== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
桜とライダーは、主従の関係を深めていく。
他愛のない会話が流れる。
こういう会話こそ、桜に失われていたのだろうとセイバーは見守る。
そして、もう一方の……。
半死状態の自分の主を見る。
「制裁は、後にします。
大丈夫ですか?」
「多分……。
この状態でも、あと4時間は平気なはずだ。」
「随分と具体的な時間ですね?」
「……経験済みだ。」
「また、大河絡みですか……。」
士郎は、黙って頷いた。
第43話 奪取、マキリの書物
全員で地下から上がる。
士郎は、直ぐに床にへたり込む。
ライダーは、桜を連れて洗面所に向かった。
涙の跡を洗い流すためである。
「シロウ、本当に大丈夫ですか?」
「まだ、少しは……。
やらなきゃいけない事がある。」
「資料ですか?」
「そう。」
「ここでは、全部、見切れないです。」
「そうか……。
じゃあ、家に持ち帰るから、それだけにしよう。」
「ええ、全て後でいいです。」
暫くして、桜とライダーが戻って来た。
「早速で悪い。
マキリの書庫やアイテムのある場所を教えてくれないか?」
「それなら、多分、御爺様の部屋に……。」
「じゃあ、行こう。」
フラフラと立ち上がる士郎にセイバーが肩を貸し、付き添う。
桜とライダーが先に歩き、士郎達が後に続いた。
部屋は、都合よく鍵が開いていた。
「俺を油断したんだな。
鍵を開けたまま出るなんて。」
「ええ、シロウが、マスターとは気付かなかったのでしょう。」
「さっさと調べよう。
隠し扉とかないかも調べないと。」
「士郎、あなたは、座っていてください。
私達が全てやります。」
「……了解。」
セイバーとライダーが部屋を漁り始める。
桜は、臓硯の部屋の詳細までは知らないため、一通り目を通す必要があった。
「本棚は、あまり弄らないでくれ。
並び方にも意味があるはずだから。
出来れば日記とか記録、臓硯の手記を見つけてくれ。」
「分かりました。
そうなると、この机でしょうか?」
「考えられますね。
わたしは、あちらの金庫を開けます。」
「鍵は、どうするのです?」
「士郎の言葉じゃありませんが、多少、強引でも開けてしまいます。
魔術的トラップを感知出来なければ、力で引き裂いても問題ないはずです。」
「では、お願いします。」
士郎は、もう少し時間が掛かると判断すると桜に頼み事をするため、話し掛ける。
「桜……。」
「はい。」
「…………。」
士郎は、自己嫌悪に陥る。
「何やってんだ、俺?
初対面の女の子を相手に名前で呼んでる……。
思い出したら凄く恥ずかしい……。」
「あ、あの……。」
「なんか、すいません……。」
「気にしてませんから。」
(なんなんだろう? この人……。)
「間桐さん。」
「桜で構いませんよ。」
「そう呼ばせて貰うよ。
・
・
お願いがあるんだけど。」
「なんですか?」
「マジックとビニールテープと鋏を用意出来ないか?」
「それなら、あるはずです。
取って来ます。」
桜は、立ち上がると部屋を後にする。
そして、桜が件の物を取って来る頃、セイバーとライダーの詮索は終了した。
「何かあった?」
「机の中に日記が。
しかし、書き方が妙なのです。
日付と1行のみで構成されています。」
「どれ? 本当だ。
これ、なんかの略式だ。
『KY=空気読めない』みたいな。」
士郎の例えにセイバーとライダーと桜は、臓硯に嫌な想像を重ね口を押さえる。
「他には?」
「金庫の中にセイバーの見つけた日記の束が。」
「古いものは……。
百年単位じゃないか……。
何年生きてんだ!?」
「御爺様は、分からない事だらけなんです。」
「桜も知らないんだ……。
まあ、これを見れば少しは分かるかな?」
「後は、この本棚ですが。
どうしたものか……。」
「全部、持って帰ろう。
本棚ごと、持って行けるか?」
「持てますが……人に見つかりますよ。」
「やっぱりか。
桜、さっきので番号付けてくれるか?
