わたしの目の前に敵が立ちふさがっていた。
人と同じ体。頭があり、二本の腕があり、二本の足で大地を踏みしめる。
唯一違うのはその大きさ。
単純に考えて、わたしの五倍以上あるだろう巨体である。
その巨人に対して、わたしたちは臆さずに突撃していく。
手に持っている小剣を強く握りしめる。
「ライトニングピアス!」
わたしが放ったのは、雷光に例えられる鋭く速い突き。
もちろんそれだけでは、こいつを倒すことなど無理である。
だけどわたしには、頼りになる仲間がいた。
「タバサ、今よ!!」
わたしと同じぐらいの身長の、青い髪の女の子がわたしの後に続く。
わたしの攻撃で生まれた、一瞬の隙を使い接近するタバサ。
彼女の手に握られている、彼女には不釣り合いなほど大きい杖が振りかざされる。
「エアロビート……」
彼女の持っている杖が、巨人の目の前で振り下ろされる。
それと同時に彼女は、風の魔法を使ったのだろう。
巨人の周りにあるもの。すなわち空気が激しい振動を始める。
その巨体には相当効いたため、すぐ反撃をする余力はないようだ。
「はぁぁぁぁ!」
シエスタは、その隙を逃さない。
巨人の太い指を掴むと。
「だぁぁぁりゃぁぁぁ!!」
ぶん投げたのだ。
いつ見ても信じられない光景だわやっぱり。
メイド服着てやることじゃないわよ。
倒れている巨人にとどめをさすのはあの女。
腹が立つけど、一番破壊力があるのはあいつだからしょうがない。
刀と呼ばれる珍しい大剣に体重を乗せあの女――キュルケが放つ一撃『スマッシュ』。
……ってキュルケの奴。あの顔は何か思いついた顔ね。
「ふふ、いいこと思いついちゃった」
より速く、そして力強く振り抜かれた大剣は。
「ブルクラッシュ!!」
倒れた巨人の頭を、容赦なく吹き飛ばした。
ほんと、えげつないことするわねキュルケ。
巨人の後ろにあった宝箱を開ける。
石? 中に入っていたのは普通の石だ。
くだらない。こんなつまらない物要らないわよ。
「あなた達の成長の早さは、信じられないほどですね」
あんなバケモノを倒したのに、こんな風に平然としているわたしたちを見たコルベール先生が驚いていた。
先生は、ここ旧トリステイン魔法学院に私たちが入るのに最後まで反対していた。
ようは私たちが、どれだけ強くなっているのか知らなかったのだ。
「それにしても、あなた達はどうして武器を使おうなんて思ったんですか?
ミス・シエスタは平民ということで分かるのですが、あなた達は貴族ですよね」
まあ普通はそう思うわよね。
「正直に言うと、魔法だけに頼ってたらあいつに勝てないからです。
あいつの元に行く前に、精神力が切れちゃいますもの」
わたしのこの言葉に同意するように、キュルケがニヤリと笑った。
タバサも黙って頷いている。
「そこまでしてあなたは……」
その通りだ。わたしには責任がある。
そう……トリステイン魔法学院を、バケモノ達の根城にしてしまった責任があるのだ。
あんな奴を召喚してしまったわたしが、ここを元の平和な学院に戻さなくてはいけない。
わたしは誓ったのだ。あのバケモノ、魔戦士公アラケスからこの学院を取り戻すと。
あれは、よく晴れた日だった。
サモン・サーヴァント――メイジにとって最高のパートナーともいえる、使い魔を呼び出す魔法。
進級の際の試験という形で、私たちはその儀式を行っていた。
わたしは、『ゼロ』と呼ばれていた。
貴族でありながら、魔法が使えなかったからだ。
その日も、召喚しようとするたびに爆発だけが起こり、使い魔は出てこなかった。
コルベール先生に最後だと言われ、それまで以上に自分自身の力を全て出して唱えたサモン・サーヴァント。
今までの爆発を超えた大爆発。わたしは、その爆煙の中に何者かの気配を感じ取った。
成功した。
成功してしまったのだ。
一陣の風が、煙を吹き飛ばす。
そこにいたモノを見た時、わたしは言い表せない不安と恐怖を感じた。
普通なら、すごい使い魔を召喚できたと喜んでいるのだろう。
甲冑のようなものに包まれた顔は、まさに悪鬼。
そして、不気味に光る赤い瞳も、その印象を強調する。
髪は燃えるように逆立ち、その手には相当な高温なのだろう、灼熱の槍を持っていた。
さらに彼? が乗っていたものがとんでもなかった。
胴体は一つなのだが、頭は二つある獣。
いや、アレを獣と言ってもいいのか?
