自分自身のことを解っている者は多くはいない。
むしろ自己を正当化することで本質を隠していく。
しかしそれを気にしてはいけない。
by田中
第27話 「アグスタ」
目の前の机の上には白い布切れに包まり、震えながら怯えた表情でこちらを見るアギトの姿がある。
とりあえず……。
「ヒャッハー!!」
「や、いやぁぁぁっ!!」
荒ぶる鷹のポーズをきめつつ奇声を咆げてみたところ悲鳴をあげた後に、さらに体を丸めて震え始めた。
すまない。嗜虐心が刺激されたんだ。
それにしてもこれがあのアギトとは……。
アニメに出ていた時の面影がないな。元気っ子的な意味で。
俺が少し動くだけで過敏に反応して怯える。まぁ、俺が白衣を着ているせいで向こうの施設の研究員を連想するのだろうけど。
とりあえずこいつはどうしよう? シグナム及び管理局勢力に使われたくないという理由で、発見した研究所を襲撃させて連れ去らせたわけだが、その後のことはまったく考えてなかった。
とりあえずホクトざまぁぁぁぁぁぁ。
たしかに融合騎には興味があるが、今はそんなことに割く時間はない。あったとしても自分で調べるのは面倒くさい。
う~む。どうしたものか。どこかに監禁しとくか?
「マスター。この融合騎はどうなされるのです?」
俺が考え込んでいるとNO893が俺に尋ねてきた。…………うん。そうしよう。厄介なことは他人に押し付けるに限る。
となればやることは簡単だ。
まずはしゃがみ込む、次にNO893の両肩に手を乗せる。そして
「まかせた」
「はい?」
NO893が頭に?マークを浮かべて首を傾げるが無視する。
これで懸念事項は一つ解決だな。
あと、俺がするべきことは……。
「ヒャッハー!!」
「や、いやぁぁぁっ!!」
なんか楽しくなってきた!!
「マスター? どうかなさったのですか?」
「いんや、アグスタの2次ネタで一番好きだったのは、解説役として呼ばれたはずなのに、壇上に上がったとたんにユーノが競りにかけられたというシュールギャグだったなと急に思い出しただけ」
男の娘文化の侵食度合いの高さを示すネタだったな。
何でそんなことを思い出していたかというと、画面に映し出されているのが、アグスタだからだ。ようするにオークション開催日がやってきました。
そして、やっぱりこちらに仕事を廻してきやがりましたよスカの野郎!! そんなにロストロギアが欲しければ自分でとってこいよ!!
…………まぁ予想通りといえば予想通り。それにこちらもこの機会を利用させてもらえばいいだけの話。そのための準備もしてきたわけだし。
それに最近はアギトの強奪に成功したりと調子がいい、波には乗っている。
…………カルタスの馬鹿がとち狂ったのはあったが想定の範囲内。大勢に影響はない。………影響は無い。
原作と違い警備に機動六課はいない。
怪我が完治していないことによる戦力不足が原因で呼ばれていないらしい。まぁ、警備なんて元々は本来の仕事じゃないし不思議じゃないか。それに今回は奴らがいないほうがいいわけだから好都合。
警備に地上本部の部隊があたっているが特に問題はない。
と言っても実際に戦うのは俺じゃないけどな。俺はお家でお留守番。
今回も前回と同じく前々回の轍は踏みません。安全地帯から偉そうに命令を出して踏ん反り返るのが司令官の仕事なんです。
司令官が宇宙人の母艦を戦闘機で攻撃しちゃ駄目なんです。
まぁ、UNズに頑張ってもらいましょう。
今回の作戦は、短期的に見たら戦略的・政治的に特に大きな影響は無い。だが、ゆりかご浮上時には有利に働くだろう。ゆりかご浮上時の補助という意味では大きな一歩となる。
副産物として今回の作戦によって原作から大きく乖離するだろうが関係ない。それに、ホクトの手によってすでに乖離が発生している。登場人物の死亡の回避、108部隊と機動六課の早い段階での協力、ETC、ETC。
俺がやってきたことで影響がありそうなのはアギトの件と今回の件に機動六課が不参加なことぐらいだろう。まぁ、微細では色々あるだろうが。
奴の介入の結果が俺にとって邪魔な出来事だというのも事実。今後のことを考えると一石投じておきたい。
…………それにこれは、完全な決別を表すあいつに対する意思表示でもある。
