思い出すのは初期カリキュラムに招かれた特別講師の言葉
冒険者の戦闘とはただ多数で戦闘するという事ではない
PTを構成する各個人が有機的に連携する事により加法ではなく乗法的な結果を引き出す事である
弓使いが敵の動きを止め、戦士が攻撃し、場合によって後衛を庇い、魔法を使う者が魔法で攻撃する
各々が自分の事のみを考えて行動すれば得られる結果はただの足し算
矢は払われ、剣は受け止められ、魔法は詠唱を邪魔され、人よりも強靭な魔物に対するダメージなど無いも同然
だが、連携出来ているPTならば矢が足を貫き、剣と楯が牽制し、魔法が止めを刺す事も可能だ
そう冒険者にとって一番大事なのはPTメンバー・・・すなわち《仲間》である!!
・・・・・・・・・ならば、その《仲間》から追い出された俺は冒険者失格なのだろうか?
暗闇を見通す《暗視》の効果を与える梟の指輪と視力を強化する《遠視》の効果を与える鷹の指輪を装備することで広がった視界に何処までも続くレンガ造りの通路が広がっている
離れた位置にポツンポツンと設置された精霊灯が周囲に陰影を与えながら、まるで恐怖に怯えるかの如くその身を震わしている
「ははっ、一人だとこんなにもプレッシャーを感じるんだな」
そう苦笑いをしながら独り言を呟き慎重に奥へと足を向ける。既に一度踏破した事があり戦闘能力では圧倒的に有利な30階層とはいえ、迷宮は時と共にその姿を千変万化させ新たな罠、新たな形状、新たな魔物を生み出し冒険者達を呑み込んでいく
さらに己一人では未確認の罠にかかっても助けは無く、モンスターに囲まれてしまえば幾ら戦闘力に差があっても負傷は免れない。そんなプレッシャーを感じてか歩みは自然と遅くなっている
だが、アークライン特殊探索者養成学園に在籍する何百何千というPTの中で最上級評価を受けたPTに所属していただけありゆっくりだが着実に歩を進め、遭遇したホブゴブリン、リザードナイト、コボルトアーチャーといった魔人種を撃破していく。この煉獄塔内で死した者は其の生命力を塔と殺した者に奪われ、生命の残り火たる魔力光を放ちながら消え……そして、喰われていく。その終焉の後の残るのは塔より生み出され彼等に与えられた装備と《結晶》と呼ばれる生命の残りカス
それらを回収しながらジークはゆっくりと奥へと探索を続けていく
「ん? ……これは…剣戟の音か? こんな中途半端な時期にまだこの階層で戦っているPTがいるのか?」
不意に響き渡る金属が不連続にぶつかる音に耳を澄ませ、独り言を呟いて発生源へと向う
そこには牛頭人身を持つこの階層ではボスを除いた最強のモンスター デミミノタウルスとそれ戦う紅髪の修練生の姿があった。デミミノタウルスが両手それぞれに持ったアックスを振り回すが、紅髪の修練生は右手に持った見事な装飾の施された長剣と楯で受け止ていく。が、圧倒的な腕力の差からか紅髪の修練生は徐々に壁際へと押されていく
紅髪の修練生が後ろを気にして戦うのが分かり、その方向へと目を向けると片膝つきわき腹を押さえながら気丈にも立ち上がろうとしている銀の髪の修練生の姿があった
共に薄暗く輪郭と色が分かる程度の遠距離でも分かるほどの目が覚めるような美しい髪を振り乱しながら必死に生き延びようとしている
「ルナ、早く逃げてっ! くっ、もう持たない!」
そう切羽詰った声で紅髪が叫ぶが銀の影はよろよろと立ち上がると戦闘態勢をとる。それを遠目から確認したジークフリートは頭を掻いて溜め息を一つ吐き、デミミノタウルスの気を引くために大声をあげる
「ふぅ、しょうがないか……第57期アークライン修練生 ジークフリート=フォートレス! アークライン学園修練規範に沿って、助太刀致す!!」
「ふぇ?」
そう宣言すると同時に魔力で強化を開始し、デミミノタウルスへと巨体を感じさぬ速度で接近し斧槍《銀氷の崩落》を横薙ぎに振るう。背後からの奇襲に動揺していたデミミノタウルスであったが、知性が低い事が幸いしたのか本能的に翳した両手の斧でその一撃を受け止めたのだった。
が、そこからの光景に紅髪の修練生は呆然とした表情で意味の無い言葉をもらしてしまった
横幅ではジークフリートの2倍、縦幅で1.5倍、重量では3倍はあろうデミミノタウルスが受けとめた筈の一撃で宙に浮き上がり反対の壁際へと吹き飛ばされて行く
その信じられない光景に意識をとられ、呆然としている紅の修練生に視線も向けず苛立ち交じりの怒声を浴びせる
