エライ久しぶりで本当にすみません!
俺ことシン・アスカは目のやり場に困っていた。
その原因は目の前で行われる会話である。
「貴女のお名前は?」
「ステラ……ステラ・ルーシェ」
一人は良く知った人。もう一人は海から救い上げた人。
「この辺の子なの?」
「違う」
波の浸食で断崖の下に僅かにできた砂浜。そこで行われるのは会話と呼ぶには些か一方的な言葉のやり取り。
「旅行……かな? お父さんやお母さんと?」
「お父さん……お母さんいない。一緒はネオ、アウル、スティング」
どうやら崖から落ちる以前からなかなか難しい子らしい。
年は同じくらいだと思うけど、子供っぽい……というのとは違う危なっかしさがある。
「その人たちも心配しているわ」
聞き手に回るのは良く知った人 ラクス・クライン。
「心配……」
ブツ切りの言葉で言葉を返すのが先ほど名乗った通りならステラ・ルーシェ。
「アウルもスティングも何時の間にか居なかった」
……何時の間にか居なくなったのは君の方だと思う。本当に危なっかしい子だ。
そういえば危なっかしいと言えばいま目の前で行われている全てが危なっかしいという事が出来るかもしれない。
「そう……じゃあ早く探して上げないといけないわね」
ガチガチに固まった無表情では無く、どこか夢でも見て居そうな無表情のまま、ステラは僅かに震えている。
表情からは分かり難いがやはりあれだけの事が在ったのだから、恐怖を感じているのだろう。
「うん」
そしてそんな彼女を優しく抱きしめるラクスの表情は何時もの鮮烈な輝きとは違う穏やかな色。
ライブの時とも戦闘の時とも違う新しい魅力に引き込まれかけて……気を取り直す。
何せいま、ここは自分の尊厳とプライドと本能がせめぎ合う最前線なのだから。
「シン君どうしたの? そんな真剣な顔して」
「いえ……別に」
「?」
ラクスの言葉に釣られてステラの視線すらも此方へ。
フワフワの金髪と幼い顔立ちに不思議なスミレ色の瞳の少女。
そしてそんな彼女を抱きしめる流れる桃色の髪と凛々しい顔立ちの女性。
持っていたサバイバルキットで起こした焚火を挟み、自分を見つめてくる『綺麗』や『可愛い』で表現される二人。
しっとりと僅かに湿った髪と冷たい海水でより白く、焚火の炎で徐々に赤みを増す肌。
ラクスのボディーバランスが素晴らし過ぎる事は、バイクに乗っている時に幾度となく、背中に質量兵器の強襲を受けたので理解していた。
さらに幼い印象を強烈に至らせるステラも意外と着やせするタイプらしくこれまた凄い。
そんな二人がこちらを見つめてくる。ごめん、たまりません。
え? なんで肌の色やらボディーラインが鮮明な描写可能なのかって?
そんなの二人が裸だからに決まっているじゃないか!
「はっは~ん♪」
いや、別にそう言うのは無い。濡れたままの服を着続けるのは体調を崩す原因にもなるし、乾くのも遅くなる。
そういう卑猥な気持ちは一切無いんですってば、なんですか、ラクス!? 『私は分かってるから大丈夫だよ♪』みたいな生温かい視線は!!
「シン? どうしたの?」
不思議そうから心配そうに変化してしまったステラの視線が痛い。
年齢なんてワザワザ確認していないが、『年下っぽい女性』のそういう視線は無条件でむず痒く、同時にイライラが募る。
何も似ていなくてもマユの事を思いますからだ。
「っ! ステラちゃん、お姉さんが説明してあげるわ」
「あっ」
ラクスがステラの視線を俺からずらしてくれた。まさかそんな小さな事まで気を遣わせてしまったのだろうか?