今回の作戦でアギトの奪取など問題にならないほどの変化をもたらすことになる。
勿論、悪い意味で。
~side out~
「このまま何も無く終わればいいんですが」
「まぁな」
アグスタを警備している部隊の副官の若い男がやや年配の部隊長に話しかけていた。
「それにしても、今回の警備は本当なら機動六課が担当する予定だったらしいじゃないですか」
副官の男がやっていられないといったニュアンスを含めて言った。
「らしいな。六課の主力が怪我して使えないからこっちに回ってきたとか」
「何で我々が本局の尻拭いをしなといけないんですか」
若い男が溜息を吐きながら肩を落とす。
今回のオークションは本局が管理するロストギアを本局の無限図書の司書長が売捌く。副官を含む一部の者はそういった感想を持っていた。
「ぶつくさと文句を垂れるな。遊びじゃないんだ。だいたいうちは警備が半場主任務になっているだろ? 代わりに戦力の制限がゆるいんだ。AAAが3人、AAが4人、Aが6人、Bが8人、Cが15人の大所帯なんてなかなかないぞ? 楽できる分、仕事が回ってくるのは宿命だ諦めろ。むしろ本局の仕事を奪ってやるぐらいの意気込みを持て。だいたいお前はだな…………」
『多数のガジェットの反応を確認しました』
部隊長が副官にさらに説教をしようとした所で、指揮車からガジェットの来訪を告げる通信が届く。
「ちっ!! やはり終始平穏というわけにはいかないか。ホテル側に避難するように伝えろ」
二人はすぐさま指揮車に乗り込み各方面に指示を出し始めた。
ここにガジェットと警備部隊との戦闘が開始された。
一方のホテル内でも動きがあった。
そこにいたのは休日でたまたまアグスタに居合わせたクイントとホクトであった。…………表向きはの話ではあるが。
勿論、二人はこの事件の被害を最小限に抑えるためにきている。情報源はむろんホクトである。
本当なら部隊総出で動きたいところであるが、話の信憑性が高いことを管理局に認めさせるという手段を持たない以上はやむを得ないことであった。
そうである以上は、偶然事件に遭遇したという形を取らねばならなかった。
「さぁ、行きましょう。ガジェットが侵入してくるかもしれないわ」
こうして舞台の幕は上がった。
戦闘は警備部隊が有利に進んでいた。
ガジェット側は参加機体がⅠ型しかいないうえに古いバージョンしかいないため、制空権は管理局側にありAMFの濃度もそれほど濃くはなく、管理局優位に戦局は進んでいた。
「何!? 客の避難をさせないだと!! いったい何を考えているんだ」
部隊長が毒づく。現在はガジェットの攻勢を防いでいるが、何が起こるかわからない以上は最悪の事態を避けれるように行動するのが最善だからだろう。
現在は高ランク魔導師と低ランク魔導師を混ぜた分隊で対処しているため、高ランク魔導師の魔力の残量が極端に低下するといった事態は避けられているが、それがいつまで持つかわからない。
高ランク魔導師は低ランク魔導師のフォローのみを行うことで魔力の消費を抑え、低ランク魔導師に戦果をあげさせる。
短時間で戦果をあげることはできないが、高ランク魔導師の魔力と低ランク魔導師の人員を消耗させない方法であった。
「応援がくるまで、なんとしても持ちこたえろ。打って出る必要はない。目的は敵の殲滅ではなく、施設の防衛だ。それを忘れるな」
部隊長が部下を叱咤する。やりようによってはCランクでも十分にⅠ型を破壊できる。それだけの熟練度はある。
それに時間は管理局側に味方している。時間が経てば周辺の部隊が救援に駆け付けてくれるはずなのだから、警備部隊が敵を全滅させる必要はない。
時間さえ稼げれば警備部隊の勝ちなのだ。
その考えは間違いではなかった。事実、予めクイント経由で襲撃を予期していたゼスト隊が襲撃の知らせと同時に救援に向かっていた。
ただし、そんなことはUNズにとってもわかりきっていた。
不意にガキリと搬入路を閉ざしているホテルの搬入路用のシャッターを金属の鎌が切り裂く音が響いた。それは一箇所からだけではなく何箇所から同時に響いた。
それに気付いたホテルの警備員が駆け付ける。彼らが見たのは扉を切り裂き侵入してくる透明な何かであった。
最初は呆然としていた彼らだったが、すぐに魔力弾を放ち迎撃を開始した。
