あれ~予想外な初対決です。
「ん? これは歌……あの人の?」
慰霊碑の前、俺 シン・アスカは風に流れてくる声に顔を上げた。
隣には偶然居合わせた青年。整った優しい顔立ち、優しい微笑がとても似合っている。
そのはずなのに第一印象は『疲れ果てている』という大変失礼なモノ。もしくは『擦り切れている』といったところだろうか?
彼と一緒に歌のする方へと視線を送る。この声は間違いようがない。ラクス・クラインのソレだ。
「でも……」
彼女の歌というのは生で聞いたことこそ無かったが、プラントに少しでも暮らしていれば聞く機会は幾らでも在った。
そしてその歌とアーモリーワンで出会って以来の本人を比べた場合、『歌っている時は別人』という認識だった。
そう、別人というレベル。
『それは不可解な事か?』と質問されれば、『まぁプロなんだから、そういう面もあるのだろう』と答えられるレベル。
歌を歌って、いわゆる芸能界?という奴で生きている人ならば仕事とプライベート、役者のオン・オフくらい自由自在なのかもしれない。
でも……
「これは違い過ぎる」
テレビ越し、もしくは録音した音だけ。そんな状況で『違う』のはある程度は納得できる。
だがいまは生の音を聴いている。姿が見えないだけでこの声は間違いなく、彼女のモノのはずだ。
だけどこの違和感は何だ?
底抜けに優しい。甘い甘い音。空を地を海を震わせているように感じる。
なのに耳障りが良い適度な音量。全てが許されるような錯覚。
『異国の地で一人、大変だったでしょう』
『もう頑張らなくて良いのよ?』
『さぁ……私の腕でおやすみなさい』
歌詞は全く違うのにそんな事を言われているような感覚。
全てを委ねてしまいたくなる。噎せ返るような善意。息苦しさすら覚える抱擁の意思表示。
「これじゃあ……『別のモノ』だ」
絞り出した時と同じくして歌は止んでいた。
胸に去来するのは猛烈な不安。あの人がどうにか成ってしまったのではないか?という無意味なほどの心配。
慰霊碑の前からシン・アスカは駆け出していた。
喉が渇く。目がチカチする。動悸が止まらない。
目の前にソレが居るだけで私 ミーア・キャンベルの精神は犯されっ放しなのだ。
「どうかされました? 顔色が宜しくないようですけど……」
顔色が宜しくなくする原因が本当に心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私と同じ髪、私と同じ瞳、私と同じ声、私と同じ……顔。
違う……コレが私と同じなのではない。私がこれと同じように『作り直した』のだ。
そうなる事をしっかりと納得したはずなのに、今本物と見比べると自分がなんと滑稽で気味が悪い存在だろうか。
顔を幾ら似せようとも、声が似ていようとも、私はコレには成れない。似せられない。
どんな名優も人間である限り、人間以外を完璧に演じる事が出来ない。
「なんで……私の名前……」
絞り出すように問う。視線も合わせようとして……失敗。普通に考えれば余りにも失礼なアクション。
それでもラクス・クラインは声色一つ変えることなく、朗らかに返した。
「調べて貰ったんです。ユニウスセブンの落下という悲劇の中で、突然現れた私にそっくりな人のこと」
サラリと「調べて貰った」といったがそんな事が可能なのだろうか!?
ラクスの声だけ似ている人間を整形してソックリさんに仕立てる……そんなスキャンダルを簡単に露見するような隠蔽で終わらせるはずがない。
既にミーア・キャンベルなんて名前はプラントのどんな情報にも示されていないはずなのに……
「そんなに意外ですか? 私、友人は多い方なんです」
友人? それこそザフトの上層部や最高評議会議員などの事を言っているのだろうか?
そうだとするならば確かに異常なほどの情報網というのも理解できるけど……
「っ!?」
「?」
おかしい。私はいま、一瞬だが確かにコレを『理解できる』と思ってしまった。
不思議そうな顔で覗き込んでくるコレを理解できるのか? いや! 断じて出来ない。
私の人生はコイツのせいで滅茶苦茶だ。歌を歌って生きるという夢も、これと比べられて無残な最期を遂げた。
無理やり作った闘うという存在意義は? 撃っては成らないと告げるこいつのせいで詰まらないエンディング。
末代まで祟るなんて言う古めかしい言葉を使ったって、言いすぎではない負の感情を抱いていたはずだ。
もっと言えば本気で「ユニウスセブン落下を止められなくてごめんなさい!」とか「私は貴方たちを愛し続けます」なんて本気で歌える輩。
全くもって人間とは思えないし、それが私と同じ声でしゃべるというのは耐えられない不快だったのではなかっただろうか?
なのにいま、私は何故かコイツを理解できると思ってしまった。
跪いて手を取り友に涙を流すのが正しい事だと僅かながらに脳裏をかすめてしまった。
そしてそんな事を思うのが普通であると感じそうになってしまった。
『気を抜いたら喪って逝かれる』
何をどう、何処へ、どんな風に喪って逝かれるのかなんて分からない。
ただ人間としての本能が、長年にわたって虐げられてきた反骨精神が叫んでいるのだ。
間違いも恥じる事も無い。ただ気を引き締めて相対するべく言葉を紡ぐ。
「私を知っていて、私を前にして、貴方はどうするの?