「つまりね? 男のゼロシステムが月光蝶でトランザムなのよ♪」
「なんですそれ!!」
「……良く分からない」
訂正……ただ楽しんでいるだけなのかもしれない。それでもこの人が少ない自由時間で楽しく過ごせるなら良いかな?と前向きに思考してみた。
助けが来るまでのそうでもないはずなのに、長く感じる時間のうちでほんの一瞬だけ、シン・アスカが違和感を覚えた瞬間があった。
「お姉さん……名前は?」
俺のゼロシステムとかトランザムとかの後の事だ。
ラクスが展開する超絶理論(別名 オレへのイジメ)を否定しきり、守るオレも攻めるラクスも見て笑っていたステラも一息ついた時。
「んん~?」
「っ!!」
本当にいまさらな質問だったが、それはラクスに困った顔をして、俺は驚きで吹きだした。
当然のことながら本当の事を名乗るとするならば、ステラが『お姉さん』と表現する人の名前はラクス・クラインである。
だがそれを果たして素直に伝えてしまって良いものなのだろうか? その名前は余りにも大き過ぎる。
こんな所で海に飛び込んだりして居るはずがない名前。
このポヤヤンとした子だって、その名前くらいは聞いた事が在る筈だ!……覚えて、理解してるかは別にして……
「私の名前は……」
俺の葛藤を知ってか知らずか、ラクスは宙をさまよう視線とクルクルと回された人差し指の先 表情が変わる。
何か最高の悪戯を閃いてしまったような顔。
「私の……名前」
もう一度繰り返す、ただの偽名。
軍用SOS発信機が正常に起動しているのだから、助けは直ぐに来る。
そうなればきっともう会う事も無くなってしまうだろう唯の少女に一時の安心を与えるだけのモノ。
なのにどうして……そんなに……
「ミーア」
踏ん切りとともに吐き出すのは、有り触れた名前だった。
別に特別な悪戯が含まれているとは到底思えない。それに……どうしてそんなに『この名前を口にする喜び』を滲ませるのか?
「私は……ミーア・キャンベルだよ」
絞り出すように、ずっと我慢していた事を成し遂げたように……だが同時に苦しそうにそう告げた。
「わかった」
どうしてその名前を口にしてしまったのだろうか?
きっと私 ラクス・クライン……今だけはミーア・キャンベル は我慢できなかったのだ。
何も知らないステラにまで、偽りの名前を教える事が我慢できなくて、久しぶりに本当の名前を口に出したかった。
誰かに呼んで欲しかった。誰かに覚えていて欲しかった。休日のただの気まぐれ。
「ミーア♪」
「あぁ……」
ステラの呆けた表情は消え去り、儚くも輝かしい微笑みがその名を告げる。
口から零れたのはため息だった。耽溺と後悔が入り混じった最悪の類のため息。
「うん……うん!」
呼ばれた喜びはいまこの一時しか呼ばれない絶望に飲み干される、
「? どうしたの?」
「ラクス!?」
ステラは不安げに首を傾げ、シン君は物凄い焦りよう。一体どうしたのだろうか?……あぁ、私は気付かないまま泣いていた。
シン・アスカが色々な懲罰覚悟で使った緊急SOSは確かにザフトのディオキアのザフト基地へと届いていた。
ソレを受信した司令室は状況の把握が出来ないままだったが、信号が受信された場所へと人を送ろうとした時、その通信は来た。
「その必要はありませんわ」
「はっ? SOSですのでそんな訳には……」
その時指令室にいた誰よりも偉いのだろう白服の女性だった。
珍しい『桃色の髪』を目深にかぶった帽子に押し込み、口元はザフト軍人らしからぬ『応和な笑み』を浮かべている。
「その案件はかのラクス・クラインに関わります」
「「「「「っ!?」」」」
ラクス・クラインの名前がSOS信号と共に出てくるなんてそれだけで緊急事態だ。
それこそすぐさま対処を全軍にでも命ずるべきなのではないか?……なんて疑問はその場にいた誰もが一切感じなかった。
「故にこの事は他言無用。こちらの……えっと……緊急対応特殊部隊で対処します」
怪しい、怪し過ぎる。その場にいた誰もがそう感じた。
自分が所属、もしくは指揮する部隊の名前が直ぐに出てこない。
というかそんな部隊が存在する事も知らない。だからこの命令は聞けない。
正当な場所に連絡を取り直して、指示を仰ぐ……なんて『誰も』考えなかった。
『従わなければ!』と誰もが通常の任務以上の使命感を持って頷く。
「分かりましたね?」
「了解しました」
こうして余りにも不自然な流れでSOS信号は握りつぶされたのである。
「いかがでしたか、ブレラさん? 私の迫真の演技」
電源が落ちた通信機の前、白服の軍帽を脱ぎ捨てた女性は流れ落ちた桃色の髪を撫でつけて、やり遂げた顔で後ろにいた人物に問う。
「歌とは違って……その……」
答えに窮する穂は金髪にサングラス、赤紫のロングコートを纏った男性。
「もう……お世辞にでも『お上手です』とか言ってくださいませ」
自分でも上手くない自覚が在ったらしい女性 『本物のラクス・クライン』は気を取り直したように告げる。
「それではあの方たちに迎えを」
遊ぶのが楽しみで仕方がない子供のような微笑だった。
短くてすんません!