『この回だけでオーブ沖戦闘を終わらせよう!』……そんな風に考えていた時が私にもありました。
『撃墜せずに止める』
口ではそんな約束をしたのは良いが、それを実行する自信が無くなっているアレックス・ディノ……本名アスラン・ザラはため息。
距離を詰めれば詰めるほど、撃墜せずに止めなければ成らない相手の戦いっぷりの詳細が見えて来た。
完全に逃げ腰になっている連合のMSを可能な限り撃破し、なおかつ空母群には痛撃を与え続ける。
そこには一切の余裕が無く、一切の容赦もない。無理はしないが、無駄もない。
壊せるモノは全てを壊す。目の届く範囲を全て把握し、手の届く範囲を平等に破壊する。
四方八方から浴びせられる射撃を正確かつ大胆に回避。
だが回避によって攻撃の手が止まるような事はない。流れる様な動き……というのを通り越してまるで筋書きがあるようだ。
『演武』
演じられる武力。まるで性質の悪い三文芝居だ。ギリギリを駆けているはずなのに、一切の危機感がない。
本当にギリギリで一歩も二歩も死線を踏み越える何処かの偽物とは全く違う。
ギリギリの回避は全く淀みのないルートを辿り、急機動で反転した先には態勢が整っていない敵機が良い的として存在する。
もちろん三文芝居の風を持っているとはいえ、筋書きが存在する訳ではない。
恐らく全てを計算しているのだろう。敵の位置、数、動きなどなど……数えるのもバカらしい程無数に存在する戦場という場所を構成する全て。
『それら全ての現在の状況から未来を導き出す』
言葉にするのは簡単だ。人間ならばある程度は行っていること。
例えば小売店ならば午前中の天気で午後のお客の入りを予測する。
例えば道の混みようで最終的な目的地への到着時間を逆算する。
誰もがある程度は行っている事では在る。
だがこれほどの精度で連続して行える訳がない。
それが日常とは次元が異なる極限の連続である戦場ならば尚更のこと。
もしソレを行える者がいるとしたら……つまりアスランの視界の中で瞬く間に大きくなったGタイプ インパルスのパイロットは……
「シン・アスカ……まさか君も」
個人と触れあって、その人柄は良く理解しているつもりだ。
真っ直ぐで熱し易い、自分たちよりもずっと健常な若者だった。
しかし……コレを見てしまうと確信せずには居られない。
「君も……『SEED』を持つ者なのか」
忌まわしいその名は人類の革新であり……人間のおぞましい末路の可能性の名前だった。
アスランことアレックス・ディノが駆るムラサメのカスタム機から、虐殺一歩手前の戦闘を続けるインパルスへの警告など一切無かった。
飛行形態のまま速度も一切落とさず、可能な限りの火器を乱射する。
美しいとも正しいとも言い難い攻撃。だが無意味な警告と策謀はコレには一切通じないだろうと確信していた。
だからこそ持ちうる最大の火力と速度を叩きこんだ。
『撃墜せずに止める』
そんな恋人との約束を忘れた訳では無論ない。勿論ないのだが……出来ない事と言うのが世界には沢山あるのだ。
落とす気でかかった所でどれだけの傷をつける事が出来る相手だろうか?