目が見当たらず、絶えず身の毛もよだつ叫び声をあげ続ける頭と、
その瞳を、鉄杭で刺し貫かれており、そこから血を流し続けている頭。
誰もが、わたしの喚び出したものに恐怖を抱いていた。
そして、わたしが喚び出したモノも、戸惑っているようだった。
だが、それと目が合った時、それはニヤッと邪な笑いを浮かべたような気がしたのだった。
口を開いたそいつ。
「血を流せ……」
そう言い、持っていた槍をわたしに突き出し……。
『やきごて』
……わたしは意識を失った。
その後どうなったのかは、わたしには分からない。
起きた時には、ベッドで横になっていたわたし。
生きていたのが不思議だった。素直にそう感じた。
痛む体。それを無視して無理矢理起きあがると、わたしが寝ていたベッドの横に、あの女がいたことに気がつく。
あの女ことキュルケもまた、わたしと同じように怪我を負っていた。
すでにキュルケは目を覚ましていたようで、起きたわたしに口を開く。
「無理するんじゃないわよルイズ」
キュルケの言うことももっともではあるが、わたしは、あの後どうなったのか気になって仕方がないのだ。
それをキュルケに言うと、彼女は溜息をついた後、説明するから横になりなさいとわたしに言う。
ベッドに横になるわたし。そしてあの後学院に起こった出来事をキュルケが語っていく。
わたしを持っていた槍で突き殺した後(キュルケは、私が死んだと思ったらしい)
あいつは、その場にいた人間に襲いかかった。
それに対する生徒達の反応は、二つに分かれた。
戦う者と逃げる者。
キュルケは逃げなかったようだ。
逃げる者達は、パニックになっていたのか『フライ』も使わないで走って逃げていた。
そこで、あいつがとった行動。乗っていた獣の前足が天高く持ち上がり、もの凄い速さで大地に踏みしめた。
その衝撃で起こる大地震。それでほとんどの人間が、気を失ってしまったようである。
空を飛んでいたことによって助かった者も、あいつの体から発射された、回転しながら迫る刃に体を切り刻まれ無様に地に落ちた。
トリステイン魔法学院にいるメイジ達は負けたのだ。わたしが喚びだしたあのバケモノに。
運良く逃げられた生徒が、助けを呼んで学院に帰ってきた時である。
学院の入り口付近に、気絶した私たちが積み上げられているのを発見した。
何故、命を奪わなかったのかは分からない。いや、そんな些細な問題などどうでもいいだろう。
一番の問題は、学院が変わったことであった。
トリステイン……いやハルケギニアでは見たこともない魔物どもが学院の中を徘徊していたのだ。
そして、学院の建物も変化していた。より禍々しく、構造自体も変化して地下深く拡張しているようである。
「トリステインとしても優秀なメイジを派遣してるみたいだけど、
奥まで行って帰ってこられた人はいないみたいよ。
まあ当然ね。奥にはアレがいるんだからね」
あいつの恐怖を思い出したのか、顔面が蒼白になっていたキュルケ。
わたしはその時、ある決意をしたのだ。
あいつをぶっ飛ばすと。
……その前に体を治さなきゃね。
体が治ったわたしは、みんなの制止を振り切って学院に突撃していった。
「で、なんでアンタがいるのよキュルケ」
想定外だったのが、キュルケとその友達のタバサがついてきたことだ。
キュルケは、わたしのことが心配とは言わなかった。
「あいつにやられたままじゃ癪でしょ」
そう言って、猛獣のような笑みを浮かべたキュルケ。
結局わたしは、彼女たちと行くことにした。ひとりでちょっぴり恐かったのは否定しない。
学院を進むことは、わたしが思っていたより辛かった。
見たこともない魔物。倒しても倒してもきりがなかった。
それに、迷宮と言っても過言ではないほど変わってしまった建物も原因だった。
徐々に精神力をすり減らされていくわたしたち。
最初にわたし。次にキュルケが限界を迎える。
よほど効率的な使い方をしていたのだろう。
まだ魔法を使えるタバサが、ここから撤退しようと言った。
わたしには反論できなかった。
そしてそれは、学院を出ようとするまさにその時だった。
バックアタック!!