「おい、何を呆けている!? 早くそっちの修練生をつれて逃げろ!!」
「……私は今の戦いで足をくじいていて走れません! どうかルナを…後ろの修練生だけでも連れて逃げてください!」
「…何だと? ちっ、もう起き上がりやがった。おい、紅いの、逃げるのはやめだ。俺がココでコイツを潰すが文句は言うなよ?」
「え? 何を言って・・・・・・嘘でしょ?」
ジークフリートが退却を提案するも庇った紅髪から背中越しの訴えにより却下となる。だが、そうこうしている間にも起き上がったデミミノタウルスが無粋な乱入者を怒りに燃えた目で睨みながら両手の斧を構える
その視線を真正面から受け止めたジークフリートは目的を「修練生の救出」から「デミミノタウルスの討伐」へと切り替えてデミミノタウルスと斬りつけあう
どちらともなく近づき、無言で己が生存の為に両の手を振るい相手の命を狙いあう。ジークの両手用のハルバートとデミミノタウルスの片手用斧2本が目まぐるしくぶつかり合う。手数では如何考えても2本ある片手斧の方が有利な筈がジークフリートは巧みに柄を使い手数の差を埋めていく。そこにはただ本能の赴くままに武器を振るう獣と過去より連綿と受け継がれてきた戦闘技術に基づく修練を積んだ人間の差が如実に出ていた
獣特有の本能的な感覚からか相手の強さを悟ったらしきデミミノタウルスは文字通り乾坤一擲の賭けにでた。この硬直した打ち合いの中で、一瞬間合いを空けると己の武器である斧の一本をジークの後ろで弱っている銀の修練生へと投擲する。
その斧を目の前の強敵が止めようとすればそれは致命的な隙になる。しかし、万が一止めなければ己の命が奪い取られるのだろうと大半を野性に占領された脳裏で予想する。そして、斧を斧槍で無理矢理弾き飛ばし体勢を崩した強敵へと斬りかかりながらデミミノタウルスの本能と僅かな理性は己を勝利を確信した
「人が武器だけで闘っていると思うのは甘すぎる考えだぜ!」
デミミノタウルスの目を勝利の確信がよぎった瞬間、そう叫びながら持っていた斧槍を手放し崩れた体勢の重心を上手く前へと移動させ、残った左の斧を振りかぶったデミミノタウルスの牛面へと硬く握り締めた右の拳を打ち込む
崩れた体勢を利用し己の体重を乗せきった拳をカウンターぎみに打ち込まれたデミミノタウルスはたまらずたたらを踏み後ろに下がってしまう
「今だ!」
「貰いました!!」
その隙をついて後ろにいた紅の修練生が一気に距離を詰めその剣でデミミノタウルスの頭部へ貫いた。次の瞬間、額から血と脳漿を撒き散らせ、断末魔を上げながらながらデミミノタウルスは魔力光を放ち消えていく
その断末魔が辺りに響き渡り、静寂が戻って来る頃に残っていたのは《結晶》であるデミミノタルスの角とクリスタルと呼ばれる魔力塊、そしてジークが弾き飛ばした斧だけであった
それを回収しながら今日の稼ぎの計算をしているジークであったが背後からの聞える切羽詰った声に振りむく
「ルナ、しっかりして、ルナ!」
「……おいおい、そんなに揺するな! って、女だったのか?」
振り向いた先には紅髪の修練生が倒れ伏した銀髪の修練生を揺すっていた。銀髪の修練生は――紅髪の修練生もだが――通常美人と呼ばれる範囲を逸脱した美女であった。二人に共通しているのは東方の最高級絹糸を思わせる銀と紅の髪に健康的なミルク色の肌、防具の上からも分かるメリハリのあるプロポーション。紅髪の修練生のさぞや男装が似合うだろう凛々しい顔立ちと可憐な騎士装備。そして銀髪の修練生は美の女神が肉体をもったならばこうなるだろうと思える程の絶対的な《美》を持っていた。理性には自信があるジークでさえも歓楽街で見てきた歌姫達の妖艶さとは次元の違う妖しい引力を持つ魅力に気を引かれてしまった。
が、その引力を振り切り溜め息を一つ吐くと揺さぶる紅髪の少女を引き剥がし、脇腹を最低限の力で触診し彫刻のような美貌の顔を軽くはたく
意識が混濁しいてたらしき銀の修練生は小さく口を動かし、次第に目の焦点があってくる
「痛いわよ…ノルン。後で覚えておきなさい。……ミノタウルスはどうなったの?」
「…ルナ! よかった!」
「ええい!! 揺するなと言ってるだろうが!! ミノタウルスは俺が倒したから安心しろ。それより早くポーションか神術を使え、肋骨が何本か折れてるし内臓に刺さってる可能性もある。…このままじゃ死んじまうぞ?」
