作詞なんて私には荷が重すぎました・・・
シン・アスカは目のやり場に困っていた。
「シンく~ん? これなんかどうかな?」
「似合ってる……んじゃないですか?」
チラリと視線を僅かに合わせて確認。それから再び視線を戻して吐き出すように呟く。
自分としてはものすごく必死だったのだが、声の主は満足いかなかったらしい。
「も~ちゃんと見てる!?」
「見てます! 必死に!!」
あれ? この言い方だと俺が凝視しているみたいじゃないか? 恥ずかしさを抑えるという意味で言ったつもりなのだが……
「え……必死に?……シン君のおませさん♪」
「ちょっ! 違う!!」
何だか嬉しそうな顔になった女性 ラクス・クラインが引っ込むのは試着室。
もちろん女性である彼女が引っ込むのだから女性服の試着室であり、その試着室が置かれた場所はもちろん女性服を売る場所である。
よって今の俺は『女性服売り場で必死に女性を見ていると大声で叫んだヘンタイ』となってしまう訳で……
「イヤな……里帰りだ」
何時も記憶の中では笑っている今は亡き妹 マユ・アスカが引き攣った顔で一歩引く幻が見える。
「いや~やっぱり服が違うと気分が違うわ」
「はぁ、それは良かったです」
別に心、心あらずという訳ではない。ただ楽しそうなラクスを見ていると、さっきまで悩んでいた事も恥ずかしかった事も『少しだけ』和らぐ。
ラクスの服に既にとんでもないステージ衣装でも、在り合わせの服を宛がった継ぎ接ぎでもない。
下は衣服に疎い俺でも分かるGパン。上は黒に白いファーが襟元を飾るジャケットとロゴ入りTシャツ。
足元は大衆向けブランドの青いスニーカー。特徴的な桃色の髪には野球帽、後ろでまとめたポニーテール。顔には薄い色の丸渕サングラス。
どちらかといえば動き易い印象。最初に見た服が大変にアレな物だったので、その印象がこびり付いているが、本人は割と普通の衣服選択。
少しだけ安心する。
「それじゃあ次はご飯ね! オーブでしか食べられない美味しいモノがいいわ」
俺達二人が歩いているのはオーブでも中心とされる繁華街の一角。
来るのは本当に久しぶりだが記憶の中にある賑わいのまま。ユニウスセブン落下の衝撃を考えれば、かなり賑わっている。
そこにはあの地獄絵図の残り香さえありはしない。綺麗に舗装された道と沢山の草木。左右を埋める無数の店舗。
そこを歩く人々にも笑顔が多い。喜ばしいことのはずなのに……
「じゃあソバとかスシなんてどうですか?」
頭に浮かんだのはユーラシア連邦の外れの島国を始祖とするオーブの伝統食。
「ふ~む……どんなものか全く分からないけどそれで良いわ。これで美味しくなかったら……酷いから♪」
なんか凄まじいプレッシャーをかけられる。だけどやっぱりその楽しそうな表情を見ていると、頑張る価値という物を見いだせてしまうから不思議だ。
重い言葉も血を吐くような叫びも夢幻のような呟き。どれもこれもがこの人を象徴しているのだろうけど……
「笑っている顔が一番いいや」
「?」
振り返ったラクスの手には何時の間にかクレープが握られていた。恐らく屋台で衝動買いをしたのだろうが。これからスシを食べるというのに……
「なんでもありません。急ぎましょう! お昼時は込みますから」
「美味しかった! 酸っぱいライスと生の魚ってこんなに合うのね?」
結果だけいえばどうやら大満足して貰ったらしい。それからしばらくウィンドショッピングと洒落込んだり、地球では大人気の映画を見たりした。
あれ? これっていわゆるデートじゃないか? あれ? プラントの歌姫 ラクス・クラインとデート……だと?
色んな人に後ろから刺されそうなシチュエーションだぞ。
「さて、そろそろシン君の用事を片づけようか?」
「っ! はい……」
どうでも良い事で混乱していた意識が一気に現実に引き戻される。ここにオーブの地に降り立った本当の目的。
里帰りであり墓参り。
「お墓は近いの?」
「いえ、墓は無いんです。ただ慰霊碑が在るだけで……ちょっと遠いからレンタルバイクでも借りて行こうかと」
「バイクか~私は運転できないよ?」
ここで大問題発生。ラクスを一人残していく訳にはいかない。当然だ。
プラントの歌姫を敵地とは言わないが異国の地に一人残していくことなど出来ない。
なにより『しっかり護衛しろよ、若造?(誇張表現あり)』と怖いマネージャーさんにも言い含められている。
となれば選択肢は一つだけ……
「キャー! ピンクちゃんよりもはや~い♪」
MSよりも市販のバイクが早い訳は無いのだろうに。たぶん風を直に切る感覚が加わることで、よりスピード感が増すのだろう。
それよりも問題は現在バイクに二人乗りの真っ最中であるという事だ。
そしてさらにいえば俺の後ろに乗っているのはラクスだという事だ。
本当の問題はたった一つ。バイクの二人乗りで最も安定するのは乗っている二人が密着する事だ。
つまり……その……なんだ? 大山脈が……俺の背中に……
「? シン君どうしたの、黙っちゃって」
『アンタの大きな胸が背中に当たって煩悩炸裂寸前なんだよ!』
……なんて素直に答えられる訳が無い。口に出すというのは認めるという事だ。
そんな事をすればもう今すぐ事故を起こす自信がある。耐えろ……耐えるんだ……
「お~い! どうしたのさ~?」
揺さぶらないで! 押し当てないで!! これ以上オーブの地で兄の沽券にかかわるような煩悩を生み出す訳には!!