分割して持って行こう。」
桜は、テープに番号を付け切っていく。
それをセイバーとライダーが本に貼り付けていく。
「じゃあ、運ぶか。」
「シロウ。
貴方は、家に戻ってください。」
「桜、士郎をお願いします。」
桜は、少しオドオドした後、頷いた。
「じゃあ。
後、よろしく。」
桜と士郎は、先に間桐の家を後にした。
その後、セイバーとライダーは、マキリの資料を士郎の家に数回に分けて運び続けた。
…
桜は、ノロノロと歩く士郎のスピードに合わせて歩いていた。
彼女にしては精一杯の勇気を振り絞り、士郎に声を掛けた。
「あ、あの……。
ありがとうございました。」
「うん?
あ、そうか。
俺には、まだ、だったもんな。」
「はい。」
「詳しくは、聞いてないけど……。
大変だったらしいな。」
「はい。」
「…………。」
「ライダーが必死だった。」
「ライダーが?」
士郎は、偽臣の書を桜に見せて話を続ける。
「そう。
俺、一応、マスターなんだけど。
俺は、眼中なし。
桜の事だけ。」
「…………。」
「自分に似てるんだってさ。
そうは見えないけど、
自分で言うから、そうなんだな。」
「わたしは……。
ライダーほど、立派な人じゃありません。」
「それ言ったら、ほとんどの人間がそうだって。
アイツら英雄だぞ?
・
・
似てるのは、心なんじゃないかな?」
「心ですか?」
「うん。」
「…………。」
「わたしは、自分が嫌いです。
意気地なしで、なんにでも流されて……逆らう事も出来ません。」
「…………。」
「そんなわたしに……。
英雄だったライダーが尽くしてくれるのが辛いです……。」
(重症だな……。
なんでもかんでも、自分が悪くなっちゃうんだ。
でも、少しは話してくれるようになったよな。)
「桜は、大変だぞ?」
「?」
「ライダーが言い切っちゃったんだ。
『桜は変われます!』『私が変えます!』って。
そうやって約束したから、俺は、ライダーを自由にさせた。」
「でも……わたし……。」
(嘘です。
約束じゃ、ありません。)
「桜も約束したじゃん?
『ライダーに何かしてあげたい!』って。」
(これも約束じゃないです。)
「…………。」
「嘘じゃないんだろ?」
「……はい。」
(約束に挿げ替え成功。)
「俺も、死に掛けた甲斐がある。」
「……自信はありません。」
「そうか?
学校の印象と違って、桜は強そうだけど?」
「わたしがですか?」
「ライダー呼んだの桜なんだから、魔術師なんだろ?」
「……未熟ですけど。」
「魔術師って普通の人間より、一つ上だろ?
桜は、ある意味、俺や一般生徒より上なんだよ。」
「上ですか?」
「そう、立場が上。
本気になれば、虐めてた奴等を懲らしめる事も出来たんじゃないの?」
「それは……。」
「慎二は、やったよ?」
「…………。」
「わたしは、痛いの嫌ですから。」
「自分で嫌なのは、他人にしない?」
「はい。」
「そういうところが強いんだよ。」
「…………。」
「これは、強さですか?」
「強さだと思うな。
強敵と書いて『友』と読むように
優しさと書いて『強さ』と読む………みたいな。」
「よく分からない例えです。」
「北斗の拳は、知らないか。」
「でも……。
それが強さなら、わたしは、変われるかもしれません。
・
・
ただの弱者で……強さはないと思っていました。
今は、それに縋ります。
それに縋って変われるように努力します。」
「そうだな。
ライダーも、きっと喜ぶよ。」
(少しは、自信がついたかな?
話してみたけど、悪い子じゃないんだよな。
・
・
おお振りの主人公みたいに
周りの人間が桜から自信を取っちゃったんだ。
ライダーは、阿部君の役割か……。
頭、グリグリするのか?
