こんばんわ。流琉です。
兄様が帰ってきてからは、お店の売上も順調です。
でも、帰ってきての第一声が、
「流琉ー、この二人に仕事を教えてあげてー」
でしたから、驚きました。まずはただいま、でしょう?普通。
兄様にも困ったものです。
連れてきた二人は月さんと詠さんと言います。元々、お客商売していた訳ではないので、ちょっと時間は掛かりましたが、もう給仕の仕事はバッチリです。二人が来てくれたお蔭で机の座席を増やす事が出来ました。
月さんは仕込みのお手伝いもしてくれますし、買い付けの際は詠さんが値段の交渉をしてくれます。
年も近かったので直に仲良くなれましたよ。
この前は季衣とも真名の交換をしていましたし、私もとっても嬉しいです。
今日は、また兄様がフラ~っと屋台を引いて出かけています。
営業してくれる人数が増えたからと言って、新しい事をしているみたいです。
何にも相談してくれないのは寂しいですけど、私達が思いつかないような料理をいつの間にか考えて屋台で売っています。
そこは素直に凄いなーと感心します。でも、やっぱり寂しいです。
ただ、新しいものを思いついたからといって、いきなり商品を変えるのはどうかと思います。
今日、月さんと詠さんはお城に行っています。
華琳様の所に知り合いの人がいるらしいです。
夕食を一緒にとらないか、と誘われたらしいので早めにあがって貰いました。
その後も私は一人で営業しています。でも、もうじき閉店ですね。
お客さんはあと一人です。
でも、このお客さんの着ている物は不思議です。キラキラ光っているようにも見えます。
なんでも、兄様の知り合いらしいです。で、帰ってくるのを待っているようです。
もうじき兄様は帰ってくるはず。いつも同じような時間に帰ってきますから。
「君、その歌は?」
ああ、思わず鼻歌が出ちゃいました。恥ずかしいです。
「すみません。お客さんの前で・・・」
「いや、構わないよ。それよりその歌は?」
「兄様が教えてくれたんです。兄様も良く歌っていますよ」
「・・・そう・・・やっぱり」
何か変な事を言ったでしょうか?
驚いたような顔をしていたと思うのですが・・・
「たっだいま~」
「あ、兄様。お帰りなさい。お客さんですよ?」
裏から姿を見せた兄様。お客さんの顔を見て一瞬、表情が曇りました。
何時もと感じが違う事には直に気が付きました。
だって、兄様はお客さんの前で、あんな表情は絶対しません。
「北郷君」
「お久しぶりです。徐晃さん。二人は元気にしてますか?」
でも直に何時もの兄様に戻っていました。
「ええ、元気ですよ。今日は何の用件ですか?」
「俺達は、徐州に移る事になったんです。二人の様子を見に来たのが元々ですけどね。別件が出来ました。単刀直入に言います。ウチへ来て下さい」
急でした。いきなりそんな事を言われるなんて。
でも、兄様は首を横に振りました。
「あいにく、店をやっているもので。他の人を当たって下さい」
「他の人では駄目なんです。と言うか居ません。俺と貴方しか」
意味が分かりませんでした。どういう事なのでしょう。
「『天の御使い』さんからのご指名は嬉しいですけどね。お引取り下さい」
「そうじゃない事を貴方は知っているはずでは?」
「検討がつきませんね」
「・・・あくまで徐晃として生きるつもりですか?違う道もあるでしょう?」
兄様は答えませんでした。この人が何を言っているのか分かりません。
でも、兄様は理解しているようでした。表情を見れば分かります。
「北郷君が何を言いたいのか分からない」
「俺は劉備の理想を叶えてやりたい。それだけです。」
「皆が笑って暮らせる世の中・・・でしたっけ?」
「俺と貴方が居れば出来ると思っています。今はまだ弱小ですけど、そのうちにきっとデカクなります」
「その為に今の生活を捨てろと?」
「世の中の皆が笑って暮らせる日を迎える為です」
「俺には俺の人生がある。何者にも邪魔はさせない」
兄様の眼はとても厳しいものでした。いつもニコニコ笑っている兄様の眼ではありません。
初めて見ました。