が、対AMF戦闘などろくに習っていない彼らの魔法はAMFの前にあっさりと消え去った。
「なっ!! 消された?!」
そして彼らもまたAMFの範囲に入り、念話さえ困難な状況に追いやられた。
それらは彼らを障害と認識し排除するための行動を開始した。
そしてそれらの見えざる死神の鎌が彼らを…………。
「大丈夫!?」
鎌とリボルバーナックルがぶつかり火花を辺りに激しくぶちまける。
「皆さんはここから離れて一般人の避難誘導をお願いします」
クイントは、警備員達が避難し始めるのを見届けると改めて見えない敵達と相対し構える。
その横には遅れてきたホクトが並び立つ。
「やっぱり、目的はここにあるロストロギアか」
「さぁ、ここから一歩も通さないわよ!!」
その二人の言葉にする返答のように敵はステルスを解除していく。現れた敵は急造で熱光線発生機と無反動砲が追加されたガジェットⅣ型の改造機であった。
警備員と客が避難するための時間を稼ぐため二人とガジェットの戦いが始まった。
「何!? 内部に侵入されただと!!」
「はい。ホテル側からの通信で、姿の見えない敵に侵入されたと」
ホテル側から入った通信の内容を副官の男が部隊長に伝えていた。
「姿の見えない敵だと? …………くそ!! 例の新型か!!」
六課が襲撃された時に出現したというステルス機能を持った新型。その存在に彼らは気づけなかった。無論彼らもステルスの機体に対抗するための準備はしていた。現に今回の配置もホテルを囲むようにされており、侵入するものに気付くことができるようになっていた。
だだ、一度出現しただけのガジェットの性能を的確に把握することができなかっただけの話である。
しかし、疲労していたとはいえAAAランクのヴィータに気付かれずに真後ろまで接近し、胸を貫く程の能力を持っていることを把握しろというのは酷な話であろう。
「くそ!! すぐに遊撃隊をホテルに向かわせろ!! ホテルの防衛は放棄する!! 散らばっている隊員を終結させ、客の避難経路を確保させろ!! 随時再編を行い遊撃隊の増援を送り込む!!」
「は、はい」
しかし、警備部隊側もすぐに少数精鋭の遊撃隊を編成し向かわせることで対処する。少数精鋭とすることで、高い機動力と火力を併せ持つ編成となり救援に向かわせるには最適と言えるだろう。
これより、戦いはより激しく燃え上がっていく。
ステルスを解きクイント達と戦闘を繰り広げていたガジェット達であったが、二人との距離を開けると急に行動を停止した。
二人が不審に思っていると二人の近くにいたガジェットからフレンドリーな声が流れ出した。
『おひさ。元気してた?』
その声を聞いた二人は険しい顔をしながら返答をする。
「えぇ、久しぶりですね」
そう答えたホクトの声は冷静ではあったが怒りが滲んだものだった。
そして、より一層怒気を滲ませた声で語り掛けた。
「どうして、病院で警備をしていた人達を殺したんですか?」
ホクトの問いに対して、しばらくの間が空いてから返答があった。
『あぁ、この前のあれか。邪魔だったから、そして敵だったから。それ以上でもそれ以下でもないな』
ホクトの問いに何でも無いかのように返答が返ってきた。
その答えを聞いたホクトは表情を歪めた。
「やはり、貴方は生まれを言い訳にして自分を正当化しているだけだ。どうして、何の罪も無い人たちを邪魔という理由だけで殺せるんですか」
「…………」
ホクトが鋭い眼光で声を発していたガジェットを睨み付ける。
それに対してガジェットは、ホクトの言に呑まれたのか、はたまた呆れ果てたのか沈黙したままであった。
「たしかに貴方の生まれは不運だった。実験で人の生を奪うのも仕方なかったのかもしれない。でも!! 病院からカルタス君を連れ出すためだけに警備をしていた何の罪も無い人達を殺す必要なんてなかったはずよ。彼らはカルタス君に危害を加えることなんてなかったのよ?!」
ホクトは怒りのこもった声で言い放った。
ホクトの叫びに対して、ガジェットは依然と沈黙を保ったままであった。
しばらく互いに沈黙を保っていたが、ガジェットから怒声が溢れてきた。