「ちぃっ!?」
結果を端的に表すのは彼らしく無い舌打ちが一つ。
アスランの鼓膜を打つのは躊躇い無い危機を告げる現実のみ。
コーディネーター、しかもMSの戦闘に熟練したものでなければ気を失うような急制動。
「無傷か……」
そんな暴れる視界の中で見たのは傷一つないトリコロールの翼と、それが早くもこちらに向けているビームライフルの砲身。
完全に計算される要素を排除したはずの奇襲すら完全に失敗した以上、正面から向き合って抑えるしかないだろう。
形態をMSへと移行。正確な射撃を何とか掻い潜り、ビームサーベルを一閃する。
「っ!!」
確かに読まれている自覚はあった。しばらく味わっていなかった『友人』との戦闘を思い出す。
「早すぎる!」
既にウェポンラックにビームライフルが納められ、引き抜かれたサーベルが眩い光を放つ。
いかに追加装甲が施されているとはいえ、所詮それはムラサメの物足りないスペックを引き上げる為のデコレーション。
バーニアや追加武装に起因する装甲で在り、ビームという一撃必殺を体現する兵器に対して有効な防御たりえない。
「このままじゃ……」
同程度の性能の機体ならばまだしも、アスランが乗るのは無理やり速度なり火力なりを引き上げた魔改造量産機。
相手はエースが乗る為に設計され、製造された本物の最新鋭機。機体と言う面では明らかに劣っていると言わざる得ない。
「パイロットは追い付かないと……なっ!」
数度目の交差で鍔迫り合いからの蹴り。コレは予測が遅れたらしく綺麗に入り、距離が取れる。
もし本当にただ撃墜するならば、こちらの持ちうる全てと多少の損害を考慮に入れれば、不可能ではないだろう。
それだけの戦闘を積んできた自負があり、それは世界の誰もが認めるところだろうから。
だが愛しい国家元首は勿論のこと、アスラン自身もここでシン・アスカの命を危険に晒したくはないと考えている。
ならば……中身 パイロットが『同等』になるしかない。
「ふぅ……」
インパルスと離れた距離と崩れた体勢は小さく息を吐き……『同等』になる時間を満たしていた。
『■■■』
脳内で弾けるのは種。視界と脳内から余計なモノが消える。
体勢を立て直したインパルスが再び斬りかかってくる映像を見ながら、アスランはそこから五秒先の斬り合いについて思考を巡らし始めた。
「はっはっは~なんだこれぇ~?」
ミネルバの副艦長であるアーサー・トラインが乾いた笑いを浮かべながら、そんなセリフを吐き出した。
もし『たったいま起こっている事態』が原因として存在しないならば、ミネルバの艦長にして彼の直属の上司たるタリア・グラディスの対応は、猛烈な叱責だっただろう。
だが目の前で行われた一連のソレを見てしまうと、そんな気の抜けた声を上げてしまうのも、仕方がないと納得できてしまう。
「シン・アスカ……」
タリアはこんな状況下だが一つの疑問に答えを出した。
モビルスーツパイロットとしての技能を単純に比較し、そこに軍人としての適性を加味した場合、シン・アスカはミネルバ一の存在ではない。
冷静沈着にして戦術面にも気を配れるレイ・ザ・バレルが総合的に見て疑いなくナンバー1だ。
それなのに何故?
何故最新鋭機にしてミネルバ最強のモビルスーツたるインパルスのパイロットはレイではなくシンなのか?
それはきっと唯の試験などでは分からない強さ。
それこそ運命を読み上げる占い……もしくは遺伝子を解析しなければ分からないナニカ。
「だから『カレ』なのね? ギルバート」
元は遺伝子解析の専門家として名を馳せていた愛しい人の名前を口から零すタリア。
数秒をモニターに映された高次元な怪獣大決戦を観戦する事に費やして、ふと意識を引っ張り出してタリアは顔色を青くする。
「インパルスを呼び戻しなさい!!」
「はぁ?」
タリアの突然の叫びにアーサーは首を傾げる。
「だから! シンを止めるのよ!!」
「どうしてまた?」
何をどうすれば人間の常識なんて二・三歩は踏み越えた勇者の邪魔をする必要がある?
その一騎当千の活躍をもって、危機的綱渡りの終焉へと前進を見せているというのに?