・
・
いや、無理だな。
ライダー、桜に甘いもんな。
・
・
俺のサーヴァントは、平気で主人を殴るけど……。)
それから家に帰るまで士郎と桜に会話は無かった。
桜は、士郎との会話を頭の中で繰り返していた。
…
衛宮邸に着くとセイバーとライダーが迎えてくれた。
「無事に辿り着けて、何よりです。」
「ああ、ただいま。
あがってくれていいぞ。」
「お邪魔します。」
士郎に続いて桜も家にあがる。
そして、士郎は、自分の部屋に通される。
丁寧に布団も敷いてある。
「いや、どうも有り難い。
しかし……。
・
・
なんで、資料を全部、俺の部屋に運ぶ!?」
「居間だと大河が来るかもしれません。」
「いや、他にもあるだろ!?
この家には空き部屋が……。」
「桜が、どの部屋を使用するか決めていませんので。
桜が決めるまでは、不要な荷物は置けません。」
「どんだけ、桜主義だ!?
なんで、この家の主が、一番不当な扱いを受けるんだ!?」
「…………。」
「お茶でも淹れますか。」
「流すな!
・
・
まあ、いいや。
桜とセイバー!」
「はい。」
「何でしょうか?」
「俺は、お前達のせいで死に掛けた。
今直ぐ償いをして貰う。」
「シロウ! 何故、私なのです!
ライダーでしょう!?」
「多分、ここに荷物を置こうと提案したのは、お前だ!」
「う!」
「罰としてセイバーは、桜を台所まで案内して手伝い。
桜は、死に掛けている俺のためにおにぎりを作って来る事。
・
・
それで全部許してやる。」
「シロウ……。
・
・
桜、こっちです。
暴君の気が変わらぬうちに。」
「は、はい。」
(暴君かよ!)
セイバーは、桜を連れて台所に退避する。
部屋には、士郎とライダーが残される。
「何なんですか? あれは?」
「セイバーは見張り。
桜を遠ざけたかった。」
「?」
「地下で話してた令呪を桜に返すって口実は、それほど重要じゃないんだ。
多分、偽臣の書に桜のサーヴァントになれって命令すれば、資料なんて全然必要ないはずだから。
本当の目的は、ライダーが言っていた『体の修正』の方なんだ。」
「どういう事ですか?」
「余所から養子を取るぐらいだから、余り変な事はしてないと思うけど。
命に関わるような事がないとは言い切れないだろう?
何をしたか調べないといけないと思うんだ。」
「…………。」
「そうですね。」
「でもさ、相手は女の子だからプライバシーとかも考えないといけない。
だから、ライダーが調べてくれないか?」
「ま、待ってください!
この資料を全部ですか!?」
「当然。」
「これだけの資料を調べている間、現界出来る保障はありません。
きっと、聖杯戦争が終わってしまいます。」
「さっきも言ったけど、異性のプライバシーがあるから、
俺は手伝えないし……。」
「許可します!
桜の従者として許可します!
あなたの訳の分からない能力で資料を確認して頂かないと終わりません!」
「ライダー……。
俺をそんな風に見ていたのか?」
「そういう訳ではないのです!
私のクラスは、キャスターではなくライダーです。
魔術書の解読には向かないのです。
実際、偽臣の書も、ほとんど読めませんでした。」
「そうか。」
「しかし、あなたは読めないはずの偽臣の書を解読し命令権を奪い取った。
時間の短縮と解読は、あなたを頼るしかないのです。」
(困ったな。
魔術のエキスパートが誰も居ないんじゃどうしようもない。)
「士郎、虫下しを作らせる人物に、一緒にお願い出来ませんか?」
「その手があった!
