『反射だったんです』
『悪気はなかった』
『信じてほしい』
『今は反省している』
そんな言葉が脳内を亜高速で飛び交う中、私 偽ラクスことミーア・キャンベルは見事に固まっていた。
東アジアの島国に伝わる伝説の遊び「ダルマサンガーコロンダー」でも決してアウトにならない見事な静止っぷりであろう。
止まらざる理由は二つある。一つはそれはそれは見事な敬礼をかましてしまったから。
癖というのはなかなか抜けないモノであるという事を今ならば本当の意味で理解できる。
「初めて訪れた戦闘艦のブリッジに入る」
その行為により昔ならば確実にやっていただろう行動が理性を塗りつぶしていた。
故に敬礼である。鏡が無いので分からないが一年数カ月のブランクを考慮すれば、アカデミーで見本とし映像資料になってもおかしくはあるまい。
「……ラクスだよな?」
気まずい沈黙を破ったのは余り趣味が良いとは言えない色の例服に身を纏った金髪の少女。
政治になどからっきし興味が無かったころならば、ちょっと勝気な感じの女の子程度にしか思わなかっただろうが、今は違う。
その人物がだれなのか理解できたし、その人物に遭遇してしまう事が偽物のラクスとしてどれだけ危険なのかも解ってしまえた。
「えぇ……お久しぶりです、カガリ様」
声は何とかそれらしい音を紡ぎだせた。だが心の内ではそうもいかない。
どうしてこいつがここに居る!? カガリ……カガリ・ユラ・アスハ。
そう、あのアスハ。中立の島国 技術立国 オーブの大人気な合法的独裁家族。
彼女はその正当な血統を持つオーブの姫獅子。そして何よりも厄介な事は……『本当のラクス・クラインと親しい』こと。
「違う……」
違う? 私はラクス・クラインでは無い、と? まぁ、そんなことは誰かに言われるまでもなく理解している。
私はミーア・キャンベルだ。歌で生きていこうとして挫折し、MSパイロットである事も投げ出した半端者だ。
そんな有難い忠告は二人っきりの時にしろ、このグラサンハゲめが……ってこいつは確か!?
「会いたかったですわ~」(建前)
『これ以上は!!』(本音)
可能な限り甘い声を絞り出す。この行動は反射では無い。数多の可能性を計算して導き出した結果。
「?」
茫然とするターゲットの首元に飛びつき、戦場では邪魔でしかない質量過多な胸部を押し付ける。
これからすることを考えれば、これくらいの偽装とサービスがあっても良いだろう。
「アスラーン♪」(建前)
そう、コイツはアスラン・ザラ。あのザフト強硬派にその名を冠するパトリック・ザラ元議長の息子。
同時に優秀なMSパイロットであり、先の大戦ではあのストライクを撃破する功績から勲章を受領。
だというのに最後はザフトを飛び出し、あの三隻連合に所属して戦争を終結させた英雄殿。
『言わせはせんよ!』(本音)
そして最も重要な事はこいつが『本物の』ラクス・クラインの元婚約者だということだ。
他の誰が『このラクスは偽物だ!』と騒ぐよりもコイツが否定した方が影響力と騒ぎがでかくなる。
故にこれ以上は言わせる事は出来ない。
首元には飛びつくだけでは終わらない。顔を擦り寄らせるように見せかけて『絞め』……勢いをつけ過ぎた風を装って『捻る』のである。
『ゴキリ』
アスランのもっとも近くに居る私、そしてカガリ・ユラ・アスハだけがその音を聞く。
骨とかが色々とアレな感じで曲がってしまった時に発せられる音である。
「■■■!……」
悲鳴にも似た無音の叫びはすぐさま途切れ、ターゲットの体から力が抜ける。
心配するような言葉を吐き出しながら、アスハに牽制の視線を飛ばしておく事を忘れない。
この一連の行動でいかに頭が弱い人間でも、私がラクス・クラインじゃない存在である事は理解できてしまうだろうから。
「あ~やっぱり元婚約者同士は違うな~」
……と的外れなオペレーターの子の呟きを遠くで聞きつつ、事情を知らないモノには元婚約者同士の素敵なスキンシップに見えていることに安堵。
口からエクトプラズマ―的な何かを吐き出しそうな元婚約者(設定上)を今の女(たぶん)に押し付けて、私は踵を返す。
向ける視線の先は私のマネージャーたるデュランダル議長……ではなく、VIPを満載した船を任されているだろう艦長殿の方。
「現在の状況は?」
たまたま乗り合わせてしまった戦闘艦において、まずはなすべき事はその鑑が置かれている状況を的確に把握することだ。
これは『本来所属するべきはない戦艦に乗り合わせる』いう稀有なシチュエーションをあえて想定するまでもなく、現状認識こそ戦場の基礎。
的確に自分を取り巻く状況を理解することで、任務達成と生還という戦士の至上命題の達成率を向上させる。
「えっ……えぇ。ボギーワンと命名されたアンノウン鑑との距離が……」
何やら驚く事があったらしい艦長殿が慌てて言葉を紡ぎだす。
語られる内容は決して楽観視できるものではなかった。何せこれだけのVPを満載した進水式前の戦艦が単独での追跡。
そして相手は強奪したばかりの機体でこちらの攻撃を退ける三人+メビウスゼロのような有線式ガンバレル使いと最新鋭艦ミネルバを相手に速度で劣らぬ母艦。
「だが此処で逃がすのは余りにも危険すぎる。姫やラクスには申し訳ないが降りて頂く暇は無い」
「分かっています。事と次第によっては三年前から続いていたインターバルが終わりかねないもの」
降りるはずの面子に自分を含めて居ない辺りがデュランダル議長らしい。
この人は穏健派だろうと戦うべき時と戦う準備の価値を知っている人だ。
今回ばかりはその準備が裏目に出た形になってしまったのだが……
「地球での戦闘 陸・海・空にそれぞれ特化したセカンドシリーズ……捉え方によっては『ザフトは地球進行を企てている!』とバカげた陰謀論者たちを元気づけてしまう。
それにあのアンノウン……アークエンジェルタイプですよね?」
「「「「!?」」」」
そう、少し映像で見せて貰っただけだがすぐに分かった。あの大戦を戦ったザフトのMS乗りならば、忘れてはならないシルエット。
「海上戦艦を宇宙に浮かべただけの連合旧式鑑とは一線を隔すデザイン。
ザフト鑑以上に計算されつくした対MS対空防御システム。左右に突き出したMSデッキから付いた名前は足つき」
他のどんな戦艦よりも混乱の焦点たる地位に相応しい血みどろの華々しい戦歴をお持ちのシリーズ。
恐らく建造コストからすればそれなりの地位と金がある者でなければ建造、運用することは難しいだろう船。
恐らくあれのオーナーは大西洋一帯に覇を唱える青いコスモスが根を張った大国の所属だろう。
つまり……だ。
「よっぽど血塗れの第二ラウンドを始めたい人が多いって事でしょうか?」
そこまで喋って周りの空気が大変な事になっている事に気がつく私。
バカバカ! ミーアのバカ! あれだけラクスっぽく居ようと練習したのに、緊急事態になると素の自分 軍人としての自分が出てしまう。
ふたたび『やっちまったな!』と内心で叫ぶ前、アラートが鳴った。
そして私は内心でこう叫ぶ事にしたのである。『ありがとう、神様!!』
なぜだ……長く書いていた割には話が進みません。許してOrz