「分からないの!? いま彼が戦っているのは連合軍じゃない!」
「っ!?」
疑問は覚め、アーサーの顔は真っ青になった。
そう……いま次元を超える戦いを演ずるパートナーはオーブ軍所属。
確かに仕掛けて来たのは相手が先だった。だが条約締結を前に、連合軍の危機的状況に対して人道的に支援の必要性は明白。
先程までこちらを追いこんでいた敵軍が散々に追い散らされる図は、タリアにも通常の戦闘とは異なる背筋の冷たさを覚えさせた。
「相手はオーブよ! しかもさっきの暗号文で『戦闘を停止し、離脱せよ』って送ってきてる」
良い落とし所だろう。
自国の領海傍でザフト鑑が袋叩きに遭って沈む事もなく、なおかつ条約を締結する連合には『艦隊全滅を回避』という恩を売れる。
中立と言うコウモリには実に美味しい結果だ。だがこれ以上シンが戦い続ければ……オーブとプラントに良くない結果を残しかねない。
「シンは何故戻らないの!?」
「通信は正常に繋がっています! ただ反応がありません! なんかブツブツ呟いているみたいなんですど……」
「呼びかけ続けるのよ! それとラクス様が使っていたグゥルがあるでしょ!」
もし明るい情報を列挙するならば間違いなく一つ上げられるのはラクス・クラインが無事に帰艦したことくらいだろう。
誰が見ても撃墜確定な状況からプラントの精神的主柱を救いだしたこともシンの評価を上げていたのに……
「レイでもルナマリアでも直接向かわせなさい!」
その後が命令を無視してオーブの軍神とチャンバラーなんて笑えないにも程があるというものだ。
もはやストレスが胃でマッハなタリアは、胸を抑える余裕も凝り固まった眉間を解す暇もなく指示を飛ばす。
「はっはい! え?……グゥルがない?」
「はぁ?」
しかし余計な事に気を使っている余裕は無いにもかかわらず、メイリンの気の抜けた声はしっかりとタリアの耳に届いてしまった。
無いはずがないのだ。ラクスが帰還し、それから何者にも出撃命令を出していないのだから。
「なんで?……えぇ!! ラクス様がまた出撃したぁ!?」
そんなメイリンの言葉を聴いてタリア・グラディスは一瞬だけ、意識を飛ばしてはいけない方へと向けてしまった。
『神様……やっぱり貴方は私を心労で殺す気なんですね? 分かります!』
シン・アスカとアスラン・ザラの戦いは接戦である。恐るべき高次元なレベルで繰り広げられる闘いであった。
お互いが一般的とは言い難い操縦を披露し、オーブ・ザフト、そして連合のMS戦闘に対する新たな認識を開いたといえる。
しかし同時刻にそれほど離れていない場所で行われていたソレは闘いでは無い。
シンが連合軍を相手に行っていたソレをも圧倒的に飛び越えた……真の虐殺だった。
「バカな……」
オーブ軍の特殊部隊に属するその男は隠密戦闘用アストレイ 月光のコクピットでそう絞り出した。
別段難しい任務では無かったはずだ。無傷で手に入れる事にこそ失敗してしまったが、暗殺するならばMSまで引っ張り出して、不可能などあり得ない。
そのはずだったのに……まさか個人の邸宅の地下からMSが現れるなんて予想できるはずがない!
「これが……フリーダム」
しかも横流しや鹵獲機の為、世界中で見られるジンやダガーなどの類では無い。
『オーブの戦神』
『囚われざる青き翼』
『ヤキンドゥーエの悪夢』
数多なる異名を持ってして語られる最強の称号を冠するに最もふさわしいMS。
しかし最後は少なくない損傷を負い、破棄されたと聞いていた。なのに何故!?
