「わぁ~♪」
シン・アスカはその声を聞いて思わず顔が緩むのを理解する。
眼前に広がるのは大海原。落下コース的に考えて南太平洋だろう。
二人で地獄の底まで直行かもしれないダイブを無事に完遂したかいがあったという物だ。
艦長の説教が『彼女』のお陰でチャラになったのも大きいだろう。
『命令を無視したのは私も同じですから独房に入ります!!』……なんてこの人に言われたら艦長とてお茶を濁すしかあるまい。
しかし本当に不思議な人だと思う。まずは邂逅からしてインパクト特大だった。
ピンク色のザクで『ドロップキック』である。ドロップキックだよ? MSで。
あれからMS操縦教本を読み直したりしたが、いまだにどんな入力をすればそんな事が出来るのか理解できない。
そしてそこから何かあるたびに紡がれる言葉が重い。
『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』
『私もそうであれば良いと思います……ただ!』
『ここはザフトの船。貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』
『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』
『私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?』
『だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
その次も……次の次も……守って、守って、守って……
でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい』
『私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?』
『さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう』
そしてユニウスセブンの上、戦闘中ながらも手を一切緩めなかったが、聞き入ってしまった。
オープン回線でザフトはもちろん、テロリストたちへも流れていたのだろうあの言葉の群れ。
『この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち』
『対等以上の相手でなければまともな交渉や条約なんて結べない!
対等な相手 対等な敵として連合を認めさせたのは?
軍人が 貴方たちの剣が築いた平和だ!!』
『さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!』
『お父さんの立派な背中が守ってくれたここでの時間は偽りなの?』
『偽りでなどあるもんかぁ!!』
今までの言葉とは異なる絞り出すような悲しみがあった。後悔があった。痛みがあった。
どうしてプラントを、世界を救って魅せた歌姫がそんな声を出すのか分からない。
けど胸に突き刺さるような感覚が失ったオーブでの日々を勝手に思い出させて腹立たしい。
でもそれ以上に……叫んでいる本人が辛そうだったのが腹立たしい。どうして俺はその一助にも成れていないのか?と
『こんな最後も素敵じゃない?』
最後? 儚く燃え尽きる事に対する病的なまでの憧れが滲んでいた。
最後? 最後になんかさせるもんか! 何処まで一緒に居られるか分からないけど。
これからのコースとしてはアスハをオーブに送り届けて補給と整備。そこからカーペンタリアへ。
そこからはきっとMSになんて彼女は乗らないだろうし、安全な場所で本当の仕事をするのだろうけど、それまでは……絶対に……
「これが海かぁ♪」
しばらくはこの凄くハッピーな様子を眺めていても良いだろう。
無事に着水したミネルバの甲板、物珍しそうに辺りを見渡すルナたちの中でも、もっとも盛り上がっているのは彼女 ラクス・クラインだった。
カッコ良くて、悲しくて、危なっかしい様子と子供っぽくて微笑ましい現在の高低差が半端ない。
「ねぇ! この匂いは?」
「塩の匂いですよ。プラントと違って雑多に有機物も含まれているから」
「へ~そうなんだ~」
知らない訳がないのだが、凄く嬉しそうに一人で納得する姿を見ていると、そんな事に突っ込むのは無粋という物だ。
もっと言えば地球育ちのシンとしてはこんな大海原の真ん中で、天気がいいとも言えない中で甲板に出るのも逆に良く分からない。
海は綺麗なモノであると同時に島国オーブでは津波や高波の心配が常に付き纏う。
眼前に広がる景色には立ち込める暗雲や白い唸りをぶちまける海原などなど、そんな心配を想起させるものしかない。