『うるせぇ!! なんなんだお前らは!! こっちの言い分を何一つ聞かないで上から目線で説教して!! お前はいいよな。のんびり過ごしてきて。脳味噌の手先風情が偉そうに!! 何の罪も無い人達? はっ、お前ら脳味噌の手先は俺の敵なんだよ!! 何? 脳味噌の手先なんかじゃない? てめぇらが何と言おうが結果的にそうなんだよ!! 管理局や教会なんてどこまで奴等の手が伸びてるかわからない以上、すべて敵だろ!! いつ、口封じのために殺してくるかわからん人間の下にいるなんて自殺行為そのもの。だから連れ出してやろうとしたのに、甘い考えでこっちの苦労を踏みにじる!!』
そこまで言い切ると息を整えるためか暫しの沈黙が訪れる。
そして沈黙後の声は先ほどの怒声と違い落ち着いた声であった。
『いやはや、すまんね。なんか興奮しきってたわ。たしかに俺がやってることは碌でもないことだ。最高評議会とその一部を怨むならともかく、管理局全体を、ましてや教会に敵対するなんて筋違いもいいところだ。まぁ、だからといって敵だという認識は変わらんがね』
延々と独白を続けていた田中を前に二人は厳しい目を向けたままではあったが遮ることはせずに最後まで聞き終えた。
だが、終わると同時に静かなしかし力強い声でホクトが語りだした。
「あなたにどのような思いがあり考えがあるのかは私にはわかりません。本当はただ単に救われたかっただけなのかもしれません。でも、貴方は多くの人に害をなし、これからも害をなそうとしています。それは絶対に防ぎます」
二人はゆっくりと構える。田中が独白を続けている間に警備員は避難が完了していた。おそらく、警備員の誘導で周りにいた人間もすべて避難が完了しているいだろう。
これなら、気を使うことなく戦闘を行うことができる。
ここにいるガジェットの数は10体程、光化学迷彩で隠れている機体もいるだろうが部屋の広さから一度に相対するのは3、4体であり、少し奥に引けば通路に入るため背中から襲われることもないため二人で十分に対処できる数だ。だが外のガジェットが万が一侵攻してくることを考慮し早くここのガジェットを排除し民間人の避難を護衛しなくてはならない。
そう考えガジェットを二人が攻撃しようとした時、突然爆音と共に建物全体に振動が伝わってきた。
「なっ?! 上?!」
予期もしない場所が震源となっていることに驚きの声を漏らす。
『おっ、本隊が攻撃を開始したな』
田中の呟きにホクトが反応する。
「なっ!! 貴方の目的はロストロギアじゃなかったの?!」
『いやいや、それはスカ公の目的であって、俺はここのロストロギアなんてどうだっていいし』
やれやれといった風に田中が答える。
二人が周りの人の避難のために時間を稼いでいたように、田中もまた本隊のために時間を稼いでいたのであった。いや、田中の場合は、本体が目的地に到着するまでの暇潰しであったのであろう。
「じゃぁ、いったい何が目的で……。なっ?! まさか!!」
『さぁ、答えはなんでしょう? と言いつつ悪いんだけど通信を本隊のほうに移すんで、回答は実演ということで。それじゃあ』
それだけ言い残すとそれ以降はガジェットから何の音も返ってくることは無かった。
そしてそれに伴いガジェット達は最初と同じように無機質な動きに戻り、二人を攻撃しようと取り囲もうとしていた。
「ホクト、あいつの目的が解ったの?」
クイントの問いに対してホクトは軽く頷く。
今のアグスタで原作に関わるものはロストロギアを除くと一つしかない。
オークション会場付近では突如現れた5機のガジェットによって地獄絵図と化していた。警備員が必死に誘導を行っているが、逃げ惑う人々の統制ができず混乱が混乱を呼んでいた。
一部の警備員が魔力弾をうちこんで応戦していたが、ほとんどの弾丸はガジェットに届くまでに消えてしまいダメージを与えることができない。
ガジェットは魔力弾を放ち応戦する警備員を脅威度の高い敵と認識し引き裂こうと一部が前進し、他の機体は警備員を無視し移動し続けていく。
警備員を無視し行動している機体達の数体が逃げ惑う人々の元へと達した。ガジェットは攻撃もせず大魔力も持たない者を敵性対象とは見做していないが、わざわざ損害を与えないように考慮するようにもできていない。その結果、逃げ惑う人々を突っ切る形で移動を開始した。
