久しぶりで申し訳ありません。
突然ですが機動国家元首☆偽カガリ様、始まります。
ミネルバ艦長 タリア・グラディウスは疲れていた。
戦闘艦の艦長 しかも新造艦を任された者というのは、誰でも多少の差が在れどストレスや疲れを一般的平均値よりも多く受けるのは仕方がないこと。
「はぁ」
私室で横になろうとも考えたが、密閉性が高い室内は逆に閉塞感を増すかもしれない。
甲板で本物の空気でも吸って来よう。長い宇宙艦務めだったタリアはそう判断した。
「どうしてこうも難局ばかりが……」
ようやく歩き慣れた通路は何故か暗く感じる。
新造艦の艦長と言うだけで重責なのに、そこに複数の厄介事が舞い込んでいるのだ。
まずは新型機の強奪という大ハプニングによる完全に予定外の初陣たる追撃任務。
さらにユニウスセブンの落下という特大ハプニングに対して、恐らく人類史上初になるだろう大気圏突入時の主砲砲撃を敢行。
何故だか同乗してしまっていたオーブの子獅子を里まで送ってやれば、異国の地で強引な連合の開戦と核攻撃が耳に飛び込む。
「それに今度は出て行け……か」
プラントは無事だという報告に胸を撫で下ろしたかと思えば、オーブは連合と同盟を結ぶというお知らせ。
まぁ情勢を鑑みれば仕方がない事ではあるが、辛い仕打ちには違いが無い。
それに外的な要因だけではなく、彼女の胃を痛める事があった。余計な荷物が一つ紛れこんでいるのだ。
戦艦一つでは守りきれないようなビッグネーム。プラントの生ける神話にして救世主。
新造艦一隻とでも全く釣り合わないような存在。本物と接したのは初めてだったが、あそこまでハチャメチャだとは思っていなかった。
クライン派の旗頭にして前大戦を終局へと導いた平和の歌姫……と聞いていたのだが?
『この私、ラクス・クラインが出撃するわ』
最も記憶に残っているのはその言葉。そしてそういった時の表情。
以前に映像で見ていたどんな顔よりも輝いていたのが印象深い。
ただの戯言かという判断を下そうかと思えば、何故かギルが彼女のMS操縦の腕前を全面的に保障。
五月蠅いほどに注意事項を並べ立てて、発進させてみればダークダガー数機を瞬殺する実力に空いた口も塞がらなかった。
あの窮地を潜りぬけたのは間違いなく彼女のお陰だろう。と、言ってもこれ以上軍属でない人間にMSを預けることなどあり得ない。
だがユニウスセブン落下という報告、そしてその破砕作戦に従事することが決定された時、ヒョッコリとブリッジに現れた彼女は笑顔でこう言った。
『私も破砕作業に参加します!』
「参加させてください」ですらない。
なんか授業で気合いが空回りしているジュニアスクール生徒並みに、手を上げてピョンピョンしていた。
「良いんじゃないかな? 破砕作業なら危険は少ないだろうし」とか言いだす国家元首は今度会ったら制裁を加えよう。
そして結局戦闘になり……彼女はまたも叫んでいた。
『この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち軍人だ』
『さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!』
そんな風に考えた事は一度だって無かった。
軍人になって後悔した事も皆無ではなかったし、軍人になって胸を張った記憶も余りない。
平和の歌姫がそんな事をオープン回線で叫んで大丈夫なのだろうか?