これが海を情報でしか知らないプラント生まれとの違いか~なんて思ってしまう。
「シン~何時までラクス様に見惚れてるの? 訓練するわよ!」
ルナの声で現実に引き戻される。俺たちは何もただ海を眺めに来た訳ではない。
ザフトの規定にある射撃の訓練。甲板には設えたばかりのターゲットが並ぶ。
「分かってるよ」
踵を返せば直ぐに撃ち始めるルナ……それにしても下手だ。MSに乗っている時はもっとマシなのに、どうしてこうも外せるのだろう。
連続する銃撃音と反比例して増えないHIT数。ため息をつくレイと自分の腕前にセルフで憤慨するルナ。
そこに不意に現れた顔を見て、俺は思わず顔を顰めてしまった。
「あぁ、訓練規定か」
どこか懐かしい物を見るような目を外し続けるルナへと向けるのはアレックス……いや、アスラン・ザラ。
特務隊フェイスであり、最強と言われたストライクを討った英雄であるにもかかわらず、プラントに背を向けていまやアスハの飼い犬。
そしてラクスとは元婚約者とかそういった感じの腹立たしい関係。
「お手本!」
なんだか赤毛の同僚に銃を渡されて困っている様子はただの優柔不断な青年にしか見えないのに。
どうやら説得されたか脅されたか知らないが、お手本となることを了解したらしい。
軍から離れてだいぶ経つはずだが淀みのない動きと構え。連射。ほぼ中心に叩きこまれる銃弾。
「上手いんですね!」
確かに上手い。ムカつく。少し射撃訓練を増やそう。現役赤服として引退したヤツに負ける訳にはいかない。
「こんなことばかり上手くても仕方がないさ」
「そんな事はありません! 敵を討つのには必要な事です」
『こんな事ばかり』して給料をもらっている俺たちに対する嫌味にしか聞こえない。
それに反論するルナマリアにアスランの返す言葉。それは俺にもほんの少しだけ響いた。
「敵って……誰だよ」
「え?」
「そう決めれば誰でも撃てるのか?」
連合は敵だ。カオスたち三機を強奪したし……でもそれが総意なのだろうか?とも淡い良心が囁く時があった。
テロリストたちは敵だ……でも彼らは元ザフトで俺と同じく家族を戦争で殺された者たちで……
「何が敵か分からなくても構わない」
モヤモヤとした気持ちを吹き払うかのようにその美声は聞こえた。
海を眺めることを中断したらしいラクスが神妙な顔でこちらへと歩いてくる。
「ただ自分が何を守っているのかを忘れなければ……」
何を守っている……プラントだ。守れなかったマユや父さんと母さんの幻だ。
何を守っている……ミネルバだ。そこに乗っている戦友であり同期卒業の友人たちだ。
何を守っている……貴女だ。ピンチを何度も救ってくれた強くて……『こんな最後も素敵じゃない?』……危なっかしいラクス・クラインだ。
「軍人の敵を軍人が決めてはいけない。決めさせてはいけない。
彼らが撃つべき敵は政治家の……民の総意であることが望ましい。
引き金の責任は軍人だけが背負ってはいけないわ」
「でも……」
言い淀んだアスランへラクスは追撃。困ったような微笑は余り見た事が無い表情。
「高い理想なのですわ、アスラン」
ヒョイとラクスは銃をアスランから取り上げるとターゲットの前へと歩を進めて……撃った。
「もし自分でそれを決めたいならば『英雄』にでもなるしかない。
貴方……いぇ、私たちのように」
アスランほどではないけど、ルナや俺よりも確実に上手い。
全てが中心点に重なるギリギリのラインで収められている。
「英雄はちょっと荷が重いので! 私は訓練に戻るであります!!」
いまどき聞いたことも無い軍人口調でビシッ!と敬礼するとルナマリアはサッサと二人に背を向ける。
それだけ二人の間に流れる空気が重苦しいモノだったから。
すこしだけ距離を詰めて二人は何やら小声で話している。
「やっ■■君は……」
「それは■■ですわ♪ アスラン」
「そ■だ■プラントの■■も■■的ってことか」
「■■にさっさと戻るように■■■くださる? 私も■■に復帰したい状況ですから」
波風の音と銃撃音で何を言っているのかは完全に分からなかった。
けど二人が何か秘密を共有している様子にただ腹が立った……子供だな、俺。
「ラクス様? ザフトに混じって射撃訓練など戯れが過ぎます」
「「「「「!?」」」」」
聞いたことが無い声だった。ふと手が軽くなる感覚。持っていたはずの拳銃が消失。
「!?」
驚きと共に振り返ればそこには銃を片手で構えるスーツの女性の姿。
連続する銃撃音。最大装弾数を撃ち尽くす数。その全てが中心点と半径の大きさで重なる超精密射撃。
ラクスはもちろん、アスランすら凌駕する恐るべき腕前なのだが……この人、誰だ?