突然の奇襲である。
唯一の戦力、タバサの魔法はわたしたちが邪魔になって敵に届かない。
わたしより頭半分ほど小さな亜人の持っている剣が、わたしに迫る。
今度こそ死んだと思った――その時、わたしを飛び越える影。
「稲妻キック!!」
跳び蹴りと同時に発生する稲妻。黒こげになりながら吹き飛ぶ亜人。わたしの目の前にはメイド服。
それがわたしたちとシエスタとの出会い。
彼女は、学院に入っていくわたしたちを捜しに来たのだという。
当然、彼女に先ほどの蹴りはなんなのかを聞くわたしたち。
シエスタは、まず自分の曾祖父の話をした。
自分の黒髪黒眼は、曾祖父の特徴だったと嬉しそうに語るシエスタ。
彼は、シエスタの故郷であるタルブの村にふらりと現れた男である。
過去の一切が不明。誰にもそれを話すことはなかったそうだ。
ただ、酒の席で酔った彼が自分は『宿命の子』だと言っていたという。
ずいぶん大げさな話である。
彼には、他の人にはない特技があった。
圧倒的なまでの戦闘力――彼が愛用の大きく反った大剣を使えば、どんな魔物でも退治できたそうだ。
さらに彼は、大剣の他に槍、斧、体術などあらゆる武器の必殺技を使えた。
彼曰く、仲間が極意を覚えたおかげで使えるようになった、とのこと。
信じられない。なんで他人が覚えた技を使えるようになるのよ。
そしてシエスタは、短い期間であったが曾祖父に体術の師事を受けていたらしい。
そのおかげで彼女は、メイジを越える戦闘力を持つようになったのだった。
「お願いですミス・ヴァリエール。あなたが呼び出したモノが、どんな姿をしているのか教えて下さい」
そう言って、頭を下げるシエスタ。
仕方なく、自分の中で最悪と言える記憶を話した。
わたしの話を聞いたシエスタは震えていた。
そして、かつて曾祖父が話した昔話の一部を語り出した。
それは四匹の魔物の話。
四魔貴族と呼ばれし、最強最悪の敵との戦いの物語であった。
魔戦士公アラケス――それを語った部分で、わたしは衝撃を感じた。おそらくキュルケやタバサも同じだろう。
同じだった。わたしが見たあいつと特徴が一致していた。
なんでシエスタの曾祖父が、あいつのことを知っているのか。
キュルケ達は気になっていたようだが、わたしには、そんなことはどうでも良かった。
あいつの名前が分かった。
待ってなさいアラケス。
絶対にアンタの所まで行ってやるんだから。
その日から、わたしの特訓が始まった。
魔法だけでは無理。平民のように武器を使おう。それがわたしの出した結論である。
まあ、シエスタを見てなかったらそんな考えはできなかっただろう。
あのキックを見て、わたしの中で平民の使う武器の評価が上がったのだ。
シエスタは武器を使ってなかった? 彼女の体術は立派な武器です。
それは、キュルケ達も同じだったようだ。
彼女たちは、わたしと一緒にアラケスの所まで行く気満々。
なんか仲間って良いわねと思えた。
そして、シエスタもわたしたちについていきたいと言った。
曾祖父が自分に技を教えたのは、こうなることを見通してだと思ったらしい。
偶然のような気がするが、口は出さない。彼女は強い。
シエスタにこれからのことを話したら、一度タルブに来たらどうかといわれた。
曾祖父が持っていた武器があるそうだ。
彼女がそう言うからには、ここら辺で買える武器より性能が良い気がしたので、
そのまま、タバサの使い魔の背に乗ってタルブに向かうことになったのだった。
「確かにすごい」
この中で、一番武器の善し悪しを知っているタバサが太鼓判を押した。
わたしたちの目の前には、いくつかの武器が置いてある。
素人のわたしが見ても、素晴らしい物だと分かったほどの逸品。
いったい、シエスタの曾祖父って何者?