「じゃあここから先は一人で行きなさい」
慰霊碑に続く緩い上り坂を前にしてラクスは突然そんな事を言った。
既に辺りは黄昏の色に染まりつつ在り、既にバイクを降りて歩いていた時のことだった。
「え? いや……でも!」
確かに里帰りと墓参りが大きな目的だが、そこにラクスの護衛という仕事も含まれてしまっている。
それを置いて行く訳にもいかないだろう。
「こう言う時、余所者はお邪魔さんと相場が決まっているからね……大丈夫よ?
ここら辺で待っているから。それに私が一人ぼっちでどうにか成ってしまう球じゃないのは知ってるでしょ?」
まぁ、確かに俺が心配するのも不遜なほどに強い人だけど……
「それじゃあ……少しだけ」
「ごゆっくりどうぞ~」
神妙な微笑という希少な表情に見送られて、俺は坂道を登り始めた。
その先にある傷跡との邂逅を目指して……
「う~ん! 良いな~地球」
公園として整備されているらしい道端のベンチに腰を降ろして、私 ラクス・クライン……のそっくりさん ミーア・キャンベルは呟いた。
大きく伸びをして空気を胸一杯に吸い込む。フィルターによって濾過されてない本物の空気は実に味わい深い。
海の薫りも草木の色も全てが混じった本当の自然の味がする気がする。
「これで観光に来たなら最高だったんだけど……」
残念ながら完全に戦時一歩手前。短い滞在時間も既に半分を超えている。
夜には戻らなければならない。オーブだけでも見たいところは沢山在るというのに。
そして次は何時来られるか全く見当がつかない情勢だ。
「『元』ザフトがユニウスセブンを落とした」という事実は瞬く間に世界を駆け巡っている。
アーモリーワンを襲撃した特殊部隊の動きと重ね合わせれば、あからさまな世論操作だと明言できるだろう。
つまり向こうさんはこれを機会におっぱじめたいと思っている訳だ。
寛大なる青き聖母とて今回の石飛礫は、その美貌に少なからずの傷跡を残しているにも関わらず。
傷跡を癒す事よりも怨敵を討つ事を重んじた訳だから、何かしら一気に攻勢をかけられる手段が……
「って! こんな時までそんな事を考えるのか~私!」
全く救いが無『■■■♪』……!? 歌が聴こえた。人の声だけが風に乗って運ばれてくる。恐らくアカペラで歌っているのだろう。
「これって……」
聞き慣れた声だった。毎日、聴いている声。起きてから寝るまで、聴き続けている声だ。
『あぁ、愛しき子らよ♪』
歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と本能が叫んでいる。
『灯し火を無くした迷い子たちよ♪』
歌が聴こえる。しかし足はその方向へと向かって進んでいく。
『どうか帰りなさい。私の元へ』
歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と理性が叫んでいる。
『苦しかったでしょう。辛かったでしょう♪』
歌が聴こえる。
気合いと意地がスクラムを組んで「退いてなるものか!」と叫んでいる。
足を進める。
「はぁ……はぁあ……」
僅かな距離で在ったはずなのに凄く披露している。足が重くて息が荒い。
少し小高い場所を抜ければ緩やかな斜面にそれは存在していた。簡単にいえば舞台。
古代ギリシャ辺りの石造りを思い浮かべてくれれば分かり易いだろう。
斜面に並ぶ無数の石造りの客席。客席を放射状に広げる形の中心点 突き出した展望台のような場所には舞台があった。
『どうか救えなかった私を許して欲しい』
石造りの円形舞台。背後には同色の石で造られた石柱が数本。備え付けのスピーカーなどは見えない。
本格的なライブを行うにはあまり適しているとは言えない。だというのに私とそっくりなこの声の主は平然と歌い続ける。
『だからどうか今だけは安らかに』
むしろ音響装置なんて一切いらないほどにその声は空間を犯し続けている。
『細い腕ですが強く強く抱きしめましょう♪』
観客は一人だけ。金髪に紫のコート、サングラスが特徴的な優男……だけど身のこなしが違う。
恐らくコーディネーター、ボディーガードの類だろう。私を確認して身構え、懐に手を伸ばしかけて止めた。
「そんな無粋な真似をするな」と甘美過ぎる歌が無言の圧力をかけていたから。
『か細い声ですが強く強く歌いましょう』
ボディーガード君が構えを解いたことで私は前進を再開。階段を一歩ずつ踏みしめて、声の主へと下りて行く。
近づけば近づくほどに違和感で気分が悪くなる。私と同じ声で私では決して実現不可能な歌を歌っている。