まさか議長に『貴方のソックリさんを作って勝手に動かす許可をください』ってお願いされたりした訳じゃないんでしょ?」
本当に警戒するべきならばこれ以上言葉を重ねることには一切のメリットがない。
(主に精神の)安全を優先するならば直ぐにでもここから立ち去るべきだろう。
だがそれが出来ない。大嫌いな本物を前にした偽物とも言えない私の半端な矜持。
そしてこれからもコレと相対するならば事前に対抗策?くらい模索しておいて良いはず。
「今の議長 ギルバート・デュランダル氏にそんなお願いをされた事はありませんね。
まぁ、お願いされたらきっと私はOKすると思いますわ」
「!? 本気なの?」
『顔まで完璧に整形した偽物をラクス・クラインとして好き勝手に動かして良いですか?』
普通の人間ならば絶対に『NO!』と宣言するだろう。自分と同じ顔の人間が居るだけでも気分が悪い。
それに加えてそのソックリさんは自分の名前を名乗り、自分が思っても居ない事を当然と語り続けるのだ。
『不快』という言葉以外では語る事も難しいはずなのに……
「だってそれは必要だったのでしょう? プラントの為に、世界の為に。
『プラントの歌姫』という『だけ』の役が必要なら、今の私は似合わないですから。
なら少しでも良い人に……貴方が選ばれて本当に良かったですわ」
お世辞? 口だけ? 違う違う……こいつは本気だ。
プラントや世界の為ならば自分のソックリさんが、どんな事をしていても構わないと本気で思っている。
「それに……プラントの歌姫は代役が効くかもしれませんけど……」
そこで不意に悲しそうな顔になるラクス・クライン。
今までの表情の中で一切無かった負の表情なのだが、どうしてか私はいままでの中で一番不快感を覚えなかった。
たぶん……人間らしかったから……だろうか? そんな考察を中断するのは沈黙を持って双ラクス会談(偽物含む)を見守っていた傭兵。
「ラクス様……■■■・■■■■氏から緊急連絡。
連合は強引な開戦と同時に大規模な誘導から■を撃つ気だと……」
「え?」
聞こえた情報は正気を疑う物だったが、それ以上に私はある事柄に驚愕を覚えた。
「そうですか……プラントに連絡は?」
「既に■■■■・■■■■■氏を通して入れてあるそうです。虎の子のスピンターダーを緊急配備すると……」
後に出て来た名前に驚きは無い。まぁ、個人がすぐさまコンタクトが取れる時点で在りえないのかもしれないが……
何せ、コレはあのラクス・クラインなのだ。ザフトの実質的NO2の名前がポロリと出てきても驚かない。
でも最初の名前は中々そうはいかない。『■を撃つ』何て言う衝撃的な内容を告げた相手の名前 ■■■・■■■■って確か……
「連合軍の中将じゃん」
確か現場からの叩き上げ、タカ派の部類に入る有名な人物だったはずだ。
どうしてそんな人物が仮にも『クライン』の名を冠するプラントの人間に情報を流す?
私が目をパチクリさせているのに気がついたのか、まるで小さな悪戯が成功した子供のように笑ってソレは答える。
「言ったじゃないですか。『友人は多い』って」
「友人とか! そういう事じゃないだろう!! なんで……」
そう、友人なんて言葉じゃ絶対に説明できない。そんな私の疑問にラクスは先ほど中断された言葉の続きを唄う。
そしてその言葉を告げる時だけは実に『人間らしい』悲しみの色が見てとれて、何故だか私は安堵した。
『コレもそんな顔が出来るんだ』って……
「プラントの歌姫の代わりが出来ても、世界中にたくさんの友人を持つラクスの代わりは誰にも出来ないんです。
だからミーアさん? 貴方は貴方の思うプラントの歌姫を演じてください」
何時の間にか距離を詰められていた。逃げ出したい気持ちと引けないプライドがぶつかり合い、選択したのは直立不動。
動けないまま、手を取られて優しく握られる。私のように硬くない正しい歌姫の掌で包まれていた。
「私の声で私の言えない事を伝え、私のやれない事をやる貴方だからこそ……私はファンになったんです」
「バッ! バカ!! 私はただのアンタの偽物で……」
別に私が何を言ったところで、世間様は『ラクス・クラインだから』という色眼鏡を通して見るのだ。
決して私 ミーア・キャンベルという存在を認識しない。
「たとえ他の人が全てそう感じたとしても、私 ラクス・クラインだけは知っています。
いま目の前に居る人がミーア・キャンベルであるという事を……語られる言葉が……振るわれる剣が全て貴方のモノだという事を」
だというのに……こいつは本気で……私のファンだと伝えてくる。
私がミーア・キャンベルだと知っている数少ない部外者は笑顔で私を肯定する。
「ミーアさん、貴方は素敵です」
私の歌を、私の戦いを……総べて否定した張本人は『貴方は魅力的だ』と言ってくる。
そんなことは誰にも言われた事が無かった。認めたくは無いが最高に……『嬉しい』。
それでも刻みこまれた本物への反感が最後の一線を死守しているようだ。
「私は……アンタが……大っ嫌いだよ!!」
涙させ零れてくる。『笑』の形で崩れようとする表情を必死に強張らせる。
痙攣をおこすのは目尻と口元。怒っているようで笑っているようでもある。
涙が垂れそうになりながらの崩れかけた笑顔モドキ。滑稽な表情だろう。
それでもこのヤロウは『本当に素敵なモノを見た』という極上の笑顔でこんな事を言いやがる。
「私は……ますます貴方が好きになってしまいました」
ちくしょう……初戦は負け……か
なんだか衝動の赴くままに書いてみた。偽ラクス様、初敗北の巻(なに