って、そんなこと考える前に選ばなくちゃね。さてどれにしようかしら……。
ちなみにタバサは、自分の杖を武器として使うと言っていた。
あの長くて丈夫そうな杖なら、十分実用に耐えるだろう。
「わたしは、これに決めたわよ」
わたしが選んだのは、銀らしき金属でできた小剣『シルバーフルーレ』だった。
高貴な貴族が持つに相応しい装飾と、小柄なわたしが持つにはちょうど良い大きさが気に入った。
ちょっと前のわたしなら、もっと大きな大剣か槍でも選んだのだろう。
あの竜が装飾されていた槍も良かったけど、わたしには使いこなせそうにないわよね。
わたしは常に進化しているのだ。ふふん。
キュルケは迷っているようだった。決断力のない女だ。
そんなキュルケを見たシエスタが、家の奥から布に包まれた物を持ってくる。
「これはどうですか? 曾祖父が愛用していた『月下美人』という大剣です」
布を取り払い刀身を晒すと、そこには、その大仰な名前に負けないだけの美しさがあった。
「さっすがシエスタ。このわたしに相応しいわね」
ちょ、ちょっとまってよ。なんで後から、あんな良い物が出てくるのよ。
ま、まあ、アンタの腕力じゃ、あんな長い剣使いこなせるわけないわよね。
その時は、そう思うことで我慢したわたしだったが、
簡単にあの剣を振っているキュルケを見て、
あれ、この世界の常識が変わってる? と思うのだった。
そんなこんなで、わたしたちの修行が始まった。
実戦の相手には事欠かなかった。学院の中にいる魔物達のテリトリーが広がっていったからだ。
今では、王都周辺でも頻繁に出会うようになった。
そうして奴らを相手に腕を磨いてきたわたしたちは、とうとう二度目の挑戦をすることになる。
未だに、あいつを倒したという者は現れていない。
当たり前だ。それはわたしの役目だから。
わたしの目の前には、大きな空間が広がっていた。
学院の奥深くまで進めたわたしたち。
そこには大きな部屋と、不気味な空間の揺らめきがあった。
背筋が凍りつく感覚。間違いなかった。
「キュルケ、タバサ、シエスタ」
三人の顔を見る。みんな、力強く頷いていた。
先生も、覚悟を決めた顔をしていた。
どうも、道中だと戦いに集中できていない表情だったのだが、もう大丈夫だろう。
どんどん気配が大きくなっていった。
目の前にある揺らめきも大きくなっていき、あの時聞いたあの声がまた聞こえた。
「血を流せ……」
上等よ!
「アンタはわたしの使い魔よ。おとなしくわたしに従いなさい!!」
始まったアラケスとの二度目の決戦。
結果? 聞かないでよ。負けたわよまったく……はぁ。
でも、地震を見切ったのは良かったわ。
今度こそ、絶対に勝ってやるんだから。
というか、なんでわたしたちを殺さないのかしら?
多人数で入った他の人たちも、入口に追い出されるだけのようだし。
帰ってこないのは、ひとりで入った人だけ。
まあ、あんなバケモノの考えることなんて理解できるわけがないか。
よーし、また修行の毎日だ。
あのハゲにも武器を持たせて……三度目は負けないわよアラケス!!
後書き
一発ネタです。→続きました。
一応習作表記ですが、中身はネタに近いブツです。
きっと他の三人も召喚するとあいつらが出てくるのでしょう。
巨大な魚面が出てきて、海中に沈むロマリア。
空飛ぶ巨大なバケモノがフネを襲うため、誰も近づけなくなったアルビオン。
ガリア? どうしましょう?
タイトルもどうしましょう?
『(四匹の中では)最弱の使い魔』かな。使い魔になってないけど。
あーー、連載中の作品書かなくちゃ。