そのガジェットの進行上には親とはぐれたであろう5、6歳の少女が泣きながら床に座りこんでいた。だが、そんな少女を気にも留めずにガジェットは前進を続けていく、ガジェットにとってその少女は有害でもなければ有益でもないそこらの石ころと同じなのだから。
少女が取り残されたことに気付いた警備員が魔力弾を放つがすぐに他のガジェットに排除される。
警備員が命と引き換えに放った魔力弾もガジェットに当たる前に霧散し、前進を止めることはできない。
そしてついにガジェットが少女の前に到達し鋭い脚が少女を貫こうととした瞬間、翠色の鎖がガジェットの脚を搦め捕り空中に固定した。
振り払おうとガジェットがもがくが、その瞬間に鎖が引かれガジェットが横転する。
ガジェットが起き上がろうともがいている隙をつき、ハニーブラウンの髪の青年が少女を助けだした。
「大丈夫? 怪我は無い?」
「う、うん」
青年は未だにもがいているガジェットから離脱し、避難誘導を続ける警備員のほうへ向かって行く。
「スクライア司書長無事ですか?」
「えぇ。この子をお願いします」
少女を警備員に預けるとユーノ・スクライアはガジェットの群れに向き直る。
「スクライア司書長どうなさるつもりですか?!」
「避難が完了するまで時間を稼ぎます」
「し、しかし危険では」
「時間を稼ぐことに専念すればなんとかなります」
警備員の心配を無視しユーノはガジェットの方へ向かって行った。
警備員が人々の誘導をする間、数人の警備員とユーノがガジェットの戦闘を開始する。
先ほどまで戦闘と違いユーノがサポートに付く事で違った展開を見せていた。ユーノがガジェットの動きを抑えることで警備員は落ち着いて魔力弾の多殻化を行うことができていた。
警備員の魔力は高くないため多殻化した魔力弾を撃っても一撃で撃破などできないが、多少の破損や足一本を破壊することはできる。何度も打ち込めば破壊することもできる。
そうして、すべてののガジェットを行動不能に追い込んでいった。
「そろそろ、我々も退避を」
警備員の一人がそう行ったその瞬間、客が退避して行った通路で突如爆発が起こり崩落した壁の残骸が通路に降り注ぎ彼らの退路を消し去った。
その爆発の原因はステルスによって透明化したガジェットによる砲撃であった。
そしてそれに合わせるように他の出入り口からはガジェットが進入してくる。20を超えるガジェットによってユーノ達の退路は完全に塞がれることとなる。
ガジェット達は数に物を言わせじりじりと包囲網を築いていく。
ユーノ達が完全に壁際に追い込まれると同時にガジェットから音が発せられる。
『初めましてスクライア司書長殿。警備員を囮に転移で逃げられたらどうしようかと思ったが、原作通りのお人好しで助かったよ』
ガジェットから発せられた声に全員戸惑いが隠せない状況であったが、意を決してユーノがそれに対峙する。
「僕に何かようですか」
ユーノの緊張した声とは対照的にガジェットからは緊張の感じられない声色で声がかけられる。
『あぁ、とても大事な用がね。と言ってももう終わったよ。話しかけたのは念のため本人か確認したかっただけからね。本当は何時間でも話をしていたいんだが、そうは言ってられないのでね。さよなら、ユーノ・スクライア』
ガジェットの声が途切れると同時に取り囲んでいたガジェットから一斉に熱光線と砲弾が放たれユーノと警備員達に殺到し、次の瞬間には多数の爆発が彼らを覆い隠した。
『あっけなかったな』
濛々と煙が立ち込める中、ガジェットから呟きが漏れる。
『なっ?!』
だが次の瞬間には驚愕の声に変わった。
煙が晴れた所にいるのは、先ほどと変わらない彼らの姿だったのだから。違う点は、彼らを翡翠色のバリアが覆い隠している事と、ユーノの息遣いが荒い事であった。
『ちっ』
舌打ちと共に、再度攻撃が開始される。
確かに先ほどの攻撃は防がれたが、無反動砲は軽装甲車輌なら撃破可能な能力を持っている。それをそう何度も耐えれるはずがない。現に先程の攻撃でユーノが消耗しているのは見て取れる。
高密度で囲み過ぎたせいで前衛の5機しか無反動砲を撃てないが、自動装填により10秒にも満たない時間で発射が可能となるためそう問題はない。