「俺が何故この世界に来たのかは分かりません。劉備達に会った理由も分かりません。でも、彼女達の理想を現実のものに出来る筈なんです。貴方さえ力を貸してくれたら」
「すみませんが、お引取り下さい」
兄様と北郷さんは黙ったままでした。
「面白そうな話じゃない?」
「華琳様!?」
全然気が付きませんでした。
声を掛けられた時には、すでにお店の中に入っていらっしゃった後でした。
「うわ、最悪・・・」
「曹操さん」
「北郷、これ以上は無駄よ。口説き落とせなかったのだから、素直に身を引きなさい」
「・・・俺は・・・諦めませんよ」
そう言って北郷さんは出て行きました。
残ったのは私と兄様と華琳様だけ。
「説明はしてもらえるのかしら?」
華琳様は椅子に腰掛け、兄様に話しかけました。
兄様は黙ったままでした。
「話してくれるのかしら?店の看板は下げてあげたわよ?」
「どこから聞いてました?」
「最初からじゃないかしら?」
「・・・ったく。いい性格してますよ。華琳さんも呑みますか?」
「頂こうかしら」
「流琉、一番きつい奴を・・・あと、もう寝なさい」
「いちゃ・・・駄目ですか?」
除け者なんて嫌です。
兄様は一気にお酒を煽ります。きついお酒なのに。
「・・・好きにすればいいよ。前々からですか?」
「何と無くね。切欠は春蘭の話を聞いてからかしら。いや、それ以前からかもね」
兄様はもう一杯呑んでから、大きく息を吐きました。
「結論から言って・・・俺には未来の記憶と知識がある。そしてこの時代の知識もある」
「証明するものは?」
「なんにも無いですよ。でも間違いない。俺は今から1800年程未来で生まれ、22歳で死んだ。気が付いたら徐晃としてこの地に生を受けた」
「にわかには信じられないわね」
「俺もそうです。未だに記憶は偽りで、夢か何かかと思うこともあります。もしかしたら、目が覚めれば元の世界にいるんじゃないかともね」
信じられませんでした。そんなありえない。
「・・・胡蝶の夢ね」
「かもしれませんね。でもそんな事はどうでもいいんですよ。俺が何者でも。ただ生きて行くだけなら困りません」
「貴方の知る徐晃とは何者なの?」
「曹操に仕える武将。五将軍とかいうんでしたっけね。その中の一人、有名人です」
「何故武将として生きなかったの?知っていたなら出来たでしょう」
その後もお酒を呑みながら、兄様はポツポツと続けました。
生まれる前の事、生まれてからは天下を目指していた事、家族が盗賊に殺された事、その後、旅に出た事・・・
その中で、
「汝南は酷かった。草一本すら生えていない。いや、それを食って人が生きていた」
「話には聞いているわ。酷い場所だってね」
「そこで一人の女の子に会った。空腹の末に腕を齧ってたよ。自分の腕をな。俺は持っていた飯をやった。最初は噛み付かれたけど、嬉しそうに食ってたっけ。でも・・・」
まさか・・・
「次の日に、その子は殺されて他人の飯になってたな・・・あれは無ぇよ・・・そこで絶望した。多分、俺が武将になって名を馳せても、何も変わらねぇって。俺は何も出来ねぇって・・・流石に泣いたっけな。こいつ一人救えねぇのに、その先の人間を救える訳ねぇって」
そんな所がまだあったなんて知りませんでした。昔に比べて豊かになって、そういうのはなくなったと思っていました。
「それからかな?料理を作って目の前のお客に笑って貰おうかなって思ったのは。俺にはそれくらいしか出来ないって思ったのは・・・あーやべ、ちょっと酔ったな。ったく、胸糞悪りぃ話だ」
「でも変えられたかもしれないじゃない」
「確かに、状況は変えられたかもな・・・でもそれは意味を持たない事を俺は知っている。歴史が進んでも、飢えに苦しみ死んでいく人間はいるんだよ。『天の世界』って奴はそんなに良い所じゃないんだ。どこの世界も一緒だよ。俺が知っている世界とは違うから、出来たかも知れねぇけどな・・・ただ、先を知っちまっているだけにな」
多分、兄様は自分自身に絶望したのかも知れません。
何も出来ない、やっても無駄・・・心が折れてしまったのかも知れません。
人が歩む道を知っているが為に。
だから武将としての生き方を捨てたのではないでしょうか?
