
そのときに激突するのは現在司令部が撤退中の第12師団、先ほど指揮を渡された第14師団、そして沖合いで戦闘中のいくつかの艦隊だったはずだ。
ここに先日殲滅したばかりのA01部隊がBETA捕獲任務で出張ってきていた記憶がある。
あれ?そうなると、どっちにしろ歴史はもう激変しているのか。
まあ、新潟戦線はとにかく損害を抑えられれば良い。
歩兵一人でも、戦術機一機でも、史実よりも損害が小さければそれだけ今後の作戦展開が良くなる。
とはいえ、あの時は旅団規模のBETAが三個艦隊とぶつかり合った後に警戒態勢の二個師団とぶつかったはずだ。
それを思うと今の状況は限りなくまずい。
慌てて飛び出した第12師団は壊走中。
第14師団はまず内陸部への浸透を止めなくてはならず、当分はこちらへ増援を送れない。
下手を打てば、各地で防戦中の部隊が各個撃破されかねない状況だ。
基地ではなく、不知火一個連隊を選択しておくべきだったのだろうか。
ここに戦術機甲連隊がいれば、例え今回限りの使い捨てになったとしても戦局に大きく貢献できていたはずだ。
あるいは一個砲兵連隊の濃密な弾幕射撃で水際防御が出来たかもしれない。
整備補修の話など、生き残ってから初めて考えればよい。
いや、艦隊がいれば、それ以前にもっと上陸してくる数を減らせたに違いない。
先日の自分の判断が悔やまれるが、もしかしたらの話はここまでだ。
俺は手元の戦力で出来る限りの事をするしかない。
「第一大隊各機へ、二機ずつで転戦し、各部隊を援護する。
第二大隊は残念ながらこの基地へ貼り付けだ。
録音した放送で壊走中の部隊を呼び寄せるが、指揮系統が違うので戦力としては数えられないな」
しかし、我々が何をどこまで出来るかが今後にかかっているな。
リンクスたちの戦闘能力に期待するしかないが、彼らとて無敵の鬼神ではないし、分身の術を使って複数の戦場に存在することもできない。
支援体制を整えた第14師団がこの戦域へ突入してくるまで、戦域情報を信じるとおよそ2時間。
内陸側の外周部隊は支援を受けられるだろうから大丈夫だが、問題なのは満足な援護を受けられない支援部隊と、陸海から挟撃を受けている海岸の防衛部隊だ。
支援部隊の壊滅は、その後の急速な戦力消耗を引き起こす。
別に戦術機に限った話ではないが、陸戦部隊とは砲兵の火力支援と、行き届いた整備補給がなされて初めて戦場で活躍できるからだ。
だが、いくら支援体制を整えたところで、前線で戦う部隊がいなくなれば意味がない。
この両立が難しい。
ここは一つ、上級司令部にお伺いを立ててみよう。
「第14師団司令部へ、こちらは新潟戦区国連軍第8492戦闘団、指揮官のグラーバク01です。
当方は新技術実験機五機を保有。戦域情報の提供を求めます。
一個無人機大隊にて防衛している補給基地にて待機中。
物資の提供や整備の準備があります。
所属は違いますが、撤退中の部隊の避難先に使ってください」
さて、こちらの申し出にどう乗ってきてくれるのだろうか。
出来れば完全な無視や、露骨に敵対的な態度は控えてもらいたいものだ。
<<こちらは第14師団司令部です。所属を確認しました。
国連軍のご協力に感謝します。と師団長が申しております>>
想像していたよりは随分とマシな回答が返ってくる。
<<戦域情報は直ちに送信されます。
付近を撤退中の二個戦術機中隊を向かわせます。
どちらも弾薬の残りがわずかですので、補給とその間の護衛をお願いします>>
直ぐに送られてきた情報が視界に現れる。
第12師団の第195と第189戦術機中隊だ。
なるほど、あと一度BETAとぶつかれば壊滅するな。
「了解いたしました。機数は少ないですが我々の実験機部隊も戦闘可能です。
最寄の部隊を支援したいのですが、そちらの邪魔をするわけにもいきませんので指示をお願いします」
指揮権を明け渡すという事は通常であればありえない事なのだが、状況が状況だ。
もちろん並行して実施はしているが、在日国連軍司令部からの正式な共同作戦の許可を待つ時間はない。
<<そちらの指揮を執る許可は来ておりません>>
案の定、官僚のような回答が返ってくる。
大勢が生きるか死ぬかの現場で、何故そのような杓子定規な答えが返ってくるのか。
規則の遵守が重要な事は理解できている。
それはもちろん軍隊の、交戦中の最前線でも同様だ。
人命がかかっている状況ではあるが、規則とはその人命を守るためにある。
指揮権の乱れは前線の兵士たちを容易に孤立させるし、場合によってはこちらの兵力を好き勝手に消耗させられる可能性もある。
そんな事はもちろん理解出来ているが、しかし納得が出来ない。
瞬間的に沸騰しそうになるが、続く言葉が俺をなだめる。
<<そのため、これはあくまでも参考情報ですが、そちらから西へ6kmの地点で孤立した戦術機中隊がいます。
これが助かると我々はとてもありがたいです。と師団長が独り言を呟いていました>>
なるほど、第14師団の師団長閣下は話がわかる人物らしい。
これは向こうに合わせた回答をしなければ失礼に当たるな。
「わかりました。指揮系統の違いは確かにありますからね。
それでは我々は、事前に与えられた権限の中で戦闘活動を実施します」
直ぐに戦域マップにマーキングが現れる。
撤退中の第104中隊が、およそ中隊規模のBETAに追撃されている。
損傷機が複数あり、そのために撤退の速度を上げられないようだ。
<<そちらの行動を制限する権限はありませんが、誤射が怖いので詳細なマップデータを送りました。
今後も事故を避けるために情報が必要なときには呼び出してください。第14師団司令部、以上です。よろしくお願いします>>
非常に好感の持てる声音で通信が切られ、長い会話のわりに時間が経過していない事に驚く。
「グラーバク01より第一大隊各機へ告げる、直ちに撤退中の友軍を援護する。
速やかにBETAを殲滅し、他の部隊の援護へ回るぞ」
跳躍の準備を整えつつ、俺はリンクスたちにそう告げた。
まあ、彼らの方が先に戦場へ到着し、そして恐らくは俺が到着する前に戦闘は終了するのだろうが。