・
・
でも、これだけの資料だからな。
聖杯戦争の最中に調べてくれるかな?」
「優先事項です!」
「分かった。
とりあえず、頼むだけ頼んでみるよ。
ただ、結界の後処理で忙しいだろうし。
学校も、暫く休校だろうから、向こうからの連絡待ちでいいかな?」
「構いません。」
「俺は、へばって動けないから、その間に資料に目を通してリストを作る。」
「リスト?」
「いくら遠坂が優秀でも、この資料を全部読んでたら終わらない。
ある程度、纏めないと終わんないだろ?
優秀なアイツが、俺と同じ特技を持っているとは思えないし。」
「士郎、ありがとうございます。」
「ふう。
代わりと言っちゃあなんだが、セイバーに今の説明しといてくれ。
桜には、まだ、黙っといて。
どんな結果になるか分からない。」
「分かりました。」
「では、暫く休戦だな。
他のマスターも手出し出来ないだろう。
サーヴァントが2人も居れば。」
「はい。」
襖が開いて、桜が現れる。
お盆の上には、大きさの揃っていない凸凹のおにぎりが乗っている。
「あの、どうぞ。」
(料理した事ないのかな?
海苔の上にも、ご飯が一杯付いてる。)
士郎は、おにぎりを一つ取ってかじる。
一口かじっただけで、おにぎりは崩れそうになる。
桜は、緊張して見ている。
「うん、うまい。」
桜の顔が安心する。
士郎は、息も尽かさず残りのおにぎりを平らげた。
「生き返った。
血が出来るのが分かる……。」
「よかった。」
安心する桜とライダー。
部屋には、安堵の溜息が漏れる。
そこにスパーンと襖を開けてセイバーが現れる。
「シロウ! これも是非!」
士郎は、セイバーからバレーボールを受け取る。
「なんだこれは……?
おにぎり?」
『そうです』と胸を張るセイバー。
それは、いくらなんでもと苦笑いを浮かべる桜とライダー。
「さあ、シロウ! 一気に!」
(酒か何かと勘違いしてないか?
・
・
ダメだ……あの目は、桜と違う意味で期待している。
え~~~い!)
士郎は、バレーボールにかじりつく。
中心近くまでかじりつくとシャリッと音がする。
桜とライダーは、妙な音に首を傾げる。
「…………。」
「~~~っ!!」
士郎の食べる速度が加速する。
「セイバー、何を入れたのです?」
「はい。
同じ味では飽きると思い、中心に塩を入れました。」
「塩だけ入れたのですか!?」
「そうですが?」
(それでは……。
士郎は、味を誤魔化すためにがっついているのですか……。)
セイバーは、得意気に胸を張る。
ライダーは、呆れて俯く。
桜は、再び、台所に走る。
巨大なおにぎりを食べ尽くしても士郎は苦しそうにもがく。
桜が持って来た水を一気に飲み干し、士郎は肩で息をする。
「殺す気かっ!」
士郎は、セイバーに怒鳴りつける。
「そんなに美味しかったですか?」
「お前に同じものを作ってやる!」
「私も食べたかったのですが、もう、ご飯がありません。」
「食べたかった!?」
「はい。」
「…………。」
(悪気はないんだな……。
・
・
冷静になれ~~~!
冷静になれ、俺!
冷静に~~~……冷静に~~……冷静に~……冷静に。)
士郎は、一息、大きく息を吸う。
「桜には、今日、二度助けられた。」
「い、いえ、いいんです。」
「しかも、命を落とし掛けた理由が自分のサーヴァントだとは……。」
「面目次第もない……。」
「?」
士郎の言葉にライダーは謝り、セイバーは首を傾げた。
「自覚があるのと悪気がないのって、どっちが罪が重いんだろうな……。」
士郎は、目を細め遠い目で明後日を見る。
「では、シロウ。
我々は、そろそろ。」
「ああ、居間で寛いでいてくれ。
ライダーは、桜の荷物を運んで部屋を勝手に選んでくれ。」
「すいません。
そうさせて貰います。」
「衛宮先輩……。
早く元気になってください。」
「ありがとう。」
士郎は、みんなが出て行くと布団に寝転び、血を作るために仮眠に入った。