「……というかそんな人物を乗せてこれから航海に出なければならないのよねぇ~」
行き先こそカーペンタリアと『だいたい』決まっているが、この船は海の上を進む為に作られた訳ではない。
しかも私の艦 ミネルバは月軌道上に配備される『予定』だった高速宇宙戦闘艦だ。
元より搭載数が少ないまま出撃したMSは予想外のプラス一機を除いて減り続けている。
パイロットも赤服とはいえ新人の三人のみ(断じて某歌姫を数に入れる訳にはいかない)といったありさまだ。
それなりに厳しい軍歴だと自負しているが、アーモリーワンからオーブまでは間違いなくトップクラスだろう。
なによりもその厳しい後悔は現在進行形で続いているのだ。
何時の間にやら甲板への扉の前へと来ていた。扉を開ければ潮風が肌を撫で、視界には翻る桃色の髪と夕暮れのオレンジ。
「え?」
何か変なモノが見えた。
「あっグラディス艦長!」
変な声も聞こえた。
「……何をしておいでで? ラクス様」
『ラクス・クラインが腕立て伏せをしていた』
何を言っているのか分からないと思うけど、私も何を言っているのか分からない。
幻や幻覚の類では断じてない機動歌姫の片鱗を味わっている。
「腕立て伏せ!」
それは分かる。見ればすぐに理解できた。
「いえ、何故そのような事を?」
「久し振りの連戦だったからですかね? なんだか体が重くて……鍛え直そうかと。海風も気持ちがいいので外で」
鍛え直す……まるっきり歌姫のセリフでは無い。しかし綺麗な腕立て伏せである。
整った相貌を汗が一滴零れ落ち、恐らくオーブで購入したのであろう簡素な衣服にも滲んでいた。
「オーブを出ればきっと戦闘になります」
「!?」
ラクス・クラインの安全という最大の問題点を容易く本人は淡々と口にする
「そうなったら、躊躇わずに私を出撃させてくださいね?」
笑顔で歌姫は言った。
「それは!」
それは出来ない。プラントの精神的主柱にして、これからの戦争の混乱時にこそ平和を唱えなければならない人物なのだ。
腕利きが一切のミスを犯さなくても死ぬ事が多々ある戦場に出す事は出来ない。
「もしミネルバに予定艦載機と同数の大気圏内飛行可能MSが配備されていて、ボスゴロフ級二隻程度の僚艦がついているのなら……私はブリッジの片隅で体育座りをしています」
「っ!」
何もかもが足りていない。花型として開発されたミネルバ自体の攻守には信頼が置けるが、本来の用途とは異なる海の上。
しかもMSはラクスの凄い色のザクを除けば僅かに三機。その中で大気圏内で飛行可能なのはインパルスのみ。
大圏内用の装備など積んでいるはずもないザクニ機は砲台替わりにしか使えない。
「何か在りましたら……お願いすることに……」
思わず目を逸らして絞り出すように呟いた。軍人として最大の屈辱だ。
「心中お察しします。どうか存分にお使い潰しください」
物騒な単語がちらついたが伏せていた目線を上げてしまう程の微笑み。
しかし今回の厳しい航海も中々捨てたものではないのかも知れない。
プラントの誰もが憧れる歌姫 本来ならば『軍人など居ない方がいい!』と公言しても可笑しくない平和の歌姫に、『戦闘で好きに使ってくれ』と言われてしまった。
不甲斐ない現状と足し算してプラスマイナス0という事にしておこう。
「よくもノコノコと顔が出せたな!?」
「……」
「……」
「理念が大事だとか言って国を焼いたかと思えば、今度は理念を捨てて連合と同盟だと!?」
「……」
「……」
「どこまで身勝手なんだ、あんたは!!」
「……」
「……」
この場には三人の人間がいる。一人は叫び続け、二人目は沈黙し、その二人を見守る三人目。
そして私 ラクス・クライン(というポジションを不法占拠しているミーア・キャンベル)は三人目である。
一人目に当たる男の子の名前はシン・アスカ。短い付き合いではあるが熱し易い事は理解していた。
もしこの相手が同期の桜であったならば『まぁ、可愛らしい♪』としばらく見ていても良いとは思う。
「なんとか言ったらどうなんだ!? カガリ・ユラ・アスハ!!」
しかし二人目、つまりシン君が怒鳴りつけている相手は駄目だ。微笑ましくない。
アスハである。たとえ目の前に居るのが愚直過ぎて政治家向けじゃない子獅子とはいえ、これはアスハの名を冠するオーブ一国の主なのだ。
ワザワザ連合との同盟を結ぶことを告げ、謝罪しに来たという相手に対してこの暴言。
「ちょっとシン君……『言っていいのか?』……あれ?」
私の注意を遮るのは何だか嬉しそうなお姫様の声色。
おかしい。『なんとか言ったらどうなんだ』という単語を受けた場合、窮地に立たされているはずなのだから、暗いソレになるのが普通だ。
「やっぱり何を言っても怒られると思ったから黙ってたんだけど」
いや、そのまま黙り続けているのが普通ではないだろうか?