「さっサラさん!! どうしてミネルバに!!」
ラクスの焦ったような声。『だれ?』という俺とルナとアスランの内心の呟きが重なったのが聴こえた。
「議長と入れ替わりにミネルバの地球降下シークエンスギリギリで合流しました。
貴方の護衛とサポートを言い使っております。銃を撃つなどという荒事は私にお任せくださいませ、ラクス様」
「あの……どなたですか?」
俺達とは確実に違ったベクトルでこの女性 ビジネススーツにサングラスという格好でトンでも射撃を敢行する女性に驚きを隠せないラクス。
こちらの疑問には小さな声で答える。
「私のマネージャー……兼お目付け役」
なるほど……このとんでもない歌姫にしてこのとんでもないマネージャーということか……
「脱走するわ」
「はぁ?」
オーブに入港してから陰鬱な表情で外出準備をしているシン君を捕まえ、私 ラクス・クライン(っぽいミーア・キャンベル)はそう宣言した。
「だってせっかく上陸許可が下りたのよ!? なのにサラさんが乗ってたなんて……これだから特殊部隊上がりは困るわ……」
「なんか物騒な単語が聴こえたんですけど」
「とにかく! どうせ『安全の為です』とか言ってミネルバに監禁しておくつもりに違いないわ」
だから脱走である。こっそり出て行って、こっそりと帰ってくればいい。
もしばれてしまっても出て行ったあとならば、とりあえず帰ってくるまでの自由は約束されるという物だ。
その後はどうなるか全くもって分からないけどね?
「それは分かりましたけど、なんで俺に?」
「そりゃ~地元でしょ? オーブは。色々と詳しいかと思って」
道案内が欲しいのだ。ふとそこで思い至る。ルナマリアちゃんたちも同じように考えて、彼を誘ったはずだ。
なのにどうして彼はここに居るのだろう?
「実は行く場所があって……いや止めよう」
引っ張られるような未練と触れ難いような感覚で板挟み。
零れ落ちた言葉を聞き逃せなかった私は思わず叫んでいた。
「行きなさい!」
「え?」
「こんなご時世、こんなお仕事。二度と里帰りが叶わないことだってあるわ。
行って悲しい気持ちになるとしても……あとで残念に思うくらいなら行きなさい」
オーブ生まれのオーブ育ち。そして家族を全員失っているという話だったはずだ。
つまり淡い思い出と憎きオーブへの怒りでもう内心がエライ事になっているのだろう。
だからこそ私は思う。一歩踏み出すべきだと。
「そして私を案内しなさい! とりあえず服屋へ!」
まずは私服が一切無いことが問題なのだ。オーブ上陸の悲願の原動力はそこから大部分が抽出されていると言って間違い無い。
現在の服装だってタリア艦長から借りたロングスカートと男物のワイシャツ(ノーブラ)にザフトレッドの上着である。
ちなみに他の選択肢は私に合わせて完璧に作られた卑猥なデザインのステージ衣装だ。
もはや犯罪以外の何物でもない。まともな職場ならば労働基準法とかに違反することは間違いないだろう。
「ふっ……」
なんか笑われた。私は痛く真剣なのだが、シン君には笑いのポイントがあったようだ。
まぁ陰鬱な表情をしているよりも笑っている方がお姉さんは嬉しいぞ♪ うんうん♪
「ラクス様」
後ろからかかる冷たい声。氷の冷たさではなく平坦が故に感じる無機質性。
振り返ればサングラスに覆われた鉄面皮マネージャー。ギャー!! 終わった私のフリーダム!!
「あのね! やっぱり人間が生きていく上では息抜きが大切だと思うの! あと恥ずかしくない衣服も!!」
必死の抗弁。だけどそんなものが通じる相手ではないという事は私が一番分かっている。
恐らく議長に厳命されているはずだ。『あの出来の悪い偽ラクスにこれ以上ボロを出させるな!』と。
シン君とは最近いろいろと深いお付き合い(一緒に大気圏突入)とかしているから、これから接触すら許可されないかもしれない。
「お出かけになるのでしたら、こちらをお持ちください」
だけど帰ってきたのは全く予想外のアクション。手渡されたのは通信機だった……あれ?
「私は他にやる事がありますので、別行動をとります。何かあったら連絡を」
え? もしかして私は上陸を許可されたのだろうか? しかもサラさんは別行動?
目を白黒させている私から彼女は視線をシン君へと移す。
「シン・アスカ君」
「はっはい!!」
「ラクス様をしっかりお守りするように。あまり羽目を外させないように留意を」
「了解しました!!」
タリア艦長に魅せる物よりも見事な敬礼を披露する赤服に、また少しだけザフトの未来が心配になる。
まぁ……それはそれとして……別件とやら(多分スパイ工作とか)の為に背を向けたサラさんの背が見えなくなってから私は叫んだ。
「自由だぁ!」
次のお話で歌を歌わせたいのだけど、やっぱり歌詞の引用とかは不味いよな~
そしてサラさん再登場。ちゃんと一話で出てるんですよ? 本当だよ?