「世の中そんな奴がいるってのに、戦争なんてしても意味が無いんだよ。人が減って世の中が上手く回らなくなるだけだ。だからと言って反対な訳じゃ無い。理想がいくつもあるんだから、ぶつかるのは自然な事だ。そんな時代だしな。だが、やりたきゃ勝手にやりやがれってんだ」
「だから頑なに拒否するのね。意味が無いと知っているから」
「それもある。まあ、死にたくないのもあるけどな。俺は俺で生きていく、徐晃としてでは無く、俺としてな」
華琳様がため息を吐きました。ちょっと酔っ払っていらっしゃるのか、顔が赤いです。
「貴方ともっと早くに出会っていればね。良い部下を拾えたのに。残念だわ」
「あの頃の俺なら、俺があんたを使っているさ」
二人してニヤッと笑います。何か通じるものがあるのでしょうか?
「まあいいわ。貴方はこれからも戦に出る気は無いのね?」
「一人なら逃げてたよ。面倒だし。でも、もう家族がいる。こいつらを守る為以外に戦う気はないがね」
「・・・兄様」
ポンと頭に手を乗せられました。
家族・・・兄様は私達を・・・
そっか・・・兄様には・・・
「私が相手でも戦う気かしら?」
「当たり前だ。孤立無援大いに結構。誰であっても容赦はしねぇ」
「良い返事ね。そういう所は嫌いじゃないわ」
「だったら、好きって言いやがれ」
ここまで言う兄様は初めて見ました。酔っているのもあるかも知れません。でも華琳様もご気分を害していないようです。
不思議な二人です。
「フフフ、おかしな男ね。前々から思ってはいたけど」
「変って言うな」
「言ってないわ」
「ああそうかい」
華琳様とここまで言い合える人は他には居ないと思います。
本当に、不思議な人です。
「元譲と会ったのもその頃か?いや、もうちょっと後か。そこで初めて見たんだ。俺の知っている歴史とは違う歴史って奴を。まあ、聞いたりはしていたし、何と無くは分かっていたけどな。徐晃を捨て切る踏ん切りはついてなかった。でもあの時決めた。ダチの変わり果てた姿を見ながらな・・・乱世なんて糞喰らえってな」
「聞いているわ。一騎打ちをやらかしたってね」
「まあね。ま、そんな所か。俺の事は」
二人で大分お酒を呑んでいます。甕が一つ空になりましたから。
本当は怒らないといけないのですが、今日は大目にみてあげます。
「そろそろ帰るとしましょうか。徐晃、真桜から見て欲しいものがあると伝言を頼まれているわ」
「なんだ?華琳さん。使いっ走りかよ。らしくねーな」
「そうじゃないわ。ついでよ」
出て行く途中で華琳様が振り返りました。
「貴方・・・昔の名は?」
「あん?知ってどうするよ?」
「良いじゃない」
「・・・藤崎・・・藤崎真一だ」
藤崎真一・・・これが兄様の昔の名前・・・
「そう・・・なら貴方の真名は真一よ。親から貰った物なのでしょう?だったら大事になさい。また来るわ、真一」
そう言って出て行かれました。
「・・・ったく・・・何だってんだ。あーもう寝るぞ。呑みすぎた」
「はい。そうしましょう。明日からまたお仕事ですし」
「・・・何泣いてんだ?」
「泣いてません!」
兄様はちょっと泣いていました。顔は笑っていましたけど、ちょっとだけ涙を流していました。
きっと嬉しかったのかな?
私も何故か泣いてました。
その日は私が無理を言って、一緒に寝てもらいました。
だって決めた事があったから。
「兄様!おはよう御座います。今日もいい天気ですよ!」
笑顔でおはようを一番最初に言おうって。
だって、大切な家族ですから!
あとがきです。
これで第一部完です。もうすこし綺麗に纏めたかったってのはありますが。
文才が足りませんでした。
何点か別キャラサイドの小話を挟んで第二部を始めたいと思います。
駄文にお付き合い頂き、ありがとう御座いました