というかそれが政治というものではないのだろうか? 一国の責任者さん。
「先に艦長には謝罪したんだが、まずもう一度謝らせてくれ。すまなかった」
真っ直ぐな瞳。とてもではないが政治家のソレでは無い。戦場にだってこんな目をした奴は居ない。
というか現実世界にこんな奴がいるのだろうか? おとぎ話の勇者くらいだと思っていた。
「あっ謝られたって……前は民を捨てて、今度は理念を捨てるのかよ!?」
傍から見ればあからさまに怒りを消火されているシン君はそう切り返すのがやっとだった。
「捨てたっていうのは心外だな……守れなかったのは確かだけど」
答えたアスハは顔を歪める。図星を指摘されて拗ねる子供のソレ。
だが数秒と待たず、伏せていた視線は再びシン君へと向けられる。
「理念も民も守りたい……いや、守らなきゃいけない。でもどちらかしか守れないなら……」
二兎を追う者は一兎をも得ず。現実的であり政治的な言葉だ。
だけどなんだろう。この輝きは……
「父上は理念を選んだ。それが未来でこの国を守ると信じたからだと思う。
だけど私は子供だから……未来にまで気は配れそうにない」
いったん区切り、大きく息を吐いてから告げる。
「だから私は決めたんだ。私は民を選ぶ。もう二度とオーブは焼かせない。もう二度とシンみたいな子供は生ませない」
宣誓。聞いていたのは私とシン君の二人だけだったけど、その言葉には恐らく万人を震わせる力が在った。
「……だから連合の下に付くのかよ」
シン君の言葉には既に怒りが無い。ただ事態を把握する冷静な意思だけがあった。
「あぁ、オーブの強みは経済力と中立の看板で誰とでも話が出来る影響力だ。
条約に加盟しないとそのどちらをも殺されてしまうからな。ウナトたちセイラン家が主導したことだが、私も納得した」
「プラントとの関係は切り捨てるのか?」
「そう捉えられる事だけが心配だった。だから私自ら事情を説明しにきたし、タリア艦長には議長への親書を託させて貰ったんだ。
デュランダル議長は政治初心者である私から見ても良く出来た人だ。こっちの意図も組み取ってくれると信じている」
なるほど……どちらにも良い顔をする気が満々な事だけは理解できた。
しかしそれを清々堂々と喋るのはいかがなモノなのだろうか……
「オーブの目標は勝ち馬に乗る事だからな!」
無い胸を張って宣言するアスハ……いやもうカガリ(名前で呼び捨て)で良いや。
シン君も何だか微妙な表情。怒れば良いのか嘆けばいいのか分からないといった表情。
「もう決めたんだ。どっちが勝ったって、どっちが負けたって、引き分けだって、共倒れだってオーブは絶対に守る。
だからシン!」
「なっなんだよ!?」
突然カガリはシン君の手を力強く握った。そこには最大級の笑顔。
びっくりしたシン君はドギマギとした口調と頬を染める赤。なんだか気に入らない。
「何時だって帰って来いよな。私は、オーブは待ってるから!!」
汚らしい政治の二重構造を飲み込み、理解したうえでの言葉。
そのはずなのにこの輝きは何だ? 夢物語だと切り捨てられない重みは何だ?
憎たらしい。この輝きは英傑の輝き。最新技術で着飾っても私じゃ出せないソレだ。
あ~畜生! 妬ましい!!
数秒の沈黙後、シン君は爆発。
「……知るか!」
顔を真っ赤にしたシン君が駆け出した。アレはもう色々な感情がゴチャゴチャになった顔だ。
しばらくはまともな会話は不可能だろう。反射的に追いかけようとしたカガリもソレに気がついたらしく肩の力を抜いて一息。
そこでようやくソファーで寛ぎながら、楽しそうに見ていた私に気がついたらしいお姫様。
「……なるほど」
数秒、私を舐め回すように見てから納得したように頷いて言う。
「アイツとは顔と髪と声以外は何も似ていないな」
「っ!」
アイツ……世界で一番、私と似ているアイツ。アイツに似せるために作られた私。
カガリの言葉が間違いなく本物のラクス・クラインを指している事は間違い無いと理解できた。
イヤな目で見られると思った。だけど向けられたのは好奇の瞳……それから安堵のため息。
「良かった。アイツみたいな怪物だったらどうしようかと思ってたんだ」
「!?」
意外な答え。盟友という言葉すら本物とカガリ・ユラ・アスハの関係を表すならば不適切ではないと言われていたはずだ。
なのに本物を怪物呼ばわりするお姫様……非常に面白い。
「色々悩んでいた私を最後に後押ししたのはアイツの電話越しで言われた一言さ」
『カガリさんはカガリさんのお気のめすままに♪』
魔性の言葉。思い返すだけでカガリはため息を吐いた。
「そう言われただけだ。理論も理屈も無かった。だけど閣議のどんなに尽くされた言葉よりも納得できてしまったんだ」
神とか運命とかを前にした諦めの境地。
「これであいつが怪物以外のなんだという?」
「それは同感ね」
保安部に連れられて艦を後にする間際、カガリは私に言った。
「怪物に後押しされた誓いだけど私は意地でも貫くつもりだ。オーブは絶対に守る。だから……シンを頼むよ」
「?」
「アイツは私みたいに危なっかしいからな。故郷にもう一度帰って来られるように面倒みてやってくれ」
ミーア・キャンベルは地味で詰まらない影たる自分と似ても似つかない英雄にして光たる人物に対して初めて共感を覚えた。
本物のラクス・クラインが怪物である事、そしてシン・アスカ君が危なっかしく思えること。
その二点でおいてのみ
「了解♪」
この順調に空回りをし続けながらも、爆走を続けるオーブの子獅子に対して共感を覚えた。
全く不思議なこともあるものである。
カガリのキャラまで暴走を始めそうですが何か?