「なぜ完璧な状態で此処にいるのだ!?」
無傷。完璧な修理が施され、傷の一つもない完品状態。
MS一機を完璧に整備するのはかなりの費用が掛かるモノだ。
国や大企業というバックが無ければまず不可能だろう。それがタブーとされる核動力搭載機ならば尚更だ。
「撃て! 数はこちらが上だ!!」
同僚の叫びに頷く。黒いアストレイの群れが放つビームライフルの射撃は間違いなく、弾幕と言って良いモノのはずだ。
幾ら高出力をもって知られるフリーダムとて……
「はっ?」
戦術的には何の意味すら感じさせないアクロバティックな動き。
空中で頭部を下にしたまま放たれるフルバースト。それだけで半数の味方が戦闘不能。
その動きには遊びがある。こちらを嘲笑っているような感覚。『半数で済ませてやったのが分からないのか?』と笑っている。
「舐めるなぁあ!!」
特殊部隊は単身での潜入からMS戦闘まであらゆる事態を想定し、厳し過ぎる基準によって選ばれたエキスパート集団だ。
愛機たる月光もカスタムチューンが施されており、単純な戦闘能力ならばオーブの最新鋭機たるムラサメを始め、各勢力の主力量産機を凌ぐスペックがある。
腰からビームサーベルを引き抜き、跳びかかる。四方から包囲斬撃。交わすのは至難の業だろう。
『舐めるな? それは無理だよ』
か細い声はまるで歌うように嘲笑っている。ディスプレイから眼前に迫っていたはずのフリーダムが消えた。
錯覚などでは無い。まさしく消えた。
『君たちには侮られるような価値しかないんだから』
衝撃がアラート音に追い付く。スピードだけではなく滑らか過ぎる斬撃のモーション。
切られた事を認識する前に四肢を失った機体が重力に惹かれて落下を始めている。
恐るべきことに此処までの蹂躙を行いながら、フリーダムは一機たりとて此方を撃破―――パイロットを殺していないのだ。
単純に考えて、MS戦闘で相手を最も少ない手数で無効化するならば、狙うべきはコクピットだろう。
手ならば二つは潰さなければならないだろうし、頭部は全体に占める割合から的確に狙うのは難しい。
だがコレを容易くやってのける。機動の中には遊びが在り、こちらを笑う余裕を持ちながら。
「この……バケモノめ!!」
フリーダムのパイロットはやはり笑いながらこう返してきた。
『止めてよね……ただの人間が僕に勝てる訳ないじゃないか?』
これはタリア・グラディスが意味の分からない報告を聴く少し前の事だ。
「駄目だよ……シン君!」
ラクス・クライン(の偽物をしていたような気がするミーア・キャンベル)は先ほどフラフラと歩いてきた通路を逆走していた。
その原因はヘロヘロで辿り着いた待機室で見たモビルスーツ戦の映像だった。
「これは……」
こんな闘いを一度だけ見た事がある。私の夢が破れたあのヤキンドゥーエ最終攻防戦。
私が知る最強のパイロットと後に世界が認める最強のパイロット。
ザフトが作り出した最強と呼ぶにふさわしい二機のMS 『天帝』と『自由』。
いくら努力しても、幾ら強力な機体を与えられてもたどり着けないだろう場所。
そこに自分の可愛い後輩は立っている、だけど……
「コレは駄目だ」
直感で理解した。あそこは『人間』ならば辿り着いてはイケない場所なのだと。
このままでは彼が居なくなってしまう。
「私の歌も守るんでしょ!?」
私の体だけ守ったって駄目なんだからね!!
無意味な気合いの入り具合に自分が冷静ではないと確証を持って言える。
ハンガーに飛び込んで、メカニック君をひっ捕まえた。
「ピンクちゃんの状態は!?」
「頭部以外に問題はありませんけど、流石にまだ修理は……」
「グゥルには何か問題でも?」
「いえ、そちらに損傷はありません」
「よし! 出撃るわよ」
「え?」
一連の会話の流れから、私が吐き出した結論の意味がいまいち理解できていないといった表情のメカニックを抱き寄せ、最大限の営業スマイル。
もしかしたら鬼気迫る武人の顔になっていたら御免なさい。だけどそれだけ必死なんだと理解して欲しいモノだ。
「はっはいぃ!!」
慌てて駆け出す背中を満足気に見送り、私は頭部を失ってなおショッキングな佇まいを崩さないピンクちゃんを見上げる。
「貴方にも無茶をさせるわね……」
呟いても当然返事は無い。
「ラクス・クライン! 出るわよ!」
状況を理解していない観衆に理解させるために再びミーアは叫ぶ。
それで何となく場が動き出してしまう事に対して、本物の影を感じてイライラしている彼女なのだが、そこには多分にミーア自身の魅力が含まれている事を彼女は理解していないのだろう。
ミーアの出番がないだと!?