あいつが出て行ってからは華琳様と二人きりだ。
ここは安全とは言え、他の諸侯の目もある。
何かが起こってからでは遅い。私が華琳様をお守りせねば。
「春蘭、何か話して頂戴。酒を飲むにも華が無いわ」
「どのようなものがよろしいでしょうか?」
「そうね・・・」
あいつが作ったじゃーきー?と言うものを齧りながら、愛すべき主君が小首を捻る。
「こいつの話でいいわ」
と言って、じゃーきー?をひらひらさせた。
あいつの話か。
では初めて会った時の話を聞いていただこう。
盗賊に襲われている村がある、との報告を聞いて飛んできたが、遅かったか。
ここで盗賊を討伐し、華琳様の功績を少しでも挙げていかなくてはと思っていたのだがな。
まだ駆け出しの役人、だが今のままで終わる方ではない。
焼け落ちる村の中で一人。獣の様な目をした男が、周りの肉塊を眺めていた。
「貴様、生き残りか!」
「んだよ、官軍様か?」
「そうだ、陳留の!!!っく!」
突然だった。
あの距離を一瞬で詰めたと思えば、切りつけられていた。
うむ。私でなければ死んでいたな。
流石は私だ。
「貴様、何をする!」
「あぁ?手前らがチンタラしてやがるから、皆殺されちまったじゃねーか!」
武芸の欠片も見当たらない連撃。
技が無いな。
受けるだけなら、それほど難しくはないだろう。
しかし、重い。
私とほぼ互角。いや、技量なら私に分がある。
が、純粋な力勝負ならあちらに分があるだろう。
「盗賊共はどうした!」
「俺が殺した!」
会話を続ける気はないか。
連撃を浴びるのも疲れるしな。
終わらせるか?
しかし、勿体ない。
十合ほど受けているが、これほどの武、中々居るものではない。
うむ。敵の技量も測れる。
流石は私だ。
「こちとら生きる事に精一杯なんだよ!取るだけ取りやがって。手前等はイナゴか、ゴラァ!そんなお上なんてな、無くて良いんだよ!」
「何、貴様!我が主、華琳様を、曹孟徳を愚弄するか!」
こちらの一撃を体術でかわすか。
なかなかに面白い。
「女みてぇな名前だな!くそが!カマ野郎か?あぁ!」
「何を言うか!華琳様はお美しい女性だ!発展途上だがな!」
一騎打ちの最中でも、きちんと華琳様の事を把握出来ている。
うむ。冷静だな。
流石は私だ。
「女!おいおいマジかよ?・・・あんた、名は?」
距離を取って名を聞いてきた。
まずは名乗らんか。無礼者め。
まあ、こんな獣みたいな男に教養を求める方が間違いだな。
うむ。度量が広い。
流石は私だ。
「まずは自身の名を名乗らんか!が、まあいい。我が名は夏候惇。夏候元譲。曹孟徳が一番の臣にして、最強の武!」
ん?何やら驚いているな?
ほほう。さては私の名に慄いているな。
うむ。有名になったものだ。
流石は私だ。
「本当か?」
「本当だ」
「本当に本当か?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本「しつこいぞ!」
つい怒鳴ってしまった。
しかし華琳様にでも、怒るべき所では怒らなくてはいけないからな。
うむ。臣としても一流。
流石は私だ。
「くっくっく・・・ハーッハッハッハ」
「どうした?気でも狂ったか?」
頭には当たっていなかったはずだが?
男から発せられていた殺気は、もはや霧散している。
やり合う気はない様だ。
「いやいや、すまない。悪い事をした。なかなかに変な世界だとは思っていたが、十八年ほど経ってこれか。ハッハッハ。聞いただけだから信じてはいなかったんだがな」
「だから何がおかしい?」
「ククク・・・いやあんたらには関係ないよ。いやあるか?」
「???」
「まあいいか。なら俺は俺である必要は無いといった処か」
「俺?貴様の名か?意味がわからんぞ?」
俺は俺?俺が名前か?
変な名前の男だ。
「ここに来た盗賊はあんたらが始末したことにしといてくれよ。それでその欠けちまった獲物は手打ちにしといてくれ」
「!!!」
気付かなかった。確かに欠けている。
この七星餓狼を欠けさせるとは。
同じ箇所を狙い続けていた?そんなはずは無いか。
「変な男だが、面白い男だ」
「そうかい?あんた弟か妹に妙才さんってのはいるか?」
「自慢の妹だが、知っているのか?」
「名前だけね。いやはや妹ね・・・」
「貴様、華琳様にお仕えする気はないか?私が取り持つぞ?」
少し考える素振りを見せる。
華琳様にお仕え出来るのだ。光栄な事だろう。考えるまでもない。
「お断りだ。役人は嫌いだからな。この間、ぶっ飛ばした位だし」
「報告にあったのは貴様か!その件はもういい。華琳様はそこらの役人とは違うぞ。まだ駆け出しで役人になられたばかりだが、いつかはこの国を、いや、この大陸を統べるお方だ」
「曹孟徳なら出来るかもな。でもお断りだ。俺は徐晃としてではなく、俺として生きる」
「???」
本当に意味がわからん。
徐晃というのが、きっとこいつの名前だろう。
やはり俺ではなかったか。
あやうく、騙される所であった。
うむ。敵の策も看破出来る。
流石は私だ。
「ここの処理は任せてもいいか?皆を弔ってやってくれよ」
「貴様はやらんのか?身内もいるだろう?」
「ダチしか居ねぇよ。それに盗賊共の死体があると、無性に誰かを殺したくなる。それに土葬は良くわからん」
確かに友の仇が傍に居れば、気が立つのはわからんでもない。
まあ、私が責任を持って弔おうではないか。
うむ。情け深い。
流石は私だ。
「縁があったらまた会うだろう。じゃあな」
「うむ。さらばだ」
で、次にあったのが・・・
「いらっしゃい!・・・あ、元譲さんじゃないですか!」
「貴様は?・・・徐晃か!」
なぜか、屋台の店主をやっていた。
何がお前をそうさせた?
あの獣のようなギラついた瞳はどこへ捨てた?
しかしまあ、細かい事はいいだろう。
思うところがあるのだろうからな。
二年振り位の再会だろうか。
話に華を咲かせ、かなり呑んだ。
旨い鳥料理を出す男だ。酒とも合う。
今度は秋蘭も連れて来るとしよう。
顔見知りでもあった訳だし、気分も良かった。
だから、多めに出してやった。
うむ。気前が良い。
流石は私だ。
「と言った感じです。確か」
「・・・二年・・・ね」
「どうかしましたか?華琳様?」
「流石だわ」
何故かため息を吐かれてしまった。
あとがきです。
今回の視点は春蘭さんです。
少し、過去のお話を入れてみました。
次はちゃんとお話を進めて行きたいと思いますよ?
お付き合いありがとう御座いました。