『寂寥感』
いまいち馴染みが無い言葉だが、『物悲しさ』という単語が一番ピッタリくるだろうか?
いや、眼前に広がる光景にはそんな単語では全くもって足りない。
人間が人間たる本質的な部分でゴッソリと何かが抜け落ちたような喪失感。
完全密閉されたコクピットに居ながら感じられてしまう心を抜ける隙間風。
「なんでだろ……寒い」
赤いザク・ウォーリアの中でルナマリア・ホークは自分の肩を摩るように抱いた。
広がる光景は広大である。これは眼前にある光景が自分たちが生きて来た宇宙の大地 プラントであることを再認識させる。
それが廃墟たる姿を晒して迫ってくる。本当は自分たちが近づいているのだが、そんな事を忘れさせられる圧迫感。
「でかいな……資料以上に感じる」
白いザク・ファントムの中でレイ・ザ・バレルは珍しく情報と現実の誤差に戸惑っていた。
『怖い』なんて感情は軍人 MSパイロットなんてやっていればどうにでもなってしまうものだ。
だがこれを前にして感じる感情はその怖いとはまた別のモノであると明言できる。
たとえばMSで戦闘をするとか戦争で人が死ぬとかそういった恐怖ではないのだ。
もっとも的確にいえば『人間が暗闇に対して覚えるモノ』。怪談とか言われる非科学的なモノ。
「迷子になった夜の森……かな?」
トリコロールカラーにV字アンテナ、ツインカメラアイのインパルスに乗ったシン・アスカは呟いた。
痛い。
寂しさも、大きさも、恐怖も……極限点を超えるとそんな言葉で表わされるモノらしい。
お互いを滅ぼすことしか考えられなかったあのヤキンドゥーエ攻防戦でさえ、こんな感覚を覚えなかったのに。
ズキズキと痛みをもつのは人間の根源たる部分 獣との違い 原始人が死人を洞窟に埋葬したあの時から……
「死を思う……か」
余りにも場違いなピンク色のザク・ウォーリアのコクピットで、ラクス・クライン(のコスプレ少女 ミーア・キャンベル)は呟いた。
『ユニウスセブン』
それが余人が四人とも強烈な『負』の感情を抱いた物体の名前だ。
本来ならばプラントの食物自給率改善を目的に作られた大規模な農業コロニーだったのだが……
『血のバレンタインデー』
と呼ばれる惨劇。正確にいえ地球連邦軍過激派による一発の核ミサイルが全てを変えた。
元より農業用の薄い透光性外壁に覆われたガラスの箱庭。地球では愚かな人類でさえ、撃つ事を躊躇われる悪魔の威力にあらがえるはずもなく全壊。
灼熱が全てを飲み込み、衝撃が全てを叩き割り……コレが残った。巨大な墓標、広大な共同墓地。
「各機、指定ポイントへ。ジュール隊もすぐに作業を始めるわ。周囲の警戒を怠りなく」
いつの間にかMS部隊の隊長的ポジションを、自分だけ気付かずにGETしたミーアは告げる。
了解の声が返ってくる前に思い出したように続けた。
「それと……」
まだ何かあるのか?と目指すべき女神の声に耳を傾けたシンだったが、続く言葉の意味はすぐに理解できなかった。
「掌を合わせなくても良い」
「?」
「頭を垂れなくても、目を瞑らなくてもかまいません」
「……っ! そういう事か」
「送るべき言葉も見つからないし、供える花も手元には無いけれど」
ここまで来れば誰もが理解した。平和の歌姫ならばここでやるべき事があったのだ。
「此処で起こった悲劇に、ここに眠る全ての人のために。ただ……」
歌うように晴れやかに、叫びのように轟々と、嘆きのようにしめやかに、偽ラクスはその言葉を告げた。
「祈りなさい」
私 ミーア…ラクス・クラインは耳に意識を集中させていた。聞こえるのは作業の進捗状況を告げるジュール隊のオープン通信。
普通の戦場ではそんなことはあり得ない。通信よりもモニターが優先されるのは明白である。
ではなぜそんな事をしているのかといえば、至極簡単。辺りの映像を見たくないから。
「目が合っちゃった……」
つい一分も経つ前には当然のように辺りを警戒するべく、ピンクちゃんの愛らしいモノアイが捉える映像に目を光らせていた。
そしてある一点が気になってしまった。仕方が無いじゃないか……気になれば確認せずには居られない。
何かが光ったのだ。太陽光を浴びる透過膜が散乱するこの場所ならば、珍しくもないが一応確認するのが軍人のサガ。
モノアイのピントを絞る ズームアップ。
そしてみた。
反射の正体は手鏡。ピンク色の安い作り 恐らく女児向けの玩具。
そして見てしまった。
手鏡の持ち主。大質量の重力に引かれながらも、フワフワと漂う様はまるで本物の幽霊。
人間の原形を留めているがミイラ状。眼球はとうに抜け落ち、空っぽの眼窩と……
『目が遭ってしまった』
「自分が死ぬのよりも他人の死を見つめる方が怖いモノなのね」
軍人として生きた時間の中ですら、こんなにも怖いと思った事は無い。
最後の激戦であったヤキンドゥーエ攻防戦ですら、極限状態における興奮でそんな事を考えていなかった。
元より私はそういう意味では戦いたくて、そのために死ぬ事すら喜んでいた変人だった訳だが、此処にはそんなモノはない。
興奮も極限もない。ただ見本がある。サンプルがある。死とはこういうモノだと無数の死者が、巨大な墓場が語っている。
全てが頭に注ぎ込まれる嫌悪感。たぶん私みたいに直感すら交えて戦うパイロットの悩みだろう。
「でもこれを見てしまうと武力の価値が上がってしまうわ」
これを見て平和を思うのが私の本来の仕事なのだろうが、残念ながらパイロットしてのミーア・キャンベルは違う事を考えていた。
たった一発の核ミサイルでユニウスセブンはこうなり、多くの命が奪われた。
これはイコールで私たちがいま住んでいる全てのコロニーに言えることなのだ。
「あの青い星の何と美しく、聖母のように寛容な事か」
何となく詩人的な言葉。少し見上げれば徐々に迫りつつあるだろう地球が見える。
この青い星は核はもちろん、水素爆弾の爆発すら笑顔で許してしまう。
偶然が生み出した青い星は美しく強くて、人間が必死に宇宙に浮かべたガラスの箱には醜く脆い。
「それでも守りたいから武器は捨てられないのさ~」
プラントが保有しなければならない武力は必然として、人口比から導き出す適正量とは異なってくる。
人の数と守るべき密度が比例しないのだから。それゆえに連合とは折り合いがつかないのだが……
「アンノウンです!」
モノ思いの時間は終了。
「非武装の工作隊では対処できません!」
軍人として……
「メテオブレイカーが破壊されています!!」
あの憎たらしいほど寛容な青い聖母を守るため……
此処に居る全ての魂のために……祈り、戦おう。
なんで戦闘のシーン前でこんなに書いているのかわかりません!
そして内容もありません!!