そう判断した田中の読み通り新たな攻撃によってユーノの魔力はほぼ消えさった。むしろ、対魔法防御を想定して作られているわけではないとはいえ、無反動砲を何発も耐えたことが驚きである。
田中が次で終わりだと、10秒を待っている瞬間にガジェットのレーダに別の魔力が探知される。
自動で外円部にいたガジェットが迎撃に向かうが鎧袖一触で撃破される。
彼らの正体は遊撃隊として送り込まれた局員達であった。
あっさりと数機撃破されたとはいえ、まだまだ余裕はある。ある程度の戦力は包囲に残し、抽出された戦力が応戦に向かう。
抽出部隊と局員が本格的な戦闘を始めると同時に、新手の部隊が現れ、機体を抽出したことによって薄くなった包囲の一角に大量の魔力弾が打ち込まれ包囲が崩れさる。
着弾のすぐ後に生き残った前衛2機が無反動を放つが、ユーノのバリアは崩せず、包囲網の穴から警備員達に逃げだされる。
ガジェットは逃亡する一団に攻撃を加えようとするが、すぐさま攻撃できる前衛2機は再装填が間に合わず、止むを得ず無反動砲の代わりに熱光線を放つがユーノのバリアを破ることはできずに弾かれる。
他の機体は、無反動砲を放とうとするも先ほどの攻撃で残骸となった味方の機体が邪魔で射線が確保できず放てずにいた。
おかげで順調にガジェットから距離をとりつつあった一団であったが、別働隊と合流する寸前に、ガジェットに割り込み設定が付け加えられる。
ガジェットの優先目標が手動でユーノとは離れた場所にいる警備員に変更される。
次の瞬間、放たれた熱光線によって足を打ちぬかれた警備員が転倒する。
直前になされた会話とその後の攻撃がユーノに集中していたことから、敵の目的がユーノただ一人と考え、余力も無かったためユーノと巻き込まれる可能性のある周辺にしかバリアを張っていなかったことが裏目にでてしまっていた。
優先目標を強制変更されたガジェットは愚直に戦術等を無視し警備員に攻撃しようとするも翡翠色の鎖が絡みつき体勢を崩す。それにより放たれた熱光線はあらぬ方向へと飛んでいく。
「早く彼を!!」
足を負傷した警備員の前にユーノが立ち塞がり他の警備員が負傷した仲間を連れて行くまでの時間を稼ぎ始める。
再装填の終わった無反動砲が命中するもユーノを打ち破ることはできず、ユーノが稼ぎ出した時間により、負傷した者を含む警備員が局員と合流を果たした。
すぐ様、局員の一人がユーノを援護しようと飛び出し、合流しようとした瞬間に何の前触れも無くユーノの胸から血が噴出す。
「え?」
誰が出したのかも分からぬ呟きが漏れる。
それほどまでに唐突であった間近で見ていた局員にも突然、ユーノの胸から血が吹き上がったように見えた。
しかし、よく見れば透明な鎌に沿って血が滴り落ちているのがわかる。
すぐさま状況を理解した局員はステルス化したガジェットがいるであろう場所に一撃を加える。
局員の一撃によりユーノに刺さった鎌を本体から分断されるもガジェットの応戦によって振り下ろされたもう片方の鎌が局員に直撃する。
幸いバリアジャケットを貫くことはなかったものの弾き飛ばされ距離を開けられる。
すぐさまユーノの元にかけ戻ろうとした局員に対してガジェットの取った行動は簡単かつ効率的なものだった。
自爆。ジュエルシードモドキ搭載型のⅢ型と比べると蟻と象ほどに違う爆発だが、攻撃対象が近距離かつバリアを張れない相手なら効果は絶大である。
その直後に局員によってガジェット達は一掃されたがすべてが遅すぎたのであった。
「やったか?! 流石に、あれだけの爆発に巻き込まれてはひとたまりもあるまい」
口元をにやけさせながら、田中は椅子に深く座り直す。
「ホクトの悔しがる様が思い浮かぶようだ」
「何故、マスターはあの女をそこまで嫌うのですか」
にやついている田中に対してNO893は以前から気になっていた疑問を問いかける。
「ん? 理由か? 理由なぁ。まぁ、あえて考えればいくつも浮かんでくるが、結局のところは自分でもわからんな。醜い妬みなのかもしれんが、とりあえず腹立たしい。それだけだな」
そこまで言った後、田中は上機嫌なまま撤退指示を出していった。
今回の出来事で今後の展開は大きく変わっていくだろう。それが良い方向なのか悪い方向なのかはまだ誰にもわからない。
投稿日:2011/04/19 00:47