「人間たち、やる気無いなぁ。」
ここはとある魔王城。魔王城、というからにはもちろん魔王が住んでいる。
ちなみに机に向ってうんうん唸りながら部下の報告書を眺めている私が魔王。
「魔物がそこらに溢れてて、その原因がわかってるのになんで討伐軍編制しないかなぁ。」
「魔王様ー適当に街襲ってきましたー。」
「あぁ、ゴーレム君ありがとうね。どう?部隊の被害状況は?」
ゴーレムと呼ばれた石でできた人形は頭をゴリゴリとかきながら答えた。
君が頭をかくと破片が散らばって掃除が地味に大変なんだけど、そういう事はあまり口に出して言えないタイプなのだ、私は。
「正直ほぼ皆無ですねぇ。一番酷い奴で指が一本とれたくらいですかねぇ。まぁすぐくっつくからいいんですけどね。自分ら人形ですし。」
「まぁぶっちゃけ死んでも蘇生魔法かければいいだけだしねぇ。」
「そういえば一部の部隊員が愚痴をこぼしてましたね。」
「どんな?」
「最近お肌が荒れてきたとか。」
「ゴーレムの肌が荒れてきたって、君らもともと岩肌なんだから……」
「ですよねぇ。」
「やすりでもかけてみる?」
「正に身を削る思いで、って奴ですか?」
「「はっはっはっはっは!」」
今日も魔王軍は平和です。
「ところでゴーレム君。」
「なんでしょう?また別の町でも襲っときますか?」
物騒な事を平然とした顔(ゴーレムなので表情の変化はないが)で言ってのけるあたりは流石は魔物である。
もっとも、死んでも大丈夫次に目覚めるのは魔王城の教会さ! な根性が根底にあるからなのだが。
ちなみに魔王城の教会、というのは一応世に言う邪教の教会である。
魔王城にあるからには邪教やら密教やらじゃないと体面が保てないらしい。
「いや、君らにはしばらく休んでもらうよ。最近忙しかったでしょう? お肌が荒れるくらい。」
「そうですねぇ。」
「ちょっと聞きたいんだけどさ。人間側の抵抗ってどんなもんだった?」
ゴーレムはしばらくうーん、と少し悩む素振りを見せ、口を開く。
「それが、ほとんど無いに等しいんですよねぇ。こんな魔物に勝てるわけがねぇ! みたいな事言って逃げるばかりで。」
「そっかぁ。やっぱりゴーレム君達だと人間たちを煽るには強すぎるかぁ。」
「まぁ自分ら硬いですからねぇ。」
「やっぱりもうちょっとレベル落とさないとダメかなぁ。」
「そうかも知れませんねぇ。あ、そういえば噂によると今年で5歳になるらしいですよ、勇者。」
「まだ五歳かぁ。旅に出るのが大体15歳くらいだとして、私が倒されるのにまだ10年はかかるかもねぇ。」
この世界には勇者がいて、そして魔王がいる。もちろんこの二人は互いに殺しあう。
勇者はこの世界の平和と愛する人々を守るために戦う。
ならば私は、というと主に部下たちの給料のために戦う。
私だってなにも好きで魔王をやっているわけではない。ただ単にそういう職業なだけである。
今こうして人間の世界を襲っているのも、実は神への信仰を忘れさせないようにするためなのだ。
人間が調子に乗ってきた頃に魔王が派遣されてきて、侵攻を始める。
そして人間が神に祈りを捧げ、勇者が生まれる。
生まれた勇者は魔王軍が意図的に作り出した幾多の試練を乗り越えいずれ魔王を倒す。
ぶっちゃけると、神と魔王はグルだったりする。
もちろん魔王軍は勇者を完全に殺しにかかったりはしない。
勇者の生まれた村の付近に高レベルモンスターを配置したりなんて絶対にしない。
また魔王の仕事は倒されるだけではない。
人間たちの国力を適度に減らすのもお仕事の一つだ。
だからこそ、勇者が育つまで適当に襲撃をかけていたのだが、この世界の人間はどうもやる気がない。
これまで私はいろいろな世界に派遣されたが、魔物をどうにかしてやろう! という気概が一切感じられない世界は初めてだった。
「もういっそのこと近くの国でも征服してみる?」
「それもいいかも知れませんね。でもこれ以上領土増やすのはちょっと……。」
「だよねぇ。国を征服しちゃったら管理が面倒なんだよねぇ。その辺も私の仕事になるのかなぁ……」
事務能力がある部下がもうちょっと増えればいいのだが。
「僕らも手伝えたらいいんですけどねぇ。」
「君らはいいんだよ、頑張ってくれてるじゃない。」
体が頑丈なゴーレム隊は本当に良くやってくれていると思う。
良質な岩から作り出しただけはあったということだろう。
「いやぁ、そう言ってもらえると幸いです。」
「あ、そういえば休暇は今日から一週間くらいでいいかな?」
「そんなに休暇もらっていいんですか?」
今までの仕事量を顧みるに、一週間では少々足りないくらい気がしたが、逆に驚かれてしまった。
「いいのいいの。そのうちまた忙しくなるかもしれないからね。今のうちに休んでもらわないと。」
「じゃあ部隊の奴らに伝えてきますね。」
「うん、じゃあゆっくり休んでねー。」
「……ふぅ。」
私は今日の仕事をすべて終え、机にぐでーんと倒れ込んだ。
「なんで最近こんなに忙しいんだろう。」
実は答えはすでに出ている。……ちょっと認めたくないだけで。
どう考えても机にこれでもかと積み上げられた書類の塔である。
この塔を攻略するのは名の売れた勇者でもちょいと難しい。
なんせこの塔の攻略に必要なのはレベルでもなく根性でもなく事務能力なのだ。
「あったかいココアでも飲んで今日は寝よう。そうしよう。」
「どうぞ。」
「ありがとうねぇ。やっぱり仕事終わりはココアに限るねぇ。」
「お疲れ様でございます。判を押していただいた書類はこちらで預かりますので。」
「よろしく頼むよ。あ、あと書類に個人的な要件を挟むのはやめるように言っといてくれないかなぁ。最近腰が痛い、とかそういうの。」
正直いくら仕事とはいえ、さすがにそこまでいくと体がいくつあっても足りない。
「かしこまりました。では、そのように。」
「うん、じゃあよろしくねぇ。」
しかしもう慣れたものとはいえ、ヴァンパイアロード君の気配の無さには驚かされる。
気配の無さだけじゃなく気配りも凄い。なんで私程度の魔王についてるんだか未だにわからない。
確か結構レベルも高いはずだ。むしろ単独で魔王やってける実力はあるはず。
「さて、と。明日も書類たっぷりあるだろうしそろそろ寝よう。」
今日もこうして魔王軍の夜は更けていく。
ちなみに魔物らしくないと思う方もいるかもしれないが、人と同じ生活リズムだ。
郷に入りては郷に従えとも言うしね。
「でも魔王が早寝早起きで、趣味が毎朝のランニングだなんて知れたら人間は驚くだろうね……」
そんな事はどうでもいいのだが、本格的に眠くなってきた。
さて、明日はどんな書類が待ち受けているのやら……
イメージ的にはサンレッドのフロシャイム。