はっきりと意識を取り戻したルナと呼ばれた銀髪の修練生に抱きつこうとするノルンと呼ばれた紅髪を無理やり引き剥がし、そう声をかける
「……どなたか知りませんが、お助け頂きありがとうございました。恥を晒すようで申し訳ありませんが、ポーションも神術もきらしておりまして、出きればお分け頂きたいのですが…勿論後日補償は必ずさせて頂きますので、お願いします」
「お願いします! ルナを助けて下さい」
「はぁ、取って置きだが仕方ないか…ほれ、飲め上級ポーションだ」
煉獄塔内での出来事は基本的に自己責任であり、瀕死の修練生にポーションを与え助けたとしてもほとんど場合は助けた修練生が事実を否定し補償をしない。それを分かっていても息も絶え絶え言ってくるルナと涙を流しながら頭を下げるノルンの姿に自分の甘さへの溜め息をついて、取って置きの上級ポーションを飲ませる。市場に流せば一ヶ月は遊んで暮らせる程の大金になる秘薬だけあり、数分も立たない内に半死人だったルナは回復し、自力で歩行できるまでになった
「・・・御挨拶が遅れまして誠に申し訳ありませんでした。私はルナ=カリストー、こちらは「ノルン=ウルザンブルンです」共にジークフリート様と同じ第57期修練生です。お助け頂きまことにありがとうございました。」
そう言って頭を下げる美少女二人に首を傾げるジークフリート
「助けた事は気にしてなくてもいいが、同期生? お前達みたいな美人なら一度くらい噂になりそうだが、聞いた事がないぞ? 本当に第57期生か?」
「はい、本当ですよ。ただ、私はとある事情で第56期からの編入、ノルンは第58期からの飛び級編入という形で先月より第58期生に合流した所ですが」
「…編入? 本気で言ってるのか?」
「「そうですけど、何か?」」
目の前で明らかにおかしい部分をしらばっくれる二人の美少女に対して認識を改めると共に嫌な予感によって引き起こされ、盛大に自己主張し始めた頭痛に対して、こめかみを揉む事で対抗しながら心の中で大きく溜め息を吐く
そして、現状を思い出し仲間が話していた東方ではこういう日を何というか、という話題が頭をよぎっていった
これがスズカが言っていた天中殺というやつか……
そんな思い出に苦笑しながら少女たちに背を向け斧槍を油断なく構えゆっくりと奥へと歩を進める。と、その背中に当の少女たちから声がかかる
「あの! すみません、今いいですかっ!?」
「ん? まだいたのか? 早く医者に連れてってやりな、上級ポーションとは言え万能じゃないからな」
「いえ、そのその事についてお願いがありまして……」
顔を赤くしてそう言ってくるルナとノルンに猛烈に嫌な予感が駆け巡る
「…な、何かな?」
「あ、あの、恥を忍んで頼むのですが…その私たちを転送機まで護衛して頂けないでしょうか? 勿論、先程のポーションとは別に報酬をお支払い致します!」
「……は? 護衛?」
冒険者の卵である修練生が同じ修練生を護衛として雇う。確かにアークラインでは試験対策として往々にして取られている抜け道的な処置ではあるが、それは絶対に信頼できる者でなければならない。何故ならば万が一護衛が裏切ったとしても煉獄塔内である限り殺してしまえば隠蔽は容易であり、高位修練生は低位修練生にそれを行う事ぐらいの容易いからであった
つまる所、たまたま煉獄塔内で出会った者に頼むような事ではないという事だ
「……あのなぁ」
「ダ、駄目でしょうか…」
「……はぁ。分かった、31階層の入り口の転送機まで護衛してやる。だから、その表情は止めてくれ」
肩を落とし、落ち込んだ表情の少女達を見て罪悪感が刺激されたのか渋々受け入れるジーク。対照的にジークの解答を聞いて、まるで花が咲くかのように嬉しそうに微笑む少女たち。元々が絶世と呼ぶに相応しい美貌であった為、その微笑みは見る者全てを魅了する魔性を秘めていた
もっともPTを追い出され精神的にダメージが大きく、生活費を考えると憂鬱になり、明らかに厄介事を引き寄せそうな美少女二人と関わる事になったジークにはその魔性も付け入る隙がなかったのだが…
そうして、彼は二人を引きつれながら30階層を踏破した。追記しておくと後ろの二人も中々の使い手であった。もっともお座敷剣法と試合式弓術にしてはと注釈がつくが…
そんなこんなで31階層へと到着したジークは、後ろからかかってくる声を振り切るように転送機へと飛び込み、逃げるかのごとく転送室を後にしたのだった