『だからどうか幸せにお眠りなさい♪』
昔、歌手を目指して居た頃 私と『コレ』の違いは顔くらいなモノだと思っていた。
確かに技術には若干の差が在るが追い付けないほどではないと分析していたのだが……
『エデンのような揺り籠で再び目覚める日まで♪』
だが目の前に居る『コレ』を見てしまうと、その認識が余りにも的外れなのだと気づかされる。
歌唱力などの技術面はもちろん圧倒的であり、発するオーラは既に歌姫などという名称すら生ぬるい『神域』に達している。
『私はそれまで貴方たち全てを愛し続けましょう♪』
そしてなによりも歌っていた歌詞。恐らくユニウスセブン落下に対する追悼の歌なのだろう。
大き過ぎるスケールも私が苦手とするところだが、この歌詞を本気で歌ってしまえている事に莫大な違和感。
コレは本気で思っているのだ。
『ユニウスセブンの落下を防げなくてごめんなさい』
『細い腕もか細い声も貴方たちのために捧げます』
『楽園で再び目を覚ますまで、どうか安らかに眠ってください』
『それまで私が貴方たちを愛し続けましょう』
そんな事を本気で思って歌っている。歌手だからこそわかる歌詞に込められた本気。
いったい何人の人間が今回の落下で亡くなったのだろう?
そしてその責任は誰に在るのだろう? 落下を防げなかったザフトだろうか?
ザフトの総責任者たる最高評議会議長 ギルバート・デュランダルだろうか?
もし彼が同じように『自分の責任です』と発表しても、それはしょせん上辺だけだ。
別に悪い意味じゃない。それが当たり前なのである。人間が天災クラスの害悪に対してとれる責任など限られている。
だというのに……これは……本気で歌っているのだ。
『永遠に貴方たちの死の責任を背負い、貴方たちを愛し続けます!』と
異常以外のナニモノだというのか?
『聖なるかな聖なるかな。膝をつき、手をとり、共に涙を流そう』
自分の中の何かが、世界のすべてが猛烈に訴えてくる。決死に耐える。
プラントの歌姫? 違うな……救世主……あぁ、なるほど確かにお似合いな称号は其方だ。昔の人が言っていた。たまたま手に取った紙媒体 古びた文庫本に走り書き。
『救世主とは世の中を良くする方法を提案できる者の事ではない』
『救世主とは世界を救う方法を知っている者の事でもない』
『救世主とは世界の全てに責任を取れる者だ』
『だから救世主は現れない。誰も世界すべてを愛せるモノなんて居やしない』
居たよ。名も知らない昔の人。
何で最後だけ『者』じゃなくて『モノ』だったのか、私は不思議に思っていた。でも今なら理解できた。
『貴方たちの為ならば……』
翻る桃色の髪。甘い香りする漂わせる不思議な瞳の色。白いワンピースは神聖にして純潔。
歌の最後、所詮人が生身で出す声のはずなのに、その歌詞はグニャリと天と地と海を震わせるような感触。
世界という一人の人間には大きすぎる舞台。だがその歌には小さ過ぎるほどの大反響。
最後まで彼女は本気で歌っていた。
『世界すら何度でも救いましょう♪』
これが『者』であるものか
「どうでした? ブレラさん、私の歌」
歌が止んだ。緊張が僅かに溶ける。彼女は大したことはしていないといった表情。
まず話しかけるのはボディーガードの優男。サングラスに隠れた表情には自分が感じる感情に対する戸惑いの色。
「何度か録音を聞いたことがありましたが……生は心地よ過ぎて……体に毒です」
「クスッ! 私は貴方のそういう反応がお気に入りなんです。
キラに小言を言われても、貴方に高い給金を請求されても、遠くから呼んで良かったですわ」
ボディーガードに対しても随分と気さくな話し方。
しばらく他愛ない会話の後、不意にこちらを向いて変わらぬ笑顔で彼女は言う。
「貴方はどうでしたか? ミーア・キャンベルさん」
「!?」
背筋に走る寒気。偽物が突然自分の前に現れた事にすら驚きは無く、容易く私の本当の名前を吐き出す。
「はじめまして、私……ユニウスセブンのお話を聞いてから、貴方のファンなんですよ?」
「っ!!」
ファン!? ファンだと!? ずっとお前の影に怯えていた私に……偽物に……どうしてそんな事を言う!?
どうして本当に嬉しいという微笑を浮かべているのだ!? 私は『本物』を前にしてどうすればいいのか分からないというのに!!
「私はラクス・クラインと言います」
ソレは嫣然と微笑んだ。
ブレラさんはラクス様初登場シーンでピンクハロの中に居たMS傭兵さん。
当然のごとくオリキャラ。当然のようにチョイ役。あとマクロスとは特に関係ない。